平穏
真っ白な視界に色が戻る。
転移した先は俺の職場――太陽がつい先程顔を覗かせたばかりであるため、未だ影の濃いコロシアム。
石のリングのド真ん中に立って左右に目を走らせ、人影が無いのを確認した俺は腰元で小さくガッツポーズを決めた。
よし、今日こそ一番乗……
「あ、先生、おはようございます。今日もよろしくお願いいたしますわ。」
「……お願いします。」
……くっ、また負けたか。
背後から掛けられた声に振り返り、そこに立つカイダル姉妹――金髪縦巻きロールのオリヴィアと三つ編みのパメラ――の姿に俺は心の中で肩を落とした。
「あ、ああ、おはよう。相変わらず早いなぁお前ら。」
取り敢えず二人に挨拶を返し、ついでに若干の呆れと共に苦笑するも、オリヴィアはそれに取り合わないまま無言でタクトを懐から抜き、隣に立つパメラも黙ってそれに倣った。
「いや、いきなりだなおい。」
いつもは他愛ない話から始めるのに。
「ええ、昨日は練習が長引いて、授業に間に合わなくなるところでしたもの。時間は無駄にできませんわ。」
当然のように言っているけれども、こちらとしても言わせて欲しい。
長引くのはお前らのせいだ、と。
何せこの二人――前の復讐劇で思い知らされたように魔法が多彩で厄介な3年生のオリヴィアと、2年生の中でそれなりに腕の立つ方であるパメラ――は俺との2対1での勝負を強要してくるのだ。
加えて姉妹だからか、二人の息も妙にあっていて、そんなの相手に――聖武具は大っぴらに使えない上、双龍は魔法を打ち消すので練習にならないため――素手と無色魔法のみで勝つには時間が掛かるに決まっている。
せめて1対1を2回続けてやらせて欲しい。それなら多少は時間を短縮できる。
だがしかし、学徒の求めに答うるは教師の務め。
『その二人の要請を断るための建前が思い付かんだけじゃろ。』
うるさいぞ。
「はぁ……そうだったな。じゃ、好きなときに始めてくれ。少なくともこの距離から始める程お前は馬鹿じゃあないだろう?」
2歩先に立つオリヴィアにそう言って軽く笑ってみせると、彼女はハッとして目を少し見開き、パメラの手を引っ張ってそそくさと俺から距離を離していった。
魔法使いコース3年生総員による俺への復讐を返り討ちにしてやり、数日後の入学試験で懲りずに新たな恨みを大人買いしてから数週間、カイダル姉妹は毎日こうしてコロシアムに来ては、朝早くから俺と練習試合をしている。
ただし、オリヴィアがパメラを無理矢理引っ張って来るという形で、だ。
どうも早起きの習慣は姉妹で共有されていないらしく、今もパメラは眠気眼。……おっと欠伸までしやがった。
「はは、パメラ、まだ眠いか?」
「っ!眠くなんてありません!」
そこでちょっとからかってやると、パメラは半分閉じていた瞼を一気に開き、全力で噛み付いてきた。
眉間に皺、目には炎。俺への反感はまだまだ健在、と。
「ブレイズショット!」
怒ったパメラはそのまま勢い余って魔法を放ち、この練習試合の火蓋を切った。
「パメラ!?」
「よぉし、開始だな!」
ダッシュ。
まずはいきなり開かれた戦端に戸惑っているオリヴィアを狙う。
くはは、今日の練習は早めに終わらせられそうだな。……今度からもこうやってパメラを怒らせて、二人の連携を乱してやろう。
『そうすればお主はあの娘にさらに嫌われるじゃろうがの。』
なに、人間、誰も彼もに好かれる訳じゃない。
『努力をせんか!』
へーい。
俺の仕事の一つに学園内の見回りがある。
2年前と違い、索敵能力がかなり上がっている今の俺でも、不審者の発見なんてそうそうない。
ていうかそんなものがそうそうあって堪るか。
なのでこれは一見すると退屈に思える仕事内容かも知れない。しかし、ファーレン学園の敷地内を練り歩くというのも結構楽しいのだ。
理由は2つ。
まず1つ目は、緩いカーブを描く廊下の薄い色の絨毯や城の年季を感じさせる少し色あせた壁など、同じ城でもきらびやかで眩しいスレインのそれとは打って変わり、地味で暗く、しかしどこか落ち着いた雰囲気を醸し出すファーレン城を堪能できること。
