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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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信用

 [(バンッ!)全員、そのまま動くな!]

 「ぬおっと!」

 唐突な怒鳴り声で目が覚めた。

 「隊長さん!?良かった……大丈夫ですか?」

 目の前には可愛らしい女の子の……いや違う違う、ここ2週間弱、寝食を共にしてきたケイの顔。

 いかんな、なぜか知らんが頭が朦朧としてる。

 「ここ、は……?」

 見回せば、赤い煉瓦に囲われた洞窟。

 「宝物庫から出てすぐの分かれ道の一つです。」

 「分かれ道?どう、して?」

 確か俺は、ウコンバサラの、何でもかんでも叩き潰せと喚き立てる声を頭から閉め出して……ああそうだ、続いて双剣を握ったところで目眩がしたと思ったら……

 『うむ、気を失ったんじゃな。なに、心配するでない、精神に掛かった負荷に対するお主の体の防衛反応じゃ。一度に3つの呪いを相手するのは異世界より来たからと言っても荷が勝ち過ぎたんじゃろうな。』

 なぁるほど。はは、ていうかもう呪いって言い切るんだな?

 『祈りの声でもどちらでも良いわ。』

 確かに。

 「ふぅ……、すまん、心配掛けたな。」

 「立てますか?」

 笑いかけるも、ケイの顔は未だ晴れず、気遣う言葉を口にしながら俺が上半身を上げようとするのを支えてくれた。

 「ああ、問題ない。さて、双剣にリベンジしないとな。」

 「双剣ならずっと握っていますよ?本当に大丈夫なんですか?」

 言いながら立ち上がったところで掛けられたケイの言葉に目線を下ろせば、両手に龍泉と太阿が収まっていた。

 『フォッフォッ危なかったのう、寝る間に精神が負けておればお主は今狂人と化しておったわい。』

 ……そりゃ笑い事じゃないぞ。

 『しばらくすれば意識は戻ったじゃろうがの。少なくともそこな少年は生きておらんかっじゃろうな。』

 本当、笑えないな。

 冷や汗をかきながら俺はさっさと二本をヘール洞窟に送ってしまう。

 ……ったく、油断禁物ってことだな。異世界人の特権があったって、俺に特別な力なんて無いんだから。

 『魔力……。』

 うん、まぁそれ以外、な。

 「隊長さん?」

 「ああ、色々と思い出せてきたよ。わざわざ運んでくれたのか?」

 「え、ええ……依頼主を守らないと報酬が受け取れませんから。」

 「はは、そうかい。何にせよありがとな。ボーナスが欲しいなら考えてやるぞ?」

 「あは、元気そうで何よりです。」

 体を伸ばしながら言うと、ケイはやっと笑みを見せた。うなじを掻いたら煉瓦の跡が残っているのが感じられることから、どうも数10分は寝たまんまだった模様。

 だがしかしそんなことより、ユイの方では何が起こってるんだ?穏やかな音楽は止まってしまった上、皆一様に黙ってしまって聞こえてくるのは幾人もの騎士達が動き回る音ばかり。

 [クメル、これは何事だ!]

 [ド、ドレイク竜騎士長、これには深い訳が。]

 [落ち着け。話せ。]

 [はっ!実は我々の知らない魔術錠の掛かった部屋が見つかり……]

 !?

 「くそっ!」

 「ど、どうしました?」

 「……侵入がバレた。」

 「え?」

 「俺達が眠らせた奴らが見つかったんだよ。」

 「それは、不味いですね。……できれば情事の途中だと思って欲しいですけど……」

 「それは無い。……実は何人かに見つかってしまってな?」

 断言し、何故と目で問うてくる相方から目を逸らし、苦笑いしながら頭を掻く。

 「……隊長さん、何人ですか?」

 「えーと、確か十……」

 「分かりました。はぁ……もう良いです。」

 記憶をほじくり返そうとした俺を遮って、深々とため息を吐くケイ。

 申し訳ないったらない。

 「どうする?」

 「まずは出口付近まで行きましょう。話はそれからです。」

 「そうだな。」


 爺さんの案内で迷路を駆け抜ける間、外の状況はある程度把握できた。

 まず、今朝見張りの二人の騎士が眠らされていたことから、侵入者がいるかもしれないと城中の捜索が行われていた。

 俺が殴り倒した騎士も捜索していた一人だからそれは分かっていた。

 そして十何人もの男女が一つの部屋で薬で眠らされていたのが見つかったのがつい先程。そのうちメイドと清掃員の服が奪われていたことから、自然、侵入者は二人組の男女であること、それぞれメイドと清掃員に扮したことが考えられた。

 そこで召使い達を調べていく中、ちょっとした“虫関係の騒動”が厨房で起こった事が分かり、料理に毒が混ぜられた可能性があるとして、騎士クメルが慌てて警告のために宴の真っ最中に飛び込んできたらしい。

 そんなこんなで今現在、召使い達は別室に招集が掛けられており、曲者かどうかの確認、そして何らかの目撃証言が得られないかを彼らに聞いて回っているそう。

 ちなみに曲者が聖武具を盗んだ犯人と同一人物かもしれないので――実際そうだが――背格好や雰囲気だけでも似ている者を探し出すため、ノーラはそちら駆り出されており、今は謁見の間にはいない模様。

