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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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予感

 午後、俺達は師匠達の家を後にした。

 目的地はもちろん変わらず、スレイン王国の首都ティファニア。移動手段もほぼ前と変わらず、馬によるもの。

 変わった事があるすれば2つ。

 1つは同行者が一人増えたって事だろう。

 「うーん、流石は化物先生の異名を轟かせただけはあるね。」

 「おおそうか、何なら化物らしくその首喰いちぎってやろうか!?ああ!?」

 その一人というのは育ての親への感謝の念を新たにした、ファーレン学園の理事長コネ、ニーナである。

 ファーレンの職員室と理事長室に転移できるあの首飾りは、無くしたり盗まれたりすると不味いため、向こうに置いてきているとの事。

 それは至極妥当な判断だと思うし、ファーレンに向かうのは同じなので、彼女を同行させるのに俺としても不満とか文句とかは一切ない。旅は道連れ世は情とも言うしな。

 また、ニーナに一緒にファーレンに行こうと懇願されたとき、彼女を猫可愛がりしているフェリルとシーラが“まさか断らないよね?”と、なかなかにおっかない目を俺に向けてきていたが、それと俺のこの決断とは一切合切関係ない。

 と、急に俺の背後にいるニーナの馬がよろめき、しかしニーナは何とかしがみついて事無きを得た。

 「うわ!?ちょっ!?急に威嚇しないでよ!この子が怖がってるでしょ!」

 「チッ。」

 「リーダー、もういい加減にしなよ。実際、この方が全体の移動速度が上がってるんだよ?」

 「本当ね。最初からこうしておけば良かったわ。そうすれば貴方もこの子も苦しまずに済んだでしょうに。」

 ニーナを挟むように馬を並走させている年長エルフ二人が苦笑いを浮かべながら言い、シーラに背中を撫でられたニーナの馬が同意するようにブルルと鳴く。

 「そりゃまぁ確かにな?俺もこっちの方が気が楽っちゃあ楽だ。」

 「「「うんうん。」」」

 「でもなぁ!俺だけ駆け足でお前ら全員乗馬とか、理不尽にも程があるだろうが!」

 俺が今やっているのは、下半身を鎧で覆う事により、魔力と筋力、そしてゲイルのデザイン力を合わせた力を最大限に活用した疾走。走るには腕の振りというのも大切なので、上半身にはスケルトンによる補助付き。

 もちろん体には魔素を通して強化済み。

 「でもリーダー、今の君はこの子に乗っていた時より生き生きしてるよ?」

 「あ、分かった。君、文句を言いながら実は楽しんでるでしょ?」

 フェリルの面白がるような声に、俺の乗るはずだった馬に跨ったニーナが便乗してからかってくる。

 これが図星なもんだから質が悪い。

 「……ま、まぁ否定はしない。」

 この状況のおかげで色々と試せて、自分の成長を楽しんでいるのは間違いない。

 例として、初めは黒銀を使っていたのを、途中で体が三種の力の合わせ技に適応、つまりはこの特殊な動きに慣れて周りの馬達をぶっちぎりそうになったため、他の馬と速度を合わせるべく今は鉄塊へと移行して内心ほくそ笑んだりしている。

 ……そろそろ下半身の鎧を解いてスケルトンと鉄塊のみでの駆け足で馬の足に食い付けるかどうか挑戦してみようと思ってたりもしている。

 「それに、この子も嬉しそうね。」

 ニーナの乗った馬達をを撫でながら、シーラが微笑を浮かべる。

 「アッハッハ!そりゃあもうリーダーに首を締められずに済むからね?違うかい?」

 「ヒヒィィィン!」

 乗り手がニーナでご満悦らしい馬は、フェリルの言葉に喜びを表すように高らかにいなないて返した。

 「……そういえば俺の故郷の辺境に馬を生で食う風習があってな?これが酒とすこぶるよく合うらしい。」

 馬肉は牛や豚、鶏等のそれよりも寄生虫が少なく、保存状態がしっかりしていれば、生でも割と食中毒になりにくいとも聞く。……実にウマそうだ。

 『くだらん事を考えてないで前を向かんか。お主の眼ならばもう見えるじゃろ。』

 くだらなくない!

