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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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割れ目③

 「歯ァ食いしばれ!リーダァーッ!」

 「ぬぉぁっ!?」

 深夜、流石に冒険者達のあの馬鹿騒ぎも終わり、皆が帰ってしまった事で静まり返った満腹亭の一階の食堂。そこで怒号と共に拳が大振りに振り回された。

 その突然の攻撃に驚きながらも、素人の拳なので俺は体の捻りのみで難なくそれを避けてしまう。

 「いきなり何しやがる!?これでも一応、今回最大の功労者だってのに……ていうかそもそも俺が何をした!?」

 「……本気で言ってるのかい?リーダー。君は本当に分かってないのかい!?」

 拳を振り切ったフェリルは静かな口調でそう言い、言われた俺はさっきまでの自分の行動を振り返る。

 それぞれ薬または酒で意識を夢の世界に飛ばしてしまった(これは決していかがわしい話ではない。)女性のエルフ二人をフェリル達の部屋に寝かせた後、フェリルに事の顛末の説明を求められたので、一階のカウンターに腰掛けて鼻高々に話し……そして今、自慢話の途中でぶん殴られそうになったところだ。

 「……俺が少し得意気に話し過ぎたとか?」

 それでイラッとしたとか。

 「僕はそんなに短気だと思われてたのかい?」

 「ま、夜中だと人は変わるからな。夜中のテンションは人を変えるからな……いや本当、侮れない。」

 夜中に打ったメールを、朝になって「送信しなくて良かった」と何度安堵したことか。

 「?」

 通じないか……。

 「なんでもない、聞き流してくれ。で、答え合わせを頼んでも?」

 そんな戯けた姿勢が癪に触ったようで、フェリルは歯をギリリと噛み締める。

 「リーダー、僕は君がシーラの命を危険に晒した事が許せないんだ!あの場でもしその拘束の魔法が少しでも遅れて、シーラが死んでしまっていたら……その時はどうするつもりだった!答えろ!」

 そして段々とボルテージを上げながら言葉を発し、遂に抑えきれなくなったか、再び荒々しく怒鳴った。

 「は?成功させる自信があったからやったに決まってるだろ?失敗なんぞハナから考えてない。そもそもそんな余裕すらなかったしな。」

 急な事にこちらとしては目を白黒させるしかない。

 いや本当に何を怒っているんだこいつは?実際こうして成功してみせただろうが。

 「違う、そうじゃない。……僕が言ってるのは、何のリスクも侵さなければシーラは取り返せたっていうのに、それなのに!リーダーが賭けに出た事が信じられないんだ!許すわけには行かないって事さ!」

 「おい待て、ちょっと待て。お前、あのまま何もせず、敵の良いようにされて神器を目の前で奪われるのをただ指を咥えて眺めてれば良かったとでも言うつもりか?」

 まさか、な。

 「シーラが無事に戻ってくるなら良いじゃないか!」

 「アホかお前はァッ!俺達はあの神器のために命張って、わざわざ密入国までやって来たんだろうが!?」

 「違う!勘違いするなリーダー!僕やシーラは故郷を取り戻す手段としてそれらを使いたいんだ、神器なんかのために命を掛たんじゃあない!シーラのいない故郷?そんなもの、僕には何の価値もない!」

 「だからなんだ!結局のところ取り戻しただろうが!こうして!神器も!シーラも!」

 「命と物を等価に扱うなリーダー!君が欲を出したせいで両方失う可能性もあったんだ!」

 「もしもの話に何の意味がある!結果はこれだ!大成功だろう!?」

 「ふざけるなッ!」

 ダン!とフェリルが拳をカウンターに叩き付ける。

 「リーダー、君はあのとき、神器とシーラと、どっちを守ろうとしたんだい!?いや、答えなくていいさ、もしシーラだったらあそこで仕掛けるなんて真似は絶対にしない!分かってないようだから言うぞ!君のあの策の成功率がどれだけ高かろうと、君はシーラの命が確実に助かる方法を放棄したのさ!それはどうあっても変わらない!あのとき、シーラを確実に助けたその後で、僕達全員、パーティーの力を合わせて取り返せば良かったじゃないか!いや、君はそうするべきだったんだ!そうであれば僕だって全力を尽くしたさ、その方針には僕はもちろん、このパーティーの誰も反対しなかったはずだ!」

