24 職業:冒険者⑱
そして、報酬を貰う日がやって来た。
ああ、これから大金が手に入ると思うと心が弾む弾む。
くぅぅっ、待ち切れない。
昨日、アリシア達は俺達より早く帰っていた。
俺達の帰りを待っていてくれたらしく、二人してカウンターで寝てしまっていた。
そんな彼らを部屋に運んだあと、俺はアルバートの酒に共犯ということで付き合わされた。
俺は随分とローズの幼少期に詳しくなったと思う。
そしてローズはその夜、帰って来なかった。
何故かを聞くのは野暮ってもんだ。
浮足立つ心を落ち着けるのも兼ねて、昨日の夜できなかった鍛練をする。全身の黒銀で歩きながら手の上に魔法で直径2センチ程の黒い粒をどんどん増やし、思い通りに動かす。
今の俺には3つの粒が限界……お、今日は4つに増えた。
一通り鍛練をして自分の成長に喜んだあと、魔装2を着て、一階に向かう。
そこではアルバートが1人で料理をしていた。昨日の夜の酒で色々と吹っ切れたようで、いつも通り淡々と仕事をこなしている。
と、勢い良く満腹亭の扉が開けられた。
「ただいま!」
つやつやした顔で言ったのはローズ。ゲイルと良いことがあったんだろう。
「ローズ、お楽しみだったな。」
とりあえずそう言った。
「うん!ゲイルさんってすごく強いしぃ、それに私にはずっと優しくてぇ、それなのに少し子供っぽいところもあって……キャッ。」
俺はローズの惚気話を笑顔で受け流す。
ああ、砂糖吐きそう。
「そうか、今度一緒にゲイルに会いに行こうか。礼も言わないといけない。」
アルバートが厨房から出てきた。どうやら本当に娘を他の男にやることへの反感は押し殺せたらしい。
「にしても、昨日のオークションは凄かったなぁ。」
「うん!そういえばコテツも何か出品してたって言ってたけど、何を出したの?」
「一番高値で売れたやつだよ。ランクCパーティーだって言ってたろ。」
「へ!?」
「本当か!?」
親子揃って驚いている。アルバートの驚いた顔というのも珍しい。貴重な物が見れた。
「ああ、あの貴族達には感謝してもしきれないね。ククッ、あっはっはっはっは。」
話しているうちに笑いが込み上げてくる。ああ、本っ当に楽しみだ。
「凄い。ねぇ、サインちょうだい!えっと、この柱に!」
と、ローズが2回へ上がる階段の一番近くの柱を叩きながら言った。
「そんなことして良いのか?」
「俺からも頼もう。毒竜をたった三人で倒したパーティーだ。今後必ず有名になる。」
「へぇ。」
ナイフを取り出し、自分の名前を彫る。
〝コテツ〟
「あれ、コテツさん、何してるんですか?」
「駄目だよ、勝手に柱を傷付けたら。」
そう言いながらアリシアとネルが降りてきた。
「二人もこっちに来て彫れ。」
ナイフをネルに投げて渡す。
「「え?」」
ネルは器用にナイフを受け取りながら疑問をアリシアと一緒に露にした。
流石、短剣をメインに戦っているだけはある。
「少数で毒竜を倒したパーティーは絶対に有名になるからだと。」
「良いんでしょうか?」
「ボクたちはほとんど何もしてないけど。」
まあ、そうなるわな。
「いいからいいから。」
そう言って肩からもう一本ナイフを取り出してアリシアに手渡し、二人を柱に押す。
二人は渋々名前を彫った。
〝コテツ ネル
アリシア〟
柱にはそう彫られた。
「さて、朝飯を食べたら報酬をがっぽり頂くぞ!そして次の目的地はファーレンだ!」
「はい。」
「いや、護衛依頼があるからね?忘れないでね?」
「お前らがホラ吹き野郎共か!」
ギルドに入って、セシルの所で並んでいると、急にそう怒鳴られた。
アリシアが震え上がって俺の背後に隠れる。今日はアリシアの会話訓練はキャンセル、と。ネルはそんなアリシアをなだめている。
「えーと、なんのことでしょうか?」
怒鳴ってきたのは革鎧を着た、両手斧を背中に担ぐ厳つい男だった。
「Cランクが毒竜を倒せるわけねぇだろうが!いくら元Aのネルがいたからと言っても無理がある。」
ああ、まぁ確かにそうかもしれない。
面倒だし、適当に流そう。
「いえ、あれは運良く負傷していたからで。」
「そんなわけ無いだろう!あの毒竜の体には頭や背中以外は全くと言ってもいいほど傷跡がなかった。どうせ他の高ランクパーティーに付いていって、ギリギリのところでお前ら以外が全滅したんだろう!」
畜生、良く見てやがる。ていうかお前の推論はどんだけ低い確率で起こるかわかってるか?全滅の可能性のある討伐に足手まといをつれていくアホはいるわけ無いだろうが。
実力行使しかないのか?
