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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
222/346

旗を掲げて出発

 条件反射。

 条件は殺気。

 反射行動は急激な覚醒、敵の手首の拘束、そして瞬時に作り上げたナイフによる、相手の首元への刺と……

 「わ、た、隊長さん!待った!待ってください!」

 「んん?」

 ここ数日で聞き慣れてきた声に動きを止め、今更のように声の主に焦点を合わせる。

 「……なんだ、お前かよケイ。おはよう。」

 「おはようございます……ふぅ。」

 天蓋付きベッドに仰向けに寝た俺に跨がり、左手で俺の顔の右横の枕を押し潰して自身の支えとし、右手の凶器の動きを完全に固められ、漆黒のナイフをまだ喉仏の無い首に添えられた状態のケイは、挨拶と共に安心したように息をついた。

 「で、何のつもりだ?やっぱりファーレンでの事を根に持ってたのか?」

 「あはは、嫌だなぁ隊長さん、そんな訳が無いでしょう。ほら、よく見てくださいよ。」

 言われ、彼の右手につままれた凶器に目を移す。

 「針?」

 痛みで目を覚まさせようとしたのか?

 「毒針です。」

 「殺す気満々じゃねぇか!」

 「いえいえ、だったらナイフを使いますよ。毒は毒でも塗ってあるのはただの眠り毒です。」

 「ほう?詳しく。」

 「これは隊長さんも慣れ親しんでいる物ですよ。ほら、最後に私が隊長さんと戦ったときに使ったあれを、死に繋がらないように薄めて調整したものです。」

 慣れ親しんでない。慣れ親しみたくもない。

 「それを使って何をしようとしたのかな?」

 聞きながら、ナイフの腹で相手の首筋を圧迫する。

 「も、もし貴方が今の殺気に反応できないのなら足手まといになるのでここで眠って貰って今夜は私一人で事を為そうと思っていました。け、けど、どうやらそんな心配は杞憂だったみたいですね。正直、たったの一週間でまさかここまで成長するとは思っていませんでした。あはは、流石ですねぇ隊長さん。素直に脱帽です。」

 少し饒舌になり、ケイは最後には俺を褒め称える。

 「忘れたのか?聖武具に触れると気が狂うって言っただろ?」

 「触りさえしなければ良いのなら、やりようはいくらでもありますよ。」

 まぁ確かに、前にワイヤーで聖剣を操ったときは何ともなかったしな。

 「はぁ……とにかく、今回は合格って事でいいか?」

 「ええ、これで隊長さんは晴れて闇ギルドの中堅クラスの技術が身についた事になります。新米と言うのもおこがましかった一週間前とは大違いですよ。」

 そう言って、ケイはにっこりと笑う。

 全く嬉しくねぇ……。

 「た、隊長さん、そんな訳ですから、そろそろナイフをどかしてくれませんか?」

 口調は軽いが、その目の奥に必死さがを見て取れた。これで結構焦っていたらしい。

 「……はいよ。ほら、お前もさっさとその針を直せ。」

 返事と共にナイフを霧散させる。

 俺がケイの右手を放すと、彼はその針をサッと腰に巻いたベルトのポケットにしまう。

 「……常々思っていましたけど、便利な魔剣ですね?聖剣なんて必要ですか?」

 「必要だから盗むんだよ。誰が好き好んで犯罪なんて犯すか。ったく、用は済んだろ?下りろ。」

 『必要じゃから盗むというのも大概じゃと思うがのう。』

 おいこら、窃盗からテロに予定変更しても良いんだぞ?

