今更な低評価
回想 師匠の家の前にて
【「……なぁ、もうファーレンに帰らないか?」
正座したままの駄目エルフに声をかける。
「7月には帰るよ。」
まさか話が今から1ヶ月以上先に飛ぶとは。予想外。
「……どうして7月なんだ?」
こうなるとむしろそれが気になった。
するとニーナは正していた姿勢を少し崩し、鼻下を人差し指で擦り、少し照れるようにして口を開けた。
「卒業式、終業式、退任式とか諸々の式で、壇上に立って話さないといけないからね。」】
回想終了。
前から常々述べてきたが、ニーナの畏まった話は恐ろしく長い。
遠回しな言葉選び、無駄に多い――また、俺には分からない――引用、そして聞いていてなによりも辛いのが、内容と口調、その両方のあまりの抑揚の無さ。
毎度毎度、“今度こそ最後まで聞いてやろう”と半ばゲーム感覚で頑張るが、聞ききった試しが一度もない。
「……卒業おめでとうございます!」
そして例に漏れず今回も、何故か彼女の最後の一言で目が覚める。
同時にドッと盛り上がる学生達。果たしてその喜びは卒業できた事に対してか、長い拷問が終わった事に対してか。
……俺は後者に賭ける。
何はともあれ、今はまずネルとアリシアを見つけて驚かさねば。
そう思って辺りを見回し、とある男が目に止まった。
同時に向こうもこちらに気付き、不機嫌そうに口元を捻らせたかと思うと、そのままずんずん歩いてきた。
「よう、久しぶりだなアルベルト。」
片手を上げ、今年度の実戦担当教師であるアルベルトにまずはご挨拶。
「フン、前任者が何用だ。来年度の実戦担当を決める時はまだ先だろう?」
しかし返って来たのは訝しげな目。
「見りゃ分かるだろ?卒業式に参加しに来ただけだ。」
「卒業生に貴様の親類縁者はいないはずだが?」
「……一々調べたのか?」
卒業生達全員の親戚を把握してるのかこいつは?
「今年度の卒業生は皆、やんごとなき御家の御子息、御息女だ。」
「なぁるほど。」
ま、俺をどこかの貴族と見間違うことはないわな。
「さて、答えて貰おうか。窮するようならばここで侵入者として捕らえるが?」
脅し文句を口にしながら、腰に吊った剣の柄を指先で数回叩く仕草。
ネルとアリシアに会いに来た、なんて言ったら追い出されるよな……。
……あ、思い付いた。ていうかどうして今まで思い付かなかったんだ俺は。
「はっはっは!まぁそう凄むなって。俺はお前に用があって来たんだよ。」
大袈裟に笑い、アルベルト肩をバシバシ叩く。俺はそのまま強引に彼と肩を組み、少し俯かせ、
「……お前の持ってる神剣、カラドボルグをしばらく貸して欲しい。」
思い付いた用件を小声で端的に伝えた。
ったく、俺は神器集めはすっかり終わった気でいたが、まだここに宛があるじゃないか。
瞬間、バッ、と組んだ肩が弾かれる。
「何の話かと思えば!ふざけるな!」
「ふざけちゃいない。俺は至って本気だ。安心しろ、用が終われば必ず返す。」
「返すだと?何を馬鹿な。信じられるか!そもそも我が家に代々伝わる家宝をそう簡単に渡せるものか!」
「渡す、じゃない、貸すだけだぞ?」
「同じことだ!」
ま、はいそうですか、と了承して貰えるとはハナから思っちゃいない。
「よし、それなら賭けをしよう。」
「貴様、私の話を聞いていたか!?」
「まぁ落ち着けって、ほら、周りが見てるぞ?」
両手で周囲を指し示し、笑顔をしてみせると、アルベルトは決まり悪そうにコホン、と一つ咳払い。
「……貴様が何を言おうと私は取引には応じぬ。」
「取引じゃない。賭けだって言ったろ?お前が賭けるのは当然、神剣カラドボルグ。対して俺が賭ける物は……」
神器を賭けるか?いや、それは流石に危険すぎる。周りに敵が潜んでる可能性があるし、何より万が一のときが痛すぎる。
「なんだ?何も考えていなかったのか?」
