後ろ暗い一日
「いた!」
「ダッシュ!」
「え?」
「待ちなさい!」
「抱えるぞ!少し我慢しろよ!」
「わ、きゃーーーーーーーーー!?」
凄いな、流石はプロ。叫び声までソフィアらしく、甲高い物に変えるのか。
「……はぁはぁ、どうだ、ユイは撒けたか?」
家屋の影に入り込み、肩から降ろしたソフィアについさっき全力疾走してきた道を調べるよう頼みながら息を整える。
「ったく、この頃ユイとは妙に良く遭遇するな。」
泊まる宿がかなりランクアップしてから5日間でなんと5回、つまり一日一回計算だ。碌に昼の買い出しもできやしない。
「はぁ……面倒臭いったらない。お前もそう思うだろ?」
同意を求めてソフィアを見るも、金髪少女はふるふる横に頭を振って否定した。
その目の焦点は俺に合わされてはいない。
「ソフィアはあの人の事、とてもす、好きです。」
「あら本当?ありがとう、嬉しいわ。」
背後から声。
なるほど、そういう事か。
……手元にこっそりと黒色魔素と無色の魔素を集める。
「見えてるのよ。」
しかし煙幕を張る前に背後から手首を掴まれた。
「はぁ……魔視か、厄介な。」
「面倒臭い上に厄介で悪かったわね。」
振り返って愚痴ると、すぐそこに立っていたユイは、それをフンと鼻で笑い飛ばした。
「で?何か用か?まさかルナ達が許してくれるって訳じゃないだろ?」
「……あなたが勝手にパーティーを抜けた事についてよ。」
勝手に?
「勝手にというか、追い出された形だったよな?あれ。」
土下座した相手と同じ宿に泊まれる程俺の肝は座ってない。
「パーティー登録まで解除する必要はあったかしら?」
あ、そっち?
「えーと、解除しちゃいけなかったか?」
手首が痛い。ミシミシ言ってる。こいつ、絶対に身体強化魔法を使ってやがる。
「毒竜討伐に参加すればルナさんともう一度話し合えたかもしれないじゃない。」
「なんだ、そのためにあの依頼を引き受けたのか?」
「他にどんな理由があるのよ。渋るフェリルさん達の説得、大変だったのに……。」
「ただ単にお前がカイトに会いたがっただけだと思ってたぞ?」
「そ、そんな事、ついでよ!」
否定はしないらしい。……まぁ当然か。
「くはは、お前らの久し振りの再会が見られなくて残念だ。」
「そう……参加する気は無いのね。」
声に出して笑ってみせ、さり気なく掴まれた腕を引くが、なかなか放してくれない。
「えーと、ユイ?」
「今日のところは諦めるわ。」
今日のところは?
「まさか明日も?」
「ええ、いつ考えを変えても良いようにね。逃げても無駄よ、貴方が黒魔法を使う時、かなり広範囲で大量の黒色魔素が動くもの。」
「お前、今までずっとそうやって追ってきたのか!?」
これからは魔法の行使を自重しないといけないのか……。
「そうよ、でもそれだと大まかな位置しか分からないから、今日は攻め方を変えてみたわ。」
「ほ、ほう?言ってみろ。」
万全の対策を練ってやる。
内心でそう意気込んだ俺に対し、スッとユイは懐に手を入れ、拳に何かを握って取り出した。
「これよ。」
そしてじゃらり、と細い銀色の鎖が拳から垂れる。
「それは、ルナの!?」
「ええ、転移陣と同じで、この念話の魔法陣どうしも繋がっているのよ。ふふ、分かった?私からは逃げられないわ。」
至近距離で、これ以上ないぐらいの得意顔を浮かべ、嘲笑うようにユイが言う。
そんな物まで見えるのか……なんて奴だ。もうストーカー紛いの行為じゃないか。
「はぁ……。」
「痛っ。」
ため息をつき、俺は掴まれていない手の二本指で目の前の彼女の額を小突き、距離を少し離させる。
「もう好きにしろ、答えは変わらん。」
「……なら、どうすれば良いのよ。」
俺の手首を握る力が増す。
「そんなにフェリル達と俺を仲直りさせたいのか?」
