嫌な再会
“明日か明後日ぐらいに王都に向かう。”
そうパーティーに伝え、自分の部屋に戻って荷造り、というか嵩張る荷物(セシルからネルへの贈り物等)をヘール洞窟に転送してしまって一息付いたところで、
「それで、準備は万端ってことかい?リーダー。」
フェリルが入ってくるなりそう聞いてきた。
「……何の話だ?」
いやまぁこいつに勘付かれてる事は明らかなんだけどな。
「言っておくけど、ユイちゃんも薄々気付き始めてるよ?」
「……嘘、だよな?」
「ほんとほんと。というより、何の説明も無しにイベラムに寄って、そして今朝急にティファニアに行くって言われたんだ、本当に何も気付かないと思ったのかい?あのシーラでさえ眉をひそめてたよ?」
何故かシーラがけなされたが、スルーさせて貰おう。
「言っただろ?ティファニアのギルド支部から応援要請があったって。」
ポケットから“昨日セシルに用意して貰った”ブレイブへの応援要請書を取り出し、見せる。
もちろん本物。確認された時の事を考え、抜かりはない。なにせ今日この日にティフニア行きを皆に伝えた理由は、セシルがティファニアの受付嬢友達と連絡を取り合い、この要請書が完成したのが昨日の夕方だったからである。
作成完了というセシルからの連絡を――例によってセシルに話し掛ける度に課される依頼をこなしつつ――待って2週間。
やっと動き出せるという思いが強い。
「それ、本物かい?」
予想通りの追求。
「当たり前だ。」
俺は自信を持ってそう言える。
「だとしても承諾するかどうかはリーダーが決める事だろう?そしてリーダーはこういうのを面倒臭がって突っぱねるような奴じゃないか。違ったかい?」
「……え?あーいや、ほら、いつかはティファニアに向かわないと行けなかったんだ。世話になったセシルの友人からの頼みでもあるらしいし、な?」
その返しは予想してなかった。
「本当にそうかい?」
「ああ、そうだ。」
でもまぁ一応、嘘は言ってない。
「少なくとも奴隷ちゃんとユイちゃんには正直に言った方が良いと思うけどね?」
「……さあて、何の事かサッパリだ。それで、言いたい事はそれだけか?」
最後の贈り物を転送してしまって立ち上がる。
「じゃあ最後に一つ……」
部屋の入り口のドア枠に寄りかかり、そこを塞ぐように立つフェリルの真剣な顔に、面白がるような笑みが浮かぶ。
「……奴隷ちゃんとは何があったんだい?この2週間ばかりずっと互いと言葉を交わして無いじゃないか。寝る部屋もいつの間にかユイちゃんと同室になってるし。」
「ッ!」
実はあれからルナは完全にへそを曲げてしまい……まぁフェリルの今言った通りの状況が続いている。ただそれでも、俺はあのときよく我慢したと自分を褒め称えたい。
「はぁ……俺がここ一番でヘタれただけだよ。話は終わりだ。ほら、さっさとどけ。」
「アハハ、まぁ頑張りなよリーダー……色々とね?」
色々?
フェリルはそう、ヘラヘラ笑いながらドア枠から足を下ろして出ていき、俺も疑問符を頭に浮かべたまま部屋の外に出る。
「げ。」
「ふん。」
そこでユイと鉢合わせた。いや、たぶん待ち伏せされてた。
目の前にいたはずのフェリルの姿はとうの昔に消えており、焦る俺を、腕を組んだユイか睨めつけてくる。
気まずい沈黙。気まずいと思ってるのは十中八九俺のみだろうが……。
「で、何か言いたいことはないのかしら?」
言いたくない事だらけだよ。
「えーと……あ!あと少しでカイトに会えるな!」
「そ、ルナさんにそう伝えて置けばいいのね?」
あ、そっち?
「ルナの機嫌はまだ……」
「あなたが直接ルナさんに聞きなさい。」
「……取り敢えずすまんと言っておいてくれ。」
「先送りにするとこじれるわよ?もう2週間も先送りしているあなたに言っても無駄でしょうけれど。」
「何て声を掛ければ良いと思う?」
悪いのは俺の方だと分かってはいるが、謝れば許してくれるような気がしない。下手にやって余計怒らせる結果は招きたくないのだ。
なので、この2週間ずっとルナと一緒だったユイに助言を求めた。
「知らないわよ。」
その結果、ユイはあっさりとそう切り捨てた。
「それに私は今のままでも良いわ。ルナさんをいくらでも抱き締められるもの。」
というよりむしろ敵だった。
「はぁ……。」
どうしたものかね?
