連絡
イベラムにある最も大きな建物、オークション会場もいい勝負してはいるが、それはギルドの本部である。
数多の冒険者が出入りしているそこの、中心貫くのは木製の巨大な支柱。その周りを大きく囲むように配置されたテーブルに座る、麗しき花達は、今日もまた冒険者達の来訪を笑顔で待っている。
……目の前のこいつ、元同僚のネルが大好きでズボラさでは天におわしますクソジジイと張り合えるぐらい酷い、ギルド本部の受付嬢、セシル以外は。
「来た……。」
ただ、今日はいつもの気怠げな物言いと打って変わり、その第一声からは張り詰めたような、彼女に全くもって似合わない、微かな緊張感を感じさせた。
「なにがだ。運か?やめとけ断言してやる、セシル、お前は絶対的に賭けに向いてない。たったの1〜2ヶ月程度の付き合いの俺にも分かるぐらいにはな。大人しく真面目に働いておけ。ネルもきっと喜ぶぞ?たぶん。……それにギルドって給料は良いんだろ?お前があれだけ負けて大損しても、まだ生活できるくらいには。」
まぁどうせ大した事じゃないだろう。俺にとっては。
先月の終わりでもう変に心配するのは懲りたのだ。こいつが珍しくも真剣な顔で「今月のノルマ達成が危ない」とか何とか言いながら、俺に5つものBランクの依頼書を押し付けたのはまだ記憶に焼き付いている。
「違う、来た!」
「まさか借金取りか?お前、いつも余裕そうに見えて、絵に描いたような負のスパイラルを爆走中だったのか!?……いくらだ?安心しろ、こっちは有り余る程金はある。友達の一人を助けられるぐらいにはな。任せておけ。だから今後は賭け事とかは控えろよ?せめて貸した分を払い戻せるようになブッ!?」
口を片手で塞がれた。
「ち、が、う!」
そして何故か怒りを含んだ声でセシルが言い、
「ど、こ、が!」
俺は彼女の手首を握って自身の口元の覆いを引っぺがしながら聞き返す。
「……私は賭け事に向いてる。」
吹き出さなかった俺を褒めてほしい。
「ほぉ?巷での噂を知ってて言ってるのか?」
「噂?」
「どれだけ安牌でもセシルの賭けなかった方に賭けるべし、だってよ。最近はそのせいで二者択一の賭け事がイベラムじゃ成り立たなくなってきてるらしいぞ?」
「それは困る。私の収入源が……。」
「お前の収入源はギルドの受付嬢としての仕事だろ!?少なくともお前が賭けで利益を得た所なんぞ見た事もないわ!」
「……くせに……」
「あ?」
「昨日は私よりも惨敗する勢いだったくせに……。」
「そ、それはッ!?」
「懐がまだ温かい内に逃げた臆病者。フッ、切り込み隊長?爆笑。」
別に切り込み隊長の二つ名を誇りに思った事はないが、それでもかなり頭に来た。
左手袋の中身はたぶん白い岩になっている。
「あ、あれは冷静な判断をしただけで……ていうかスッカラカンになって敗走した奴に責められる謂れはないわ!引き際を弁えてる分、俺の方がマシだろうが!どう考えても!」
「……男は度胸。」
「愛嬌の欠片もない女が何言ってんだ。」
言うと、セシルは押し黙った。そして彼女は俺を睨む目を一度閉じ……
「来た……。」
今までの会話を全て無かったことにしやがった。
「何がだ。運か?」
それならばもう一度同じ流れにするまで。
ギロリと睨まれたが、こちらの優位は変わらない。
「違う、闇ギルドからの連絡。」
「おお!やっとか!」
どれだけ待ち遠しかった事か!いやもう本当に。
「しっ!」
そこで注意され、思わず上げてしまった声を落とす。
「……どうして最初にそう言わなかった。」
脇道にこれでもかってぐらいズレたぞ。あのまま行ってたら本道に戻れてたかどうかも怪しい。張り合って二人して真っ昼間から賭場に顔を出しに行ったかもしれん。
「私は悪くない。誰かが勝手に侮辱してきたから反撃したまで。」
「事実だからな?」
「待ち合わせ場所、知らなくていい?」
「俺はお前ほど運気を読む事のできるギャンブラーを知らないよ。」
これは本音だ、セシルは運気を直接見て敢えて避けているんじゃないかとたまに思う。
「ん。よし、なら夕方にもう一度来る。……これが今日の分。」
