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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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秘密

 「さて、お久しぶりですね、切り込み隊長さん?」

 ティファニアに整然と立ち並ぶ建物の間にできた狭い空間、そこに俺と二人で滑り込むなり、ソフィアは金髪を揺らしてこちらを振り向き、無邪気な微笑を浮かべる。

 「そうだな、まさかお前に女装趣味があるとは思わなかったよ。」

 もちろん、こいつの本名はソフィアではない。そもそも女ですらない。

 「ソフィア、可愛かったです?」

 「やめろ。」

 あからさまな媚びに鳥肌が立つ。

 「すみません、ふざけている場合ではありませんね。……これも、今は用済みです。」

 そう言ったソフィアはそれまで来ていた明るい青の衣服を脱ぎ捨て、顔を懐から取り出した布巾で拭く。そして現れたのは細身の体をピチリとした黒一色で覆った美少年、ケイ。

 「顔は隠さなくて良かったのか?」

 「化粧という物を侮ってはいけませんよ。あれは立派な技術ですから。」

 言いながら、ケイは衣装をちゃんと畳んで、どこからともなく取り出した袋に丁寧に入れていく。まぁ商売道具は命だもんな。

 「つまり俺に顔を見せたって痛くも痒くも無かったってことか。」

 してやられたって訳だ。

 「いえいえ、いくら私の技術が高くとも、元の素顔を完全に隠す事なんてできませんよ。ソフィアの顔に微かにでも見覚えがあると思ったからこそ、隊長さんも私と何処かで会わなかったかと聞いたんじゃないですか。」

 あー、確かに、そういえばそうだった。

 「はぁ……なるほど。まぁ何にせよさっきは助かった。あそこから誤魔化しきれた自信は無い。」

 ルナに侮辱的な言葉を吐いたのはいただけないが。

 「いえ、当然の事をしたまでです。万が一私の仕事に支障をきたされると困りますからね。」

 俺の心の内は分かっているのか、ケイは謙虚な態度で簡潔に言った。

 「……そうかい。」

 まぁ俺もこの場で責めようとは思っちゃいない。さっさと話を進めよう。そして早くルナに我が全身全霊の土下座を披露しなければ。

 「で、なんの用だ?まさか変装を自慢しに来た訳じゃないだろう?」

 「ええ、もちろん仕事の話です。……隊長さん、今の王城は盗みを働くには非常に困難な場所となっています。」

 ケイは笑みをサッと消し去って、真剣な顔でそう言った。

 「困難なのは百も承知だ。今さら何があったんだ?」

 「ここティファニアには今、勇者達が、います。」

 ……は?

 勇者?

 「待て待て、あいつらならファーレンに行ってしまって留守のはずだろ?」

 「ええ、最近急に戻って来ました。」

 「嘘だろ?」

 「事実です、残念ながら。……それで、どうしますか?勇者達がどこかへ遠出するのを待ちますか?」

 「遠手する予定でもあるのか?」

 「近い内に戦争があるそうですよ?」

 「ハッ、ふざけるな。」

 俺が提案を鼻で笑い飛ばすと、元より冗談のつもりだったのだろう、ケイも頷き、話を続ける。

 「失礼しました。さて隊長さん、ここからが本題です。……あの毒竜討伐の依頼を請けてください。」

 「理由は?」

 「討伐隊には王国の騎士団と共に、勇者が参加することとなっています。……手を。」

 王国の騎士団ね……そんな大事になってたのか……。

 と、ケイの腰に巻かれたベルトの、幾つもあるポケットの一つから何かが取り出され、俺へ差し出される。

 受け取って見てみるも、小さな模様の入った2つの紙片にしか見えない。

 「これらの紙片のある場所を、私は常に把握できています。」

 ……シーラがフェリルと買ったお揃いのネックレスと同じような代物か。夫婦の首飾りとか言ったっけか?あれと同じ魔法陣が縮小されて描いてあるのだろう。

 「つまり勇者達にこれを取り付けろと?俺が?」

 「話が早くて助かります。ええ、これは私よりは隊長さん、貴方が適任なんです。それにこれはそう難しい事じゃありません。その裏の糊は力を込めてつまむぐらいで溶けて、すぐに冷えて固まりますから。粘着力は約4日、鎧や鞘の裏に貼っていただければ問題は無いでしょう。」

 聞き返した俺にケイは頷き、さらに詳しい説明をしてくれた。

 なるほど。

 俺は紙片を2枚とも差し出し返した。

 「隊長さん?……どうかしましたか?」

 目の前の少年は怪訝な顔になるが、こんな苦労をする必要はない。

 「あの二人の場所なら俺が把握してる。色々準備してもらったのに悪いな。」

 爺さん、できるよな?