「……いやいや、神の武器に匹敵する品を考えてるだけだよ。そうだな……よし、俺はこのズボンを賭けよう!」
値打ちよりも希少性を。
「は?……貴様今なんと言った?我がカラドボルグとその汚らしい下衣が同価値だと?」
「あー、確かに多少見劣りするよな。じゃあこの賭けを受けてくれたら500ゴールド払おう。どうだ?勝ったらじゃないぞ?賭けを受けてくれたらだ。」
「そういう問題ではない!そのボロ衣と多少の金のみで私が神剣を交渉台に乗せる訳がないだろう!」
その言葉を待っていた。
「おいおい何だって?これがボロ衣?くはは、お前も見る目が無い。……良いか?まず、こいつの名前は“古龍の下衣”。爺……アザゼル様によってどこかの地の奥底に眠らされた、古龍ヨルムンガンドの皮膚を使った逸品だよ。そう、つまり今ではどこの誰にも手に入れることの叶わない、幻の素材のみで構成された奇跡の品だ!なるほど、確かに神剣程の価値はないさ。……だがな、神の作品でない品々の内でこれほどの価値、希少性を持った物はないだろう!」
芝居がかった言葉と仕草で言い切り、ニヤリと不敵に笑ってみせる。すると計らずもザワ、と周りの貴族共が揺れた。
と、その観衆の中に、懐から見覚えのある球体を取り出す者を見つけ、そいつをビシッと指差す。
「それは鑑定のオーブですね?ああ、用心深いのは良いことです。ほら、本物かどうか、皆に聞こえるように言ってください。」
身分は高そうなので取り敢えず敬語で。群衆の目のせいでハイになってしまっているのが自分でも分かる。
そして、聞かれた彼から返ってくる答えはハナから決まっている。
「……ほ、本物だ……。」
「だとよ。どうだアルベルト?この賭けでお前が損をすることはない。何せ俺はカラドボルグを借りるだけだからな。むしろこの賭けに負けたって、お前は500ゴールド得をするんだ。」
「返す保障は?」
「神に誓おう。」
『白々しい。いつか天罰が落ちるぞ。』
なに、誓いは嘘でも約束は果たすさ。
「……フン、良いだろう。だが500ゴールドは不要だ。代わりに賭けの内容は私が決めさせて貰おう。」
「ほぉ?何か提案が?」
チッ、黒魔法製サイコロでの出目勝負にしようと思ってたのに。
『はぁ……。』
舌打ちを我慢してした質問に対し、アルベルトは帯びた剣を抜いて一度掲げ、俺にその切っ先を向ける。
「……再戦といこう。かつての雪辱、果たしてくれる。」
……なるほど、そうくるか。
「しつこいと嫌われるぞ?」
言い、側面に螺旋模様の刻まれた、刺突に特化した直剣の先を横に押しやる。
「了承と受け取っていいな?」
「俺が持ち掛けた賭けだ。何であれ、了承したさ。」
余程俺が不利じゃない限りは。
俺が問いに頷くのを見て、アルベルトはカラドボルグを華麗な動きで腰に戻した。
「……私はこれより退任の儀をに出向かなければならん。コロシアムの利用許可はその後に取るとしよう。」
「はいよ。……どうせだし、退任式も見ていくかね。」
ファーレン城へ歩き出したアルベルトの後をついて行きながら言うと、彼はふとこちらを振り向いた。
顔には笑み。
「代えの下衣はもう用意してあるのか?」
「ハッ!言ってろ。」
来るんじゃなかった……。
「待って、先生!」
「先生!行かないでください!」
「お、俺、先生のおかげでここまで来れたんだ!これからも教えてくれよ!」
「「先生!」」
「「アルベルト先生!」」
「「「「先生ッ!」」」」
退任式の執り行われる予定の講堂に入ったとき、悪い、というか変な予感は感じていたのだ。
……単純に、俺の時より人が多い。少し具体的に言うと学生の数が、多い。
そして、数十人分のケープがはためく中心にいるのは、俺の後任教師、アルベルトの姿。
「私はもう君達の“先生”ではない。これから私を呼ぶのなら“アルベルトさん”で十分だ。」
