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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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職業体験:召使い

 時折、冗談ではなく、自分を天才なんじゃないかと思うときがある。

 今がまさにその瞬間。

 今いる部屋の唯一の出入り口に背中を預けた俺の前では、指輪からぞろぞろと現れたアンデッド達が、それぞれ肩に担いできた夢の世界の住人達を丁寧に寝かせていく光景。

 そう、この復活の指輪に描いた魔法陣を活かし、俺は眠らせた何人もの人達をヘール洞窟に一度送ってしまうことで、彼らの運搬を難なくこなす事に成功したのだ。

 ああ、なんと素晴らしいアイデアか。我ながら惚れ惚れする。

 『わしは初めから気付いておったがの。』

 じゃあ言えよ!こんなことになる前に!

 騎士やらメイドやら執事やら、骸骨やゾンビによって部屋に寝かせられていくのは総勢16人もの王城関係者。

 つまり、この方法に気付くまでにそれだけの人数に見つかり、それだけの人数だけ脅し、眠らせ、またそれだけの人数をヘール洞窟へ転送してきた訳だ。

 引き摺る数が2桁になったとき、もうバレるのを承知で置いていこうとまで思ったなぁ。事実、バレてさらに6人に薬を飲ませる事になったし……。

 『フォッフォッ、あの慌てように途方に暮れよう、大いに笑ったわい。』

 クソジジイめ。

 『聞かれれば答えてやったというのにのう。』

 迷路如きに一日掛かった御老人にこれ以上頭を悩ませる訳には行かないだろ?ああ、俺はなんて優しいんだ。

 『あれは本当に難しかったんじゃ!』

 ハッ、どうだか。

 「ご主人、完了いたしました。」

 と、骸骨の一人が俺の前に跪き、下を向いたまま、どこから出してるとも分からない声で報告してきた。

 「お、ご苦労さん、戻っていいぞ。」

 「ハッ、ウナム小隊、これより帰還します。」

 言うやいなや、そいつは俺の右手を――正確には中指の指輪を――骨の手で包み、同時に他のアンデッド達が近くの同類の肩に手を乗せ、繋がる。

 「え、小隊?」

 そして聞こえた妙な単語を俺が問いただす前に、動く死体達は目の前から消えた。

 ……サイの奴、何やってるんだ?

 まぁいいさ、それより今はケイに会うことが先決だ。

 気配察知で外に誰もいないことをまずは確認。

 モップとバケツを掴んで外へ出、足で閉めた扉に魔術錠が掛かったのをしっかりチェック。

 そうしてようやく、俺はケイの捜索を開始した。


 重い両開きの扉を押し開け、踏み入れた先は、絢爛豪華な大広間。

 扉から伸びる細長い赤の絨毯は部屋の一番奥の半円状の階段まで届き、その階段を上がったところには人生に一度は座ってみたいと思える玉座がある。

 そしてその玉座を隠すためではなく、より立派に魅せるよう、濃い紫のカーテンが玉座の背後に垂らされていた。

 ……加えて、もし爺さんの話を信じるならば、あのカーテンには宝物庫への入り口を隠す意味もある訳だ。

 『信じぬか!』

 へいへい。

 カーテンの上端は天井までは届かず、それぞれの間にはスレイン王国の大きな御旗。

 天井には規則的な曲線模様が描かれており、吊るされた繊細な細工を施された金色のシャンデリア達がキラキラと華やかに輝いている。

 床と壁には鏡のように磨かれた白い石が使われ、上から降り注ぐ金の光を部屋全体に行き渡らせていた。

 「ふぅ……。」

 懐かしさについつい息が漏れる。

 何せ俺の背後の大扉が繋ぐ部屋、この大広間に入る前の待機室であるそこは、3年前、俺が勇者としてこの世界に召喚されたまさにあの部屋であり、この謁見の間こそが俺が勇者を辞めてしまった場所であるからだ。

 お姫様の頭を取り落として怒鳴られたり、魔色の問題で笑われたりと、碌なことが無かったが、今となっては感慨深い物がある。……まぁ多少は。

 さて、俺がここににいる理由は簡単、パーティーでも予定されているのか、王城の召使い達がここに総動員されているから。

 今も燕尾服を着た執事達により、幾つもの丸いテーブルが決められた位置に丁寧に――十字型の一本足の向きまで揃えて――連ねられ、そのそれぞれに白いテーブルクロスがシワ1つ無いようメイド達によって掛けられている。さらには磨き上げられた金属覆いを被った大皿が次から次へと運び込まれ、ベッドメイクならぬテーブルメイクがされた端から、整然と並べられていく。

