夏休み①
夏と言えば海。異論はあるまい。
「わぁ!」
「どんなもんだ、凄いだろ?」
「はい!すごいです!……あ、あの、コテツさん、私……」
「触りたいのか?」
「駄目、ですか?」
突き抜けるような青空の下、海岸沿いの砂浜で、晒した真っ白な足に太陽光を眩しく反射させたアリシアは目の前に現れた宝物達を触るか触るまいか悶々としている。
好奇心では触りたいのだろう、しかし幼少よりの教育のおかげかそうやすやすと触れていいものか迷っているに違いない。
良い子だ。
「くはは、駄目なもんか。なんなら試してみるか?」
「はい!」
「よしきた、どれが良い?」
元気な返事にこっちも思わず笑顔になりながら、その頭に手を乗せ、撫でながら聞く。
俺とアリシアの目の前、裸足の足にしっとりとした感触を伝える砂に深々と突き立っているのは、この一年で集めてきた神器達。
今日はルナと聖剣を使う練習をするつもりだったのだが、アリシアが神器を見てみたいとお願いし、俺が二つ返事でそれを了承したため、今はこうして彼女と二人で、なんの恨み辛みもない母なる海へ、容赦ない攻撃を仕掛けようとしている。
手合わせを楽しみにしていたルナは不満げだったものの、アリシアに直接おねだりされ、無事に陥落した。
そのルナはエルフ二人とファーレン観光に行ってしまい、ネルはというと、学園から出された宿題をやっている。ちなみにアリシアに宿題のことを聞いたら、にっこりと笑顔を返された。日にちに余裕があるから大丈夫だってことなのだろう。
……きっと。
胸から太ももの半ばまでを覆う白いワンピースを着、長い金髪を後ろで一つに結んだアリシアは、よれたシャツとズボン姿の俺の手の下で、視線を神器群に何度も往復させた後、グイとこちらを見上げてきた。
さぁ彼女の心を掴んだのは一体どの神器だろうか。
「……どれにしましょう?」
ズッコケかけた。
「は、ははは、どれでもいいぞ。どうせ全部試すんだから。」
「うぅぅ……こ、これです!コテツさん、私、これにします!」
するとアリシアはさらに悩んだ末、身の丈もある長剣に駆け寄り、その柄を両手で掴んだ。
「あ、あー、そうか、それかぁ……。」
その選択に困ってしまい、俺は苦笑しながら頭の後ろを掻いた。
彼女が選んだのは魔剣グラム、またの名、というかファフニール曰く、神剣バルムンク。
鋭い切れ味が売りである一方、それを発揮するかどうかは運次第という、単純にして強力、しかし素直には喜べない性能の神器だ。
「あ、だ、駄目でしたか!?ならえっと……」
「いやいや、駄目じゃない駄目じゃない。素晴らしいチョイスだよ。よし、そうと決まれば早速試しに行こう。」
言いながら他の武器をヘール洞窟に飛ばし、アリシアが地面から引っぱり抜こうと四苦八苦していた魔剣グラムを片手で抜いて肩に担ぐ。
ロンギヌスの槍を選ばれなかっただけ良しとしよう。……生命力の吸収、それも対人限定の能力なんぞ、どうやって披露すればいいのやら。
『選択肢に含まれぬよう、ヘール洞窟に残しておけば良かったじゃろ。』
……アリシアを全力で驚かせてやりたかったんだよ。
さて、向かうは海岸沿いにある大きな岩。
来た日がたまたま良かったのか、俺とアリシアの他に海水浴客はおらず、俺達二人は寂しさと開放感を感じながら熱された砂を歩き出した。
「……便利な指輪ですね。」
と、ポツリとアリシアが呟いた。
「ん?ああ、これか。これはな、指輪、というかこの魔法陣が便利なんだ。安全な場所に繋がっていてな……」
アンデッドを生み出せることはだまっていよう。嫌われたくない。
「もう、アザゼル様のところに送る必要は無いんですね……。」
あ、そういう意味で言ったのか?
