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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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リベンジマッチ

 ただ仰ぐだけで日々の苦労が幾分か取れる程に清々しい蒼穹の下、柔らかな風にそよぐ薄い緑に覆われた地面の上、物々しい雰囲気で屹立する師匠へと、俺は今、最後の抵抗を試みる!

 「師匠知ってますか?」

 「なんだいコテツ、命乞いならアタシを倒してからに取っておきな。」

 「え……。」

 倒してから?それはつまり進むも地獄って事ですかい!?

 あ、そうか、ユイが控えてるんだった……はぁ。

 「ごほん、いや命乞いじゃなくてですね。その、復讐ってのは得てして皆、虚しい物らしいですよ?」

 復讐は何も産まない。良い言葉だ。

 だから戦いなんてやめましょう、ラブアンドピースの精神を持ちましょう、という俺の懇願に限りなく近い問いに、師匠は朗らかに笑って首を振った。

 「復讐?違う違う、言っただろう?アタシのこれはただの憂さ晴らしだよ、2年前から――そういえばちょうどこのくらいの時期からだねぇ――あれから3ヶ月間、毎日、毎日、毎日毎日ッ!アンタに負かされ続けて溜まったこの鬱憤を晴らすためのねぇ!」

 良かった、と安堵したのも束の間、師匠が言葉を言い切る頃にはその笑みは残忍な物に変化していた。

 「それを復讐というんじゃないですか!?」

 あと、鬱憤ってニーナの世話をしてた事じゃなかったのか!?

 「アル!準備は良いね!?」

 あ、無視した。

 「ああ、魔法陣は完成したよ!リズ!」

 「ユイは見てるかい!?」

 俺に心優しい師匠の姿を見せて欲しい。

 「ええ、いつでも始めてください!」

 「ククク、さぁコテツ、アタシの後にはユイがいるよ?ただし出し惜しみなんて、ま、できるものならやってみな。アタシに対してそんな真似ができるのならね。」

 初手降参なんて……許してくれないよなぁ。

 「えーとつまり飛び道具を使っていいんですか?」

 「駄目だ。あの甲冑みたいな、自己強化系までなら許す。……そんな顔をするんじゃないよ、アタシも分身を使わないでおくから。」

 「いや、もう剣は10本以上楽に操作できますから、別に……あ、やべ。」

 自分の口を塞ぐがもう遅い。

 ……ワーオ、血管って怒ると本当に浮き出てくるものなんだナー。

 「コテツ、言いたいことは、それだけかい?」

 「……ユイが俺を倒しても気は晴れるんですか?」

 「アッハッハ、勿論。弟子が仇敵に勝てばその師が勝ったのと同義だからね。」

 俺は仇敵じゃなくて一番弟子ですよぉー?あとユイはいつの間に俺の妹弟子になったんだ?

 「はぁ……。」

 説得は諦めよう。元より成功の目は無いに等しかったし。

 漆黒の双剣作り出す。

 身体には無色の魔素を通して強化。

 「行くよ!」

 薄く赤い光を帯びた、二振り一組の凶悪な魔剣、敵の生命力を吸う吸血姫を携え、師匠が駆け出す。

 対する俺も地を蹴った。

 「「龍眼!」」

 奥義だから取っておく?アホか、ネタが割れてるなら本気で行くまで。

 金色に染まる師匠の瞳。俺のそれも同じようになっている事だろう。

 そして、互いが互いの間合いに入る。

 初動は同時、纏う蒼白い輝きは同質、初手に行う攻撃も、同じ右手での振り下ろし。

 ただ、俺の方が僅かに速い。

 力の乗り切る前の師匠の剣を弾き、その剣の流れを途絶えさせ、逆に勢い付いた俺は前に踏み込んで、黒龍を下から振り上げる。

 が、師匠は左足を大きく引きつつ背中側に半ば倒れるように身を逸らし、紙一重で光の軌跡を避けてしまう。ついでにその体勢の崩れをカバーするためか、下から赤色の刃が垂直に跳ね上がる。

