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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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解錠

 仕込まれた魔術錠を探り当て、それに魔素をほんの少し――何らかの現象を引き起こしてしまわないギリギリに調整して流すことで魔法陣の詳細を把握し、培った知識や経験、加えてそれらを鑑みた上での勘を働かせ、的確な順序に正しい方向へ、滞ることなく流れるように魔素を操り鍵を開ける。

 この繊細な操作こそが魔術錠に対する、鍵を使わない開け方。所謂ピッキング魔術錠verの基本的な手順である。(by爺さん。)



 「で、どんなもんだ?」

 「あと少し、です。」

 玉座の裏、紫色のカーテンの影の中では、小さな体躯を潜ませたソフィアが目を閉じ脂汗を流しながら、その左の腕を光沢のあるスベスベした石壁に押し付けていた。

 きっとそこに宝物庫へ続く道を繋ぐ扉の魔術錠があるのだろう。

 「難しいか?」

 ソフィアの耳元に囁くと、頼もしくもその首は横に振られた。

 「いいえ……ただ、数が多いです、ね。この程度、問題ありません。ぼ、私の魔力が持つかどうかの問題、です。」

 苦しそうだが、魔術関連に無学な俺には何もしてやることができない。ただただ信じて待つ他ない。

 「そうか……ん?」

 いや待てよ。

 「もしかして無色の魔素を使ったりしてるか?」

 ふとした思いつきだ。

 こいつ、確か無色魔法が使えたよな?もしそうなら多少は手伝えるかもしれん。

 「ええ、無色の適性がなければ、もう、力尽きていました、ね。はは、は……。」

 「そりゃ良かった。少しサポートさせて貰うぞ。」

 「え?」

 「魔素を集める役は任せろ。」

 言うなり俺は、爺さん曰くそこらの人と比べて桁外れらしい魔力をもって、無色魔素をありったけ掻き集める。

 途端、ソフィアが目を見開いた。

 「あ、ありがとう、ございます。」

 「良いさ、これぐらいどうってことない。それよりお前が礼を言うくらいだ、結果は期待していいんだな?」

 「あは……酷いですね。ええ、任せてください。」

 「おう、任せた。」

 頼もしい相方の肩を少し揺さぶって、俺はカーテンの端から周りを警戒する意味で覗き見る。

 今のこの謁見の間には大きめの円形テーブルが、部屋の左右にそれぞれ2列互い違いに、また、線対称になるように並べられている。

 内、約7割のテーブルに銀の皿が載せられており、毒竜討伐隊を迎える用意が完成するまであと一歩といったところ。

 そしてゴキブリ騒動のおかげだろう、ここにいる人数はポツポツと数えるぐらい。まだまだ時間は稼げるだろう。

 とは言っても、いつミヤさんとカイトがここに戻って来るかは分からないので、警戒を緩めることはできない。

 万が一のときの逃走ルートは部屋の四隅にある召使いの通用口のうちの手前2つ、か。……素直に逃がしてくれるとは思えんが、何にせよ心配が杞憂であることを祈るばかりだ。

 「……陛下!どうかお考え直しを!」

 聞き覚えのある低い声がし、同時に向かい側の大扉が開き始めた。

 俺はカーテンの影に素早く隠れ、しかしそっと片目を覗かせる。

 「くどいぞハイドン卿!卿がファーレンより出たばかり故、その気持は理解できる。できるが、これは決定事項だ。個人の私情で覆せる物ではない。」

 「私情などと!」

 入ってきたのは5人。うち俺と面識があるのは三人で、スレイン国王ヘイロン、ファーレンの元生徒会長エリック、そして騎士ドレイクだ。そして残り2人は貴族風の男と鎧騎士。

