手順決め
ああ、頭がくらくらする。
加えて首筋も痛い、それに心まで若干痛み出した。
「どうしてですかぁ!?」
それらは全て、俺の胸倉を掴んで前後に激しく揺さぶりながら、その両眼に涙をたたえる目の前の眼鏡の受付嬢、セレナのせいである。
何故こんな事になっているかと言うと、
「どうして依頼を引き受けてくださらないんですかぁ!?」
ま、そういう訳だ。
「いや、まさか毒竜と戦う事になるなんて思っても見なくてな。しかも一週間後だろ?準備期間には短すぎる。」
「そんな!?」
「それに、事前連絡の不備はそっちの責任だろ?」
「う……でも、いくら怒っているからと言って、ただ断るだけならまだしも、一度引き受けてから破棄するなんて、やって良い事と悪い事がありますよ!」
ん?
「一度引き受けた?」
「朝方、ブレイブの皆さんを通して依頼を引き受けると伝えてくださったじゃないですか!?」
あーなるほど。
「そう、なのか……。」
どういう心境の変化……いや、ユイがカイトと会いたがったとか、そこら辺だろうと想像はつくか。
「え?知らなかったんですか?」
「あーいや、すまん、先に言うべきだった。俺はパーティーから追い出されたんだよ。だからつまり、俺一人だけが依頼を引き受けないって事だ。それでよろしく頼む。」
「パーティーを追い出された?」
「おう。」
「パーティーリーダーなのに?」
「まぁ。」
「そうですか……Sランクパーティーとしては珍しいですね。」
「そうなのか?」
「ええ、普通、Sランクのパーティーメンバーの絆はとても強固ですから。」
「ぐっ!?そ、そうか。」
グサッと刺さった。結構深めに。
「仲間内で喧嘩をする事はあっても、すぐに仲直りしてしまう事が多いですね。ただ、実力はあっても、人格に問題があるパーティーメンバーだと話は別ですけど。」
人格に、問題……。
「コホン、ではパーティー登録の解除はこちらでしておきます。」
「あ、ああ、ありがとな。」
満身創痍の心を隠し、取り敢えず愛想笑いを浮かべてギルドの出口へ向かおうとするも、セレナはさらに言葉を続けた。
「知っての通り、討伐隊は一週間後に出ますよ。」
「え?」
「それまでならいつでも参加し直せますから。当日でも構いません。」
「はあ。」
何が言いたいんだ?
要領を得ない俺の返答に、セレナは言葉を探すように一瞬押し黙り、少しして口を開いた。
「……依頼を通じてなら、嫌でももう一度話し合えますよ?パーティー登録だってやり直すのにお金は掛かりませんし。」
なぁるほど。毒竜討伐を機にパーティーと仲直りしろってことか。
「そうだな、俺は人格に問題がある訳じゃないし。」
「その通りです!」
我が意を得たりと手が叩かれ、それに俺は思わず笑ってしまう。
「はは、まぁ考えておくよ。気を遣わせたな。」
「いえいえ、それが仕事ですから。お待ちしています。」
そう言って軽く頭を下げたセレナにもう一度礼を言い、俺は若干気まずくなりながら足早にギルドを出た。
せっかくの心遣いをドブに捨てるのは本当に申し訳ない。
絨毯の引かれた、明るい廊下に立ち、艶のある木製のドアを軽くノック。
「どちら様です?」
すぐに来た問いに、俺はこれまたすぐに返事を返す。
「護衛の者です。」
半ば合言葉のようになっている言葉を交わすと、次いでガチャガチャと幾つもの錠が開けられていく音が聞こえてくる。
上流地区での俺とソフィアの関係はつまりはそういう事になっている。血の繋がらない兄妹とか、再婚の繰り返した末の親子とかの設定も一応考えてみたのだが、ケイ曰く俺はどうにも俗っぽいらしい。
やっとの事でドアが開き、俺は護衛らしく、失礼します、と頭を下げて言いながら入室する。
すぐにソフィアは俺の背後でドアを閉め、再び鍵を掛けていく。
ソフィアにも貴族のような気品があるようには思えないのだが、生来の小柄な背格好のおかげで、まだまだ頭の緩い貴族の娘として通していけるらしい。
ガチャン、と最後の錠を掛けた後、変装用の服を脱いで捨て、ラフなシャツ姿になったケイは天蓋付きベッドにダイブした。
こいつはこういう所々で年相応に子供っぽいが、それは言わぬが花って奴だろう。
「そんな雑に扱って良いのか?この服?」
「適当に掛けておいてください。」
「……はいよ。」
俺は俗っぽいどころか、使用人臭でもするのかね?……こうして簡単に従ってしまう辺り、本当にそんな臭いがしてそうで怖い。
要望通りに服を壁に掛けて、俺はソファに腰を落とす。
「おつかいご苦労様でした。」
と、ベッドに突っ伏したままのケイから、くぐもった声での労いの言葉。
それというのも、昼飯の後、ギルドに寄ってくる旨を伝えた俺は、ついでに今夜の夕飯を買ってくるよう、要請されたのだ。
「取り敢えず適当に美味そうなのを買ってみた。味は知らんぞ?」
