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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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天龍クエスト⑤

 それはまさしく壮大な光景だった。

 「「はわはわわはわはわはわわわわわわわ……。」」

 若い巫女二人は目を白黒させ、口元に手を当てたまま互いに寄り掛かるように仲良くその場にへたり込み、

 「はぇぇぇぇぇ……。」

 種族的老け顔の神官は腰をぬかしながらもただただ感嘆の声を漏らし、

 「お、おぉぉ、おおぉぉぉぉ!」

 実年齢通りに年老いていながら、普段は前述した誰よりも毅然としている老神官はその腕を目一杯広げた格好で、あまりの畏れ多さ、そして偉大さに打ち震えていた。

 「シーラ、僕はこれをどう表現すれば良いのか分らないよ。」

 「私も分からない。でも、これは凄い、ただそれだけで良いんじゃない?」

 「そうだね……ああ、凄いよ。」

 エルフ二人も神殿務め達(元含む)程では無いにしろ、感動している。

 まぁ、彼らの気持ちは分からないでもない。なにせ俺達の目の前ではこの宗教国家ラダンに君臨する古龍4柱がその本来の姿を現し、尚且つその強大な力を行使しているのだから。

 もちろん、そんな巨大な奴らが4柱もいるっていうのに未だ多少の余裕を残しているこの宝物庫の広大さと、そこに高低差のある地形を作る財宝の量には驚くべきものがある。……何だかもう龍の塔の方が飾りで、こっちが本丸だと言われても納得してしまうくらいなのだが、まぁそれは置いておく。

 さて、たった一柱で――それも何もせずそこに在るだけで――幻想的かつ荘厳な空間をを生み出す彼らが集結したのだ。なるほど、確かにそれは凄い事だし、そもそも古龍という、ラダンの信仰曰く亜神にここまで近付くって事自体が普通は早々無いであろう事は予想がつく。

 だがしかし、ファフニールの宝物庫の中、古龍達がやっているのは別に大して特別な事ではなく、俺達が普段からしている事(例外あり)のスケールをただ巨大にしただけの物。

 お部屋のお掃除である。

 「そこ!ケツァルコアトル、適当にしないでください!丁寧に丁寧に!心を込めて!二度手間で苦労するのは貴方ですよ!?バハムート、もっと光量を上げて照らしてください、隅々が見えないと意味がありません!」

 豪快な風を繊細に操作して、財宝の山を宝物庫の奥に押しやりながら金貨銀貨に武器防具そして宝石の類に分けつつ、それぞれを別方向に吹き飛ばすケツァルコアトルと、落ちたシャンデリアの代わりに光源役をさせられているバハムート、その新たな照明の上に屹立するファフニールが両名に雷を落とす。

 「「はぁ……。」」

 「何か?」」

 「「……。」」

 「カンナカムイ!リヴァイアサン!貴女方はもっとスビードを上げなさい!サボられる暇など与えたつもりはありませんよ!」

 自身に向けられる不満いっぱいの目線は睨み返して封殺。そして今度は電磁力か何かで何本もの武器防具を宙に浮かせたカンナカムイと、それらを大量の水で洗浄するなり即座に水気を抜き取って、乾燥させるリヴァイアサンに、ファフニールの叱責が飛んだ。

 ……なんだかんだ言ってファフニールが一番強いらしい。いや、案外彼女に面倒事を押し付けているって事にほんの少しだけでも罪悪感があるのかもしれん。

 「なぁユイ、この量だ。少しくらいならちょろまかしても案外バレないんじゃないか?。」

 「全く、ルナさんに言い付けるわよ?……でも、あの金品は何に使うつもりなのかしら?」

 何にせよ、感受性やら尊敬の念やらが足りていない現代人二人の感想はこんな物だ。

 「コレクターだからな。これから先もただの肥やしのままなんじゃないか?どっかの誰かがドラゴンスレイヤーとして持って帰るなんてのも……。」

 「ルナさんに言い付けるわよ!?」

 「はは、やめてくれ。…… よっこいしょ。」

 笑い、抱えていたトマホークにバトルアックス等々、様々な斧を地に下ろし、あちこちに宝石の嵌め込まれた仰々しい棒を組み合わせてできた武器置き場に一つ一つ、刃の付け根を引っ掛けるように立て掛けていく。

