顔合わせ
暗くなり始めたファーレンの街道。
「遅いよリーダ……ああ!もしかしてとは思ってはいたけど、やっぱり君だったのかい!会いたかったよネルちゅわぁんブッ!?」
そのど真ん中で一瞬、バチィッ!という劈き音と共に、眩い閃光が迸った。
「こんなところで会うなんて奇遇ですねフェリルさん、では、私は忙しいので。……ね、早く行こ?ボク、お腹空いちゃった。」
ドサリと倒れたたらしエルフに見向きもせず、彼の顎を蹴り砕いた張本人であるネルは、先を急ごうと俺の袖口をグイグイ引っぱる。
その足元は未だ雷を纏っており、おそらくフェリルが即座に復活しても完璧に対応――要は2撃目を全く同じ箇所に打ち込めるだろう。
……まぁ当のフェリルは仰向けに倒れたまま、ピクピク痙攣しているのみで、起き上がる様子が全くないのだけれども。
「……やり過ぎじゃないか?」
「そう?うーん、久しぶりにやったからね。ファーレンでかなり実力も上がったし……。ま、この人なら別に良いんじゃない?ね?」
おいこら。
「シーラ、その拳はさっさと引っ込めて、ちょっとこいつを担ぐのを手伝ってくれ。」
「え、拳?な、なんのこと?私は魔法使いだから、そんな野蛮なこと……。」
腰だめに引いていた拳をスッと背中に回し、シーラは必死でとぼけ始めた。
ったく、何を今更。
「そうかい、ほら早く。」
適当に頷きながら、シーラに催促しながら屈む。
「ご主人様、私がお手伝いします。」
「あ、私もやります!えっと、ヒールを使っておきますね?」
「おう、助かる。」
フェリルの側に屈み、一応呼吸はしていることに内心ホッとしつつそう言って、俺はルナとアリシアに手伝ってもらいながら彼の体を肩に担いだ。
「えぇ、連れてくの?」
そしてフェリルを伸した当の本人は手伝いもせず、文句たらたらな模様。
「そんなに嫌か?」
「……回復しかけのところでもう一度蹴ってやりたいぐらいには。」
……それは嫌いすぎだろう。
「ん、うん?」
「あ、起きました。あの、大丈夫でしたか?痛いところはもうありませんか?」
「……う、あ、ああ、もちろん、もちろん!当たり前じゃないか!君が僕の目覚めを待っていてくれるのなら、たとえ死の淵からでも僕は不死鳥の如く舞い戻るさ。できるなら、可愛らしい君の素敵な名前を、その天使の囁きにも劣らない声で教えてくれないかい、美しいお嬢さん?僕はそれを一生忘れることはないと天上全ての神に……ぐぇっ!?」
「おはようフェル、元気そうね?はいこれ、フェルの分よ、取っておいてあげたんだから、冷める前に、ほら、早く食べなさいっ!」
「ぐむぅ!?」
カミナリキックのダメージから復活するなり、心配そうに彼の顔を覗き込んでいたアリシアを口説き出した、精魂たくましい我らがたらしエルフ、フェリルは、背後のシーラに衣服を引っ張られ、焼き野菜をこれでもかと口に詰め込まれた。
「……だから言ったのに。もぐもぐ……」
「はは、まぁ良いじゃないか。元気で。」
テーブルの向かい側で演じられたいつもの流れを見、俺の左隣で不満そうにブツブツ文句を垂れるネルに、俺はそう笑って返した。
「お疲れ様ですアリシア、どうぞ、取っておきましたよ。」
と、彼女のさらに左側にいるルナが、フェリルの戯言にオロオロしているアリシアの前に焼いた肉と野菜の盛り合わせた小皿を置いた。
さて、今いるここは、ネルによれば、ファーレンの女性に人気らしい焼肉屋さん。
人気店だけあって店は大きく、なのに一つ一つのテーブルが魔術灯で照らされ、内装も隅々まで整えられていて清潔感まである。
出される肉自体はラダンで食べた物程旨い訳ではないが、おそらくこの明るい雰囲気が人気の秘訣なのだろう。
ちなみに俺達の座っている席は、四角のテーブルをぐるりと囲む、同じく四角い木製ベンチ。俺を始点にネル、ルナ、アリシア、フェリル、シーラの順だ。
