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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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帰国

 ヘール洞窟入り口にて。

 「元気でなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「ゴガァァァァァァァァァァァァァァ!」

 俺は腕を千切れんばかりにぐらいに大きく、激しく振り、肺を裏返しにする勢いで声を張り上げ、天空の彼方へと去っていく天龍を見送っている。

 その轟くような咆哮を別れの挨拶とし、巻き起こる暴風と砂塵を餞別として、彼女――俺が心から理解して友と呼ぶ事ができる、そして逆に俺の事もそう思ってくれていると確信できる唯一の存在、ファフニールはまるで長居してしまうと龍の塔に帰れなくなると思ってか、いや、間違いなくそう思って、振り返らず、一直線に飛び立ってしまった。

 「……頑張れよ。」

 最後の最後、その白銀の巨躯が雲の霞に消えてしまうまで腕を振り続け、目尻に浮かんだ涙を親指で拭い、最後にもう一度、空を仰ぐ。

 またいつとも分からぬ再会を願い、信じて……。

 「……そろそろ良いですか?」

 感慨に耽っていると、背後から声を掛けられた。

 「ん?」

 振り返ればこちらを睨む目玉が4組。

 それらの下には何故か隈がくっきりとできており、かなりの疲れを感じさせる。

 そんな獣人と勇者とエルフ二人に、だがしかしそれでも俺は言わせて欲しい。「落とし物を回収してファフニールにここまで送って貰うまで、3〜4時間程しか掛かっていないだろ!」と。

 しかしそんな事を言わせてくださるような雰囲気は、彼らからは微塵も感じられない。

 「それで?ボケっと突っ立ってないでさっさと説明しなさい。どうしてあなたはファフニールさんに乗って来たのかしら?」

 腰に手を当て仁王立ちしたユイが、厳しい口調で聞いてくる。あとちなみに、その目は人様に向けていい類の物じゃない気がする。

 その周りの他の奴らは、それぞれ思い思いの立ち方で、しかし皆一様に――ユイ程ではなくとも――かなり険しくこちらを睨めつけている。

 ……気のせいか、今までの旅路で俺以外のパーティーメンバーの結束力がかなり上がってきている感じがするな。そう、俺以外の、だ。

 『得てして共通の敵という物は人と人とを結び付けるからのう……。』

 おい爺さん、何が言いたい。俺が敵だってか!?

 「聞こえた?」

 冷えきったユイの声。

 背筋が震えた。ゾクゾクと。

 もちろん純粋な恐怖で、だ。

 世の中にはこれで逆に快感を得る方々がいらっしゃるらしいが、残念ながら(?)少なくとも俺はそうではない。

 「あーいや、実はこの指輪がこっちに転移されずに向こう残ってしまってな、だから慌てて取りに帰って、ファフニールに乗せて貰ったんだよ。……それで?お前らはどうしてそんなに疲れてるんだ?俺がいない数時間はそんなにキツかったか?」

 だからそのままだんまりを決め込むような真似はしない。頭を掻き掻きスラスラ話す。まぁ実際問題、別に隠すような事も無し。

 皆もふーん、と一応は納得して……

 「そうですか、でも私はそんな事を知りたいのではありません。」

 ……間違えた、ルナただ一人は何故か未だにその鋭い眼光を収めていない。

 誰かに助けを求めたいのは山々だが、爺さん曰く共通の敵であるらしい俺があてにできる奴はいない。むしろそのあてになる可能性のあった他の三人はそそくさと俺達から距離を取っている。

 「アッハッハ、じゃあ二人でじっくり話し合いなよ。その間僕は馬達を呼んでおくからさ。そうだ、ユイちゃんも一緒に来ないかい?」

 普通は先にそう言い出してから歩き出す物じゃないのか?なんで5〜6歩目で言うんだ。

 「私の記憶が正しければ、フレメアからはずっと古龍に乗って移動していたはずじゃ……?えっとその……馬さん達は近くにいるのかしら?」

 「え?フレメアで別れた彼らはもう好きに生きているに決まってるじゃないか。まさか僕の友達が彼らだけだとでも思ってたのかい?ほら、変なこと言ってないで呼ぼう。ユイちゃんも彼らと友達になれるかもしれないよ?」

 「本当!?友達に……。」

 そういえばこいつ、友達が少ないとか何とか言ってたな……馬で良いのか?

