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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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帰路

 眼下に広がる矮小な人々の営みを俯瞰しながら、蒼穹を悠然と飛翔する、古龍最強と謳われている空の王者、ファフニール。

 その頭頂の棘を両手で掴み、どかりと腰を下ろしている俺はつまり、この世界の誰よりも一番上にいるに違いない。

 『酔って吐きそうじゃったからそこに座るしか選択肢が無かっただけじゃろ。……そして余裕が出るなりで自分に酔うとは、ほとほと救いようないのう。』

 無視。

 『言うておくが、お主が何をしようとわしの眼下におる事には変わりないからの?』

 人がせっかく気分を晴らして吐き気を抑えよう努力してるってのによくもまぁそんな反吐が出そうな事実を言えたな。ったく、神ともあろうものが。信じられんなぁ。

 『……ここらで一発神らしく、天罰の雷撃でも落としてやろうかッ!?』

 ハッ、雷を落とす権限なんて爺さんにあるのか?

 『フォッフォッフォ!仮にも最高神を舐めるでないわ!わしの神脈はちょっとしたものなんじゃぞ?』

 ああ、なるほど。……ツテ頼りなんだな。

 『……。』

 ……なんか可哀想なのでそっとしておこう。

 さてと、初めはファフニールの首と胴体の付け根に座っていた俺は今、先程言ったようにファフニールの頭に腰を落ち着けている。

 理由は簡単、されどファフニールがすぐそこ、というか真下にいる手前、声に出しては言い辛い類の物。

 というのも、ファフニールの背中の上は快適とはお世辞にも言えないものだったからである。

 ファフニールは別に命の危険を感じる程のスピードで飛行した訳でも、遊び半分でわざわざジェットコースターのような軌道を空に描いた訳でもない。

 ただただ乗り心地が悪かったのだ。

 羽ばたく度にその体が上下に大きく揺れ、常時内臓が持ち上がったような感覚。そのせいで車酔いとは縁遠かった俺は初めて、乗り物酔いという物の辛さを味わわせられた。

 吐き気を催し、そのまま地上の誰かにゲロをぶちまけてしまわなかっただけ、不幸中の幸いか。感謝してくれよ、どこのどいつとも分からない誰かさん。

 翻って今俺がいるファフニールの頭の上はどうかというと、これが非常に居心地が良い。胴と違って頭部の動きはほとんどなく、安定。あの上下動はファフニールの頭と胴が離れていることによる弊害だったのかもしれない。

 兎にも角にも今は快適、それで十分、それが大切。加えて、一歩間違えれば地上でスプラッタを演じる事になるというスリルもあり、なかなかどうして結構楽しい。

 さて、目的地到着まで時間はまだまだありそうだし、一応ネルに連絡、と。

 白銀の棘をから片手を放して耳元に当て、イヤリングに魔素を流す。

 携帯電話よりコンパクトなこれは実に便利な代物ではあるが、コール音という物がないため、使うたびにちょっとしたドッキリを互いに仕掛ける事になるなど、難点もある。

 そして今は日中、つまり現在授業中である可能性が高い。

 なので配慮のできる男である俺はなるべく落ち着いた声を使うよう気を付けなければならないのだ。

 「わっ!」

 [わぁっ!?]

 ……もちろんそのつもりではあった。いや本当に、直前までは。嘘じゃないったら嘘じゃない。

 ドンガラガッシャンワーキャーと、擬音の限りを尽くしても表せないくらいの破壊音、相も変わらずどもりまくりながらどうしたのかと聞くカダと、慌てに慌てて謝るネルの声。

 その音声に、悪戯に成功した子供のように――事実そうなのだが――にこやかに鼻歌まで歌っていると、

 [……コ〜テ〜ツ〜?]