「当たり前じゃない。苦楽を共にしてきた仲間でしょう?ただの勘違いなんかであなたがパーティーを抜ける羽目になるのは間違ってるわ。もっとちゃんと話し合えばきっとあなたの事を信じて、分かってくれるはずよ。それに、あのとき私が勇者だって言い出せていれば……」
「口裏合わせを疑われただろうな、状況に寄っては“亜人”呼ばわりを容認する、俺の同類だと思われてしまっていたかもしれん。はは、ついつい頼ってしまったけどな、きっとお前のあの判断が正しかったよ。」
遮り、笑う。
今思えば、ユイが思いとどまってくれて本当に良かった。きっと共倒れして目も当てられないことになっていたことだろう。
後がなくなっていたあのときの俺は、藁をも掴む思いだったに違いない。
「これは全部自業自得って奴だ。だからな、気にするな。」
言いながら俺の手首を掴む手を優しく外し、ユイを置いて明るい通りへと歩き出す。
一歩引いて話を聞いていたソフィアは、すぐに話の終わりを悟り、さっさと建物の陰から出ていった。
「いやよ。気にするわ。」
最後の最後で、背中に掛けられる声。
「そうかい……ったく、好きにしろ。」
強情なユイの説得はもう諦めた。
「それでどうするです?毒竜討伐をやるです?」
「ハッ、馬鹿言え。明後日程の好機は早々無いんだろ?」
俺がお天道様の下に出るなり為されたソフィアの問いを鼻で笑い、逆に聞き返すと、ソフィアはこくんと一つ首肯し、
「……安心したです。」
そう言ってホッと胸を撫で下ろした。
「で、今日は何処に連れて行ってくれるんだ?」
話題を本題へと変える。
この5日間、俺は日中、ソフィアに様々な場所へ連れ回されてきた。
武器屋から食事処、商人上がりの貴族達の絢爛豪華な邸宅巡り。王城の周りも2〜3周はしただろう。
「楽しみです?」
「まぁそれなりに。」
「今日は孤児院に行くです!」
両手の拳を自身に引き寄せ、ソフィアは元気よくそう言った。
しかし、
「またか?」
そこにはもう三日前に訪ねたのだ。
怪我人ではなく、神官でもなく、孤児の里親になるつもりもないため、お菓子を差し入れに来た頭の緩い金持ち少女とその護衛として。
「嫌です?」
「別にそういう訳じゃない。ただ、あそこにはもう見る物はないだろ?」
孤児院の場所はアザゼル正教会にある半円状の建物の、巨大白ポーンの反対側の一角。
そこでは神官へ向けての訓練にまだ本格的には追われていない少年少女が彼らがアザゼル教の教えを習いながらも伸び伸びと暮らしているのだ。
彼らがソフィアの差し入れに上げた大歓声は未だはっきりと思い出せる。
確かに子供の相手は楽しかったものの、しかしながらそれだけだ。他の部屋がどうなっているのか見てみようとはしてみても、子供達の目付け役の神官に関係者以外立入禁止だと言われて阻まれたし、今回も何か収穫が得られる訳ではない気がする。
「嫌じゃないならまずはお菓子を買いに行くです。」
俺の内心はいざ知らず、勝手にそう言い残した金髪少女はずんずん先へと進んでいく。
「はぁ……はいよ、お嬢様。」
にしてもあいつ、懐に結構余裕があるよな……。
「アイアンタイガー?アイアンタイガーではないか!」
「なぁ、まだ買うのか?」
「当たり前です!そういう約束なのです!」
約束?
「何故私を無視する?まさか人違い?……いいや、違わぬ。お前はアイアンタイガーだろう、そうだろう!?」
「……それよりあの人、貴方を見てるですよ?」
「え、俺?」
アイアンタイガーなんて、キラキラネームにしても一線を画して素っ頓狂な名前を俺はしちゃいないぞ?
さっきから叫び声が聞こえてくる方向を見ると、どこかで見たことのある壮年の男がケーキ箱を片手に、真っ赤な顔してこちらを見ていた。
「やっと気付いたかアイアンタイガー!」
えーと……思い出したっ!
