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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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もう一度

 “あなたとルナさんがちゃんと和解して外に出てくるまで店の前で待つわ!仲直りしないまま帰れると思わないことね!”

 などと力強く宣言し、つい今しがたまで有言実行をしていた同郷の士を引き摺ってきて俺の椅子に座らせた後、俺は適当な椅子を他所から持ってきて、元恋人と元勇者(どうやら復帰予定)の間に腰を下ろした。

 「さて、ユイ。連れてきた理由は分かるな?」

 「……ルナさん、話したのね?」

 「もしかして秘密でしたか?」

 「……ええ、そのつもりだったのだけれど……でも、ルナさんは何も悪くないわ。事前に話していなかった私が悪いもの。」

 「そうだな。事前に話すのは大切だよなぁ?」

 「ふん、あなたにだけは言われたくないわね。何よ、あれだけ独断専行してきて、ちょっと説明を省いたくらいで私を責めるつもり?」

 揶揄して言うも、鼻で笑い飛ばされ、ついでにこっちが責められた。

 「はぁ……悪かったよ。」

 言い返せる訳もなく、ため息。

 「それで、仲直りはしたのかしら?」

 「ああ、俺のことなんか気にするだけ損だって伝えたよ。くだらないって、な?」

 同意を得ようとルナを見るが、彼女は首を横に振り、静かな声で返してきた。

 「ええ、確かに言いました。でも私は納得していません。」

 「そう、か……じゃあどうしたら納得してくれるんだ?」

 「私やユイはともかく、依然としてフェリルやシーラにご主人様が誤解されたままです。ただのすれ違いだというのに……。」

 おいおい。

 「まさかもう一度謝れ、だなんて言うんじゃないだろうな?」

 フェリル達が許す筈がない。むしろさらなる怒りを買うだけだろう。

 「何がまさかよ。シーラさん達の説得なら私に任せて頂戴。あの時の二の舞いにはならない……いいえ、しないわ。絶対に。」

 「ま、もう否応なくお前が勇者だってことはバレるからな。そりゃあ言いやすいだろうさ。」

 何せ暴露したことでフェリル達のユイへの接し方が変わるにしても、今ではそれが後になるか先になるかってだけだしな。

 なるほど、たしかに今許される芽はある。

 「うっ……。……ごめん、なさい。無くすものがもう無いから動き出すなんて、卑怯よね。……私は今も、ただあのときの失敗を取り戻したいだけだもの。」

 俺の皮肉はユイを存外深く突き刺したらしく、彼女は椅子の上で両手両足を固くしたまま頭を下げ、そしてそのまま俯きがちに心の内を吐き出した。

 「本当にごめんなさい、あのときあなたを擁護できなくて……。そのせいであなたがパーティーを追放されると分かっていたのに……。……結局私は、ファーレンにいた時と何も変わっていなかったのね、臆病者の、ままだった!わぅっ!?」

