表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第二章:一攫千金な職業
25/346

25 職業:冒険者⑲

 前にネルと戦ったのと同じ闘技場で、俺はルナベインと5m程の距離で相対している。

 観客席にはカイル、アリシア、ネルの三人しか座っていない。しかしどうせモニター越しにたくさんの冒険者が固唾を飲んでいる事だろう。

 魔装2を身に纏った俺の右手には魔法で作り上げられた、すっかり手に馴染むようになった中華刀。

 そうだな……こいつは流派の名前からなぞらえ、黒龍と名付けよう。安直だと言うなかれ、シンプルイズベストだ。

 ……黒烏龍茶飲みたい。

 「うふふ、私は強いわよ。」

 おい、戦闘前だからかは知らんが口調が素(?)に戻ってるぞ?

 視線を観客席に向ければ、カイルがアチャー、と額に手を当てているのが見えた。

 ルナベインの装備は藍色を基調とした、銀色の流線形の模様がついた着物。暗い色彩でありながらも華やかさを感じさせる一品だ。腰に帯びた太刀の真っ赤な鞘と、同じく赤い瞳、そして流れる銀の髪がよく映える。ローブ姿のときは分からなかったが、胸はアリシア程ではないながらも大きい。衣装も含め、全体的に妖艶な印象を受ける。

 「はは、俺もまぁまぁ強いぞ?」

 俺は取り敢えず笑って見せた。

 「では両者用意!」

 合図はレゴラスだ。

 そうだよな、ネルみたいになんの合図もなく、いきなり攻撃を仕掛ける事がおかしいんだよな。

 ネルとの試合を思い出しながら、俺は立ったまま、黒龍を持った右手を無造作にルナベインに向ける。左手は腰辺りに構え、鉄塊を発動させておく。

 ルナベインは左手に鞘を持ち、右手で抜身の刀を持つ。右手はだらん脱力させている。

 「はじめ!」

 そう言ってレゴラスはサッと闘技場観客席へ戻っていく。

 しかし、両者動かない。

 俺の場合はルナベインの武器を鑑定をしていたからである。

 結果はこれだ。



 name:魔刀不死鳥

 info:炎に特化した魔刀。鞘は赤の魔法の威力を上げ、刀身はどのような損傷を受けようが、鞘に戻すと復元される。



 ちなみにこの日のために刀や着物はカイルが保管していたらしい。

 「あら、臆したのかしら?」

 ルナベインの耳が忙しなく動いているのが分かる。余裕ぶってはいても警戒は十分、油断は無しってとこかな?

 「レディーファーストって知ってるか?」

 「ふふ、では遠慮なく行くわ。ファイアアロー!」

 左手の鞘の側面から炎の矢が5本作られ、飛んでくる。あの鞘には魔法発動体の役割もあるらしい。

 同時にルナベインがかけ出す。着物の丈は別に短くないのに何でそんなに速く動けるんだ!?

 ……考えるのは後で良いか。

 全てのフレイムアローを右に一歩、最小限の動きでかわす。

 直後、既に距離を詰めていたルナベインがスキル特有の蒼白い軌跡を刀から放ちながら袈裟斬りを行ってきた。

 最初から蒼白い光を放っていなかったことから、一つ一つの剣技をスキルに昇華させているのだろう。

 さて、俺の身体能力でどこまで喰い付けるかな?

 袈裟斬りを剣で受け止め、足を払いにいく。さすがはスキル、受けた右手が衝撃で痺れる。

 「バレバレよ!」

 ルナベインは跳んで足払いを回避。流石獣人というべきか、小さな初動に反し、跳躍高度はかなり高い。

 俺は冷静に黒龍を相手に向け直す。

 「ブレイズアロー!」

 鞘の一振り。俺を含めた広い範囲に大量の火の矢が放たれる。

 さっきよりも出が遅いか?