 ……一番勘の鋭くて厄介な存在が彼女だったため、その采配には割と感謝の念まで浮かんだ。

 「……気付くと思うか?」

 洞窟から出口までの最後の分かれ道、その敢えて間違った方の道に入って潜んでいる俺は、同じく隠れている隣のケイに問う。

 ちなみに話の主語は、すぐそこにある、開けっ放しになっている洞窟の出入り口だ。

 「……時間の問題でしょうね。」

 「王様を人質に取るってのはどうだ?」

 ここは玉座の裏なんだからそう難しくはあるまい。

 「そうですね……いえ、ここからだと側近の騎士が邪魔です。」

 「え?……チッ、駄目か。」

 気配察知で、王の背後に騎士が立っている事がすぐに確認できた。

 強行突破しかないのか?

 「隊長さん、ここに煙玉が2つあります。」

 「ん?ああ。」

 と、ケイに唐突に煙玉を手渡され、生返事。

 「これを使って、一人で逃げられますか?」

 「アホか。」

 そして続けられた言葉に反射的にそう返すも、ケイは真剣な顔のまま頭を横に振り、

 「いえ、大真面目です。今の私は足手まといにしかなりません。……ですから、後で助けに来てくださいね?」

 自身の右肩を指し示して力なく笑ってみせた。

 「ここがバレるのは時間の問題なんじゃなかったのか?」

 「ええ、隠れ切って見せますよ。」

 「それにな、後で助けに来たって、俺はこの洞窟への道を開けないんだぞ?ここ、中からは開かないんだろ?」

 「う……。」

 しかし俺の指摘に言葉を詰まらせ、ケイは顔を少し赤くする。献身の覚悟が一転して恥ずかくなったらしい。

 「はは、ま、俺を信用してくれてるのは分かったよ。」

 「ま、まぁ、その、少しだけですよ?……少しだけ。」

 「そうか……だから俺も、お前を信用するよ。」

 ケイの提案は却下したが、片手でしか戦えない彼が足手まといになるのは確かだ。

 この案は頭の片隅に追いやっていたが、今の言葉で踏ん切りが付いた。

 ケイの手を取り、目を合わせる。

 「え?」

 「今からお前を転移陣で飛ばす。良いか、何があろうと慌てるな、向こうに危険がないことは約束する。俺が無事に脱出できたらこっちに戻るよう連絡するから、待っていてくれ。」

 「……分かりました。それで、私を信用するっていうのは?」

 「向こうに着けば分かるさ。」

 中指の指輪を親指で回して彫られた紋様を内側に向け、ケイの手を握る力を強めて、確認の意味で目を合わせる。

 そして彼が頷いたのを確認し、

 「またな。」

 俺は指輪の魔法陣を起動した。

 ケイの姿がかき消える。

 「サイ、聞こえるな?そいつは味方だ。」

 そしてすぐさまヘール洞窟へ連絡。アンデッド達に間違ってケイに危害を加えられたら堪らない。

 [はっ、この者を客人として扱えということでしょうか?]

 「ああそうだ。あと、さっきそっちに転移させたウコンバサラをこっちに送ってくれないか?」

 盗んだ聖武具は神器と共にヘール洞窟に転送しておいたのだ。いやはやこの指輪、便利ったらない。

 [ウコン……?]

 「純白の金槌だよ。」

 [承りました。]

 少しして、ウコンバサラが手元に現れる。

 怨嗟の声は小さいながらも聞こえるが、無視できない程の物じゃない。

 「ご苦労さん、また連絡する。」

 [はっ、我が主の御心のままに。]

 さて、使う武器に聖槌を選んだ理由は、俺にとって一番ぞんざいに扱える物であるからの一点のみ。保持する能力はミョルニルに近いし、そもそも金槌で戦うメリットが沸かない。

 愛用してきた中華刀やら自由自在のワイヤーやらは、俺を特定される切っ掛けになり得るので封印。

 ナイフぐらいならば大丈夫だろうが、それでも金槌とナイフという訳の分からない装備で勇者を相手に戦うことになるかもしれないと思うと気が滅入って仕方がない。

 だがしかし、文句は言っていられない。今はとにかく何とか頑張って逃げるのみ。

 覚悟を決め、腰を上げ……

 [……ねぇ、聞こえるかしら?あなた、今王城にいるんでしょう?]

 ……急なユイからの念話に機先を制され、もう一度座り込む。

 「あ、ああ、正解だ。お前の方は念話なんかして怪しまれないのか?」

 [大丈夫よ。アオバ君が城の捜索に行こうとしているのだけれど、残って守りに徹するべきだって主張する騎士達がいて、揉めているもの。……それで、どうしてこんな馬鹿な事をしたのよ。]

 「その話は後だ。「ちょっと!」まぁまぁそれより協力してくれないか?してくれたらお前の要望通り、ルナともう一度話すと約束する。」

 外からの助けがあれば脱出が多少は楽になるかもしれん。

 [あ、あなたって人はッ!……あ、ごめんなさい、何でもないわ。どうぞ続けて。……ふぅ、約束よ?]