 スルリと滑らかな身のこなしでケイは俺の上から退き、そのまま隣に寝転がった。

 「いや、寝るのかよ。」

 「あはは、私達の本番は夜ですよ隊長さん。」

 「そうか、そうだな……。」

 ……いよいよか。



 ザッザッザッザッ……

 快晴の空を写す程に磨き上げられた光り輝く鎧達が整然と凱旋道を行進していく。

 列の両脇を挟むのは、スレイン王国の旗を掲げながらゆっくりと騎馬を歩かせる騎士達。その視線は斜め上へ固定され、その胸は鳩のように張られている。

 そうして国民に王侯貴族の威光をこれでもかと見せ付けて、彼らはティファニアの外で待機している馬車に乗り込み、毒竜の巣へと向かうのだ。

 無駄な演出だと思いはするが、なかなかどうして見ていて楽しい。元の世界のあの“集団行動”を思い起こさせる。

 ……もしもあの鎧姿で“交差”なんて大技を成功させてくれた日には、全力の拍手喝采を送るのもやぶさかでない。

 「わー凄いですー。」

 「ん?ああ、そうだな。」

 何とも気の抜けた声でソフィアが言い、俺も適当に同調するが、こいつがそんな事を欠片も思っていない事は承知の上。

 こうして俺達が凱旋道に通じる門で騎士達を眺めている目的は、他でもない勇者達が、確かに、確実に、間違いなく、ティファニアを去るところを見届けるため。

 そして現在、未だに現れない勇者達に、俺達は二人して非常にやきもきしているところである。

 しかしその一糸乱れぬ隊列の最後尾、見るからに揃っていない、気ままな歩き方で王国兵士達に付いていく、毒竜討伐に名を上げた十数名の冒険者達がやって来たところで俺とソフィアは安堵の息を付けた。

 なんてことは無い。勇者達は初めから――おそらくアイとしては不本意だろうが――ユイと一緒に仲良く歩いて来ていたのだ。

 あ、ルナがこっちに気付いた。

 よっ。と手を挙げて見せるも、彼女にプイと顔を背けられる。……まぁ分かってたさ。うん。

 フェリルとシーラがルナの動きに気付いてこちらを見、ギロッと眼光を鋭くする。

 一週間前までの俺なら、きっと睨み付けてきているだけだと思っただろうが、ケイとの訓練のおかげで気配察知関連の能力が上がり、殺気には特に敏感になった。だからこそ、今なら分かる。二人の放つ殺気がはっきりと。

 「……嫌われてるですね?」

 「誰のせいだ、誰の。」

 頭を突いてやるも、それでもクスクスと笑い続けるソフィア。

 冒険者の一団の先頭が門に差し掛かったところで、勇者達と楽しく話していたユイが、遂に俺と目が合った。

 すると彼女は顔を背けるでも睨めつけるでもなく、驚いたように目を見開いた。しかし俺がルナにしたのと同じように手を挙げると、何故か悔しそうに歯噛みして俯き、門を潜って見えなくなる。

 俺は何か間違えたのだろうか?

 「ま、これで懸念は解決か……あれ?ケ、ソフィア?」

 いつの間にか金髪少女の姿が消えていた。

 しかし探すまでもなく、その所在はすぐに分かった。

 「ソフィアは上から見たいです!」

 「いやお嬢ちゃん、駄目なんだよ。規則でね。」

 「お兄さんと一緒でもです?」

 「おにっ!?」

 ソフィアは類稀なるぶりっ子で門番さんに絡んでいた。

 ……どうやら最後の最後まで勇者達がいなくなる事を確認しておきたいらしい。ま、慎重なのはいい事だ。

 「そうと決まれば一緒に行くです!」

 「む、んーいや、しかし……」

 「駄目です?」

 「くっ、でも、規則は……」

 「お兄さんの言いつけはちゃんと守るですよ?」

 「……そうかぁ、なら行こっかぁ〜。」

 「はいです!」

 あっさりと門番をたらし込み、ソフィアは彼を連れ立って城壁の上への階段を上っていく。

 さて爺さん、カイトとアイの両方は確かに出発したか?

 『うむ、それは間違いないのう。』

 それでも一応、常にマークはしておいてくれ。万が一があるといかん。

 『分かっておるわい。』

 そりゃ何より。

 「ふぅ。」

 ソフィアが降りてくる気配はまだないので、石壁に背を預け、息をついてリラックス。

 『何じゃ、緊張しておるのか?』

 まぁ多少は。今更だとは思うけどな。

 『全くじゃな。』

 ……なぁ、フレメアでの時みたいにヴリトラ教徒と鉢合わせる事にはなる可能性はあるか?

 『さぁの。前にも言うたように……』

 ああ、人の思考までは読めないんだったな。

 『うむ。ま、今回に関して言うならば、そこは安心して良いとは思うがの。』

 へぇ?その心は?

 『ヴリトラ側に聖武具を扱える者がおらん。お主のように異世界から来て、この世界の人々の怨念に呑まれ難い体質の者が早々いても困るがの。』

 なぁるほど。じゃあイレギュラーは無しって考えていいのかね?ありがたい事だ。

 『フォッフォッフォ、予測できない物を予測できる訳無かろうて。』

 ははは……やめてくれ鬱になる。

 『ま、用心に越した事はあるまい。』

 そりゃそうだ。……万が一逃げる羽目になった時を考えて……いや、たとえ作戦が成功しても、事が終わった後に正体を特定されてちゃ世話ない。

 スケルトンと鉄塊、後はナイフ辺りだけでやりくりすべき、か……。ん?あ、そうだ、皆殺しって方法も……

 『やめんかぁッ!』

 まぁまぁまぁまぁ、冗談冗談。

 『悪質にも程があるわい!』

 はいはい、俺が悪かったよ。今夜に当たっては不殺の誓いでも立てとくさ。逆刃刀でも使おうか?