 何だか長くなりそうだったので、一時停止ボタン代わりに、あと沈痛な気分の転換も兼ねて、彼女の額を指で突いてやる。

 しかしぐいと持ち上がったユイの顔は、目から涙が溢れるのを必死に堪えていた。

 「げ。」

 うん、しまった。

 「……ったく、ルナよりお前の方がよっぽど重症じゃないか。はは、許すよ。今、ちゃんと謝ってくれたしな。」

 「そんな、簡単に、子供みたいに……。」

 「なに、お前をこれで許さなかったら、俺の今までやってきた事を逆立ちしても謝罪し切れなくなるだろ?……だから泣くなよ、な?」

 努めて明るい調子で言ったつもりが、それでも引き金になってしまったようで、ついにユイの頬を雫が一筋流れ落ちる。

 「ッ!……泣いて、ないわ。」

 慌てて顔を下げ、袖口を顔に押し当てるユイ。そんな状態でも彼女の口から出た強がりに、俺は自然と口元が綻んでしまった。

 「はは、そうかい。」

 すぐには涙が止まらなかったか、何度も何度も目元を擦り、ユイは深呼吸を一つ挟んでから赤い目をこちらに向け直す

 「……それでその、つまり仲直りはしてくれるのよね?」

 「そりゃぁ、年下の可愛い妹弟子に泣いてまで頼まれたんだ、はは、無下にはできないさ。」

 肩を竦め、軽く笑う。

 「もう、一々ふざけないでくれる?それに私は泣いてなんか……。」

 泣いたことは頑なに否定するらしい。

 「はいはい、ルナはそれで良いか?俺がフェリル達と和解すれば気は済むのか?」

 「……ユイが頼むとあっさり頷くのですね。」

 ルナに目を向け、確認に聞くも、本人は何やら不満な表情を浮かべた。

 「い、いやいや、これでも元恋人の意見も尊重しているつもりだぞ?何もしてやれなかった上に、あんな酷い事を言った俺と、それでも仲直りしようとしてくれるなんて、結構驚いているし、感謝だってしてる。」

 対して俺が若干慌てて弁解するも、彼女は目を伏せてしまった。

 「も……と……そう、ですよね……」「お待たせしました、シェーブルチーズとくるみのサラダです。……あ、コップをもう一つ持ってきますね。」

 と、ここで頼んでいたサラダが運ばれてきた。それを持ってきてくれたウェイトレスさんは、ユイを見るなり、そう言って一礼、早足で離れていく。

 そしてテーブルの真ん中に残された底の深い木の器の中には深い緑の大きな葉っぱが緑の花弁のように整えられ、そこに白と茶色の2種類の大きめの粒が散りばめられている。

 見た目はシンプルで美味そうだ。が、何よりその前に……

 「……臭い。」

 ユイが俺の心を代弁してくれた。

 そう、臭い。

 名状しがたいこの匂いの元は分かっている、十中八九シェーブルチーズだ。言語理解のスキルを信用するならそれしかあるまい。

 確かヤギのチーズだったよな?この世界にヤギに該当する魔物がいるのは知らなかったが、そんなことはどうでも良い。

 碌にメニューを見ないまま頼んだからなぁ……あーあ、やってしまった。ウォッシュタイプじゃないだけマシか?

 「くはは、まぁ食べ始めればその内気にならなくなるさ、ほら、取り分けてやる。」

 決して嫌いな訳ではない。美味しいことは知っている。ただ、食べ始めるまでが一々、一苦労なのだ。

 眉根を寄せたユイに少し笑ってしまいながら、テーブルの端に4枚重ねられている平らな木の小皿に手を伸ばす。

 「私がやります!ご主人様は大人しくしていてください!」

 が、ルナに先んじて小皿を奪い取られた。

 そのまま彼女はフンスと鼻息を荒くしたままサラダを取り分け、俺、そしてユイの前に小皿を置き、最後に自分の分を取ってから、安心したように座り直す。

 「えーと、ありがとな。」

 「……私は……ご主人様の奴隷、ですから。」

 一応感謝を告げるも、彼女は静かな声で、目を俺から逸したままそう口にし、

 「……あ、あと!周りの目もありますから……。」

 そして何故か慌ててそう付け加えた。

 「う……。」

 で、隣のユイはと言うと、目の前のサラダとにらめっこの真っ最中。

 「お待たせしました、お水です。」

 ここでウェイトレスさんがユイの分のコップを置き、その瞬間、ユイの顔に光明が差した。

 「……これなら……。」

 彼女が何を思い付いたのか、そんなことは俺でも分かる。

 俺も一度は通った道だ。

 「やめておけ。水で流し込もうったって、変に臭いが残るだけだぞ?良いから一口食べてみろって。大抵の物はちゃんと向き合えば良さが分かってくるさ。」

 水で流し込んだあの日以降数日、なんの変哲もない水からもこのチーズ独特な臭いを連想してしまうようになって、お茶しか飲めなかった記憶は個人的になかなか忘れられる物じゃない。

