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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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決行

 雲の殆どない夜空に浮かぶ、真ん丸な明るい月。

 アザゼル正教会のシンボルマークである巨大な白ポーンを輝かせる澄んだ月光は、しかし、今夜ばかりは憎らしい。

 それに趣を感じ、思わず眺めてしまうような文化や風流心があるならばともかく、巡回中の聖騎士にとっては単に夜道が明るいという認識しかないだろうからだ。

 事実、降る白い光は足元の草の一つ一つに影を落とさせる程強い。

 そのせいで、俺の今いる、白ポーンを半円状に囲む、その一角に孤児院まで設けられた3階建ての建物の陰ぐらいしか、闇に包んでくれる場所はない。

 そんな俺の意識はもちろん月へではなく、カシャンカシャンと規則正しい音をさせる二人へ向けられている。

 右手に剣を、その切っ先を上に真っ直ぐ向けて構え、左手の盾で自身の左の胸から膝までを覆い隠し、揃った足並みで歩く姿は練度の高さを匂わせる。

 そのため、完璧な不意打ちを行えるよう、つまり間違っても交戦する前にこちらの姿が見つかる事のないよう、細心の注意を払ちながら、俺は影から出ないギリギリで中腰を保つ。

 二人の気配が攻撃圏内に入るまで、3……2、

 「しっかし、今日は良い月だな相棒。」

 うぉいぃッ!

 俺の望む距離まで残り一歩というところ、2mほど先で聖騎士二人組は急に立ち止まりやがった。

 無風流だとか勝手に決め付けて悪かったよ!

 「ああ、きっと毒竜討伐に向かった彼らをアザゼル様が祝福してくださっているに違いない。」

 片方が言うのが聞こえたが、断言できる、そんなことは絶対ない。

 「そういや人づてで聞いたんだが、そこにフラッシュリザードの巣があるって話は本当なのか?」

 「冒険者ギルドがそのような報告を上げていた記憶がある。今回の遠征は来年の戦争に向けての下準備だろう。」

 剣を下ろし、その右手を腰に当てたもう一人のした質問に、信心深い方が硬い口調を崩さず答えると、聞いた聖騎士がため息を吐いた。

 「はぁ……、一匹ぐらい分けてくれないもんかね?」

 「なんだ、どこか悪いのか?」

 愚痴を聞き咎められ、俗っぽい方は首を振る。

 「いやいや、うちの子が拾い食いなんて変な癖を身につけてねぇ。それでよく腹を壊すから困ってるんだ。いつ変な、例えばあの魔法の効かない病気に掛かるかも分からん。……あれだけ下痢してどうして懲りないかね?」

 「魔法の効かない病、魔欠病だったか?だがあれは魔力の特別弱い赤子が掛かる物だ。お前の息子はもう5つだろう?」

 「分からねぇぞ、発症したら最後、助からないからなありゃ。魔力を失う新種の毒草でも食ったら大変だ。」

 「新種の毒草?フッ、明らかに考え過ぎだ。もしそうだとしても、その子に必要なのは薬ではなく父親のしつけではないか?」

 「あっはっはっは、参ったね、不甲斐ない。」

 ……魔力が弱いと掛かる、ね。

 この世界における未熟児の話なのかもしれん。元の世界では特別な装置で助かっても、こっちじゃ死ぬ運命か……。

 『うむ、まぁその特別な装置とやらで助かり、一人で生きていけるようになるまで魔力が育ったとしても、小さな魔法一つでお主が魔法の水を飲んだときと似た症状に苦しむことになるがの。』

 この世界、小さい頃から過酷過ぎだろ、改めて帰りたいと思ったわ。

 『なに、至極稀な病じゃ。』

 存在するだけでおっかないわ。

 っといけない、集中集中。

 「そうだ、そういえば相棒、お前、最近恋人ができたんだって?詳しく聞かせろよ。」

 まだ話してるのかよ……早くこっちに……ん?待てよ。

 俺は建物の濃い陰に完全に隠れていて、この二人組がお月様を見ているっていうのなら……

 チラと覗き見。

 よぉし思った通りだ、二人ともこちらに背を向けている。

 「なんだ、だんまりか?お前の好みからすると、背は低めの、可愛らしい娘だろ?合ってるか?いや、合ってるだろ。なぁ?」

 足音と気配を消したまま、聖騎士とは思えない俗な話をしている二人の背後へ接近、まずは外側、白い建物の壁からより遠い方に立つ、新しい恋人ができたらしい聖騎士へ。

 彼の右足のすぐ後ろに俺のそれを下ろし、俺はそこを軸に体を右回転。

 「むぅ、まぁ、当たらずとも……遠からずぅぅぅ!?」

 呑気に返事しようとした彼の顎骨の下を背後から掌底気味に掴み上げ、俺の体の回転に無理矢理巻き込む。

 背後に倒れるところで俺の右腰に彼のそれが引っかかり、そこを支点に金属鎧がグルンと縦回転。完全に宙に浮いてしまった全身鎧を、重力に遠心力にその他諸々の力でもって、後頭部から地面に叩き付けた。

