親睦会
連続で白星2つを上げたのは昨日の事。
だがしかし、そうして一晩挟んでも、ユイは不貞腐れたままだった。
「……。」
「ユイ、あの、食べにくいです。」
「……。」
「……食べますか?」
「あーん。」
死ぬ危険は無かったものの、大量出血していた俺を置いて行った事に対して物申そうと思ってはいたのだが、余程昨日の負けが堪えたのか、朝っぱらからルナにべたりとへばりついたまま、まともな言葉一つ発さない彼女の様子に、責める気が霧散してしまった。
……要は死体を蹴るような真似を思い直したのである。
あとちなみにこれはどうでもいい事だが、今、そんな彼女とルナの二人は俺から一番遠い所に座り、尚且つ俺に背を向けている。
こちらをチラリと見ようともしない。たぶん、いやそもそも二人の視界の端にさえも俺は映っていやしないだろう。
別に気にしてない。……強がってなんかない……。
ごほん、さて……今、俺達“ブレイブ”とコンラッド(先生の名字)家、そして居候約一名とが、朝の清々しい青空の元、師匠の料理を囲んでちょっとした宴会中。
料理の味は存外に美味しく、しかし「美味しくて驚きました。」と素直に感想を師匠に言ったところ親の仇を見るような目で睨まれた。
何故か……謎だ。
「そういえばニナちゃんはどこの部族の子なんだい?僕とシーラは木の部族だけど。」
「そうね、私も気になるわ。風とも水とも少し違うわよね?名前の付け方も少し変わっているし。」
「え?あ……その……」
そして俺の目の前ではニーナがうちのパーティーのエルフ二人により、質問攻めに合っている。
どうもフェリル達の方が年長者らしく、ニーナはかなり肩身が狭そう、というよりかもう完全に縮こまってしまっている。
「お前ら、食い付き過ぎだろ。ほら、落ち着いて料理の方にも食い付け、な?」
普段の横柄な態度からの落差があまりに可哀想だったので、俺はそう言ってニーナに詰め寄る二人の衣服を引っ張り、草地に座らせる。
「あ、ごめんなさいね。」
「僕も珍しくて、つい。ごめん。」
こいつらは無意識で腰まで浮かせていたらしい。
ニーナの一体何がそんなに珍しいのだろうか?何やら部族が違うとか言ってるが、外見で分かるものなのかね?少なくとも俺から見て大して違わない気がするが。
……種族が違うからだろうか。元の世界じゃ外国人でも親しい相手じゃないと判別は難しいしなぁ。
「あ、いえ、私は別に気にしてないから……あの、それで部族って……何?」
「「ぇえ!?」」
と、我らが理事長が控えめに発した言葉に仰天し、フェリルとシーラが急に素っ頓狂な声を上げた。
そして慌てたようにフェリルが説明を始める。
「ぶ、部族っていうのはね、結束の硬い、言ってしまえば家族だよ?いざという時には助け合って、手を取り合う、巨大な家族さ。大抵の事は部族の繋がりを使えばできるくらいにね。それで、そんな大切な事を君の親は教えてくれなかったのかい!?」
まさかそんな事はないだろう、とむしろフェリルの方が泡を食っている。
「あ……私には……親が、いなくて……。」
そんな彼にニーナは俯いたまま歯切れ悪くそう答え、瞬間、ピシリと空気が固まった。
そして皆、思い思いの方法で取り繕い始める。
「あ、ごめん、これ食べるかい?」
フェリルは自分の皿に乗った唐揚げを差し出し、
「ほら、これもあげるわ。……えっと、苦労したのね。」
シーラもそれを真似て蒸かした芋をニーナの皿に乗せ、
「ニーナ、何か欲しい物はあるか?取ってやるぞ?」
自分の皿を空にしてしまっていた俺はそう進言し、並べられた大皿の群を睨む。
「あ、いえ、私は気にしていないので、すみません。……あとコテツ、生姜焼きと卵焼きが欲しいな。コロッケも良いね。」
「合点承知!」
そして、卵焼きを頬張り、飲み込んだニーナは、俺達がいいというのを聞きもせず、自身の生い立ちを話し始めた。
「私の一番昔の記憶では、もうファーレンでラヴァルとファレリルを親代わりに暮らしていたから……だから、これは聞いた話なんだけど、私の本当の親はエルフの森で魔物から逃げる途中、逃げ切れないって判断して、仲の良かった、妖精のファレリルに私を託して時間稼ぎに魔物と抗戦したんだって。……ファレリルは二人が死ぬところは見てないって言ってくれたけど……たぶん、ね。」
二人の名前はたしかデイルとティータ、だったかな?