「なんだ、悔しいのか?」
「……いいえ、それが不思議と悔しくないんです。1年前の私ならたぶん、また泣いてコテツさんを困らせたかもしれないですけど……。」
「お前は要らない子じゃないぞ?」
「むぅ、思い出さないでください。」
一応、1年前と同じようにフォローしてやると、アリシアは真横から軽く体当たりしてきた。
「はは、悪かったよ。泣かないのはたぶん、自信が付いてきた証拠だな。」
「自信、ですか?」
「俺が神の空間を使わなくて良くなったって、今のお前は他にも俺にできないたくさんの事ができるだろ?魔術なんて特にそうだ。はは、ネルも強くなっただろうし、いよいよ俺の立ち位置が無くなってきたな?」
「わ、私はコテツさんに付いて行きますよ?あと、ネルさんは今もコテツさんに追い付こうとして、頑張っています。……あぅ。」
慌てたようにアリシアが言い、俺は笑ってその頭を撫でてやる。
「はは、そうか。それならまぁ、追い抜かれないように頑張るよ。……よし、こいつでやってみよう。」
歩いた先でアリシアの背と同じだけ顔を覗かせた、ゴツゴツした岩を叩いて言う。
「どうするんですか?」
「まぁ見てろ。少し離れていてくれ。」
「はい、分かりました。」
頷き、アリシアは近くの別の岩の影に退いた。
それを確認し、俺はグラムを天高く掲げる。
唱える文言は……よし。
「切り裂けッ!」
頭に自然と浮かんできた命令文を朗々と、大声で叫ぶ。
瞬間、手の中でグラムが小さく脈動し、黄金の波動を周囲に放った。
「すっごく綺麗です!」
黄色い歓声。
口元に笑みが浮かんだのが自分でも分かる。
「……グラムッ!」
そんなアリシアの声援に応えるべく、力強く踏み込み、俺は神の力を宿す長剣を、渾身の力で眼前の岩に振り下ろした。
ゴンッ!と鈍い音が響く。
次いで腕に強い衝撃がはね返ってきた。
「くぉっ!?」
思わず剣から手を離し、後ずさり。目の前の岩を見てみれば、グラムはその刃を半ばまで岩に切り込ませて止まっている。
……失敗、か。
「コテツさん!?だ、大丈夫ですか?」
トト、と駆け寄ってきて、アリシアが心配そうに顔を下から覗き込んできた。
「あ、ああ、大丈夫だ、問題ない。」
まぁ失敗するだろうとは思ってたさ。うん……チクショウめ。
「硬い岩に深い切れ込みを入れるなんて、流石は神様の作られた武器です、ね?」
優しいアリシアの必死のフォロー。結果がショボくて拍子抜けしているのはその顔を見れば明らか。
ちょっとした羞恥を感じながらグラムを掴み直し、岩から引っこ抜いて刀身を確認。
歪んでは……ないか、そこら辺は流石神剣ってところかね?