 足元の短い草ではクッションになんぞなり得ない。

 「なっ!?相ぼ……っ!」

 ゴシャンッという派手な音を聞きつつ、突然の事態に反応が遅れている子持ちの聖騎士へと左足を踏み込む。

 剣を振りかぶろうとする右手を左手で奪い、引っ張り、右手で握り直してさらに引き、そいつの右肩を抑え付けるように押しながら、踏み込み足を軸にぐるんと時計回りに横回転。

 バランスを崩し、なされるがままに円弧を走る聖騎士に4分の3円を描かせて勢いを付け、そいつを壁に、頭から投げ付けた。

 ぐわん、と良い音。

 そいつの剣と盾が地を覆う緑の上に落ちた。

 「く……この、やろ……う。」

 それでも壁に両手を押し当て、手掛かりにしながら、何とか立ち上がろうとするパパさん聖騎士。

 「ったく、さっさと気絶すりゃ楽だったもの、を!」

 「ぶっ!?」

 俺の腰丈まで上がってきた彼の頭を、背後から強く蹴って壁に再び激突させた。

 「うぅん……。」

 二人目の聖騎士の沈黙を確認。

 気配察知で建物の中を探ってみるも、誰かが起き出した様子はなし。

 周りは……

 「……なぁ、向こうから何か聞こえなかったか?」

 「あん?気のせいだろ。」

 「いや、したって、絶対。」

 ……おっとこりゃいかん。

 近付いてくる2組の気配に大いに焦りながら、2つの鉄の塊のそれぞれの腕を掴んで、ずるずると俺が隠れていた陰の中へ引き摺っていく。

 「どうせいつもの心配性だろう?」

 「絶対に聞こえたんだって、それに、俺の勘はよく当たるんだ。」

 「はぁ……結局は勘か。仕方ない。」

 ったく、勘の良い奴は嫌いだよ、ホント。

 あーチクショウ、全身鎧なんて着込みやがって、引っぱりにくいったらありゃしない。聖騎士達も少しは人の苦労を考えてくれないもんかね?

 『お主は鎧をなんじゃと思っておるのじゃ。』

 今はただのおもりだ。

 『う、うむ、まぁ、そうじゃの。』

 建物の陰に半ば倒れ込むように飛び込み、二人のフルアーマーを月明かりから逃れさせる。

 そして入れ替わりに同じ鎧を着た二人が現れた。

 「ほら、言っただろう?」

 「いや、確かに音がしたんだって。」

 うるさくして悪かったよ、騒がせた事は謝るから帰ってくれ。

 「そうかそうか信じるよ、しかし少なくともここには何も無いみたいだろう?さっさと見廻りに戻ろう。」

 勘の良くない方が良い方に言い、来た道を戻っていく。

 ありがたい。さっさと見回りルートに戻って、そのどこかで待機しているケイにやられてください。

 「あ!」

 勘の良い方が声を上げる。

 「はぁ……今度は何だ。」

 全くだ、今度は何なんだ?

 「ここ、ほら、何かを引き摺ったように見えないか?」

 「見えん。」

 俺の体中からブワッと冷や汗を吹き出させた問いに、問われた相方は即答。いやはやそいつの好感度がどんどん上がって行く。

 「確認だけでも……」

 「確認したらすぐに戻るぞ?」

 「よし、そう来なくちゃ。」

 え?来るのか?……来るのかぁ。

 サッと壁に背中を貼り付け、気配察知を併用して二人を待ち伏せ。

 しかし、またもや聖騎士二人は俺の攻撃範囲の外で立ち止まった。

 「おい……あれ。」

 「ああ。……お前の勘が当たったな。」

 え、バレた?どうし……はぁ……。

 バレた理由はすぐに分かった。気絶した聖騎士をそのまま草地に寝かせているせいで、陰の中とは言えど、ちょっとした角度で彼らの足先が見えてしまったらしい。

 ……後でケイに怒られそうだ。

 金属同士の擦れる音。

 二人が両手の武器を握り直し、警戒態勢に入ったのが分かる。

 「誰かそこにいるのか。いるなら出てこい。」

 それで出てくるアホはいないと思う。せめて、そこにいるのは分かってるぞ、てくらいにハッタリをかまさないと。もしかして聖騎士は嘘を付いちゃいけないとか規則があるのか?