「ああ!オリヴィアのお父さんじゃないですか!お久しぶりです。あれから一年になりますか?」
名前は知らんが、家名はオリヴィアと同じカイダル。
そういえば何かの拍子にアイアンタイガーなんて偽名を使ったんだったな。訂正すべきかせざるべきか……ま、不都合は無いから別に良いか。
「アイアンタイガーよ、護衛騎士はやらないのでは無かったのか?……ふん、言わずとも良い、実戦担当教師になるなど建前で、我が娘よりもそこの少女の方がお主の趣向に合っていたということか。」
おっと、これはとんでもない方向に勘違いされてるぞ?
「そうなのです?」
俺が何か弁解する前にこちらを見上げ、そう言って俺のロングコートをその小さな手できゅっと握るソフィア。
すかさず強めの拳骨を落とすも華麗にかわされた。
ちくしょうめ。
「違います、これは冒険者としての一時的な仕事で……。私はこの娘のティファニア滞在中のお守りを任されただけですよ。」
言った途端、靴を蹴られた。お守りって言葉が気に入らなかったらしい。
しかし靴が黒魔法製で頑丈なのと大した体重じゃない事もあり、全くもって痛くない。
「なに?では再びファーレンへ向かうつもりなのか?」
「ええ、まぁ来月中には。」
「そうか……よし、ではこれより私の家へ来たまえ。」
何が“よし”なのかさっぱり分からん。
しかしオリヴィアの父親は貴族である自分に平民の俺が逆らうとは考えてもいないのだろう、そのまま俺に背中を向け、堂々と風を切って歩き去っていく。
そしてその考え方は正しい。
「ソフィア、そういう訳だ。孤児院でまた会おう。」
そう言い残し、早足で彼の跡を追う。
「護衛はどうするです?」
するとソフィアが駆け足で俺に並び、例によって可愛らしく首を傾げた。
ったく、白々しいにも程がある。襲われたって暗器の類でやり返すだろうに。
「まだ日中だし、大きくて明るい通りを選んで歩けば大丈夫だろ。待ってる間、孤児院でわいわいやっておけ。」
「ソフィアも一緒に行くです。」
有言実行は良いことだ。今のこいつの場合は順序が逆な気がしないでもないが。
『フォッフォッ、人の事を言えるのか?お主が。』
まぁ確かに言えないなぁ。周りに事後承諾させまくった結果が今の俺、隊員ゼロの切り込み隊長だしな。
「……えーと、そりゃまたどうして?」
女装姿では珍しい意志の固さに驚き半分で聞き返すと、ソフィアは耳を近付けるように手でジェスチャー。俺は歩みを緩めることなく身を屈めた。
「……練習をサボろうとしたってそうは行きませんよ。」
「あーなるほど。」
そして囁かれた内容に大いに納得させられた。
実はこの5日前、足音を断つ歩き方をケイに教わり、それからはどこに行くにしても、必ずその歩法を使うように強制されているのである。
ちなみに足音を立ててしまった場合の罰ゲームはさり気ない脛蹴りや足の踏み付け。
しかしなんとここでも俺の才能の片鱗が見られ、それらの罰ゲームはここ2日間味わっていない。さっき足を蹴られたが、あれはノーカウントだろう。
『じゃからそれはスキルの……』
うぉっほん!何にせよ!今日に至っては意識して歩き方を変えていた訳でもないのに罰ゲームとして攻撃された事は一度たりともない。
「はぁ……ま、表じゃお前は俺の雇い主だ。付いてくるんならわざわざ止めないさ。」
ソフィアの手からお菓子入りの袋を取りつつ、ため息。
「普通、護衛は雇い主に付いてくるですよ?」
「うん、そうだな、そうとも言う。」
「約束通り来ましたです!」
まだ微かに欠けた月が東の中空に見える時間帯、声変わりを経ていない声と共に、俺の目の前の木製扉が突き飛ばすようにして開かれた。
当然、部屋の中にいる全員の視線はこちらに向き、直後、
「あ!お菓子の人だ!」
「おかしな人だ!」
「姉ちゃん本当に来たんだ!」
「もう遅いよぉ!」
「ずっと待ってたんだよ!」
とか何とか色々と、そこら中から黄色い声が上がる。
