久しぶりの冒険者活動
森林破壊と作業効率との天秤は、流石は現代人と言うべきか、至極あっさりと傾いた。
目の前には赤々と燃える村落……だった物。
自重で潰れた家々からはパチ、パチと散発的に火の粉が弾け、それらはそれらで新たな火種として、辛うじて焼けていなかった箇所を念入りにじりじりと炙っていく。
倒壊した家屋に巻き込まれ、体の半分がひしゃげた奴らには、たった一人でもがき苦しむ者、小さい者に覆い被さり庇う者、庇われる者等々数多とおり、しかしその表情は――詳しくは読み取りにくいものの――皆一様に、苦悶かおそらくそれに近い感情による物が浮かべられ、また一様に焼死していた。
運良く――かどうかは知らんが――巻き込まれ無かったヤツらも当然ながらいた。建造物に潰された、家族か友か知り合いか隣人か何かを救おうとしたまま途中で事切れた者、無事に脱出したものの煙を吸ってしまったか、外傷無く血に寝そべり、焼かれた者、猛火を直接体に浴び、焼け爛れた体で倒れた者、そして……
「アァァァァァ!ガッ!?」
……数少ない生存者である。
とは言っても、たった今眉間にナイフが刺さった奴で最後だが。
吹き上がる猛炎に艶やかに照らされ、少し昂った表情を浮かべるルナは、こちらを見て見事な笑みを浮かべた。
「暇ならやれ。」
「……はぁ。」
説教の後、というよりか説教する二人が息継ぎする隙に、自分が満腹亭に泊まることやもし嫌ならば各自好きな宿に泊まっても良いこと等を一方的に伝えるだけ伝え、俺はさっさとその場から退散した。
が、それから行く宛もなく、どうせ後で待ち合わせているからと、ギルドの建物を支える支柱の一つにもたれ掛かり、活気溢れる冒険者達をのんびり観察していたのだが、少しウトウトし始めた所で目の前に一枚の紙が突き出された。
頭を傾け、目線をずらせば、ネル以外には基本的に無表情どころか冷たい受付嬢の姿。腰に手を当てて、まるで逮捕状を突き出しているような格好だ。
「仕事はどうした?俺なんかに構ってられる程不人気って訳じゃないだろう?」
「受付嬢の仕事は接待じゃない。目的は一つでも多くの依頼を冒険者に達成させる事。Sランカーを昼前からこのまま日の入りまで腐らせておく受付嬢なんてネル以外は失格。依頼の受注印は押してある。分かったら行く。さっさと行く。きびきび働く。」
グイグイ依頼書が胸に押し付けられる。
「おい、ちょっと待てそんな物勝手に押していいのか?」
「帳尻合わせができれば問題ない。」
終わり良ければって奴か?つまり勝手に押しちゃあいけないって事だよな!?
「実は昼食がまだでな……。」
元々ギルドでのんびりだらける予定だったため、昼食は抜くつもりまであった。
「狩れ。Sランカーらしく。」
「そりゃ流石に横暴だろ……。はぁ、えーなになに?」
文句を言いながらも、引く姿勢を全く見せない鉄面皮に根負けし、依頼書を受け取ってチラと一瞥する。
依頼内容:ゴブリン村殲滅
……うん嫌だ、やりたくない。
こいつらは普通の魔物と違って、二足歩行しかり形成する社会しかり、色々と人に酷似しているのだ。むしろ違いは、文化の進み具合は置いておくとして、言語と容姿ぐらいしか思い付かない。
師匠達の元を発って初っ端、こいつらを、言葉を交わした上で殺したおかげで俺の中の人殺しのハードルがグイッと下がったまである。
要はちょっとしたトラウマだ。ほれみろ、俺のふくらはぎが疼き始めたぞ?