 『つまらんと言い直したほうが良いか?』

 ……どれどれ。

 前方確認。

 俺のさらに先を馬で駆けるルナとユイのさらに向こうへと、龍眼を用いて目を凝らせば、なるほど遠くにティファニアを囲う石壁が見えた。

 こうして改めて遠くから見ると、ティファニアが完全な平地ではなく、盛り上がった丘の上に据え置かれた王城と城壁、そしてその周りの大きな街とで成り立っているのが分かる。

 そして街を囲う石の壁には飛行船が停泊し……あ、飛び立った。

 流石にこれ以上の仔細は見えないな。街の様子を見ようにも壁が邪魔だ。王城とその周辺だけがひょっこり上に突き出ているだけなのである。

 『そこまでをお主はその位置から見て取るのか……これを化物と呼ばずなんと呼ぶのかの?』

 ……マサイ?


 「止まれ!……ここは首都ティファニアです。確認のため、身分しょ……「これよね、どうぞ。」「ほい。」「えっと……。」「あ、こいつは俺の奴隷だから。」「はいこれ。」「これね。」「そういえば首飾りと一緒に学園に置いてきたんだっけ?アハハ!」……衛兵ッ!」

 「「「「……。」」」」

 さっさと冒険者プレートを見せて街にぞろぞろ入った俺達は、ファーレンの職員である証を忘れたらしい最後尾のニーナがズルズルとどこかへ引き摺られていくのを何とも言えない表情で見送った。

 「……で、どうする?ギルドで依頼をさっさと終わらせるか?それとも先に宿を取っておくか?」

 “俺以外が”(ここ重要)乗ってきた馬は既に野に帰り、俺達の移動手段は徒歩。それに加えてユイ以外にはティファニアの土地勘があまりない。後者は爺さんがいるので何とかなるが、移動速度がない分、やる事をやるには手分けしないといけないだろう。

 「僕とシーラはニナちゃんを待っておくよ。」

 「そうね、あの子の事だからきっとすぐに解放されるわ、またギルドで会いましょう。」

 だよな、あいつはどう見たって悪人に見えないしな。人畜無害さで言ったらアリシアといい勝負だろう。

 衛兵さんに説教食らって、その内のほほんとした顔で合流してくるに違いない。

 「了解、じゃあギルドには……「ユイ、どこか宿に心当たりはありますか?」「ええ、たしか宿屋街はこっちよ。」……よし、俺は先にギルドに向かっておくからな!」

 強がるも、それすら相手にしてくれず、ユイとルナはれ立って街の喧騒に紛れて消えていく。

 ……泣きたい。

 「えっと、一緒にニナちゃんを待たない?」

 「……いや、ギルドに行ってくる。でもまぁ、ありがとな。」

 心から気遣ってくれたシーラにお礼を言い、俺はエルフ二人のいたたまれない視線から逃げるように歩き出した。


 「おいお前!見ねぇ顔だな、新入りか?だったら後輩らしく俺達と順番変われよ!」

 「……え?……あ……ああ。」

 俺が一歩下がり、何故か抜き身の武器を見せびらかすガラの悪い、しかし元気は良い連中がそこに並び、俺の存在を一瞬で忘れて大声で何か叫び合い始めた。……たぶん本人達は普通に会話しているつもりなのだろう。

 と、そんな事を俺は既に10回ぐらい繰り返している。

 だがしかしそんな事がどうでも良いと思ってしまう程、今の俺は憂鬱なのである。

 ギルドのティファニア支部に到着し、セシルの友達とかいう受付嬢の居場所を確認、彼女の前にできた列に並んだまでは実にスムーズで良かったものの、そこで暇潰しにルナにどうやって許して貰えるだろうかと考え始めたのがいけなかった。

