取引
「今日はユイと“二人で”楽しんだらしいですね。はむ……仲良くペットを探していたと聞きました。」
「誰に?」
「シーラです。」
余計な事を……。
「まぁ待てルナ、別に楽しんではないぞ、なんならあの壮絶なドラマをここで語ってやっても良い。」
扉を開き俺を迎え入れてくれたルナはしかし、未だご機嫌斜めだった。
それでも扉を開かせる事ができたのは、一重に買ってきた肉まんのおかげだろう。美味いよな、肉まん。
「むぅ、ペット探しなんかに一体どんなドラマがあると言うのですか。はふ、ふぅ……。」
壁にもたれて寝床に両足を投げ出した姿勢の俺の上に乗り、何故か膝枕ならぬ胸枕を強要しながら肉まんを頬張ってるルナはそう、聞き捨てならない事を口にした。
「何だと?」
「え?ペ、ペット探しですよ?古龍様方からお認めになられたご主人様にとってはあ、朝飯前の依頼ではないのですか?」
まさか怒るとは思っていなかったんだろう、ルナが慌てたように言葉を連ね、俺は、それなら、と続ける。
「明日はルナ一人でペット探しをしてみるか?」
「ゴクッ、ええ、構いません。たかがペット探し、すぐに終わらせてみせます。」
「ほぉ?豪気なこった。」
「もちろんです。そうすればご主人様はユイと二人で楽しんでいたと認めますよね?そのときはきっちり問い詰めさせていただきますから。」
そういう事かよ……。
「はは、まぁ俺は嘘なんか付いてないから楽なもんだけどな?」
「へー、そーですか。もぐもぐ……。」
見透かしたような目でこちらを見上げるルナを、俺は余裕を持った笑みと共に見返す。
やっぱり正直って良いな。後ろめたさが全く無い上に自信まで漲ってくる。日頃嘘付いてるだけあ……ごほん、とにかく、なかなか新鮮な感覚だ。
『それで良いのかお主は……。』
嘘も方便。
『違うの、保身じゃ。』
似たような物だろ。ついた嘘が他人のためか自分のためか、それだけの違いだ。
『全く違うわ!』
そうかぁ?
「どうかしましたか?」
俺が左手に持った袋の中から、次の肉まんを取り出しながら、小首を傾げるルナ。変な表情になってたのだろうか。
「いや、よく食うなと思ってな。それ、5つ目だろ?」
苦笑いしてみせながら、ルナが咥えてしまっている、彼女自身の艷やかな銀糸を指で取ってやる。
太るぞという言葉が喉ぐらいまで出掛けたが、また追い出されそうだったので何とか飲み込んだ。
「今日一日何も食べていませんから、ご主人様のせいで。」
「は?いやいや、まさかずっとこの部屋で不貞腐れてた訳じゃないだろ?」
「……もきゅもきゅ……」
マジかよ。
「美味いか?」
「ええ、とても。空腹は極上のスパイスですから。」
誰のせいで空腹になったか、分かってますよね?
片目を瞑ったルナの言葉に字幕を付けるとしたらこんな所だろうか?
「あーそうかい、しっかり味わえ。」
そんな返ししか思い付かない俺に取り合わず、ルナはぱくりと肉まんにかぶりついた。
そしてルナの可愛らしい咀嚼音のみが、照明一つ灯していない、簡素な部屋を満たす。
自然、暇を持て余し、俺の目は2年前と何一つ変わらない部屋の間取りや調度品へと向いた後、結局、膝の上で今日一日の朝昼晩三食分を平らげていく和装の恋人に舞い戻る。
……悪戯心が湧くのを誰が責められよう。
まずは小手調べ。伏せられている狐耳の付け根にトンと触れる。
急な事に驚いたのか、ぶるりとルナの体が震えた。
俺がそのまま柔らかい耳の輪郭をつつとなぞれば、反応するのを必死で堪えるルナの努力も虚しく、彼女の体がその意思に反して微かにわななき、それが膝の感覚で伝わってくる。
「どうした?さっきから肉まんをジッと見つめて。もしかしてもう満腹になったのか?」
ニヤリと笑う。
するとルナは半月のようになった肉まんからこちらに赤い瞳を移し、その身を大きく捩ったかと思うと……
……ガブリと俺の手に噛み付いた。
ついでに一言。
「おなひあひあひあほあひるのへ。(訳︰同じ味だと飽きるので。)」
「……確かにそれも肉を包んじゃいるが、食い物じゃないぞ?」
美味しくもないと思う。
「ひひはへん。(知りません。)」
「はぁ……腹壊しても知らんからな?」
ため息つき、お返しにルナの肉まんにかじりついて小腹を満たすと、涙目でしこたま怒られた。顔が紅潮していたあたり、かなり空腹だったのだろう。
「すまんな、わざわざ。待たせたか?」
「いいえ、今来た所。」
セシルに依頼の受注確認(まだ未受注だった。)をし、彼女のご機嫌取りも兼ねてさらなるペット探しの依頼を受けた後、柱に寄りかかっていた待ち人に手を上げて挨拶するも、素っ気なく返された。
まぁ友達の友達という微妙な関係の奴にハグを求めるのもおかしいだろう。
「はは、そりゃ良かっ、たッ!?」
取り敢えず笑った途端、後ろに立つルナに腕をつねられた。それはもう、思いっきり。皮膚が千切れるかと思った。
「ど、どうしたの?」
「いや、はぁ……なんでもない。」
何しやがると背後に目で訴えようとするも、フン、とそっぽを向かれ、ため息。
肉まんを食べた事、まだ怒ってるのだろうか?半分しか残ってない食べかけだったし、あの後一人で5個も食ったんだからあれぐらい許して欲しい。