 「馬鹿野郎!相手は転移陣を使って神器をあいつらの拠点に飛ばそうとしてたんだぞ!?ったく、俺が保険を掛けてなかったらどうなっていたことやら……。で、それを追うだと?ハッ、一体全体どうやってだ!あぁ!?」

 あの黒ローブがしたように、ちょこっと傷さえ付けてしまえば、転移陣に限った話ではなく、魔法陣という物はそれだけで機能を失う。

 すると残る手掛かりはヴリトラ教徒になるが、あいつらから情報を得られる見込みはゼロと言ったって良い。

 「そしてたとえ拠点の場所が分かったとしてもヴリトラ教徒の巣窟だぞ!?あいつらは力の誇示が大好きなだけあってそれなりにはやるのを忘れたか!?転移した先にヴリトラ本人がいたらどうする!?神器をほとんど全て奪われた状態で何ができる!?良い機会だから言っておくけどな?俺達が5つ、いやエルフィーンを入れて6つもの神器を手中に収めているからこそ、今まであれだけヴリトラ教徒とやり合っていてもヴリトラ本人が直接手を下しに現れないんじゃないか?流石に元の力の半分すら発揮できない状態で死地に飛び込むような愉快な脳味噌はしてくれちゃいないだろうからな!」

 「……それならリーダー、もしシーラの立場に奴隷ちゃんがいたなら、君はあのときと同じ選択ができたって言うのかい!?」

 「ッ!」

 できる、というたった三文字の短い言葉に窮した、たったの一瞬でも、詰まってしまった。

 これだとまるでシーラだから見殺しにしても良いと思っているようじゃないか。

 早く言葉を継げ、コテツ。まだ間に合う。それが最善の方法なら簡単にそう判断できる筈だろ?

 「……さっきから何が言いたいんだお前は!賭けっつったって勝算はあったぞ、十分にな!」

 結局、俺は誤魔化した。

 「そんな事はどうだっていい!あのとき、君はシーラの命を助けるために全力を尽くすべきだったと言ってるんだ!」

 「お前みたいに何も考えず、ただ相手の言いなりになってか!?」

 「くっ……ああ、そうさ!シーラを人質にされていたんだ、言いなりになって何が悪い!ヴリトラに襲われるだって?逃げてしまえばいいじゃないか!」

 「ハッ、古龍相手に逃げ切れるとでも!?」

 「脅威で無くなれば向こうも態々追っては来ないさ!そもそも古龍を相手取るなんて、つくづく馬鹿げてるとは思わないのかい!?」

 「他に任せろってか?アホ抜かせッ!」

 「こっちの台詞だッ!古龍と戦うなんて正気の沙汰じゃない!」

 そこで急に、何の前触れもなく言葉が切れ、静寂が訪れた。

 「はぁ、はぁ……。」

 冬を越したとはいえ、イベラムの夜は未だ冷える。

 「ぜぇ、はぁ……。」

 そのせいか、息切れし、肩で呼吸をしつつ互いを睨み付けながら、スゥッと俺の頭からさっきまでの熱が引いていくのが分かった。

 「……ふぅぅ、リーダー、そういえば聞いた事がなかったね、君はどうしてヴリトラを倒す事にそう躍起になってるんだい?復讐かい?まさか君が義憤に燃えたじゃあないだろう?」

