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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第六章:ハイリスクハイリターンな職業
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割れ目①

 「美味しかったぁ!知らなかったわ、人間の街にこんな所があるなんて!今度からはここを利用させて貰おうかしら?」

 満腹亭の一階、ゲイルがその腕を存分に振るった料理を完食し、リーアは大袈裟とも言える程感動に打ち震えている。

 「わぁ!本当ですか!?ありがとうございますッ!えへへー、うちは料理ぐらいしかありませんけど、料理ならどこにも負けませんよ!これからは是非うちに来てください!どうせ部屋は空いて……ごほん、うちは予約だって必要ありませんよ!いつだってもお迎えする用意はできてますから!」

 リーアに答えるのは、まるで自分が褒められたかのように体をくねくねさせて照れながら、相変わらずの経営状況を暴露するローズ。

 「うんうん、紹介のし甲斐があったよ。そう思わないかい?リーダー。」

 「おい、紹介したのは俺だ。お前はシーラに縛られて転がされてただけだろうが。はぁ……お前もよく懲りないよな。」

 そんな様子を、俺はカウンター席からフェリルと二人で雑談を交えつつ眺めている。

 ちなみに自分がリーアを紹介したとフェリルが主張するのはローズへのアピールなのだが、肝心の彼女に聞こえている様子は全く無い。

 ったく、俺達が背を向けている厨房にはローズの夫がいるというのにな。

 付け加えるなら、リーアと一緒に階下へ下りる直前、俺がフェリルのうめき声に気付く事がなければ、彼は未だシーラの部屋でベッドの足に雁字搦めに縛り付けられたままだったに違いないってのに。

 「アッハッハ!リーダーがそれを言うのかい!?あれだけ事前に相談しろってユイちゃんや奴隷ちゃんに言われてるくせに……おっと、これ以上はまずいかい?」

 「ハッ、なんの事だか。」

 「ふーん、それならリーダーは奴隷ちゃんを差し置いて、セシルちゃんと本当に浮気してたって事でいいのかい?というよりこうしてイベラムに留まっている理由はなんだい?まさか神器探しを中断したなんて言葉を僕が信じるとは思ってるんじゃないだろうね?」

 ……バレてるな、こりゃ。でもまぁ流石に隠し事の詳しい内容までは知られてない、よな?闇ギルドに依頼を出してる、とか。

 「はは、そんな訳ないだろ。俺はネルへのお土産を探してたんだよ。セシルならイベラムについて詳しいしな。それに、少しくらいは休日ってのも必要だろ?ユイはなんかは今日、防具の整備をしに行ってるぞ?」

 「そうかい、毎日ギルドに通う休日ね?アハハ、まぁ結局叱られるのはリーダーだから、僕もこれ以上は言わないさ。」

 さっきから一体何の話なんだ?と俺が往生際悪くも口からそう吐き出す直前、バン!と満腹亭の扉が勢いよく開かれた。

 「着いたぜ満腹亭!」

 「いつもので良いんだな?今日は上手く行ったのか?」

 「おうよ!」

 入ってきたのはやけに元気の良い男。

 親しげに問うゲイルに快活に返しながらコート掛けに自身の黒いそれを放り、がらがらとテーブルを慣れた様子で移動、3つほどを1箇所に集めて合体させた。

 「あ!カントさん、お帰りなさい!」

 「おう!ローちゃんは今日も元気がいいな!それに珍しく他にも客がいるみたいじゃねぇ……か?」

 常連なのだろう、ローズが親しげに彼を迎える言葉を口にし(フェリルは羨ましい、などと零したが俺はスルーした。)、対してカントはハキハキした声で答え、リーアに目を向けて固まった。

 知り合いだろうか?

 「リーア、さん?」

 「ん?誰?」

 名前を呼ばれ、リーアは不思議そうに聞き返す。

 一方的な知り合いかね?

