夏休み②
夏になったとは言え、まだまだ涼しい朝の時間。ファーレン学園のコロシアムで3つの刃による剣戟の音が絶え間なく響いている。
3つの刃の内の1つは、刀身から火炎を猛らせる刀。
その使い手は久し振りの戦いに目を爛々と輝かせているルナ。
残り2つは純白の鋼に太陽を映した聖なる双剣。
その使い手は言うまでもなく俺。ちなみに目は死にかけていると思う。
周りの観客席では親交の深いエルフ二人とネルが観戦しており、アリシアはというと昨日一日で遊び疲れてしまったのか、宿でぐっすり熟睡中。
彼女を起こさずに置いていくのは気が引けたものの、夏休みだから存分にぐうたらさせてやりたいという思いに加え、あまりに幸せそうな寝顔を見せつけられ、その快眠の邪魔をするという暴挙をに踏み出せなかったである。
……一応、ファーレンにいるという置き手紙は部屋の扉に貼っておいた。
そんで俺は、前にルナと約束した通り、只今新たな武器の具合の確認中。
愛用してきた黒龍陰龍と、今使っている龍泉太阿との最大の違いは前者の刀身に反りがある一方で後者は反りの無い直刀であること。そしてそれに加え、後者は刀身もやや短い。
それぐらいの変化じゃ扱うのに大した支障はないだろう、と高を括っていた俺はしかし、その小さな差異のせいで、一合ごとに爆発を起こして火炎を吹き上げ、変則的な加速を行うルナの刀を思うように捌き切れず、結果、押し込まれてしまっている。
「はァァァっ!」
ルナの放つ、右斜め上からの袈裟斬り。
その軌道を斜めから縦に変えさせようと、俺は右の龍泉を外へと振るうも、想定よりも数瞬早く金属音が鳴った。
「チッ、またか!?」
かち合ったのは爆発の後押しで威力をさらに増した魔刀不死鳥の中ほどと、ほんの少しの力も込められていない龍泉の先端部。
自然、ルナの刀は龍泉を至極あっさりと押し退けてしまい、俺はカウンターに切り上げようとした左の太阿を自身の防御に回さざるを得なくなる。
白銀と紅蓮が俺の目前でぶつかり合い、ギギ、と耳障りな音を立てる。
無理な姿勢。そこから相手の斬撃を流す選択肢なぞ俺にあるはずもない。
加えるなら、黒銀を使っておらず、そもそも片手ではルナに力負けするに決まっている。
「セァァッ!」
気迫と共に、ルナの刀が力ずくで振り抜かれた。
「くっ!?」
真正面からルナの全力をぶつけられ、俺の足はザザと石のリングを滑る。
それでも何とか尻餅をつかないよう、足で耐え、しかし姿勢を直し切る頃にはルナは間合いを詰め終えていた。
「ブレイズソード!」
上段に構えられた刀からさらなる炎が吹き上がる。
走る勢いをも乗せて放たれる、強力無比な唐竹割り。
対する俺は姿勢を正すのを諦めた。
両方の剣を交差させて待ち構え、そして3本の剣が衝突する直前、両手を僅かに引きながら、燃える刃から逃げるように自ら勢いを付けて背後に倒れ込む。
来たるべき手応えがないまま、半分空振りをした形のルナは、そのせいで一瞬つんのめる。
「え!?」
無理をして作った隙。それを逃す道理はない。
火柱と化した刀に皮膚表面を軽く炙られるのを我慢しつつ、腰が地につくやいなや、片足ですかさず地面を押す。そしてもう片足を勢い良く振り上げることで逆宙返りを敢行しながら、俺は彼女の腹部を爪先で、強く、真上に蹴り上げた。
「ど、らぁッ!」
「うっ!?」
そんな無理矢理な巴投げもどきを実現させられ、ルナは俺の頭上の石床へと顔から突っ込んでいき、俺は両肩と後頭部の3点で強かにリングを叩いた。
「ぐっ。」
鈍痛に呻くも、体の残りが地面につくなりすぐに横へ転がって、俺はルナの方を向いて立ち上がる。
「そこです!」
しかし直後、さっきまで炎を纏っていた鋭い鋼が喉元に突き付けられた。
顎で微かに熱気を感じる。
「はぁ……チクショウ。」
動きを止め、嘆息。俺は悪態を漏らしながら剣を握ったまま両手を上げた。
「ふふ、私の勝ちね。」
両足、右手を地に付け、左手一本で握った刀を真下から俺の顎を切り上げる寸前の形で止めたルナの顔が嬉しそうに綻んだ。
ただ力任せなだけの、技とも言えないあの小細工ではルナの攻勢を止めるには不十分だったらしい。
ルナが刀を引いて腰に納め、俺は息を吐いて両手を下ろす。
「はぁ……要練習だな、こりゃ。」
頭を掻き、苦笑い。
「ふふ、いつでもお手伝いしますね?」
「はは、ああ、助かるよ。」
上機嫌なルナに力なく笑い返し、腰に鞘を作り上げて双剣を納める。
……この腰の違和感にも慣れないとなぁ。
「はぁ。」
腰に手を当て頭を振り、深いため息を口から漏らす。
最初に確認してみた聖剣の性能もなかなか使いどころに困る微妙な物だったし、こんなんでヴリトラと戦えるのかね?