……あ、そうだ!
「いえ、実は。」
しょんぼりとした態度をとる。
「ついに白状する気になったか。」
「実は、死んでたんですよ。」
「は?」
「俺達が毒竜の巣に落ちたら、毒竜の死体が目の前にあって……きっと寿命だろうと思いますよ。それで回収してオークションに……。」
「そんなわけあるか!」
当然そう言うだろうな。
「いやぁ、本当なんですよ。」
色々と不可解なことはあるが、それでも笑って押し通す。
「そ、そうなのか?」
俺が全く物怖じせずに言い切ったことで、狙い通り思考に変化が生じたらしい。
「ええ、運が良かったです。」
再び恐縮した態度をとる。
「ほら、向こうさんはああ言ってるんだ。さっさと謝れ。」
と、男の怒りが幾分か静まったのを見計らい、別の男が怒鳴っていた方を諫めた。
「そ、そうか。それなら良いんだ。疑って悪かった。」
「本当にすまない。俺達は青の翼ってパーティーなんだが、昨日のオークションで出品した魔剣があまり良く売れなくてな。気が立ってるんだ。」
なるほど。
「いえ、お気になさらず。ではこれで。」
「ああ、ありがとう。ほら、お前も謝れって。」
「すまなかった。」
いいよいいよ、と手をフラフラさせながら彼らから離れ、列に戻る。
「アリシア、大声を出されたからってそんなに萎縮するな。自信をもって堂々と答えればいい。」
「嘘八百を?」
ネルが茶々をいれる。
バッカ、聞かれたらどうする!?
「もちろん真実を、だ。」
「さっきのって全くの嘘っぱちじゃないか!」
「声がでかい!それに全くの嘘って訳じゃないから良いだろ?穴に落ちて、色々あったけど、最後には目の前にあの死体が……。」
「……アリシア、これからコテツの言う事には注意しようね。」
「はい。」
ジト目で見られた。
なんか話の趣旨が変わった気がする。まあいいや。
「では次のかたで少し休憩に入ります。他の列に移ってください。」
俺達を見て、セシルが後ろの冒険者達にそう呼び掛ける。
「付いてきて。」
彼女はそう、一言だけ言って、魔法陣を使って消えていった。
俺達もセシルの立っていた位置に立ち、後を追う。
そこは少し大きめの部屋で、家具と言えるものは座り心地の良さそうな茶色のソファー二つ以外何もなかった。
片方のソファーにギルドマスターと奴隷商カイルが座っていた。部屋の隅にはフード付きのローブで顔も見えなくなっている人がいる。
足には足袋。珍しいな。ローブの中は和装なのだろうか。
「ギルドマスター、連れてきました。」
「来たか。とりあえずここに座ってくれ。」
ギルドマスターはそう言って俺達にソファーに座るように言った。
右からアリシア、俺、ネルの順で座る。
「では、まずはオークションの金ですかね。ぐ!?」
脇腹にネルの肘。
しかしそれでも、ニヤニヤ笑いが収まらない。
「ははは、どうやら昨日のオークションを見ていたようですね。どうぞ、19800ゴールドです。フンッ!」
流石に重いのか、ギルドマスターが少し気合いを入れていつものリュックからお金の袋を取り出した。
「そんなに高額で売れたんですか!?」
「毒竜を20000ゴールドで買うなんて、貴族でもいないよ。」
「そこがオークションの醍醐味って奴だ。アリシア、頼む。」
「は、は、はい!」
笑って言うと、ガタガタ震えるアリシアが地面に置いたままの袋を神の空間に入れる。
