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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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ディスガイズ

 楕円型の月の下、ティファニアのど真ん中に位置する王城の、格子状の柵が降ろされた正門の上。そこで槍を片手に堂々と、まるで鏡合わせのように立つ二人の重装備の騎士達は、眼下に誰も見当たらないのにも関わらず、だらける様子を微塵も見せない。

 そんな見上げた精神を持つ二人それぞれへと走る、銀色の光芒。

 「「痛っ!……ん?」」

 すると急に、これまた鏡合わせのように二人はそれそわれの手首辺りを手で抑え、そして不思議そうな声を漏らした。

 対称な動きで頭を傾げる2組の鎧。

 それもそのはず、何せ掠り傷が顕になっているのだ……鎧で覆われている筈なのに。

 しかし周りを見渡してもそんな現象起こした物は一つもなく、彼らの脳味噌にはとにかく疑問符が浮かぶばかり。

 そして数秒後、悩める二人はその場に崩れ落ちた。

 「お見事です。……にしても便利ですね。」

 「はは、全くだ。」

 その一部始終を一緒に見ていたケイに頷き返し、俺が右腰に取り付けた黄金の輪っかに軽く触れれば、そこにぶら下がる3本の鉄矢がシャランと小さな音を発する。

 タネは簡単。ケイ愛用の痺れ薬を薄めた液体に漬けた2本の矢を、グジスナウタルの力の一端である鋼鉄を穿つ力を付与して射た後に、“戻れ”とただ念じただけ。

 「周りに誰もいないな?」

 正門前まで移動して言うと、

 「ええ、大丈夫です。……迷惑を掛けます。」

 すぐ後ろから申し訳無さそうな相方の応答。

 その普段とのギャップに小さく肩を震わせて、俺はどこからともなく取り出した、大きめのカギ付きのワイヤーを遠心力を利用して壁の上へ放り投げる。

 「なに、大した問題じゃない。……しっかり捕まれよ?」

 2〜3度引いてカギがしっかり引っ掛かった事を確かめて、ケイをおぶった俺は、壁に足を付けて垂直上方向へ歩みを進める。

 ワイヤーを掴んで上体を支える腕には一人分以上の体重が掛かっているが、まだまだ軽い。例えケイがもう少し大柄でもなんの問題も無かっただろう。

 いつものように足場を作って空を飛ぶ事も考えたが、そのせいで何かの拍子に俺の正体がバレると不味いので却下した。それに、手札はなるべく見せたくないし、魔剣って言い訳が流石に効かなさそうだったから、というのもある。

 一歩一歩着実に歩き、ワイヤーで体を引っ張り上げて、ようやく壁の上に到達。

 そしてさっき倒れた二人の騎士の姿勢を、まるでこっそり居眠りしているかのように直してから、俺はケイをまたもやおぶり、ラペリングで壁の内側へ侵入を果たした。

 さてと爺さん、まだか?

 『まぁ、待つのじゃ……。』

 まだなんだな?

 『くっ、目が疲れるのう。』

 良いから早くやれ!

 ったく、やっぱりか……。一日も掛ければ迷路とやらが解けるだろうと思いきや、だ。チクショウめ。

 ……どうして俺は、“もうすぐ解ける、王城に入った頃には目的の場所が判明しておるわい”なんて戯言を信じたんだ……ボケ老人だと分かっていたろうに!

 『わ、わしもまさかあそこまで行って行き止まりだとは思わなかったんじゃ……。』

 知るか!さっさとやれ!

 「あの、隊長さん?」

 「あーすまん、宛が外れた。どうにもはっきりとしないんだ。……どうする?」

 「どうする?ここに来てですか!?」

 小声ながらも耳に突き刺さる頓狂な声に恐縮してしまいながらも、頷く。

 「仕方ありません、取り敢えず王城に入りましょう。近くに行けば気付くかもしれないんでしょう?」

 「あ、ああ。」

 そんな要素は全ッ然関係ないのだが、ケイにはそういう説明をしてしまっているのだ、やるしかない。

 爺さん急げ!

 『分かっておるわい!……ぐ、これも駄目か。』

 頼むぞ!?