 事が色々一段落したらしいところで、ネルの険悪な雰囲気がイヤリング越しに伝わってきた。

 「今の声はカダだよな?薬学か?」

 [そうだよ。あ、そういえばこの前面白い効果の薬の授業があったんだ。帰ってきたら飲み水に気を付けてね。]

 反撃が陰湿だ。

 「……ちなみにどんな効果なのか聞いても?」

 [性転換。]

 「…………すまん。」

 そしてえげつないにも程がある。

 [うん、よろしい。]

 満足したようにネルが言う。

 「……それで、このまま話しても良いのか?授業中だろ?」

 [その授業を妨害した張本人が言わないでよ……。おかげでアラン君が蛙になったり、そのせいで隣のヘラに薬が掛かって人間みたいになったり、カダ先生がタコになった両手で中和薬を作ったりでもう大変なんだからね?まぁだからしばらくはこうして話してても大丈夫だよ。]

 予想以上の大惨事だったようだ。

 それにしてもカダの奴、人を動物に変える薬とか性転換の薬とか、どうしてそんな身震いする程恐ろしい薬を学生達に作らせてるんだ……。そういえばあいつの自白剤の副作用もかなり危ない物だったし、もしかしたらマッドサイエンティスト的な、成功あらば危険や倫理度外視な感性があるのかもしれない。

 「とは言ったものの、別に何か要件があった訳でもないからなぁ。」

 [ふむふむ、つまり暇だったからボクにちょっかい出したんだ?]

 「あ、そうそう、俺は今スレインに戻ってる所なんだ。」

 今更ながらの報告。

 [露骨に話題を逸らさないの。全くもう。]

 「いやなに、あれだけ心配だ何だしてくれてたからな、さっさと安心して貰って、勉学に集中していただきたかったんだ。」

 [ふーん、じゃあスレインでは何も危険なことはしないんだね?]

 「……人生っていうのは予測のつかない物でな。」

 [だと思ったよ……はぁ。]

 「まぁそう言うなって。予定じゃこれで最後だから。」

 [あのさ、今さっき自分でカッコつけて言った事、もう忘れたの?人生予測が付かないーってさ。どうせそんな予定だってすぐに破るよ。]

 「いやいや、あれはほら、心構えの話だからな?人生予測が付かないから常に柔軟な思考を維持しろっていう……。」

 まるで俺が立てた計画通りに動けない自堕落な奴みたいに言わないで欲しい。

 [へー、あっそー。]

 「とにかく、これで本当に最後だから。約束する。」

 [ふーん?それで、何をするつもりなのかな?]

 疑念ありありな声のネルに対し、俺はしっかりと間を取り、確固たる決意を持って口を開く。

 「……聖武具を、盗み出す。」

 [この馬鹿ッ!どっか危険な山か何かに突入するんだろうなぁとか思ってたら、もっとずっと酷かったよ!この馬鹿、アホォォ!スカポンタン!本っ当、信じられない……]

 それからしばらく、ネルの罵声が耳元に叩き続けられた。


 [……ぜぇぜぇ……。]

 「はは、いやはや見上げたもんだな、10分間、息も語彙も切らさずに人を罵倒できるなんて早々できる事じゃないぞ?」

 [こんの……はぁ、どうしてここに来て聖武具なの?もう神器は集めたんでしょ?]

 感慨深く言うと、ネルは全てを諦めたような声音で聞いてきた。

 「確かに集めはしたけどな、それでも集められた武器はたった5本だ。」

 [何言ってるんだか。“神様の作った武器”を5本、だよ?中には二〜三世代掛けて一本の槍を探し求めた貴族だっているのに。]

 「まぁ別に探し求めたんじゃなくて、借りただけだけどな。」

 [それで十分じゃないの?そもそも神器5つが一所に集まるなんてだけで凄い事なんだよ?]

 ネルの言う事はもっともだ。

 たぶん今、俺の手元には上手く使えばスレイン一国を落とすぐらいの力が集まっていると思う。

 「俺の集めた武器は刀、槍、棒、槌、そして長剣だ。」

 [うん。]

 「そして俺の得物は双剣だ。ちなみに弓とかナイフは小手先の域を出ないから数えないぞ?」

 [えーと……ああ、そういうこと。自分の得意な武器が無いから聖双剣を手に入れたいってことで合ってる?]