 「うんうん、本当本当。だから二人で一緒にちょっとあそこの丘の裏まで行こう。」

 「私も協力するわ。……フェル?良いわよね?何か言いたい事があるのなら聞くけど?」

 「……2人っきりが良かったなぁ……!」

 ダンッ!(地を蹴る音。)

 「待ちなさい!」

 ズガンッ!(地のえぐれる音。)

 「ふふ、お馬さんとお友達……え?」

 キョロキョロ(状況に置いて行かれ、辺りを見回す擬音。)

 ……何だか随分と楽しそうだ。ていうかシーラは本当に魔法使いとして収まってしまって良いのだろうか?スキルの片鱗さえ見せない素の身体能力でこの岩盤の地を砕いたぞ?

 「ご主人様?私が話しているのですよ?」

 言われ、視線を前に戻す。

 さっきよりもグッと短い距離、目と鼻の先で、とても良い笑顔を浮かべたルナがいた。

 俺はその表情を心から綺麗だと思っているというのに、何故か背中を冷汗が伝う。

 「そ、そういえば結局そのご主人様呼びは直らなかったな?」

 「ええ、直すつもりもありません。……それで、ファフニール様とあんなに長く抱き合う必要はありましたか?」

 俺が話題を逸らそうとしてした問いかけをあっさりスパッと断じ、ルナが凄む。

 ファフニールとの最後の別れに際し、人型を取った彼女と一言二言言葉を交わす間、互いにちょっと感極まってひしと抱き合ったのは確かに事実だ。

 とは言っても長い時間そうしていたという自覚は無い。

 「あれは友情を確かめあってたって事で許してくれないか?……あ、そうだ、これを渡さないとな。」

 色々あったり機会があっても忘れてたりして、そのままになっていた、ドランの店で買った貴金属の細工を懐から取り出す。

 「え?」

 「少しじっとしててくれ。」

 首を傾げ、きょとんと俺の顔を眺めるルナに構わず、俺は取り出したそれの端をそれぞれ持った手を彼女のうなじに回し、そこで留金をカチリと留める。

 そしてネックレスの細い銀鎖を指の上で滑らせながらその位置を調整し、ルナの胸元でできた鎖の捻じれを、そこに吊るされた白銀の輪を軽く回す事で直した。

 最後にルナの髪をネックレスから出してから、俺は一歩後ろに退く。

 和服にネックレスなんてとは思ったが、やっぱり本人が綺麗なのであまり気にならない。まぁ少なくとも俺の価値基準ではすごく綺麗だと思う。

 とにかくルナさえ喜んでくれればそれで良いのだ。……喜んでくれたかね?

 「これ、は?」

 「恋人へのささやかな贈り物って奴だ。一応、この輪が俺のイヤリングと連動してあるから、俺とだけなら念話できるようになってる。」

 人間と違い、獣人の耳は頭の上にひょっこりとあるため、イヤリングにしてしまうと声を伝えにくくなってしまうらしい。ネックレスにしてしまったらそれはそれで相手の声が聞こえなくなると思うのだが、そこは獣人の聴力で十分カバーできるそうな。