 忙しないように聞こえるかもしれないが、彼らは優雅な立ち居振る舞いを崩さないまま、テキパキと仕事をこなしていっている。

 ただ気になる点としては、たまにこちらを見る執事達の目が侮蔑、とまではいかないものの、似たような感情を伝えてきていること。

 清掃員の服装は確かに場違いだとは思うが、そこまで睨まなくていいと思う。

 「……あそこか。」

 そんな召使い達の中、偽物だというのにほとんど違和感を感じさせずに働くメイド、ソフィアを見つけた。

 「待ちなさい!貴方の持ち場はどうしました!?」

 早速そちらへ向かおうとした瞬間、横から鋭く、綺麗な声が飛んできた。

 「え?あ、いや……っ!」

 そちらを向き、顔を上げて言い訳をしようとした俺は、慌てて目を相手の足元に向ける。

 ……そうだよな、やっぱりいるよなそりゃ。

 「“いや”?何か理由がおありですか?」

 久々に聞く声で、長い金髪と耳のメイド、3年前とほとんど変わらない姿のミヤさんが、その美貌に訝しげな色を浮かべ、詰問気味に聞いてきた。

 「そ!その、なにか、お手伝いできることは無いかと思いまして、ええ。」

 内心の動揺を、自身の胸元を掴み、握り、声に出ないよう努めて押さえ込む。

 もしや声音でバレるか?いや、流石に3年も前に会ったきりの奴の声を判別できはしない、よな?マスクで篭ってしまってもいるし。

 「……なるほど、貴方の仕事は?」

 「一階をちょうど終えたところです。」

 正しくは1階半だが、それでは中途半端だと思われる。キリの良いところで助っ人に来てみたってぐらいが良い塩梅だろう。

 「……良いでしょう、今は手が足りません。こちらに来なさい。」

 え?

 首を傾げる俺をよそに、ミヤさんはそのままカツカツと歩いていき、俺は慌ててその後を追う。

 「あの、どこに?」

 「いつ討伐隊の方々が帰ってくるかも分かりません。手伝うにもその服装を見られては失礼に思われます、加えて格好が付かないでしょう?ですからこれより執事服に着替えてもらいます。」

 ちょっと待て、それは不味い!

 執事服では、マスクを外さないと不自然だ。そのときミヤさんに顔を見られたら確実にバレる!もし見られてバレなかったらそれはそれで心が折れる!

 「あ、いえ、そんな、気を使われなくても……」

 「気にせずとも、予備の物ならいくらでもあります。」

 「あーえー……あ、執事の方々に不快に思われてしまいませわか!?しがない清掃員なんかに執事服を着せてしまって。」

 俺へ向けられていたあの目や表情が脳裏に浮かび、思い付きを口にする。あの態度からして、執事と清掃員とは対等ではないだろう。たぶん。

 途端、大広間の隅の出入り口に手を掛けたミヤさんは、そこでピタリと動きを止めた。

 「……まだそのような下らない事が続いているのですか?」

 ん?

 「まったく、ついこの間彼らの貴方達清掃員への虐めを咎めたというのに。仕方ありません、ここはメイド長としてもう一度キツく……」

 くるりとメイド服のスカートが回り、彼女は召使い達が今も作業している方へと向かおうとする。

 おっとぉ!?

 「虐めなんてあれからありませんよ!随分と働きやすくなりました。メイド長には感謝してもしきれません!」

 若干慌てて通せん坊。

 ていうかメイド長だったんですね、流石ミヤさん。

 ただ、そんな事情があったなら先に言ってくれ!

 『無理じゃろ。』

 そうだけれども!