2年前もここに勤務していたとはいえ、それでも飽きるということはない。
ま、ここの方が落ち着くと思うのは状況の違いのせいかもしれんけどな。何せ俺はスレインでは盗人、こっちでは教師なんだから。
「……よって、白魔法が曖昧な物であるという考えは全くの的外れである!形状の操作は要らずとも、的確な魔素の量、質、また、魔法の種類を即座に決める判断力!魔術であればなおさら“曖昧”などという表現は相応しくない!」
次に2つ目の理由は、ファーレン学園の様々な授業を覗き見できる事である。ただ、一つの教室にあまり長く居られないことだけは難点だ。でもまぁ、元より興味本位なので大した問題じゃない。
そして今、俺の目の前で教鞭を取っているのはこの学園のいわゆる保健室の先生、黒い肌の筋肉質な大男、ツェネリ。
授業内容は回復系の魔法と魔術、2年前に俺が発案し、去年から正式採用された、できたてほやほやの科目である。
3年生から選択可能なこの授業、参加者は割と多く、教室はほぼ満席。
まぁ基本の3コース――戦士、魔法使い、魔術師――からの希望者全員を一つ所に集めることができてしまったと考えれば、割と少ないのかもしれない。
「我輩の元で学ぶからには回復術には真剣に取り組んで貰うのである。ここにも回復術を曖昧だと内心考えている輩がいるかもしれぬが、それでは一人前になど決してなれぬ!覚えのあるものは今改めるように!……では授業に入るのである。」
そして、どうもどこかの誰かに白魔法が曖昧なものだと言われたらしいツェネリは、鬼気迫るような迫力での訴えをそう切り上げて、黒板に魔法陣を描き始めた。
俺はそれから2分ほど踏ん張ったものの、やはりというか何というか、結局内容を理解できず、こちらに気付いたアリシアに小さく手を振ってやって、静かにその教室を後にした。
やっぱり覗くなら1年生達だな、基礎をやってくれるし……少なくとも分かった気にはなって満足できる。
見回りを終え、昼食も済ませ、円卓に両足を乗せて寛いでいると、側にニーナが転移してきた。
「や。」
「げ。」
俺を見るなりにこりと笑う理事長様、その手には分厚い紙の束。
嫌な予感に思わず顔をしかめてしまう。
「はいっ。」
「はぁ……もうそんな時期か。」
そしてにこにこ笑顔のままドサッとその束が目の前に置かれ、俺はつい重いため息を漏らした。
ま、実際俺の仕事だしな。仕方ない。
「2回目だから任せて良いよね?」
しかし彼女のまるで俺に丸投げするのが当然だとでもいうような振る舞いに、俺の中の小さな反骨心が顔を上げた。
「……駄目だと言ったら?」
「良いよね?」
「おい「ね?」……はぁ、了ー解。」
そして、至極あっさり叩き潰された。
「うん、そう言ってくれると思ったよ。じゃあ私はお昼ご飯食べるから、頑張ってねー。」
ひらひら手を振って消えるニーナ。
そして残されたのは俺と一年生達の合宿についての資料。
2度目なので何をすべきかは大体覚えている。が、一応変更点があるかもしれないので俺は資料を手に取り、“一年生合宿!”とデカデカと太い字で書かれた表紙をペラリとめくった。
行き先は2年前と同じく、ファーレン島にある冬山の中。
随伴の教師も大して変わらず、俺とファレリルとツェネリと、あとは一年生を担任をしている教師達。
たしか2年前のこのときに鉄釜なんて背負って山登りをしたもんだから、化け物先生だなんて言われるようになったんだっけか……。
よし、今年は自重しよう。
あ、そういえばルナは付いてくるかね?2年前はかなり楽しみにしていたのに、結局最後は血生臭い戦闘をして終わったから、できれば今年こそ楽しんで貰いたい。
寝床なら余ったログハウスを使わせれば良いし、最悪俺がツェネリの所の床を使わせて貰う手もある。
よし、聞いてみるか。
資料を閉じて円卓に投げ、耳イヤリングに手を当て魔素を流す。
「ルナ、聞こえるか?今年も一年生の合宿があるんだけどな、どうする?お前も付いてくるか?」
[合宿……たしかにもうそんな時期ね。]
ん?
