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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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後始末

 手触りのいい取っ手を回し、重量感ある木製扉を開いて歩み入り、部屋に敷かれた絨毯の、柔らかく優しい感触が両足の裏から伝わった瞬間、全身からフッと力が抜けてしまい、俺はその場に崩れ落ちて寝転んだ。

 ……ああ、気持ちいい……。

 「あは、隊長さん、そんなところで寝なくても、もう少し先にベッドとソファがありますよ?ほら、立ちましょう、あと少しですから。」

 すると後から入ってきて扉を閉め、諸々の変装道具を脱いだケイが、そう言って俺の腕を両手で引っ張り始めた。

 「はいはい、分かったよ、気が向いたら、な……。」

 「それだと取れる疲れも取れませんよ?」

 「ハッ、心配御無用、布団民族を舐めるなよ?」

 「訳の分からないこと言ってないで早く立ってください。」

 冗談に取り合ってくれず、ケイはぐいぐいと俺の腕を引っ張り続ける。非力で俺の図体をうんともすんとも言わせられていないのに彼に諦める様子はない。

 「……はいよ……よっこら、せッ!」

 ついに根負けした俺は最後の力を振り絞り、勢いよく立ち上がると同時に前方へ跳躍。頭から柔らかなベッドに飛び込んだ。

 「いい大人が何やってるんですか……。」

 「文句なら明日聞く。今日はもう、眠いんだ。」

 呆れる声にそう返し、俺はボフンとクッションに顔を押し付けた。

 何せ昨日から一睡たりともさせてもらえないまま、緊張感溢れる職場と戦闘を立て続けに体験したのだ。加えて王城から命からがら脱出したのはついさっき――一時間と少し前。

 疲れていない訳がない。

 今にして思えば、カイトの起こした爆発のおかげで城中の騎士が何事かとあの破壊現場に向かい、警備が予想通りに薄くなっていた事はラッキーだった。

 アイと接敵しなかったことを考えれば天に感謝してもし足りない。

 『じゃろうの、わしがそのように案内したんじゃし。』

 ああ、そうだな。ミヤさんやノーラとも接敵しなければ完璧だった。

 『過ぎた事を言うても何も生み出さぬぞ?』

 たった2時間ぐらい前の話だろうが!