 身の捻りと黒龍の操作でそれらをかわし、捌ききったところで突如、真上から爆発音。

 「ハァァッ!」

 爆発で一気に体を加速させたらしいルナベインにより、魔刀不死鳥が勢い良く振り下ろされる。

 真っ直ぐな斬撃を微かにずらし、幽歩を使ってみるものの、ルナベインの目は最後まで俺を捉えたまま。

 この程度のスピードでは獣人は直感に頼らず、相手の動きを見て戦えるのか。きっとその高い身体能力のなせる技だろう。この戦い、思っていたよりキツいぞ。

 「フレイムアロー!」

 魔刀を振り下ろした状態から、ルナベインが俺に片手を向ける。俺はそこへ即座に大量の無色魔素をぶつけ、魔法を不発にしてしまう。

 「シィッ!」

 そして鞘を持った手を前に伸ばしただけという、隙だらけな体勢となった彼女へ、俺は黒龍を鋭く突き出した。

 「なっ!?フ、ファイアボム!」

 しかしルナベインの切り替えも早かった。不発を理解するやいなや、素早く手を振り、俺との間に小規模な爆発を起こす。

 火力はそれほどではないが、目が眩む。

 ルナベインはその隙に距離を取り、自身の得物を構え直した。

 チッ、魔法の発動の速さが段違いだ、今のには無色の魔法を挟めない。

 「まさか無色魔法を使えるなんてね。危なかったわ。うふふ、あなたって熟練された隠密スキルを持っているようね、じゃないとあの光でここまで戦えるわけがないもの。」

 逃げの魔法を使われると手が出ない、か。

 「さっさと来い。少しは俺の本気を引き出してみろ。」

 となれば挑発するしかないだろう。

 「あら、過小評価しないでくれる?私だって今までのは小手調べよ。」

 「ハッ、さっきは焦ってたくせによく言う。」

 笑った途端、

 「ブレイズソード!」

 ごう、とルナベインの刀が炎を帯びる。

 「ここからが私の本気よ!はぁっ!」

 地を蹴り、ルナベインは炎の刀を片手に一気に距離を詰めてきた。

 しかし炎を纏う利点が全く分からない。相手の武器を多少損傷させやすくするぐらいか?ネルのように雷だったら感電させるという分かりやすい理由があるんだけどな。

 取り敢えず黒龍を両手で構え、愚直な太刀筋を真正面から受け止める。

 瞬間、受けた箇所の炎が爆発。

 「くォっ!?」

 激しい爆風に体が押され、俺の体は1m程飛ばされた。

 「あら、赤の魔法を纏った武器は初めて?」

 ルナベインにはなんの影響もないようだ。俺の方のみを爆風は襲ったらしい。

 彼女は振り切った状態からこちらへ一歩踏み込み、抜刀の姿勢から斬撃を放ってくる。スキルの恩恵の上、刀の峰で起こされる小規模な爆発により、その剣速が一気に上がっている。