取り囲む学生達に、アルベルトは努めて落ち着いた声で返す。が、学生達はそう簡単には引かない。
「「そんな!」」
「見捨てるんですか!?私達を!」
「見捨てる?君達に私は既に必要ない。伝えなければならぬこと、教えなければならぬことは全て話した。これよりは各々で考え、歩め。」
「でも……。」
「1年後、私がもし再度同じ職に就任した暁には一人一人の実力を測らせて貰おう。これで良いか?」
「「「は、はい!」」」
……そういえば俺、冒険者仲間のネルとアリシア以外、誰一人として見送りに来なかったなぁ。
「……コロシアムを使う許可ね、良いよ、どうせ使う予定なんて無いし。……て、聞いてる?」
「あ、ああ、助かるよ。はぁ……。」
俺の後任が学園ドラマの最終回をやっている隣にて。あっさりと求めていた許可をくれたニーナに生返事をし、俺は重いため息を漏らす。
「何を見て……ははーん。羨ましい?」
俺の視線の先を見、面白がるニーナ。
普段なら殴り飛ばそうと思うだろうところ、今はただただ惨めだ。
「……というより、自信が無くなってきた。……なぁニーナ、もしかしてあれが普通なのか?」
違うと言ってくれ。
「いやぁ、あそこまで大勢が見送りに来るのは珍しいね。」
ほっ。
「そ、そうか。」
「君ほど少なかったのも珍しいけど。」
くそぅ。
「はぁ……何がいけなかったんだろうな。」
「取り敢えず、入学テストで志願者を泣かせるのはどうかと思うよ?たぶんあれで魔法使いコースの生徒達のほとんどは君を嫌いになったね。」
「……なるほど。」
そんなこともあったな。
「あと、わざわざ鉄釜を抱えてぬかるんだ山道を軽々登って見せて、体力自慢の戦士コース生のプライドを折ったのもどうかと思う。」
ああ、確かにそんなこともしたっけか。
……ん?
「別に、あのときは誰かのプライドを折ってやろうとか思ってなかったぞ?」
「そうだね、そうやって無自覚なのも駄目なんじゃないかな。」
「くっ。」
「あとはね……あ、学園大会前の時、魔術師コースのテオ君を、君、かなり厳しくしごいてたでしょ?あれで同じコースの女の子達は君に反感を抱いてたよ。そのせいで男連中も君とはあまり親しくしないようにしてたね。」
「あれはテオの方から挑んで来て……」
「そんな事情、見ただけで分かる訳無いじゃん。」
「……チクショウ。」
来年度は気を付けよう。
「ぷっ、じゃ、じゃあ私は仕事がありますから。」
意気消沈した俺の様子に吹き出しやがったニーナは、取り繕うように捲し立てる。
「そうかい、コネで就任してても大変なものは大変なんだな。」
だから遠慮せず、嫌味たっぷりに言ってやった。
「コネじゃない!」
「はいはい。」
それに対するニーナの抗弁を軽く手の平を振って流してしまうと、彼女は不満そうに歯軋りしながら転移していく。
さてと、もうここに長居は無用だ。
「アルベルト!許可が下りたぞ。」
大人気の(元)教師に声を掛ける。
「ああ、分かった。すぐに向かおう。「何の許可ですか?」……む?」
俺の声に返事をして歩きだそうとしたアルベルトは、しかし学生の一人に服の端を握られ、止まる。
そして、彼は何の気負いもなしに、俺との勝負の事を周りの生徒に話してしまった。
委細を聞き、一斉にこちらを睨む若者達。
「先生、私達も見学してもよろしいですか?」
と、その内の一人の女の子が口にし、次いで周りが、おお、と頷き賛同する。
「だから私は既に君の先生ではないと……構わないか?」
「あ、ああ、もちろん構わない。」
正直、ご遠慮願いたい。が、アルベルトの後ろから襲ってくる視線にNOと答える勇気はない。
いやいや、良い方向に考えろ、コテツ。そう、これに勝てば学生達の尊敬を勝ち取れるかもしれないじゃないか!
