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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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亀裂

 「ルナ!ユイ!やっと来たか!」

 その二人を視界に入れた瞬間、俺は歓喜のあまり立ち上がり、思わず大きな声を上げた。

 場所は変わらず冒険者ギルド、ティファニア支部。その中にある簡易酒場のテーブルの1つで、俺はこの約2時間ぶっ続けで、ふわふわ金髪のマシンガントークに付き合わされていたのだ。そりゃ感涙の一つや二つ、流したくもなる。

 細身な体の何処からこんな元気が溢れてくるのやら。若いっていいなぁ……俺もまだ若い筈なのに。

 そして、俺がいるテーブルにやって来た彼女らは、当然ながら、まず一言。

 「「この子は?」」

 「ソフィアです!」

 対し、金髪少女ソフィアが即答。

 「だとさ。」

 俺は肩を竦め、取り敢えず座るよう手で二人を促し、彼女らが素直に腰を下ろすのを見てほくそ笑む。

 よぉし、これで負担は3分の1だ!

 「それで、どういう依頼なのか分かったのかしら?まさか勝手に受諾したんじゃないでしょうね?」

 「してないしてない安心しろって。ただまぁ今はフェリル達を待とう、な?」

 「ご主人様、それよりこの子とはどういう関係ですか?」

 「……どんな関係なんだろうな。」

 変に懐かれたとしか言えん。

 三人の目がソフィアに集中する。

 「?」

 そんな彼女は笑顔のまま首を傾げ、「あ!」と何かに気付いたように手を叩く。

 さ、始まるぞ。

 「そういえばソフィアはこの前、綺麗な石を拾ったのです!」

 「え?」

 「石?」

 「そう!それで……」

 唐突に始まった話に戸惑うばかりのルナとユイを置いて、ソフィアの綺麗な石ころの話は何故かスレイン王国の成り立ちへと転じていった。


 「「「やっと来た!」」」

 さらに小一時間ほど過ぎ、待ちに待ったエルフ三人がようやくギルドに現れた。

 「アハハ、ごめんね私のせいで待たせちゃって。」

 頭の後ろを掻きながら笑うニーナ。

 普段なら怒鳴り付けてやるところだが、今回ばかりは違う。

 「そんな事ないさ、俺達はお前が来てくれただけで嬉しいよ、な?」

 「ええ、ニーナさんが来てくれて本当に良かった!」

 「私もニーナを心待ちにしていました!」

 「そ、そう?えへへへ、照れるなぁ。」

 嬉しそうなニーナには悪いが、俺はさっさと場所を変えてしまいたい。ルナとユイも同感だろう。

 じゃあ話は宿屋でしようと俺が言う直前、フェリルがフェリルたる所以を発揮してしまった。

 「ところでお美しいお嬢さん、失礼ながらあなたのお名前をお聞きしても?」

 「え、そ……ソフィア、です。」

 パーソナルスペースなんぞ知ったことかと急接近し、普段の様子とはかけ離れたキザな微笑みを浮かべる優男に、ソフィアが頬を赤らめる。言動は幼いが、年頃ではあるらしい。

 「可愛らしい響きですね。しかとこの胸に刻ませていただきましたよ……ソフィア。「おいシーラ。」「言われなくても!」アイダダダダダ!?」

 しっかしよくもまぁシーラの目の前でやれるよな。逆に快感を覚えてるとか、そっち系の趣味なのだろうか。

 「よ、よし!じゃあ宿屋に行こうか!色々と話さないといけないからな!ユイ、宿屋への案内を頼めるか?」

 「そ、そうね。分かったわ。ルナさん、一所に行きましょう。」

 「え、ええ。」

 「じゃあまたな、ソフィア。いろんなお話を聞けて楽しかったよ。」

 「私も……行きたいです。」

 足早に去っていくルナ達に続き、そのまま別れようとするも、彼女は俯いて、控えめにそう言った。

 「すまんな、でもこれからパーティーの話し合いがあるから、また今度、な……?」

 その頭に手を乗せ、ポンポンと軽く叩く。

 ソフィアは頭に乗ったその手に手を重ね、

 「お兄さん……」

 「!?」

 俺の手の甲を、俺がネルに習ったのと同じリズムと正確な指運びで叩いてみせた。

 「……お願いします、ね?」


 「連れてきたのね……。」

 俺に続いてギルドから出てきた金髪少女を見るなり、ユイははっきりと分かるほど渋面になった。結構珍しいとは思うが、ソフィアの事が気掛かりでそれどころではない。

 「いや、はは、すまん、断りきれなくてな。まぁ十分に気が済んだら帰るさ、だろ?」

 「はい、日の沈む前に帰らないとお父様とお母様に怒られてしまうです。」

 俺が確認も兼ねて言うと、ソフィアは嬉しそうに無邪気に笑った。そのあどけない笑顔は今の俺には逆に不気味さを感じさせるものの、彼女がこちらに危害を加えようとする節は無い。

 日が沈むまでか……俺の腹が持つかね?