 『うむ、任せい。勇者という希少種ならばいつでも見つけられるわい。』

 そりゃ良かった。

 「……本当ですか?」

 「ああ、任せろ。」

 「分かりました、信じましょう。」

 どうやっているのか聞いてこない辺り、実に気が利いている。

 「話は終わりか?」

 「ええ、懸念が杞憂に終わり、何よりです。私はあまり人頼みを好まないので。」

 白々しい。

 「さっきのお前の台詞を繰り返してやろうか?」

 「勇者達へ何か小細工をするには、見ず知らずの私より、仲間となる貴方の方が確実である事に嘘はありませんよ。」

 俺の言葉に全く怯まず、ケイは確信を持ってそう言い切り、真面目な顔を崩すことなく続ける。

 「話はこれで終わりますが、一つ忠告をさせてください。隊長さん、勇者を舐めないでください。スレインの闇ギルドを、未達成依頼の量産という手段で潰しかけている奴らなんですから。」

 そういえばそうだったな、あいつらのせいで闇ギルドはいつの間にかそこまで追い詰められてたんだった。……確か貴族の令嬢の誘拐とかを中心に阻止して回ってるんだったっけ?

 「分かった、肝に銘じておく。」

 首肯してみせると、ケイは変装用具入りの袋を担ぎ、路地裏のさらに奥へと消えていった。

 「……勇者、か。」

 ま、これからルナに謝って許してもらうのに比べれば、あいつらへの対処なんて何じゃないさ。いや本当に、心から。



 「説明してくれるかしら?あんなに悲しそうなルナさんなんて初めて見たわ。」

 パーティーメンバーの泊まる宿屋に恐る恐る入ると、ユイ、フェリル、シーラの3人が思い思いの姿勢で俺を待ち構えていた。

 ユイの剣呑な声にビクつき、しかし気になることが一つ。

 「ルナは……?」

 そう、肝心の彼女の姿が無いのだ。

 「上で寝てるわ。だから静かに、ね?」

 「リーダーとは顔も会わせたくないってさ。一体何をしたんだい?」

 シーラとフェリルの口調はまだ穏やかな方だが、誤魔化すんじゃねぇぞと二人の顔に書いてある。

 ここは正直に話すしかないか。

 「あー……実はな、俺がソフィアを家まで送るとき、ルナも一緒について来ようしたんだ。そこで、ソフィアが、父親が亜人嫌いだから駄目だって言って……。」

 「「ッ!」」

 エルフ二人が拳を握る。見れば両者共に歯を強く食いしばり、顔を歪ませていた。

 ……そこまで酷い言葉なのか、亜人って。

 「……で、続きはなんなんだい?それだけであの娘があそこまで取り乱すとは思えない。さらに何か、あったんだろ?」

 エルフ二人の予想以上の反応に、もう続きは敢えて黙っておこうと思っていたが、そうは問屋が下ろさない模様。

 俺の命はもう風前の灯と言っても過言ではない。

 俯いたまま唇を舐め、唾を飲み込み、深呼吸。顔は上げられなかったが、俺はそれでも意を決して口を開く。

 「それで、俺はルナに、お前みたいな亜人もいるのに、嫌いだなんて頭の硬い奴がいたもんだなぁ、て笑いながら……言って……。」

 「シーラ、行こう。」

 「そうね。」

 ガタッと椅子を蹴って立ち上がる音、そして木板をきしませながら階段を登っていく足音二人分。

 まぁ、そりゃあそうなるわな……。

 顔を左手で覆い、強く撫で下ろして吹き出た汗を拭いつつ、近くの椅子を引っ張って来て座り込む。

 「はぁ……。」

 重いため息。

 不味いな、こればかりどうあっても取り返しが付かないぞ……。いや、どうにかして謝れば……無理か。

 さて、となるとこれからどうしようかね。

 ……まずフェリルとシーラとはもう別れる事になるよな。あとはルナをどうにかしてラダンに帰して、運良くウォーガンに殺されずにスレインに戻ってこれたらファーレンに向かうってところか?