よーし。
背中で拳を握り込む。
「ふぅ……もしかしたら来年、君達に世話になるかもしれないな?はは、名前はコテツだ。そのときはよろしく頼むよ。」
にこやかに、にこやかに。
「コテツ?アルベルト先生の前任の?」
お?
「そうそう、そのコテツで合ってるぞ。」
聞き覚えがあったらしい、魔族の男子学生に、笑顔で、愛想よく頷いてみせる。
「俺、魔法使いコースですけど、先輩方、あなたのこと凄い嫌ってましたよ?いつか見返してやる、とか何とか。」
俺の笑みはこれ以上ないくらいに強張ったことだろう。
「そ、そうか……。」
そうだよな、さっきニーナも言ってたしな、俺、嫌われてたって。
「じゃあ、先に行っておくな。」
諦め、そう言って俺はとぼとぼとコロシアムへ向かう。
「ああ、向かうとしよう。」
しかし、俺がただ精神攻撃から逃げようとしていることに気付かず、アルベルトはそのままついて来た。
そして自然、その取り巻き達も。
「そういえば私も生徒会長から聞いたことがあるわ。いけ好かない奴だって。」
今年の生徒会長……アグネスだったな、確か。そういやあの子とはついぞ仲良くなれなかったなぁ。
「アルベルト先「さん、だ。」……さん、はあいつについて何か聞いたことがありますか?」
あいつて……。
「ふむ、君達は悪評ばかり聞いているようだが、教師達の中での彼の評価は皆高い。」
へぇ?
意外な言葉に、前を向いたまま聞き耳を立てる。
「……自分の仕事をしっかりとこなすだけでなく、他の者の仕事をすすんで手伝ってくれたと、教師に限らず何人もの職員が皆、一様に感心し、感謝していた。」
“すすんで手伝ってくれた”?“押し付けた”の間違いだろうに。……感謝の念はありがたく貰っておくけれども。
「なるほど、教師の方々には媚びを売っていたんですね。」
しかし、せっかくの高評価も、取り巻きの一人は文面通りには受け取らなかった模様。
ていうかそこまで悪質に取りますかい……。
我慢できず、チラと背後に視線を送れば、トカゲ頭の男子学生に睨まれていた。
サッと前に向き直る。
「パメラ、それは邪推が過ぎるであろう。」
「あ、ごめんなさい。先せ……アルベルト、さん。」
ああ、これからの対戦相手だってのに、アルベルトへの俺の評価が鰻登りで上がっていく。
『褒められる機会が少ないからの。』
全くだ、俺は褒めて伸びるタチだってのに。
『自分で言うでないわ。それに伸びるというより、お主は増長するだけじゃろうが。』
たまには増長だってしたい。
「何より、カラドボルグを用いた私に敗北を味わわさせた男だ。私は彼を尊敬こそすれ、侮りはしない。」
「「え?」」
「負けたんですか!?あんな奴に。」
信じられない、と口を揃える学生達。
あんな奴て……。
「その通りだ。が、二度目は無い。」
そう続けたアルベルトの力強い言葉に、学生達は色めき立った。
ちなみに在学生であるアルベルト一派が見学できるようにするため、試合開始の時間は終業式後となった。
そして、コロシアムの魔法陣の起動やら何やらをしなければならないため、自然、ネル達を驚かせてやろうという俺の本来の目論見はご破算となった。