 「くっ!」

 即座に後退するが、攻勢に出過ぎ、前傾姿勢になっていたのが祟った。体を引くのが遅れ、肩が軽く切り裂かれる。

 ……倦怠感はない。よって傷は深くはない。

 だがそれでもたったの一合でこれ、というのは、非常によろしくない。

 怯まず踏み込み、陰龍での天地斬り。

 ドッ!と土煙が舞うが、師匠は既に軽いステップで距離を取っていた。

 「どうしたコテツ?まさかあれで決まると思ったのかい?」

 ちゃかし、師匠が笑う。

 「……ま、責めちゃいないよ。アンタはただ魔物相手に慣れ過ぎたのさ。」

 何も言い返せずにいると、師匠は軽く笑ってそう言った。

 「……そう、ですかね?」

 考えてみれば、剣だけで誰かと対峙するのは本当に久し振りだ。騙し討ちを使わない戦いというのも数える程すらしていない気がする。

 まぁ拳なら龍人と何度も交えたが。心の底より不本意ながら。

 「アタシとアンタの剣は異質だって言ったろう?魔物より人間相手、それも一人きりでの戦いに特化した剣だ。反りの合わない冒険者の感覚は全部忘れな。このままだとユイの出番が無くなるよ?」

 冗談ではなく、本当にそうなりそうだ。

 「ふぅぅ。」

 目を閉じ、息を吐く。

 思い出すのは修行時代。……型に嵌まるな、だったよな。基本的に本能に従う魔物と違って相手は理性の強い人間だ。

 「さぁ、アタシにやられる前に直してみせな!」

 前方の気配が動き出し、俺は目を開け迎撃へと踏み出す。

 再び、右の剣を互いに斜めに振り下ろす。

 相手と力がぶつかり合い、離れ、間髪入れずに膝の辺りで陰龍が師匠の左の剣とかち合った。かと思うと、師匠はすぐさま右手の剣で目の高さの水平切りを行おうとする。

 無闇矢鱈な速度は要らない、雑になるのはもっての外。必要なのは精緻、緻密、かつ多彩な次への選択肢。……勿論保険も忘れずに。そして次に切るカードが予測されない事を念頭に。

 右足を踏み込む。

 振るわれる中華刀に黒龍の刃を真っ向からぶち当てて打ち返し、右足軸で回転しながら、俺の死角、斜め下から飛んで来そうな左の剣をあらかじめ陰龍で抑えておく。そして左回転の勢いそのまま、左の後ろ回し蹴り。