 「ねぇ。」

 ……そしてネルとアリシアにルナがどうしていないのか聞かれて、そんで愛想尽かされるかな、たぶん尽かされるよなぁ……。

 「ちょっと!聞いてる?話しかけているのだけれど?」

 と、体を大きく揺さぶられ、堪らず目を上げれば、ユイがまだ最初と同じ位置に座っていた。

 「ん?なんだユイか、どうした急に?」

 「急じゃないわよ。シーラさん達は今ので事情が分かったみたいだけれど、私にはまだルナさんが泣いた理由が分からないわ。まさかあなたに付いて行けなかったからって訳じゃないでしょう?」

 ……そうか、そういやユイも知らないんだよな。

 「ルナはな、亜人って言われて、それなのに俺が何もしなかったどころか、俺まで彼女を亜人呼ばわりしたから傷付いたんだ。」

 「亜人?」

 「ああ、人間以外を一緒くたにまとめた言葉だと。ゴブリンとかトロルをも含めて、な。」

 爺さんの受け売り。ったく、俺も事前に説明して欲しかったもんだ。なぁ爺さん。

 『無茶を言うでないわい。』

 「あ……そういう事。」

 疑問は無事解決したようだ。

 「そうだ、だからお前も今後気を付けろよ?こういうのって知らなかったじゃ済まされないからな?俺みたいに。ったく、口は災いのもととは良く言ったもんだな?」

 もうやけくそに近い空元気で肩をすくめ、戯けてみせる。我ながら、動揺のせいで饒舌になってしまっているとは思う。

 「それでも、知らなかったのなら知らなかったなりに……」

 「ああ、謝るべきだろうな。」

 元の世界で日本語の「苦い」と「Nigger」を間違われてぶん殴られた日本人の話を聞いたことがあるが、それと同じだ。

 ただ、“亜人”はそれと比べ物にならない程酷い侮辱らしいが。

 「……そりゃ謝るさ、当然。ま、ルナはともかく、フェリル達が俺の知識不足を信じてくれるかは知らんがな。」

 この大陸では言語の壁というものがない。バベルの塔建造計画が無かったからかどうかは知らんが、要は別の国からやってきたという言い訳は効かないのだ。

 知らなかったなんて、ソフィアのような子供ならともかく、いい大人のそんな言い訳に耳を貸してくれるかどうか……。少なくとも俺なら貸さないと断言できる。

 「もう話してしまえば良いじゃない。知られてまずい事は無いでしょう?」

 「はは、それこそ信じてくれるかどうか怪しいだろ?別の世界から来たから許してくれって言ったって、さらに呆れられるのがオチだ。はぁ……、今まで説明を面倒臭がって隠したままにしてたのが仇になったな。」

 取り敢えず、俺が違う世界から来たことを知っているルナには、俺の知識不足って事で許して貰える可能性がある。その分、まだ救いはあると言えるだろう。

 そうして頭を無理に良い方へと切り替え、今日のところは寝てしまおうと立ち上がると、

 「私が協力するわ。」

 そう言って、ユイが俺のコートの袖を掴み、引き止めた。

 「あなたの言葉が本当だということ、私からも言えばきっと信じてくれるわよ。」

 「自分が勇者だとでも言うつもりか?」

 「いけないかしら?言う言わないは私の勝手でしょう?」

 「……まぁ、そうだな。」

 反論の余地もない。

 「でも良いのか?あの二人に少し距離を置かれるかもしれないぞ?」

 「……それぐらい、構わないわ。」

 フェリルが泣くぞ。

 「そうか……すまんな、恩にきる。」

 「私に謝るんじゃないでしょう?」

 俺が頭を下げると、ユイは悪戯な笑みを浮かべた。

 「はは、ああ、そうだな。ありがとう、ユイ。」

 笑い返し、そのまま部屋に戻ろうとするも、ユイは俺のコートからまだ手を離してくれない。

 「えーと、ユイ?」

 嫌な予感。

 「それで?」

 「ん?」

 「このパーティーを解散の危機から救う事になる私に何か言いたいことは?」

 「ありが、とう?」

 聞こえなかったのか?