 「……あ、あなたは手を付けていないみたいだけれど?」

 さらなる時間稼ぎのためか、ユイは矛先を俺に向ける。

 「はは、ったく、毒味係か俺は。じゃ、いただきます。」

 別に躊躇してたとかいう訳ではないので、俺は何も気負わぬまま、フォークでサラダを口に運ぶ。

 ぱくり。

 うん、臭い。でも美味い。

 むわっと籠もる臭いの中、クルミの匂いも際だっていることで思っていたより食べやすい。しかし癖になる味であるには違いなく、自然と箸……じゃなくてフォークが進む。

 そうして至極あっさりと、俺の分のサラダは平らげられた。

 「……。」

 その一部始終を凝視していたユイは、俺が食べ終わると素知らぬふりしてスーッと小皿を俺へと滑らせる。

 「……。」

 俺は静かにそれを押し返してやった。

 「食べ物への感謝の気持ち、いただきますの心を持たずに無理やり食べるのはいけないと思うわ。」

 ついには既に形骸化しきっている慣習を盾にするユイ。そこまでして食べたくないのかよ……。

 「大丈夫だ、“いただきます”は言えなくたって、食べてみれば“ご馳走様”は言えるさ。終わりよければ全てよしって言うだろ?ほら、食わず嫌いなんかしてないで勇気を出せよ、勇者様。」

 「私はまだ勇者じゃないわよ……ルナさんだって……う。」

 味方を得ようとルナの方を向いたユイは、しかしルナが早速お代わりをしているのを見て押し黙る。

 「ほら、逃げ道はないぞ。大丈夫、死にやしないって。」 

 「……吐いても知らないわよ。」

 「たかが臭いだけで覚悟し過ぎだ馬鹿野郎。さっさと食え。」


 臭い臭い、なんて泣き言を言いながらも食べ続け、ルナに取り分けられた分を食べ終わった頃には、ユイは若干病み付きになっていた。

 そんな彼女はルナと同じく、いや、競うように木のボウルから何度かお代わりし直して、空になったそれを片手に

 「あれ?もう無くなってしまったわね。もう一度頼んで良いかしら?」

 そう、俺に聞いてきた。

 ったく、数分前の醜態を今のこいつに見せてやりたい。

 「……勝手にしろ。」

 俺は投げやりにそう言った。


 「え、今から行くのか!?」

 店から出るなり、そんじゃまたな、と俺は二人と別れてケイの元へ戻ろうとしたのだが、俺の腕を掴んだユイにこれからフェリル達の説得に行くと言われ、思わず驚きの声を上げた。

 「ええ、当然。思い立ったが吉日よ。」

 「果報は寝て待てっていうけどな?」

 「私の勇気が明日も持つか分からないじゃない。」

 「なるほど、食わず嫌いする勇者様らしいダッ!?」

 脛を蹴られた。割と強く。

 思わず屈んで呻く程に。

 「ふん、一言余計よ。ルナさんだって早く三人に仲直りして欲しいわよね?」

 「ええ、事情を知っているユイも私も今のままでは肩身が狭いですからね。」

 「そりゃあ……すまなかったな。」

 そんなことより足が痛い。このやろ、さてはスキルでも使ったか?

 「ほら、早く。ルナさん、逃げられないようにもう片方の手も掴んで。」

 「え?は、はい。」

 ユイの指示により、脛を押さえていた俺の手はルナに剥がされ、俺は半ばどころか完全に引きずられる形で連行されていった。


 俺がここ約一週間泊まっていたところより幾分かランクの下がった宿の一室。

 「と、いうことなんです。」

 「……それは、本当かい?」

 簡素な椅子に座ったユイが自身の身の上と俺の事情を説明し終えると、ベッドの縁に腰掛けてそれを聞いていたフェリルは目を見開き、ドア枠に寄り掛かる俺を凝視しながら聞き返した。