テーブルの中心に嵌め込まれた黒い石板からは香ばしい匂いと共に、モウモウと煙が上がっている。
「あ、ルナさん、ありがとうございます。……あの、い、今の人は、ごじょ、冗談がお上手ですね?」
「ふふふ、あれは冗談ではないと思いますよ?」
「ああ、その通りさ!むん!?」
「フェルは黙って食べてなさい!」
「……あぅ、あわわ、ル、ルナさん、な、何言ってるんですか!」
意外と褒め言葉に慣れていないようで、アリシアの顔がどんどん赤みを増していく。
「ははは、俺もアリシアは可愛いと思うぞ。ていうか学園でも色んな人にそう言われてるんじゃないか?」
その様子が可笑しくて、俺はルナに便乗し、さらにアリシアを褒めそやかす。
「コテツさんまで変な事を言わないでください!それに、学園の皆さんはネルさんに夢中ですし……。」
「ゴホッゴホッ!ボクのあれは、けほ、違うから!コホッ「飲むか?」ありがと……。」
そして慌てふためいたアリシアの放った言葉は流れ弾となってネルをむせ返らせ、俺は彼女の前にそっと自分の水を滑らせてやる。
「んく……ふぅ。ありがと。」
「それで、何が違うんだ美人さん?ダッ!?」
そして彼女が一息ついたところでニヤリと笑ってそう問いかけた途端、俺の脛は強く蹴り飛ばされた。
「そんなことより!ルナ、コテツはちゃんと危険を避けて旅してた?ううん、危険なことをしてたのは知ってるけど、大怪我とかしなかった?」
「……なぁ、どうしてそれをルナに聞くんだ?」
左手を机の下に伸ばし、蹴られた脛を摩りながら聞く。
「じゃあコテツは本当のことを言ってくれるの?」
「ふっ、もちろん。」
親指を立て、笑顔でキラリと歯を光らせてやる。
が、ネルの目は疑念に満ちたまま。……何故だ。
『何故も何もないじゃろ。』
まぁ、ネルとの約束は破りまくったしなぁ。
「アハハ、ネルちゃん、それなら僕が教えるよ!」
あんにゃろ!
「いえ、良いです。ルナに聞きますから。」
しかし俺がフェリルへの報復を何か考える前に、ネルはスッと事務的な口調になって彼を突き放し、再びルナへと目を向けた。
「それでさルナ……「そうだルナ!今度手合わせしよう!」なっ!?」
焦り、俺は強引にルナへ取引を持ちかける。
「え!?」
「この一年で色々な武器が手に入っただろ?でもそれらを使いこなせるように練習する暇が無かったからな。できれば手伝って欲しいんだ。……駄目か?」
「お任せください!」
かなり無理矢理で唐突な頼みのはずが、予想以上の食い付きにこっちが驚いてしまう。
「お、おう、じゃあ……分かってるな?」
「はい!」
ふぅ、ルナの戦闘狂に初めて感謝したぞ。
「よし、割って入って悪かったな。ネル、存分に質問していいぞ。」
「……。」
言うも、ネルは黙ったまま。見れば何やらじぃっとルナを見つめている。
「ネル?」
もう一度彼女の名前を呼ぶと、ネルはハッと我に返り、つっかえながら喋りだした。
「え?あ、ああ、質問ね。質問質問……えーとルナ、これから絶対にコテツに有利なように答えるよね?」
「いいえ。」
「本当?」
「はい。」
「取引したのに?」
「取引なんてしていません。」
そこまでの問答を経て、ネルは苦笑い。
まぁ、目の前で取引したからな。騙せるとは元より思っていない。ただ、情報さえ堰き止めてしまえばこっちの物だ。
「……あ、そう。うん、分かったよ。……じゃあ、うぅぅ、フェリル、さ「私が教えてあげるわ。」はい、是非!」
そして心底嫌そうにネルがフェリルに声を掛けたところで、俺のすぐ右隣にシーラが滑り込み、そんな彼女の助け舟に、ネルはすぐさま飛び付いた。
ちなみにフェリルは食い過ぎ、というよりは食べさせられ過ぎにより、顔を真っ青にして行動不能に陥っている。隣のアリシアが心配そうにその背中を擦ってやっているが、本人は口説き文句どころか感謝の言葉すら口にしない。
「ふふ、まずはそうね……「シーラ、その首飾り、凄く似合ってるぞ。」っ!」