 ケイの後に続き、足音をさせないまま走り、王城の一階部分のとある窓の下にたどり着く。窓は格子状に組まれた木の間にガラスを嵌めた両開きの物。

 中に人の気配は無し。

 頷きあって互いに索敵の確認を取り合うと、ケイは窓を一度軽く押して引き、少し考え込んだ後、片手を窓真ん中に押し当てた。

 「解錠します。警戒をお願いします。」

 「了か「開きました。」……おう。」

 一瞬で開かれた窓から、相方に続いて城内に入って窓を閉めた瞬間、それはもう動かなくなってしまった。……オートロックだったらしい。

 入った先は、今厄介になっている宿屋とあまり様相の変わらない部屋。ケイがここの色々な小部屋を物色するのを尻目に爺さんの様子を伺うも、あーとかうーとか言うばかり。

 ……先は長そうだ。

 と、物色し終わったのか、ケイが人差し指を唇に押し当てながら手招き。俺と目が合うと、そのままスッと部屋から出ていった。

 静かに付いて来いってことか。


 「今っ日も〜せっせとスイ、スイ、スイ〜♪」

 「おっ疲れさんね〜♪」

 「あ〜り〜がと……え?ぶっ!?むぉぅぅぅ……ぅぅ……。」ガクッ

 ご機嫌な様子で石の廊下に敷かれた紫絨毯をはいていた清掃員さんに労いの言葉とチョークスリーパーを背後から掛け、その意識と衣服を奪ってしまう。

 そして俺はそれまで着ていた衣服を脱ぎ、そいつの、丈が俺の尻まである大きめの白い麻のシャツと同じくだぼだぼの黒いズボンを身に付ける。

 さらにその上から埃取りやら塵取りやらがぶら下がったベルトを腰に巻き付け、あとは赤の頭巾を被れば、清掃員2号の誕生である。

 元の服はヘール洞窟へ転送した。

 「ふぅ……これで良いのか?」

 「はい、似合ってるです。」

 俺とは逆に袖やスカート丈のサイズがピッタリのメイド服を着たソフィアから賛辞が送られるが、あまり素直には喜べない。

 「じゃ、俺が足。」

 「なら私は手を。」

 二人で下着姿の清掃員さんを持ち上げて、向かうは最初に侵入したあの部屋。

 幸い、そう遠い訳でもない。

 気配察知で索敵しながら目的の部屋に入り、ベッドで寝ている下着姿の女性の隣に、運んできた上裸の男を寝かせてやる。

 ……二人が起きたときには悲鳴が上がるな。

 彼女はここのメイドさんの一人で、その衣服はもちろん、今はソフィアが着ている。

 夜中だというのに、この城は寝静まって見えるのは外見だけ。その実はどうも絶賛活動中であるらしく、彼女もせかせかと羽根を束ねた埃取りであちこちをはたいていたのだ。

 この部屋が長らく使われていない事は、今清掃員1号にメイドさんに飲ませたのと同じ薬を飲ませているソフィアが確認済み。

 「隊長さん……」

 と、飲ませ終わったソフィアがこちらを見、俺は天上のアホの様子を伺う。

 『……くっ、違う。』

 案の定だコンチクショウ。

 「すまん、まだはっきりしない。」

 「本当に大丈夫です?出直すです?」

 「……いや」

 少し考え、首を振る。

 「時間が無いんだろ?道が分かったらすぐに向かえるようにしておこう。」

 「分かったです。……これを。」

 俺の言葉に頷くと、部屋のドアに手を掛けたソフィアはふと立ち止まり、懐から何かを取り出して投げ寄越した。

 ……小さく畳んだ紙と巾着袋?

 「これは?」

 「この部屋にかけた魔術錠の鍵と、この二人に飲ませたのと同じ丸薬です。……でも、なるべく使わなくて良いように立ち回るです。」

 「ああ、了解。お前もな。もし分かったらすぐに伝えに行く。」

 返しながら、ぶかぶかのシャツに隠れたズボンのポケットに2つを突っ込む。

 「はいです。なるべく早くお願いするです。」

 言い残し、ソフィアが出ていく。

 「そうだな、同感だ。」

 頼むぞ爺さん。



 『できたぁ!』

 遅いにも程があるわこのポンコツジジイがァッ!

 子供のような歓声が頭の中で鳴り響き、俺は内心で渾身の悪態を付く。

 『ほぉ?なんじゃその態度は、つまり教えて欲しく無いのかの?ん?ん?』

 ウォッホン!良くやった爺さん!大金星だ!

 『うむうむ、そうじゃろうそうじゃろう。』

 ……。

 …………。

 さっさと教えやがれ!