「で、だ。返事は決めてきてくれたか?リーア。」
気を取り直し、早速本題に。
昨日、俺の集めた神器の一つを、事が済んだ後、貸し出すという条件でエルフィーンをしばらく貸してくれないかという取引を持ち掛けたのである。
「昨日の取引のときもそうだけど、急にも程があるわ。全く、人間はこれだから……。」
俺を人間代表みたいに言わないで欲しい。荷が重い。
「はは、そりゃすまん、こっちも必死なんだ。何なら取引成立のお礼に奢ろうか?」
「まだ取引成立なんて誰も言ってないでしょ。……はぁ、どうしてこれが必要なの?コテツさんはエルフィーンの力を自分の技だけで切り抜けられたじゃない。それに他にも神の武器があるのならそれを使えば良いでしょ?そもそも神の武器を幾つも持っている事から怪しいわ。」
昨日は少ししか話せなかったからなぁ……捕まえたペット共をさっさと返して汚れた体を洗いたがってたユイに急かされてたのもある。
信憑性を疑われた訳か。なるほど、それなら話は早い。
「あーそうか、だったら百聞は一見に如かずだ。さっさと行こう。朝食、いや、もう昼食――ブランチって言うんだったか?――がまだならそこで食べればいい、くはは、宿屋業より食事処で成り立ってるような宿だしな。」
「え?今から?」
「は?」
「準備はしなくて良いのかしら?」
「準備?」
何のために?
「えっと……その、神の武器だと信じ込ませる為の演出とか……。」
「いや、本物だぞ?」
まさかこいつ、昨日の俺の言葉を五分五分どころか、欠片も信じてなかったのか!?
「あ!もう下準備は万全って事ね!」
どこをどうしてそうなった!?
「……なぁリーア、お前、なんで来たんだ?」
「コテツさんが呼んだんじゃない。」
事も無げにリーアはそう言うが、そうなるとなおさら訳が分からない。
「俺が神器を持ってるとはちっとも信じてない癖にか?」
「シーラが仲良くしてる人間がどんな物か興味があるもの。それに、それが偶然にも私のエルフィーンを破った卑怯な人間と同じだったから、化けの皮を剥ごうと……ね?」
ね?じゃねぇよ。
「……一応聞くぞ?」
頭が痛くなってきた。
「ええ。」
「取引に応じる気はあるんだよな?」
「本物だったらね。」
それなら十分、か。
「はぁ……分かった。」
こめかみを擦りつつ、ため息。
「じゃ、またなルナ、ペット探し頑張れよ。ちなみに俺とユイの掛かった時間は……」
振り返り、目標タイムを告げようとしたが、ルナのどんよりした雰囲気に口ごもらせられる。
「……ええ、話の流れからそんな事だろうと思ってました、ええ本当に。はぁ、やっぱりご主人様はご主人様ですね……。」
「褒めてる?」
あまりにも暗いので、戯けて冗談を一つ。
「(ギロッ)」
相変わらず綺麗な目だこと。はぁ……駄目か。
「ま、何か知らんが、取り敢えず相手がペットだからって舐めるんじゃない……ぞ。」
陽気な声を無理矢理出してみるものの、最後まで聞かずにルナはギルドを出ていった。
「何処かで間違えたか?」
確かペット探しの依頼を受けるまでは、まぁまぁ上機嫌でいてくれた筈だ。しかしそのときから今まで大した時間は経ってないし、ほぼリーアと話していたからルナに対して失言のしようがない。
流石に他の女性と話しただけで不機嫌になった訳ではあるまい。ルナの器はそこまで小さくない。……と、俺は思ってる。
「コテツさんの奴隷?あまり奴隷らしくないけれど。」
「ん?ああ、俺は彼女を奴隷だとは思ってないからな。一人の女性として接してるよ。」
「ふーん?人間にしては珍しいわね。それでいつまでここにいるの?」
「だな、行こうか。はぁ……今日はあんまんにしようかな。」
女心は難しい。
それで決着を付けた。
「こ……れは……まさか、如意、棒!?それにこれはグングニルの槍よね!?そして、この剣は……偽物?……あ!バルムンク!バルムンクね!そうでしょ!?」
「おう正解。加えてパーティーメンバーの一人には草薙の剣を持たせてる。はは、土下座して謝ってくれても良いんだぞ?疑って申し訳ありませんでしたってな?」
床に並べられた物品に、口をあんぐり開けたまま魅入るリーアを見ながら、ベッドに腰掛けた俺は腕を組んでふんぞり返っている。
ちなみにタイソンの持っている筈のミョルニルを所持している事がバレると色々とまずそうだったので、見つかる前に咄嗟にヘール洞窟に送った。
考えてみればヘール洞窟でサイに管理させた方が持ち運びの観点でも警備面でも優れている気がする。リーアが満足したら向こうに預けよう。
にしても、いやはや痛快痛快、爽快と言っても良い。
「……うやって……」
愉悦に浸っていると、リーアは舐めるように検分していた神器を置き、その雰囲気を急に張り詰めた物に変える。
「どうした?」
「……人間のくせにどうやってこんなに集められたのよ!?」
怒鳴られた。
……酷い言われようだ。“人間のくせに”は余計だと思う。
「人間には人間なりのやり方があるんだよ。それに、ルナやシーラにフェリルの力もあったしな。」
『密入国、そしてこれから行う強盗がはたして真っ当な人間なりのやり方かの?』
爺さん、真っ当だなんて誰も一言も言ってないだろう?