 「日はもうそろそろ落ちるわよ?宿屋に付く頃にはもう帰らないといけなくなると思うのだけれど。それで良いのかしら?」

 「問題ないのです!ギルドの皆さんは最近私の話を聞いてくれないですから……。」

 そりゃぁそうだろうなぁ……。

 俺とルナ、ユイが目を見合わせ、嘆息する。

 「そ、それで!結局どういう依頼だったの!?」

 何とも言えず、三人揃って苦笑いを浮かべる事しかできなかったところ、シーラが上手い具合に気を利かせてくれた。

 「あ、ああ、そうだったそうだった。歩きながら話そう、ユイもそれでいいか?」

 「……分かったわ、こっちよ。」

 言い、ユイは踵を返してルナと並んで歩き出す。

 ソフィアと手を繋ごうとしたフェリルのその手が氷漬けにされるなど一悶着あった後、俺達はスタスタ歩く二人を追い掛ける。

 「……で、まぁまず肝心の依頼内容は「毒竜の討伐だったです!」……そうだな。」

 追いついた所で口火を開くと、ソフィアが元気いっぱいに言い、俺は鷹揚に頷く。

 そういえばこいつも隣で聞いてたな。

 「「「毒竜!?」」」

 声を上げたのはフェリル、シーラ、そしてニーナ。

 「おう、それでどうする?受けるか?活躍を期待してくれてるらしいが、まぁ結局はこっちの判断だ。あ、それと先に言っておくぞ、俺は受けなくて良いと思う。」

 俺の目的はティファニアに来る事だけで、それはもう達成されたからな。

 「え、えーと、私は関係ないよね?私ってファーレンの理事長だし、ていうかそもそも冒険者なんかじゃないし。」

 その瞬間、ニーナ以外の全員が致命傷を負った。心に。

 冒険者“なんか”て……。

 「……ニーナ、野宿な。」

 「なんで!?」

 この野郎、どうして精神が無駄に幼いんだよ。ただでさえ重傷なのに塩を塗りたくられる気分だ……。

 「ゴホッゴホッ、リ、リーダーは、セシルに恩返ししたいんじゃなかったのかい?」

 何とか持ち直したフェリルがつっかえながらも聞いてきた。相当堪えたのか、いつもの飄々とした笑みはなく、代わりに力のない微笑み程度が浮かんでいる。

 「毒竜を倒したいと思う程の恩じゃない。」

 恩があるのなら今まで貸してやった、返されるあての無い金でチャラだ。むしろ俺が恩を返してほしいまである。

 「珍しいわね、貴方なら喜び勇んで死地に飛び込もうとすると思っていたわ。」

 「俺はそんな風に見られてたのか……はぁ。」

 そしてシーラは俺を貶すことで心の安寧を得る。

 「当然でしょう?今までのあれで他にどう見られると思っていたのかしら。」

 と、ユイがこちらを振り向き、救いがたい馬鹿を見る目を向けてきた。シーラと同じ作戦だろうか。

 人を踏み台か何かと間違えてるんじゃないかね?