 とにかく、逃げたには逃げ、ケイも人目のないところでこちらに呼び戻せた。

 ただ、そこで緊張の糸が切れてしまい、疲労がドッと押し寄せ、つい今しがた体が限界に達したのだ。

 ここまでソフィアと歩く道中、ぶっ倒れなかった俺は褒められてもいいと思う。

 と、ベッドが揺れた。

 「クク……。」

 「ん?」

 次いでした微かな笑い声の方へうつ伏せのまま首だけを動かして目を向けると、ラフなシャツ姿のケイがすぐ隣で仰向けに寝転がり、こちらを見返していた。

 「どうした?アンデッドと触れ合いすぎておかしくなったか?」

 「失礼ですね。まぁ確かにアレには少しは驚きましたけど「ほう?」……すごく、驚きましたけど、死体そのものなら見慣れてますから。」

 「ここに帰り付くまで握ってやってたお前の手、震えてたぞ?」

 「ちゃんと言い直しましたよね!?」

 「はは、そんなに怖かったか?」

 「隊長さんはどうしてあれが怖くないんですか……。」

 「慣れだ。」

 「元暗殺者の私より死体に慣れ親しむなんて余程過酷な日常だったんですね?」

 「さてな。ま、どうだろうと明日からはその日常に戻るんだ、文句言ったって仕方がない。……短い間だったけどな、ま、楽しかったよ。」

 「ええ、私も楽しめました。……あ、ちょっとは、ですよ?」

 「くはは、そいつは良かった。」

 最後に言葉を付け加え、俺から照れ臭そうに視線を逸らしたケイが珍しく、加えて変におかしくて笑いが漏れる。

 当然本人は目に戸惑いの色を示し、俺は誤魔化しついでにその頭をがしがし掻き撫でてやった。

 「……それと、ありがとうございました。」

 薄色の髪の毛を一頻りグシャグシャにして手を止めたところで、ケイは乱れた髪を左手で抑えながらそう言った。

 「肩のことか?そんなの大した事じゃないさ。」

 「いえ――まぁそれもですけど――何よりも2度目のチャンスを与えてくれたことに、です。」

 「なに、一度目を失敗したんだ。そうしたら二度目を成功する可能性は多少なりとも上がるものだろ?」

 「あはは、何ですかそれ。無茶苦茶じゃないですか。」

 ツボに嵌まったのか、ケイのその言葉の後に押し殺した笑いが続く。

 「はは、そうだな。ま、他に宛がなかったのもある。ただ、今回成功したのはお前のおかげに違いないよ。ありがとな。」

 「でも、途中からは全部任せ切りでした……。」

 「ハッ、宝物庫の鍵開けなんてできる奴が早々いて堪るか。」

 「あれはその、得意分野ですから。私にとって、鍵付きの部屋に立て篭ったターゲットなんて格好の獲物です。」

 理由が物騒この上ないなぁおい。

 「そう、か……そういやこれで暗殺業に晴れて復帰する訳か。教会と王城、両方に潜入して目的を達するなんて、相当の信頼回復になるんじゃないか?」

 「ええ……まぁ……そうですね。この肩が治れば、おそらく満を持して復帰できます……。」

 一瞬、ケイの顔に陰りが見えた。

 ま、確かに明るい未来じゃないわな……。

 「仕事は選べよ?」

 敢えて明るく、戯けてみせる。

 「あは、少なくとも隊長さんにはもう挑みませんよ。どんなに報酬が良かろうと。」

 「そりゃ助かる。」

 「“助かる”なんて、私の目の前で無防備で寝る余裕がある人がよく言いますよ……。」

 「あー、これはほら、お前を信用してるんだよ。うん。」

 「……それはズルくないですか?」

 「駄目か?」

 「駄目では、ないですけど……。」

 やっぱり言葉の歯切れが悪い。

 「そうだ、一緒にファーレンに行かないか?どうせ肩が治るのはまだ先だし、勇者がいるせいで闇ギルドは機能しにくくなってるんだろ?もう少し俺に力を貸してくれないか?」

 だから、唐突なのは百も承知で提案してみた。

 ケイなら入学試験は楽勝だろう。こんな高級宿をあっさり取れるぐらいだし、金の問題も無いと思う。いざとなれば俺が支援するのも良い。

 それに、肩が治れば即戦力になる。

 「私は……元暗殺者ですよ?隊長さんの命だって奪おうとしたことがあります。」

 「気にしやしないさ。俺はこうしてピンピンしてるしな。それに、俺はお前を――俺の目の前に今いるお前を――誘ってるんだ。」

 「今までの仕事に罪の意識なんて持っている程、私は人ができていないですよ?……わっ!?」

 まだぐだぐだ言うケイの頭を再度グシャグシャにかき混ぜる。

 「過去は知らんって言っただろ?ほぼ半月一緒に過ごして決めたんだ、俺はお前を信用する。」

 殺しを仕事と割り切る精神だって人並み以上に理解してるつもりだ。なまじ誰かさんのせいで魔物の言葉が通じるから、そうでもしないと冒険者なんてやってられない。

 「……考えさせてください。」

 再び爆発させられた頭に手ぐしを掛けながら、ケイはそう、ポツリと呟いた。

 「ああ、期待して……[あなた今どこにいるのよ!もう日が暮れるわよ!]っと、ああ、ユイか……びっくりしたぁ……。」

 急に来た念話にビクッと体を跳ねさせた俺に、目の前で横になっているケイが怪訝な目をこちらに向けた。耳元のイヤリングを指し示しすと彼は頷いてくれ、気を遣ってくれたのか、ゴロンと寝返りを打って俺に背を向けた。

 [びっくりしてるのはこっちよ!あなた!いつ来るつもり!?]

 「え、くる……?」

 [……まさか忘れたんじゃないでしょうね?ルナさんともう一度話す事をよりによって取引材料なんかにしたのはあなたじゃない!]

 カイトとアイをあの大部屋から外に行くようにユイに働き掛けて貰ったな、そういえば。あと、加えて今の言葉であのときユイが急に怒った理由も何となく察せた。

 「あー……あれかぁ、今日の話だったのか?」

 [当たり前でしょう!]