 「……えーと、神弓使いのトレジャーハンター、リーアさんですよね!?俺はしがないBランクのカントってんです!ええ、で、……サインなんて貰えますか!?」

 あ、有名人のような扱いなのか。

 「え?でも私はまだ通り名も無いマイナーよ?それよりもあそこに座ってる“切り込み隊長”さんのサインが良いんじゃない?御利益もあるらしいわよ。」

 どんな御利益だ。そんなもんあったら自分に使うわ。

 「切りッ!?」

 言われ、カントは慌てたように、バッと勢いよくこちらを振り向く。

 その眼は一瞬、殺意にも似た険悪な雰囲気を纏ったものの、すぐにそんな物は霧散し、消え去った。

 エルフらしく美人な女性のリーアとの楽しい会話を中断されてしまったのがそんなに嫌だったのかね?

 「……へぇ?いよいよこの宿も人気店の一つに成り上がる時が来たって訳か!Sランク冒険者の客を二人も手に入れるとはな!ローちゃん、満腹亭のこれからも祝ってやるから半額にしてくれ!」

 リーアってSランクだったのか……つまりセシルが俺だけに依頼を押し付ける事には私情も多分に挟まれてる、と。……まぁそれが分かったところで結局引き受けるしかないんだけどな。

 「もう、馬鹿言わないでよカントさん。駄目だよそんな事したら。満腹亭のこれからが無くなっちゃうもん。あ!だから満腹亭を祝ってくれるなら逆に倍払って欲しいな!そしたらお礼としてゲイルさんが戸棚の奥に隠してる娼婦街の……「げほっげほっ!グェッホッホォッッ!」……うん、駄目みたい。」

 とんでもない咳払いが背後から聞こえてきた。

 「ゲイル、風邪か?ぷっ!」

 振り向きカウンターの向こう側を見れば、上の戸棚からいそいそと何かを取り出しているゲイルの背中があり、思わず噴き出してしまった。

 あと、フェリルが真剣な表情で「娼婦街……」と呟いているが、もう結果は見えてしまってると思うのは俺だけなのだろうか?

 「うーん、じゃあ代わりに、今度2泊3日以上泊まってくれたとき、一泊無料にしてあげる!」

 つまりローズの奴、値引きはしても金は確実取るってことか。

 なかなかにしたたかだ。

 「よぉ!ローズ!」

 「今日は疲れた!」

 「「酒はあるか!?」」

 と、ここでカントの連れがぞろぞろと、話しながら賑やかに入ってきた。彼らはそれぞれ雑にコートを脱ぎ、コート掛けを真っ黒な山に変え、カントの作った大テーブルにどかりと座る。

 そしてローズがパタパタ駆け回りながらジョッキや酒を用意して、俺が初めてここを訪れた2年前から変わらない、真っ昼間からの馬鹿騒ぎが始まった。



 楽しい雰囲気に呑まれ、ハッと気がついた時には日が暮れかけていた。

 そして今、ベロベロのリーアに肩を貸した俺とフェリルは、要領を得ないリーアの道案内に従い、人が減ったせいで広々と感じられる通りをえっちらおっちら歩いている。

 ちなみに、何故過ぎ去った時間に気付けたかのいうと、防具以外にも色々と買い込んできたユイが、街で出くわしたという、憔悴しきって虚ろな目をしたルナを半ば背負いつつ、四苦八苦して帰ってきたからである。

 これできっとルナもペット探しの大変さを知ってくれたに違いない。

 閑話休題。

 リーアには金は払ってやるからこのまま泊まっても良いと――エルフィーンを大した苦労もなく手に入れられた罪悪感も手伝って――言ったのだが、本人は酒のせいか言っても聞かなかった。

 しかしだからと言ってそのまま千鳥足で帰らせるのも気が咎めたため、今のこの状況に帰結する。

 まぁ、“まさか神弓を持たない彼女を一人で返すつもりか?”(エルフィーンの取引の事は酔ったリーアの酔った勢いで公表された。)と、俺を責めるような目と口調でカント達に言われたせいもある。