 「そうですか、ならば問題ないでしょう。」

 言って、再びくるりと回ってミヤさんが大広間の外へと歩き出す。

 「い、いや、それでも不快には思うのでは……。」

 「私が皆を平等に扱っている事を知らしめる良い機会ですね。」

 なんて凛々しい人だろう。

 仕方ない。いざとなれば夢の世界へもう一人丁重にご案内だ。



 結局、顔を覚えてくれているかどうかという究極の問いをする勇気は出せず、俺は風邪気味の振りをして、マスク着用を了承して貰った。



 「格好いいと思うです。」

 「ああそうかい、お前も可愛いよ。」

 嵌めた左右の白手袋にそれぞれ覆い付きの銀皿を乗せつつ、燕尾服の窮屈さを堪えて厨房から大広間への廊下を歩きながら、隣を歩く女装メイド、ソフィアのお世辞に素っ気なく返す。

 「ありがとうです。……それで、分かったです?」

 「ああ、玉座の裏だ。」

 「つまりあのカーテンの後ろです?」

 爺さん?

 『その通りじゃ。』

 「正解。」

 銀の大皿を両手で抱えて歩くソフィアに頷く。

 「仕掛けるのは今夜でいいか?」

 「いいえ、今すぐ解錠に取り掛かるです。この準備がなんのためか聞いてないです?」

 聞かれ、俺は斜め上に目を向けて記憶を探る。

 ……確かミヤさんが……

 「……討伐隊が帰ってくる……ってまさか毒竜の奴らか!?」

 「はいです。このままだと勇者の数が倍になる上に、帰ってきた騎士達で夜の警備が強化されてしまうです。」

 なるほど、事を急く理由には十分過ぎる。

 「でも他の召使い達にバレないか?」

 「むしろ今の彼らは忙しいので、隠密スキルを使うだけで事足りるです。幸い、隠された扉がカーテンの後ろにあるのも好都合です。……ただ、あのメイド長には確実にバレるです。お願い、できるです?」

 「へぇ、流石ミヤさん。」

 「……隊長さん?」

 「い、いや、何でもない。分かった、任せろ。それより腕に支障はないか?」

 「問題ないです。」

 「そりゃ良かった。そんじゃ、頼んだぞ。」

 「任せるです。」

 大広間に入ってソフィアと別れ、規定の位置に料理を置きに行く。

 さてさて、どうしようかね?

 考えながら、硬い床を鳴らして歩き、片方の銀のUFOを目的のテーブルに乗せ、その場で回して向きを調整。うん、完璧だ。

 そしてもう片方の料理も同様にして置き、再び厨房へ向かおうとしたところで閃いた。

 G!


 召使い達が出入りし、次々と銀の皿が次々と運び出されていく城の厨房、様々な料理の香ばしい匂いが立ち込めるそこは見渡す程に広く、何人ものコック姿の人達がその腕を振るい、必死に働いている……いや、いた。

 「キャァァァァッ!」

 「ドゥうぉぉぉッ!?」

 「こっちに来ないでェッ!」

 今回召喚した悪魔の数は、出血大サービスで10匹程。大きさも全長7〜9cmと、我ながら驚きの気前の良さ。

 しかし、元の世界には全長20cmもあるマダガスカルゴキブリなるものがいるんだからまだまだという見方もできるかもしれん。

 ……しかも食用らしいから驚きだ。

 閑話休題。

 厨房の出入り口付近の台の上に用意された銀皿を受け取る直前にそれらを放ち、腰が抜けたように尻餅をついて、あとはそれらをカサカサカサカサ蠢かせるだけ。

 それで狙い通りの大騒ぎを起こせた。

 「そこにいるぞぉっ!」

 「フレア……と、飛んだっ!?」

 「イヤァァァァァ!」

 執事達や料理人達は、本来の仕事そっちのけで討伐しようと躍起になっているが、魔法を使おうにもここは狭い部屋の中、悪魔達の恐るべき瞬発力も相まって、怖気立たせる昆虫共は、一匹足りとも攻撃を当てられていない。

 メイド達は言わずもがな戦闘不能。ただただ悲鳴を上げるのみ。

 阿鼻叫喚とはまさにこのこと。

 くぅぅ!やはり気持ちいい。

 10匹の並列操作は正直言って負担が大きく、集中を途切れさせてしまうとただ厨房をくるくる回る、玩具のような動きに成り下がる。

 この恐怖は異様な素早さで縦横無尽に、ときには空中殺法を見せてこそ。たとえ本物のヤツ等を見た事がなかろうと、その動きが本能に訴え掛けるのだ。

 したがって今の俺は最初に尻餅を付いた体勢のまま、ただブルブル震える無様な演技を晒してしまっている訳だが、なに、それだけの甲斐はある。

 あとはこのまま、ミヤさんが異変に気付いてやってくるのを待つのみ。そうすればソフィアも本来の仕事に移れるだろう。

 と、肩をちょんちょんと叩かれた。

 「た、たた、隊長さん、あれ、どうにかならないんですか!」

 見ればソフィアが怯えて……どうしてここにいるんだこいつはァッ!?