 もう一度受けようにも、間に合わない。

 左手で後ろにワイヤーを放ち、それを引っ張る事で体を無理矢理背後へ動かし、逃げれば、ルナベインの刀は綺麗なオレンジの弧を宙に描いた。

 「本当に初めてのようね。炎閃!」

 宙に浮いた炎は意思を与えられ、飛んでくる。

 「くっ、この!」

 慌てて左手の手袋で炎の斬撃を横から殴り、消し飛ばす。流石に実態があるかあやふやなものを真剣白羽取りするのは難しそうだ。

 「なによその手袋!魔法を打ち消すなんて。剣は魔剣の一種なんでしょうけど。」

 「さてな。次はこっちの番だ。」

 左足を前に、姿勢を低く落とす。黒龍の切っ先は相手に向けたまま。

 「うふふ、させるとでも?」

 ルナベインが突撃。

 呼応するように俺も思いっきり地面を蹴る。直後、金属音が立て続けに3回。

 4合目で鍔迫り合いになった。

 「びっくりしたわ。速いのね。それに力も強い。そのコート、何かの魔法道具かしら。」

 やはり獣人の身体能力は恐ろしい。

 予想外のスピードをこっちが出しても即座に対応できる反射神経があるのなら、不意打ちの難易度は跳ね上がる。今のままでは勝てない。

 今も力は拮抗しているように見えはするが、若干押し負けてしまっている。

 「らぁっ!」

 だから俺はそのまま蹴り出した。

 ルナベインはそれをたった一歩退くだけでかわし、二歩目で即座に斬り込んでくる。

 不規則な蒼白い軌道と炎の線を混じえた剣舞。加えて鞘からは魔法が俺を襲う。

 コマのような動きもあるので背中が何回もこちらに晒されるが、速くてこちらから斬り込めない。それに加え、一撃一撃が重い。流しきれず、力に押される。

 ……やはりここまでか。

 「ていっ。」

 気の抜けた掛け声で黒い粘着質の固まりをルナベインの目に向かって指で弾く。

 「そんな小細工、聞くわけないでしょう。」

 固まりは刀から飛び火した炎で打ち消された。

 刀の炎も自由自在、と。

 ただ、今は俺から注意が一瞬でも離れてくれたらそれでいい。即座にバックステップ、黒龍を弓にして矢を放ちながら飛び退る。

 「面白い武器ね。」

 刀で矢は全て斬り落とされた。

 「でも残念、ブレイズマイン!」

 下がった俺の着地点から炎が一気にと吹き上がる。

 どうも、読まれていたらしい。

 「ふぅ……ふふ、どうやら私の勝ちのようね。でも、面白かったわ。」

 しばらく様子を見て、ルナベインが刀を納めようとする。

 「相手をしっかり倒さないと足をすくわれるぞ。ふくらはぎを刺されるとか。」

 しかし俺が苦い記憶を思い出しながらそう言って、炎から歩き出ると、即座にそれを構え直した。

 「あら、まだ生きていたの?」

 最初と同じ、余計な力を抜いた構え。

 「まあな。じゃあこっちからも少しスキルを使ってみせようか。」

 そう言って左手にも中華刀を作る。これはそうだな、黒龍の射影だし、陰龍とでも名付けるか。

 「その魔剣、色々な形に変形できるのね。それに二刀使い……。」

 「その通り。」

 ゆっくりと黒龍を右肩に担ぎ、陰龍をルナベインに向けたまま、半身になって構える。

 双剣がその微細な動きに合わせて蒼白い軌跡を空中に描く。

 「剣術そのものをスキルに!?」

 「降参するか?」

 ニヤリと笑う。

 「問題ないわ!」

 自身を叱咤するようにそう言って、ルナベインが地を蹴り走り出す。

 対する俺は動かずに、攻撃の見極めに徹する。

 「フレアバレット!」

 牽制に放たれる炎の弾丸。

 それらを陰龍で全て防いだところで真上から炎の太刀が襲い掛かってきた。が、これまた陰龍一本で斬撃をそらしてしまい、俺の目の前に振り下ろさせる。

 「ハァッ!」

 気合いの声、翻る炎刀。

 慣性を腕力で無視し、ルナベインは逆袈裟斬りを無理矢理実現させてみせたのだ。

 胴を輪切りにせんとするその刃に、俺は担いでいた黒龍を真正面からぶつけ、刀の動きを抑えた。

 「く、やっぱり強いな。」

 「この……まま!斬る!」

 下から上、しかも切り払うという力の込めにくい体勢と動きなのに、上から抑える黒龍の方がジリジリと押し込まれていく。

 しかし……

 「なっ!?」

 突然甲高い音がして、不死鳥の刀身が根元からポキリと折れた。

 「二本目、忘れてただろ?」

 種は簡単、陰龍を叩き付けたのだ。

 折れた刀の柄を持ってい腕が、勢い余って、ぶん、と大きく斜めに振り上げられる。

 その上半身の回転を利用して、左手の真っ赤な鞘が突き出された。

 「ファイア!」

 「甘いわ!」

 小さなサイドステップで右足を左足に軽く寄せつつ、膝を曲げてぐっと姿勢を下げる。俺の顔目掛けてぶっ放された炎は頭の上を伸びていく。

 体が半ば浮かせたルナベインの顎に、陰龍の柄をジャブのようにぶつけて上を向かせ、

 「ぐっ!?」

 間髪入れず、右の回し蹴りを叩き込んだ。

 「かはっ!?」

 受け身も取れず、ルナベインはごろごろと転がっていき、闘技場の端で回転が止まった。彼女は地面に倒れたまま起き上がらず。……しかし刀は鞘に納められている。

 「はぁ、下手な芝居は良いから、さっさと起きろ。刀が直ってることぐらい分かってるぞ。」

 「なんで……」

 「もう終わりか?」

 もう少し戦いたい。なにせ剣のスキルを使う戦闘は今回が初めてだからな。いやはや、スキルの恩恵ってのは予想以上だった。

 「まだ、まだよ。……求めるは炎、龍の威を我に……」

 へぇ、魔法を詠唱するのか。仲間にしたらアリシアにも教えさせようかな。

 ルナベインが俺に掌を向ける。

 「ドラゴンロア!」

 炎の奔流が向けられた手から吹き出した。毒竜のブレスを思い起こさせるような威力。

 俺は即座に飛び上がる。斜めに、ルナベインの方へ。

 足の下は真っ赤な火の海で、なかなか壮観だが、そうも言ってはいられない。

 「フレイムアロー!」

 と、ルナベインはドラゴンロアの魔法を中断、空中の俺へ数多の火の矢が所狭しと撒き散らされる。

 迫る無数の赤い光弾、翻ってリングを覆っていた炎は既に消えている。

 あのドラゴンロアとか言うのは俺にすぐに着地されないための物だったらしい。

 黒龍を親指で挟み、手のひらを正面に向ける。

 俺は目一杯の無色魔素を、前方から迫る大量の火矢への群れへと放った。

 隙間の無かった魔法の群のど真ん中、突然ポカリと大穴が穿たれる。

 「く、無色ッ!」

 「おう!」

 できた空白を通り抜け、ルナベインの数歩手前に着地。

 「そこ!」

 太刀のリーチを十全に使い、オレンジ色の斬撃が俺の目の高さでほぼ水平に走る。が、俺は黒龍の剣先でそれに触れ、刃を黒龍の上で滑らせ、手首も使う事で軌道を俺の頭上にずらす。そのままルナベインとの距離を詰める。