 しかし、まずい。聖騎士二人は建物の角を大回りでゆっくりと回り始めている。俺の位置がバレるのも時間の問題だ。

 仕方ない、こうなったら……力ずくでやってやる。

 使うのは、カンナカムイとの戦闘で培った超加速。

 膝を曲げて姿勢を低くし、力を溜めに溜めて……ここ!

 地面を蹴飛ばし、弾丸の如く駆け出す。

 まず直線上に立つ騎士の剣の柄を握って脇へ退かし、全体重を乗せたタックルをねじ込む。すると、俺達二人は宙に一瞬だけ浮き、騎士の背中から地面に落ちて草地を滑る。

 着地の衝撃で騎士の手から剣が飛ぶ。マウントを取った俺は彼の兜を素早く外してその頭部を……打ち据えようと拳を引いたところで動きを止めた。

 何故なら、そいつは既に白目を剥き、口も力なく開いて、そこからヨダレが垂らしていたから。

 要は既に気絶していた。

 ……ケイか。

 「よ、よーし、これで外の奴らは片付いたな?」

 「そうですね、お疲れ様です。」

 白々しい言葉に振り返れば、倒れ伏したもう一人の聖騎士の後ろにケイが立ち、両手にそれぞれ摘んだ毒針をベルトに直していた。ちなみに塗られているのは今朝こいつが俺に使おうとしていた物と同じ毒、というか麻酔薬。

 つまり彼らが今夜中に起きる心配はない。

 二人で聖騎士達を壁際に目立たなないように寝かせ――近くに人一人隠せるような遮蔽物が無いので、妥協した結果だ。――白ポーンへと向かう。

 「オモチャは持ちましたか?」

 「ああ、ここにある。」

 小声を交わし、俺は渡された幾つかの煙幕玉の一つをジャケットの中からチラリと見せると、ケイは頷いて白ポーンの正面扉へと駆けていった。

 「あの上からは入れないのか?」

 その後に付いていきながら、礼拝堂の上部の側面に埋め込まれた、中からの光でオレンジ色に輝いているステンドグラスを指差す。

 にしても、こんな夜中まで営業中とは頭が下がる。中にいるだろう聖騎士達も少しは休憩してくれても良いのにな。

 「あそこまで登る間に見つかりますよ。白の壁に私達は黒ですよ?」

 「なるほどね、それもそう……「しっ。」……。」

 これまた白色の出入り口の門の左脇に屈み、人差し指を唇に当てたケイは煙幕玉を懐から取り出し、俺もそれに倣って門の右脇で姿勢を下げ、両手に球を一つずつ。

 すっかり見慣れた目と目を合わせて、互いに一つ、頷き合う。

 ケイが外開きの左側の扉を両手でゆっくりと開けていき、俺は黒銀とスケルトンを服の下で発動。扉から漏れ出るオレンジの光条が十分に太くなったところで、俺は一番近くに見えた聖騎士へと突進した。

 「な、なんブッ!?」

 反応される前に右手の球を顔に投げ付け、怯んだそいつの兜を通り過ぎざまに裏拳で殴打。礼拝堂の壁にその後頭部を強かに叩き付ける。

 力なく倒れる聖騎士。遅れてしゅぅっと吐き出される黒い煙。

 走る勢いはそのまま、吹き上がった煙からさらに飛び出し、次に近い聖騎士がこちらを向いたところで、その胸元目掛けて渾身の飛び蹴りを入れる。

 「ぐぉぁっ!?」

 体を最大限に強化しておいた賜物か、そいつは後ろへ大きく吹き飛び、その奥、そしてさらに奥にいた二人の聖騎士をも巻き込んでいく。

 結果、白磁の床に三人仲良く倒れ込んだ。

 そして俺の後ろに遅れて付いてきたケイが、周囲にさらに煙玉を投げ、一瞬にして礼拝堂の一角が真っ黒に塗り潰される。

 そうなってやっと、全ての聖騎士達が動き出した。

 「「け、剣を抜けぇ!」」

 「「「「オウ!」」」」

 「アザゼル様を畏れぬ振る舞い、断じて許すな!」

 「「「「「オオオォォッ!」」」」」

 ガシャガシャと音をさせ、幅広の騎士剣を構えた鎧が走ってくるが、俺とケイは構わずポンポン持っていた玉を辺りにばら撒き、煙幕の占める割合を増やしていく。

 「……ケイ。」

 視界がほぼ無くなったところで、背後に立っている筈の相方へ声をかける。

 「はい。」

 「あいつら全員を本当に相手できるのか?」

 作戦では、ここで俺が聖武具を掻っ攫って逃げるという事になっているのだが、ケイがどうやって脱出するかは聞いてない。まさか命を張るつもりだなんて事は無いよな?