 先に口を開いたのはフェリル。

 俺と同じように向こうも少しは頭が冷えたらしい。声に落ち着きが戻っている。

 「俺が義憤に燃えちゃ悪いか。」

 「え、そうなのかい?」

 「いいや別に。釈然としなかっただけだ。俺は……そうだな、強いて言うなら巻き込まれたってところか。」

 ニーナに協力を請われ、爺さんにも後押しされた。動機はたぶんそれぐらいだ。

 ……なるほど、それだけで古龍なんかに喧嘩売ろうってんだから正しく正気じゃないかもしれん。

 「……まぁ、はは、案外義憤ってのも少しはあるのかもしれんけどな。人が仲間や自分の命をあそこまで軽視するのは見ていて気持ちの良い物じゃない。」

 俺が戦う理由のあまりの貧弱さに自嘲気味に笑い、そう続けた。実の所、元々よく知りもしないヴリトラに対し、俺が一番反感を覚えているのはそこだと思う。

 「……リーダー、それならどうしてシーラの命を危険に晒したんだい?命を重く受け止めているんなら、あそこでどうしてシーラを優先しなかったんだい?」

 「言っただろ、俺は神器もシーラも敵に渡したくなかったんだよ。」

 またこの論争に戻るのか……。

 「それは変だ。矛盾してるよリーダー。命の軽視を憎んでるなんて言いながら、君もそれに倣ってるじゃないか。」

 しかし返っきたのは存外冷静さを保った言葉。

 また怒鳴り合いにならのかと身構えたいた分、面食らってしまう。

 「……ま、いくらヴリトラ教徒相手にだからって、詰まるところ人殺しを積み重ねてきてる訳だ。俺も多少は命の重みに疎くなってるのかもな。」

 考えてみれば、この前ルナと一緒にゴブリン村を焼き払った時も爺さんのせいでいつものように慟哭やら悲鳴やらがあちこちから聞こえてきてたような気がするが、前に比べてそういうので取り乱す事があまりなかった。

 「リーダー、論点をずらすな。シーラは君が殺すべき敵じゃない。仲間だ!」

 「お前にとってはそれ以上みたいだけどな?」

 片頬上げてからかうと、フェリルだんと一歩踏み込み、俺の胸倉を掴み上げた。

 「これは真面目な話だ、リーダー。」

 別に冗談で言った訳じゃないんだけどなぁ。

 「はぁ……分かってるよ。お前がシーラを人一倍大切にしてる事も、そんな彼女と神器を天秤に掛けた事それ自体にお前が怒りを覚えてる事もな。」

 冷静になって考えれば、理不尽な怒りじゃあないことは理解できた。

 「ああ、そうさ。でもねリーダー、僕には君の考えが分からない。人の命を尊いと理解していながら、どうしたらそれを神器と比べられるんだい?シーラに限った話じゃない。君はユイちゃんも、奴隷ちゃんでさえも君は神器と価値の比較をできてしまえるのかい?」

 倫理的に俺が間違っていた事は、さっきからフェリルに散々言われて、ついでに頭が冷えたおかげで理解はしている。

 「……例えそうだとしても、俺は必ずユイやルナを選ぶ。それなら問題はないだろう?」

 ただ、あのときはもっと良い結果が手の届く所にあった。それを選んだ事に後悔はしてない、そりゃこうして成功したんだからな、当然だ。

 「じゃあシーラは?」

 「あのときは成功する確信があったんだ。好きで仲間を見捨てる訳がないだろ?」

 「そうかい…………ふぅ……一発、一発だ。それで今回の事は水に流す。」

 「そうか、ありがとな。悪かったよ。」

 我ながら実に薄っぺらな謝罪。しかしこのまま議論したって並行線なのは目に見えている。ただまぁいい加減眠いし、やはり今回ばかりは俺の方に非が……いや、というよりも、フェリルの言い分には全くつけ込みようがない。

 立ったまま、目を閉じる。

 「僕も、奴隷ちゃんがシーラの立場にいたら、なんて引き合いに出した事は謝るよ。ただ、あそこで言葉に詰まったから僕もこうして割り切れるんだけどね。」

 「そりゃまたどういう?」

 「通じるかは分からないけど、リーダー……そのままだといつか、天秤が逆に傾くよ。」

 「……?ま、まぁ一応、わざわざ忠告どうムォァッ!?」

 この野郎、会話で油断させたところを殴りやがった!