 当たり前なのか……知らなかった。

 「そうかい……分かった、今行く。」

 このまま爆睡してしまいたいのを我慢して、抗いがたい程に柔らかく気持ちの良いベッドから起き上がる。

 「隊長さん?」

 「ああ、前のパーティーメンバーに会いに行ってくる。すぐ戻るさ……っとと。」

 足腰は寝る気満々だったのか、立ち上がった途端に軽くよろけてしまい、俺はベッドの天蓋を支える支柱を掴んで事なきを得た。

 「明日にしたらどうですか?」

 「はは、そうはいかん。」

 ユイに怒鳴られる。

 横になったままのケイに笑って返して、俺はしばしばする目を擦り、グッと上体を逸らしながら部屋を出た。

 太陽はまだ天高い。日光を浴日ていればその内体も覚醒するだろう。


 フェリル達と顔を合わせると面倒な事になるため、ユイが俺とルナが会う場所として指定したのは中壁の内側、貴族様用のレストランだった。

 店自体はそう広くなく、薄ぼんやりとしたオレンジ色を発する照明を満遍なく、数個吊るすだけで必要な光量を確保できるくらい。

 木製の壁には大小様々な木枠の黒板が貼られ、または立て掛けられ、そこに料理名がズラリと白いチョークで書かれている。レストランの天井から床を斜めに貫く黒く太い柱にも様々な料理が、周りの壁と違って色鮮やかな文字でびっしりとある。

 なかなか小洒落ていて格好いいというのが俺の第一印象だった。 

 「……。」

 「…………。」

 「………………。」

 「……………………。」

 しかし、気まずい。

 入店してから約10分、レストランの前で顔を合わせてからなら20分弱、俺は肝心のルナと言葉どころか視線さえも交わせていない。

 こうなるだろうとある程度は予想していたものの、こうして実際にその状況に直面するとどうして良いか分からない。

 テーブル越しに座るルナもそう、いや、さらに酷く、俺と目を合わせるどころか俯いた顔を上げる事すらできていない。

 テーブルに乗った2つのコップの中身はなんの変哲も無い飲料水。俺の方には残り半分、ルナの方に至っては空になってから随分時間が経過している。

 「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 そんな凝り固まった雰囲気の中、勇気ある給仕さんが来てくれた。

 これを逃す手はない!

 「ル、ルナ、何か欲しい物はあるか?」

 少し声が大きかった気がするが、この際だ。構いやしない。

 「え?あ、え、えっと、えと……何でも、構いません。」

 聞かれ、パッと顔を上げたルナは、しかし無駄にあたふたとしただけで、こっちが一番困る返答をして再び下を向いてしまう。

 そしてウェイトレスは隣で威圧的な営業スマイルを浮かべたまま。

 「じゃ、じゃあ取り敢えず……このサラダを一つと、あの、リトルボアのステーキを2つで。」

 選んだ物に意味はなく、ただ一番最初に目に入っただけ。

 「はい、承りました。お飲み物は?」

 「いや、水で構いません……ルナは?」

 「わ、私も、はい……。」

 やっぱりこっちを見てくれない。

 どうしようか、何か良い話題でも無いものか……。

 「……以上ですか?」

 「あ、はい。」

 ルナの事に心が向き過ぎたせいで、その存在を半ば忘れていたウェイトレスさんにぎこち無いながら答え、頷くと、彼女は会釈をして調理場の方へ歩いていった。

 そして、またもや気まずい沈黙が俺とルナの間を支配する。

 紛らわすように口に水を含み、飲み込む。

 ……思い付いた。

 「まぁ……その、なんだ、まずは元気そうで良かったよ。毒竜討伐お疲れさん。どんな感じだった?ルナの事だし、やっぱり大活躍だったんだろ?」

 努めて明るい口調で、にこやかに。

 話題はこの場でルナしか知り得ないこと。

 「……いえ……はい……それなりに。」

 「へぇ?相手はどんなだった?俺が前に相手取ったのは巨大な蛇みたいな奴だったんだ。今回のも同じような感じか?」

 「あ、頭が、2つありました……両方に。」

 「両方?毒竜は2体もいたのか?はは、凄いじゃないか。」

 お?今チラッとこっちを見たぞ?

