20 職業:冒険者⑭
さて、今回のフラッシュリザードの捕獲は俺にとっては超が付くほどの稼ぎどきである。
超高性能ナビゲーションシステムKAMIよ。我を導きたまえ。
『都合の良いときばかりワシを使いおって。』
使うも何も爺さんは上からこっちを見下ろすだけだろうが。
『……。』
じゃ、頼む。
『はぁ……、ようし、まずは……』
そうして爺さんの索敵で的確に獲物を探し、見つけたら俺の隠密で近づいて手で掴んで捕まえるという作業を繰り返した。
捕まえたフラッシュリザードは、黒魔法で作った袋に入れていった。袋の口は存在せず、出し入れは俺にしか出来ない作りである。
ちなみに万病に効く薬であるフラッシュリザードというのは、見た目は光沢を帯びた普通のトカゲだった。
その動きは前評判通りやはり速く、試しに隠密スキル無しで捕まえようとしたところ、俺の鍛えられた目でもギリギリ捉えられるかどうかの速さを発揮され、逃げられた。
日が地平線にかかって辺りがオレンジがかった頃、俺は集合場所に戻ってきた。
肩に担いだ、ボーリング球が3個入るぐらいの大きさの袋はわしゃわしゃと賑やかに蠢いている。
フッ、俺の勝ちだな。
しかし勝ち誇って見せたいものの、肝心のアリシアとネルはまだ来ていない。どうも俺が最初に戻ってきたらしい。
なにもすることがなく、しばらく沈む夕日でも眺める事にし、草原に尻もちついて夕焼けを腹で受け止める。
だだっ広い草原がもう完全に夕日の色に染まっている。
しっかし、ここは本当に異世界なんだろうかとたまに思う。天体の位置は知らないが、太陽や月は同じと言っても過言じゃないし、暮らしていて綺麗な空気だってこと以外、全く違和感を覚えない。
飯だって見覚えのあるものが多いしな。
そういえば、もう転移してから一年と少しか。明後日は両親の命日だったな。この世界に来てからそんな余裕はなかった分、明日ぐらいは現状報告をしよう。なんか異世界に転移してしまった、なんて聞いたら笑うだろうか。
元の世界で黒田家の血が途絶えたと悲しむだろうか。……大家でもなし、それはないか。
そのまま背中から倒れ込み、背中をくすぐる草の感触を楽しむと、視界の上の方の空の暗い青色が明るい緋色を次第に押している様子が目に入った。
はたしてここの天国と元の世界の天国は同じだろうか?たとえ報告しようとしたとして、俺の声は親に届くのか?
「……はは、どっちだって良い、か。」
声が届くかどうか分からないのは元の世界と変わりやしない。
元の世界と同じように報告をしよう。幸い、護衛依頼は3日後だ。この一週間近く、自分でも割りと頑張った方だと思うし、二人に話して休憩させてもらおうかな。
「おい、おまえ。イベラムに入るなら早くしろ。日が沈んだら門を閉めるぞ。」
足元から門番が話しかけてきた。見れば初日の衛兵さんだ。
「あー、数日ぶりです。」
草地に寝たまま、片手を上げる。
「あ、おまえ、あの時の。……ハッ、気持ち良さそうだな?隣、良いか?」
「どうぞどうぞ。」
衛兵さんも俺に気付き、断りを入れて、俺の隣にどかりと座った。
流石に寝たままはだろう、どっこいしょと俺は上半身を上げる。
「そのプレートからすると、ランクCか。一週間前ぐらいに来たってのに、早いな。武術の心得でもあったか。」
「剣術と体術を少し。」
「何が少しだ。ランクCが弱いわけねぇだろうが。ああ、そうだ。俺はスティーブってんだ。お前は?」
「コテツです。」
「おいおい、互いの名前を知ったんだだ。知らん顔でも無し。今さら他人行儀はいいぜ。」
なかなかに気さくな人だった。
「そうか、えー……よろしくな。」
「おう。」
「で、仕事は良いのか?」
「いいんだよ、門番って仕事は適度に力を抜かないとやっていけないん、だ!」
スティーブはそう言いながら懐から酒瓶を取り出し、その栓を抜いた。
「仕事中じゃないのか?やめとけ、酒は仕事のあとが美味いんだろうが。」
親父はよくそう零してた。俺は誰かさんのせいでそれを体験できなかったけどなぁ!
