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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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割れ目②

 グングニルの槍、如意棒、グラム、そしてエルフィーン。

 それらを足元に雑に打ち捨てて見せると、シーラを捕えたヴリトラ教徒は屋上から屋内に引っ込み、その家屋の玄関から歩いて出てきた。

 屋根から飛び降りるときぐらいはシーラの首から刃を外すだろうから、そのときに障壁をシーラの首元にと凶器の間に滑り込ませてやろう、という俺の目論見が見事に失敗した形である。

 もう、相手に従うしか無いのか?

 「そういえば、あなたのパーティーメンバーに一つを持たせていると言っていましたね?」

 しかしここで、助け船を向こうが出してくれた。

 欲を掻いたな?

 「チッ、分かったよ。フェリル、ここは任せるぞ。」

 「ああ、急いでくれリーダー。」

 普段のおちゃらけた雰囲気とは打って変わった余裕の無い深刻な表情を浮かべ、フェリルが頷く。

 ……おかげでこっちの考えに全くもって気付いてくれてない。

 普段は妙に鋭いくせに、今は完全なる役立たずだ。案外こういう差し迫った状況に弱いのかもしれん。

 だとしても、俺のすべきことは一つ。ユイを呼びに行くフリをしてシーラを拘束している黒ずくめから3m、いや、万全を期して2m以内にまで、気付かれる事なく接近するだけだ。それで決着がつく。

 「じゃあ……「いいえ、それには及びません。」……。」

 舌打ちはなんとか堪えた。

 「ふふ、これでも私達はコテツさん、あなた方を高く評価しているのです。一瞬でも目を離す訳にはいきませんよ。」

 ああ、相手の慎重さが嫌になる。

 だがしかし、向こうが一瞬でも欲を見せた事で、話の流れは滞った。勝機はまだ微かにある。

 「ふざけるな!無駄な事を話す暇があるなら早くシーラを返……ッ!」

 激昂したフェリルが踏み出し、しかし黒ローブが手をシーラに向けた事で押し黙る。

 「主導権が私達にある事は忘れないでいただきたいですね。しかしあなたの言う通りです。良いでしょう、では私がそちらに行き、本物だと確証得たならば、この女性を解放しましょう。」

 「わ、分か……「却下だ。」リーダー!?」

 もう藁をも掴むような心地で弱ってしまい、易々と同意しようとするフェリルの肩を引っ張り、制す。

 「お前らがシーラを返さずにそのまま逃げないという確証がないだろう?」

 「私達を信用できないと?」

 よし、こっちの意見が通ったな。

 「当たり前だ。シーラが俺達にとって有効な人質だと分かったんだ、これからも同じ手段を使い回さないと何故言い切れる?そしてお前らはヴリトラの崇高な願いとやらを叶えるためなら手段なんぞ選ばないだろう?この狂信者共が。」

 アルバートはローズの安全のためにずっと協力させられてるようだしな。ったく、ローズは一体誰にどこから監視されてるのやら。

 ともあれ、同じ手口で傀儡にされるのは御免被る。

 「ではそのような事はしないとヴリトラ様に誓いましょう。」

 良い流れだ、向こうはシーラを盾に押し切れば良いところを今なら取り合ってくれる。……ここから必要なのはさらに話の主導権を一瞬でいいからこちらに手繰り寄せること。

 「知るか、トカゲなんぞに誓って何になッ!?」

 売り言葉に買い言葉という風で返した直後、肩を掴まれ、乱暴にフェリルに彼の方を向けさせられた。

 「軽はずみな言動はやめるんだ、リーダー。万が一シーラが君のせいで死んでみろ、僕は……」

 「……ああ、そうだな……すまん、気を付ける。」

 そこまで言うなり、拳を固く握るフェリル。

 そんな彼を振り払い、前を向く。

 驚いた、あまりに素晴らしいタイミングだった。本当にフェリルは余裕を無くしているんだろうか……うん、無くしてるな、歯を食いしばって今にもシーラへ走り出しそうだ。

 「彼の言う通りよ、コテツさん!」

 辺りがシンと静まった中、フェリルの声は思っていたよりも響いてくれたらしい。

 黒ローブはシーラを抱える黒ずくめを指し、続けた。

 「ふぅ、私と彼は、ヴリトラ様の下へ集った同士では、ありますが、あくまで、他人。私がどれだけ静止しても、彼の動きを完全に、操る事はでき、ませんよ?」

 お前はな、と内心で笑う。

 彼女の言葉に力が必要以上に籠もってる。加えて敬語も取って付けたような物になっているぞ?