この声はルナじゃないぞ?
「ユイ?」
[ええ、久しぶりね。]
予想は大当たり。
俺の耳はなかなかに優秀のよう。
「……。」
[……。]
あ。
「……借りパクしたのか。」
ぽんと手を打つ。
[そんな訳ないでしょう!これは、その、わ、私だってちゃんとルナさんに返そうとしたわよ。でもルナさん、自分には資格が無いって言って……。]
「そんで借りパクしたと。」
[私の話を聞きなさい!]
耳元への怒鳴り声から逃げるように体を傾かせ、冗談だ、と笑いながら言って怒り心頭なユイを諌める。
「ははは……いやしかしそうか、まぁ恋人への贈り物として買った物だからなぁ。はぁ……捨てられなかっただけまだマシか。」
結構高かったし。
念話の送受信には関係ないネックレスの銀鎖部分は特に値が張り、結果、支払いがほぼ2倍になった覚えがある。
「すまんな、何か邪魔してしまったか?」
[いいえ何も。それに、私の方から先に伝えて置くべきだったわ。そっちは随分楽しそうね?]
「まぁな、お前の方はどうなんだ?カイトとの関係に進展は?」
[……無いわよ。悪い?]
しまった、ユイの声が一気に沈んだ。
彼女の陰気なオーラがイヤリング越しにも感じられる。
「お、おうそうか……うん、まぁ、取り敢えず、頑張れ。そんで何かあったら相談しても良いからな?からかってやるから。」
[ええ、そのときはお願いするわ。はぁ……さよなら。]
そして俺のせっかくのボケに全く反応することなく、沈んだまんまのユイの声は聞こえなくなってしまった。
……さて、俺は何をしようとしていたんだっけか。……あれ?おい待て、ボケるには早いぞコテツ。
えーとたしか……
「あ、こ、コテツ君、こ、ここ、ここにいたのか。さ、さ、探した、よ。」
目を閉じ、額を親指で抑えて記憶を必死でほじくり返していると、特徴的などもりのある声が掛けられた。
相手が誰だかは目を開けずとも分かる。
「ん?カダか、どうした?」
目を閉ざしたまま、さらに力を入れて記憶を探りながら、魔法薬学担当の天狗族、カダに何か用かと聞き返せば、俺の目の前に何かが置かれる柔らかな音がした。
「こ、これを、わ、わ、渡しにき、来たんだ。」
「渡す?」
気になって目を開けると、さっき投げた厚い紙束の上に巾着袋が乗せられていた。
縛り紐を摘んで中を覗けば、緑の粉がギッシリと。
「君の言っていた、にゅ、入浴剤の完成品だ。」
「入浴剤?あ、まだ作ってたのか。」
確かに、五右衛門風呂に入れて色々試していた記憶がある。
「あ、ああ。君が出て行ってからはバ、バ、バーナベル先生に協力して貰って、よ、ようやく満足の行く物がで、で、できた。……入れた湯に滑らかな肌触りと花の匂いを与えて、使ったときの湯の発色は使用者が落ち着けるよう、暗めの緑に調整してある上、保温効果もある。そして何より……」
「何より?」
俺は急に滑らかに話し出したカダに軽く驚きながらも先を促す。
個人的には入浴剤としては十分な気がするが、他にまだ何かあるのか?