テーブルに片腕で抱えていた複数の紙袋を置くと、ケイはサッと起き上がり、ベッドの端に座り直した。
「お腹が減っていれば何だって食べられますよ。……本当に、何でも。」
最後の呟きが非常に気になるが、聞けば俺の食欲が失せるだろう事はいとも簡単に予想できる。
「……そうかい、苦労したんだな。ほら、好きなの食ってろ。余りは俺が食べるから。」
「良いんですか?」
「何が?」
「隊長さんは私の雇用主でしょう?」
「なんだ、覚えていてくれたのか?」
何を今さら。
そう言ってとぼけ、ソファに体重を預けてしまいながら先に食べるよう片手で促す。
「……親睦を深めようとは言いましたけど、隊長さんにここまで気を許して貰えるとは思いませんでした。」
「何言ってんだ、ほぼ1年の付き合いだろ?」
あのときは互いと殺し合いを演じていたが。
「え?……あー……なるほど、そうなりますね。」
一瞬フリーズしたものの、言葉の意味が分かるとケイは幾度か頷いてみせ、袋から骨付きの肉を取り出し、しげしげと眺め始めた。
「ま、毒味ってのもあるけどな。」
不安を煽ってやろうと付け加える。
「なんだ、それならそうと早く言ってくださいよ。思わず警戒してしまったじゃないですか。」
すると彼はそう言って、ホッと胸を撫で下ろし、躊躇いなく骨付き肉に齧り付く。
「そんなに信用ならないか?」
「ん。」
冗談のつもりで聞いたのだが、ケイはあっさり頷きやがった。
なんて奴だ。
「ったく、こっちは親睦を深めようと努力してるんだぞ?これでも一応、協力者としてな?」
「……んく、そういう人程注意しないといけないんですよ、隊長さん。」
言葉と共に、端の小さく欠けた肉が左右に揺らされる。
「ほぉ?どうして?」
「……分かりませんか?」
「ヒント。」
「早いですね……なら、私を見てください。」
呆れた目をして、ケイが両腕を大きく開いてみせる。
ただ、そんな事をされたところで、印象は大して変わらない。
何度見ても暗殺家業をしてたとは思えない、あどけない顔。細身の胴から伸びる、白く、華奢な手足。ソフィアがケイに変装していると言われても俺は大いに納得できる。
「………………ちゃんと食ってるか?」
「はぁ……。」
話を逸らそうすると、ため息をつかれた。
「ま、まぁまぁ冗談だって、ちゃんと当ててみせるから。」
言い、彼の諦念まで感じさせる目から目を逸らす。
「親しげだからこそ注意すべきって事だよな?」
「……ええ、そーですよ。」
正解なんぞ期待していない事がその口調だけで伝わってくる。
「詐欺師?」
「あ、駄目ですね、もう潔く諦めましょうよ隊長さん。」
違うらしい。
「はぁ……参った分からん、答えは?」
白旗を振る。
「特殊な趣味の……いえ、言ってもきっと分かりませんよ。ただ、これで隊長さんをもう少し信用して良い事は分かりました。」
「貶してるのか?」
「違いますよ。」
そう言って笑顔を見せたケイは、手元の肉に再び齧り付いた。
どうだかねぇ。
買ってきた物をたいらげた後、俺が出たゴミを紙袋に直して床に下ろすと、ケイがテーブルの上にメモ帳の束を置いた。
「隊長さん、これが何か知っていますか?」
そして俺が体を起こすなり、ケイが悪戯な笑みを浮かべて聞いくる。
「おう、知ってるぞ。確か建物の立体映像を映し出す魔法陣だろ?」
「……ちぇ。」
事も無げに答えると、目の前の少年はこれ見よがしにむくれた。
「ま、まぁ、とは言っても見たことがあるのは一度だけだしな。ファーレンに侵入してきた奴がファーレン城の奴をたまたま持ってたんだ。」
「ファーレン城の?……もしかして男のエルフですか?」
「ん?ああ。」
「……なるほど、隊長さんの任期に。……元々運の無い人でしたからね。」
「知り合いなのか?間違えてあいつ専用の転移陣を起動して、あの後行方知れずになってしまっててな。」
「あはは、とぼけなくても良いですよ。彼の行方なんて隊長さんは知らなくても構わないんですよね?なにせ彼はもう再起不能ですから。……知っていますか?あの後、ファーレン城への潜入に対する相場が倍になったんですよ?」
「……まぁ、少しやり過ぎた感はあった。」
あれはカダの自白剤のせいなんだけどなぁ。
しっかしあのエルフ、やっぱりスレインの間者だったか。今更ではあるが、答えが分かって良かった。
「ゴホン、で?これはどこのなんだ?」
咳払いして、メモ帳をつつく。
「決まってるでしょう?」
「ま、そうだな、教会か。」
ケイのからかうような声に笑って返す。
「あれ?今度はヒントはいりませんでしたか。」
「おいこら、今度こそ俺を馬鹿にしてるだろ、お前。」
それぐらい分かるわ。
「そう怒らないでくださいよ、冗談に決まってるじゃないですか。」
「あーそうかい。」
さっきの顔は明らかに驚いてたけどなぁ?