「え、えっと、じゃあ次は……「いや、まだだ。」え?」
さっさと次へ話を移そうとしてくれる百店満点の心遣いを含んだ言葉を遮り、俺はグラムを砂地に刺して軽く叩いて示す。
「こいつの能力がちゃんと発動するかどうかには、実は運が絡んでくるんだよ。はは、俺の苦手分野でな。ま、大体はこんな感じだから、今度はアリシアも一緒にやろう。」
「大丈夫なんですか?」
「……大丈夫な筈だ。」
出鼻はくじかれたが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
グラムを片手で地から抜き、くるりと回して柄を下に向かせ、最初はキラキラしていた目を少し陰らせてしまっているアリシアをちょいちょいと手招き。
そしてまだ柔らかい、雪のように白い彼女の手に物騒な鉄の塊を握らせ、八相に構えさせた。
「行けるか?」
「はい!」
元気の良い返事の割に足腰が少しふらついているので、俺は中腰になり、背後から彼女の腰と剣を掴む両手にそっと手を添えてやる。
「よし、言葉は頭に浮かんできたか?」
「は、はい!」
「よし、行くぞ!」
声を張り上げ、彼女を鼓舞。
「……。」
しかし、アリシアは黙ったまま。
「……アリシア?」
「さ、叫ばないと、駄目ですか?」
あ、そこで引っ掛かっちゃうかぁ。
「周りには誰もいないし、たまには力一杯叫ぶのも楽しいぞ?」
「コテツさん、笑いません?」
「笑わない笑わない。ていうか俺もさっき叫んだろ?」
「うぅ、分かり、ました。」
言うと、アリシアは小さく頷いて、大きく深呼吸を一つした。
かっとその緑の眼が開かれる。
「行きます!……切り裂けっ!」
そして彼女の高く、澄んだ声に呼応して、金色の波が辺りに広がった。
「よし、行くぞ!」
「はい!はぁぁぁ、グラムッ!」
そしてその銘をアリシアに喚ばれるや、神剣からさらなる光が迸った。
輝く刃は真っ直ぐに振り下ろされ、硬質なはずの岩は豆腐ででもできていたかのようにそれをすんなり受け入れる。
スルッと剣が岩を通過。
そして勢い余って地面の砂まで斬ったところで長剣が元の銀色に戻り、アリシアの初めての一太刀はそこで打ち止めとなった。
遅れて、黒い巨岩がパカリと開き、ゆっくりと左右に倒れていく。
そうして上を向いた2つの切断面は綺麗に真っ平らでかつ滑らか、頭上で照る太陽をそこに眩しく反射した。
「……い、今の、わわ、私がやったんですか?」
剣を振り抜いた体勢のまま、呆然と呟くアリシア。
「おう、大成功だな。」
褒める意味でその頭を撫でてやると、彼女は本日一番にキラッキラした目でこちらを見上げた。
彼女の思いは言われずとも分かる。
「……次、行ってみるか?」
「はい!」
それから、俺達は不敬にも神器で遊び尽くした。
ミョルニルで大雷を海に落とすことでどちらがより大きな音を鳴らせるか競い合ったり、如意棒がどこまで伸びるのか試すため、その先を俺がガチリと掴んだ状態でアリシアが大海原に向けて伸ばしてみたり(結果は測定不能。あまりに遠くまで飛ばされ、アリシアが小粒にしか見えなくなったところで俺は如意棒を離してしまったのだ。)と、一見罰当たりにも思える遊びを立て続けに行い、適当に買っておいた串カツやサンドイッチで昼飯を簡単に済ませてもう一度グラムで遊び(何故か俺が使うと必ず失敗し、アリシアが使うと全て成功した。)、日が傾いて影が伸びてきたところで、俺達は一旦休憩を取ることにした。
「はぁぁ、気持ちいいです……。」
波打ち際に仰向けに寝そべったアリシアが、波に打たれてふにゃりと笑う。
彼女の着ているワンピースは水着としても兼用できたらしい。
「そういえばアリシアは泳げるのか?」
その近くの手頃な石に座り、ズボンの裾をたくし上げて足湯のように両足を海水に浸けた俺が聞くと、彼女は寝転んだまま、ムッ、と頬を膨らませた。
「もちろん泳げます!小さい頃は村の皆と一緒に海で遊んでいたんですから!」
そういやヌリ村は海に面してたな。
「そうかそうか、疑って悪かった。」
「ふふ、分かればいいんです。コテツさんは泳げるんですか?」
「人並みにはな。もし泳ぎたいなら泳いでいいんだぞ?俺はここから眺めておく。」
「コテツさんは泳がないんですか?」
「この格好でか?」
両腕を広げ、一見すれば季節に真っ向から反発する、暑苦しい服装を示す。
「えっと、じゃあ近くで見ていてください。」
「そりゃまたどうして?」
「疲れたらおんぶして貰うんです。」
こら。
「濡れるから断る。」
「……濡れてもいつかは乾きますよ?」
なんつー理屈だ。まったく。
「濡れた服って気持ち悪いだろ?」
苦笑して言うと、アリシアは押し黙り、かと思うとスっとその場に立ち上がった。
首の下からポタポタと海水を滴らせ、また、さっきまで砂浜でゴロゴロしてたせいで砂だらけになっている彼女は、ゆっくりとこちらに向き直る。
「アリシア?」
「……。」
一歩々々近付いてくる、結構わがままなところがある金髪少女。
「お、おい?」
まさか……。
「……コテツさん。」
「ん?な、なんだ?」
「大好きです!」
にっこり笑い、アリシアがそんな嬉しいことを言ってくれて俺が感動したのも束の間、彼女は2歩の助走をつけ、俺へ向けて大きくダイブ。
本当にやりやがった!感動を返せ!