 『はぁ……。』

 「お兄さん、ありがとうです!楽しかったです!」

 「はいはい、またいつでも遊びに来なさい。」

 と、すっかり門番さんと打ち解けたソフィアがタタタと階段を降りてきた。どうやら勇者達を最後の最後まで見送り終えたらしい。

 「すみません、ご迷惑をおかけしました。」

 頭の後ろを掻きながら、後から降りてきた門番さんに会釈する。

 「いえいえ、気になさらず。あそこまで一生懸命勇者達を見送るなんて、良い子ですね?」

 「はは、ソーデスネ。」

 目がこんな節穴でよくもまぁ門番が務められるな。

 『お主だって明かされなければ気付きはしなかったじゃろうに。』

 ……返す言葉もない。門番さん、悪く言ってごめん。

 「さようならです!」

 「うんうん、さようなら〜。」

 門番さんが大袈裟に手を振るソフィアに顔を綻ばせながら振り返す、のほほんとした光景を一つ挟んで、俺とソフィアはその場を後にした。

 「さてと……」

 「(コクリ)」

 「……腹ごしらえだな。」

 腹が減っては戦はできぬ。

 「はいです!」

 太陽は頂点を過ぎた辺り、俺の影はまだまだ小さい。夜になるまでは、まだ幾らか時間がある。



 「隊長さん、そんな物持っていたんですね。てっきりあの悪趣味なコート一着だとばかり。」

 ここしばらく滞在している、高級宿屋の一室。

 目元から下を黒いマスクで完全に隠し、特徴的なロングコートの代わりにこれまた真っ黒のフード付きジャケットを着た俺の姿に対して、わざわざ別の部屋で着替えてきたケイからの第一声は失礼極まりないものだった。

 ロングコート……あれ、悪趣味なのか……。格好良いと思うんだけどなぁ。

 「あ、ああ、まぁな。……そういうお前は結構色々な服を持ってるよな?今着てるそれに加えて、一年前はヴリトラ教徒みたいな黒ずくめとか俺の奴を真似したロングコートとか着てたし……ソフィアの服も何着かあったよな?嵩張らないか?成長期なら特に大変だろ?」

 ちなみにケイが着ているのは数カ月前に着ていたのと同じ、赤黒いマントと茶色のスカーフ。マントの下は小道具でさぞ詰まっていることだろう。

 「……心配はいりません。ここ数年は身長がほとんど伸びていないので大丈夫です。……ええ、隊長さんとは違って私は小さいままですから。」

 あ、やべ、地雷踏んだ。

 こっちを恨めしげに見る視線から目を逸らし、斜め上の天井を見る。

 「な、なぁるほど、ま、まぁ俺の友人にはたった二〜三年でこっから……」

 つっかえながら左手の平をケイの肩の上に乗せ、

 「……ここまで伸びた奴がいるからな。人それぞれだ。」

 右手の平を俺の目の高さに浮かせてそう言った。

 ここで大袈裟にと俺より上にしない事が相手に話を信じ込ませるコツだ。

 『嘘を言うたのか……。』

 生憎と成長の記録を互いに取り合うような友人はいなくてね。

 「本当ですか!?」

 おっと思った以上に食い付いたぞ?かなりのコンプレックスだったか?

 「あー本当本当。ていうかそんな事を気にしてたのな。女装をあれだけ活用してるくせに。」

 「使える物なら何でも使うのが私達です。……それに、可愛いでしょう?」

 使える使えないを言う前に、どう見てもノリノリじゃねぇか。

 「ま、身長を伸ばしたいのならしっかり食って寝る事だな。」

 寝る子は育つ。それは確かだ。

 「今夜はそうはいきませんけどね。はぁ……こんな仕事をやっているから伸びないんでしょうか……。」

 ケイの目が虚ろだ。

 「くはは、さぁな……そろそろ行くか?」

 苦笑いしながら窓を見れば、日の光が完全に失せている。頃合いだ。

 「ええ、行きましょう。」

 言って、ケイは窓枠に足を掛けた。

 「そこから出るのか?」

 「この宿の主人が私達の今の姿を見てどう思うと思いますか?」

 「そりゃそうだ。りょーか……いっと。」

 言い終わらない内にケイが飛び降り、俺は軽く笑いつつ、部屋のランプを消してから彼を追って、宙へと身を投げた。

 何事もありませんように。

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