21 職業:冒険者⑮
接近すれば馬鹿の一つ覚えのように大きく振られる、真っ白な、しかし今はあちこちに生々しい赤の線を刻まれた尻尾。
横薙ぎされるそれを跳び越えざまにさらなる斬撃を加え、
「ギャァァァッ!」
頭に響く鳴き声と共に生み出され、飛ばされる幾つもの風の刃には左手を向けて、障壁を展開して防いでしまう。
しかし、受け止めた一つ一つの魔法によって空中にいる俺は踏ん張ること叶わず押されてしまい、着地した頃には毒竜は俺の間合いの外。
「はぁ、はぁ……クソッ!」
馬鹿の一つ覚えとは言ったものの、やはり厄介だ。何度魔法の雨を潜り抜け、何度攻撃を仕掛けようにも、こうしてあっさり仕切り直される。
互いに大した攻撃を加えられず、傍目には引き分けに見えるだろう。しかし、時間は向こうの味方なのだ。
……俺の手元が震えているのは疲労からだと信じたい。
焦りを覚えながら、再度踏み出す。
同時に毒竜が急に下を向く。
かと思えば今度は頭を振り上げ、体を震わせ始めた。どこか苦しそうにも見える。
なんだ?自分の毒にやられたとか……そんなことはないか。……ないかね?
取り敢えず走る。
師匠と戦ったときの鎧を使いたい。しかしあの魔力と筋力の合わさった機動力を制御できるかはまだ怪しい。……ぶっつけ本番でアレを使うか?
ふと気付けば、毒竜の首の辺りを紫色の光がせり上がってきているのが見えた。
あれは……何かを吐き出そうとしているのか?
『竜の固有魔法、ブレスじゃよ。』
ブレス?
『なに、難しい事はない、毒竜の場合、濃い毒液を水鉄砲のように真っ直ぐに飛ばすだけじゃ。まぁ威力が桁違いに強力なものじゃがの。』
この距離なら楽にかわせるに決まっている。明らかにこちらが優勢なのに、どうしてわざわざ……毒竜がアホだったから?
流石に楽観的すぎるか。
最悪の場合は……まさか!?
急いでアリシアとネルを探す。
……いた!ちょうど真後ろ、つまり毒竜と俺を繋いだ直線上。
二人とも無事に傷や毒は治せたよう。しかし体力が切れたのか肩を寄せ合って座り込んでしまっている。
素早く反転して走る。彼女達へと全速力。
しかしたどり着くまであと数歩のところで悪寒がし、後ろを見れば毒竜の口から紫の光線が放たれた直後だった。
くっ、速い!?
三人を守れる強度の壁を作るには間に合わない。
ったく、これのどこが水鉄砲だ!
内心で吐き捨て、動けていないアリシアとネルに悪いと思いながら、俺は彼らを思い切り左に蹴飛ばした。
「えっ!?」
「きゃっ!?」
そしてそのままバランスを崩し、俺はそのまま光線に呑み込まれる。
「な、何してるの!?」
「そんな、コテツさん!」
蹴られ、地に倒れた二人からそんな声が耳に入って来るものの、もう俺の目に映るのは強い紫の光のみ。
長い一瞬が過ぎ、洞窟を紫に照らしていた光が収まる。
残されたのは呆然と立ち尽くすアリシアとネル、そして真っ黒になった、うつ伏せの俺の体。ズボンはさすがと言うべきか、無傷のままだ。
地面にはブレスの通った跡。
焦げ、変色した太い直線はその所々が溶けていて、煙をあげて燻っている。
ったく、こんな結果を出せる物を体内に溜めてるとは、なんて恐ろしい生き物だ。
大の字でうつ伏せに倒れた俺を見てしばらく呆けていたアリシアとネルは、どちらからともなく動き出し、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「コテツさん、今治しますから!エスナ!ハイエスナ!エクスキュアーっ!はぁぁ!エクス、キュアー!」
アリシアが何回も何回も全力の白魔法を掛けてくれる。しかし俺の真っ黒な体に大した変化は起きない。
それでも、こころなしか楽になった気はする。
「ごめん……ごめんね、ボクが不甲斐ないから、こんなことに。」
「キュアァー……うぅっ、私を置いていかないって言ったじゃないですかぁ!コテツさんの嘘つきぃ。馬鹿ぁ。」
目の端に見える毒竜は、とっておきを放って疲れたのか、もしくは獲物の慌てようを面白がっているのか、頭部を地面に横たえて休んでいる。
俺が倒れればもう脅威はいないと判断したのだろう。
アリシアとネルはまだ俺の体の上で泣いてくれている。
起きあがっていつものように声をかけ、冗談でもかまして安心させてやりたい。しかし俺の体はその意思に反し、ただただ重い。
声も全く出てはくれない。
動けよ、俺の体!
