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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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到着

 ガコン!

 突如飛行船全体を襲った揺れが目的地への到着を乗客に知らせた。

 少し遅れて出入り口が開かれ、そこからビュゥと吹き込んだ冷たい外気を合図に中の乗客達が動き始める。

 そんな中、特に荷物の無い俺はさっさと立って動きの鈍い足を動かし、飛行船と簡素な階段で繋がった、ファーレン島のほぼ全てが一望できる飛行船の発着場兼物見塔へと降りた。

 道中降っていた雨は止み、広い円形の展望台のどこそこに青空を映す水たまりがいくつか残るのみ。

 船内で籠もりきっていた空気を肺から吐き出し、地上数百メートル上空を吹く涼風を存分に吸い、ぐいと伸びて身体をほぐしたところで、ようやく頭が覚醒してきた。

 眼下にはファーレン島。相も変わらず島には見えない。

 「シーラ、ルナも、飛び降りないからな?」

 清々しい眺めを楽しむ前に、まずは背後から付いてきている2つの気配に対して先んじて釘を刺しておく。正直、俺に言い聞かせている部分もある。

 「け、景色を楽しもうとしただけよ。」

 「そ、そう、そうです、そこまで常識外れの事なんて考えていません。」

 「ほぉ?どうだか。」

 両者のつっかえながらの言葉に笑い、ふと塔からの眺めに背を向けると、ちょうどフェリルが飛行船から降りてきていた。

 飛行船の席はパーティー全員固まって取ったというのに、何故彼だけ遅れて降りてきたのか、その理由は彼の背中を見れば分かる。

 「なんだ、ニーナは結局起きなかったのか?」

 そう、栄えあるファーレン学園のトップにして、フェリル達の猫可愛がりの対象である、案の定だらしなく爆睡していたニーナを彼がおんぶしてやっているからだ。

 「あはは、まぁね。リーダー、見てないで手伝ってくれないかい?」

 「はいよ。……もうパーティーリーダーじゃないけどな。」

 フェリルの背後に回って、彼の肩をヨダレで濡らすアホ面の鼻と口を覆い、塞ぐ。

 「もうリーダーって言い慣れたからね。都合が悪いかい?」

 「いいや別に。……このやろ、無駄に肺活量がありやがる。」

 普通、こうすれば数秒で起きるだろうに。

 「えっと、何やってるんだい?」

 「すぐ分かるさ。」

 だがやはりニーナも生き物。例え本人が酸素を生命活動に不可欠な物だと理解していなくとも(流石に馬鹿にし過ぎか?)しかし、体はそれを知っている。

 「んぐぅぅ!」

 「お、起きたな。おはよう。良い夢見れたか?」

 「むんんんん!」

 「はいはい。」

 爽やかな挨拶をしてやった俺の腕を、ニーナは必死の形相で掴み、俺は素直に手を退かす。

 ついでにヨダレにまみれた手袋をこっそり作り直した。

 「ぷはっ!な、何するの!」

 「怒る前にまずは良い年しておぶられてる事をちょっとは恥ずかしく思え。」

 このスネかじりめ。

 「え?あ、フェリルさん!?ご、ごめんなさい、わざわざ。」

 「良いよ、気にしないで。」

 俺の言葉にようやっと自身の現状に気付き、慌ててフェリルから飛び降りるニーナ。

 ったく、フェリルもシーラもファーレンのラヴァルも、つくづくこいつに甘いったらない。

 [コテツさん、着きましたか?]

 「お、おう、アリシアか。おう、今着いたぞ。」

 と、長らく顔を見ていない少女から急に念話が急に来た。今日の昼頃に着くとは言ったが、まさかこんなドンピシャなタイミングに合わせてくるとは。

 『わしを信仰しておるおかげじゃな。』

 しょぼい御利益だな。

 「お前の方は時間、良いのか?」

 そこからの爺さんの喚き声は努めて無視し、耳のイヤリングを押さえて聞きながら展望台の端に寄り掛かる。

 そして何とはなしに眼下のファーレン城に目を向けた。

 [えっと……はい、大丈夫です……たぶん。]

 たぶんて……。

 「授業中じゃないのか?」

 [自習になりました。]

 「それなら自習しなさい。」

 授業中じゃないか。

 [ぅ……。]

 「はぁ……これからは授業の合間ならいつでも念話してくれて良いから、な?」

 [本当ですか!はい、聞きたいこと、いっぱい考えておきますね!]

 「いや、おい、自習は自習でちゃんと……」

 [ふふふ、そうですね、まずはやっぱり……]

 あ、こりゃもう聞いてないな。

 耳から手を離し、苦笑い。

 [あら、何をしているのかしら?]

 しかし急に聞こえてきた、懐かしいといえば懐かしい、妖精さんの声に俺の笑みは固まった。

 アリシア……どうしてよりによってファレリルの授業、ていうか自習中に念話してきたんだ……。

 [はい、今コテツさんが帰ってきたので、聞きたいことをなるべくたくさん考えてるんです。あと、ファーレンに新しくできたお店を紹、介……できたらと思いながら魔法の勉強をしています!]