おかしな人って言う声に一瞬引っ掛かったが、そもそも俺ではなくソフィアに向けられた物なのでスルーした。それに実際、お菓子なんて高級品で一杯の籠を携えて孤児院にやってくる女装少年に対しては、おかしな人って評価で正しい。
ワッとソフィアにたかる子供ら。しかし目的の物は年上のソフィアの頭上に両手で高々と掲げられ、彼らの魔の手は虚しくも空を切るばかり。
そしてアザゼル教会の本堂と違って平行2列に並べられた長机と椅子の間をハーメルンの笛吹きよろしく歩いていったソフィアは、一番奥の数段の階段の上にある白ポーンの前まで辿りつくと、それに背を預けるようにして座った。
対する子供らは段差を昇らず、最下段で物欲しそうにソフィア、というよりその手の籠を眺めている。
「ほぉ?あの段差から先には入らないのか。」
その様子を見ていて、思わず感心の声が漏れた。
前に来たとき、ソフィアは、お菓子を渡すと言った途端にもみくちゃにされてたもんなぁ。ずっと頭、というかカツラを抑えていたのは見ていて面白かった。
流石はプロ、前回訪れたとき、たった一時間もない時間で子供達のそういう習性を把握してしまったらしい。
「はい。あれから先は神官の者以外は入ってはならないと教えていますので。」
ススス、と隣に来て俺の声に答えてくれたのは、この孤児院の担当を任されている神官のエミリーさん。
「あ、そうなんですか!すぐにあそこから降りさせ……」
口調を改め、ソフィアの方へと行こうとするも、エミリーさんは頭を横に振って微笑んだ。
「いいえ、それには及びません。彼女のような清い心の持ち主ならば、きっとアザゼル様もお許しになります。」
「はあ、そうですか。」
清い心、ねぇ……。
「はい。あの子は将来、心の優しい、本当の意味で素晴らしい女性になる事でしょう。」
包容力豊かな、善意の塊のようなこの人を前にすると、何故かまるで自分が薄汚い盗人に思われ、罪悪感か刺激される。気のせいか後光まで見えてくる。
『何故も何も、事実、今のお主は盗人じゃろうて。むしろ罪悪感なんぞ未だに抱いていたことの方が不思議じゃわい。』
ふむ、一理あるな。
『百理も千理もあるわ!』
そんなには無い。
「そうですか、はは、きっとお嬢様も喜びます。」
しかし、どんな人にも欠点はある。エミリーさんの人を見る目の無さだけは、ただただ残念だ。
「ふぅ……。」
息を吐いて脱力、近くの長椅子に腰を落としてそのまま背もたれに背を預け、子供達に何やら偉そうに言っているソフィア視界に入れつつ体から力を抜いてしまおうとしたところでクスクスと笑い声。
見れば、それは他でもないエミリーさんの物だった。
「ふふ、随分とお疲れですね?」
「あ、すみません。」
あからさまにリラックスし過ぎたか?
「いえいえ、どうぞ楽になさってください、世話を焼く子供が一人二人増えても大して変わりはありませんから。」
身を起こそうとする俺を押しとどめ、エミリーさんは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
「はは、ありがとうございます。」
感謝を伝え、今度こそ完全に力を抜く。
流石に悪いので、ソフィアから目を離すことはしないが、それも目の端で捉えるにとどめる。
そしてそのまま、俺は昼下がりにカイダル卿の屋敷でされた話を頭の中で反復した。
まず大雑把にカイダル卿の話を要約すれば、ファーレンに行くな、だ。
何でも、近々大きな戦い(詳しい内容はぼかされた)が起こるため、現地にいると巻き込まれる可能性が大いにあるとの事。
実際、ファーレンに跡取りが通っている貴族は皆そのせいで退学させる事を考え始めているらしく、そういう理由からオリヴィアと彼女の一つ下の一年生の妹の退学も検討されているそう。……まぁ両人は――大半の学生達同様――断固反対のようだが。
そして着々と整えられているらしい軍備や、ここ数年の取り締まりの強化は全て、ラダンやヘカルトに対する小競り合いではなく、この“大きな戦い”というものに向けての物らしい。
そちらに専念する間、ラダンやへカルトに攻められないのかと聞けば、既に両国との一時的な休戦は決まっていると教えられた。