満足気に頷いたアホが取り出したのは3枚の依頼書。
「はいよ、ん?討伐依頼、ダイナソー山か、懐かしいな。お、それで依頼のランクも割と高いと……。」
ザッと目を通し、簡単な感想を一つ。
実は今まで、高くてもCランク程度の依頼しかやらされて無かったのだ。先月末のBランク依頼5枚も、珍しい石やら草花やらの採集依頼ばっかりで、討伐依頼なんてのは滅多になかった。
案外、向こうから依頼を押し付けてる手前、セシルもそこら辺は考えてくれてたのかもしれん。
「全部これまで何度も失敗してしまった依頼。無理はしなくていい。」
あまり見せない、申し訳無さそうな顔をセシルが浮かべた事を内心かなり意外に思いつつ、俺は何も気にしてないように笑ってみせた。
「くはは、これで真面目な冒険者活動ともおさらばか、なんだか感慨深いな?」
「む。もっとやりたいなら止めない。むしろ仕事をしないよりはやるべき。ネルはヒモ男なんかには渡さない。」
「いや、ネルはもう俺のパーティーメンバーだからな?」
そこは「ヒモ野郎ならネルを手放せ。」って言う所だろうに。
「…………はぁ、さっさと行く。私は、ふぁ、忙しい。」
すると急にため息をはいて露骨に落胆してみせ、頬杖をついたセシルは欠伸を噛み殺しながらそう言った。
「言葉と動きが噛み合ってないぞ?」
苦笑いして言うと、セシルは目を閉じたまましっしっ、と片手で俺を追い払う。
ったく、あれで忙しいだなんてよく言うわ。
「依頼完了だ。」
討伐対象の爪数本、牙数10本、そして鮮やかな赤色のトサカを卓上に並べ、ついでに渾身のドヤ顔も添えてみた。
高ランクの討伐依頼、それも対象がダイナソー山に生息するモンスター登録された個体、要はいわゆる恐竜系だっただけあり、相対した魔物は――古龍程ではないにしろ――強大で、力強そうだった。あの山の食物連鎖の頂点に立っていたかもしれない。
そう、力強“そう”で、頂点に立っていた“かもしれない”、だ。
なぜならその力を確かめる前に神器を総動員して倒してしまったから。サーチアンドデストロイとは間違いなくああいう事を言うのだろう。
「……心配して損した。」
「いやいや、嬉しかったぞ?あのセシルが心配してくれるなんて滅多にない事だしなー?」
ギリッ!
目の前から凄まじい歯軋りの音。
「……ネルはどうしてこんな奴を……ぅぅん、ネルは間違えない……。……今回の魔物は使い道がたくさんある。ちゃんと持って帰った?まさか捨てた?」
前半で何故かネルの名前が出てきたが、どうも独り言のよう。
「一応、ネルに習った通りに解体しておいてはいる。ただ特殊な部位があったんなら破壊してしまった可能性があるけどな。」
これで今日狩った恐竜達が将来化石となる事はない。……いや、足跡の化石ってのもあるか。前言撤回。
「ネルに習った通りにしたなら問題ない。それで傷物になっていたなら全部お前のせい。」
「はいはい……で、俺の依頼を受けてくれた命知らずとはどこで会えばいい?」
声を潜める。
「焦らない。まずは持ち帰った物の内、必要な部位以外はあの部屋に持っていって換金する。もちろんギルドへの譲渡でも「換金するんだな、了解。」……成金のくせに。」
「そうだな、金は別に要らないし魔物の餌か肥料にでも……「教えないでいい?」……分かったよ、換金すれば「教えないでいい?」……換金した金でお前からネルへのお土産を「準備してくる!」……おう。」
跳ねるように立ち上がり、いつもの怠惰な立ち居振る舞いからは想像もつかない躍動感で、セシルは更衣室へ消えていった。
……俺の後ろにも何人か並んでるってのに何やってんだあいつは。
呆気に取られたり俺を睨み付けたりしている彼らに手刀で軽く謝罪して、俺はギルドの外、今回手に入れた大量の素材を物色している他のパーティーメンバーの元へ向かった。
フッ、魔法で鎧を作れない奴は大変だなぁ。
『全身真っ黒……まるでG……。』
調子に乗ってました、すみませんでした。。
『それに加え、すばしっこい上にしぶといと……』
やめろぉッ!