 ファレリルに気付くまで時間が掛かったのが運の尽き。最後にまくし立てた言い訳も、うーむ、苦しいなぁ。

 [あらそう?]

 「は、はい!」

 アリシア、素直に謝るんだ。今なら間に合う。……たぶん。

 [あなたは確かに第三学年へ進級できることになったけれど、それでもとても危なかった事は分かっているかしら?]

 ちょっと待て、それは初耳だぞ?

 [……はい。]

 [頑張ったとは思うわ。ええ、一年目の時と違って、補修の数は片手に収まるぐらいで済んだもの。]

 [うぅ……。]

 [あなたの真面目で真摯な態度が無ければ、きっと私は今もあなたのためにわざわざ時間を割いて補修をしなければいけなかったわ。……さてアリシアさん、あなたはこれからどうしますすか?]

 [……真面目に勉強します。]

 [よろしい。……コテツ、聞いているわね?]

 急に声が大きくなった。

 おそらくアリシアのイヤリングに近付いたのだろう。

 「……ああ、久し振り。」

 [ええ、久し振り。良いコテツ?彼女の勉強の邪魔をしないでくれるかしら?[せ、先生、これは私から……]何か?]

 [……すみません。]

 アリシアの謝罪は、俺にも向けられていた。

 [良いコテツ?私にはこの子を一人前にする責任があるの。だから……「あ、そうだ!そんなことよファレリル、ニーナを連れ帰ってきてやったぞ。」何ですって!?]

 長くなりそうだった説教を遮り、伝家の宝刀を抜き放つ。

 その効果は覿面。ファレリルの声は一段と高くなり、俺は思わず左に体を反らさせられた。

 [それを早く言いなさい!どこにいるの!?「飛行船の発着じょ」全くあの子は!……コホン、皆さん、これから私は所用で席を外します。が、だからといってアリシアのように気を抜いてしまわないこと。……良いですね?]

 [[[[[はい!分かりました!]]]]]

 元気の良いというよりどこか必死さを感じさせる、乱れの無い揃った返事に、よろしい、と一言言い残し、ファレリルの声は聞こえなくなった。

 あれだな、もうほぼほぼ軍隊だな。

 [はふぅ……行きました。]

 「ちゃんとやってるようで安心したよ。」

 [えへへ、はい、ファレリル先生がとても怖いですから。……あと、頑張っているコテツさんに心配をかける訳には行きません。]

 「くはは、そうか、ありがとな。じゃ、しっかり勉強しろよ。ファレリルのことだ、たぶん一回は様子見にくるぞ。」

 [ふふ、そうですね。一緒に行くお店、考えておきますね。やりたいことも、たくさん考えておきます!]

 「こーら、勉強しなさい。全く……またな。」

 [はい!]

