表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
224/346

やっぱり

 子供なりに勇気を振り絞っているのだろう、俺を睨み付ける子らの息は既に上がっていて、その足も小刻みに震えている。

 「はぁ……。」

 ため息をついて頭を振り、構わず聖武具へと石床を歩く。

 下手に殴ると殺しかねん。

 「「駄目!」」

 「「「「わー!」」」」

 すると彼らは可愛らしい雄叫びを上げて俺の両足に三人ずつ張り付き、重りとなった。

 「ったく。」

 見上げた勇気だこと。

 気にせず、そのまま彼らを引き摺っていく。

 こいつらはたぶん礼拝堂の掃除をする事になってる孤児院の子達だな。何人かの顔に見覚えが……というかノーラまでいやがるから確実だ。

 あーあ、怖がらせちゃったなぁ。

 『のう。』

 ん?

 『カイトが王城に戻ったぞ。』

 は!?

 『転移したようじゃな。目的は知らんが。』

 カイトがいるのは王城なんだよな?そこからこっちに来る可能性は?

 『心配する暇があったら急がんか。』

 それもそうだ。

 「くそっ、邪魔だ!」

 すまないとは思いながらも乱暴に足を振り、子供達を足から振り落としに掛かる。

 が、しかし、案外しぶとい。

 このままではカイトが来たら逃げられなくなる!

 「ったく、痛くても知らんぞ?」

 屈み、一人ずつ無理矢理引き剥がしていく。

 まずは一人目。

 「こんの……!」

 脇を持ち、へばり付いたそいつをグイと引っ張る。

 「やぁ!」

 どうにかこうにか、ようやっと俺の足から手が離れると、そいつは今度は顔をポカポカ殴ってくる始末。

 だぁー面倒臭い!暴れるんじゃない!

 「ひぅ!?」

 瞬間、その子が固まった。蛇に睨まれたカエルのように口をパクパクとさせ、かと思うと遅れてその目から涙が溢れ、ついには号泣し始める。

 直後、かなり久しぶりな声が頭に響いた。



 スキルを習得しました。



 name:コテツ

 job:冒険者 職業補正:対魔物攻撃力アップ

 skill:双龍剣術 魔素式格闘術 隠密 気配察知 完全鑑定 超魔力 成長率50倍 威圧



 威圧、ね。そうか……もしかしてクロウが泣いたのはこのスキルの片鱗だったのかね?そんでさらに子供を脅してスキルに昇華された、と。

 ……ま、まぁ良いさ、今は四の五の言ってられん。

 あと爺さん、ネタは割れてるんだから裏声なんて使わなくていいぞ。

 『録音じゃ。』

 あっそ。 

 そのまま二人目、三人目……と引き剥がし、その都度威圧する事でさらなる動きを竦ませる。

 そうして遂に六人目、左足にコアラのように両手両足でしがみつくノーラの、まずは両腕を掴んで放させる。

 「や!」

 すぐさま彼女はガチリと両足を俺の足首に巻き付けてきた。

 で、ここで威圧、と。

 普段は隠密スキルで常に隠している、敵意や殺意のような物を持って相手を睨みつける。

 ……これを完璧に制御できれば、クロウを抱っこできるようになるのかね?

 「う、うぅぅ!」

 しかし、ノーラは涙目になりながら、うなり、こちらを睨み返してきた。いやはや強い子だ。他の子は今もすぐそこでびいびい泣き喚いているっていうのに。

 山椒は小粒でもぴりりと辛いとはこの子のことを言うのかもしれない。

 仕方がないのでノーラの両脇の下を掴み直し、大人の筋力に物を言わせて無理矢理足から引き離す。

 「や!だめ!」

 すぐに彼女は四肢を振り回し始めたが、どれも俺には届かない。

 ったく、こっちも時間が無いんだよ!