シーラが余計な事を言う前に、長い耳に顔を寄せて囁く。それが効果覿面だったことは、彼女の真っ青になった顔ですぐに分かった。
「えっと、シーラ、さん?」
「か、彼は、と、とてもしっかりした人よ。……私は、彼ほど危険と無縁の人はいないと思うわ。」
「だってさ。」
よしよし、と頷き、振り返れば、ネルは呆れた目で俺を見据えていた。
「……あのね、そこまで誤魔化すってことはさ、つまり大怪我したってことだよね?」
「いやいや、そんな証拠は……無い、ぞ?」
自信満々に言おうとして、とある証拠に思い至ってしまい、言葉がつっかえてしまった。
まずい。背中の火傷が……。
「ふーん?」
ネルはもちろん違和感に気付き、その細い眉が僅かに上がる。
「……ねぇコテツ、暑くない?そのコート、預かるよ。」
「いやいや、俺はこれでも寒がりなんだ。」
今の流れで脱ぐアホがいるか。
『脱がなければ相手の追及を認めておることと同義じゃがの。』
くっ。
「でもそれだと袖が食べるのに邪魔でしょ?えい!」
言うなり、ネルは一気に俺のコートの袖をまくり上げ、次いで下のシャツの袖もめくってしまう。
「満足したか?」
もちろんそんな所に傷跡はない。
「なんか長い線があるけど?」
あ……そういえばキャラバンにいるとき、セラの剣を腕で受け止めたっけか。
「……それは大怪我をしてできた跡じゃあない。」
一応、黒銀を使ってたし。
「本当に?」
「ああそうだ。そこじゃない。」
「……やっぱりどこかは大怪我したんだね?」
……アホか俺は。
『そうじゃぞ。』
うっさい!
「……してない。」
俺のその言葉が苦し紛れの物だと分かっているのだろう、ネルはそれに取り合わない。
「大丈夫なの?」
彼女はそう、気遣わしげに聞いてきた。
「ああ。」
誤魔化すのを諦め、頷いて、俺は石板で焼けた肉に手を伸ばす。
「……ならいいけど。あ、ボクの分もお願い。お肉多めで。」
一応、見逃してくれたネルは自分の皿を俺に差し出し、ついでに注文も添えてきた。
「へいへい、分かりましたよ。……あ、おいアリシア、フェリルのことはもう放っておいていいぞ。お前は成長期なんだからたくさん食べろよ?」
「え、でも……。」
ネルに肉盛りの取り皿を返し、未だフェリルを看病していたアリシアに言うも、彼女は依然として心配そうな表情。
「大丈夫、そいつは早々死にやしない。シーラに任せておけ。ほら、遠慮するなって。」
「……本当、しぶといもんね。」
ボソリと小さく呟いたのはネル。短い言葉ながら、積年の恨みがそこから十分に感じ取れた。
……何があったんだ?
「えっと、なら、貰いますね。」
テーブルに突っ伏したままのフェリルをチラチラと見て気にしながらも、アリシアはそう言って熱された石板に手を伸ばし、最後の三切れを一すくいで取ってしまう。
……お腹はちゃんと空いているらしい。良い事だ。
ほっこりしながら白い脂身を石板に軽く塗り付け、まだ焼かれていない生肉をトングでそこに並べていく。
作業を終え、後は焼きあがるのを待つのみとなったところで、右袖が小さく引っ張られた。
「ね、ねぇ、私はいつまで貴方に、こ、これのことで脅迫されないといけないの?お願い、もう許して?」
見れば、首元のネックレスを掴み、泣きそうな目で懇願してくるシーラの姿。
「フェリルにそいつの追跡機能をバラしてしまえば、俺はお前を脅迫できなくなるぞ?」
「そんなことができていたらこんなお願いしないわ。」
そりゃそうだ。
「なに、無茶な事は頼まないさ。同じパーティーにいた仲間だろ?」
「……貴方の普通ですら私にとって無茶なのよ?密入国なんて初めてしたわ。」
俺も初めてだったよ。
「はは、大丈夫だって。よっと……無理なら無理って言ってくれても俺は一向に構わん。」
言いながら、片面が焼けた肉を裏返していく。
ていうかいつの間にか俺が料理役をさせられてるな。……何故だろう?