 ご無沙汰しているアリシアの満面の笑みを脳裏に思い浮かべながら頷き、展望台の縁から身を離す。

 「あ、話し終わりましたか?」

 「すまんな、待たせた。」

 側に立っていたルナに謝ると、エルフ三人もこちらに気付いた。

 「誰と話していたんだい?」

 「アリシア、て言ったって分からんよな。俺が冒険者を始めたときの仲間で、今はファーレンの生徒の一人だよ。」

 「あの子は魔術の才がずば抜けてるんだよね、魔法使いコースで入学したにしては魔法の技術がからっきしらしいけど。」

 フェリルへの俺の返答に続けて、ニーナが軽く笑いながら補足。

 「へぇ、ならこれからその子に会いに行くの?」

 吊られて微笑むシーラが聞き、俺はいいや、と頭を振った。

 そして彼女に何故かと聞かれる前に、俺はニーナへと口を開く。

 「そういや、ファレリルとも話したぞ。」

 「え?」

 急な話の転換とその内容に、ニーナの顔が強張る。その双眸にははっきりと怯えが見えた。

 「ファレリルって、この子を命懸けで守った妖精、だったかい?」

 「ああ、これからそいつを迎えに来るってさ。」

 「げ。」

 途端、顔面真っ青になったニーナに、吹き出さなかった俺を褒めて欲しい。

 「まぁ、そうなの!きっとすごく心配されていたのね。」

 「じゃあラヴァルって人も来るのかい?」

 「ま、十中八九来るだろうな。」

 しかし、当人の焦りに全くもって気付かずに、年長エルフの二人はとても優しい笑顔になっていく。

 そして噂をすれば影。

 影の数は予想通りの2つ。

 ……にしても早いなおい。

 「ニーナッ!あなた今までどこに……!」

 「まぁそう頭から怒る物ではない。ニーナ、まずはこれまでどこへ行っていたのか、簡潔に説明をしたまえ。」

 雷を物理的に落としそうな勢いのファレリルを片手で宥め、極めて穏やかな声音で聞くラヴァル。

 しかし呼ばれた当の本人は、体を左右に揺すりながら左の空を見上げ、

 「えっと……これはその、全部私が悪いんじゃなくて……」

 醜くも、聞くに耐えない言い訳を始めた。

 「こいつなら師しょ……リジイの家に入り浸ってたぞ。」

 「ああ!?」

 それがあまりに見苦しくて、俺はさっさとネタバレした。ニーナが非難するような顔をしてきたが、知ったことかと睨み返してやる。

 「では、何か危険に巻き込まれてはいないのだな?」

 「ああ、ずっとぐうたらしてたみたいだぞ。」

 「……そうか、それならば私から言うことは何もない。」

 瞬間、ニーナが顔を輝かせ、

 「あとはファレリルに任せよう。」

 続いた言葉にヒッ、と小さな悲鳴を漏らす。

 「ええ、言われなくとも。ニーナ、こっちに来なさい。」

 「……はい。」

 感情を抑え込んだ声で言うなり、ファレリルは展望台の反対側へと飛んでいき、ニーナはトボトボとその後に続いていった。

 流石に俺達の前で怒鳴り散らすのは躊躇われたらしい。

 「さて……久し振りだな、コテツ。」

 二人を見送り、一つ頷いて、ラヴァルはこちらに目を向けた。

 「ああ、お前も元気そうで何よりだ。ネルとアリシアは上手くやってるか?」

 「フッ、魔術に関してならばあの二人に問題はない。問題というのであれば、私がアリシアに追い付かれてしまったことか。……教師としてはこれ以上ない成果だが、久方ぶりに焦りを覚えている。……聞いているか?新しい魔法陣の効果拡張技術を。あれは私と彼女の共同研究によるものだ。」

 「それならニーナに聞いた。身を持って体感もしたよ。はは、アリシアの奴、いずれ魔術師として大成するのかね?」

 「あの娘の将来には私も非常に期待している。それで、首尾は?」

 「神の作品は6つ、内、武器は5つだ。どうだ、なかなかだろ?」

 聖武具について言うと犯罪行為に手を染めたことが明らかになるので秘密だ。どうせ俺しか扱えないし、問題は無いだろう。

 『密入国は犯罪ではないのかのう?』

 あれはほら、結局はラダンにいる事を認められただろ?

 「フハハハハ!そうかそうか、一つでも手に入れられたのならば上々と思っていたが、六つも手中に収めたか!」

 相当意外だったのか、ラヴァルは彼の普段からは考えられない程の大笑いをして見せた。

 ま、借り物ばっかりだけどな。

 「えーと、ラヴァル、さん、で良いの?」

 と、完全に蚊帳の外になっていた一人、シーラが恐縮しながら会話に加わった。

 「コテツ、この娘は?」

 「この一年、冒険者として協力してくれた仲間で、名前はシーラだ。あっちのエルフもそうで、フェリルって名だ。……安心していい、実は敵、だなんて事はない。」

 ていうか“この娘”て……そういえば俺の周りの奴等の実年齢が恐ろしい事になってるな、うん、俺はまだ若い。

 『ふッ。』

 笑うな!

 「ふむ、そうか。……失礼した、コテツへの力添え、私からも感謝しよう。」

 「え、あ、いえ、そんな、私達と彼の利害が一致しただけで……。それより、ニナちゃ……ニーナを赤ん坊からあそこまで育て上げたのはあなたですよね?」

 「ああ、娘が迷惑を掛けた。しかし、あれはあれで根は良い子で……。」

 「ええ、分かっています。でも、今まで大変だったでしょう、種族も違うのに。」

 「フフ、なるほど、大変であったのは間違いない。……が、あの子と過ごしてきた年月は決して苦では無かった。」

 シーラの気遣わしげな言葉を笑い、ラヴァルはきっぱりと言い切った。……相変わらずニーナに甘い。

 「そ、そうですか。でも、あの子がどこの部族か……」

 「シーラ、その辺にしておきなよ。部族じゃなくたって、あの子にはいざという時に頼る相手がもういるんだ。……すみません。」

 お節介なおばさんと化しかけたシーラの口を、その肩に手を乗せる事でフェリルが閉じさせ、ラヴァルに一言謝った。

 そうしてる間、遠く向こうからは妖精の怒声が微かに聞こえてきている。

 ……あの小柄な体のどこからあんな声量が出るんだろうか。女性の声はよく通ると言っても、限度って物があるだろう。

 しっかし、これまで俺はニーナを駄目な大人だと思って接してきたが、まだまだ彼らにとっては子供の範疇を出ないらしい。

 「ていうかこいつら全員、俺より長生きするんだよな……。」

 「羨ましいですか?」

 誰にともなく発した情けない呟きは、隣に立っていたルナに聞き取られた。

 我ながら俗っぽくてバツが悪く、照れ笑い。

 「はは、少しはな。……ま、100年後にあいつらが振り返ったとき、俺がいたことくらいは覚えていてくれるよう頑張るさ。」

 とは言ってもそのためには、この短い人生、精々全力を尽くしてやるしかないんだろうなぁ。

 ……こんな風なことを思わせられるから、人間は他種族が嫌いなのかもしれない。

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