ここまでで――当然ではあるが――この“大きな戦い”が十中八九、ヴリトラとの対決だと予想はつく。
一応、その“大きな戦い”というボカシた表現を使い、それに向けて二大国から援助を貰ったり、共同戦線を張ったりしないのかと質問いうには、答えられないと返された。
その後は、それでもファーレンに行く意思を曲げない俺に、それならば娘達を何としてでも守って欲しいとカイダル卿に頭を下げてまで頼まれ、遂には召使いに大量の金貨の入った袋を持ってこさせたときには仰天した。
恥も外聞も気に掛けず、ゴリゴリ押され、押し切られ、俺は取り敢えず20ゴールドだけ(俺の金銭感覚も大概だ。)貰って、カイダル姉妹の無事を固く約束し、カイダル邸を後にした。
取り敢えず、ヴリトラって脅威がいる状況で他国と戦争する程スレインはアホでは無くて良かったってところか。
加えて言えば、実に喜ばしいことでもある。何よりヴリトラを攻撃できる聖武具持ち二人の戦力はでかい。
ただしそうなると、盗んだ聖武具は当然ながら大っぴらに使えなくなる。それに思い至ったとき、もう聖武具を盗むのを止めておこうとする気持ちが一瞬顔をもたげたが、やはり万が一を考えると手に入れない手は無いとすぐに思い直した。
にしても、一国が協力してくれるんなら心強い事この上ない。ヴリトラなんぞナンボのもんじゃい。
「おじさん、おじさん、ね、起きて。」
「んん?俺はおじさんじゃ……あーいや、なんでもない。」
袖を引かれてそちらを見ると、そこには見覚えのある10才前後の女の子。長めの栗色の髪と、その左右から突き出る長い耳が特徴的だ。
「えっと……「ノーラだよ?」そうだったそうだった……ははは……ノーラちゃんはどうしたのかな?」
笑って誤魔化し、先を促す。
見覚えがあるも何も、数日前に孤児院に寄ったとき、彼女はお菓子に振り向きもせず、代わりに何故か、暇してた俺の話し相手になってくれた娘だった。
名前をド忘れし、ノーラに一瞬でも寂しそうな目をさせてしまった俺をぶん殴りたい。
「エミリー先生はどこにいるの?」
「ん?あれ?…………ああ、いたいた、あのドアの向こうの部屋だよ。」
身を起こして周りを見ても姿が見えず、代わりに気配察知を使って探し出した。
「どのドア?」
「ほら、あの……いや、一緒に待つか?」
目的のドアを指差して見せるも、ノーラがずっと俺の方を向いていたため、代わりにそう提案すると、
「うん!」
ノーラは純真な笑顔で頷いた。
ソフィアのあの演技による笑顔とは――具体的には分からなくとも――やはり何かが違うのか、まるで自分までが良いことをしているように感じさせられる。
たぶんアリシアのそれもノーラと同じたぐいだ。
軽く跳んで俺の隣に座り、足をパタパタさせるノーラはそれだけで楽しそうだ。
「ノーラちゃんは甘い物が嫌いなのかな?」
「ううん。好きだよ。」
「じゃああのお姉……ソフィアに貰いに……「や!」や?」
「あのお姉ちゃんはや!」
断固とした姿勢。知らない間にソフィアに何かされたのか?
「そ、そうか……それで、エミリーさんにはどんな用事があるのかな?」
「皆でれーはいどーのお掃除当番をしてきたことを言わないといけないの。」
「皆?」
てっきりノーラ一人の話かと思った。
ちなみに“れーはいどー”改め“礼拝堂”はあの白ポーンで間違いないだろう。
「うん、お掃除は6人でするの。皆あっちにいるよ。……お姉ちゃんのところ。」
未だに子供達に戯れているソフィアの方を指差し、話す内にどんどん顔が曇っていくノーラ。
「そんなに嫌か?」
「うん……変な感じがする。」
「な、なぁるほど。」
弁護、弁明なんぞできやしない。ただただ感心してしまうのみ。
「変じゃない?」
「ん?ど、どうかなぁ、おじさんには分からないナー。はは、ははは……。」
鋭いなぁ。子供の直感って怖い。
その後もソフィアへの不信感の大雑把な根拠とも言えない根拠が並べられ、俺は服の下で冷や汗をだらだら流した。