 「はぁ……本当にこの道なのか?」

 ため息を吐いて回想から脱し、現実と向き合う。

 「さぁね?リーアはこんなんだし。」

 「あー、私を疑ってるなぁー?エルフは人間みたいな嘘は付かないから信じるのだぁーはっはっはー。」

 リーアはそう言って、俺の頬を楽しそうにつつく。

 ぶん殴りたい。

 「リーダー、本人に悪気は無いんだ、許してやってくれないかい?」

 「ったく、これが本当に悪気が無いんだから困る……。」

 「これでもまだマシな方さ、年を取ったエルフ達の間には僕達が森から追い出されたのは人間に嵌められたからだって意見もあるからね。」

 「はは、案外その通りだったりしてな?」

 「……リーダーは笑ってるけど、今のを聞く人が聞いたら殺されるよ?」

 マジかよ……。

 「……今後気を付け「あーーーーっ!」何だぁ?」

 藪から棒に、耳元で酔っぱらいが奇声を上げられた。

 その指差す方を見れば、人通りの絶えた道の真ん中に、いつの間にか立っていた黒いローブ姿の人が一人。

 「リーダー、気配を感じたかい?」

 俺は首を横に振って返した

 隠密スキル持ちか……。

 「どうも、こんばんは。」

 そいつの第一声は柔らかな声での挨拶だった。

 女性、かな?フードで顔が隠れているのでよく分からない。

 急に現れた事への驚きがなければ、俺の警戒はあっさり解かれていたことだろう。

 おい爺さんどうして黙ってた。

 『気が早いのう、敵ではないとお主は思いもせんのか?』

 わざわざ気配を隠して近付いて来た奴に気を許せと?

 『スキルを使っておるかどうかは分からんからのう……ただの通りすがりと勘違いするのも致し方ないとは思わんか?』

 はぁ……。

 「えーと、どちらさんでしょうか?」

 「私はそこのリーアのパーティーメンバーです。わざわざここまで連れてきていただき、ありがとうございます。ここから先は私に任せてください。」

 終始丁寧な口調で悪い気はしない。敬語って大事だな。

 「リーア、下ろすぞ?」

 「はーい。」

 のほほんもした返事をする飲んだくれ。

 「それと、エルフィーンも返したいただきましょうか。」

 と、ここで黒ローブがその語気を若干、強めた。

 「すみませんね、少しの間だけ貸してもらう取引をしたので……」

 「おっと間違えました、他の3つの神の武器も含め、神の武器を全てこちらに渡していただきましょう。」

 ……爺さん、周りに人は何人いる?