「あの、ユイ?もしかして私の帽子を持っていません……か……」
と、ここでタイミングが良いのか悪いのか、ルナが廊下に現れ、そして俺を見るなり押し黙る。
「よ、よう、久しぶりだな?」
そう、“久しぶり”が正しい。
この頃のルナからの避けられようは尋常ではなく、こうして顔を合わせるのも何日かぶりだ。泊まってる部屋はすぐ隣なのに……。
そして案の定、ルナから俺への返事は一言もなし。
「あ、帽子ってこれのこと?」
そしてそれを予期していたのだろう、そう言ってユイはポケットから黒色のニット帽を取り出した。言わずもがな俺が作った奴である。
「ごめんなさい、ルナさんが毎日被ってるから……。」
その因果関係で何故ユイがニット帽を黙って手に入れ、今俺の目の前でそれに頬ずりしている光景に繋がるのか、全くもって分からない。
アイはアイで異常だが、こいつもこいつでストーカー気質なのかもしれん。
「え、あ、えっと……ち、違います、それではありません。」
「そう?でも、これ以外に帽子なんて持っていたかしら?」
慌てたようにルナが言い、言われたユイは小首を傾げて目を閉じ、自身の記憶を探り始めた。
ルナの目があっちこっち泳ぎまくり、俺の顔を見て泣きそうになる。おそらくだが、俺の口の片端が上がっているのが悪いに違いない。
一応、これは嗜虐心だけが理由ではない。まだやり直せる希望があると思えたからこその、安堵もある。
「うーん……」
「あ、ああっ!」
“私がルナさんの事で知らない事なんてあるはずは……”なんて末恐ろしいことを呟きながらユイが頭を悩ませていたところ、突然ルナが奇声を上げた。
「え、ルナさん!?」
「そういえばベッドの下に落とした気がします!ええ、そうに違いありません!ユイ、手伝ってください!」
大声で捲し立てるルナ。
目を丸くしているユイの首根っこを引っ掴み、彼女は素晴らしい速度で部屋の中に飛び込む。
そしてバン!と大きな音を立て、その扉は固く閉じられた。
結局挨拶一つ返してくれなかったなぁ……トホホ。
はぁ……まぁ仕方ないか。
「さて……」
ギィ。
「うーん、うるさぁい……。」
と、ルナ達の引っ込んだのと反対側にある部屋から入れ替わるようにして、木板張りの廊下ひ出てきたのはリーア。
約一ヶ月ほど前、俺と取引をした次の日、泊まっていた自らのパーティーメンバーが“いつの間にか”いなくなり、それから2〜3週間探し回った後、彼女は「捨てられた……。」と若干涙ぐみながら、友人のシーラが泊まる満腹亭に身を寄せた。
よってただいま仲間を絶賛募集中のSランク冒険者というなかなか珍しい立ち位置となっている。
あとこの事とは全くもって関係の無い話だが、その頃、とある通りの向かい合う建物の2階が一夜にして何物かに跡形もなく破壊されるという事件がイベラムを騒がせたが、先程言ったようにこれはリーアのパーティーメンバーの消失とは露ほども関係ない話であり、俺自身どうしてそんな事を今更思い出したのか我ながら不思議だ。
「んん?」
「あ、ああ、すまんすまん、うるさかったよな?謝るよ、この通り。」
手刀を何度か縦に切り、ついでに頭を下げて謝罪すると、リーアは「ちゃんと謝罪したのは良いこと。」だとか何とか言って、寝ぼけ眼のまま部屋に戻った。
「さて……クロウ君は元気にしてるかなー?いつの間にか名前がまた変な物に改名されてたり、コタツに戻ったりはしてない、よなー?」
俺は何だかギクシャクしているパーティーの問題で暗くなった頭を、無理矢理明るく整えた。
『そのパーティーの問題というのはお主が原因じゃからの?』
クロウ君に会いたいなぁー……。
「お邪魔しまーす……で、どうしてお前がここにいる?」
「……え、えーとねーー……」
「なんだいコテツ、アタシの数少ない友人が遊びに来たんだ、何か文句でもあるのかい?」
「師匠……数少ないだなんて言わないでください。あと、文句なら大いにあります。なぁ?」
「げ、元気そうだね!」
「仕事は?」
「……私がいなくったってファーレンは回りますよーだ。」
師匠の家、礼に則りちゃんとノックをして中に入り、そこにいた先客が前の職場の理事長である事を確認するなり――とある、上司に様々な仕事を押し付けられる妖精と吸血鬼に成り代わって――説教モードに移行した。
「つまりラヴァルかファレリルに押し付けたんだな?」
「良いじゃんしばらく休暇を取ったって!」
酒が入り、血色のとても良いニーナが逆ギレしてきた。酔ってるなぁ。
にしても師匠と友達関係にあったとは。
『その関係は既に一度教えられておるぞ。』
そうなのか……完全に忘れてた。でも確かにそんな事を言われたような気がしないでもない。
「はぁ……しばらく、か。なるほど、それで具体的には?」