「コテツさん、仇は、取りますから。」
「ああ、刺し違えてもあいつを殺してやる。」
おい、待て、縁起でも無いことを言うんじゃない。
涙を拭いた二人は、意を決して立ち上がると、俺に背を向け、臨戦態勢に入った。
毒竜はこっちを見向きもしない。それだけ二人は弱々しく見えるのだ。
それでも、ふらつく二人は今にも死地へと飛び出さんばかり。
体を動かすのは後回し、俺はまず必死になって声を捻り出そうと力む。
「……ヒョォ……ソ、ノ、ヒツ、ヨウ、ハ、ナイ。オレ、ヲカッ、テ、ニコロ、ス、ナ。オ、レハ、マダ、タ、タカエ、ル……」
そして何とか、流暢にはほど遠い、くぐもった声で言葉を発せた。
二人がこちらを見る。
俺は渾身の力を体に込め、まずは両の腕で地を押し、右膝を曲げて真っ黒な足の指の裏で地を踏みしめた。右膝を右手で目一杯と押し、何とか、完全に立ち上がる。
「ホラ、ナ?」
目の前の彼女達の肩に手を置き、そのまま軽く二回叩く。やはり二人も体力は残っていないのだろう。たったそれだけでよろめいた。
「ヤス、ン、デロ……オレ、ガ、オワ、ラセテ、ヤ、ル。」
そのまま二人の間を歩いて通り抜ける。が、安定せず、グラついてしまう。
ああクソッ!体が思ったように動かない。格好つけさせろよ!
体が負荷に耐えられてない。何とか再び立ち上がろうとすると、アリシアとネルの手袋が煙のように消えた。
「コテツさん!」
「まだ無理をしちゃダメだよ!無事なのは、分かったから、本当によく分かったから、ね?」
アリシアが慌てて俺の体を支え、ネルは俺をそのまま押し留めようとぎこちない笑みを見せる。
……これ以上、余計な心配をかけさせる訳にはいかない。
「ダ、イジョウ、ブ、ダ」
無理矢理上半身を上げ、今度こそ2本の足で立つ。
毒竜はまだ疲れと余裕をあらわにして寝そべっている。俺が起き上がったのを興味深そうには見ているものの、それだけだ。
完全に油断している今こそが最大の勝機だろう。
「フタリハスコシ、ハナレテ、ロ。」
「駄目!」
「ここは私達に任せてください!」
「シンジテクレ……ナ?」
有無を言わさず二人をどかし、再び前に出る。
彼女らの言葉は勇ましい。でも明らかに立つのがやっとだ。
俺が言って聞かないと理解してくれたか、目を少し伏せて、アリシアとネルは僅かに下がってくれた。
しかし、二人がやはり心配してくれている事はありありと伝わってくる。
ただ、今の俺には二人を安心させてやれる言葉は思い付かない。ったく、不甲斐ないったらない。
「……アリガトウナ。」
せめてこれだけでもと思って言うと、二人は勢いよく顔を上げた。
「コテツさん!頑張ってください!」
アリシアは泣いてしまいながらも笑っている。
「うん、ボクはもう何も言わないから、だから……」
ネルは俺に駆け寄り、抱きついてきた。
「……勝って、ね。」
彼女もまた目から涙を流しており、しかし俺の肩を伝っていくそれの感触を今の俺は全く感じられない。
「マカセロ。」
一言呟き、ネルの頭を触覚の麻痺した手の平で撫で、何とか笑いかける。彼女が小さく頷いて引き下がったところで前に踏み出す。
尻目に二人が俺の動きを見逃すまいと涙の流れるのも構わず見ているのが分かる。
……こりゃぁ負ける訳にはいかないな。
毒竜は俺の姿を見ると鎌首をもたげた。それに構わず、一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
毒竜は口角を上げ、ゆっくりと寄ってきた。
「ギャーギャッギャッギャッギャ。」
気味の悪い笑いだこと。修行時代、初めて俺に奇襲を掛けたきたときの師匠や先生よりも酷い。
俺が特段特別な動きもせずに歩く間に、毒竜はおもむろに尻尾を振り上げ、構える。
そうだ、そのまま余裕ぶっこいてろ。
俺が十分に近付くと、毒竜は今まで何度もやってきたように尻尾を勢いよく叩きつけてきた。
来たな!この馬鹿の一つ覚えが!