 「おいお前!」

 「ヒィィィィ!」

 未だに恐慌状態にあるらしい、爺さんの敬虔な信徒に近付き、ノーラをぐいと押し付ける。

 「掴んどけ。」

 「ヒ?」

 「良いな!?」

 「ヒィィィィ!」

 ショッカーか!という突っ込みは我慢。取り敢えずコクコクコクと何度も頷いているそいつがノーラを抱きすくめたのを確認し、俺はようやく聖武具へと向かう。

 煙幕で視界がかなり悪いため、半ば手探りに、長机にぶつかりつつも足早に。

 「行かせるか!」

 しかし数歩も歩かない内に脇から大質量の塊が飛んできた。

 金属鎧による右脇腹へのタックルに、堪らず横へ吹き飛ばされる。

 「がはッ!?」

 二人して固い地面に錐揉みしながら倒れ込み、

 「そこの二人!増援を!助けを呼びに行くんだ!」

 俺にのしかかった、兜を脱いだ頭から血を流している聖騎士は、ノーラ達へ、出入り口の方を指差して叫んだ。

 くそ!ふざけるなよ!

 「早ぶっ!?」

 催促するそいつの顔面に拳を入れ、その側頭部をひっ掴んでついでに頭突き。

 「ごっ!?……行、けぇ!」

 しかしそれでもそいつは――鼻が折れ、目も禄に開いていないというのに――俺の上から下りようとしない。

 「うん、わかった!」

 「ヒィィィィ!」

 「くそ、待て!」

 走り去る二人へ掌を向け、ワイヤーを……

 「俺はまだ戦えるぞ!」

 「ッ!」

 ……飛ばす代わりに、目の前の聖騎士によって振り下ろされた一組の鋼鉄の手甲を、それぞれ片手で受け止める。

 「ククク、さっきはよくもやってくれたな!俺の剣で仲間を傷つけやがって!」

 そうか、こいつ、さっき剣を奪って転がして、兜を踏んづけてやった奴か。チクショウめ、あれだけじゃ気絶しなかったか!

 「お前ら二人共々、仲間が来たら臭い飯を食わせてやる!」

 俺の両手に自身の体重を掛け、とにかく逃がさないことを第一目標にしているのか、彼にこちらを攻撃しようという意思は見えない。

 カウンターは見込めない。

 「ふん!」

 だからこちらから仕掛けた。

 「おお!?がっ!?」

 両腕を大きく開き、落ちてくる相手の頭に頭突き。怯んだ相手の手から右手を引き剥がし、相手の頭を殴り付ける。

 「っ!?この……程度か!」

 しかし、彼はすぐに俺の右手首を掴み直し、再び膠着状態になる……ように見えた。

 もちろん、さっきの拳に腰が入っていなかったのは分かっているさ。……本命はこっからだ!

 右手で相手の手首を握り返す。

 強く引っ張り、黒く染めた頭で相手の顔目掛けて頭突きを改めて一回!

 「ぶぉっ!?」

 同様に二回!

 「が!?ぁあ!」

 同じように三回!

 「あ、ぐ……。」

 そして、トドメに、四回ッ!

 「が……。」

 そこまでしてようやく、打撃を受け続けたために顔を痛々しく腫れ上がらせた聖騎士は、力なく俺の上に崩れ落ちた。

 「ふぅ。」

 金属鎧を押し退け、長机を支えに立ち上がる。今度こそ聖武具を……

 『来るぞ!』

 チクショウめ!

 急ぎ、聖武具のある器へと走る。

 長机にぶつかってそれらドミノのように倒してしまうのはこの際だ、構いやしない。いや、構ってはいられない。

 そして背後で何かがの割れる高い音がし、直後、

 「そこまでだ!」

 風が吹き、煙幕が薄まる。

 背後から感じられるのは、忌々しくも強い気配。

 「……来たか。」

 聖水の満たされた器まであとニ、三歩。だが後ろのこいつは無視できる相手じゃない。

 「手を挙げて、手の平を見せるんだ!早く!ゆっくりとだ!」

 どっちだよ……。

 「早く!」

 了解、早く、ね。

 催促に大人しく従い、万歳した形で振り向けば、白銀の鎧を着込んだカイトが聖剣の切っ先を俺に向けていた。

 兜は無い、忘れたのかね?

 視線を少し上げれば、ステンドグラスが割れて人一人分の穴が開いているのが見え、そこから月光が差し込んでいるのが分かる。

 「オレにはあなたを殺すつもりはない。だから大人しく捕まって……「どうして分かった。」……どうして?」

 聞きながら、後ろにほんの少しだけ下がる。

 「分かっていたのか?この襲撃の事を。」

 「いいや、オレは忘れ物を取りに帰って来たたけだよ。嫌な予感がしてこの近くを通ったら、ノーラちゃんが教えてくれたんだ。オレのいない時を狙ったみたいだけど残念だったね。もう少しで聖騎士達もやって来る。終わりだよ、諦めるんだ。」

 さらに、下がる。

 「動くな!」

 「怖いんだよ、その剣が。諦めるから下ろしてくれ。」

 言いつつ、カイトを刺激し過ぎない程度に後退すれば、

 「そうは行かない!」

 ぐっと、さらに一歩詰め寄られた。

 ……これ以上は流石に無理か。

 チラと後ろに目を向ける。……よし、まだ少し遠いが、十分だ。

 あとは黒魔法で懐から煙玉を……なっ!?