 「ファイア……ッ!」

 赤の魔素を集めきる前に左手の平から無色魔法を放ってそれを消し飛ばし、

 「大振りを外したら出の早い魔法でカバー、だろ?」

 右手の黒龍を力一杯振り下ろす。

 「くぅっ!?」

 鈍い音、そして手応え。

 流石の反応速度と言うべきか、俺の一撃にギリギリ刀を間に合わせ、防いだのだ。

 しかし力はモロにルナベインに伝わり、その足を約2歩分、後ろに滑らせた。

 「まだ……まだ!「いいや、終わりだ。」くッ!?」

 ルナベインが反撃に出るまでの間に接近し、彼女が動き出す直前、その首筋に黒龍を添え、動きを止めさせた。

 「これで、勝負ありだな。」

 言うと、ルナベインは小さく頷き、その場にぺたんと座りこんだ。

 「はぁ……はぁ……ええ、その、ようね。……ひとつだけ、お願いをいいかしら。」

 息を切らしながらそう言って、こちらを見上げてくる。

 「なんだ?」

 「隠密スキルを今だけ解除してくれない?」

 「隠密スキルを?……こうか?」

 目を閉じ、隠密を意識して解除する。

 「……綺麗。」

 ほぅ、と感嘆の息を漏らし、ルナベインはとろんとした目を俺に向ける。

 俺が綺麗、ねぇ……その魔眼には俺はどう映っているのだろうか。

 そのまましばらくしても未だに熱っぽい目で見つめられ、流石に気恥ずかしくなってきたので、俺は再び隠密スキルを平常状態に戻した。

 「はぁ……、私に勝機なんて初めから無かったのね。」

 ため息をつき、自嘲気味に笑うルナベイン。

 「いやいや、お前は俺が今まで戦ってきた奴の中ではかなり強い部類に入るよ。」

 言いながら手を差し出し、立ち上がらせる。

 「ふふ、優しいのね。あと、これからはルナでいいわ。よろしくね、私のご主人様。」

 ……っと、クラッとしたぞ今。

 初っ端にその笑顔を向けられていたら、瞬殺されてた自信がある。

 「あ、ああ、よろしく頼む。」

 手を繋いだまま、俺達は闘技場から出た。



 「では、こちらに署名を。それで取引は完了です。」

 俺は今ギルドの受付の机で一枚の書類に必要事項を書き込んでいる。

 ちなみにルナベインの値段は80ゴールドだった。これで半額なんだから凄いもんだ。

 レゴラスは他の仕事があるからと言ってどこかへ転移していった。

 セシルは俺がいる机に突っ伏し、

 「また負けた、明日からどうしよう。」

 とか言っている。

 どうやらまた賭けに負けたらしい。一生苦しんどけコンチクショウ。

 「よし、これでいいか?」

 「では拝見させて頂きます。……はい、問題ありませんね。」

 カイルに紙を手渡し、記入漏れやミスが無いか確認してもらう。

 そして彼が一つ頷いた途端、

 「これで私は完全にご主人様のものですね。」

 そう言って、後ろからルナが抱き付いてきた。

 「奴隷紋をお確かめください。今後奴隷を買う際はこの紋章が使われます。」

 奴隷紋というのは奴隷をその主が無理矢理命令を聞かせるためのものだ。それに加え、誰の奴隷なのかという識別のためにも利用されるらしい。

 ちなみにルナの奴隷紋は彼女の左手の甲に描かれた。奴隷紋は二重丸と三角形を重ねたような形だ。

 形を決めるのは主人なのだが、俺の美的感覚には自信がなかったところ、しかしカイルが既に考えておいてくれていたのだ。

 俺の要望は予想していたらしい。流石はギルドマスターなんてコネを持つ商人である。

 ……絵が下手そうな顔をしているんだろうか?俺は。

 「でも、今後奴隷を買う予定は無いぞ?」

 「ええ、分かっています。しかし御用があればいつでもお呼びください。では、私はこれで。良いものを見せていただきました。また、縁があれば会いましょう。」

 カイルは書類を鞄に閉まってしまうと、軽い一礼をして去っていった。

 「コテツさんは、まだまだ実力を隠していたんですね……。」