 「そんなとこだ。」

 ただ、せっかく集めた武器を“上手く使う”という事が俺には難しいのである。

 バーナベルのように“全部”なんてふざけた、しかし見上げるべき通り名を付けられる程の技術があれば良かったんだが、生憎って奴だ。

 [別に使いこなす必要は無いんじゃないかな?神様の武器だよ?]

 「一応保険に、な。」

 [んー、んーーーーー!……………はぁ、それで?方法はもう決まってるの?]

 なんか苦しそうに呻いた後、ネルはため息をついてそう言った。

 「協力してくれるのか!?」

 [すっっごく嫌だけど……うん。]

 「おう、ありがとな!」

 [すっっっごぉぉく嫌なんだよ!?本当は嫌って事なんだからね!?ちゃんと伝わってるかな!?]

 「で、俺は適当に理由をでっち上げてユイと一緒に城の中に入るつもりだったんだが、どうだ?」

 [都合が悪いからって無視しないの!あと、聖武具は王城の中じゃなくて大教会にあるんだけど?]

 「あ、そうなのか?いやぁ危ないところだった。」

 [ねぇもうやめない?流石に前途多難過ぎるよ……。]

 素直に驚くと、ネルが泣きそうな声を出す。

 「はは、何を弱気な。」

 少し失敗したなと思いつつ、ネルの不安を笑い飛ばす。

 実際、本番ではナビゲーションシステムKAMIを使い倒すつもりなので、モノの捜索に関しては大して労力を割かずに済ませられる。

 [……ボクはコテツが豪気過ぎるんだと思うけどなぁ……うぅ、あまり使いたくない手なんだけど……仕方がないのかな。]

 「手?」

 ボソッと呟かれた言葉をオウム返し。

 [コテツ、ボクの指示にちゃんと従うって約束して。]

 「努力する。」

 [うんうん、正直でよろしい、って違う!全くもう!ボクは真剣に言ってるの!]

 「はいはい、分かっ[無談決行も事後承諾もなしだよ?]……そんなに信用ないか?」

 [ない!]

 即答された。

 まぁ思い当たる節が無い訳でもない。むしろあり過ぎる。

 「ははは……はいよ。」

 頬をポリポリ、苦笑い。

 [絶対だよ?]

 「了ー解。」

 [よし、じゃあまず……[きゃっ!危ない!]へ?]

 カシャーン

 [アイタぁ!?ほえ?へ?ニャにこ……れ?ギニャァァァァァァァァァ!?]

 突如、何かの割れる音が響き、少し間を置いてネルの少し違和感のある叫び声が俺の耳を襲った。

 大音量に、反射的に耳元に当てていた右手を遠ざけるも、残念ながら俺が通話に使っているのは携帯電話ではなく、イヤリング。

 正しい反応は耳に指を突っ込む事だったのかもしれない。

 だがしかし既にもう状況は後の祭り。

 ただでさえ声の良く通るネルの出した大声は、それが収まったあとも頭蓋の中を反響しているように錯覚させられた。

 「ど、どうした?」

 頭痛から何とか復帰し、聞く。

 [……ニャンでもニャい。]

 「は?」

 急に大声を出されて、どうも耳の調子がおかしくなったらしい。

 [ニャンでもニャいったらニャンでもニャいの。]

 ……なんだろう、言葉の意味が頭に入って来ない。

 「にゃんにゃん?」

 試しにそう言い、俺の耳がおかしいのかネルがおかしくなったのか確認すれば、

 [ニャア!]