 「くっ、二人!?……たぁっ!」

 いつの間にか接近して来ていた俺の相方が振るう短剣を、既の所で振り向いたカイトの聖剣が受け止め、勇者の膂力を持ってケイを押し飛ばす。

 「今!」

 ケイの一喝。俺は即座に身を翻した。

 「させない!炎よ!」

 カイトが叫び、すぐさまゴウ、と熱が迫ってくるのをうなじに感じる。

 手を伸ばし、聖武具のどれかを掴み取るなり、真横、長机の隙間に飛び込めば、白く細い炎の線が俺の頭のあった位置を貫いて行くのが見えた。

 ……何が殺すつもりはない、だ。ったく。

 !?

 次の瞬間、頭の中で数多の怨念が大合唱を始めた。

 『狙うは頭だ、心臓だ!』

 『刺して殺せ!』

 『射抜いて殺せ!』

 『隠れて殺せ!』

 『追って殺せ!』

 殺せ殺せ殺せ殺せ!

 「うる……さいっ!」

 渾身の力で地面を殴る。手袋の表面が弾け、血で滲んだ古布が顕となり、そしてジャラッとその手に握られたモノからは連なった金属音が鳴る。

 「はぁはぁ……矢、か。」

 握っていたのは、3本の金属製の矢が鍵束のように繋げられた金色の輪っか。それぞれの矢の長さは通常の半分ほど、その太さは通常より一回り大きく見える。……聖矢、名はグジスナウタル、だったか?

 狙いは龍泉だったが……まぁ無いよりはマシか。

 あぁ、くそったれめ、頭が痛い。

 「うぁぁッ!?」

 ケイ!?