俺がテーブル越しにジト目をケイに向け続けること数秒、彼はベッドの上で姿勢をただした。
「……本題に入りましょう。」
「そうだな。」
俺も座り直し、メモ帳へと魔素を流す。
ボゥッと浮かび上がる、半透明の白ポーン。そしてそれを中心としたアザゼル正教会の敷地の全容。もちろんそれらも全て半透明だ。
「で、ここに狙いの物がある訳だ。」
白ポーンの中の白ポーン。手抜きのマトリョーシカのようにあるそれを指し示して確認すると、
「ええ、探す手間が省けましたね?」
早速皮肉られた。
「……本題を進めようか?」
「失礼しました。……隊長さん、ここの警備は覚えていますか?」
「あの鎧の奴らか?」
「そうです。聖騎士の数は?」
あいつら、聖騎士っていうのか。
数は、確か……
「……10人?」
俺の答えに、ケイはやれやれと首を振る。どうやら違ったらしい。
「16ですよ。打ち分けは礼拝堂の中に12,外に4。中の聖騎士は等間隔に立って待機していて、外は二人一組で巡回しています。」
「へぇ、よく見てるな?」
「祈ってばかりいても何もできませんからね?」
一々茶々を入れて来るのはある程度親睦が深まった事の現れだろうか?あのとき聖武具に完全に気を取られていたのは確かだけれども。
「はいはい、悪かったよ。その他に警備はいないのか?」
「ええ、幸い。……あれだけの広さに2桁の聖騎士は厄介に変わりありませんが。」
「そうか……この周りの建物は聖騎士の待機所だったりするのか?一人取り逃したり、大きな音を立てたりすると倍の数がやってくるなら「孤児院です。」それなりのやり方を考えないといけない……え?」
「そこは孤児院ですよ。」
「にしては大きくないか?」
そんなに孤児がいるのか?まぁ冒険者なんて仕事があるからな、そうであってもおかしくはないのか?
「神官の養育所と言えば分かりやすいですか?最高位の神官達が怪我人の治療を行う傍ら、ある程度の年齢の孤児達に手伝いをさせながら神官としての教養や技術を教え込む施設です。たった一度の魔法では治しきれない、寝たきりの怪我人もそれなりの数がいますよ。」
それを孤児院と言って良いのだろうか。
「こんな事も知らないなんて、隊長さん、思ってた以上に田舎者なんですね?」
「うるさいぞ。ったく、ほら、話の続きは?」
目の前からの探るような視線。しかし俺は軽く怒って見せる事で取り合わない。
……ああ、亜人って言葉を知らなかった理由を、田舎者だったって事で許されれば良いのになぁ。
「とにかく、孤児院の事は心配ありません。高位の神官は厄介ですが、夜にはぐっすり寝てくれますから。」
「夜か。じゃあ俺達は夜闇にまぎれて教会の鍵開けをすれば良いだけか?」
「はぁ……隊長さん、教会は特別な儀式でもない限り、ずっと開いてるんですよ?真夜中でも聖騎士が警備にあたってる決まってるじゃないですか。」
この世界の教会って24時間営業なのかよ……。
「つまり聖騎士全員を相手にするのか?」
「あはは、切り込み隊長らしいですね。私みたいな者はこういうとき、便利な道具を使うんです。」
言いながら、ケイはテーブルの上に紐付きのこぶし大の玉を2つ置いた。
あと、今遠回しに脳筋って言われたか?
「……これは?」
「中から大量の煙を吐き出すオモチャです。強い衝撃を与えれば、かなり濃い煙幕を張ってくれる優れ物ですよ。」
「了ー解。つまりこいつで向こうが慌ててる間に目的の物を持って逃げるって事で良いんだな?」
「ええ、その通りです。」
「……できれば気付かれずに盗みたかったんだけどな。」
「あのですね隊長さん、目的の物はここにあるんですよ?」
ケイがホログラムの白ポーンの床のど真ん中を指差す。
「あーうん、そうだった、無理言ってすまん。」
頭を掻いて謝ると、分かってくれたなら良いんです、と呆れ混じりにケイは言い、そしてパン、と気を取り直すように彼の手が叩かれた。
「さて、手順はこれで問題無いでしょう。幸い、さして難しくないから忘れてしまう心配もありません。つまり、あとは隊長さんの問題です。」
「ん?俺?」
「ええ、残り一週間弱で、最低限の隠密行動を取れるようになって貰います。」
「いや、作戦を聞く限りだとそんな必要は……」
「周りを巡回する聖騎士は私達の手で直接処理しますよ?援軍を呼ばれてはかないませんから。そして彼らの中に索敵に長けた者がいるかもしれませんので、せめて足音と呼吸音だけでも消して貰います。」
「……できるのか?一週間で。」
「できさせます。」
なるほど、できさせられるのか……。