 「イタタタ……」

 「うわぁコテツさん、ひっどい有様だねぇ。昨日の夜、どこかで転んだんでしょ。サービスでおまじないしてあげても良いよ?」

 翌朝、思ってた以上に力の強かったフェリルの拳は俺の目元に見事な青痣を浮かび上がらせた。

 実はその痛みで禄に寝られず、結局満腹亭の窓から朝日がじわじわと入ってくるのを眺める羽目になった。

 鉄塊だけでも使っておけば良かった……。

 「なぁローズ、お前、青の魔色適性があったりしないか?」

 「ううん、でもゲイルさんが……「ゲイル!氷!」「ほらよ!」「助かる!」……おまじないはいらない?今ならタダだよ?」

 「はは、お前は普段、おまじないでも金を取るのか?」

 飛んできた拳大の氷塊を目に押し付け、ローズの言葉に軽く笑う。

 「ゲイルさんは払ってたよ?」

 ガシャガシャゴシャン!

 けたたましい音。見ずともその出所は明らか。

 「ふっふっふー、今はうっかりおまじないしてると押し倒されちゃうけどね、キャ!恥ずかしい事言わせないでよ!」

 両手で持ったお盆で自分で茹で上がらせた顔を隠し、ローズは照れ隠しなのか、俺の顔の氷を強めに突付く。

 ……結構どころか凄まじく痛い。

 無言で悶絶。

 「ふぁー、あら?宿屋の人じゃないのに朝早いのね、人間にしては殊勝な心がけだわ。」

 と、ここで欠伸混じりに下りてきたのはリーア。

 昨夜のあれをほぼ全て寝過ごした奴だ。ったく、あのとき野晒しのまま放って置いてやれば良かった。

 「ん?どうしたのよそれ。酷い怪我ね?」

 「お前に殴られたんだよ、お前の泊まってる宿に送る途中でな。だからもうやってられなくて帰ってきたんだよ。」

 俺は寝不足等々色々あったせいで溜まっていた鬱憤を、八つ当たり気味に、濡れ衣と共に彼女にぶつけた。

 「ええ!?う、嘘よ!私がそんな事をするはずがないわ!」

 「イテテテ……。」

 ああ、なんか少しスッキリした気がする。

 『……それで良いのかおぬしは。』

 「リーアさんリーアさん、コテツさんだってお酒のせいだって分かってるから、ね?ここは素直に謝ろ?」

 「どうして私が人間なんかに!」

 「はいはい、お酒は人を変えるからね。ほら、私も一緒に謝るよ。」

 「だからちがッ」

 「もう、朝からここを嫌な空気にしないでください、ただでさえ少ないお客さんが減るでしょ?」

 何だかんだ言いながら、リーアは背中をローズにぐいぐい押されるがまま、俺の前にやってくる。

 「で?どうした?」

 「……っ、あ……う……。」

 じっと見る。

 「う……ぅ……」

 じぃっと見る。

 「ぐぐ……ぅ……」

 ていうかそんなに謝りたくないのかよ。形だけでも良いってのに。

 『そもそもそのエルフの娘に謝る義務など微塵も無いじゃろうが。』

 む、確かに。

 「イツツッ……」

 「ぐ、ぐぐ、ぐぉ……ご……ごご……」

 新手の怪獣の鳴き声かね?

 と、誰かが上階から駆け下りて来る音。

 「あ、リーア、ローちゃんもおはよう。それでリーダー、頼みがあるんだ。ユイちゃんにその目の事を聞かれても、僕が殴ったなんて言わないでほし……」

 俺はさっさとギルドに向かう事にした。

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