 古龍達が大仕事をする中、俺達に課せられた仕事はリヴァイアサンによって綺麗な輝きを取り戻した武具を種類毎に仕分け、こうして集めて整理する事である。

 洗われ、地に放り捨てられていくそれらを集めて纏めるだけの簡単なお仕事。

 だがしかしその進捗状況は芳しくない。

 まず古龍が本来の姿を見せた途端、人手の半数以上が行動不能に陥ったのが痛かった。そして……

 「いただきまーーぶっ!?」

 ……竜の生き残りがまだそこかしこから湧いて出るから一々時間を取られるのである。やはりこの広大な宝物庫に隠れた竜を全員見つけきるなんて事は難しかったらしい。

 「あぁぁ!?」

 悲痛な叫び。

 見ればユイがコツコツと集め、並べていた、百本近くの槍のほぼ全てが地面に散らばってしまっていた。

 原因は簡単、俺が今さっき殴って頭蓋を砕き、ぶっ飛ばした竜が槍置き場にぶつかったのだ。予想以上に衝撃が強かったらしい。

 「まぁ待て、待つんだユイ。悪いのはそのトカゲであってだな……。」

 地に落ちた金色の槍拾い、肩に担いだユイを宥めようと慌てて体の前で両手を振っていると、

 「安心して、あなたを狙ったりなんかしないわ。」

 そう言ってユイは笑みを浮かべた。

 「ホッ。」

 心の底から安堵の息が漏れる。

 そうだよな、流石にこの人手不足でさらに仕事を増やすわけには行かないもんな。ユイはただ、槍を拾っただ、け……ッ!

 地を蹴り、宙を飛んでいく槍の柄をダイビングキャッチ。俺はそのまま胸から地に着地し、つっかえ気味に怒鳴る。

 「おま、人の努力の結晶になんて事しようとしやがる!?」

 ユイが槍投げで狙ったのは俺に並べられた数百本の斧の群。

 斧の種類だけでなく、その取っ手の長さから何まで、規則正しく並べたんだぞ!?