何度も苦しまされてきたその攻撃を片手で防ぎ、そのまま尻尾を無理矢理掴む。
関節の動きは鈍かったものの、毒竜が油断してくれていたお陰でしっかり掴めた。
そして、込められる力は十分にある。
「ギャッ!?」
毒竜が慌てて尻尾を引こうとする。しかし俺に掴まれたそれはビクともしない。
もう片方の手でも尻尾を握り、がちりと捕らえ、俺は右足を大きく引いて岩の床を踏み、砕いた。
そのまま毒竜を思い切り引っ張る事でそいつを時計回りに引き摺って、半円を描いたところで足を入れ替え、さらに速度を上げてもう半周。
「ギィァァーーーーッ!」
風の刃が形成され、しかし振り回されて狙いを付けられなかったか、まともに俺に当たるものはなく、精々が腕を掠めるぐらい。そして掠めたそれすらも俺に傷は付けられていない。
ぶん回す速度をさらに上げていけば、ついに毒竜が宙に浮いた。
……さすがは成長率50倍、この体の動きにも少しずつ慣れてきたぞ。
毒竜をそこら辺の岩やら壁やらにぶつけながら、さらに速度を上げていく。
「ギャーッ!ギィ!」
苦しそうな悲鳴。
軋み、しまいには金属を擦り合わせたような音を発する筋肉を無視し、膝を曲げる。
そして尻尾を肩に担ぐようにして、俺はドームの天井付近まで飛び上がった。
そのまま重力にしたがって落下しながら両腕を振り下ろせば、重力とそれまでに蓄積した遠心力を乗せ、硬い岩盤に毒竜の頭が叩き付けられた。
「ギョアーーッ!?」
ひび割れる岩。毒竜が悲鳴を上げる。
「ダマッテロ。」
まだ空中にいる俺はその尻尾から手を放し、落下と同時に竜の鼻っ柱に渾身の拳を喰らわせた。
鮮血が滲む。
「ギィャァァァ。」
なおも叫ぶ毒竜の頭に馬乗りになって、今の一撃でひしゃげた大蛇の肉をガチリと左手で掴み取り、右の拳でその頭を何度も何度も殴り付ける。
肘を曲げるまでの動き未だ鈍く、遅い。それでも放つ拳はその分、鋭く速い。
一発ごとに毒竜の頭が地面にぶつかり、ヒビを深め、俺は地が揺れるような錯覚を覚えた。
「ギャッァァァァ!」
それまで身をよじり、何とか脱出しようとしていた毒竜の抵抗が収まり、かと思うと俺に向けてその口が開かれた。
ブレスを至近距離で放つつもりか?……苦肉の策って訳か。
だがしかし、逃げずに迎え撃ってくれるなら、それもブレスを使ってくれるのならこちらとしても好都合。
赤黒く変色した毒竜の鼻から手を離し、両の手を組んで真上に高々と振り上げる。
紫の極光は毒竜の口の中から見えている。
恐れることはない。
そして全力を込めて、鈍器と化した拳を頭蓋に降り下ろすと同時に俺の視界は再び紫色に染まった。
光が止む。
俺は両腕を降り下ろした体勢のまま、静止。
翻って毒竜は頭が弾け、真っ赤な中身を外にさらし、あたかも熟れたザクロのよう。