 ネルがおかしいのだとはっきり分かった。

 本当になんだこれ。

 「……何かあったんだな?」

 まぁ十中八九変な薬をぶっかけられたのだろう。

 [う……ニャんか変な耳とか尻尾とか生えてきて、猫人族みたいにニャっちゃった……えへへ、肉球ぷにぷにしてる。]

 ……楽しそうだな。

 「そのまま猫になっていくのか?」

 [うーん、大丈夫、ニャのかニャ?顔も人間のままだし、たぶんかけられた魔法薬が失敗作だったんだね。]

 「へぇ、猫になった感想は?」

 [だから猫にはニャってニャいんだって。猫人族に近いと思うよ?……そうだね、尻尾が邪魔臭いかニャ。でもニャんか触ってみると変ニャ感じ。くすぐったいようニャ……え?あ、ごめん、獣人の悪口を言ったつもりはニャくて……尻尾をニャおせ?どうし……あ、うん、わ、分かったからニャおすから、そんニャに睨まニャいでよ……。]

 獣人の尻尾には一体どんな意味があるんだ!

 ルナがなかなか明かしてくれない秘密を思い出し、内心で叫ぶ。

 ああ、この釈然としないモヤモヤした気分を早く解消したい。だがしかし、おそらく一生知る事は無いんだろうなぁっていう謎の予感がある。

 にしても、猫人族か……たしかソニアがそうだったよな。あまりにゃんにゃん言ってたイメージは無いが……。

 ん?つまりこれは……なるほど、くはは、面白い。

 「なぁネル。」

 ニヤニヤ笑いを堪えられなくなってる頬を擦り、呼びかける。

 [この……ボクの尻尾なんだから勝手に動かニャいで…………ん?ニャにか言った?]

 「俺がそっちに戻るまでそのまま中和薬なんか飲まずにいてくれないか?」

 直接会って一目で良いから見てみたい。そしてこの事実を面と向かってぶつけたい。

 [ニャっ!?]

 「なに、そう時間は掛からないさ。たったの、まぁ聖武具を盗むのにどれくらいかかるか分からんが、たぶん2ヶ月ぐらいで[ニャがい!]……一考の余地は?[怒るよ?]……そうかい。」

 残念。

 [で、ニャンか物凄ぉく話が脇道にそれたけどさ、スレインに着いたらまずイベラムに向かって。良い?]

 「了解、それで?」

 [それで、もしセシルがいるのニャら彼女にこう、合図を……うーん、口頭じゃ難しいかニャ……。]

 「合図?」

 [……うん、やっぱり後で言うよ。取り敢えずイベラムに着いたらボクに念話する事。]

 「なんか面倒臭そうだな……。このままその大教会とやらに単身突撃したって……[そういう無茶するのってさ、コテツが男性だからニャのかニャ……]イベラムだな!よっしゃ、バッチ来い!任せろ!」

 慌て、目の前にいる訳でもないのに何度も頷き、サムズアップ。ネルには身震いする程の切り札があった事をすっかり頭から抜け落としてしまっていた。

 実際、これ以上に卑怯なカードは無いと思う。

 [アハハ、そんニャに慌てニャくったって良いんだよ?性転換の薬ニャンて材料集めが凄く大変ニャ物ばっかりニャンだし。]

 「そんな物が存在してるってだけで俺はこの世界が怖い。」

 生命の危険どころか性別の危険とも隣り合わせとは……。

 [あ……帰りたい、よね……。]

 「ははは、ま、無い物ねだりなんてのは虚しいけどな。」

 [そう……。]

 何故か急に、ネルの声から元気が抜け出てしまっている。

 「……そんなに俺を性転換させたいのか?」

 [ニャンでそうニャるかニャァッ!?]

 「なんだ、元気じゃないか。はは、少し暗いかなって心配するだけ無駄だったな。」

 [コテツってさ、ニャンでかそういう所にはよく気付くよね……。]

 「おう、俺ほど心遣いのできる奴なんてそうそういないぞ?」

 尊大に言い放つ。高笑いでもして見せようか?

 [アハ、ハ……ねぇまさかそれ本心から思ってる訳じゃニャいよね?]