『あーあー、何じゃあ?聞こえんのう。』
クソジジイめ……。
「酒は好きなときに飲むためにこういう頑丈な瓶にはいってんだよ。」
俺の忠告に構わず、スティーブそう言って瓶を煽る。
なるほど、一理ある、のか?
「プハァッ、へへ、お前もどうだ?」
笑いながら、瓶が差し出された。
目の前であんなに美味そうに飲まれたんじゃあしょうがない。
それに、俺はもう一仕事終えているしな。
受け取った酒瓶を逆さにし、喉を鳴らして中身を飲み干す。
「ふぃー、美味いな。」
そして空になった瓶をスティーブに返しながら息を吐くと、彼の呆気に取られた表情が見えた。
「な……お、おま……人の酒を全部飲むやつがあるか!」
「仕事中の飲酒やめさせたんだ。むしろ感謝して欲しいぐらいだ。」
「なんて奴だ……。ふん、でも残念だったな。酒ならたんまりと隠し持ってるぜ!」
言葉と共に新たな酒瓶が取り出される。
どうなってるんだその服は。
「俺は注意したからな。」
「へいへい。」
再び酒瓶呷るスティーブ。
「おーいい飲みっぷり。」などと、適当な事を言っていると、体で感じていた熱が段々引いていくのを感じた。
「おい、コテツ。イベラムに入るのか野宿するのかさっさと決めろ。」
同じく太陽の入りに気付いたようで、スティーブがそう急かしてくる。
「いや、仲間がまだ来てないんだ。」
「あの神官の子か?」
「ああ、それとネルだ。」
「ほーん……ん?ネルってあの元受付嬢のか!?」
驚いたようなスティーブの問いに頷いて肯定してやると、彼は額に手を当てて悔しそうに口を開いた。。
「カーッ、おまえがネルを倒した新人冒険者だったのか!?ったくお前のせいで大損したんだぞ。さっきの酒を返せてめぇ!」
「はは、良いぞ。これからも世話になるかもしれないしな。今度満腹亭に来い。一杯だけ奢ってやる。」
「おう、一番高ぇーのを頼んでやる。……にしても遅いな。」
もう、あの鮮やかなオレンジ色は日の沈んだ辺りに微かに残るのみ。
「ああ、おかしいな。暇潰しにフラッシュリザードの捕獲をしていただけなのに。」
「アホか。どんな暇潰しだ。ほら、探しに行け。門は俺がギリギリまで開けておいてやる。」
「そうか、助かる。あと、これを預かってていてくれないか?」
俺は立ち上がりながら今日の獲物を入れた袋を渡した。
「こいつは?」
「フラッシュリザードだ。」
言った瞬間、ゲイルがむせた。
「ゴホッ、ゴホッ、お、おいおい、お前、俺なんかを信用して良いのか?」
「ハッ、猫ばばしたら奢りはなしだ。」
「おっとそりゃなんとしても避けたいな。分かった、責任もって預かろう。そら、行ってこい。」
「助かるよ。」
爺さん、場所はどこだ。誘導してくれ。
『種族単位ならばともかく、個人の特定は結構難しいんじゃがな。』
こんな時間に出歩いている人間なんて限られてるだろ。
『それもそうじゃな。えーと、違う、……違う違う、お、おったぞ。そのまましばらく真っ直ぐじゃ。』
二人の状況は?
『どうやら毒竜の巣に落ちてしまったようじゃの。』
竜!?そんなのが近くにいたのか。
『毒竜は基本的には飛ばない、地竜の一種じゃ。地中に巣を作り、そこから時々毒のブレスを噴射して、巣の近くにいた生き物を引きずり込んで食べる。じゃからこそ発見されにくいんじゃよ。』
じゃあ二人は……
『いや、これは間違えて落ちてしまったと見るべきじゃろう。捕まえられてはおらん。じゃが、このままでは死ぬのも時間の問題じゃな。巣の中にもある程度の毒は漂っているからのう。』
分かった。
速度を上げるから指示を頼む。
『良いじゃろう。』
返事が返ってくるなり、俺は本気で走り出した。
目の前の木や岩などの障害物は鉄塊を使い、体当たりで砕いて進む。
『ふぉっふぉっ、とんでもないのう。右っ!』
指示に従って走る事数秒。直径2メートルぐらいの大穴に辿り着いた。
穴の回りには高い丈の草がビッシリと生えていて、予め知っているか上空から見るかしなければ、発見する事は叶わないだろう。
……この中か。
『うむ、間違いない。』
了解、さて行きますか。
真っ暗な穴に立ち竦んでしまう前に、俺は地を蹴った。
足が穴の方を向くようにし、手を上に上げることで空気抵抗を減らし、できるだけ速く真っ直ぐに落ちていく。
……結構深い。
それにさっきからフラッシュリザードの特徴的な白い、光沢のある尻尾が多く見える。あの二人はコイツらに釣られてしまったのだろうか?