「……チェンジ。」
「無理。印は押された。」
賽は投げられたみたいに言うな。お前が勝手に押したんだろうが。
「ゴブリン村の依頼って集団でやる物じゃなかったか?」
「Sランクの良いところ見てみたいなー。」
これ程起伏の無い媚びを俺は聞いたことがない。
「あのな、お前も受付嬢の端くれなんだから、媚びる演技ならお手の物の筈だろ?」
「……周りを見る。」
「ん?」
急に言われ、従えば、爛々と光る目があちこちからこちらを睨んでいた。
なんとまぁ、どうも冒険者達だけでなく、ギルドの男性職員までもセシルのファンであるらしい。
ていうかネルをお姫様抱っこしたときによく刺されたり闇討ちされたりしなかったな、俺。彼女の容姿だけでも惹かれる奴なんてゴマンといるだろうに。
「……ここで泣いても良い。いわゆる泣き落とし。」
全く悲しくなさそうな表情と声音で言うセシル。それは絶対に泣き落としとは言わないと思う。
……まぁ良い、こうなれば伝家の宝刀を抜き放つまでだ。
「つまり、もうネルと念話はしなくて良いんだな?」
「うっ。」
会心の一撃。
本当にネルが大好きだな、こいつは。
……思い付いた。
「それに、だ。俺は別に暇をしてたって訳じゃない。」
「今更何を……」
「いや、実はネルへのお土産を何にしようか考えててな、やっぱりそこら辺のテキトーな物じゃ「許さない。」……あ、ああ、お前もそう思うよな。」
よーしよし、良い食い付きだ。食い付き過ぎて正直驚いているが。
「だからイベラムで最近の流行りをチェックしてたって訳だ。」
「……流行りの物を選ぶのは無難。でもネルはそんなに軽くない。ネルへの贈り物ならしっかり考える。」
「そうか……いや、そうだよなぁ。じゃあちょっと店を回って見るか。」
そのままなるべく自然な動作を心掛け、肩越しに手を振り、ギルドの出入り口へと歩き出す。
「待つ。これ。」
しかし聡いセシルはそう易易とは逃がしてくれなかった。
彼女は俺の掌に憎き依頼書を握りこませ、一言。
「無くすな。」
そう耳打ちして、俺に親の敵にも見せないような視線を浴びせてくる男共(中には女性もいるから怖いったらない。)が列をなしている机へ戻っていった。
……爺さん、ここら辺りで特殊な工程無しで食える魔物を教えてくれ。
で、イヤリングを使ってルナを呼び出し、冒頭に戻る。
ドサリ、とただでさえ焼けて傷だらけだった、この村最後のゴブリンがナイフの刺さった頭から地に突っ込む。
少なくとも俺の気配察知に引っ掛かる、隠密スキルを持っていないゴブリンとしてはこいつで最後だ。
「お見事です。」
「はは、ゴブリン相手だぞ?……まぁ馬鹿にしちゃあいけないのかも知れんけどな。」
ルナの賞賛の場違い感に笑い、しかしそれをすぐに消して気を引き締め、ドラゴンロアを撃ち込まれて燃えクズに変貌したゴブリン村を見渡す。
もう破壊してしまったが、この村の周りの柵は木の枝を縦横に組み合わせ、蔓でがっちり固められた割と頑丈な物だった。大型犬ぐらいの大きさの魔物程度なら侵入を阻止、ないし十分に妨害できるだろう。
周りの木々の上に作られていた、今は地に落ちて薪となっているツリーハウスやゴブリン村の木製の建物は、安普請ではあるものの無茶しなければ普通に使用できる段階に達している。
2年程前に俺が潰したゴブリン集落とは違い、ちゃんと村と呼べるような代物になっていたのだ。
本当に、馬鹿にできない。たぶん人が滅んだら、いや、油断したら、こいつらが代わりに世に台頭するだろうと思う。
「どうかしましたか?」
「あーいや、見事に焼けたもんだなぁってな。」
「ふふ、気付かれましたか。」
え?
「バハムート様が直接のご助力をしてくださった時ほどではありませんが、あれからドラゴンロアの火力が格段に上がったのです。」
嬉しそうにルナが言うが、元々かなり強力な火炎放射という認識だったので、火力が上がったと言われても大して違いが分からない。
たぶん俯瞰視点で見ている爺さんなら分かるはずだ。
で、どうなんだ?
『簡単に言えば、火力はそのまま、規模は2倍じゃな。』
……これで古龍のブレスに遠く及ばないって言うんだからなぁ。
「はは、ゴブリン討伐のためとはいえ、森を焼いた事がバレたらフェリルとシーラ辺りは卒倒するだろうな。二人きりで来て良かった良かった。」
「バレたときは私はご主人様の指示で動いた事にしますね。あぅ!?」
チョップ。
「やめなさい。お前は恋人を守ろうとか思わないのか?」
「それは男性の仕事です。」
こら。
「はぁ……さて、と、ゴブリンキングは仕留められたし、さっさと戻るか。」
浮遊させた黒い板の上に寝かせてある、でっぷり太った、所々焼け焦げた死体を見ながら言う。何故かゴブリンからゴブリンキングになると燃えにくくなるらしい。
依頼達成にはこいつの耳が必要だったので、幸いだった。
「……ご主人様、それを持って帰るつもりですか?耳だけ切り取って後は自然に任せませんか?」
心底嫌そうにルナが眉をひそめた。
「そんなに嫌か?別に内蔵が零れ落ちてる訳じゃないぞ?」
むしろ外傷は首を貫いた跡だけだ。
理由は簡単、別にゴブリンキングが特別弱かった訳ではなく、今回の行った作戦によるものである。
まず厄介なゴブリンキングの背後に木の上から着地、素早く首に一突きを行い、隠密スキルを駆使して村を脱出した所でルナがドラゴンロアを放つ。それだけだ。
「臭いんです。」
「なんならこの場で解体しても良いぞ?……分かった、やらないから、軽い冗談だって。耳を切り取るだけだからそんな泣きそうな顔しなくても良いだろ?」
「さっき、この森から大火が上がった報告が……」
「そうなのか気付かなかったな!」
「……2年前の未確認飛行物体の小体はもしかし……」
「何だそれ初耳だな!?」
机に置かれたゴブリン村殲滅依頼の達成の証を別のギルド職員に放ったセシルに不意打ちで聞かれ、俺は思わず条件反射で即座に返した。
「?」
セシルの怪訝な顔。
「ごほん、で?そろそろ日暮れだぞ?」
咳払いして誤魔化し、さっさと話題を変える。
『下手くそ。』
うっせ。
「ん。じゃあ着替えるから外で待つ。」
外?