 「うぐっ!?」

 苦しそうに顔を歪め、しかし師匠はすぐに地を転がって衝撃を逃がす。

 蹴り足を地に強く下ろすや否や、俺は追撃に走る。

 「剣と体術を組み合わせるセンスは健在、か。」

 「そりゃどうも!」

 立ち上がり切る前の師匠目掛け、全速力で突っ走り、すれ違いざまに右の剣での斬撃を見舞う。

 「ハッ、荒いよ。」

 しかし血を吹いたのは俺の脇腹。

 相手が不安定な体勢だからと功を焦った、いや、気を抜いてしまっていた。

 「ッ、まだッ!」

 そのまま師匠を通り過ぎるところを、地に足を埋める勢いで地面を踏んで急制動を掛け、陰龍をノータイムで振り下ろす。

 「くっ!」

 師匠は両の剣を交差してそれを受け止めるも、無理のある姿勢は彼女を背中から地に落とさせた。

 即座に黒龍を突き刺す。

 「チッ。」

 が、師匠は瞬時に草の上を転がって難を逃れた。

 「終わってないよ!」

 だけでなく、彼女は左手で地を押し、半ば無理矢理身体を宙に浮かせ、俺の首を狙って魔剣を薙ぐ。

 「ッぶない!」

 陰龍を体の前から右側に構え、左腕一本で、のし掛かる師匠の全体重を押し返す。

 地から黒龍を抜いた頃には師匠は両の足ですっくと立ち上がっていた。顔をしかめており、その左脇腹から一筋の赤が垂れているのが見える。

 「イツツ……少しは戻ってきたかい?」

 「戻って欲しいんですか?」

 走る。

 「ハッ、当たり前だろう?その上で潰されるのがアンタの役割さ。」

 「はは、勝手に変な役割を押し付けないでください、よ!」

 牽制に黒龍で刺突。

 しかしそれを完璧に見切っていた師匠はするりと俺の懐に入り込み、逆に刺突を繰り出してきた。

 陰龍の腹でそれを受け止め、師匠による右脇への切り上げに対し、黒龍の柄を相手の腕に落とす事で妨害。そのまま師匠の手首を素早く掴んで動きを封じる。

 結果、互いに動かせるのは片手だけとなる。

 が、しかし膠着状態とは程遠い。

 突きを流し、薙ぎを受け止め、そのまま弾いて切り払う。

 そうして片手で数合切り結び、鍔迫り合いへと持ち込まれた。

 擦れ、不快な音を立てる二本の中華刀。

 「クク、様になってきたじゃないか。」

 「ええまぁお陰様で。」

 「聞いたよ、切り込み隊長、で合ってるかい?かなり活躍してるみたいだねぇ?」

 「……その二つ名はあんまり気に入ってはいませんが、はい。」

 「ククク、二つ名なんてそんな物さ。アタシもたぶんアンタと同じで、周りに仲間がいると好きなように相手の攻撃を逸らせられないからね、突出ばかりしていたよ。二つ名だって“突撃姫”とかそんな「ぶふッ。」……今笑ったね?」

 しまった。

 陰龍を押す力が増し、均衡が崩れる。

 慌てて力を込めて押し返すも、体勢が悪い。押し込まれる。

 代案として、俺は相手の剣を誘導し、掴んでいる腕へと振り下ろさせた。

 そして斬られる直前に師匠の手首を放し、右腕を素早く引けば、指先を掠めて陰龍と師匠の剣が通り過ぎる。 

 右半身を引いた勢いを使って左足軸に体を時計回りに回転させつつ黒龍を握り直す。そこから蒼白い軌跡を描きながら身を屈め、左下から逆袈裟斬り。

 「それは見たよ。」

 背中から倒れ込む事でそれをかわし、その体勢からの捻転で、右の剣に跳ね上がるような挙動を取らせて攻撃してくる。

 ……俺の肩の傷はまだ新しい。

 「“型に嵌まるな。”」

 「ッ!」

 言い、最初に見せたのと全く同じ軌道を辿る中華刀を陰龍で抑え、師匠の腹へと黒龍を叩き付ける。

 「師匠の言葉ですよ?」

 「く、ォオッ!」

 気合を込めた叫び。彼女は左の吸血姫の刃の根元で黒龍を受け、押し、自身の右側へと斬撃を流しながら自分自身の身は左へと逃がす。

 結果、俺の一振りは砂を舞わせるに終わる。

 草地に手を付くなりすぐに起き上がった師匠は、俺に攻撃の暇を与えず、即座にこちらへ踏み込んだ。

 「ったく、助言なんてするんじゃなかったねぇ!」

 左の刺突。

 「感謝してますよ!」

 向かってくる真っ直ぐな蒼白い線の先端へ、振り下ろした状態から黒龍を右上に振り抜いた。

 甲高い音。

 俺から見て右側に互いが鏡合わせのように片腕を伸ばした状態となるも、両者半身になって構え直し、できた隙をすぐさま消す。

 陰龍が燐光を散らしながら師匠の首を胸元を連続して襲うが、いずれもすんでのところで師匠が防ぎ、軌道を外にずらしてしまう。そしてすぐさま切り返して俺の首を取りに来る。

 大きく仰け反り、背後の地に手を付けつつ師匠の腕を蹴り飛ばし、ロンダートの要領で着地。目を上げ、すぐそこに迫る刃を黒龍のそれの上で滑らせる事で潜り抜け、地を蹴飛ばして肩からぶつかりにいく。

 「甘いよ!」

 それをスルリといとも容易くかわしてしまい、師匠は俺の背後から襲ってきた。

 背中が鋭く焼ける。

 「チクショウ!……ッ。」

 素早く振り向き、軽くよろめいて地を踏み直す。……思ったより深く斬られたか!?