「フゥゥ。」
素晴らしい達成感に息をつく。
「やりましたねコテツさん!」
「まさかたった一人で毒竜を倒すなんて!信じられない!」
安全を確認して、二人がこちらに駆け寄ってきた。
「凄いです!コテツさん!えっと、白魔法を掛けておきますね!ハイエスナ!キュアー!もう、大丈夫ですね……そうですよね?……コテツ、さん?」
「ほら、一緒に戻ろう?あの黒いのでまたピューッて空を飛んでさ。……ね?そしてまた3人一緒に頑張ろうよ。きっと皆驚くから……セシルが驚くところ、見ようよ、一緒にさ。」
「……サスガニ、スコシツカレタナ。」
二人がはち切れんばかりに喜んでくれているのは嬉し。それでも、体の重みがもう限界を迎えているのが分かる。
やはり慣れることはできても疲労は無視できなかった。
「そう、ですね……」
「アア、ソレデモマァ、フタリガブジデ、ヨカッタ。」
無理をして良かったと心から思う。
「コテツ。」
「……ネルカ、ナンダ?」
「お疲れさま。」
そう言ってネルは俺を抱き締めた。俺には抱き締め返す与力はない。右手をその背中に回して一回だけ頷いて返す。
「しっかり休んでくださいね。」
アリシアも後ろから抱きつく。左手で頭を軽く抑えてやる。
「ムリハスルモノジャナイナ、ホント。……スコシ、ネル。」
「「お休みなさい。」」
二人は涙を流しながらも笑ってくれた。
安堵の涙なんて本当にあるんだな。
俺も安心してついつい変なことに頭が向いてしまう。
ああ、未完成品でも使っておいて良かった。師匠の言う通りだ。それに今回ばかりは成長率50倍なんてスキルをくれた爺さんにも感謝だな。
ただ、慌てて声帯まで黒銀で固めてしまったのはやり過ぎだったと思う。危うくアリシアとネルに特攻させてしまうところだったし。
戦闘中は慌てず、冷静な判断をしないといけないことを痛感した。
反省は今度でいいか。今はもう本当に疲れた。十分な戦果も出しただろ?
俺は黒銀を解き、女性二人の良い匂いのする中で意識を手放した。
「へ!?」
「ふぇぇぇ!」
最後にそんな奇声が聞こえた気がする。
俺が起き上がると、ネルとアリシアが俺の胸を枕に眠っていた。
二人は俺を運んでくれたらしく、毒竜の死体は足元に倒れ伏している。
「おい、ネル、アリシアも起きろ。」
「うぅん、ハッ、コテツ!」
ネルは顔を上げて起きたかと思うと、また顔を埋めた。
何だ?
「ふぁー、あ、おはようございますぅ。」
アリシアも起きた。
「おはよう。」
「ハッ、コテツさん!」
こちらも顔を埋めた。
何が起きているんだ?
「おい、お前らどうした?」
「生きてるよぉ。コテツが生きてるぅ。」
「よかったぁ、ぐすっ、本当によかったぁ。」
俺が死ぬ夢でもでも見たのかね?