 「……優しいお兄さん、とか?」

 もういいやピエロでも演じてやるさ。

 「「「「ぶはッ!」」」」

 「おいこらお前ら!確かに我ながら無いとは思うけどな、ノータイムで笑うことないだろ!」

 なんて奴らだ。それでも仲間かチクショウめ。ピエロなんてやめだ、性に合わん。

 「ル、ルナはそう思うよな?流石に笑うことじゃ……。」

 唯一吹き出さなかったパーティーメンバーに最後の希望を見出すも、

 「呆れて何も言えないだけです。」

 振り向きもせずに断じられた。

 ……まぁ、そんな所だろうとは思ってたさ。

 「はぁ……。」

 「私は優しい方だと思うです!」

 「あ、ああ、そそうか、ありがとな。」

 ソフィアだけは賛同してくれたが、対する俺の笑みはきっと引き攣っている事だろう。

 「ゴホン、じゃあ受けないってことでいいな?」

 さっさと話題を変えよう。

 「あ、分かったわ!」

 と、いきなりそう言ったかと思うと、シーラは腰に片手を当て、確信に満ちた表情で、ビシッと俺を指差した。

 なんだなんだ、と他のパーティーメンバーの目が彼女に集まる。

 「貴方、一人でその依頼を受ける気ね!」

 「誰がやるかッ!」

 思わず大きな声が出、道行くティファニアの方々から奇異の目を向けられてしまったが、それだけの理由はある。

 そんな俺の全力のツッコミにシーラは目をパチクリさせて、

 「そうなの?」

 と、さも意外そうに聞き返してきた。

 心外にも程がある。

 俺の信用の無さにびっくりだ。たぶん今に始まった事じゃないんだろうけどなぁ……。

 「何をどうしたらそう思えるんだ……。」

 確かに危険を侵してきた覚えはあるが、それに見合うメリットがあってこそだったつもりだ。

 毒竜と戦って何が得られる?まぁ確かに、貴族カダを没落させたというあの竜仙酒には興味はある……怖いもの見たさって奴だな。

 「だって貴方は強い相手と戦いたい戦闘狂でしょう?毒竜なんて良い相手だと思ったんじゃないの?」

 「まず言っておくぞ?このパーティーで、“唯一の”戦闘狂はルナだ。俺じゃない。」

 ったく、失敬な。

 「ち、違います!私は別に戦うことなんか、好きでは……」

 聞き捨てならなかったか、バッとこちらに顔を見せたルナの言葉は、しかし残念ながら尻すぼみ。

 「あ、そうだルナ、今度久しぶりに手合わせでも「はい喜んで!……あ。」じゃ、じゃあそのうち、な。」

 即答だもんな。聞いたこっちが驚いた。

 でもそんなにやりたいのなら無下にする訳にもいかないか。

 早く仲直りするためにもルナと戦わないと……あれ?文脈がおかしいぞ?

 「……えーと、そんでもってもう一つ、毒竜ならもう倒した事がある。もちろん一対一でな。」

 あの場には一応ネルとアリシアもいたが、こう言ってもきっと文句は言われないだろう。

 ドヤ。

 「あ、着いたわ。ここよ。」

 「へぇ、綺麗な所ね。」

 「ええ、幸いお金に困っていないからいつもより少し欲が出たのだけれど、良かったかしら?」

 「そんな、今まで遠慮してたのかい?欲しい物があれば僕に言ってくれれば良いのに!グガッ!?」バタリ

 「よいしょ。ユイちゃん、お部屋に案内してくれる?この馬鹿を縛って寝かせてから降りてくるから。」

 「あ、はい、えっと、店員さんに聞いてみれば……」

 「えーと、ユイちゃん、さん……様?えっと、私って本当に野宿?流石に違うよね?ね?」

 「ソフィアも泊まりたいです!」

 「ソフィアは門限があるんでしょう?また遊びましょう?ね?」

 ……最近、俺の扱いが雑な気がする。

 『まぁ多少粗雑に扱ったところで、お主の頑健さを考えれば、のう?』

 顔に水を掛けられた蛙だってな、嫌だなぁとか少しは思うんじゃないか?大量にぶちまけられれば尚更なぁ!?