 頭を抑えたまま立ち上がり、叫び声のした方にあったのは、右肩を聖剣に貫かれたケイの姿。

 すぐに輪に繋がれた内の一本を掴み、輪と繋がったその尻尾を押し捻ると、バチンと子気味の良い音がして、あたかもプラモデルのように、硬質な矢が取り外される。

 そのまま横へ一振り。太めの円筒に納められていた矢の前半分が現れ、結果、グジスナウタルは元の2倍、要は普通の矢の長さとなる。

 そして弓を作る時間も惜しく、俺はそれをダーツのようにカイトへと投げ付けた。

 ちなみにグジスナウタルの使い方は、掴んだ瞬間に何となく理解できていた。聖武具の力の一端なのかどうかは知らん。

 俺の意のままに動くように念じられた矢は、白色の光芒を引いてカイトへと伸び、カイトは剣をケイから引き抜きざまにそれを弾いてしまう。

 「あがあッ!?」

 曲がれと念じ、矢が再び軌道をカイトへ修正したのを目の端で捉えながら、俺は苦悶の声を上げたケイの元へと駆け寄る。

 「おい、大丈夫か?」

 「ぜぇぜぇ、何、してたんですか……待ちましたよ。」

 と、こちらに気付いたケイは苦笑気味にそう言った。

 「すまんな……もうこれ以上は無理だ。逃げるぞ。」

 ケイが俺の代わりにカイトを相手してくれた事で、俺がグジスナウタルの精神攻撃から復帰する時間は稼げた。

 が、自然、ケイが時間稼ぎのために相手をしていた七〜八人の聖騎士達は自由に動けるようになり、周りを見れば俺達を包囲した輪を縮め始めている。

 「ええ。」

 そんなことは百も承知だったのだろう、ケイは首肯し、よろけながらも立ち上がる。

 合図もなしにお互い、同時に煙玉を取り出し、

 「く!待て!お前はどうして聖武具が使えるんだ!」

 足元へと投げ付けた。

 煙が吹き上がったと同時に駆け出すケイ。その後を俺もすぐに追い、しかし煙を猛スピードで走って煙幕を突破してくる強い気配を無視できず、振り返る。

 鉄塊を発動。左手でナイフを逆手に持つ。

 「何をして!?「良いから行け!すぐに追い付く!」……分かりました。」

 「逃がすもんかッ!疾駆!」

 カイトが加速。そこから放たれる高速突進突き。

 対して俺は左足を下げながら上半身を横に倒し、突き出される純白の刃をナイフで下から押し上げる。

 黒い刃を滑っていく聖剣の、先へと進む力が俺の上半身を捻らせ、そうして生み出された力の流れをも利用して、俺は蒼白い軌跡を描く右拳を相手の胸元に叩き込んだ。

 硬質な手応え。

 鎧は無傷。

 が、カイトの体は宙に浮いた。

 「くっ!?……燃え……そんな!?」

 すかさず両手で握っていた聖剣から片手を離し、彼はそこにオレンジ色の炎を創り出す。

 が、しかしそれはすぐに掻き消えた。

 無色魔法を目視のみで放った俺は右手を素早く引き、体を傾かせた方、すぐ右側の石床に、その掌を押し付ける。

 同時にに右足を膝を曲げたま強く蹴り出し、全体重を右腕一本で支えながら、続く左足に斜め上へと大きく弧を描かせ、俺はカイトの生身の側頭部を思い切り蹴飛ばした。

 「ぐぁッ!?」

 吹き飛び、カイトがゴロゴロと転がっていく。

 これは……案外ノックアウトを狙えるか……?

 そう思い、両足を地に付け立ち上がり、俺が追撃に踏み出そうとした瞬間、

 「焼き尽くせ!」

 カイトの叫び声が轟いた。

 同時に白い強烈な光を放ち出した聖剣が、立ち上がりざまに振り上げられる。

 狙いも何もない、牽制の大振り。そして俺はそもそも刃の届く範囲外だ。それを恐れる道理はどこにもない。

 ……聖剣の切っ先から白熱した太い熱線が噴出し、その間合いをアホみたいに伸ばしていなければ。

 「ぬおっ!?」

 踏み込み足で地を横に蹴り、固い床に飛び込む。

 猛々しい聖なる炎は床の石をジュッと赤く溶かしながら足先を通過、礼拝堂の壁は内から容易く貫かれ、白い熱線はそのまま2階のステンドグラスを斜めに焼き切った。

 ……うん、無理。

 予定変更。右手で腰の聖矢を――いつの間にか戻って来ていた物を含めて――3本全て千切り取り、それぞれの長さを左手でいっぺんに引き伸ばす。

 「スモーク!」

 そして腕を内から外へ振り、3本の矢にそれぞれ別方向からカイトを襲わせると共に、俺は彼に向けた手の平からさらなる煙幕を撒き散らした。

 「くっ、また聖武具を!?」

 カイトが元の刃渡りに戻った聖剣で自らに纏わり付く3本の矢への対処でいっぱいいっぱいな間に逃げようと振り返れば、聖騎士達の包囲はさらに縮まっており、走り抜けられるような隙間はもう、ほとんど無くなっていた。

 が、俺は構わず走る。

 「「「通すものか!」」」

 視線の先、剣と盾で聖騎士共通の構えをした三人の重装兵が、その声を張り上げた。

 対して俺は、駆け出した2歩目で下半身を漆黒の鎧で纏い、一気に加速。

 真ん中の奴の構えた盾のど真ん中を足の裏で捉え、

 「ぐぅっ、この程度ッ!」

 「くはは、踏み台ご苦労さん!」

 次の足で盾の上端を蹴り飛ばし、大きく跳躍。礼拝堂の2階に危なげなく着地し、勢いを殺さないままダッシュ。

 斜めに細長い大きな穴が切り開かれ、そこから飴細工のような模様を垂らしたステンドグラスに突進、砕き割り、俺は白ポーンを脱出した。

 草地が遠いが、この鎧があれば問題はない。

 ……さて爺さん、ケイはどこだ?

 『それよりわしの教会がぁ!』

 知るかボケ!一応言っておくぞ、俺はあの礼拝堂を直接攻撃してはいないからな!?