 「はい……。今まで黙っていてごめんなさい。」

 謝りながら彼女は小さく頷き、少し間をおいて、今度はベッドの横端に腰を下ろしているシーラが口を開く。

 「……つまり、その人、本当の事を言ってたのね……。でも、どうして今になって?あのときユイちゃんの事を言ってくれれば……」

 「それは、シーラさん達の私への接し方が「こいつが勇者なのは秘密だったからだよ。復帰するその日までは、な?」」

 “自分への接し方が変わってしまうのが怖かった。”と答えようとした、変なところでバカ正直なユイの言葉を遮る。

 「そ、そうだけれど、それ以前に……「はいはい、ま、国の圧力なんだ、そう責めないでやってくれ。」……。」

 それでも尚自分を責めようとする彼女を手で制し、軽く笑いながらエルフ二人に向けてそう続げた。

 ちなみにずっと黙っているルナは、ユイの後ろに立ち、彼女の肩を擦ってやっている。妙に勇気の乏しい勇者様はそうしてやっと、心の平静が保てるらしい。

 ま、緊張するのは分からんでもない。今の彼女は、この一年間、フェリル達を騙し続けてた事を告白している訳でもあるんだから。

 「ま、私は分かっていたけどね、君が人間以外を見下すような人じゃないって。ファーレンであんなに早く周りと打ち解けた人間の教師なんていないよ?」

 真横からしか底抜けに明るい声音に、ビクッと体が跳ねた。

 ……そういえばニーナが俺の隣にいたんだった。

 「……ねぇ、どうしてそんな驚いたみたいな反応になるの?」

 「え、あ、いや、ほら、俺が違う世界から来たって分かったろ?そうなると俺との接し方が変わるんじゃないかと若干覚悟してたんだよ。」

 あ、ユイがこっち睨んだ。

 “私が同じ事言おうとしたら邪魔したじゃない!”言いたいのはそんなとこだろう。

 取り敢えず苦笑。

 「はぁ……。」

 彼女はため息を吐き、呆れたように俺から目を逸らす。

 申し訳ない。

 「……覚悟、ね。元々変な奴なんだから、むしろ事前に言っておいてくれた方が良かったと思うよ?」

 「……俺は変じゃない。」

 「変な人は皆そう言う。」

 こいつを全力で殴り飛ばしたい。

 しかし上手く言い返せず、俺はただ拳を握り、歯軋りするのみ。

 「……リーダー。」

 「ぁあ?……え?お、おいどうした?」

 呼ばれ、不機嫌なままそちらを見れば、フェリルが床に倒れ伏していた。

 「これ、君の世界での謝罪のポーズだったよね?……ごめん。酷い勘違いをして悪かった。」

 ……あ、土下座のつもりか!

 「くはっ、ははは!」

 合点した途端、思わず吹き出してしまった。何せフェリル今の姿は土下座と言うよりはむしろメッカへの祈りなのだから。

 が、言わんとする所は伝わった。

 「やめろ、顔を上げてくれ。あのな、それは最大限の謝罪を表す物なんだ。こんな事でするような事じゃない。」

 「許して、くれるのかい?」

 「はぁ……知らなかったとはいえ、お前らを怒らせて、ルナを泣かせたのはそもそも俺の責任だろうが。ほら立て。」

 屈み、フェリルの肩を叩いてやれば、彼はゆっくりと姿勢を変え、しかし立つのは気が引けたのか、その場に座り直すに留まる。

 「あ、私からも……えっと、あのとき、凄く、酷い言葉をぶつけてしまったわよね……ごめんなさい。」

 その様子を見ていたシーラは慌ててそう言って謝り、フェリルの隣の地べたに座り込む。

 ……俺は別に怒ってはいない。が、ここでちょっとした悪戯心が芽生えた。

 「良いって。はは、お前ら二人のあれは、常日頃思ってたことを吐き出しただけだろ?」

 屈んだまま苦笑すれば、目の前の二人は座ったまま見るからに焦り、慌てて首をブンブン激しく横に振り出す。

 「や、やっぱり……あのポーズをして見せた方が良いの?」

 そして、シーラが恐る恐るといった様子で上目遣いにこちらを伺ってきた。

 そんなことされたらさらに弄びたくなるが、ユイの方から無言の圧力を感じるので、ここら辺で自重しよう。

 「いや、そんなことより二人には教えて欲しいことがあるんだ。」

 「それは何だい!?」

 「ええ、何だって教えるわ!」

 座ったまま食い気味に乗り出した二人に、またもや笑ってしまいそうになるのを堪え、

 「この世界で仲直りのためにどうするか、教えてくれないか?」

 そう言い、俺はちょっとした照れ隠しに肩を竦めた。

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