「お疲れ様。」
と、観客席からやってきたネルが急に下から俺の顔を覗き込んで来たかと思うと、ニシシと悪戯っぽい笑みを見せてきた。
「悔しそうだね?」
「悪いか。」
つっけんどんに言うも、彼女は笑みを絶やさない。
「別に?あ、でも、ルナの後はボクがコテツと手合わせしようと思ってたけど、可哀相だからやめといてあげるね?」
……可哀相、ね。
コノヤロウ。
「ハッ、あーそうかい。あんまり優しいと泣くぞ?……ったく。」
その軽口を鼻で笑い、顔を上げる。
うじうじやってる場合じゃない。下手の考え休むに似たりだ。反省はしたし、後は改善あるのみ。
師匠にだって、俺は体で覚えるタイプだと言われたじゃないか。
『フォッフォッフォ、そうじゃな、わしもお主を頭脳派などとは冗談でも言い切らんしのう。』
やっかましいわ!迷路如きに丸々一日掛けたジジイに言われる筋合いはない!
『お、お主はいつまであのことを引き摺るつもりじゃ!もう遥か昔に終わったことじゃろ!』
あぁ!?あれから一ヶ月ぐらいしか経ってないだろうが!
「え?あ、あれ?コテツ?そんなに怒っちゃった?」
おっとしまった、爺さんへの怒りが顔に出たか。
「違う違う、はは、情けない自分に苛ついてるだけだよ。」
若干焦った様子のネルに笑いかけながら短く首を振って見せると、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃあリーダー、次は僕がネルちゃんとやってみても良いかい?」
「げ。」
そして遅れて歩いてきたフェリルの第一声に、彼女は心底嫌そ~に顔をしかめる。
……嫌いなのは重々承知しているけどな、それでも少しは悪感情を隠した方が良いんじゃないかね?
「フェル?どういうつもりかしら?」
「シ、シーラ!?ま、待って、まずは話させてくれないかい?今のは変な意味で言ったんじゃないんだ!」
そしてそのフェリルは背後にスッと現れたシーラに早速手首を掴まれ、悲鳴に近い声で命乞いを始める。
「そう?いいわ、なら話してみて。」
疑念アリアリで促すシーラ。
一言でも言葉を間違えた瞬間、フェリルはリング周りの水の中に転移させられることだろう。
「じゃ、じゃあ手を放してくれると……「別に口は塞いでないでしょ?」……ソーダネ。……え、えーと、シーラにせっかく買って貰った短剣をもっと上手く使いこなしたくてね。だからネルちゃんに手取り足取り教えて欲しいなぁ……なんて……。」
しかし、ビクつきながらもフェリルの述べたのは意外にも結構まともな理由。それを聞いたシーラはそっと彼の手を放し、
「そ、そう……ええ、きっとそうだろうと思っていたわ。」
なぜだか得意気になってうんうんと頷き始めた。
「それで、お願いできるかい?」
そうしてどうにか難を逃れ、フェリルは改めてネルに尋ねる。
聞かれたネルは……あれ?