 「おいこら、大広間にいるはずじゃなかったのか?」

 「あ、あのメイド長がずっと睨みを利かせているせいで、サボる訳にもいかないんです。」

 「じゃあ今から解錠に向かってくれ、ミヤ……メイド長がそのうちこっちに来るだろうさ。」

 「え?じゃあこれは……。」

 ここまで言って、やっと察してくれたらしい。

 大きくゆっくりと頷いて見せると、ソフィアの俺の腕を握る力が少し弱まる。

 「その通り。ほら行け。何ならこれを口実にメイド長をこっちに向かわせろ。」

 「は、はい、分かりました、です!」

 背中を押してやると、動揺を全く隠せないまま、ソフィアは謁見の間へと走っていった。

 「ギャァァァァッ!そのスープだけには入らないでくれ!」

 おっと危ない。

 集中を欠いた隙に棚から落ちてしまった一匹の羽根を開かせて、香り立つスープを避けさせる。

 うん、食べ物を粗末にしたらいけない。

 そのままG達を操り続け、彼らを逃げさせ、隠れさせ、たまには体当たり紛いの事までやらせる。そしてそうすること数分、俺を含めてこの場にいる誰もが疲れを見せ始めたとき、目的の人物がやっと現れた。

 「何をしているのですか!?」

 「悲鳴が聞こえたけど……え、大丈夫!?オレに何かできることは?」

 「パタパタ!」

 かなり厄介な人物、カイトと一緒に。

 こいつには顔を見られる訳にはいかない。マスクだけの簡易な変装じゃああっさり見破られるに違いない。

 彼の傍らにいるノーラも同様だ。

 ったく、城の案内なら他の場所もあるだろうってのに、どうしてここに……ああ、ノーラのあの埃取りを俺が落としたせいか……自業自得かよチクショウめ。

 そして俺は彼らのいる目の前で尻餅を付いている、と。背中を向けているだけ幸いだと考えるべきか。

 半ば必死になって目線を前に固定。服の下は冷や汗でびっしょり。

 「キャッ!」

 「わっ、とと……。」

 と、メイドの一人が自身の足につまずき、カイトが素早く動いて彼女を抱き留めた。

 その間に俺もこっそりと立ち上がる。

 「ゆ、勇者様、ありがとうございます。」

 「何があったの?」

 「その、恥ずかしながら……「勿体ぶっていないで言いなさい、仕事が滞ってしまっただけの理由はあるのでしょう?」……は、はい!」

 返事をするも、カイトに身を半分預けたまま、ミヤさんに急かされたそのメイドは滔々と話出し、俺は隠密スキルを併用してゆっくりと3人の背後へと回る。

 「虫?」

 「は、はい、その、あ!あれです!」

 食器の影に潜めさせていた一匹が表に出るなり、バっとそれを指差すメイド。

 良い反応だ、大いに助かる。

 「あ、あれかぁ……あはは、なるほど、怖かったね。」

 「は、はいぃ。」

 「ただの虫ではないですか。この程度……きゃッ!」

 呆れたようにミヤさんが言った直後、10匹全てが行動を再開、彼らはブワッと辺りを不規則にカサカサ走り出す。

 いつもは凛々しいミヤさんもこれには可愛らしい悲鳴を漏らし、他の皆は言わずもがな。

 流石の勇者も為すすべなく、メイドさんと抱き合うのみ……けっ。

 俺はミヤさんには申し訳ないとは思いつつ、魔力の限りを尽して存在をゴキブリ達の誇示させ、最後に全てを台の下に潜り込ませて霧散させる。

 さて、これでゴキブリによる恐怖第二弾、どこにいるか分からない疑心暗鬼のはじまりはじまり。

 彼らはたぶんこの先3日4日は、風に揺れるハンカチにさえも身を震わせることだろう。

 俺はとっととソフィアの元へ向かった。

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