もちろん避けられない訳ではない。が、俺の周りはゴツゴツした石や岩だらけ。
避ければ大惨事、黒魔法で防いでも運が悪いと惨劇は免れない。
よって俺は、天才策士アリシアを、ずぶ濡れでぐしょぐししょで、長い髪も相まって人間スポンジのようになった彼女を、真っ正面から受け止めざるを得なかった。
「ぐふっ!?」
肺が潰れる。
「えへへ〜!」
俺のそんな呻き声など気にも止めず、本人は楽しそうに体を押し付けてくる。
「馬鹿野郎!俺が受け止めなかったらどうなってたか考えろ!」
「?」
色々柔らかいのを理性で抑えながら叱るったにも関わらず、俺にべたりと張り付いたまま、アリシアは可愛らしく小首を傾げるのみ。
「すっとぼけるんじゃない。」
さらに言うも、彼女の仕草に毒気を抜かれて我ながら言葉に覇気がない。
「それより、これでコテツさんも濡れちゃいましたね?」
楽しそうに笑うアリシアに俺はもう怒ることを諦めた。
「はぁ……お前のせいでな?」
「私はいつも感じている感謝の気持ちを表しただけですよ?」
「飛び付くのに格好な言い訳を取ってつけただけだろ。」
白々しいわ。
「そ、そんなことより!」
おい。
「もう濡れてしまっからしかたありませんね、一緒に泳ぎましょう!」
「横で見るだけだ。」
確かに濡れた。しかしそれでも今着ているシャツと長スボンでは泳ぎにくいにも程がある。
「……分かりました。」
ちょっとだけ譲歩してくれたアリシアは、俺から下りるなりそのままバシャバシャと海に入っていき、俺は苦笑しながらその後に続く。
そうして下腹部までを夕焼け色の冷えた水に沈めたところで、俺はいざ泳ごうとするアリシアの手を掴み取った。
やられっぱなしで堪るか。
「コテツさん?」
「泳ぎ始める前に、さっきの言葉をもう一度言ってくれないか?そうしたら離してやる。」
「え?……ええ!?」
少し考え、俺の言葉の意味が分かったのだろう、ボッとアリシアの顔が紅く染め上がる。
「どうした?さっきはあんなに元気に言ってくれたじゃないか。」
「……あれは、勢いで言っただけで……。」
俺から身を離そうとし、しかし手を掴まれているため十分に離せないまま、彼女はか細い声で言い訳する。
「なんだ、嘘だったのか……そうかぁ……残念だなぁ、悲しいなぁ……。」
「あ、ち、違います!私はコテツさんのこと、好きですよ!だからあれは嘘なんかじゃ……」
しおらしく項垂れ、両目を左腕で隠すという、俺の大根芝居に引っかかり、アリシアが慌てたように言って俺の両手を掴んで引っ張った。
すると当然、俺の、涙なんぞ一滴も流していない、むしろニヤリと笑った顔が顕になる。