 平静を少しでも崩せたからこそ、こちらから話を振れる。こういうところはヴリトラ教徒は楽だな。挑発しやすいったらない。

 「そうか、それはすまなかった。じ……アザゼル、様をクソジジイだとか耄碌ボケ老人だとか言う事と同じだよな、ああ、本当にすまん。気を悪くしないでくれ、こっちも余裕が無かったんだ。」

 ここで予め用意しておいた謝罪を口に出す。

 この文句は向こうが怒ってシーラを殺してしまうのを防ぐために準備していたのだが、フェリルが先に俺に激怒してみせたおかげで使う必要はほぼ無くなったにも等しい。

 しかしまぁ取り敢えず、保険だ。

 『お主……覚えとれよ。』

 怖い怖い。

 「だがそれでも、申し訳ないが信用はできない。だからこういうのはどうだ?」

 一気に続ける、ここで敵に口を挟ませる訳にはいかない。

 それに、フェリルの本人すら意識していない活躍もあって、せっかく手に入れた話の主導権だ。そう簡単に手放す訳にはいかない。

 「お前ら二人はシーラをそこに置いてこっちに来る、同時に俺達はシーラの元へ行く。提案しておいて何だが、何も難しい事はない、すれ違うだけだ。」

 相手が馬鹿ならこれに乗ってくれる。

 「それではそちらの神の武器が偽物の場合、私達のみが割を食います。」

 「シーラを矢で射ればいいだろう?」

 背後で凄まじい歯軋りが聞こえたが、無視。

 「ふふ、矢などあなたか後ろのエルフが風でも起こせば無力化できるでしょう?」

 なるほど、個人の能力はあまり把握されてない訳か。

 「じゃあ信用してくれ、神に誓おう。」

 「面白くない冗談ですね。」

 「そうかい。」

 すぐに返す。

 面倒だ。が、仕方無い。

 内心で愚痴をこぼしながらも、間髪入れずに言葉を継ぐ。

 「それならお前一人がこっちに来るってのはどうだ?俺達二人はシーラの元に行く。神器が偽物だったらシーラを殺せば「(ギリッ)」良い。これなら文句は無いだろう?」

 普通ならば鼻で笑い飛ばす可能性が大きいが、向こうが俺達とほぼ対等に話してくれている今なら通る。

 「…………ええ、それならば言う事はありません。」

 反論される心配はあまりしていなかった。

 何せこれは実に公平な、むしろ向こうが少し優位に立った上での取引なのだから。粗探ししても何も見つかるまい。

 加えて、一つ目の案を否定している分、向こうは意見を押し付けられたという感覚が薄れているのかもしれん。

 さて、後は俺の演技と技量の問題だ。

 「……先走るなよ?」

 フェリルへ向けて呟く。

 「……あ、ああ、分かってる。」

 返ってきた短い言葉からは彼の焦燥がありありと伺えた。

 本当に大丈夫だろうな?頼むぞ?