 「ったく。」

 念じるだけでは飽き足らず、顔に付けた黒いマスクの下で小さく舌打ち。半乾きになったモップをバケツに荒々しく突っ込んだ。

 その拍子に水滴が飛び、廊下の窓から差し込む朝日で輝いたそれらが汚らしい斑模様を石床に描くが、そんなことはもう知ったことじゃない。

 そう、あれから爺さんの無能に付き合わされること数時間、ついに夜が明けてしまったのだ。加えて言うなら3階建ての王城の、1階部分は掃除し終えた。

 『フォッフォッフォ、仕方がないのう、なに簡単じゃ、玉座の後ろの壁じゃよ。』

 玉座だな、分かった。ったく、迷路ぐらいで一日以上掛けやがって、どうせ大したもんじゃないくせに。

 『なっ!?』

 そこから喚かれた抗議は無視。

 ……さぁて、メイド達は確か、一階でお仕事中だった筈だ。

 「おいお前!」

 早速階段の方へ向かおうとした矢先、背後から野太い声がぶつけられた。

 ビクッと跳ねて振り返れば、全身鎧がガシャガシャとこちらに走ってきていた。

 「こんなところにモップを置いていくな!」

 「は、はい、すみません!」

 なぁんだ、そんな事か。

 ペコペコ謝りながらモップとバケツを掴み、そのまま階段へ向けて……

 「待て!」

 踏み出す前に止められた。

 「な、何でしょうか!えっと、騎士様!」

 「ここの近くで怪しい奴を見なかったか?」

 「え、怪しい?」

 「そうだ、つい先程、城壁の上で薬で眠らされている騎士が二人見つかった。夜の内に侵入された可能性がある。」

 「は、はあ、それはまた物騒な。」

 冷や汗ダラッダラである。

 それもこれも爺さんのせいだ。

 「ここ、この辺りでは見かけていませんが、その、頑張ってください騎士様。では私はこれで……。」

 「待て。」

 踵を返す事さえ許されなさった。

 「ま、まだ何かありましたか?」

 「お前、いつもそんな布を付けていたか?」

 指摘されたのは俺の黒いマスク。

 「これですか?」

 変に動揺を見せることなく、口元を指差して聞き返す。

 「ああそうだ、そんな事をしていたら息苦しいだろう?何故そんな物をしている。さては……」

 まぁ真っ黒なマスクなんて怪しまれるよな、ただ、顔を晒すよりはマシだとは思う。

 それに、これくらいの言い訳なら考えてあるさ。

 「あ、あははは、嫌だなぁ、私を疑っているんですか?騎士様、これは埃を吸い込んでしまわないようにするための工夫ですよ。」

 病気の予防に使っているという理由も頭に浮かんだが、生憎とここはマスク大国日本じゃない。

 清掃員ならこっちの理由が自然だろう。

 「ああ、そうか。それは悪かったな。まぁ取り敢えず確認だけだ、取って見せてくれなべりゅッ!?」

 言葉を言い終わる直前、彼の兜がぐりんと回る。その体は宙に浮き、そして少し遅れて、騎士鎧がゴシャンと背中から石床に落ちた。

 「やっぱり駄目か……。」

 黒く変色した腕を下ろし、嘆息。俺はその場で屈み込み、変形してしまった兜をずらして騎士に丸薬を飲み込ませた。

 「……ゴク……。」

 「さて、ソフィアに会う前に一仕事追加だな。」

 袖を捲り、目の前の金属塊をえっちらおっちら引き摺りながら、俺は剥かれた清掃員とメイドの待つあの部屋へと……ッ!?

 廊下の向こうからこちらに近付いてく2つの気配。

 それを感知するやいなや、俺は最寄りの部屋の扉を開けて全身鎧を放り込み、モップとバケツを引っ掴んで中に逃げ込んだ。

 騎士を引きずる清掃員の図。このどこに不自然と思われない箇所があろうか。

 「キャッ!な、なに!?」

 「な、なんだね君は!?」

 バタンと部屋の扉を閉めた途端、背後から男女の悲鳴が上がり、

 「ッ!」

 俺は反射的に黒龍を作り出して切っ先をそちらへ向ける。

 この部屋の中に人の気配は無かったはず。もしかしてスパイか何かが潜んでい……ん?