 「それをここで聞きますか……。」

 「いやなに、今ふと気付いてな。なんならこいつらを全員倒してからでも遅くはないだろ?」

 「私の心配ならいりませんよ。こんな狭い空間で振られるあんな大きな剣を避けられなければ暗殺者失格です。無色の魔法だって使えるので、時間稼ぎならいくらでもして見せます。作戦通りにやってください。……でも、感謝はしておきます。」

 「すまんな、頼んだ。」

 振り返らないまま華奢な背中を2度叩き、俺は礼拝堂の中心、ミニ白ポーンへと駆け出す。

 「二手に別れたぞ!」

 指令が飛ぶ。

 チクショウ、気配察知スキル持ちがいるのか!

 「お前達はでかい方を捕まえろ!出入り口を塞ぐ者は動くな!残りは小さい方だ!」

 しかし幸い、気配察知スキル持ちの数は多くはないらしく、それに視界がいよいよ悪くなったからだろう、俺とケイが聞いているのも構わず、聖騎士達の号令が飛び交う。

 さて、脱出路は2階のステンドグラスに決定、と。

 あと、さっき飛び交った号令のせいでケイのいる方から放たれる殺気が明らかに増したが、気にしないでおこう。……背が低いと便利な事だってあるのにな。

 「ライトニング!」

 「ッ!?」

 咄嗟に振り向き、瞬時に集めたありったけの無色魔素を飛ばすと、目の前で稲妻が弾けて消えた。

 ここはお前らの神を祀る礼拝堂だぞ!?聖騎士のくせにそんなのお構い無しか!?

 「続けて撃て!サンダーボルト!」

 「「サンダーボルト!」」

 ……お構いなしらしい。

 こちらに向かってくる気配は4つ、それぞれが俺を足止めするように魔法を放ちながら、距離を詰めてきている。

 いや、一人が駆け出した。

 「援護!」

 その一人が叫ぶと同時に飛来する攻撃魔法が止む。

 「ソニック!」

 代わりに放たれた魔法はそいつの速度を急激に上げ、俺が予想したタイミングよりも数段早く、騎士剣による唐竹割りが放たれる。

 「くっ!?」

 真横に飛び、円形に並ぶ祈り台の間に頭から滑り込むと、ガッ!と俺のいた床にヒビが入った。

 「身体強化魔法か……厄介な。ん?」

 「ヒィィィィ!」

 立ち上がろうとしたところで悲鳴が聞こえ、見ればすぐ目の前で知らない男がガタガタ震えて縮こまっていた。その服装からして神官ではない。

 ……神官でもないのにこんな深夜でも爺さんに祈る物好きがいたとは。

 『物好き言うでないわ!わしの敬虔な信徒じゃ!』

 見たところ肝が据わっている訳でもないのに、こんな現場に居合わせるとは不運な奴だ。爺さんに祈りなんて捧げるからこうなる。

 『なんじゃと!?』

 実際そうだろ?