 「探せ!まだ遠くへは行っていない筈だ!」

 教会通りの土の道をあちこち走り回る、何十人もの聖騎士達。その捜索対象は聖矢を盗んだ俺とケイ以外にはいないだろう。

 「隊長……さん、このまま隠れていても、いずれ見つかります。動かないと。」

 「んな事は百も承知だ馬鹿野郎。でもあの数見ろ。今ここで動いたらバレるだろうが。ただでさえこっちは禄に動けないんだから。」

 路地裏に隠れ、気配察知で周りの様子を確かめながら、俺は手負いのケイをかき抱くようにして息を殺している。

 「……すみません。」

 「しおらしいな、らしくないぞ?」

 「……それより隊長さん、どうでしたか?依頼は成功しましたか?」

 「まだだ、家に帰るまでが遠足だからな。」

 「くく、遠足ですか、懐かしいですね。……聞き方を変えます、目的の物は手に入れられましたか?」

 「ん?あ、ああ、まぁな。ほら、こいつだ。」

 一応、聖武具は手に入れられた。欲しかったのは双剣だが、背に腹は替えられまい。

 そんな気持ちを悟られぬよう、笑顔を浮かべて、矢のぶら下がったリングを懐からチラリと見せる。

 「あはは、気を遣わなくたって良いですよ。顔を見れば本心は大体分かります。……そうですか、失敗しましたか。」

 流石はプロか。アマチュアの表情制御はあっさり看破されてしまった。

 『前々から内心を頻繁に言い当てられておったろうに。』

 確かに。

 ……さて、聖騎士達の気配が十分に遠ざかったな。爺さん、遠まわりでもいい、あいつらの少ない、宿までルートを頼む。ただし最優先で避けるのはカイトだ。

 『……神使いの荒い。』

 文句は後だ。呑気に話してる余裕がない。

 『うむ、そうじゃの。では……かなり遠回りじゃが、まずはその路地裏の奥へ行け。』

 了解。

 「動くぞ。声は我慢してくれよ。」

 言い、ケイの両膝を右手で、背を左腕で支えながら彼の左肩を掴んで抱え上げ、爺さんのナビに従って走る。

 「もっと他に持ち方はありませんか?男として大事な物が無くなっていく気がします……。」

 「ハッ、何を言ってるんだ、女装愛好家が。」

 「愛好はしてません!」

 嘘つけ。

 「背負っても肩に担いでも痛いって言ったのはお前だろ?」

 「……すみません。」

 腕の中で小柄な少年はさらに縮こまる。

 随分と弱気なことで。こいつ、偽物じゃあるまいな?そんな訳はないか。

 「なに、聖武具は盗めたんだ、それだけでも御の字だよ。ったく、意気消沈するにも程があるぞ?そんな体たらくで次もやれるのか?」

 「え?……つぎ?」

 「おう、もうバレたから言うけどな、俺はあの中のどれよりも、双剣の聖武具が欲しいんだ。」

 「分かっています。隊長さん得意の武器ですからね。」

 「その通り。」

 入った路地裏の反対側の、大きな通り、王城の背中を見る事ができる、敗走道へと出た。……忌々しいぐらいドンピシャなネーミングである。

 そのまま爺さんの指示する路地裏に入り、今度は冒険者道を目指して駆ける。

 「次、ですか……。」

 「なんだ、やる気を無くしたのか?ま、一ヶ月も下準備して結局勇者様にやって来られて肩を刺されちゃあ心が折れても不思議はないか。」

 「そんな事はありませんよ。何せ一度、ただのBランク冒険者の筈の相手に、この肩の傷が可愛く思えるくらい大きく、お腹を斬られた事がありますから。」

 「ハッ、悪かったな。ま、元気そうで何よりだ。」

 「すみません。ただ……次があるとは思ってなかっただけです。……あは。」

 笑い声まで溢して随分と嬉しそうだが、こっちとしては何がおかしいのか全く分からん。

 「あーそうかい。」

 『止まれ!』

 大通りにそのままでようとしたところで制止の声、俺は急ブレーキを掛けて再び壁に背を預けた。

 「いっ!?……隊長さん、そういえば今はどこに向かっているんですか?」

 急制動が傷に響いたか、ケイが顔をしかめ、ふと何かに気付いたように今更な事を聞いてきた。

 あれだけ軽口を叩いてた割に、結構まいってるのだろうか?

 「あの高級宿屋に決まってるだろ。一泊2ゴールドの。」

 一泊二百万円の。

 「それよりも向かって欲しい所があります。」

 「今からか?」

 正直一眠りさせて貰いたい。

 「“次”が今月中なら、はい。」

 じゃあ断れないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