ネルがセシルに助力を求めさせたのはてっきりギルド内の事で協力してもらうためだと思ったが、違うのだろうか?いや、まぁ本人がそう言ってるのだから違うのだろう。
どうして外なんだと聞けば早い話なのだが、残念ながらその機会がなかったこそ、こうして自問自答している訳だ。
それというのもセシルの言葉が紡がれた途端、一度に、一斉に、ドバッと視線が俺達に集中し、容易に口を動かせる状況ではなくなったのである。
今の言葉を果たしてセシルが自然と口にしたのか、何かを狙ったのかは知らないが、もし万が一俺の居心地を悪くさせるための言葉選びならば失敗だと伝えたい。
怒りや哀れみならともかく、向けられるのが嫉妬や焦燥の類であるならば、それはむしろ俺を小さな優越感に浸らせてくれるのだから。
と、こちらを凝視するギルドの全員が固まっている中(大して大きな声を出していないのになぜ聞こえたのか不思議でならない。)、ようやく、ゴブリンキングの耳を手に立ち去りかけていた、まるでフクロウのようにこちらを振り向いているギルド職員がカクカクと体をセシルに向け直した。
「セシル、さん。」
「何?」
「か、彼、と、どこに?」
ビシィッと効果音がするぐらい無遠慮に、人差し指で差されたが、この状況を素直に面白がる俺としては全く持って気にならない。むしろ心地良いと言っても過言ではない。
「買い物。」
「は?」
セシルの答えに、間抜けな声が出た。俺から。
「買い物。」
再度、強めにセシルが喋る。
話を合わせろって事か?しかしここで「そうだったな。」というのは芸がないし不自然だ。
「なぁんだ、一緒にどこか食べに行くつもりだったんだけどな。」
実はもうルナと二人で食べたのだが、まわりの反応をさらに面白くするため、出鱈目を口にする。
おっと、何人かの目が良い感じに血走りだしたぞ?
もちろんこのままではセシルが一緒に来るか来ないかは分からない。が、
「……分かった!すぐ行く!待ってて!」
首筋を掻くふりしてイヤリングを弾いてみせれば、セシルは即座に反応した。
おそらく更衣室があるのであろう方向に駈けていく彼女の姿を呆然と眺めるギルド職員含めたその他大勢を尻目に、俺はこれから酷使されるに違いないイヤリングを外しつつ、外へ出た。
「おい。」
「それでね、昨日は……」
「おーい。」
とある食堂(適当に入ったので名前は覚えていない。)、小さなテーブルを挟んだ向こう側で、俺のイヤリングを大事そうに両手で包み、耳元に押し当てて、セシルは小一時間程ネルと念話を楽しんでいる。
「うんうん、うん!」
再度呼び掛けても無反応。
「おーい……O茶……。」
異世界だから通じないと分かってはいても、オヤジギャグを言ってみたくなる今日この頃。ユイ辺りがいれば……冷やか〜な一睨みで殺されるな、多分。
「何?」
「いや!いやいや!ほらそれ、冷めるぞ?」
手付かずのまま、立ち上っていた湯気が途切れてしまったシチューを指し示す。
にしてもなぜそこだけ反応するかね……。
ちなみに夕飯を一日に2つ食べる習慣のない俺は、果実酒やら何やらで少々水っ腹になっている。
俺に言われたセシルはシチューと手元のイヤリングを見比べ……
「うんごめん、それでなんて?ああ!?」
……る事もせず躊躇なくイヤリングを選びやがったので俺はワイヤーでイヤリングを奪い返した。
こちらへ両手を伸ばし、なかなか見ることのない焦った表情を見せるセシルを手で制し、シチューを指差しさっさとたいらげるよう伝えて、俺はイヤリングを耳元に、あわあわしだしたセシルを心底物珍しく思いながら近付ける。
はてさてネルと何の話をしてたのやら。
[……匂いもたまらないよねやっぱり、鵺の脳みそって。]
……。
ネルのゲテモノ食いが明らかになった瞬間だった。
冒険者としての活動歴が長いだけはあるってことかね?




