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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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クエスト終了

 「バイバイ、短い間だったけど、楽しかったヨ!ルナベインにも久し振りに会えて嬉しかったゾ。」

 「ソニア……ええ、ぐすん、私もこうしてソニアに会えて……」

 「うん、相変わらず泣き虫みたいで安心だナ。何かあったらソニアお姉ちゃんに頼るんだゾ?」

 「む……私は泣き虫ではないと、この際しっかり教え込まないといけないようですね!?」

 「ナハハハハハハ!」

 「待ちなさい!それに私とソニアは同い年でしょう!?」

 龍の塔の掃除、ひいては天龍ファフニールの依頼、さらに言うなら4柱の無理難題を全て解決し終えた次の朝、龍の塔の頂上で、幼馴染による仲よしこよしのおいかけっこが勃発した。

 危ないので止めさせたいのは山々だが、俺は背中から覆い被さってくる雷龍の対応で手一杯。

 「なぁ、一緒に行こうぜ?俺は飛ぶのは速いからよ、向こうでもう一戦してからスレインに向かったって余裕……「断る、誰が好き好んで……」えぇー。」

 俺を前後にゆさぶって駄々を捏ねてくるが、俺の意思は断固として変わらない。変わる訳かない。

 「んふ、カンナカムイ、もう諦めてそろそろ行きなさいな。」

 「ちぇー、分かったよ。じゃあなコテツ、楽しかったぜ。ハハッ、今度あったときは負けねぇかんな!」

 そんな様子を眺めていたリヴァイアサンに柔らかい声で言われ、捨て台詞のようなものを叫んで、カンナカムイが開けた場所に歩いていく。

 今度会ったらまた戦わせられるのかよ……再会したいって気持ちが一段と下がったぞ……。

 カンナカムイの体が光を放った。

 「キシャァァァァァァァァァァァァァァ!」

 真の姿に戻ったカンナカムイの硬質な翼が広げられ、ドランに別れの咆哮が響き渡る。

 「あ、もう行かないといけないのカ……。ルナベイン、おいかけっこはここまでだヨ。」

 未だに全力疾走を続けていた幼馴染達の内、ソニアがピタリと止まって言い聞かせるように言うと、

 「これはおいかけっこなんかではありません!」

 ルナのボルテージとスピードが更に上がった。

 「うんうん、続きはまた今度ナ。」

 そんな彼女の体当たりを真正面から受け止め、ソニアは何度か頷きながらルナを抱き締めた。

 ……ルナを受け止める際にソニアが1メートル程滑ったんだが、獣人に取ってはあれが普通なのか?

 「……ソニア?」

 戸惑いを隠せず、ルナが相手の名を呼ぶ。

 「誰も言わなかったけど、ルナベインがステラに巫女を譲った事は皆知ってるヨ。」

 「え!?」

 驚いて身を離そうとするルナをガッチリとした抱擁でソニアが制する。

 「……ワタシになら話してくれると思っていたけどナ。お姉ちゃん寂しかったんだゾ?」

 「それは……。」

 「ルナベインは騙されやすいから、あの新しい仲間を観察してたけど、信用できる人達だネ。それに皆ルナベインよりもしっかりしていて、それでルナベインに優しいから逆に安心したヨ。」