「それで、次はお礼ってやつか。世界は狭いな、カイル。」
「ええ、ここに来たあなたたちを見て驚きましたよコテツさん。」
笑みを浮かべながらカイルはそう言った。
「お久しぶりです。」
「ああ、君もか。満腹亭はいい宿だったろう?」
「はい、コテツさんはよく食事に夢中になってしまいます。」
「三人は知り合いだったのか。なら話は早い。カイル、例の話を。」
「そうですね。ではコテツさん、イベラムに来たときのお礼も合わせてサービスです。私の奴隷を一人、半額でお譲りいたしましょう。」
やっぱりそういう話になったか。でもなぁ、
「俺達のパーティーに正直、奴隷は要らないんだよな。」
アリシアのスキルで力仕事はいらないし、戦闘も最悪俺がいれば十分だしな。
ていうか奴隷そのものが欲しくない。
「ではちょっとした小間使いなどにはどうでしょう。」
「いや、アリシアは買い物を楽しむ質だから。」
それはもう、凄く。
「ではパーティーで不在の役割にどうでしょう。今は必要なくとも今後その役割がいて助かることがあるかもしれませんよ。」
「不在の役割なんてあるか?」
アリシア達に聞く。
「私もそこまで詳しいわけではないので、ネルさん、どうでしょう?」
「そうだねぇ、一応、役割としては壁、斥候、戦士、魔法使い、弓使いが基本かな、あとはアリシアみたいな神官とか、あ、あと狩人って役もあるね。」
「俺が壁と戦士、ときには弓使いで、アリシアは魔法使いと神官。ネルは斥候と戦士かな?」
「いや、ボクは戦士じゃないよ。あの戦い方は斥候のものだし。あと、罠の設置とかの狩人の技能もだいたいはマスターしてるよ?」
なんか三人で全部こなしちゃったな。
「ということで要らないな。」
良かった良かった。
「いやぁ、皆さん多才ですね。」
「君は弓も使えるのか、今度勝負しないか?私もエルフとして弓には自信がある。」
ギルドマスターが何故か食いついてきた。結構気さくだな、この人。
「いえ、俺は弓はサブですから。勝負になりませんよギルドマスター。」
「ああ、そういえば言ってなかったね。私の名はレゴラスだ。」
「あ、はい、コテツです。よろしく。」
「あはは、よろしく。」
ギルドマスターの名は案外有名だったのか、ネルが隣から俺を信じられないような目で見ている。
「悪かったな、知らなくて。」
「コテツの常識がないのは日常生活では問題ないのに、こういう部分で浮き彫りになるね。」
そりゃな。こっちに来てから修行しかしてなかったし。
「では、魔法使いをもう一人というのはどうでしょうか。」
「いや、うちにはアリシアがいるって。」
「神官との兼業でしょう?戦っていて、魔力が消耗してしまうことはザラですから、負担を減らすためにもそれがいいと思いますよ。」
「なるほど、確かに。」
いざというときに唯一の回復役が回復魔法を使えなくなったら困るしな。
「そうでしょう。ではおすすめの者を呼びますね、ルナベイン、来なさい。」
すると、隅にいた人が歩いてきた。
「その人が?」
「ええ、名をルナベインと言います。彼女も多才でしてね、魔法、近接戦闘、斥候のどの役でもできますよ。」
どうもルナベインというのは女性らしい。ていうか、ここにいるってことは完全に会話を誘導されていたってことだよな。なんか悔しい。
「カイルさん、私の条件は?」
「ああ、彼らは三人で毒竜を倒しましたか、十分だと思いますが?」