「……サンカゲツ……」
「あ?」
おかしいな、聞こえたはずなのに脳が理解を拒否したぞ?だがしかしそれでも勇気を持って聞き直す。
「……3ヶ月、尚更新中だよぉー……へへ。」
「へへ、じゃない!帰れッ!」
「リィィジイィィ、君の弟子が虐めるよぉぉ……。」
声を荒らげると、仕事をしない事に定評のあるファーレン学園の理事長、ニーナは酔っているとは思えない身のこなしで師匠の影に隠れる。
もうこの動きはこいつの体に染み付いてしまってるのかもしれん。
「情けないねぇ、これでどうしてクロウに気に入られるんだか。コテツ、こいつと少しでも関わってたんなら、どうせ言ったって聞かないことは分かるだろ?」
ごもっとも。
「はぁ……そうですね。……あ、そういえばクロウ君はどこに?」
「アンタが使ってた部屋だよ。今はお義母さんが寝かしつけてくれてる。」
「我が子を放ったらかしにして良いんですか?」
「ニーナといるとクロウが寝てくれなくてね。エルフが珍しいのか、ありゃニーナを玩具か何かと間違えてるよ……。それで、今回は一人かい?あの二人には振られたのかい?」
俺の後ろの誰もいない空間にわざわざ体を傾けて視線を向け、とても優しい目を向けてくる。
甚だしく心外だ。
一応、まだパーティー解散という事態にはなってない。ちょっとした危機には陥っているかもしれないが……。
「はは、振られるどころかパーティーは二人増えましたよ。今は外で先生とルナが手合わせをしているのを観戦してるはずです。」
手合わせ、というよりはルナにとってはリベンジマッチに近いかもしれんな。
と、俺の言葉を聞くなり、師匠が勢いよく立ち上がった。
「それをどうして最初に言わないんだい!?ほら、早く外に行くよ!ニーナ、アンタも月に一度くらいは日光を浴びな!」
「ひぃぃぃぃ!」
そしてニーナの襟首をわし掴みし、テーブルにしがみつく彼女を引き剥がすと、そのぐうたらエルフを引きずって家の外へと小走りで飛び出て行った。
月に一度は日光を浴びろ、か。ていうことはつまりニーナの奴、夏でもないのにずっと屋内でだらけてたのか……。
開け放たれた扉へと右は足を出し、
「……ちょっとクロウの顔を見て行こうっと。」
俺は左足軸に体を180度回転させて、右足を前に下ろした。
「失礼しまーす……」
俺がこの世界でおそらく開け閉めし、出入りした回数が一番多い木製の扉。
その手触りに仄かな懐かしさを感じつつ、小さな声で断りを入れながら、静かに部屋の中に入る。
「ニーナかい?あたしゃ言ったはずだよ?あんたがいるとクロウが寝られないってね。」
窓から差し込む柔らかな陽光の下、先生の母親、確か……メリダさんが、クロウ君を優しくあやしていた。
そして俺はどうもニーナと間違えられたらしい。心外だ。
「あ、いえ、コテツです。お久しぶりですね、メリダさん。」
「コテツ?」
振り向き、訝しげな目がこちらを見る。
……そのまま停止。ただし手元の赤ん坊をあやす動きは継続中。
「えっと、リジイ師匠とアレックス先生の弟子です。一応、クロウの名付け親でもあります。」
「……あ、あー、あーー、あ!はいはいコテツね、コテツ、同じ名前の友人をあたしゃ3人も持っててね。どのコテツだったか少しばかり悩んじまったよ。しばらくだねぇ、元気にしてたかい?」
異世界から来ただけあって俺の名前はこの世界ではかなり独特な物らしいんだけどなぁ……まぁ、ほぼ一年前に会ったっきりだし、仕方ないとは思う。
「え、ええまぁ、この通り。……クロウ君はもう寝ちゃってます、よね?」
「それがなかなか寝てくれなくてね。リジイさんがやってくれると一瞬なんだけどね。……馬鹿息子がやると泣き出すんだがね、はぁ。そうだ、あんた、クロウの様子を見に来たんだろう?何なら抱いてみるかい?」
顔だけ見られれば満足だったんだが……ま、断る理由もない。
手袋を外し、ズボンで手の平を二、三度拭う。
しかし俺が一歩近寄り、メリダさんがクロウをこちらに向け、クロウのつぶらな瞳と俺のそれが合った瞬間、
「おぎゃぁぁあァァァァ!」
我が将来の弟弟子は盛大に泣き始めた。
一瞬にして俺から距離を開け、部屋の隅で「よーしよしよしよし……」と必死で孫を宥め始めるメリダさん。俺は両手に手袋をはめ直し、言いようのない悲哀と落胆を禁じえず、がくりと肩を落としてしまう。
「あんた、余程この子と相性が悪いみたいだね?馬鹿息子でさえ手に抱くまではクロウに泣かれる事が無いのにねぇ。」
「そんな筈は無いと思うんですけどね、産まれたばかりの頃は、先生のときは泣いても俺のときは楽しそうにしてましたよ?……くぅぅ。」
未だクロウは泣きやまず、ついにメリダさんから発令された退去命令に従い、俺はトボトボと部屋を出た。
何故だァッ!