 情報の出所は爺さんだから、信憑性は『あるわい!』……。

 「…………ん。」

 少しの逡巡の後、ルナはその場でおもむろに両腕を開いた。

 「えーと?」

 「ん!」

 今度は勢い良くバッと開き直され、着物の袖がはためく。

 「そのネックレス、嫌だったか?」

 「違います!……これは、その、感謝の気持ちです。」

 感謝の大きさを手で表したとか……いや、違うな……

 「はっ!ファフニールにしたようにしろって事か!」

 ネックレスだけじゃ足りなかった、と。この欲張りめ。

 「(ギロリ)」

 そのままガッテン、手を打ったら睨まれた。

 ……あーなるほど、ファフニールよりももっと長くしろって事か。

 「俺は別にファフニールに恋愛感情なんて持っちゃいないぞ?」

 困った嫉妬屋さんだ。

 ま、嬉しいが。

 軽く苦笑いをして、俺は腕を小刻みに振って催促するルナの腰と背中に手を回し、抱き寄せた。


 ほんの数秒後、ユイを乗せた馬がやってくるまで。



 パカラッパカラッと規則的に鳴る、軽快で、かつ早いリズムの蹄の音。

 「お、おい本当に大丈夫なんだよな!?」

 激しく上下動する体を縮こまらせたまま隣に話し掛ける。そうでもしないとやってられない。

 「協力してくれてるのは馬達の善意よ?何よりもまず信頼して上げないと。ほーら、力まない力まない。」

 「素人が不安になるのは責められないけどね。アハハ、僕はリーダーが今まで馬に乗った事が無かったなんて未だに信じられないよ。」

 「うるさい!こちとら笑う余裕なんてもんはとっくの昔に飛んでったんだよ!」

 風にたなびく目の前のたてがみに顔を押し付け、赤茶色の腹を両足で目一杯挟み込み、俺は今人生初の乗馬に挑戦中なのである。

 まず分かった事、この世界じゃあ自動車免許はあまり役に立たないらしい。

 ……教習所で必死こいて勉強、練習したのがパーだよ!ったく、ありがとなクソジジイ!

 『わしか!?そこでわしに飛び火するのか!?』

 やかましい黙れ、集中できん。

 『なんじゃとぉッ!?お主、それは理不尽にも程があろうて!八つ当たりも大概にせんか!』

 ぁあ!?

 「ヒィンッ!」

 「あーもう、苦しがってるじゃない、はい落ち着いて。それに振り落とされたって貴方ならどうせ無傷でいられるでしょ?」

 「リーダー、まずはその“鉄塊”を解除しなよ。そんな馬鹿力でしがみつかれて喜ぶのは奴隷ちゃんぐらいだよ?」

 両脇を並行して馬を走らせるエルフ2人が何だかんだ言ってるが、怖いものは怖いのだ。俺の本能は鉄塊やら魔法やら剣術やらを習得どころか、それらに触れる以前にほぼほぼ形作られているんだから。

 「同じ素人のユイちゃんを見習いなさいよ、情けない。」

 「あれは……なんか違うだろ?」

 シーラが示す先には馬にべったりと張り付き、完全に体を預けたユイ。彼女は馬に乗った瞬間からここまで緊張感のないだらけた笑みを浮かべっぱなしで、至福の時を過ごしているのが端から見てもありありと伝わってくる。

 もう馬に乗ってると言うより、運ばれてると言った方がしっくりくる。

 「いやいや、ああ見えてあれは僕にもできないぐらい難しいんだ。分かるかい?ユイちゃんの乗る馬は彼女に全く迷惑にしてないんだ。むしろ僕やシーラの乗ってるこの馬達よりも自然な走りができてるよ。」

 「ええ、というよりあれ、もう乗馬スキルを会得しているわよね?」

 「え?あ、本当だ。」

 もう一度見てみてもすぐには分からなかったが、注意すれば馬が地を蹴ると同時にユイの体から燐光がパッパッと明滅していることに気付いた。

 「……分かった。鉄塊を解除するんだよな……ああ、分かってる……すぅぅ、はぁぁぁ、よし!」

 乗馬初心者のユイにできて、俺にできないはずはないと敢えて無理矢理、頑張って思い込み、体に流していた魔素を止める。

 ………………ッ!

 「プハッ!」

 「アッハッハ、リーダー、一体どこに息まで止める必要があったんだい?」

 「……ぷふっ。」

 「あ、あの、ご主人様?私の後ろに乗りますか?」

 左右から散々、まるで今までの鬱憤を晴らすように笑われ、滅多打ちにされる俺に、前方を駆けていたルナが聞いてくる。

 「ど、奴隷ちゃん、貴方があ、あんまり可哀相だから、もう怒ってないみたいよ?よ、良かったわね?ふっふふふ……」

 「え?あ!もちろん怒ってますよ?だ、だから、後ろに乗ったご主人様には私のお小言を、えっと、バシバシ言ったり…………はい……。」

 消え入るような声で最後を言いきったルナのその申し出を、俺はくだらないプライドに負けて断ってしまい、彼女は少しだけ落胆した様子で前を向き直った。

 早くイベラムに着きたい。


 結局のところ、成長率50倍や熟練者であるエルフ二人による――笑い混じりの――指導、また、同じ初心者でありながら天才的なセンスを持っている事の発覚したユイに負けたくないという俺のしょうもない自尊心、それに加えてルナに情けないところを見せたくないという意地等々もあり、俺はイベラムに到着するまでには何とか乗馬を人並みにこなせるようになった。