 「うん、ボクとやったときは本当に、全っ然、本気を出してくれてなかったんだね。……剣すら持ってなかったし。」

 カイルを見送った途端、アリシアとネルが何故か落ち込んでみせた。ルナへの劣等感だろうか?

 なんとかフォローを。

 「いや、ルナに対しても別に本気を出した訳じゃないし、そこまで落ち込むことはないぞ?」

 本気を出したのは毒竜のときぐらいじゃないか?

 と、アリシアとネルがジトッとした目で見てきた。唯一ルナだけは嬉しそうに抱きついたままだ。耳もピコピコ動いている。

 何か間違えたかな?

 「そ、それでアリシア、いくら儲かった?」

 なんとか話題を変える。

 「獣人に人間が一対一で勝てるわけがないと思った人が多かったので、だいぶ儲かりましたよ。20ゴールドです。」

 ……いかん、大金のはずなのに割と少ないなって思ってしまった自分がいる。こりゃ金銭感覚が狂ってしまってるぞ?

 「それじゃあコテツ、満腹亭に戻ろっか。」

 「そうだな。」


 大通りを満腹亭に向けて歩いていると、アリシアとネルが互いに小さな声で何やら話し合っていた。時々こちらをチラチラ見ている。

 なんだろう。

 声をかけようとすると、

 「ご主人様、女性の内緒話を詮索してはいけませんよ?」

 俺の隣を歩いていたルナに腕を引いて止められた。

 「それより、ご主人様のことを私に教えてください。」

 「ああ、宿でな。そういえば、ルナのその服は獣人の普段着なのか?」

 着物は久しぶりに見た。

 「違います。これは私が古い友人から受け取ったものなんです。これは付加効果も凄く優秀ですよ。」

 「と言うと?」

 「身体能力と魔力の強化ですね。あとは、常に快適な温度になっています。だからスキル無しで私の動きについてこられたことには本当に驚きました。」

 そう言うとルナは俺の腕に体を寄せてきた。

 ルナさん、胸が当たってます。

 そういう抗議の目を向けると、ルナはふふ、と笑ってさらに身を寄せてくる。

 このやろう。

 目の前で揺れる銀色の狐耳をモフモフ。

 「ひゃん!」

 ルナはビクッと体を震わせ、押し殺した悲鳴を上げる。

 モフモフ

 「柔らかいな。」

 モフモフモフ

 「しょ、そうでしゅか。」

 モフモフモフモフ

 「柔らかそうですね。」

 「あ、ボクも触りたい。」

 アリシア達がこちらに気付いた。

 「どうする?」

 モフモフモフモフモフ

 「うぅ、私はご主人様の奴隷ですからぁ。ご主人様の命令に従いますぅ。」

 上目使いで見てくる。目が若干潤んでいるようにも見える。

 選択肢はひとつしかないだろう。

 「いいぞ。」

 「ご主人様ぁ!?」

 ルナが悲鳴を上げるが気にしない。3人で柔らかい耳を堪能させていただきました。

 あれ、この展開、デジャヴ?


 満腹亭の扉を開けて入ると、目の前でローズとアルバートが膝を付き合わせて話していた。ローズがアルバートに怒るという形で、だ。

 「あ!コテツ!そこに座って!」

 ローズは俺を呼びとめた。声の端々から物凄い怒りが伝わってくる。

 今夜アルバートには晩飯を作る暇は無さそうだと見て取って、ネルは苦笑いしながらもアリシアとルナを連れてどこかへ出掛けて行く。

 翻って俺は、ローズに彼女の前へと椅子を持ってこさせられ、座らされた。要は見捨てられたのだ。

 そして俺とアルバートは延々とローズに散々怒られた。

 内容はローズとゲイルを尾行していたことに関して。

 アルバートが俺の名前も含めてつるりと口を滑らせてしまったらしい。それを知った瞬間、アルバートを睨んだが、ローズに怒鳴られたことが相当に応えたのか意気消沈してしまっていたため、俺の怒りは四散してしまった。

 ……女性な笑顔が一番だと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