「……ほえ?」
「はは、俺も好きだぞ?」
ポカンと間抜けな顔をした、金髪娘に笑いかける。
「エアボム!」
突如、俺の真下の水面が爆発。
「ぶぉっ!?」
完全な不意打ちに、防ぐことも叶わず、目、鼻、口に塩辛い海水がモロに入る。
「コテツさんのそういうところは大嫌いです!」
そして俺の顔面に大惨事を引き起こした帳本人は、俺の心にも特大のダメージをぶち込み、ザプン、と水しぶきを上げて海に潜っていった。
月の光で微かに煌めく黒い海。
一定の感覚で押し寄せる波にくるぶしの少し上までを浸け、大海に左半身を向けてすっくと立つ俺は、本日最後に試すこととなる神器、半透明な桃色の弓、神弓エルフィーンのその弦を、そこに何もつがえないまま、一気に引いた。
体に張り付いたシャツが煩わしい。しかし背中の傷を見られてアリシアに心配を掛けさせたくはない。
「綺麗な弓ですね?」
そのアリシアは、数歩程後ろで新たに作ってやった黒いコートを肩にかけ、体育座りで見学中。
彼女をからかった俺への怒りは、ありがたいことに、泳ぎまくって流した汗と共にさっぱり流れていった模様。
「そうだな。でもしっかり見てろよアリシア。こっからはもっと綺麗だぞ。」
もし俺の想定通りに事が進めば、な。
「楽しみです。」
「よっしゃ……殲滅せよッ!」
アリシアの期待に応えるべく、俺は声を張り上げる。
黄金の波が俺を中心に、海水面を走っていき、引いた弦に薄桃色の光弾が宿る。
そして次第に大きくなっていくそれを確認し、俺は右膝を海水に浸し、斜め上の星空に狙いを定めた。
「……エルフィーン!」
光弾の膨らみが収まったところで手にした神器の名を叫び上げ、右手を開いて弦を開放。大きめの光弾が夜空の彼方へと消えていった。
「ふぅぅ。」
息を吐き、光が消えていった空を見上げる。
ここら一帯に船舶がないのは爺さんのおかげで確認済み。あとは成功を祈るのみだ。
「あの、コテツさん?……また、失敗ですか?」
吐いた息を失敗のため息と受け取ったのか、言いにくそうにアリシアが聞いてくる。
「さぁな、これから分かるさ。ほら、向こうを見てろ。」
振り返らないまま、俺は自身の視線の先を指差してみせる。
「はぁ……?分かりました。」
アリシアが返事をしてからさらに数秒後、パッ!とピンク色の花が咲き、夜の空を彩った。
少し遅れ、ドン!と爆発音が響いてくる。
そう、俺がやったのは花火の真似事。
夏と言えば花火。同郷の者なら異論はあるまい。
「わぁぁ……。」
背後で感嘆の声が上がる……が、うーむ、想定より随分小さい。
遠くに飛ばし過ぎたかね?