と、うろ覚えなことを申し訳なさそうにしながら言って、しんみりした空気を誤魔化すようにニーナは慌てて続けた。
「そ、それで、ファーレンは私を入れた揺り籠を抱えて空を逃げようとしたんだ。でも森を抜ける直前でワイバーンの群れに見つかってしまって、そこからは夜も休まずに、必死で逃げ続けてくれたんだって。そうしてやっとワイバーンを振り切ったのがちょうど海の上。でもそれ以上飛び続ける力なんてファレリルには無くて――向かうべき方向も分からなかったらしくて――私とファレリルが揺り籠を小さな船代わりに何日か漂流した後、運良く辿り着いたのがファーレン島。そこでラヴァルが拾ってくれたんだ。」
「ほぉ、そりゃ凄いな、ファレリルの奴。とんでもない距離を飛んだことになるぞ?」
そしてニーナを含めて、かなりの強運だ。
「うん……そうだよ、揺り籠の浸水を魔法で止めたり、その間も私が泣かないようにあやしたり、魔法で暖めてくれたり、色んな物の処理したり……大変だったんだって。」
そりゃまた筆舌に尽しがたい大変さだろうなぁ。
――そうして厳格な妖精と優しい吸血鬼に育てられた事、そしてその時々の楽しかったり嬉しかったりした思い出を、だから同情される謂れはないという強い意思を込めて、ニーナは終始笑顔で話してくれた。
「……そう、貴女は4人の親を持って、全員に愛されてきたのね。……そうね、同情なんてしないわ。ええ、むしろ羨ましいもの。」
「ッ。……はい。」
優し気な声のシーラの言葉にニーナは驚いたように目を少し見開き、俯いて小さく頷いた。
「いつか私達が故郷を取り戻したら、三人でいらっしゃい、歓迎するわ。ね?フェル。」
「ああ、ああ勿論、大歓迎さ!」
「え、あ、ありがとう、ございます……。」
ニーナの両脇に座り、頭や肩を撫でながら、二人は少し大袈裟にだが、しかし暖かくそう言った。
嬉しかったのだろう、本人は二の腕で何度か目元を擦り付け、何度も何度も頷き続ける。
……と、まぁ凄くいい感じで締めくくれそうなのだが、どうしても気になる点が一つ。
「……つまりお前、未だに自立できてないのか。」
「なっ!?」
途端、勢い良くニーナが顔を上げる。
その目は赤いが、流石にそれを指摘する精神を俺は持ち合わせちゃいない。
また、ついでに彼女から信じられない物を見る目が俺に向けられ、その彼女の左右に座る年長者がキッとその眼光を鋭くする。
「いや、別に育ての親と一緒に住んでる事を悪いとは言わないぞ?うん。ただ、自分の仕事を押し付けるとか理事長になるとか、ちょっと甘えるにも程があるんじゃ……」
ラヴァルが甘いのもあるのだろうが、それでもこれは親の脛をしゃぶる域に達してしまっていると思う。
「そーこーまーでーっ!分かったから!私がファーレンに戻れば良いんでしょ!戻ってちゃんと働けば!あと、理事長にはラヴァルから押し付けられたの!私がなりたかった訳ありませんー!」
するとさっきまでの雰囲気はどこへやら、ニーナは大声でそう捲し立てた。
本人なりに気にしてはいたのかね?