「そうだぞぉー、俺は生きてるぞぉー。」
俺は何をすれば良いか分からず、取りあえず二人に調子を合わせ、訳が分からないままに二度寝した。
起きるとネルとアリシアは顔を赤くして俺の横に座っていた。
俺は何も見なかった。今日……かどうかは太陽が見えないので分からないけれども、この数時間で目を覚ますのはこれが1回目だ。
「おはよう、どうした?」
「あ、お、おはようございますコテツさん。」
「き、昨日はお、お疲れさま。」
「おう、ありがとな。はは、日頃から黒銀を発動したまま動く訓練をしていなかったらどうなったことやら。やっぱり鍛練って大事だな。」
「そ、そうだね。」
「コテツさん!早速帰りましょう!あの、魔法は使えますか?」
「一晩寝たんだ、問題ない。」
そう言って魔装2を纏う。
「っとその前に、二人とも、手袋が消えてしまってるだろう?」
さっと手袋を作り上げて渡す。
今回の反省を生かし、これからは俺の都合で消えてしまわないように意識して作った。
魔法はイメージだ。これで俺が死にでもしない限り、手袋が消えることはないだろう。
実際、俺が作ってやった手袋はこれまで、俺が寝ても形を維持してた。人に渡すってことで無意識に消えないようにしていたのかもしれない。
「これで良し。じゃあアリシア、毒竜をじ……神の空間にに入れてくれ。」
「はい!分かりました。」
「フラッシュリザードは俺とネルで捕まえるぞ。コイツらはどうやら毒竜と共生しているらしいからな。どこかに巣があるだろう。」
昨日、入り口で見たフラッシュリザードの数は異常だった。
毒を振り撒く毒竜の巣にはうっすらと毒が漂っているものの、フラッシュリザードには問題ないのだろう。たぶん。
人間がこぞって捕まえようとする生き物としては巣を作る絶好の場所なのかもしれない。
そして逆にフラッシュリザードを追ってくる人間がいるから毒竜も餌が多くなる。アリシアとネルが良い例だ。共生関係にあると見ても良いだろう。
作業は数分で終わった。フラッシュリザードはその住みかに入り口を1つしか設けていなかったため、大して苦労することなく、楽にたくさん捕れたのだ。それらは全て俺の袋の中に放り込んである。
「じゃあ帰るぞ。ほら、ネル、こっちに来い。」
「え、いや……良いよ、ほら、抱きつくなんて恥ずかしいし……。」
もぞもぞ動く袋を片手に、空いた方の手を差し出すも、ネルは何故か顔を赤くして縮こまった。
ったく、何を今さら。
「ほら、お前だってずっとここにはいたくないだろ?」
「う、うん。そうだね、これは仕方ないことなんだよね。え!ひゃぁっ!?」
ブツブツと何故か言い訳を始めるネルを無理矢理引っ張って抱き、黒い足場にアリシアが乗ったのを確認して、俺は巣の入り口へ向けて足場を浮上させた。
外はもう日が昇っていた。
ハッ!いかん、早くスティーブに会わないと。
そう思って気持ち駆け足で森を抜け、草原を進めば、イベラムの門の前にたくさんの冒険者風の人間が集まっているのが見えてきた。
そしてその中にゲイルがいる事に気付いた俺はネルとアリシアをその場に残るよう言って、事情を聞きに向かった。
「よぉ、ゲイル。こりゃ何の集まりだ?」
「お、コテツじゃねぇか。これか?昨日、ギルドのセシルって子が門番の報告を聞いて、即座に捜索隊を募集した結果だよ。捜索対照はネルっていう元受付嬢だ。依頼書に前払いって書いていたせいもあって冒険者の集まりが物凄く良い。俺もそれにつられた口だ。わはははは。」
なぁるほど。
…、イベラムに来てからたったの一週間ちょいで大量の冒険者が出動する原因を少し作りすぎているような気がする。
きっと気のせいだろう。うん。
「そのセシルは今どこにいるんだ?」
「ああ、それならあそこだ。」
ゲイルが指差した方向に目を凝らせば、セシルが野外に簡単なテーブルを置いて、冒険者の男に金の入ってそうな袋を渡しているのが見える。
……なるほど、前払いか。
ゲイルに礼を言い、俺は早速金を貰いにいった。
「俺も依頼を受けたい。」
「はい、分かりました。これが前払いの報酬300シルバー。成功報酬は20ゴールドです。頑張ってください。」
セシルは全く俺に気がついていない。しかし、大好きなネルのためとはいえ、報酬がでかすぎやしないか?