彼女は俺の隣から忽然と姿を消していた。
空振った視線の先、一連の騒動を一歩離れた位置で眺めるルナに目で問う。
「?」
しかし流石にそれだけでは伝わらず、彼女は可愛らしく首を傾げるのみ。
「……本当にそれだけ?」
と、俺の真後ろからフェリルへの返答が為された。
いつの間に俺の背後に隠れたんだ?
「ああ、もちろんさ。あ、でもこれを通して僕とまた一緒に……「わぁぁっ!う、うるさい!滅多なこと言わないで!ほらやるんでしょ!さっさと構えて!」……え?あ、わ、分かった。」
フェリルが何か言いかけたところで、ネルがいきなり大声を出したかと思うと短剣を抜いて前に出た。
「ほら早く!」
「じゃ、じゃあネルちゃん、よろし「雷光ッ!」え?ぎゃっ!?」
そしてフェリルが気圧されながらも短剣を抜いた瞬間、バチィッ!と破砕音が鳴り響いた。
ほぼ同時にフェリルは光に包まれて消え去った。
「ぜぇぜぇ……。」
そして、俺の目の前から一瞬で5メートルの距離を駆け抜けたネルは、荒い息を吐きながら、逆手に持って突き出した短剣をゆっくりと腰の鞘に納刀した。
遅れてバシャンと音を立てて、フェリルがリング周りの水に落ちる。
あまりに急な状況の変化に沈黙が辺りを覆う。強いて言うならネルが駆けた跡が、未だ微かな電撃をパチパチと走らせる音が聞こえるのみ。
「ごほん……えーと、ネル?」
「ひゃあっ!?」
彼女の背後まで歩き、咳払いして沈黙を破った途端、ネルは奇声を上げて飛び上がった。
別に隠密スキルなんて使ってないってのに……こいつ、余裕が無さすぎるだろ。
「な、なに?どうかしたの?ボ、ボクはもう疲れたから……「なぁ、そろそろフェリルとの間に何があったのか聞いても良いか?」……。」
「……あ、そうだ、あと、“閃光”の2つ名の由来もできれば聞きたいな。確か教えてくれる約束だったろ?」
「うぅ……。」
“フェリルの話はし辛くとも、二つ名を付けられたときの話ならきっとしやすいだろう。”という、俺のちょっとした配慮はしかし、あまり功を奏さなかった。
「……変なことばっかり覚えてるよね、コテツは。大事な約束はすぐ忘れるのに。」
するとネルはふとこちらをジト目で見、そんな文句を垂れてきた。
「え?いや、忘れてはないぞ?」
ネルとの約束を破ってしまうことになった際はちゃんと罪悪感を感じて破ってきたつもりだ。
「尚更悪い!」
いやはやごもっとも。
「……すまん。」
「全くもう、これからは許してあげないからね?」
「へい。」
首を縮こまらせて返事をすると、ネルは満足したように頷き、観客席へ向けて歩き出す。
そうだな、これからは気を付けよう……いや待てこら。
「じゃあボクはちょっと用事があるから……「で、フェリルとの関係は?」……言わないと駄目?」
逃げる彼女の細い手を握って笑いかけると、ネルは泣きそうな顔でこちらを見上げる。
そのせいで嗜虐心が顔をもたげた。
「いいや、お前が嫌なら強要はしないさ。」
ニヤけるのを抑えて微笑みにとどめ、優しい声を心掛ける。
「そ、そう?……ありがと。」
そして、見るからに安堵してみせるネルの耳元に顔を寄せ、呟いてやる。
「良いって。……何せフェリルに聞けばいい話だしな?」
「なぁっ!?」
途端に仰天したネルの手を離し、踵を返してフェリルの落ちた方へと向かう。
「ルナ、フェリルを引き上げるのを手伝ってくれ。」
「は、はい!分かりました。」
「はっ!わ、私も手伝うわ。」
状況を把握できていなかったのか、まだ固まっていたルナに声を掛けると、彼女だけでなく、同じく硬直していたシーラも後に付いてきた。
「ま、待って!」
慌てて叫び、走って横に並んできたネルは、両手で俺の手を掴みとる。
「どうしたネル?疲れたんじゃなかったのか?いや、他に用事があるんだったっけか?」