「ん?条件ってなんだ?」
「あ、説明してませんでしたね。奴隷は命令すれば何でもさせられますが、主に対する何らか条件を一つ決めさせることで彼らの主人との関係をなるべく良好にするというのが私の店で採用しているシステムです。」
「彼女の条件は?」
「彼女より強いことです。」
とんでもない条件だな。
「ここで戦えと?」
「いや、ちゃんと闘技場は借りてあるよ。賭けも始まってるんじゃないかな。」
俺が彼女を買おうとすることはもう決定事項だったのかよ……。
「じゃあ、アリシア。」
アリシアを見る。
「はい、全部賭けるんですね。」
うん、以心伝心。パーティーとして良いことだ。
「常識の範囲内でな。」
流石に2万ゴールドを賭けるのはだめだろう。
「はい!」
「あなたが戦うんですか?この中では一番弱そうですけど。」
え、そうなの?
「それはどういう基準で?」
ルナベインはパッとフードを後ろに払った。
銀色の長い髪が後ろに流れ、赤い瞳がよく映える。しかし一番の特徴はその頭から映えている銀色の毛を持った柔らかそうな耳だろう。
「あれ、アリシア達は驚かないのか?」
確か獣人って敵じゃなかったっけ。
「私はアザゼル教の神官ですので、生きているもの全てが平等だと教えられているんです。それよりもコテツさんの方こそあまり驚いていませんね。」
良い教育してるじゃないか爺さん。
『うむ。まぁ、それでも偏見を捨て去れないものもおるがのう。』
アリシアが良い子育ってくれて良かった。
「コテツさん?」
「いや、結構驚いているよ。初めて見る獣人だし。」
ていうか、獣人って魔法が不得意だったんじゃないのか?
『そやつは獣人の中でも銀狐族という例外の種族じゃ。獣人特有の高い感知能力と身体能力に合わせ、魔色適正は少ないが強い魔力を持っているから魔法もかなり使える。』
ほぼ勇者並?
『うむ。まぁ、ちょっとした劣化版、というところかの。』
そんなやつらが一族として敵に存在しているのか……。はぁ、勇者を辞められて良かったって初めて思ったぞ。
「獣人だからと言って反感を持つような人ではないと思っていましたが、ここまで反応のない人は初めてですね。」
これは、カイルに誉められたのかな?
「ネルは大丈夫なのか?」
「ギルドの職員はそう教育されるんだよ。それに人間にだって悪い奴はいるからね。」
良かった、俺だけ違う反応だったときにどうすればいいのか分からなかった。
「遮って悪かったな。で、教えてくれるか?」
なんで俺が一番弱いんだろう。
「私には人の力量が気配を見ることで分かるのです。」
そう、自身の目を指差しながら言った。
「見える?」
「ええ、気配はその人自身が放っていて、その光の強さや大きさで判断出来るんです。」
「隠密スキルとかは?」
「多少は本物より小さく見えますが、あなたの場合、その二人よりもはるかに光が弱いのでたとえ隠密を使っているとしても力量は大体分かります。」
どうも俺の隠密スキルはそこらのものとは性能が違うらしい。やはり才能が……爺さん、何も言うな、言われなくたって分かってるから。
『ふぉっふぉっふぉ!』
うるさいなぁ!
「まあ、それでも俺が戦うよ。」
「じゃあ、闘技場に移ろうか。」
手を叩いて、レゴラスにが立ち上がり、他の皆も腰を上げる。
さーて、勇者並みの力を持った相手か、どう戦おうかな。