 そしてそれを見逃す師匠ではない。

 この機会を逃せば次は無いと分かっているのだろう、血に濡れた剣での突きを皮切りに、怒涛の乱舞を仕掛けてきた。

 攻撃を流し、いなし、時にはぶつけあい、隙をついて距離を取ろうとするも、ピタリと間合いを保って攻められる。

 激しい剣戟。立て続けに鳴る耳障りな金属音。

 だがしかし、その最中、一合一合、剣を交える度に、俺の体の動きが冴えていくのが自分でも分かった。

 剣の速度にキレ、それに加えて柔軟さが師匠のそれに近付き、肉薄し、そして追い付く。

 両手で大きく両側へ切り払いを行う。

 硬質な激突。滑らかな感触。4本の剣全てが外側へと抜けていく。

 前述したがもう一度、純粋な剣速は、俺の方が僅かに速い!

 確信を持って両龍の鋭い斬り返しを見せ、挟むように師匠の首へと刃を襲い掛からせる。

 が、しかしその前に俺の腹へ師匠の蹴りが入った。

 「ぐぅ!?」

 相手に俺の双剣の間合いから抜けられる。

 攻撃を諦めて双龍を体の近くに引き寄せ、右足を後ろに下ろす。

 「ハァッ!」

 目の前から迫る線対称な斜めの斬撃。

 俺はそれぞれに刃を合わせ、斜め下、再び外側へと受け流す。

 互いにバックステップで下がり、仕切り直し。

 「戻ったね?」

 そしてまた、お互いの間合いに突っ込む。

 「いいや、まだですよ。」

 目前に迫る赤い切っ先を首を傾けるだけで避け、師匠の右肩から先を切断せんとした黒龍は脇の下を潜って現れた左の剣に受け止められる。

 師匠の両腕が交差した事でできた死角を使い、左足を彼女の腹に蹴り入れる。

 「がっ!?」

 呻き、2歩程下がる師匠。

 すかさず距離を詰め、腹部へ黒龍を一閃。

 右の剣で弾かれる。

 間髪置かずに陰龍で胸を突くも、師匠は氷塊を発動、硬化した胸元でそれを受け流し、逆にこちらへ左の剣で逆袈裟斬りを行う。

 右斜め下から迫る、スキルの光を帯びた刃に黒龍のそれをそっと合わせ、斬撃の方向を俺の頭のさらに上へと誘導していく。その途中、師匠の剣の下に黒龍を素早く潜り込ませ、完全に主導権を奪ってしまった後、師匠の左腕を大きく天へと伸ばさせた。

 「くっ!」

 師匠はまだ自在に操れる右の剣で攻撃しようとするが、陰龍の切っ先に胸を押し込まれてしまっているため、こちらへその刃は届かせられない。

 対する俺は黒龍を振り下ろせば済む話。そうなると師匠の左腕が自由になるが、そこで師匠が何かをする前に、まず間違いなく俺の一撃が師匠の命を断つ。何なら保険に師匠の左手首を斬ってからとどめを刺しても変わりはしない。

 「ぐ…………っ、はぁ……。」

 奥歯を噛み締め、忌々しげな金色の眼光を、すぐ目の前で右腕を高く掲げて立つ俺にぶつけ、しかしやはり何もできず、ついに師匠はため息を吐いた。

 「はぁ……やっぱりアタシの負けか……。」

 降参と取って良いのかね?ブラフじゃない、よな?

 警戒したまま双龍を下ろすと、師匠は愛用の一対の魔剣を腰の鞘に収めた。

 「ふぅぅ、これでようやく、戻りました。」

 「チッ、全く、あそこまで鈍っていてよくそんな事が言えるねぇ?」

 安堵の吐息と共に得意気に言うと、師匠は舌打ちし、実に最もな苦言を呈してきた。

 「あーはは、は、返す言葉もない。……すみません。」

 「もう一年ここで鍛え直すかい?アタシは全く構わないよ。アルだって歓迎するはずさ。」

 「どうせニーナとクロウ君の世話係が欲しいだけでしょうに。ていうかクロウ君をメリダさんに任せ切りじゃ駄目でしょうが。」

 「だからアンタにいて欲しいんじゃないか。」

 「……。」

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