「……薬効は一切衰えてない。」
どうだ、と鼻高々に――元々高いけれども――言って、カダが胸を張る。
にしても、薬効?
「あ、そういやこれ、元はポーションを粉末にした物だったな。なるほど、怪我にも効く訳か。」
「そ、そ、そ、そう。これ以上にな、ないで、で、出来、だ。」
あ、どもりが戻った。
「了解、俺は今男子寮の風呂を使ってるから、ルナに使わせて感想を聞いておくよ。」
「わ、わわ、分かっ「そうだ!ルナだ!」え?」
ルナに合宿のことを聞きに行こうとしたんだった!
「ありがとなカダ、こいつはありがたく受け取っておく。そんじゃあ俺は別の用があるから。」
「あ、ああ。」
また忘れてしまう前にと、俺はそこから転移した。
右下からは雷を帯びた短剣。
「ハァァァ!」
左上からは赤熱した大槌。
「オォォォ!」
俺が転移した先はそんな、とんでもない危険地帯だった。
「くぉぉぉっ!?」
仰天して叫びながら上体を右に倒して腰を捻り、硬化した右手で短剣を背後にはたくと同時に左腕を伸ばして大槌の取手の接合部をしっかと掴む。
「え?コテツ?」
右から聞き覚えのある声。しかし今は構っている余裕はない。
何の強化も施していない腕が戦槌の重量を真正面支え切れるはずもなく、俺の体はそのまま右に倒れていく。
それでも何とか右の前腕で着地し、俺は左腕を無理矢理前に倒すことで巨大な鈍器を俺の前方に振り落とさせた。
ズン、と腹に響くような音が鳴り、重厚な槌は目の前の数枚の石タイルに深いヒビを入れて少し埋まる。
砕けた石の破片がパラパラと顔に掛かった。
もし直撃していれば骨にヒビ程度では済まなかったろうなぁ。
「お?コテツじゃねぇか。」
「……もう少し早く気付いてくれても良いんだぞ?」
巨大ハンマーをヒョイと担ぎ上げ、ようやく俺に気付いて声を掛けてきたバーナベルに恨みがましい視線を向けるも、彼は体を震わせて大きく笑いやがった。
「がはは、悪ぃ悪ぃ、つい熱が入っちまってな。なに、万が一があったとしても外周の水に落ちるだけだ、許せ。」
「はぁ……。」
「大丈夫?」
ため息をついて立ち上がろうとすると、目の前に膝を曲げてしゃがみ込んだ女性の白い手が目の前に差し出された。
目を上げるまでもなく、ネルだと分かる。
「ああ、ありがとう。邪魔して悪かったな。」
いやはや、まさか試合のど真ん中に転移する事になるとは思わなかった。
「全くだよ、あともうちょっとで、勝てたのに。」
差し出された手をありがたく掴んでよっこいせと立ち上がったところで、ネルは早速文句を垂れてきた。
「勝てた?バーナベルにか?」
流石にそれは言い過ぎだろう。見たところバーナベルは全く疲れてないし、翻って彼女は――一見上手く隠してはいるものの――呼吸が少し荒い。
「む、その顔、信じてないね?」
「あっはっは……で、バーナベル、実際のところどうなんだ?」
軽く睨むネル。対して俺は笑って誤魔化しながらバーナベルへと目を向け直してそう聞いた。
まぁ勝てたかどうかはともかくとして、短剣で大槌なんかとやり合えていた点だけでも凄いと個人的には思うけどな。
「そうだな、良い線行ってはいたんじゃねぇか?危ない場面もまぁ、何度かあったな。」
腕を組み、バーナベルが肩をすくめて答え、するとネルに握られたままの手がくいくいと引っ張られた。
「ほーら、言った通りでしょ?」
振り返って見れば、これみよがしな得意顔。
バーナベルは別に負けを認めてはいない気がするけどなぁ……まぁ本人の良い気分に敢えて水を差す必要もないか。
「はいはい、悪かったよ。」
「それでコテツ、何の用だ?俺は見ての通り3年生共と模擬戦をしてんだ。今日は後2人相手しないといけなくてな、できるなら手短かに済ませてくれ。」