「あーそうか、娘が無職なのは親も嫌だろうしなぁ……。」
何にせよ、湿っぽいのは好みじゃない。もうちょっと弄ってやろう。
「今現在冒険者なんていう雇われの何でも屋なんかをやってる奴に言われる筋合いはないね!全く、北の山岳地帯の開拓とか、立派な事をしてるならともかくねぇ?……はぁ、これが私の学園に勤務してたんだから、情けない情けない。」
「「「ぐはっ!?」」」
悪戯心から出た俺のちょっかいに対して返ってきた言葉、そして特に最後のため息混じりの一言は、近くにいる俺を含めた冒険者三人の心にクリティカルヒットした。
くっ、薮蛇とはこのことか……。
常々思ってはいたものの、努めて深く考えないようにしていた事実をここに来て突き付けられるとは……。
思わず胸を手で抑えたまま、巻き添えを食らったエルフ二人を見てみれば、年長者である分、そのダメージが俺の比ではないようで、もう今にも泣きそうな顔になっていた。
「え?あ!フェリルさんとシーラさんは違いますよ?その、例外っていうか……。」
ニーナ、必死のフォロー。
「僕達は森を取り戻すために頑張ってるだけだから……。」
「そうね、そうよね、私達はただ敢えて定職に付いていないだけ。」
「そうそう、ファーレンの理事長をやってる私よりもずっと凄い事ですよ。」
「「「かはっ!?」」」
ニーナ、それはもう痛烈な皮肉にしか聞こえないぞ。
「え、あれ?」
本人が無自覚なのがなんともキツイ。
二度の精神攻撃で瀕死に追い込まれた硝子の心を抱え、俺はとどめを刺される前に場所を移動した。
「あ、コテツ、何してるんだい、座りな。」
命からがら逃走中、師匠に捕まった。
「どうかしましたか?料理なら美味しかったですよ、ビックリするぐらい。」
「ぁあん!?」
本当に何故だ……。
「とにかく座りな。久し振りに帰ってきた弟子なんだ、そいつがどんな不幸者でも歓迎しないとな?ほらアル、少しこっちに寄って。」
「え!?あ、ああ、コテツ君か……。」
師匠が抱いている我が子の顔を恐る恐る眺めていた先生は、その場で肩を跳ねさせ、俺と分かると膝立ちで場所を開けてくれた。
「じゃあお邪魔します。」
よっこらせと空いた空間に腰を下ろす。
直後、寝ていたはずのクロウ君がパチリと目を開けてつぶらな瞳を見せ、
「ふぎゃぁぁぁぁぁ!」
大声で泣き始めた。
「っ!?」
その純粋な泣き声は、薄氷の如く繊細な俺の心を木端微塵に砕き割った。
わんわんと泣き続け、収まる様子のなかったクロウは、メリダさんが少し離れた位置に連れていった。残され、居たたまれなくなった俺は、師匠達と二言三言言葉を交わした後、またもや場所を――クロウが泣かないよう、大回りをして――移させて貰った。
……俺も泣きたい。
「何か用ですか?」
「……。」
「ティファニアに着く前に何とか許してくれないかなぁ……と、思った次第でございます。」
いつまでも避けてはいられない。
と、次に選んだ場所は俺のスタート地点の真反対側、ケモミミとケモナーの目の前である。
ちなみに俺の第一声は二人の絶対零度の視線に凍り付き、結果として畏まった。体勢も否応なく正座となる。
「ご主人様はどうして私達が怒っているのか分かっていますか?」
「ああ、勿論だ。ルナはあそこまで盛り上げておいて俺がヘタレたから。そしてユイ、お前はただ不貞腐れてるだけだろ。」
「……。」
ぎゅっ、とユイはルナに顔を押し付ける。
図星だったに違いない。
「その通りです。私は誰にでも、えっと、ゆ、許すような軽い女じゃありませんよ?」
「ああ、分かってるよ。」
俺だってルナを好きなんだから、あのとき、避妊具か何かがあれば話は違ったと思う。
つまり、俺は口ではああ言ったが、実際には決してヘタれた訳じゃあ……『せっかくわしが気を利かせて別の所を見ておったのにのう、はぁ、神の好意を無駄にしおって。』黙れクソジジイッ!
ちなみにルナの「その通り」でユイがビクッと震えたが、ここは無視して良いんだろうか。いや、ルナが良いなら良いんだろうな、ここにいる俺に決定権どころか人権すらない。
「分かっていません!」
「はい!」
返事は大きく、はっきりと。
「ご主人様はいつもそうです、私の事だけを見ていれば良いのに、リヴァイアサン様やファフニール様、加えてセシルにまで目移りして!」
冤罪だ。リヴァイアサンは確かに危なかったが、他は完全に冤罪だ……。
「あの夜だって、途中でユイの事を考えていましたよね?」
「え!?」
話題に出され、驚いた本人が片目をこちらに覗かせた。
いや、まぁ確かにあのときはユイを言い訳に使ったけどな?
「ユイ、誤解だから。安心しろ、俺はお前とカイトとの仲の進展を心から応援してい……「フレア!」っぶないなおい!」
ユイが急に飛ばしてきた火の粉を俺は無色魔素で明後日の方向に吹き飛ばす。
なんて奴だ。
「ご主人様!本当に反省してるのですか!?」
「はい、しております、ええ。」
一喝され、姿勢を正す。
ルナの説教はそれから小一時間ほど、くどくどくどと続き、そして結局――当然とも言うべきか――許して貰うことは叶わなかった。