しかし、あの偽花火の本質は無差別な範囲攻撃だ。あまり近くでやり過ぎるとこっちに危険が及んでしまう。
さてどうするか……。
「……もっと近くで爆発させる分、角度は低めにして……」
呟きながら、左手に持ったエルフィーンをもう一度構える。
「コテツさん!とても綺麗でしたね!」
と、コートが落ちないように肩を抑えながら、飛沫が上がるのも構わず、アリシアが隣に駆け寄ってきた。
泳いで失った元気は少し回復してきたらしい。
「はは、そうか。次はもっと凄いぞ?」
「もっと、ですか?」
「ああ、さっきのは試し撃ちだ。今から特大のを見せてやる。」
実は一発で成功させるつもりだった、というのは黙っておく。
その甲斐あって、アリシアはその笑顔をさらに輝かせる。
彼女はクルッとターンして元の位置に戻っていこうとし、しかし俺が彼女を呼び止めようとする直前、彼女はさらに回ってこちらに向き直った。
「えっと……次はここから見ても良いですか?」
「もちろん、というか俺もちょうどそう言おうとしてたところだ。」
万が一のとき、アリシアには近くにいて貰わないと守ってやれない。
「ふふ、そうですか。」
はにかむアリシア。
「ああ、ほら、そこに座ってていいぞ。」
言いながら、俺は彼女のすぐ隣、俺の目の前の位置に黒魔法で装飾も何もない、簡単な台を作ってやった。
「わぁ、久しぶりに見ました。コテツさんって何でもできますね?」
「はは、本当に何でもできたら苦労しないんだけどな。」
チョコンとそこに腰を掛けたアリシアの発言に照れ笑い。
……さて、やりますか。
「すぅぅ、はぁぁぁ……。」
目を閉じ、まずは深呼吸を一つして肺から空気を絞り出しながら、俺は右手をエルフィーンの弦に添え、3本の指でそれを挟む。
「殲滅せよ!」
文言を唱え、目を開ける。一射目と比べて少し低めな射角の射線の先を睨めつけ、潮の香りを一気に吸い込みつつ、ゆっくりと弦を引き絞った。
辺りに金の波動を放つ神弓。
その弦を伝い、少しずつ右の指先に集まっていく薄桃色の強い光。
「……コテツさん?」
「まだだ。」
小首を傾げたアリシアに俺は首を横に振る。
その間も光弾の大きさは肥大していき、その色も段々と濃く、その光量が見るからに増していく。
遂には俺の立つ浅瀬の底が紫色に照らし出され、あまりの眩しさに目を両手で抑えてしまっているアリシアの影は、伸びていって岩にまで映し込まれている。
そろそろ、かね?
「アリシア、右を向いて目を開けるんだ。くはは、派手に行くぞ!」
「は、はい!」
うん、良い返事だ。
改めて息を吸い、そしてその弦に凄まじい極光を携えた、神の武器の銘を叫ぶ。
「……エルフィーンッ!」
放たれた光弾は、辺り一帯を照らしながら、尾を引いて真っ直ぐ突き進んでいった。
その間に俺はアリシアの背後に移動し、いつでも防護壁を作れるよう、右手に黒色魔素を集め始める。
「コテツさん、隣に座りませんか?」
と、アリシアがこちらを見上げてそう言い、台の端に座り直す。
断る理由は思い付かない。
「お、ありがとな。そら、もうそろそろの筈だ。」
お言葉に甘えて腰を下ろし、アリシアに前を見るように促した直後、ドガンッ!と強烈な爆音を響かせて、極光が盛大に爆発した。
カッと辺りが薄桃色の光に照らされ、爆発の中心から光の粒子が広く大きく拡散していく。その一つ一つもそれぞれで小爆発を起こし、目の前の夜空を埋め尽くすような大量の花が咲き乱れた。
……こっちに落ちてきそうな光弾は無し。今度こそ、成功だ。
「わぁぁ!」
隣のアリシアもご満悦。
あまりに巨大な夜空の絵画に座ったまま仰け反る彼女が、そのまま背中から海辺に落ちそうになっているのを、俺は苦笑しながらそっとその背に片手を当てて支えてやる。
しかし本人にそれに気付いた様子はなく、瞬きするのも惜しいとでも言わんばかりに、擬似花火に魅入ったまま。
「……これで進級おめでとうってことにしておくか。頑張ったんだろ?魔法の勉強。」
言うと、アリシアはハッと我に返ってこちらを振り向き、くすぐったそうに笑った。
「ふふ、ありがとうございます。でも、そうなると卒業したときがとても楽しみです。」
「おう、大いに期待しておけ。」