取り敢えず謝ると、今度はバーナベルがそう聞いてきた。
そういや今はまだ授業中だ。
「あーいや、ちょっと通り道にここに転移してきただけなんだ。すまん。じゃ、頑張れよネル。」
手刀を切ってまたもや謝り、俺はさっさとリングから出ていった。
「行きません。」
許可を取って女子寮に入って、2階の廊下のモップ掛けをしていたルナを見つけるなり、彼女に合宿の件を尋ねると、きっぱりと首を横に振られた。
「遠慮なんかしなくて良いんだぞ?」
てっきり飛び上がって喜ぶと思ったのに……。
「いいえ、私は女子寮内のお掃除から料理まで様々なお仕事を任されていますから、そんな勝手はできません。……アリシアとの魔法の練習もありますし。」
あーなるほど。
「それもそうか。……ごめんな、こっちの都合で忙しくさせて。」
「ふふ、大丈夫です。ご主人様が謝られることはありません。これはこれで楽しいんですよ?何人かの学生とも仲良くなれましたし、寮長さんも良い方ですから。」
頭を掻いて謝るとルナは今度は笑って首を振り、俺は内心小さく胸を撫で下ろした。
「はは、そう言ってくれると助かるよ。あ、そういえばアリシアの魔法はどんな具合なんだ?」
「アリシアですか……ふふ、どう思いますか?」
ふと思い出してした質問に対し、返ってきたのは意味深な微笑での問い。
ただ、その得意気な目からして、悪い知らせを言い淀んでいる訳では無さそうだ。
「そりゃできれば経過良好であって欲しいさ。……その顔からして期待して良いんだよな?」
「もちろんです。」
そして予想通りの明るい返事に俺は思わず拳を握った。
「そうか!」
「ええ、多少の不器用さは否定できませんが、しっかりと集中さえすれば、魔法の威力と機動性の両方は他の3年生にも見劣りしません。」
「おお!」
「ですがそれだけではありません。」
詳しい説明に感動して打ち震える俺に、ルナはしかし、それにはまだ早いと手で制してきた。
「ま、まだあるのか!?」
「はい、アリシアは緑の魔法でならば古代魔法も撃てます!」
「凄いじゃないか!やっぱりルナを付けて正解だったか!本当ありがとなルナ、お前のおかげだ!」
古代魔法!あのアリシアが!
満面の笑みを浮かべてルナの手を取り、彼女を称賛すると、気恥ずかしかったのか、ルナはついと目を逸らしてしまう。
「で、でも、まだアリシアは赤の魔法では何故か、どうしても古代魔法を扱えませんから……。」
「それでも十分、いや十分以上だ!」
それでも構わず取った手を何度も振り、
「いえまだまだです。」
「すごいすごい。」
「そんな。」
「本当だって。」
とルナの謙遜を許さず褒め称えた。
「……あ、あのご主人様、それで、今夜は来てくださいますか?」
そして顔を真っ赤っかに火照らせたルナは、恐る恐るそう聞いてきた。
「ん?尻尾の手入れなら一昨日やったばかりだろ?」
「うっ、それは、そうですけれど……。」
「ま、だから断るって訳じゃないさ。」
「それなら!」
「おう。くはは、にしてもルナは綺麗好きだよな、本当。いでっ!?」
言った途端、ルナに握られたモップの柄が俺の下腹部を突いた。
「ル……ナ?何、を……。」
「申し訳ありません、変な虫がいて驚いてしまいました。私はとても綺麗好きなのでっ!」
ジリジリ痛む腹を抑えて抗議の意も込めてルナを見上げると、彼女は圧のある笑顔で息も絶え絶えな俺の目線を跳ね返し、そのままくるりと踵を返して歩き去ってしまった。
……何なんだ一体。
訳も分からないまま、俺は午後の見回りをするために女子寮をあとにした。
夜には機嫌が直ってますように。