 “どうすれば許して貰えるか?”から“果たして許してもらえるのだろうか?”に命題がシフトしたのを契機に、ダウナー状態に陥ったのだ。

 「はぁ……。」

 案外目の前の彼らには感謝すべきかもしれん。彼らが並んだ分だけ俺が心を持ち直す時間を稼げるのだから。

 「お兄さんお兄さん、気分が優れないです?」

 俺の前に並んでいる彼らが振り回したりもたれ掛かったりしている武器が碌な手入れをされておらず、普段の扱いも雑なのかもう限界に近いのを看破して、感謝の印に市販の剣やら何やらを新しく買ってやろうかなぁ、と思い始めていたとき、後ろから高めの声が掛けられた。

 「んあ?」

 億劫に思いながらも振り向けば、やたらヒラヒラした――フリルとか言うんだっけか――青や白を基調とした服装に、円な緑の瞳とふわりとした金髪も相まって見るからに良い所の出らしい、つまりは完全に場違いな感じの少女がいた。

 「お疲れなら是非座るです。ソフィアが代わりに並んであげるです!」

 「……何処かで会った事があるか?」

 育ちの良さそうな空気が彼女の場違い感をさらに醸し出すが、しかし見覚えがあるような気がしないでもない。

 「うふふ、お兄さん、私とお知り合いです?」

 こちらを見上げたまま、軽く首を傾げる少女。

 背丈は俺の胸辺り、それにしては言動が少し幼い気もするが、そこまで気になる程ではない。

 「あーいや、人違いかもな。」

 思い付く限りの女性の顔を脳裏に浮かべるが、目の前の少女にピタリと当て余る奴はいなかった。名前にもやはり聞き覚えはない。

 「ということはお兄さん、ソフィアと似てる人とお知り合いです?」

 「いいや、よくよく見たら別人だったよ。ここには一人で来たのかな?」

 保護者がいるのなら早く引き取りに来てほしい。俺の今の暗澹たる気持ちから、この子は少しばかり眩し過ぎる。

 「しー、ソフィアがここにいるのは、お父様とお母様には秘密なのです。」

 「つまり一人なのか?」

 「うふ、その通りです!」

 前屈みになって声を顰めたかと思うと、少女は一気に仰け反って不敵に笑った。

 何が偉いのかさっぱりだが、この感情変化の激しさは実に対応に困る。たぶん俺の笑みはこれ以上なく引き攣ってるんじゃないだろうか。

 助けを求めて周りを見渡すも、尽くに目を逸らされた。

 酷いや。

 そのまま元気溌剌な金髪少女に話を合わせるというか相槌を打って話を流しつつ時間が過ぎ、俺はいつの間にか受付嬢の前に進み出ていた。

 「……お疲れ様です。」

 と、ギルドの制服を着崩すことなくピシリと着こなし、姿勢を真っ直ぐに、背もたれにすら寄りかかることなく椅子に座った、大きめの丸縁眼鏡が印象的な受付嬢が苦笑した。

 どうもこの娘の存在はもう許容されてしまっているらしい。まぁぞんざいには扱えないわな。どこかのお偉いさんの子供の可能性が高いし。

 「は……はは、どうも。」

 苦笑いして返す。

 って、この人があのセシルの友人なのか?

 「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 「ん?あーこれだ。セシルとお前には無理を言って苦労を掛けたな、短い間だがこれからよろしく頼む……セレナさん。」

 うん……名札の名前は確かにこの人がセシルの言っていた友人のものだ。いや、ひょっとしてこの人は身代わりで、本人はサボってるってオチかね?