 「あの、ご主人様。」

 「ん?どうした?」

 「その……えっと……いつ頃?」

 両手の人差し指の先を突付き合いつつ、顔を赤らめ恥じらって、散々言いにくそうにしてみせた後、しどろもどろながらルナは言葉を絞り出した。

 「いつ?何がだ?」

 あまりに舌足らずで意味は伝わってこなかったが。

 「ですから、その……手合わせを。あの、ご主人様としたいなぁと。」

 「バトルジャンキーめ。」

 反射的に、言葉が口を突いて出た。

 「うぅ……。」

 何も言い返せず、ルナの顔が真っ赤に茹で上がる。

 それでも何でもありません、とか言って誤魔化さない辺り、本当にやりたいんだって事が伝わってくる。

 「まぁ……そのうちな。」

 「はい!ご主人様の足手まといでないこと、必ず証明してみせますので楽しみにしていてください!」

 言いながら、ルナは拳を握って着物の帯辺りにあてがうと、よし、と自身に小さく気合を入れた。

 その耳も同時にピンと立つ。

 「ひゃん!?」

 思わずモフってた。

 久しぶりの手触りが気持ちいい。ユイが四六時中ルナに抱きついていたいとか何とかこぼすのも分かる。

 「俺は別にお前を足手まといだとか思ってないぞ?」

 そのまま抱きすくめようとするも、体を押されて阻まれる。

 寂しい気もするが、ルナとは喧嘩中なのだった。とても悲しい事に。

 早く仲直りしたい。

 「む。それならばご主人様、秘密にしている事を全部話してください。」

 ……フェリルが前に言ってた通り、勘付かれてしまっているらしい。

 「俺がお前を足手まといだから何も言わずにいると思ってるんなら大間違いだ。」

 「なら教えてください。絶対に他言しません。それともご主人様は私の事を口の軽い女だと思っているのですか?」

 「いや、そんな事は……「何のお話ですか?」っ!?」

 「ソフィア!?」

 「ど、どうした、何か用か?」

 宿からひょっこり顔を出してきた少女に、俺とルナは二人してたじろぐ。

 しかしソフィアはそんな俺達を気にする素振りを露程も見せず、

 「ソフィアはそろそろ帰らなければならないです。……でも、夜道は怖いので一緒に来て欲しいです。」

 一方的にそう言うなり俺の手を掴み、どこかへ引っ張っていこうとする。

 ……正直に言って渡りに船。いや、これは確実にソフィアが狙ってやってと見るべきだろう。

 「あ、ああ、分かった。ルナ、この話はまた後でな。」

 「いいえ、私もついて行きます。たくさん話しながら行きましょうね?」

 意訳:今度ばかりは逃さねぇぞゴラァ!

 たぶんこれで間違ってない。

 「獣人の人はソフィアの家の近くに入れないのです。お父様はとても亜人嫌いなのです。……ごめんなさいです……。」

 しかしソフィアはすぐそう返し、殊勝な態度で謝った。

 「亜……人?」

 ルナが固まり、絞り出すような声で呟く。

 信じられない物を見る目でソフィアを見、そのまま視線を俺に向けてきた。

 「ん?……はは、亜人嫌いだなんて、世の中頭の硬い奴はいるもんだな?ルナみたいに、亜人にだって良い奴はいるのに。」

 笑いながら言った瞬間、ルナの目が大きく見開かれる。そこにぶわっと涙が浮かんだかと思うと、彼女は身を翻し、宿屋に入っていった。

 扉の開閉に一回ずつ、大きな音が鳴り響くのを、俺はただ呆然と見ているしかなかった。

 えーと、何が起こった?

 ルナは亜人って言葉に反応してたみたいだったよな……文脈から判断して、亜人ってのは獣人の別名じゃないのか?

 『別名ではない、蔑称じゃよ。人間以外全てを一緒くたにした呼び名じゃ。ゴブリンやトロルもこれに入ると言えば、お主の今の状況は分かりやすいかの?』

 ほう、つまり俺の目の前でルナがそんな風に呼ばれたのに、俺はソフィアを咎める事もなく、ヘラヘラ笑ってた、と。

 ……うん、しまった。

 「ルナ!待っ……」

 追おうとするも、腕を逆方向に強く引っ張られる。言わずもかな、ソフィアである。

 そもそもこいつが余計な事を言わなければ!

 「……お前!」

 「ああでもしないとあの獣人は付いてきましたよ。むしろそれを分かってて演技を合わせてくれたんじゃないんですか?隊長さん?」

 手を握るソフィアから、ほんわかした少女の面影は完全に消え、怜悧な双眸が俺を見上げていた。

 こちらの怒りなんて全く気にしない淡々とした口調に、否応なく、俺も心を冷やさざるを得なくなる。

 「あれは……咄嗟に反応できなかっただけだ。」

 亜人って言葉の意味を知らなかった事は伏せ、異世界から来た事を隠す。

 「そうですか、まぁどうでもいい事です、どちらにせよあの獣人は引き下がらざるを得ませんでしたからね。それに失敗のフォローならこれからいつだってできます。……そんな事より今は早く付いてきてください。これからの事を話し合わないといけません。」

 至って事務的な言葉の羅列。

 それでも俺が宿屋に視線を向けているのを見ると、ソフィアは事も無げに

 「あの獣人が心配ですか?今は何をしても無駄ですよ。ああなった人は、しばらくは人の話なんて聞きません。」

 と、そう言い切った。

 「……そう、だな。」

 その通りだと、俺も思ってしまった。

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