 思いつつも、俺はシーラの方へと歩き出す。リーアは結局そのまま地面に放っておいた。

 そして同時に、黒ローブがこちらへと歩を進める。

 段々と近づいてきた相手のフードの中は伺い知れない。余程目深に被っているのか、目を凝らしても微笑を浮かべた口元がやっと見えるのみ。

 歩幅を僅かに調整し、自らの歩調を、相手にその変化に気付かれないよう、細心の注意を払いつつ変える。もちろん目線は前へ、シーラを向いて固定してある。

 そのまま、顔の造形を一切把握できないまま、相手の足と同時に、その真横に自らの足を置き、踏みしめた。

 長い一瞬。

 視界外より聞こえる足音。

 衣擦れ。

 微かな呼吸音、最後の乱れまで。

 研ぎ澄ました俺の知覚が相手のそれら全てを捉え、そして、すれ違う。

 振り返りはしない、ザッザッと真っ直ぐ歩く。後から付いてきているフェリルが要らんちょっかいを出すんじゃないかとヒヤヒヤしたが、そんな事はなかった。

 「ふぅ。」

 緊張が解け、思わず息が漏れた。

 一番の難所は乗り越えた。いやはや、我ながら完璧な仕事だったと思う。

 後は気負う事なく歩いていき、シーラに剣を突き付けた黒ずくめの前まで辿り着く。

 「おい、もういいだろ、「シーラを放せ!」……。」

 言いかけると、フェリルが怒声を発し、俺の前、黒ずくめの目と鼻の先に荒々しく踏み込んだ。

 しかし相手は動じず、黒ローブの方を顎でしゃくり、淡々と告げた。

 「ふん、あの武器が本物であれば、あいつが転移陣であれらを我々の拠点に飛ばす。それを確かめられれば放してやる。」

 放した瞬間に俺かフェリルに殺されそうな物だが、まぁそこはヴリトラ教徒の狂信っぷりからして、死ぬことなんぞ承知の上でこの役を引き受けたのだろう。

 反吐が出る。

 にしても転移陣仕込みか……つまりあの黒ローブに神器を触れさせる訳には行かなかったのか。まさに転ばぬ先の杖、万が一を考えてて本当に良かった。

 「くっ。」

 悔しそうに引き下がるフェリル。その代わりに俺が前に出る。

 「おい今の言葉が聞こえなかったのか?あいつが神の武器を拠点に転移させるまで……ん?あいつ、何を……っ!?」

 男はその表情や口調を、尊大な物から疑念、そして驚愕へと目まぐるしく変えながら、ゆっくりとシーラから刃を退けてその腕を下ろした。

 「どうも。フェリル、ほれ。」

 「何が起こっデェッ!?」

 シーラの脇から手を入れて背中を支え、彼女をフェリルの方へと軽く放りながら、もう片方の手に作った中華刀を一閃。おそらく疑問符でゲシュタルト崩壊を起こしているであろう、ヴリトラ教徒の首を刎ねた。

 吹き出る赤。

 俺は顔に掛かったそれを拭い、さらなる返り血を嫌い、危ういバランスで立っているデュラハン(笑)を足で蹴って地に倒した。

 「ど、どうして?」

 「シーラは今すぐに起きそうか?」

 呆然としているフェリルに聞くと、彼はハッとしたように腕の中のシーラを何度か揺すり始め、口を開いたままその首を横に振った。

 と、そのシーラへ矢が一本飛来する。

 対し、投げナイフでそれを迎撃すると、それを革切りに、周りに潜む射手から矢が一気に襲いかかり、俺はエルフ二人にタックルをかましてそれらを避ける。

 「ボーッとするな!逃げるぞ!」

 「あ、ああ!」

 衝撃と叫び声にやっとの事でフェリルは正気に戻り、シーラを抱え直して走り出す。

 弓矢を作成。

 逃げるエルフ達の後に続きつつ、を襲う矢を、迎撃、援護する。もちろん自らに飛んで来る物は身を捻るなり蹴るなりして対処しながら。

 俺は神器の前に立つ黒ローブの元に辿り付くなり足を止め、しかしなお迎撃は続ける。

 「リーダー!?」

 「俺は後から行く!まずはシーラを安全に連れて帰れ!」

 自身の後を追わない俺にフェリルが立ち止まろうとするのを制し、早く逃げろと急かす。

 ……まだやる事があるしな。

 そのまま彼らの逃走を見届けると、周りの狙撃対象が俺に移り変わった。

 即座に未だ熟睡中のリーアの襟を掴み、道の脇へと放り投げる。

 「あはは〜」

 ……もっと強く投げ飛ばせば良かった。

 次々と放たれる矢を躱し、蹴り払い、そうしながら時折黒ローブの目の前に積まれた神器群をヘール洞窟へと転送させていく。

 「ちょいと試し射ち、と。」

 左足で大きく蹴ってほぼ同時に飛んできた3本の矢を散らす。そのまま振り回した左脚で最後に地面に残ったエルフィーンを蹴り上げ、掴み、矢も無しに弦を引き絞れば手元に薄桃色の光弾が現れた。