 ちなみに声の主はエリックだ。

 そして前を歩く四人に追いすがるという形で入ってきた彼へ振り返り一喝したのは、名前の分からない、しかしどこかヘイロンと似た風貌の男。

 「ハイドン卿、その一体どこが私情でないと?これはこの国の未来を見据えた上で入念に考えられ、決められた事、何か間違いがあるのか?」

 そう男に聞かれ、エリックはここぞとばかりに声量を上げる。

 「あ、あまりに危険過ぎます!」

 「ほう、あれほどの自信を見せた勇者カイトの言葉を信じられないと?」

 今度は王も立ち止まって聞き返し、対するエリックは深く頷いた。

 「お言葉ですが陛下、彼は軍師ではなく、戦士です。高い士気を保つことそのものが彼の役割の一つです。」

 「あれがただ己の役目に則っただけの言葉であると?しかしハイドン卿、勇者カイトの力は過去に例を見ない程強力なの物だと知っていよう?」

 「ええ。しかし、例えそうであろうと、かの脅威は三大国が結束した上で対処すべきもの!関係を悪化させるような一手を打つべきでは……「クク、ククク……」王太子様?」

 「結束!結束か!やはり卿は毒されているよう。はっはっは……ああいや、すまないハイドン卿、これは卿の責任では一切ないな。全くの筋違いだった。許してくれ。」

 しかし、その途中で男――王太子の堪えきれなかった笑い声に邪魔されてしまう。

 「くっ……いえ、お気になさらず。……しかしそれでも、一国だけで対抗し得るのですか?あの、ヴリトラに。」

 なるほど、ヴリトラの話か。

 「かつて邪龍を屠り、魂を砕いたのは我が国の勇者達だ。此度の勇者は従来よりも少ない三人、うち真なる勇者はたったの二人。だが、その二人はそれを補って余る程の強大な力を保持している。ハイドン卿、余がこれをどう捉えているか、分かるか?」

 「……いいえ。申し訳ありません。」

 苦い表情で首を振るエリック。

 拳を握って目線を落とした彼の姿からは、ファーレンの生徒会長であったときの堂々とした威風を感じれれない。

 まぁ相手が相手だし、妥当だろうが。

 「良い、良い、ではアーノルドよ、分かるか?この事でどのような影響が出るかが。」

 対する王、ヘイロンには気分を害した様子はなく、彼は鷹揚に頷くと、隣に立つ自分の息子に問いの矛先を向けた。

 「軍隊同士の戦いでは不利になると、そう愚考いたしします。」

 そしてアーノルドからの打てば響くような返答に王は手を叩きながら数度頷いてみせる。

 「流石は我が息子、その通りだ。彼らがいかに強力であろうと所詮は二人。大勢を覆すには数が足りぬ。少なくとも今までのような形での勇者の運用では、な。しかし反面、ヴリトラは古龍と言えどただの一匹。信望者には強者も交じるが、こちらの数で抑えきれぬ程では無い。よって此度の勇者達はヴリトラとの戦いのために遣わされたのだと、私はそう解釈している。」

 朗々と話す王とその隣でなるほどと頷く王太子。しかしそんなスレインの最高権力者二人へ、エリックは尚も食い下がる。

 「であれば尚更、他の2国に協力を仰ぐべきでしょう。我が国のみで事に当たり、国力を下げてはラダンとへカルトが得をするだけでは?」

 「ハイドン卿の心配は尤もだ。が、これが都合の良いことにヴリトラの手勢はそう多くない。何千程度の兵力を有すると考えられるヴリトラを相手するには勇者達と精鋭数万のみで良い。我が国の防備に人員を割く余裕はある。」

 「しかし陛下、そうまでしてスレイン一国でヴリトラに対処する必要があるのですか?」

 重ねて成される問いに、しかし王はそれを予期していたかのように全く動じた様子を見せない。

 「当然だとも。これを成し得たならば、形を持ってその理由が知れると約束しよう。また余が長らく危ぶんできたこの国の問題も、遂に解決できよう。……ゴホン、さて、これより余はアーノルドと討伐隊を迎えねばならん。話はここまでだ。卿にはできれば攻勢の片翼を担って貰いたかったが、その境遇や気持ちを鑑み、今回は国の防衛に当たって貰いたい。引き受けてくれるか?」