「そう……ね、シーラにフェリルさんも手伝ったのよね。……コテツさんの実力はあのトーナメントでかなりのものだと分かるし……」
リーアが自身へ向けてブツブツと紡ぐ言葉に、前に聞かされたネルの体験談が思い出された。
「言葉の端々で見下されてるのが分かる、ね……。」
「え?何か言った?」
それも無意識でやってる分、質が悪い。
「いいや?ただ、取引が無事に成立しそうでホッとしただけだ。ていうかそいつらが本物だってよく一目で分かったな?」
誤魔化し、そういえば、と聞いてみると、リーアはふふん、とぶん殴りたくなるような得意顔をした。
「甘く見ないでくれるかしら?私は故郷を取り返すために、コテツさんが生まれる前から探し求めてきたのよ。このエルフィーンはその唯一の成果ね。……そんな私が神の御手による物と人の手で作られた物とのはっきりとした壁を見分けられない訳がないでしょ。」
「へぇ?そりゃ凄い。」
実際、“神の武器を発見し、手に入れる”という業績は俺達には為しえなかった物である。
もちろん、手に入れた神器、復活の指輪に――少なくとも俺は――不満がある訳ではない。……ブルムを手に入れられなかったのは痛かったが。
「え?コテツさんには分からないの?それならどうやって探し当てたの?いくらお金があるからって、鑑定のオーブじゃ……神器?を鑑定できないでしょう?」
あ、しまったと思ったのも一瞬、最後にリーアがくれた情報が助け船となった。
「あーいや、まぁほら、その鑑定のオーブが使えないのを逆手に取ったんだよ。鑑定できなかった物を神器だと判断するって具合に、な?」
「ふーん?大変だったわね。」
「あ?あ、ああ、手痛い出費だったよ。」
愛想笑い。
一応、何とか誤魔化せたらしい。
どうすれば会得できるのか俺にも皆目見当の付かない勇者のスキルの保持は、その謎のせいで説明する事が難しいため、隠匿しておくに限る。
『良かったのう?完全鑑定スキルを持っておって。』
相も変わらずな爺さんの完全鑑定スキル推しが面倒だ。
「はぁ……さて、実物は見て貰った訳だ。取引と行こうか。」
「その前に……」
「おいおい、まだ何かあるのか?」
呆れて言うが、リーアは意に介さない。
「……私のエルフィーンを何に使うつもりなのか教えなさい。神器が4つもあるのなら十分じゃないの?」
「すまんな、秘密だ。ただ安心して欲しい、約束は守る。フェリルとシーラの協力もお前達エルフの故郷奪還に一役買うって条件だしな。それで納得してくれないか?」
「そう……まぁシーラが信用してるなら……。」
これには俺が驚いた。
まさかシーラの仲間ってだけで納得してくれるとは。
俺の想定では、リーアにさらなる追求をされたところで、近々起こるらしい戦争とかを引き合いに出しながら、考えておいた嘘八百を、さも隠しておきたかった秘密のように見せ掛けるつもりだったのだ。
案ずるより生むが安しとはこの事。
「ありがとなリーア、本当に助かる。」
俺は心からそう言い、頭を下げた。
「じゃあ次に……」
まだあるんかい!
バッと顔を上げる。
「な、なによ?……と、取引ならするわよ?こちらからお願いしたいぐらいだもの。はい。」
いとも簡単に、リーアは背負っていたエルフィーンをこちらに差し出した。
「へ?」
再び、驚く。
何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうのは俺の心が汚れてるからだろうか。
きっと俺は今、かなり間抜けな顔を晒してるだろうと思う。
「だ、か、ら、取引は成立よ、成立。良かったわね?ついでに気になる事があるから聞いても良、い、か、し、ら?」
「あ、ああ、もちろん!良いぞ、良いに決まってる!さぁどんどん、いくらでも聞いてくれ。」
イライラしたように聞くリーアの声にハッと我に返った俺は食い気味に何度も頷き、結果リーアにドン引きされた。