 「どうしてそこで真剣に心配するんだ!頼むから笑い飛ばしてくれよあれぐらいは。こっちが恥ずかしいだろ?」

 心配される方がむしろ余計傷付くまである。

 [ホッ、良かったぁ。]

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、いや、絶対にちゃんと理解した上で、ネルはあからさまに安堵した。

 ……この野郎。

 「それで、さっきはどうして落ち込んだんだ?」

 [へ?……あーあれね、うん、あれは……えと、ただその、ほら、やっぱりさ、自分の生きてきた世界を嫌いって言われるのは……ね?]

 どうやら疑いようもなく、俺の方に全面的な非があるみたいだった。

 「……すまん。」

 [あ、謝らニャいで良いよ、そんニャ、コテツがコテツの世界を好きニャのは当たり前の事ニャンだから。]

 そんな俺のフォローまでしてくれる心優しいネルに、俺はこれ以上見て見ぬ、いや、聞いて聞かぬふりをやめる事にした。それに、流石に可哀想だ。

 「なぁネル。」

 [ど、どうしたの?]

 「お前、劇とかで演技するとき、役に完全に成り切るタイプだろ?」

 [きゅ、急にどうしたの?お芝居ならともかく、演劇ニャんて貴族の娯楽、ボクは見た事だってニャいよ?むしろそんニャ言葉、コテツニャのによく知ってたね?]

 突然の話題にネルがたじろぐ。

 ついでに途方もなく失礼な事を言われた気もするが、まぁ良い、今現在進行形で赤っ恥をかいているのに免じて許してやろう。

 「……で、だな。」

 ちょっと飲み込むのに時間がかかってしまった。これでも割とショックだったんだから仕方ないと思う。

 「実はラダンでルナの幼馴染の、猫人族の子と仲良くなってな。」

 [ふーん?]

 ネルの返答する声から熱が少し引いた気がするが、今は気にしない。もっと重要な話がある。

 「えーと一応、お前が猫人族にどんなイメージを抱いているのかは、俺はほら、全然知らないけどな?」

 くっ、言うのか、俺は。言ってしまうのか!?

 [なにを恐がっているのか知らニャいけど、いーよ、続けて?]

 ネルの後押し。

 俺は踏み切った。

 「猫人族はな、別にそんなにゃんにゃんにゃんにゃん言わないんだよッ!」

 言い切った。良くやったぞ、俺。

 [………………………へ?]

 しかしどうやら、ネルはその事実を受け入れられていないらしい。責めはしない。当然だとも思う。

 だがやはり、伝えなければならない事は伝えなければならないのだ!

 「だから、猫人族のように猫耳が生えようと!尻尾が生えてこようと!肉球がぷにぷにしていても!…………なぁネル、それだからといって、にゃんにゃん言うようになる訳じゃないんだ……。」

 [あ、あ、あ………。]

 言葉の意は確かに彼女の脳みそに伝わり、しかしそこでその情報処理に躓いているようだ。

 「大丈夫だ、言い訳しなくて良い。たぶん何かの拍子に噛んでニャッて言ったのを、薬のせいだとでも思ったんだろ?」

 穏やかな、落ち着いた声を意識して用い、背中を撫でてやれないのを口惜しく思いながら言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 [そん……な……事……]

 「違うか?」

 […………ちが、わない。]

 たとえイヤリング越しであろうと、今のネルの様子は手に取るように分かる。

 きっと真っ赤にした顔を両手で覆って、わなわな震え、悶え苦しんでいることだろう。……ついでに猫耳はペタンと伏せられて、尻尾は緊張してピンと伸びているに違いない。

 「ネル、まずはゆっくり息を胸一杯に吸って……」

 [すぅぅぅぅ……]

 「……長く、時間を掛けて吐き出すんだ。」

 [はぁぁぁぁぁぁ…………。]

 パニックになったら深呼吸、とても大事な事だ。

 「少しは落ち着いたか?」

 [……うん……ありがと。]

 聞くと、ネルはそう、蚊の鳴くような声を絞り出した。


























 「でも正直、楽しかったろ?」

 [………………………………………………………うん。]

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