 唐突に怒声を発し、流石に周りから訝しく思われたのだろう、ユイは不器用に取り繕って念話を再開した。

 一体何に怒ったんだ?

 「お、おう。」

 [針千本飲ますわよ?]

 「あのな、少しぐらい信用しろ。」

 [あなたの言葉だもの、まず疑うわ。……それで、何をすれば良いのかしら?]

 こいつ、本当に味方してくれるんだろうな!?

 「はぁ……カイトとアイが捜索のためにそこから出るよう、誘導できないか?」

 [まさかアオバ君と戦うつもり?]

 「いやいや、そんな訳あるか。俺はお前が思っているよりもかなり近くにいるんだよ。」

 「……つまり、この部屋のどこかにいるのね。」

 辺りをキョロキョロと見渡すユイが脳裏にありありと浮かぶ。

 「まぁ、そんなとこだ。できるか?」

 [……努力はしてみるわ。]

 「何ならこれを機会に久し振りにカイトと二人っきりで歩き回るってのも……[余計なお世話よ!]……へいへい。」

 奥手なこって。

 『お主が言うか。』

 はは、確かに人の事は言えないか。

 ユイが事を成してくれるよう祈りながら、ウコンバサラを右手に握ったまま、懐に入れたケイに貰った2つの煙玉の感触を確かめる。

 [アオバ君、ヒイラギさん[何よ、あんたには関係ないでしょ!]良いから聞きなさい。……ここは私に任せていいわ。だから行って。]

 相変わらずなアイの言葉を抑え付け、ユイはカイトにそう、端的に告げた。

 [ユイ……うん、ありが]

 [そういう訳には参りません!ここには国王陛下も居られるのです!カイトには私と共に陛下を守って頂かねば!]

 [アオバ君、あなたが相手をした人は聖武具を持っているのでしょう?]

 今度は別の女性の声がしたが、ユイは話す先を変えはしない。

 案外、カイトと話すためにはこうしないと話が進まないのかもしれない。ライバルが多そう、いや、事実多いしな。

 [え?ああ、そうなんだよ、信じられないだろうけど。]

 [いいえ、アオバ君の言葉だもの、信じるわ。]

 ……俺との扱いの差よ。

 [でもそんな人を相手に、王様を守りながら戦えるのかしら?]

 [うーん、聖剣を本気で使って、オレが一瞬で勝負を決めてしまえば何とかなると思うけど……守りながらだとやっぱり難しいかな。]

 [なら早く行きなさい。大丈夫、私はこれでも元勇者なのよ?それに他の騎士達もいるもの。いくら相手が聖武具を持っているからって、早々負けたりはしないわ。騎士さん――いいえ、ジーンさんだったかしら?――あなたもそれで良いわね?]

 [む、しかし……]

 [言葉に詰まるようなら話さなくていいわ。ほら、アオバ君、ヒイラギさん。]

 [うん、分かった。ありがとう、ユイ。]

 [ふん、偉そうに。私だって同じこと言おうと……]

 [もう、アオバ君と私の仲じゃない。礼なんていらないわよ……いいえ、やっぱり欲しいわ。そうね、後でハグなんてどうかしら?]

 [なっ!?あんた何を!?]

 [あはは、分かった、またね!行ってくる!]

 [ちょっとカイト!?]

 [行ってらっしゃい。あ、あとヒイラギさん、あなたは反対方向に向かった方が効率的じゃないかしら?何か別に変な意図があるのかどうかは知らないけれど。]

 [うぐ……そ、そのぐらい分かってるに決まってるっしょ!]

 ダンダンと足音を大きくさせて遠ざかっていくのは十中八九アイだろう。

 いやはや凄いなユイの奴、最初はあんなに自信なさげに言っておいて、蓋を開けてみれば一瞬で状況を片付けやがった。

 俺の擁護のときもそれぐらいして欲しかった。ま、過ぎた事だ、仕方ない。

 [……ふぅぅ、行ったわよ。これで良いのかしら?]

 勇者達がいなくなり、騎士達は持ち場に付いたのだろう、少し間を置いた後、ユイが念話を繋げてきた。

 「ああ、100点満点だ、花丸だって付けてやる。なぁにが“努力はしてみる”だ。くはは、余裕じゃないか。」

 [……努力したのよ。]

 「はは、そうかい。ただ、あそこはハグじゃなくてキスでも……[あんまりうるさいと呼び戻すわよ?]……ハグって良いよな、とても良いと思うぞ。うん、キスなんてあからさまなのより遥かにロマンチックだ。」

 [コホン、これで良いのね?]

 「ああ、後はルナにハグでもしておいてくれ。間違っても俺を追わないようにな。」

 [ええ、分かったわ。喜んで。]

 その言葉を最後に、外の音が途切れた。

 爺さん、どの方向に向かえば良い?

 『勇者達はお主から見て手前の左側と奥の右側の出入口から出たわい。お主の逃げ道としては手前の右側が一番近いかの。』

 了解。

 ……さて、行きますか。

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