 言い切り、王は返事を待たずに踵を返し、アーノルドも続いて俺とソフィアの潜んでいる、玉座の方へと歩き出す。

 「……お気遣い、感謝致します。防衛の任、しかと勤め上げさせて頂きます。それでは。」

 言外に話は終わりだと告げられたエリックは半ば開けていた口を閉ざし固い一礼をして、赤い絨毯の上を引き返して行った。

 大扉から出ていくエリックを見送り、アーノルドが笑う。

 「……ははは、いくらハイドン家当主に成りたてとは言え、青臭い。」

 「懐かしい、の間違いではないかアーノルド?お前も卒業したての頃は同じような……」

 「はぁ、何年前の話ですか父上。あの頃は現実を見据えていなかっただけです。」

 「くくく、そうかそうか、それは悪かった。」

 そして、この国最高位の親子が他愛無い話をしながらこちらに近付いてくるのを聞きながら、俺はカーテンの影に完全に隠れた。

 エリックの奴、大変そうだなぁ。ただ、できればファーレンで培った価値観は大切にして欲しい。

 あのアーノルドって王子様はもう捨て去ってしまったみたいだけどな……。

 「……おいソフィア、まだか?」

 「さっきから何回終わったと言わせれば気が済むんですか……。」

 焦り気味に隣へ囁やけば、そんな不満気な声が返ってきた。

 「え?」

 顔を向ければ女装メイドのジトっとした目。そんなソフィアの前には人一人がギリギリ入れるぐらいの穴、というか壁の隙間が空いていた。

 ……どうやら俺は盗み聞きに集中し過ぎていたらしい。

 「先に行きますか?」

 「レディーファースト。」

 「……面白くないですよ。」

 目がさらに据わった相方にすまんすまんと謝罪して、俺はさっさと宝物庫へ続く筈の道へと足を踏み入れた。

 『ん?今しれっと“筈”と言うたか!?』

 さぁ、知らんな。

 「隊長さん、早く!」

 「お、おう。」

 小声で急かされるまま、俺は洞窟の中を進んだ。


 左右と天井は煉瓦で覆われ、歩く地面は不揃いな大きさの、平たい石を隙間なく敷き詰めたなだらかな下り坂。

 一昔前のダンジョンゲームを連想させるそこを、足音を立てず、白く輝く松明――手頃な棒に魔法陣を描いた紙を巻き付けたもの――を片手に歩きながら、俺はどうしても理解できずにいた。

 ……さっきから分岐点が一つとしてないのであある。爺さん、迷路だなんだって、まさかとは思うが、ふざけてたんじゃないだろうな!?

 『違うわ!ったく、後ろを振り返れ。それで分かろう。』

 後ろ?……ああ、なぁるほど。

 振り向けば、等しい大きさの洞窟がズラリと並んでいる光景。このうちのどれか一つから俺とケイは出てきたらしいものの、残念ながらどれからなのか見分けが付かない。

 要はこの洞窟、“行きはよいよい帰りは怖い”を地で行くタイプか……。

 『わしの出番は帰り、ということじゃの。』

 了解、疑って悪かったよ。

 ん?待てよ、じゃあ初めから王城の隠し通路を探せば良かったんじゃないのか?

 『ハッ、何を言うかと思えば。スレインの王城の地下にはお主の向かっておる宝物庫の他に、王族が脱出するための抜け道や罪人を収容する拷問部屋、さらには秘蔵の酒類の貯蔵庫まであるのじゃぞ?一つ一つ見て回っておったら日が暮れるわい。』

 どっちにしろ日が暮れたのかよ!

 「どうかしましたか?……大丈夫、ですよね?」

 俺と同じ松明を左手に持ったケイが、俺に吊られて背後を向き、不安そうに聞いてきた。

 苛立ちが顔に出てしまったか?

 ちなみに彼の服装はいつも、というか本来の、赤黒いマント、かわって俺も、フード付きジャケットといつものズボンにに着替え済みだ。

 「ああ大丈夫。ちゃんと把握はしてる。」

 「なら良いですけど……。」

 [……これで良いのかしら?えっと、聞こえる?]

 !?

 急に耳元で声がした。

 念話!?しかもこの声……

 「ユイか!?」

 [良かった、聞こえているみたいね。あなた、今何をしているのか知らないけれど、今すぐ王城に向かって。]

 ……もう来てます。

 「どうかしましたか?「しっ。」え?」

 気が動転している俺の傍らにやって来たケイに対し、口元で人差し指を立てて見せ、静かにするようジェスチャー。

 歩きながら念話を続ける。

 「なんでまた王城に?毒竜討伐は終わったのか?」

 [ええ、昨日の夜に終わらせたわ……ほとんどヒイラギさんが……。どうもアオバ君が途中で帰ってしまったらしくて、その、張り切ってたわ。]

 ……そうだな、カイトはこっちで大活躍してくれたもんな。

 忌々しいことに。

 「ま、無事に終わったんなら良いじゃないか。」

 [話は終わっていないわ。それなのに、騎士団の人達が私にお礼がしたいってことで王城に呼ばれたのよ。]

 「ほぉ?良かったじゃないか、目一杯ふんだくってやれ。……そういやお前達は今はどこにいるんだ?」

 [えっと、ティファニアの城壁が見えてきた辺りね。]

 ……もう少しで討伐隊がここにやってくる、と。ちょっと急がないといかんな。

 「ケイ、急ぐぞ。あと一時間もしない内に勇者が増える。」

 イヤリングを両手で覆い、俺の声がユイに聞こえないよう注意しながら伝言。それにケイが頷いたのを確認し、俺は小走りで洞窟を進んでいく。

 爺さんの言葉によれば、行きは迷うことがないらしいし、たぶん行きに関しては迷いはしないだろう。

 [ねぇ、聞こえているかしら?]