「うっ。」
そちらを見下ろし、すかさず先程の彼女の杜撰な嘘を弄ってやると、彼女は一瞬言葉に詰まったものの、下を向いて首を一度振り、グイと目を合わせてきた。
「……ねぇ、止めよう?ボクが話すからさ、ね?アイツに話させたら変なことばっかり言うに決まってるんだから。」
ここまでに必死に言われると、むしろフェリルからこそ話を聞きたくなってくるなぁ。
と、俺の内心が顔に出てたのか、手を握る力が一段と増した。
「……お願い。」
さらに捲し立ててくると思いきや、ネルは掠れた声でそう言い、微かに怯えの色まで入った目で俺をただひたすら見つめてくるのみ。
……しまったな。こりゃ思ってた以上に嫌だったらしい。
「はぁ……分かったよ、今は何も聞かないでおく。」
「嘘じゃない?」
「くはは、俺の誠実さは分かってるだろ?……はいはい嘘じゃない嘘じゃないから。」
冗談なんだからそんなジト目で見ないでくれ……。
「ありがと……いつか、ちゃんと話すから。」
いつか、ね。
「ま、楽しみにしておくさ。……おいフェリル!ショックなのは分かるけどな、いつまでボーッとしてるつもりだ!?」
笑って言い、リングの縁に辿り着いた俺はリングの外で仰向けにプカプカ浮いたまま微動だにしないフェリルに向けて大声を出す。
「あ……リーダー、僕はしばらくこのままにしておいてくれないかい?」
そして返ってきたのは全く覇気の感じられない声。
「フェル、一瞬でやられちゃって落ち込んでいるのは分かるわ。でもそのままだと風邪をひくから、早くこっちに来て。服ならルナちゃんに乾かして貰えば良いわ。お願いできる?」
言いながら、シーラが縁に座り込んでフェリルへと手を伸ばす。
「はい、お任せください。」
そして彼女に聞かれたルナはしっかりと頷いてみせた。
「……分かった。」
根負けし、珍しくしおらしいフェリルが泳いで来て手を伸ばしてきたのを、シーラと俺で引き揚げる。
「えっと……さっきはごめんなさい。」
と、ここで俺の背後に立つネルが申し訳なさそうに謝った。
いくら取り乱していたとはいえ、やり過ぎてしまったとは思っていたのかもしれない。
「アハハ、負けたことで落ち込んでる訳じゃないよ。ネルちゃんが強いのはよく知っているからね。……よっと。」
フェリルは笑ってそう言って、掛け声と共にリングに上がる。すぐにシーラがフェリルの衣服を――本人は自分でできると抗議していたが――脱がせ始め、石タイルに無造作に積み重ねられるそれを俺が拾って広げ、新たに創って浮かべた物干し竿に掛けていけば、ルナが弱めの炎でそれらを乾かしていく。
「それじゃあどうして落ち込んでいたんだ?」
脱がされた全ての服を掛け終えたところで、上半身を裸に剥かれたフェリルに聞く。
ちなみにフェリルはシーラに下までも脱がされようとしていて、必死の形相で抵抗していた。
「シーラ、下は脱がさなくて良いから!「そう?私はもう慣れてるから気にしないわよ?」僕が気にするんだよ……。……えっと、それでリーダー、僕がどうして落ち込んでいたか、かい?」
「あ、ああ。」
なんだかんだ言って長年一緒に仲良くやってきたことを伺わせるやり取りに、少しの意外さを感じながらも首肯。
互いの裸の1つや2つ、偶然にせよ故意にせよ、何度か見たことはあるんだろう。
女性ならともかく、男なら――公共の場では捕まるものの――下着一枚までは割りと許容範囲だしなぁ……。前にユージの温泉でフェリルが覗きを敢行したときも、あいつは完全にユイやセラの裸体目的だった覚えがある。
「簡単なことさ。一時は付き合ってたこともあるネルちゃんにあそこまで嫌われたら、誰だって落ち込ブッ!?」
そして、そうあっさりと答えたフェリルの顔に、雷を纏った鋭い蹴りがクリーンヒット。