そうして茶色の壁を見ながらしばらく穴を落ちていくと、かなり広い空間に出た。
地下にこんな空洞があったのかと驚く。東京ドーム数個分くらいあるんじゃないか?
その底では小さな2つの点が大きい何かと戦っていた。点がアリシアとネル、でっかいのが毒竜って事で間違いないだろう。
落下するに連れてそれらがぐんぐん近付き、詳細も何とか見えるようになる。
毒竜というのは俺が飛び込んだ大穴より一回り小さいか、同じくらいの直径を持つ、白く、巨大な大蛇だった。その白い体表に対し、目は赤く、吐く息は毒々しい紫色。チロリと見える舌は鮮やかなピンク色だった。
そいつとアリシア達との戦闘模様ははっきり言って一方的。
魔法で作った風の刃とその巨体による攻撃で、攻勢を絶えず続ける毒竜に対し、ネルとアリシアには反撃の芽すら見えず、ただただ防戦を強いられている。
しかし、見方を変えれば防戦は確かにできているのだ。
毒竜のあれはきっと傷を増やして毒を様々な所から侵入させるための戦術だろうが、流石は――ランクAの斥候とはいえ――トップクラスの冒険者を自負していただけはあり、ネルは相手の攻撃のことごとくを避け続け、しかし後方で魔法を操るアリシアへの攻撃を許さない程度の牽制をコンスタントに掛けて、絶望的な戦況をたった一人で停滞させている。
それでもやはり毒竜が撒き散らす毒がそこらに蔓延しているのだろう。二人、特にネルの息が荒い事も俺の眼は捉えていた。
アリシアの症状が軽いの神官として自分に軽い解毒魔法を掛け続けているからだと推察できる。もちろんネルにも使用しようとしているものの、アリシアの魔法は彼女の素早い動きに付いていけていない。
「ネルさん、一旦下がってください!解毒を!」
「ゴホッ、ダメだよアリシア。ここで止まったら、絶対に、殺されちゃう。ここであいつを、追い払うか、ぜぇぜぇ……倒すか、しないと。それにボクは、もう仲間を目の前で失くしたくない!」
そんな二人の声が聞こえてきたところで俺はすかさず叫んだ。
「すまんな!遅れた!」
疲労困憊な二人がハッと上を向く。
「コテツさん!?」「コテツ!?」
「おう!避けろよ!」
もう底まで20メートルもない。
二人は慌てて俺の着地地点から退こうとし、毒が予想以上に回っていたのか、ネルが足をもつれさせ、倒れた。
好機とばかりに毒竜が大量の風の刃を作り上げる。
……このままじゃあ間に合わない。
両手からワイヤーをネルの近くに飛ばし、突き刺す。
風の刃が身動きの取れないネルへと飛ぶ。
「ネルさん!」
「ッ!」
悲痛な声はアリシアのもの。ネルは固く目を閉じている。
間に合え!