『いつもの使用人根性かの?』
いつもの、は余計……のはずだ。
「……。」
俺のセンシティブな心が爺さんの陰湿な言葉に晒されている間も、じとっと恨みがましげに見てくるシーラ。
「分かった分かった、もう金輪際それについては脅迫しない。はぁ……これで良いか?」
根負けした俺がそう言うと、彼女はホッとしたように一つ頷いて、件のネックレスの相方を下げたフェリルの横へ戻っていった。
さて、俺も食べようかね……あ、そういや焼くのに夢中で自分の分を取ってなかったな……トホホ。
こうなればもう、旨そうに焼肉を食う周りを嫉妬しながら眺める他にない。
フェリルは相変わらず微動だにせず、隣のシーラは彼に詰め込みきれなかった余りを美味しそうに食べている。
瀕死のエルフを挟んだもう片側ではアリシアが幸せそうな顔で3枚取りした肉を頬張っており、その隣のルナはいつの間にか確保していた4枚を、一枚ずつ、ゆっくり味わってに咀嚼していた。
と、そこでルナの深紅の瞳がこちらを向き、俺と目が合う。
“食べますか?”
“良いのか!?”
目で会話。
するとルナは口の中身を飲み込んで大きく頷いてくれ、小皿を寄越してくれるのかと思いきや、立ち上がり、ぐるりと回って俺の右隣に片膝を乗せた。
「えーと?」
どうしてわざわざ?
「ふふ、口を開けてください。」
こらこら。
「いや、そのくらい自分で食えるからむっ!?」
開いた口に、肉が無理矢理突っ込まれた。
……うん、美味いな。まぁ急なことには驚いたけれども。
猫舌じゃなくて良かった。
「美味しいですか?」
そう聞いて至近距離で微笑むルナを見て、俺の文句を言おうとする気持ちは消え去ってしまった。
「……ああ、美味しかったよ。ありがとな。」
嚥下し、ぶっきらぼうに言ってやるも、ルナはさらにコロコロと笑うのみ。
「ふふふ、そうですか。ご主人様、二枚目も食べますか?」
「いや……「コテツ、焦げそうだよ!」……おっと!」
断ろうとしたところで、ネルが俺の腕を強く引っ張って声を上げ、俺は慌てて肉をひっくり返していく。
もう焼けてしまった側を再び焼く形ではあるものの、皆が取るまでのちょっとした時間稼ぎにはなるだろう。
「アリシア、シーラ、早く自分の分を取ってくれ。焦げる。」
「私はもういいわ、お腹いっぱい。アリシアちゃん、まだ入るでしょう?私の分も食べていいわよ?」
「わぁ!ありがとうございます!」
シーラは脱落。
しかし彼女の最後の言葉は育ち盛りのアリシアに火をつけてしまい、アリシアの小皿にどんどん肉切れが積まれていく。
「お、おい、食える分だけ取るんだぞ?」
「はい!分かってます!」
忠告するも、彼女が肉を取るペースは落ちない。
……俺の分、残るかね?
「アハハ、お腹空いてたんだね。じゃ、コテツの分はボクが取っておくよ。」
「良いのか?」
「またルナに食べさせてもらう訳にはいかないでしょ?」
「はは、すまん、助かる。」
苦笑いし、片手の手刀を切る。
「うん、任せて。ほら、そういうことだからルナはもうこっちに戻って来ていいよ。」
「……分かりました。」
言われ、ルナは俺からそっと離れて来た道を戻っていった。
「……やっぱり。思ってた通りだ。」
と、ネルが小さく呟くのが聞こえた。
「ん?何が?」
「え!?あ、アリシアが食いしん坊だってことだよ。アハハ、コテツもそう思うでしょ?」
おそらく独り言のつもりだったのだろう、俺に聞き返された彼女は慌てた様子をみせ、そしてビッと至福の時を過ごすアリシアを指差す。
指された本人はきょとんとしたままもぐもぐと続け、手元の肉をたいらげたところでハッ!と、目を見開いた。
「わ、私は食いしん坊じゃありません!」
説得力など、もちろん無かった。