幸か不幸か、上裸でリングの端に立っていたフェリルは、後ろ向きに綺麗な弧を描いた後、大きな水飛沫を再び上げた。
「……い、今の、聞いた?」
足を下ろし、泣きそうな顔でネルが俺に聞いてくる。
言われずとも分かる、ネルがフェリルと付き合ってたってことだろう。
「聞いてない聞いてない。」
しかし、顔を真っ赤にして焦るネルの足元は、未だ電撃のバチバチ走る臨戦態勢。下手に肯定したが最後、フェリルと同じ末路を迎えかねん。
「……。」
じぃっと、目と目を合わせてくるネル。
まさかこいつ、人の目を見て嘘を暴けるのか?いやいや、そんな馬鹿な。
「……私は、聞いたわ。」
「ひゃっ!?」
救いはネルの背後から来た。……まぁ、ネルの両肩に手を乗せて平坦な声を発する、不吉なオーラをビシバシ飛ばすシーラを救いと呼んでいいのか甚だ疑問ではあるが。
「……ずっと一緒にいたのに、そんなこと知らなかったわ……。教えてくれる?」
耳元で囁く悪鬼を見てしまわないよう、ネルはこちらにその涙混じりの目を向けたまま、恐怖に体を震わせている。
「……ねぇ?」
「……ひゃい……。」
催促され、ネルは蚊の鳴くような声で返事をした。
ちなみに俺の目の端では、触らぬ神に祟りなしとばかりに、ルナが前方に視線を固定して、せっせとフェリルの服を乾かし続けていた。
それだけ、今のシーラは怖いのだ。
脅されたネルがしたのは、彼女とフェリルとの馴れ初めから破局までの話。そしてそれは閃光の2つ名の由来そのものだった。
「なるほどなぁ。そういえばフェリルは顔はいいし、背は高い方だし頭もまぁ、いいよな。それに弓矢の腕は高いし、頼りになるっちゃなるわな。」
リングな胡座をかいて、体育座りしたネルの話を聞き終えた俺は、納得顔で頷いた。
かつてネルの好みを聞いた際にされた答えをあいつなら満たしてる。付き合っていたって不思議はない。
「違うから!あれはそんな意味で言ったんじゃないの!」
「はは、そうかい。ま、昔のことだ、忘れてしまえ。いやはや、俺とルナは半年しか保たなかったと思ってたんだけど、実際は半年“も”保ってたのか。……くく、にしても2日は酷い。」
そう、ネルとフェリルの交際期間はなんと、たったの2日だけ。
イベラムでかなりの人気を誇る受付嬢ネルの心を、情熱的な言葉と持ち前の甘いマスクでフェリルが勝ち取ったというニュースは瞬く間に知れ渡り、イベラムの住人や冒険者達を色々な意味で大いに沸かせ、その2日後の破局の一報も、街中の人々によって騒ぎ立てられた。
また、その破局の現場に居合わせた人々の脳裏に揃って焼き付いた光景は、雷を纏った(今より威力は抑えめらしい。)ネルの鋭い蹴り。
たった2日の、しかし街の話題を盛大に掻っ攫った派手な一幕、そしてその最後を華々しく飾ったネルのカミナリキックもあって、彼女に“閃光”の二つ名が授けられたという訳だ。
Sランクでもないネルに二つ名が付いた謎は、こうして遂に解かれたのだった。
「うるさい!最初は格好いいと思ったもん!元気がないときに優しくしてくれたし、ちょうど先輩が寿退職して職場もなんか浮ついてたし……。」
職場のせいというより、ネル自身が焦ってただけだろうに……。
まぁ本人も自覚はあるのだろう、弁解すればするほどその顔がどんどん膝に埋まっていく。
「くはは、人気者も大変だな?」
「うるさぁーい……うぅ、忘れろって言ったくせに……。」
「あー……でも美人なんだから次はあるさ。頑張れ。」
膝から目だけ出して睨んでくるネルにそう言って肩をすくめると、彼女はまたもや膝に顔を埋め、
「馬鹿。」
ついでに明らかな八つ当たりで俺を罵倒してきた。
ちなみにシーラは少し離れた位置で安堵の表情を浮かべていた。