 「ほっ……。」

 安堵の息。

 そこにいたのは、ベッドの上で抱き合い、こちらを怯えた目で見る男女。こちらに危害を加えられる様子はない。

 ……しかし、裸だ。

 床に散らかった衣服からして、二人は王城勤務の執事とメイドのよう。何をしていたのかは言うまでもない。

 真っ昼間からお熱いこって。

 「その格好、清掃員の?き、君、急に入ってきたことは許す。だからこのことは……「黙れ。」ひっ!」

 女性の前だからか、虚勢を張ろうとする男に安心して下げかけた剣先を改めて向け、威圧。

 「な、なによ!いきなり入ってきて!少しはマナーを「お前にも言ったんだ。分からなかったか?」はい!」

 女性の方も睨み付けて黙らせ、剣先を脱ぎ散らかされた彼らの抜け殻へ。

 「着ろ。」

 その一言で固まっていた二人が慌てたように仕事服へと着替え始めるのを見ながら、俺は左手でポケットの巾着袋から丸薬を2つ取り出した。


 気配遮断の魔法陣の描かれたドアに耳を当て、廊下の不揃いな2組の足音に耳を澄ませる。

 ったく、あの執事とメイド、わざわざ魔法陣を描くくらいなら鍵を掛けておけよな。スライド式の簡単なロックがここにあるってのに。

 ……まぁ掛けていても強引に突破したとは思うが。

 さて、そんなことより外だ。やってくる二人がそのまま過ぎてくれれば御の字……

 「あれ、これは……扇?」

 「あ!パタパタ!」

 くっ、二人とも目の前で止まりやがった。……まぁ、うん、何となくそうなるんじゃないかなぁとは思っていたさ。

 ていうかパタパタ?

 「え?パタ?」

 「そう!これをこうやって……いろんなところをパタパタってして綺麗にするの。ゆーしゃ様は知らないの?」

 「あ、なるほど、埃を取る道具かぁ……物知りだね、ノーラちゃんは。」

 「うん!」

 しっかし、よりによってこの二人か。……運がない。特にカイトが邪魔だ。執事かメイド辺りであればいつだって制圧できるのに。

 ノーラがどうしてここにいるのかも謎だ。

 ちなみにノーラの言うパタパタというのはおそらく、俺の腰に差してあったはずの羽根の埃取りだろう。何せ目を落とせばベルトにそれが無い。この部屋に飛び込んだときに落としてしまったらしい。

 「誰かが落としたのかな?」

 「探す!」

 「そうだね、探そっか。まずはメイドさん達のところかな。」

 よし、そのまま行け、行ってしまえ。さっさといなくなれ。頼むから。

 「勇者様!ここにいらっしゃいましたか!」

 くそったれ!

 「ドレイクさん?どうしたんですか?」

 ドレイク?

 あ、王様の命令でやられ役を演じた奴か……あのときは悪いことしたなぁ。

 「ハッ。王が勇者様をお呼びです。そちらの子供は?今朝侵入者があったと衛兵達の連絡がありましたが、もしや?」

 「あぅ……。」

 「この子は友達です。王城の中を見てみたいって言うから、簡単に案内してあげていたんです。」

 「勇者様の御友人でしたか、これは失礼。ではこれよりは私が彼女を案内いたしましょう、勇者様、取り急ぎ王の元へお願いします。……む?」

 「おじさんよりゆーしゃ様がいい。」

 何故かドレイクに一気に親近感が湧いた。何故だろう。

 「あ、こら……えっと、一緒に連れて行っても良いですか?」

 「良いでしょう、王との謁見の際、彼女には私と一緒にいて貰いますが。」

 「ありがとうございます。ごめん、まずは王様に会ってから続きをしようね、ノーラ。」

 「おー様!」

 「そうそう、こっちだよ。……それで、王様はオレに何を?」

 「王自らにお聞きください。ただ、ハイドン卿もいらっしゃるとだけ……」

 「生徒会長さん、まだ反対してるんだ……。」

 「……ええ、やはりファーレンの空気が抜け切っていないのでしょう。今回が少し特殊なこともありますが、あの学園を卒業した誰もが通る道です。勇者様、そう怒りを覚える必要はないかと。」

 「え?顔に出てますか?」

 「少し。ですが、支障はありますまい、王はこちらです。付いてきてください。」

 三組の足音が段々と遠ざかり、聞こえなくなったところで胸を撫で下ろす。

 しかし安心するにはまだ早い。

 振り返れば、薬を飲ませた鎧騎士、執事、メイドの組み合わせが熟睡中。

 俺はこいつらを一階のあの部屋まで引き摺っていかないといけないのだ。

 ……もうやる前から気が滅入ってきたぞ?

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