 射つ射る放つ。

 連続の3連射。狙いは矢の飛んできた方向。

 そしてそれだけで、敵の潜む右側の建物の2階が吹き飛んだ。

 「へ!?」

 んなアホな。

 っと、驚いてる場合じゃない。

 素早く振り向き、もう片側の2階から飛んでくる3本の矢の射線、その延長線の隙間に身を捻り込みつつ弦を引く。

 しかし避ける必要はそもそもなかったようで、薄桃色の透明な障壁がそれらを俺の50cm先で阻んだ。

 「ほぉー。」

 感心しながら、狙撃。

 そしてもう片側も綺麗さっぱり消え去った。

 「……ナンダコレ。」

 確かエルフィーンって放つ矢の力を上げたり、妖精の固有魔法を使えたりできるような効果だけのはずだよな?……確かめた方が早いか。鑑定!



 name:神弓エルフィーン

 info:妖精神フィーネの加護を受けた弓。放たれた矢には鋼鉄をも穿つ力が付与される。また、使用者は妖精の固有魔法を行使することもできる。



 やっぱりそうだよな?

 そして俺はエルフィーンで矢を使ってない。つまり今の威力は……

 「……妖精って怖い。」

 ファレリルのご機嫌取りは義務だな、こりゃ。

 思わず目があられもない姿で打ち捨てられた、泥酔状態のリーアの方を向いた。

 ……しっかし、これを使って俺に負けたのか、あいつは。

 「ま、良いか。そんなことより転移陣、と。」

 あの黒ずくめの話ではそれはヴリトラ教徒の拠点に通じているらしい。もしかしたらその先にはヴリトラ教徒共が集めた神器があるかもしれないのだ。

 放置しておく手はない。

 エルフィーンをサイの元へ送り、さっきから微動だにしない、黒ローブに両手の平をこちらに向けさせる。

 「なんだ、てっきり魔法陣は手に彫ってある物と思ったんだけどな。」

 無傷の掌を一瞥した後、今度はフードをめくる。

 すると、顔の下半分を黒色の包帯でキツく覆われた女のエルフの顔が現れた。

 「……ヴリトラの側にはエルフもいるのか。」

 驚きが口を突いて出た。

 あれだけフェリル達と過ごしてもやっぱりエルフへの固定観念は払拭しきれてなかったらしい。

 『まぁ初めて会うたのがミ……』

 ミヤさんとは一っっ切、関係ないからなクソジジイッ!

 「はぁ……ここにも無い、と。まぁ女性だしな。顔には流石に彫らないか。フッ!」

 黒い包帯を霧散させて顔の下半分を確認し、ため息。

 気を取り直し、一息に縦、横と十字に素早くローブを断てば、一般的な冒険者の革鎧を着たその華奢な体の上を、ビッシリと黒い蜘蛛の巣が覆われた姿が顕になった。

 今更ながらの種明かしだが、こいつが神器を目の前にしながら、今までずっと棒立ちになったいたのは俺に拘束されていたからである。

 拘束したのはすれ違う瞬間。

 やり方は言えば簡単、やるのは我ながら至難の技。相手が体を這う黒色魔素に気付き、何らかの反応を起こす前に全ての工程を終わらせ、喉を締め上げて窒息死させるという物だ。

 一応、前にユイを拘束したことや、スケルトンを参考にする事で人の体の動きを制御するのに必要な最低限の型が分かり、大きな助けになった。が、それでもあれほど集中して魔力を行使したのは初めてだった。

 ちなみにシーラを表面上何の苦もなく解放させたのも似たような要領だ。

 で、件の魔法陣だが、あるにはあった。

 革鎧に、円に囲まれた不可思議な幾何学模様の一部が見て取れる。

 問題はその一部しかないこと。

 魔法陣なそのほとんどが焦げてしまっていて、それが使い物にならない事は素人目にも明らか。

 無色魔素であの場をほぼ魔法の使えない状態にしていたはずなんだけどな、それでも魔力を振り絞って魔法陣を消したところ、流石はエルフってところかね?

 「ま、これで晴れて何の憂いもなくエルフィーンを手に入れられた訳だし、それで良しとするか……。」

 幸せそうに睡眠を貪るリーアを肩に担ぎ、俺はそんな彼女を羨ましく思いつつ満腹亭へと向かった。

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