 『その通りの左右の屋根に三人ずつ潜んでおる。』

 やっぱり囲まれてたか。

 「フェリル、弓……」

 「問題ないよ、矢の投擲だってお手の物さ。」

 弓がないのなら作ってやろうか、と言いかけたが、フェリルがそう呟きながらサッと短剣を取り出すのを見て、俺は頷いて了解の意を示し、黒龍を握った。

 「脅しのつもりか?」

 左右の屋根に警戒をしつつ、唯一姿を見せている目の前の相手に問い掛ける。

 「ふふ、周りの者に気付かれましたか、流石ですね。しかし、いえいえ、脅しはこれからですよ。」

 黒ローブが片手を上げ、屋根の上を指差す。

 その先で、どこからか人が二人、月光に照らされた屋根の上に現れた。

 「なっ!?」

 「……チッ。」

 片方は毎度の事ながら、黒ずくめのヴリトラ教徒。しかし問題はもう一人だ。

 愛用している深緑のローブを纏い、少し緑がかった長い髪を風の為すがままにした、我らがパーティーの魔法使い、シーラだ。

 背後のヴリトラ教徒に抱きかかえるように支えられた彼女は、眠っているのか、目を閉じ、安らかな表情を浮かべていた。

 ……首元に物騒な鋼を突き付けられて。

 「ネクロマンサーさん、いえ、“切り込み隊長”の方がよろしいでしょうか?ともあれ、さて、あれを見てどう思いますか?コテツさん?」

 そんで俺の名前もバレてる、と。

 ただ、焦る訳にはいかない。

 それに幸い、向こうは饒舌なタイプのようだ。

 俺は黒龍を地面に投げ、陰龍をロングコートの下から取り出すようにして黒龍の近くに放り、フェリルに目を向ければ彼はとっくに短剣を地に落としていた。

 「お分かりいただけて何よりです。」

 「どうもうちのパーティーメンバーが迷惑かけたようだ、わざわざここまで連れてきてくれてすまなかったな、ここから先は俺達二人に任せてくれ。」

 武器は放したが、それでも弱気は見せちゃいけない。

 「いえいえ、迷惑どころか大人しいものでしたよ。リーアの名前を出せばすぐに彼女に信用して貰えましたので、薬を無理矢理飲ませる手間を省けました。」

 「随分と強い薬みたいだな?大丈夫なのか?」

 「ご安心ください、効果時間はほんの数時間ですから。そうですね、迷惑といえば彼女に重ねて薬を盛る事に苦労させられました。」

 「そう、か。」

 何時間もの間捕まっていたのか……本人は寝っぱなしだったようではあるが。

 「さて、もちろん人質の彼女に手荒な真似はしておりません、私達はヴリトラ様の完全なる復活、そしてその崇高な悲願の成就を目的とした集まりです。悪戯な殺生はこちらとしても気が進みません。こちらの要求は先程も言ったとおり、あなたな持つ、エルフィーンを含めた5つの神の武器をこちらにお渡し……」

 「……リーアもそっち側なのか?」

 遮り、問う。

 後ろでフェリルが「リーダー!」と責めるように呼んで俺を肩を掴んできたが、まだもう少し時間が欲しい。

 道筋をまだ考え付けていないのだ。

 それに、俺が元々持っていた5つの内、ミョルニルだけを見せずにおいているのは彼女だけなので、他に容疑者がいないのだ。

 「ぐかーっ。」

 呑気だなぁ……気が抜けそうになる。

 「いいえ、リーアは何も知りません、私達に協力して貰っているだけですよ。」

 しかし返ってきたのは予想外の答え。

 「ハッ、そうかい、なら……」

 「どうやって神器の数を知ったのかという質問には答えませんよ?」

 「チッ。」

 「彼女はただのトレジャーハンターです。それも実に優秀な。彼女の探していた宝は神の武器。私達は彼女の調査を元にそれらを探し求め、手に入れる事ができました。……ほぼ全て貴族の屋敷からですが。」

 「ハッ、それなら神器の3つ、4つぐらい見逃してくれないか?」

 「ふふ、残念ながらそれはできません。……さて、そろそろ神の武器を4つとも出していただきましょうか。手元に無いなどとつまらない嘘は必要ありません、あなたがアイテムバッグのような魔導具を持っている事はこちらも把握しています。」

 「……クソったれ。」

 シーラの喉から一瞬でも刃が離れれば、かつてアリシアを助けたときみたいに小さい障壁を間に挟めたのだが、屋根の上のあの黒ずくめは一向に気を抜く様子がない。

 「分かった、出したらシーラを放せ。」

 「そうは行きません。いい加減に従ってください。あまり馬鹿にしているとうっかり殺せと指示してしまうかもしれませんよ?」

 「リーダー……ここは大人しく向こうに従おう。」

 青ざめたフェリルの言葉を聞かず、彼を左手で後ろに押し戻しながら口を開く。

 「じゃあせめて屋根から降りさせろ。」

 「……良いでしょう。」

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