 「いえ、その、一体はアイ一人で退治してしまいましたから……私が相手にした毒竜は実質一体です。」

 「手強かったか?」

 「ブレスが……厄介でした。が、バハムート様のお力の前にはやはり無力。ふふ、毒竜を一匹丸ごと燃やし尽くしてやったわ。」

 最後の部分でその光景を思い出したのか、ルナは得意気な顔を上げて目をギラつかせ、少しだけ笑ってくれた。

 にしても理由が実に彼女らしい。

 「くはは、やっぱり大活躍だったんじゃないか。」

 「そんな……大活躍とまでは……」

 俺の言葉にハッと我に帰り、俺と遂に目を合わせたルナは、恥ずかしそうに縮こまる。しかし、俺から――ギリギリで――目を逸らすことはせず、よって完全に俯いてしまう事もしない。

 さて……本題に行こうか。

 「はは、謙遜するなって。もっと胸を張って良いんだぞ?……俺に申し訳ないだなんてくだらないことなんか考えてないで、な?」

 「くだらなくなんかありません!……あ、す、すみません。」

 思わず、だろうか。

 ルナはさっきまでの沈黙が嘘だったかのようにその語気を一気に強め、しかし他の客の目が自身に一斉に向けられると声量を落として謝った。

 そんな一部始終を眺めながら、俺は手元のコップを空にして、馬鹿野郎と一喝したい自身を抑え付ける。

 「……あのな、ルナ「お客様、お水をお注ぎいたしましましょうか?」あ、ああ、ありがとう。」

 話し掛けようとしたところでウェイターがピッチャーを持って来てくれた。

 空のコップを彼へ押しやり、ついでにルナのコップを取り、

 「あっ。」

 それも押しやったところでピシリ彼が固まった。

 「お客、様?」

 呼ばれ、目線を上げれば、声同様に引き攣った笑顔のウェイターさん。

 「ご、ご主人様!戯れもそれぐらいにしてください!私は喉なんて乾いていませんから!」

 何故か慌てふためいた様子のルナは、そう言ってバッと自身のコップを奪い取った。

 「ああなるほど。……はは、お客様も人が悪い。」

 ウェイターさんは何やら納得した様子で軽く笑い、俺のコップにのみ水を注ぐ。

 ……あ、分かった。

 「それ、置いていってくれませんか?結構水を飲む質で。」

 「はぁ……?分かりました。」

 注ぎ終わったところで言うと、ウェイターは訝しげな顔でピッチャーを置き、そのまま手ぶらで去っていった。

 ……本当、奴隷の扱いって奴には慣れない。

 「ほら、コップ渡せ。」

 ピッチャーを片手に、手をルナへ差し出す。彼女は最初、ピッチャーを取ろうとしたものの、俺がそれを遠ざければ、素直にコップを手渡してくれた。

 「やっぱり……。ご主人様はそういう人ですよね。」

 満たしたコップをルナの前に置いてやると、彼女はそれを優しく両手で包み、そして口元に付ける直前、ポツリとそう溢した。

 「はいはい、気が回らなくてすまんな。」

 俺の奴隷に対する接し方が異常な事をすっかり失念していたことは事実なので、反論できず、投げやりに返す。

 すると何故か、こちらを見ていたルナの眉間にシワが寄った。

 「む……そういうところもご主人様は相変わらずです。」

 「?ああそうかい。」

 何の話だ?

 ……いや、それよりさっさと本題を済まそう。

 「で、申し訳ないんだって?俺の事情を知っているのに、感情に任せて突き放したことが。」

 「う……はい……あの場でご主人様を擁護できたのはユイの他には私だけだったのに、何も出来ず……むしろ攻撃までして……。」

 「よし、許す。この話はこれで終わりだ。良いな?お前が気に病む必要はもうない。」

 遮り、断じた。

 「え?でも……。」

 「はぁ……、ユイを見てみろ。ピンピンしてるだろ?実は謝るとき、あいつに協力してもらう算段を付けていてな……」

 「はい、知っています。同じ部屋で寝ていますから。……彼女もあれからずっと自身を責め続けていましたよ?」

 マジか。

 「……今までのあれ、虚勢と空元気だったのか……。」

 「はい、それに王城での事もあっておそらく焦っているのかと。」

 王城での事?

 「盗人の事か?」

 「え?いいえ、あれとは違います。……あれ?確かあの失態には戒厳令が出ていた筈……どうしてご主人様はその事を?」

 「うぉっほん!そんな事より!えーと、ユイはど、どうしてその、焦ってるんだ?」

 危ないなぁおい!もし相手がルナじゃなければ指名手配されていたぞ!?……戒厳令って単純なようで結構効果あるんだな。

 ケイにも伝えておかないと。

 「……です。」

 「え、何だって?すまん、もう一度言ってくれるか?」

 動揺し過ぎてルナの言葉を取り零してしまった。

 そして俺が手元の水を口に近づけながらもう一度尋ねると、ルナは、ですから、と前置きし、

 「ユイに勇者へ復帰するよう、要請があったのです。」

 そう言って俺を水でむせさせた。

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