あと、こいつ事務的口調もできるんだな……。
「20ゴールドくれ。」
「は?ですからこれは成功報酬だと。って、ああッ!」
お、やっと気づいたようだ。
「よう、ネルはもう見つけたから報酬をくれ。」
「本当!?どこにいるの?早く会わせて!」
ものすごい変わりようだ。
「報酬は?」
「そんなものあとよ!」
「報酬は?」
大切な事なので2回言いました。
「渡すわけない!元はと言えばお前のせい!さっさと案内する!」
重ねて聞いたのが仇になってしまったかチクショウ!
「分かった分かった。落ち着けって。大人しく付いてこい。」
フラッシュリザードの報酬でいくら稼げるだろうかと考えながら俺はネルの元へ戻った。
でもやはり金は惜しかった。
「ネル!無事だったのね!」
ネルが見えた瞬間、セシルは物凄い速さで駆けていき、彼女に飛びついた。
「わわっ、セシル!?」
その体当たりに近い勢いに負け、ネルが草地に倒れる。
いやぁ、仲が良くて何よりだ。
「もう!心配したんだよ!ね、今までどこに行ってたの!?あいつに変な事された!?大丈夫!?」
「ちょっとセシル!?そんな、一気に聞かれても。」
そのままもみくちゃにされ、ネルが藻掻く。なるほど、これを無駄な足掻きって言うのか。
あ、ネルがこっちに手を伸ばしてきた。助けて、と声にならない悲鳴の代わりだということは万人が見ても分かることだろう。
「ほら、まずはあの捜索隊を解散させてこい。」
セシルの首根っこを掴んで引き剥がし、そう言ってをポイと投げ捨てる。
「そうだね!」
そんなぞんざいな扱いに嫌な顔一つせず、むしろ満面の笑顔を浮かべたセシルは疾風のごとく走り去った。……普段からあんな風なら良いのに。
「さて、無事にイベラムに着いた訳だ。フラッシュリザードの報酬で100ゴールドは行くか?ほら、手ぇ出せ。」
聞きながら、俺は力なく倒れたネルに手を差し伸べ、引き上げる。
彼女が少しよろめいた所をもう片方の手で支えようとするも、パッと距離を取られた。……もしかして毒竜のブレスやら体液やらを浴びた俺って臭いんだろうか。
「……ありがと。えっとね!毒竜の値段もあるから100は確実に越えるんじゃないかな!」
まるで何かを誤魔化すように、少し大きな声をネルが出す。
……そうか、臭いのか。
「あ、ああ、そういえばそうだったな。じゃあ金が集まることだし、戻ったら即、ファーレンに向かうか。」
「ダメですよコテツさん。ちゃんと護衛依頼を達成しないと。」
やけくそ気味に言ってやると、アリシアがしっかりと釘を刺してきた。
「そうだよ。護衛依頼は普通の依頼と違って、護衛対象の都合もあるんだから、死んだとか病気だとかでしかキャンセル出来ないんだ。」
まぁ、土壇場で護衛にキャンセルされたら堪らないよな。
「じゃあファーレンに向かうのはランクBになってからだな。それで良いか?アリシア。」
「ええ、それにファーレンの入学試験はまだ二ヶ月後ですからね。」
そういや俺も3度ぐらい入学試験を受けたな。あの頃は本当に必死だった。特に最後の奴は。
「入学試験かぁ。とりあえず魔法の命中率を上げるように練習をしないとな。」
随分上達はしたものの、アリシアの魔法で欠点といえばそれぐらいな気がする。
「あ、そういえば。ネル、すまんな、Sランクになる前にファーレン行くことになりそうだ。」
「え!?あ、いや、そんなことは良いんだよ。……好い人は見つかったし。」
「お、本当か!?そこんとこもっと詳しく。」
他人の恋模様は蜜の味。
あまりに甘いと辟易するが、ニヤニヤしてしまうくらいなら大好物だ。
「何でもない!ほら、さっさと帰ろう!」
「コテツさん、行きますよ。」
「へいへい。」
二人に促され、イベラムへと歩き出す。
さて、明日の両親への報告はどうしようか。
2年、それも相当濃い2年だったからなぁ。二人には悪いとは思うものの、一日かけて報告するかね?