俺は両手から伸びるワイヤーを力の限り引っ張る事で落下速度を爆発的に速め、直後、爆音がドーム内を響き渡り、揺らした。
その音も、大量の砂煙が舞い上がったのも、ネルに魔法が直撃したからではない。
俺の着地によるものだ。
片膝を付いてネルに覆い被さり、魔装2の防御力が一番高い背中部分で毒竜の攻撃は受け止めた。
コートは魔法を全て防いだ代わりに消し飛び、中に着ていた先生の古着もボロボロ。
……まぁ元からボロかったのは否めない。
何にせよ、お陰で上半身は裸同然。それでも背中を切り裂かれた感覚はなし。
これだけですんだのは僥倖だろう。
「ふぅ、間に合ったな。」
そう言って地面に倒れたネルを優しく両腕で抱え、着地の衝撃で埋まった足を地面から抜き、その部分に発動させていた黒銀を解きながら立ち上がる。
ネルはこちらを見ているが、返事をしない。あれだけの爆音を耳元で聞いたのだから鼓膜が破れたのかもしれない。
仕方ないので彼女を担ぎ、まだ砂煙が舞っている間にアリシアのもとへと駆け寄る。
「アリシア、よく頑張ったな。ネルを頼む。」
「今度こそ一人では無理です!コートだって無くなったじゃないですか。」
「コートなんていくらでも作れるさ。ほら。」
アリシアに神官服の上からコートを包ませる。これで少しは防御力が上がるだろう。
「私はいいですから、自分の防具を着てください!」
ネルを地に下ろしていると、アリシアが珍しく怒鳴った。
「大丈夫だ、問題ない。」
意識してフラグを立てるとそのフラグは折れると聞いたことがある。まぁこれをフラグだと受け取ってくれる奴はこの場にはいないけれども。
「まあ、見てろって。」
立ち上がり、毒竜の方へ向き直ろうとするも、ネルは俺の袖を握ったまま。
「ネル。」
「だ……め。」
安心させるようにその手を優しく撫でるが、彼女はそう言って弱々しく首を振るのみ。いや、むしろ握る力が強くなったような気がする。
が、ネルを安心させられる言葉は思い付かない。
代わりに彼女の手を上からぎゅっと力を入れて握り返し、そんな自分を情けないとは思いながらも、取り敢えず精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
聞いても止まらないと諦めたか毒が回って力が入れららなくなったか、ネルの手から力が抜け、俺はそっとそれを外して最後に、「任せろ。」と胸を拳で叩いて見せた。
「アリシア、ネルを連れて距離をとれ。回復、それと、解毒も頼む。」
立ち上がりながら言い、体全体を無色の魔素で強化する。
「でも。」
アリシアはまだ納得していないらしいものの、そろそろ砂煙が晴れてしまう。
「アリシア……」
その頭に手を乗せ、少し力を入れてこちらを見上げさせる。
「頼む、な?」
「……分かり、ました。」
目を合わせてを言うと、アリシアは小さくとではあったものの、頷いてくれた。
ネルの側に座り、白魔法を行使し始めたのを確認し、毒竜へ振り向いて走り出す。
さて、やりますか。
砂煙が完全に晴れ、毒竜の目が俺をとらえた。
「ギャァーーーッ!」
耳障りな咆哮。
そんじゃあまずは様子見といこう。
「ブラックミスト!」
いつものように黒煙を出す。これで俺を見失ってくれれば楽なんだけどな。
しかし案の定、毒竜は何も迷わずに俺に飛び掛かってきた。やっぱり熱センサーがあったか、蛇野郎。
さっきの砂煙で動かなかったのはただ不意をつかれて驚いていただけらしい。
素早く右に跳んで回避、一度前転を挟んで素早く立ち上がり、空を噛んだ毒竜の顎を、力一杯、黒銀を使った右足で蹴り上げた。
「ギャワァっ!?」
巨大な蛇の頭が上に向かせられ、俺が右手に中華刀を握り、晒された喉を掻き切ってやろうと跳び上がるも、即座に風の刃が形成、放たれる。
飛んでくるそれらに咄嗟に中華刀をぶつければ、刃は簡単に四散した。
……そういえばこの中華刀も魔法の一種と言えなくもないか。
魔法を受け止めた反動で体を背後へ押されるも、地に飛ばしたワイヤーで素早く着地。走る。
「ギィァァァッ!」
大口を開けて威嚇する毒竜。
放たれる風の刃の数は増大するも、俺は速度を変えずに迎撃、回避しながら距離を詰めていく。
しかし突然、強烈な打撃が体を真横から襲い、俺はほぼ水平に飛ばされた。
何をされたのかは、目の端で捉えた物を見てすぐに把握できた。
尻尾だ。
ワイヤーを放とうにも錐揉みしてしまって狙いがつけられない。俺はそのまま地面にぶつかり、転がって衝撃を逃がす。
立ち上がりながら相手を睨めば、毒竜は鎌首を上げたまま、これまた真っ白な尻尾をゆらゆらと自慢気に揺らし、見せ付けてきていた。
でかくて速い、それだけで厄介なのに、加えて戦闘が長引けば俺は毒に冒される、と。