 カンカンカン。

 目の前の金属扉をノックすると、高めの音が外の光の届かない、ヒンヤリとした地下牢の中を反響した。

 ファーレン学園は昔のお城を本当にそのまま学園に転用しているんだなぁってこういうときに思う。今更だけど。

 「入れ。」

 と、中から低い声で返事が来た。良かった、無駄足じゃなかった。隣のアイと顔を見合わせるとアイもほっとしているように見えた。

 「失礼します!ほら、アイも。」

 「うん、失礼しまーす。」

 ギイィッ耳障りな音を立てるとびらを開けて、アイと一緒に中に入る。

 「ふむ、君達か。どうした?私の授業に関して質問したいという訳ではあるまい?」

 目の前に座る、この学園で二番目に怖い、でも同時に一番慕われてる、魔術担当のラヴァル先生は難しい顔を見せた。

 「はい。えっと、理事長と会うにはラヴァル先生を通した方が早いと言われて……」

 「……誰だ、そのような事を口にしたのは。」

 「ファレリル先生です。」

 言うと、ラヴァル先生は渋面になって押し黙った。

 ラヴァル先生でもあのファレリル先生が苦手なのかなと思うと笑っちゃいそうだけど、それを知ったところでもう仕方のない事だ。

 「そう、か。だが生憎と理事長はもう3ヶ月程逃ぼ……留守にしている。急ぎの要件であれば、私が聞こう。」

 逃亡って聞こえたのは気のせいかな?

 「はい、えっと、オレ達、今日限りでこの学園を辞めさせてください。」

 「ふむ、その理由を教えてくれないか?」

 「それは……えっと……」

 どうしよう、スレイン王国の事情だからあまり話さない方が良いのかもしれないけど、勝手をして迷惑を掛けてるのはオレ達だし……。

 「あんたには関係ないでしょ!私達はもうここの学生じゃなくなるんだから!カイトを困らせないで!」

 「ア、アイ!?」

 急に、アイが怒りだした。滅多に無い事だから本当に驚いた。

 「関係ない?フッ、何を言うかと思えば、君達は私の生徒であり、我が城の学生だ。例え辞めるとしてもそれは揺らがぬよ。私はただ君達に中退を思い直させられないかと思ったまでだ。どうやらやはりそういう類の話では無いようだが?」

 見た事もない剣幕で怒るアイに対して、顔色一つ変えずに、いやむしろ面白がるような笑みを浮かべてラヴァル先生は淡々と話し、最後にもう一度問い掛けてきた。

 「うっ。」

 やっぱり苦手だ、この吸血鬼。早くこの話を終わらせて出ていきたい。

 「そうよ!これは私とカイト“だけ”の事情なんだから、吸血鬼なんかのあんたには関係ないっしょ!あんたがなんて言おうと私達は出ていくの。そんなに心配しなくても罰金は後でスレイン王国から払われるから。……ほら行こ、カイト。」

 アイもそう思っていたのか、怒涛の勢いで言い切ると、最後にいつもの優しい笑顔に戻って、オレの手を引いてラヴァル先生の部屋から出ようとした。

 「え、あ、うん、すみません、先生。」

 一応、気を悪くしたかもしれないから謝る。

 でもラヴァル先生にはそんな様子はなく、微笑を崩さずに浮かべたままだった。

 「フッ、気にする事ない。君達の立場ならば、特殊な事情の1つや2つ、仕方のない事だ。ただ、別れの挨拶は怠らぬよう、気をつける事だ、君の退学を悲しむ者は多い。」

 「は、はい、短い間でしたけど、ありがとうございました。」

 頭を下げて、外に出て、ガシャン、と目の前で扉を閉める。

 「ごめんねカイト、ちょっと緊張しちゃって……。」

 するとオレの手を握ったまま、アイが恥ずかしそうに呟いた。

 「あ、だからなんだ、ハハ、本当にびっくりしたよ。あのアイが怒るなんて。でもアイもちゃんと怒るんだって分かって良かったよ。」

 「なんで?」

 「本当は怒ってるのに我慢させちゃってるかもしれないって思ってたから。」

 「そんな事ないよ!カイトは凄く優しいから、そんな、怒る事なんて……。」

 「アハハ、ごめん、困らせちゃった?怒らないでね。」

 「もうこの話は禁止!」

 顔を赤くして、ぷりぷり怒るアイにもう一回謝って、オレ達は地下牢から出る階段を登った。

 ……別れの挨拶か、するとしたら相手はテオとオリヴィアと、後はネルとテオとアリシアぐらいだと思うんだけど、これって多いのかな?あ、オリヴィアとよく一緒にいるサラ達にも言わないとね、後は……

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