「私も行きます!」
魔物素材の換金所、今回の成果に値段を付けて貰うのを待つ間、前の反省を活かし、今夜はちょっと用事があると口にした瞬間、ルナがそう言うなり、ベンチに腰を落ち着けていた俺に飛び掛かってきた。
それを両手と掴み合う形で彼女を受け止め、俺は腹筋を筋使する事でベンチから転げ落ちるのを何とか耐えている。
「いや、できれば大人しく待っていて欲しいなぁ……なんて。」
「どういう用事ですか?」
「…………散歩。」
咄嗟に何も出なかった。
「それなら一緒にお散歩しましょう?」
「こ、今度、な?そろそろ王都に行くつもりだし、向こうで色々見て回るってのも……「今夜はお一人ですか?」……え?いやセシルと二人で「お二人で散歩ですかぁ!?」ぐぉぉぉ!?」
ルナがさらに俺を押し、俺の腹筋が悲鳴を上げる。
「リーダー……君はどうして変な所で正直なんだい?」
フェリルが茶化すようき聞いてくるが、嘘には真実を軽く混ぜるべきだなんて言えやしない。
「嘘に真実を混ぜたってところかい?」
そういえばこいつは薄々気付いてるんだったな……。
「ふーん、どういうことかしら?シーラさんも気になりませんか?」
「そうね、前科もあるし……。」
フェリルの言葉に釣られ、二人で談笑していたユイとシーラまで疑惑でいっぱいの眼差しを向けてくる。
まぁその通りではあるのだが。
「……そうなのですか?」
「えーあー、ちょっと買い物に、な。」
「二人でですか?」
「……。」
頷くと、俺の手から骨の軋む音がした。手でそんな音が出せるなんてちょっとした新発見だナー。
「ル、ルナ、後でちゃんと話すから。」
「ええ知ってます、ご主人様はいつもそうですから、全部終わってから、どうしょうもなくなってから話すのですよね?いつもみたいに。」
「別にどうしょうもなくなる訳じゃ……」
バタン!と背後の扉が勢い良く開けられた。
俺とルナか見上げるような形でそちらに目を向ければ、目を怒らせたセシルが仁王立ちしていた。
一言。
「遅い!」
「お前、この状況を見てよくもまぁそう言い放てたな!?」
「ネルのための時間は貴重。」
「なるほど。」
なんて説得力だ。
「分かったらさっさと来る。」
そもそもこいつはこの状況を視界に入れているんだろうか?
「な、なぁ、ルナを連れて行ったら駄目か?」
「駄目。」
速いなぁ、決めるの。闇ギルド関連だから七割方無理だろうとは思っていたが。
「どうしてですか!?そもそもあなたとご主人様はどういう関係ですか!?」
「くぉぉ……」
ルナがセシルの方へと身を乗り出す。
おかげで俺の上半身に彼女の全体重がのしかかり、ルナの誤解を解いてやろうにも肝心の声がうめき声にしかならない。
というより、この体勢を何の支えもなしに維持できるだけでも俺は賞賛されるべきではなかろうか。
「関係?……監督。労働者。」
見ずとも、セシルが前者で自身を指し、後者で俺を指差したのだろうと察しはつく。例えが工事現場のそれなのはいかがなものかと思うが、間違ってはいない。
「これからたった二人で何処に行くつもりなのですか!?」
「……買い物。あ、ついでに仕事。」
逆だ逆。
「私が同行してはいけないのは何故ですか?」
「……言えない。」
「それならせめて……「さっきから質問ばかり!さっさとそいつから退く!時間の無駄!」ッ。」
食い下がるも突っぱねられ、それまでの勢いをすっかりなくしてしまったルナがゆっくりと俺から降りる。
「イテテテテ……」
姿勢をただすと、ルナは一歩引いた位置で悲しそうに目を伏せていた。
何とかフォローを。
「えーと……ごめんな、ルナ。明日、どこか二人で美味い飯でも食べに行こうな?」
「そ、その方とは、本当に何も無い、ですよね?」
俺はそこまで信用が無いのだろうか?少なくとも生まれてこの方女関係では何の前科も無いはずなんだけどな……悲しい事に。
「はは、当たり前だろ?ルナ、鑑を見てみろ、俺の趣味は悪くない筈だ。ふん!?」
笑い、軽口を口にした途端、背後から頭を叩かれた。
軽口の内容と立ち位置的に犯人はセシルしかあり得ない訳だが。
「私はギルドの顔。冒険者達を励ます高嶺の花。」
「……内面の話だよ。」
誓って言える、自分で自分を高嶺の花と言ってのける奴は絶対に綺麗な心をしちゃいない。
「今、鑑と言った。」
なるほど、言葉を選び間違えたな。ていうか心が汚いって部分には反論しないのか……
「そうでなくとも、私の内面はとても良い。」
……反論するのね。
「そうだよねー?ふぇーるくん♪」
!?
待て、今の声はまさかセシルが出したのか!?嘘だろ!?
「も、もちろんだよセシルちゃん!僕は君程可愛らしい女性なんて見た事がない!あ、ユイちゃんの魅力は美しさに凛々しさなんだ、セシルちゃんと君は良い意味で比べ物にならないのさ!」
「フェリルさん、私の心配をしている場合じゃないと思うのだけれど。」
「何を言ってるんだい、君達妖精と女神の生まれ変わりを無視する事ほど罪深い事はないさ。」
そしてお決まりの展開を尻目に俺はルナにもう一度深く謝ってから、時間を取られたことへの苛立ちを隠そうともしないセシルに引っ張られてギルドを出た。