 「んあ?なんだ?お礼をされるんだろ?自慢したかっただけじゃないのか?」

 [違うわよ!そんなことでわざわざ連絡を取らないわ。……ただ、突然王城に呼ばれたのよ?その、危ないでしょう?]

 危ない?……あ、そういや1年前にユイの暗殺計画が建てられてたんだったけか。

 「あー確かになぁ。フェリル達は?招かれなかったのか?」

 [招かれたのは私一人だけよ。他に王城でのお祝いに参加するのは騎士団の上の方の人達とアイだけ……お願い、あなたなら、元勇者である私をスレインから預った責任者として来れるでしょう?]

 なぁるほど、その理屈であれば、俺もユイの付属品として参加できるかもしれんな。

 「……でもまぁ大丈夫だとは思うぞ?あのとき、王様自身もお前の処遇に納得してくれてたろ?」

 [まぁ、そう、よね。……ええ、大丈夫よね。きっと。]

 ここまであからさまな強がりはなかなか無いと思う。本人がわざとやっているかどうかは知らんが、俺の罪悪感を刺激するのには十分だ。

 ……まぁ元々同郷の三人には罪悪感だらけってのもある。

 「はぁ……ルナは?」

 ため息をついて少し考え、提案。

 [え?ルナさん?もしかしてやっと仲直りをする気に「いるのか?」……ええ、私が抱き着いているけれど、代わる?]

 「いいや、やめておく。」

 どうして抱き着いているのかは……ま、ユイだし不思議は無いか。

 [そう……。]

 「ああ。……それで、ルナに同行して貰ったらどうだ?ボディガードには文句無しだろ?お前の奴隷って事にして連れ歩けるし、駄目なら壁際に待機させておくだけでも良い。ルナは魔法も達者だしな。……ふんぬ!?」

 突如、額に強烈な衝撃が走り、俺はもんどり打って背中から地面に倒れ込んだ。

 [ど、どうかしたの!?]

 「イツツ……何……あーいや、うん、何でもない。気にするな。」

 額を抑えたまま顔を上げ、何にぶっかったかを理解して、俺は心配してくれるユイに申し訳なく思いながらもそう言った。

 さて、俺の目の前には何もない。……先に続く道すらも。

 そう、要は行き止まりに気付かないまま硬い壁と正面衝突しただけ。

 「っ!っ!っ!……」

 背後でケイの押し殺しきれていない笑い声を聞きながら、俺は無言で立ち上がる。……なるほど、これがドビーに邪魔されたときのハリーの気持ちか。

 ……知りたくなかった。

 しかし、左右を見ても煉瓦のみ。つまりここは正真正銘行き止まり。

 爺さん、もしかして……

 『うむ、そこじゃな。』

 よぅし。

 「ケイ、出番だ。」

 「は、はい……ぷふっ……。」

 おいこら。

 「そんなに笑いたいんならお前のその右脇、全力でくすぐってやっても良いんだぞ?」

 「そ、そんな必要はありませんよ、ええ、笑ってませんから、全く。こほん、仕事柄、咄嗟に笑うなんてことは致命的ですからね。」

 嘘つけ。

 俺と目を合わせないようにしたままケイは前に進み出、行き止まりの壁――おそらくは宝物庫への扉――に左掌を押し付けた。

 「どうだ?合ってるか?」

 「……ええ、錠があります。この堅牢さからして、当たりです。」

 よっしゃ。

 『のう、もう少しわしを信用しても良いんじゃぞ?』

 信用してるさ、今のはただの確認だ。

 あ、忘れてた。

 ケイの肩に手を乗せる。

 「隊長さん?」

 「うっかりしてたよ、魔素集めは任せろ。」

 「あは、そうでしたね、よろしくお願いします。」

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