 こちらを見る彼の目には怯え一色。襲ってくる様子は無し、と。

 「えっと、「ヒィィィィ!」……うん、ども。」

 何か気の利いた言葉を言おうとしたが、生憎と何も浮かばなかった。

 「「ブースト!」」

 「ラァッ!」

 覇気のある声と共に、背後でブォンと風が鳴る。

 その直後、俺と不運な彼の左側の視界が一気に開けた。

 そこにあった木の長机が遠くへ吹き飛ばされたのだ。

 「ヒィィィィ!」

 「うん、同感だ。」

 身を翻し、片手で剣を横に振り抜いた騎士に向き直る。

 「ハァァッ!」

 片手のまま担ぎ直される幅広の鉄塊。

 さらなる身体強化魔法の効果により、聖騎士の膂力は今さっきのように片手で長机を投げ飛ばせる程……いや、程度。龍人なんて化物共とは比較にならない。

 ……あいつらに取って長机なんてレゴブロックと大差無いんじゃないかと思う。

 「ブースト!」

 「ハイパワー!」

 重ねられる補助魔法。

 「フンンンッ!」

 それを受け、過剰の白色魔素による白煙を体から発した眼前の聖騎士は、右肩から思いっきり剣を振り下ろす。

 数人掛かりで実現された腕力には流石に俺も真っ向からは勝てやしない。しかしやはり、龍人共の相手をしてきた分、心の何処かに余裕がある。

 立ち上がりながら前へと進み出、親指と人差し指でVの字を作りつつ、振り下ろされ始める剣の柄へと両手を素早く向かわせる。

 そしてV字が柄の逆さのL字に触れた瞬間、右手はそのまま、左手をスッとずらして剣の持ち手の端に移し、そこを掴む。

 そのまま左手を強い力で引いてやれば、騎士剣は俺の右親指を支点に相手のガントレットごと回り始める。

 そうして、てこの原理を利用して相手の手首に無理をさせ、その武器を完全に奪い取り、剣の回転は止めないまま聖騎士の首裏に刀身の根元で引っ掛けて聖騎士を俺の斜め後ろへ押しやる。

 ついでに相手の踏み込み足を蹴飛ばしてやれば、無手の金属塊はうつ伏せに倒れ込んだ。

 少し遅れ、さっき剣で吹き飛ばされた長机が血に落ち、派手な音を立てるのが遠くに聞こえてくる。

 「ヒィィィィ!」

 ついでに哀れな信徒の悲鳴も。

 「ぐぐ、この程度……」

 「おっと足りなかったか、すまん、な!」

 剣を失えどもその闘志は未だ顕在だったか、即座に立ち上がろうとする聖騎士。その兜を俺は思い切り踏み付け、冷たい床に頭突きさせた。

 「ぶっ!?」

 「ヒィィィィ!」

 敬虔な信徒さんがまたもや悲鳴を上げるのに構わず、騎士剣片手に走り出す。

 残り三人の聖騎士は援護に徹していたのもあって横並びになったまま。互いとの間に剣を振るえる間隔がない。

 「く、ファ、ファイア!」「ライトニング!」「ウィンドカッター!」

 「遅い!」

 なので咄嗟に魔法が飛び出すことは予想済み。だからこそそれらの対処も用意済み。

 発動から2秒もせずに色とりどりな三者三様の魔法が消え去り、まず真ん中の一人が兜を騎士剣で半ば殴打されるようにしてダウン。曲がった剣をポイと捨て、左右に立つ騎士達の脇腹付近を横殴り。

 二人はよろけ、両脇に並ぶ長机に激突。しかし教会の守りを任された者の意地か、すぐに攻撃へと転じた。右は腰の剣に手を伸ばし、左は懲りずに魔素を手元に集めだす。

 即断。右の奴へ飛び掛かる。

 剣を抜かれる前に、その兜を両手で掴み取るなり、頭部をこちらへ引き寄せながら膝を顎に叩き込む。

 「ぐんっ!?」

 そして体から力が抜けた全身鎧が抜き掛けていた剣を掴み取り、鞘から抜き放ちざまに背後の聖騎士へと投げた。

 「サン……チッ。」

 最後に残った左の騎士は、魔法の発動を中断し、慌てず騒がずその篭手を用い、投げられた剣を冷静に脇へと弾く。そして改めて完成した魔法を使……

 「サンダブグぁっ!?」

 ……おうとしたところで金属兜を凹ませる威力の拳を喰らい、あらぬ方向に雷をぶっ放しながら地に伏した。

 さてと、これでやっと落ち着いて聖武具を……ん?

 聖武具の浸された聖水の入った器の前。小さな気配がいくつか並んでいる。疑問に思いながらもそちらへと歩を進めれば、その正体が見えてきた。

 「ここから先は行かせない!」

 そこにはまだまだ幼い子供達が6人、両手を広げて立ち塞がっていた。

 ……面倒な。



 「あ!」

 「どうしたのカイト?」

 「お城にティファ、ニー王女に貰ったネックレスを置いてきちゃった。ごめんアイ、取りに行ってくる。」

 「え?良いじゃんそれぐらい置いてきて。特別な力がある訳じゃないでしょ?」

 「駄目だよ、今回のためにティファがくれた物なんだから。」

 「……チッ。」

 「アイ?」

 「ううん、何でもないよ?ね、カイト、ちゃんと私の所に戻って来るんだよね?」

 「もちろん!すぐに追い付くよ。」

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