 ルナが赤くなってるのは怒りからか恥ずかしさからなのか分からん。おそらく本人も内心でそれらがない混ぜになっている事だろうと思う。

 「……。」

 ルナは黙って、そっとソニアの背に腕を回した。

 普段は煩い古龍共も空気を珍しく読んだらしく、大人しく、静かに彼女らを見守っている。

 「…………うん、やっぱり話してくれないカ、残念。」

 「え、あ、違……」

 「良いヨ、何をするのか知らないけど、あの人達にならルナベインを任せられるからネ。……でもワタシだってルナベインの味方だからナ。」

 言い掛けたルナの背を撫で、ソニアは最後の所を少し強めて言った。

 「え?」

 「辛い事があったらルナベインはいつでもお姉ちゃんのワタシに泣きついて良いって事だヨ。フレメア家にはステラがいるから、そう簡単には泣けないもんナ。」

 「……ソニアはお姉ちゃんじゃありません。」

 「ムフフ、素直じゃないナァ!」

 もう一度ソニアが顔をルナの肩に押し付けたかと思うと、彼女はパッと妹分から離れ、ゆさゆさと巨体を貧乏揺すりさせ始めていたカンナカムイの元へと駆けていった。

 「ソニア!私は……」

 「ナハハハハ!帰ってきたらのお楽しみだナ!」

 大きく笑ってルナを遮り、ソニアがカンナカムイにしっかりと捕まる。途端、

 「キシャァァァァァァァァァ!」

 風情を全く解さないカンナカムイは、我慢の限界だったのか、さっさと超高速で飛び立った。

 「ぎにゃァァァハハハァァァ………。」

 その搭乗者の悲鳴だか笑い声だか分からない叫びもすぐにフェイドアウトしていく。

 まぁ一応、ソニアが最後まで話せただけマシか。

 「ソニア……。」

 もう視界から消えてしまった親友の名を小さく呟き、ルナはグッと拳を握った。

 「あらあら仲の良いこと。」

 少しほんわかしながらその様子を眺めていると、リヴァイアサンが小声で俺の耳元に言った。

 「そうだな、でも俺はお前と仲良くするつもりはないからな?」

 そう返し、いつの間にかリヴァイアサンに奪われていた右腕を引っ張り、奪還する。

 「もう、あまり虐めないでくださいな。ただでさえ寂しい夜を過ごさせられたというのに。……これでも毎晩、そなたとの一夜を期待して待っていましてよ?」

 「俺はお前のせいで夜の間中ルナに拘束されてたよ……。」

 今朝、本格的に羞恥心の摩耗してきたルナが相変わらずの際どい格好で隣で寝ていたのが思い出される。

 「はぁ……。」

 「んふ、溜っていて?」

 「はーなーれーろ。」

 距離を詰め、柔らかな体を押し付け、ここぞとばかりに誘惑してくるリヴァイアサンを振り解く。

 あながち的外れじゃないから始末が悪い。

 『何をためらう必要がある。そこにいる古龍と違ってお主らは子が成せるのじゃぞ?それが自然じゃろうて。』

 あのな、今はそんな事してる場合じゃないだろ?ルナに身重になられると戦力が大幅に減る事になるし。

 『ふむ、建前は分かった。その心は?』

 建前も何も……

 『フォッフォッフォ、2年もお主と念話を繋がされておるんじゃ、隠せるとでも思うたか?そもそも戦力ならばファーレンに腐る程おろう。強力な神器も、の?』

 ……ヴリトラに俺が殺されれば、ルナにはハーフの子を一人で育てるっていう大きな負担がかかる。もしフレメアの実家に迎えられたとしても辛いだろ?

 『ふむふむ、なるほどのう、お主の想いはよぉく分かった。』

 いや、まぁ本当の本心は俺はルナの信用を裏切りたくないから……

 『フォッフォ、訂正するにはもう遅いわ!ともあれ、いざ事を為すときは覗かぬようにしておくからの、安心せい。』

 このクソジジイッ!

 「あら?」

 「ぁあん!?」

 怒りに、不機嫌な心そのまま、俺の肩にそっと手を置いたリヴァイアサンへ振り向く。

 「まぁ、そう急に怒られてもこちらが戸惑うばかりでしてよ?」

 珍しく目を丸くし、リヴァイアサンが手で口元を隠して一歩離れる。その反応に俺も我に帰って、爺さんを呪いながら心を落ち着かせた。

 「あーいや、なんでもない。ちょっと考え事をしててな。」

 「そなたから感じる神威が強まった事に関係があって?」

 ……そういえば古龍って神威を感じ取れるんだったっけ。

 「まぁほら、お前もよく知るあのクソジジイが相変わらず面倒臭くてな……。」

 「それはお可哀想に。……今夜は精一杯慰めさせてくださいな。カンナカムイの神官ではないけれど、好きなだけ甘えて良くてよ?」

 「はぁ……お前も大概だよな。ていうかさっさと行けよ、ヴィラムはもう帰っただろ?」

 リヴァイアサンの飛行に自身の老体が耐えられるかどうか不安だったらしく、ヴィラム本人曰く“非常に残念ながら”彼は馬車で帰っていったのである。

 ちなみにタイソンは急ぎの用があるらしく、朝一番にケツァルコアトルのと共に帰っていった。

 「私の心残りはそなたしかいなくてよ?」

 「断るったら断る!」

 チクショウ、ヴィラムにはその老体に鞭打ってでもこいつを連れて帰って欲しかった。ルナに殺される確率がどんどん上がっていく。

 「…………そう……残念……ならば最後に、せめてそなたと口付けだけでも、交わさせてくださいな。」

 一度閉じた瞼を開け、涙をたたえた真摯な目をこちらに向けて、リヴァイアサンが俺の頬を撫ぜる。

 何故だろう、あれだけ迫られていた事もあって、キスぐらいどうって事ないように思えてきた。それにキスぐらいなら誰も損しないだろうし、さっさと済ませて帰らせよう。

 俺は近付いてくるリヴァイアサンの紅い唇へと顔を寄せ……

 「リヴァイアサン様!そろそろお帰りになったらどうですか!?」

 ……すんでの所で背後へ引き離された。

 「ふふ、あら怖い。」

 俺の腕を抱きギリギリと締め付けながら睨むルナを見てそう言い、クスリと笑うリヴァイアサン。そして鋭い眼光をどこ吹く風とこちらにゆっくり歩み寄り、ルナが慌てて俺をさらに引っ張るのを見るや、投げキッスしてきた。