 「どういたしまして、お礼に何を隠しているのか教えなさい。」

 あ、そういうことか……。

 「か、隠す?」

 「別にあなたの謝罪に協力してあげなくたって、私は一向に構わないのだけれど?」

 くっ、なんつーパワーカードを。

 「分かった分かった、話す、話すから、話せばいいんだろ?……一ヶ月後ぐらいで良いか?」

 「新しいパーティーリーダーは私で良いかしら?」

 駄目だ、完全に命綱を握られてる。……もう白状するしかあるまい。

 「はぁ……。」

 ため息をつきながら頭をかきつつ、ちょいちょいと手招き。ユイにもっと近付くようにジェスチャー。

 周りには誰もいないが、用心に越したことはない。

 「?」

 首を傾げ、目の前に来たユイの耳元に口を寄せ、呟く。

 「……実は、聖武具を盗み出そうと思ってる。」

 反応は劇的だった。

 まず、目を見開いたユイがバッとこちらを振り向き、驚愕の表情のまま口をパクパク動かし始め、次にきゅっと引き結んだかと思うと、

 「この!」

 「ぶっ!?」

 何故か平手打ちを俺に見舞った。

 そこまでやります!?

 「ど、どうしてそんな、馬鹿な事!?」

 「……聖武具にも神威が宿ってるんだよ。少しだけだけどな。」

 頬を抑えながら答える。

 「神威?」

 「あーいや、要は神器の代わりになり得るって事だよ。」

 怪訝な顔をするユイに理解しやすいよう言い直せば、彼女の眉がひそめられた。

 「神器ならもう集めたでしょう?」

 「準備のし過ぎって事は無いだろ?」

 「それに、あれは持ち主を選ぶのよ!?まさか忘れたのかしら?」

 「武器は武器だ、特殊な能力は使えなくとも、振る事ができれば問題ない。」

 古龍に傷を負わせられるのならなんでもいい。怨嗟の声は一度は体験済みだし、覚悟があれば何とか無視できるだろう。

 最悪、黒魔法で遠隔操作という手もある。

 「……一歩間違えれば重犯罪者よ?バレれば国中の人に追われるわ。捕まったら死刑になってもおかしくないのよ?それを少しでも考えたのかしら?」

 「古龍を倒そうって言うんだ、これぐらいの危険、何じゃないさ。」

 「そこまでして、どうしてそのヴリトラを倒したいのよ?」

 フェリルにも似たような事を聞かれたなぁ。

 思い出しながら、これから言う言葉を考えて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 「……まぁぶっちゃけて言えば乗り掛かった船った奴だな。ちなみに今2階にいるニーナに巻き込まれた形だ。」

 上を指差し、肩をすくめる。

 「それなら!」

 「それならわざわざ命を張らないで良いだろうってか?はは、もう遅い。俺はもう船に乗ってしまっていて、次の陸地に着くまでは降りられん。」

 ヴリトラの仲間も両手で数え切れないぐらいは殺したしなぁ。

 だというのに、我ながら情けない事ではあるけれども、やはり俺に立派な動機なんて代物は無い。

 「そんな……私やアオバ君にはあれだけ命を大切にしろって言っておいて!?」

 「……そう、なるな。すまん。」

 何の言訳も思い付かず、素直に頭を下げる。

 そのまま数秒、怒れるユイの口からため息が聞こえてきた。

 「はぁ……それで?何をすれば良いのかしら?」

 「え?」

 ため息に続いた質問を受け、軽い驚きと共に顔を上げる。

 「協力してあげるわよ……できる範囲でなら。」

 するとサッと俺から目を逸らして、ユイは尻すぼみにそう言った。

 「いや「協力するわよ?あなたがなんと言おうと。」あ、はい。」

 ……俺はユイを協力させなければならないらしい。

 しかし急にそんな事を言われても困る。

 「じゃあ明日までに何か考えておくから。な?」

 「必ずよ?」

 「はいはい。……ん?」

 適当に頷いて、今度こそ睡眠を取ろうとすると、またコートの袖を引き止められた。

 「危ない、忘れる所だったわ。」

 「えーと、何を?」

 嫌な予感しかしない。

 「盗みの計画も含めて、全部パーティーの皆に白状しなさい。」

 「えぇ……。」

 最後に一番キツい条件が飛んできやがった。

 「し な さ い!命令よ、良いわね!?」

 そしてもちろん、今の俺に拒否権など無いのである。

 ……わざわざ女装までして秘密を守ってくれたケイになんて言おう。

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