 半信半疑ながらも、俺は応援要請書を目の前の受付嬢、たぶんセレナに差し出した。

 「え?セシル?」

 眉をひそめた彼女にやっぱり人違いかと思ったのも束の間、差し出された紙に目を落とし……

 「ああッ!貴方が!お、お待ちしていましたッ!ようこそティファニアへ!」

 弾かれたように目を上げるなり、机から身を乗り出して俺の手を両手で掴み取り、上下に何度も振り始めた。

 「おう……ありがとう?かな?ま、まぁ頑張るさ、うん。」

 彼女のそんな急な興奮具合に驚いて半歩引いたが、セレナは俺の手をがチリと握って放さない。

 「はい!よろしくお願いします!」

 「よろしくです!」

 隣に何故かまだいる金髪少女は取り敢えず元気だ。

 それで我に帰ったセレナはサッと椅子に座り直してこほんと咳払いを1つ。

 「ああ、良かった……セシルのあれ、今回は冗談じゃなかったのね……。」

 と、今度は眼鏡を外し、ほろりと零れた涙を人差し指で拭いた。

 ……今回は?セシルの奴、普段から一体何をやってるんだ。

 「それで、具体的な依頼は何なんだ?セシルには魔物の討伐としか言われなかったし、この紙にも詳細は書かれてない。」

 俺も初めは戸惑いはしたが、どんな内容だとしてもどうせティファニアには来るつもりだったのでそのままにして来たのだ。

 「すみません、セシルの冗談の1つだと思ってしまうと真面目に書くのも馬鹿らしくて……」

 なぁるほど、分かる分かる、とてもよく分かる。あいつの「この金は給料日に返す。」はただの口から出まかせだしな。

 どうしてこんな真面目そうな人があいつの友達なんかやってるんだろう?

 「……それに、詳しく書いてしまうと来てくれる人も来てくれないかもしれなかったので。」

 何とも分かりやすい答え合わせだこと。ったく……ギルドってのはこれで良いのか?

 「はぁ……俺がこの場で断るとは思わなかったのか?」

 「う……で、でも今回ばかりは心配ご無用です!なにせ討伐対象はですね、コテツさん、貴方の得意相手ですからね!」

 得意げに俺を指差し、ドヤ顔。

 「わぁ!」

 隣の金髪少女はまだ元気だ。

 なんだろうな、彼女を見てるとアリシアを思い出させられる。引き合わせてみれば似たもの同士で良い友達になるかもしれない。この性格で同族嫌悪は起こり得そうにない。

 って俺の得意相手?そんなのいたっけか?……もしやゴブリンだろうか?一応、今までにゴブリンの村を2つばかり壊滅させてきたが。

 ほとんどがパートナーの魔法の成果なのは置いておく。

 「えーと?」

 「あれ?分かりませんでしたか?2年前、セシルと一緒にあの新発見を発表したのは貴方ですよね?」

 まだピンと来ていない俺に目を見開き、ズレた眼鏡をくいっと直しながら確認してくるセレナ。

 あの新発見?それもセシルと一緒に?

 あいつとやった事なんて賭博とネルへの買い物ぐらいしか思い付かんぞ?

 「すまん、さっぱりだ。単刀直入に頼む。まず新発見って何の事なんだ?」

 肩を竦め、正直に聞く。

 「フラッシュリザードの巣の在り処ですよ。大抵の冒険者が自身に有利な魔物の情報を隠し持つ中、そんな垂涎ものの情報を公開してくださったコテツさんには感謝してもしきれません!」

 あーそういやそんな事もあったなぁ。

 「……ん?でも俺が巣を見つけたのはあの一例だけだぞ?あれから確証は取れたのか?」

 レゴラスには単なる推測を言ってみただけだった筈だ。

 「はい、発見された他の毒竜の巣を何匹ものフラッシュリザードが出入りしている所を観察し、調査隊がしっかり裏付けを取ってくれました。」

 「へぇ。」

 いつの間にやらそんな事があったのか。

 だがしかしそんな事よりも……

 「それで、今回の依頼っていうのはつまり、そういう事だよな?」

 いかん……口にする事さえ気が重い。

 考えるのも嫌だ。

 「お気付きですね。そうです、Sランクパーティー“ブレイブ”には毒竜討伐の依頼を是非引き受けていただけないかと思っております。」

 口調を改め、見事な接客スマイルで淡々と言葉が紡がれる。

 「コテツさんはたったの三人で毒竜を退治した経験もおありだとか……もちろん今回は複数パーティーによる言わばレイドですが、ご活躍を期待しております。」

 どこかのぐうたら受付嬢とは正反対の、元気の良いハキハキとしたセレナの声に、ただでさえ憂鬱な俺の気分はさらに暗くさせられた。

 ……今日は精神へのダメージがやけに多いなぁ。

 『フォッフォッ、一日はまだ終わらぬぞ?』

 ほらまた増えた。

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