 「ああ!?」

 ルナの悲壮な声を逆に嬉しく思う自分がいるが、腕が軋み、変な音を立てているのはいただけない。

 「ル、ルナ、落ち着こう、な?俺の腕が大変な事に……。」

 「コテツは黙っていてください!今、リヴァイアサンに自分自身からもキ、キスしようとしていましたよね!?」

 「あら本当?それならばもう少しここに残るというのも……「帰ってください!」……ふふ、またいつかお会いしましょうな。」

 かつては目の前にするだけで感激していた亜神だというのにその彼女にフーッと鼻息荒く怒るルナ。対してクスリと含み笑いを漏らし、リヴァイアサンはゆったりとした動作でカンナカムイのいた場所へ去っていった。

 その体が光を放つ。

 変身し終えた、とぐろを巻いたリヴァイアサンは、空に向けて大きく咆哮。

 「グルォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 圧倒的な魔力で立ち昇らせる水柱。

 リヴァイアサンがそのまま空を泳いで帰って行くと思いきや、彼女は青い宝石のような鱗で覆われたその顔を近付けてきて、金色の目を閉じた。

 ……投げキッスでは満足できなかったらしい。

 「何だよ、トカ……龍の姿ならルナが許すとでも?」

 確認のため、ルナに視線を向ければ、

 「フシャーッ!」

 威嚇していた。

 「……そら言わんこっちゃない。」

 肩をすくめて言うと、リヴァイアサンは「グルゥゥ……」と呻くような声を出して引いていく。

 さてこれからルナをどう宥めようか……と考えを巡らせ始めた刹那、リヴァイアサンは再び顔を近付けてきて俺の顔を最後にベロッと一舐め、

 「グルァァァァァァァァァァァァァァ!」

 と――おそらく勝利の――雄叫びを上げて、自ら作り出した水流に乗って泳ぎ去った。

 後に残ったのは少し粘着く俺と、そんな俺を抱いたまま固まっているルナ。

 「どうして避けなかったのですか!?」

 「無茶言うなよ……。」

 ていうか舐めるのとキスするのとが同義なのか……。

 「それよりほら、バハムートが帰る前に何か言わなくて良いのか?」

 「え?あ!」

 言うと、ルナは俺を放し、バハムートの元へタタタと走っていく。

 ……ちょっぴり悔しい。

 最後にバハムートが持ち掛けてきた一勝負を必死に断り、俺は炎龍が悠々と飛び立つのを見送った。


 「まぁ取り敢えずお疲れさん、古龍の無理難題もこれで終わりだ。」

 「……浮気者。」

 リヴァイアサンとのあれこれをなかなか忘れてくれなかいルナが何やらブツブツ言っているが、無視。

 「ゴホン、それでリーダー、これからどうするんだい?」

 「どうするも何も、まずはスレインに帰ろうと思う。それで良いか?」

 「……色ボケ男ォ!」

 そのまま話を進めようとすると、ご機嫌斜めな恋人は俺の腕を壊死させかけるのに飽き足らず俺を両手で肩をポカポカ殴り始めた。

 「あのな、ルナ、俺はリヴァイアサンに対してそんなに好意を持ってる訳じゃないからな?」

 流石に無視できなくなり、その両手首を掴まえ、宥めに入る。……ていうか誰が色ボケ男だ。

 フェリルは、ご機嫌取り頑張ってねーと無責任に言い残し、階下へ下っていった。

 「“そんなに”?」

 「だぁーもう、“これっぽっちも”だ!」

 どうだこれで良いか!?

 「……キ、キスをしましたよね?」

 「あれは断じてキスなんかじゃない!」

 一方的に舐められただけだろうに。

 「……その前は自分からやろうとしてましたよね?」

 うん、それを言われると辛い。

 「あーいや、あれはそのほら、リヴァイアサンが良い加減鬱陶しかったから、な?」

 「ふぅん、ご主人様は鬱陶しかったら……するのですか。」

 まずい、ルナの目が据わってらっしゃる。

 「も、もちろん軽いヤツだぞ?」

 キスに軽い重いってあるのかは知らん。

 「す、る、の、で、す、か!」

 言うと、俺の胸元を握ったルナは、一語一語くっきりはっきり発音しながら、俺の体をガクガク激しく、これでもかと揺らし始めた。

 「あうあうあうあうあう……ぐふ!?」

 そうして頭蓋骨の中身を激しく揺らされ、前後不覚に陥りかけたところで突然、胸に強打。

 一瞬止まった息に慌てつつ胸元を見ると、ルナが頭突きをそこにかましていた。

 「ゴホッゴホッ、ル……ナ?」

 「……甘やかしてください。」

 「へあ?」

 急な言葉に対応できず、素っ頓狂な声が出た。

 するとルナはこちらを見上げ、

 「うんと甘やかしてくれたら許してあげま……あげるかもしれません。」

 二度も言わせるなといった表情でそう言った。

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