 「死なば諸共!」

 「馬鹿野郎!……わ、分かった、待て待て、俺が悪かった。そうだ担当を交代しよう。うん、俺が槍を担当するからお前は斧を、な?」

 別に俺が苦労するのは構わない。いつもの事だ。それよりも積み上げた物が壊される苦痛は何としても避けたい。

 荒げかけた声を鎮め、俺が咄嗟に口にした提案を聞き、二本目の槍を構えたユイはその動きをピタリと止める。

 「それはちょっと……申し訳ないわ。あなたも一応、一緒に頑張ってくれていたのだから……」

 そしてゆっくり槍を肩から下ろし、ユイは遠慮がちにそう言った。

 だがしかし、それはそれで、正直言って……

 「……面倒臭……「ッ!」ストップ!待て!違う!お前は本当に優しいな!ああ、人の鏡だ!」

 凄まじい殺気を感じた。今度の狙いは俺自身だったかもしれない。

 「フン、良いわ。交代ね。」

 必死の弁解に溜飲をある程度は下げてくれたのか、ユイは槍をポイと捨てて、今この間も増えていく鈍色の武器の山へと肩を怒らせて歩いていった。

 くっ、余計な一言でユイの温情が消え去ってしまったか……。

 『いつもの事じゃろ。』


 「そんなッ!?」

 しばらくして、別の地竜が整然と並べられた斧の列に体当たりをかました。



 それからも、いや、“が”、とてつもなく大変だった。

 何を思ったか、急にカンナカムイが茶目っ気を出し、口煩いファフニールを狙って飛ばした槍がバハムートの足に刺さったり、頭の上に乗った天龍への苛立ちが溜まっていたのかこれ幸いとばかりに巨大な怒りの炎が放たれたり、それに反撃する体でリヴァイアサンとケツァルコアトル、ついでとばかりにカンナカムイも鬱憤晴らしに全力の一発を撃ち、負けずとバハムートが火力を上げ、ある程度片付き始めていた宝物庫が元の木阿弥戻っていくのを目の当たりにして堪忍袋の緒がはち切れたファフニールが本来の姿を現して暴れ出したり、そんな大怪獣大戦から命からがら、さらなる畏怖の念に硬直した神官共をユイ、そして流石に目を醒ましてくれたフェリルやシーラと一緒に引っ張って避難した先の壁の穴が、ここに巣くっていた竜の宝物庫への侵入経路だったりしたおかげでそこで寝ていた竜の残党との逃げ場のない連戦を強要されたりと、実に色々で様々な困難が降り掛かったが、何とか、どうにかこうにか!俺達の宝物庫の掃除は終了したのだッッ!

 「あ、ああ、たったの一週間程で、ここまで……グスン、私はこんな日がいつか、いつか来て欲しいと、何百年……うぅ。」

 何百何千もの竜との戦い、天変地異でもまだ優しいと思えるほどの強大な魔法の応酬、そんな事とは無縁の、まるでそれらが一度も起こらなかったかのように、金色の宝物庫はうっとりするほど静かな美しさで見る物を魅せている。

 頭上からは修理された巨大なシャンデリアが光を放ち、壁の黄金がいっそう際立つ。かつて砂丘の様相を呈していた大量の金貨は一つの山に纏められ、宝物庫の一番奥にそびえ立ち、反射光で壁面に複雑な模様を描き出す。そこに連なるようにあるのは極彩色に輝く6つの丘。同じ色の宝石を集めたそれらも壁に模様を映していて、その鮮やかな色彩、幾つもの意味のあるようでまるで意味のなさないただただ美しいそれは見ている者を虜にすると同時に惑わせる。

 対して、金の山から掘り出された多くの武具は壁際に沿って並べられて、宝石や金貨と真逆、秩序のある真っ直ぐな印象を保持していた。

 それら全てが存在するのは美しいマーブル模様が入った、大理石のような素材の床。

 掃除する前は全く拝む事のできなかったその上で、ファフニールが目の端に涙をたたえ、感動にむせび泣いている。……俺の胸で。

 背後からの言い知れぬ圧はその出所が分かっているだけに無視できず、しかし頭にたんこぶをこさえて正座している龍人達を見ると俺の胸を濡らす目の前の存在の機嫌を損ねたいとは思えない。

 「えーと、うん、良かったな。」

 「ええ、本当に……でもこの状態がいつまでも保たれるはずがないと思うと……ひくっ。」

 あ、こいつ本気で泣きに入りやがったぞ?

 「な、なぁファフニール!俺の故郷にはな、大掃除って風習があるんだ。」

 こうしてこのまま抱き合っていたら背中をバッサリやられかねないという危険を感じ、俺は不自然にはならない程度に話題を変えつつ、ファフニールの肩を持って、目線を合わせるふりをしながら彼女と俺との距離を離す。

 「え?」

 指先で涙を拭い、戸惑うような目が俺に向けられる。

 「年末に自分の家を、普段手の届かない所まで大掛かりに掃除するって物なんだけどな……」

 そこまで言うと、周りで神妙な顔つきをしていた古龍共がバッと一様に顔を上げる。俺がどういうことをしようとしているのかに即座に思い至ったらしい。

 その反応を尻目に見ながら微かに笑い、真剣な目で俺を見つめるファフニールへ提案した。

 「そんな感じの風習をラダンに作ったらどうだ?別に年末年始が忙しいのなら、別の月日を勝手にそういう日にしてしまえば……」

 「お、おい待てよコテ「五月蝿いですよ?」く……。」

 カンナカムイが立ち上がろうとするが、その頬を純白の光線がかすめ、大人しく座り直す。

 「どうぞ続けてください。」

 古龍さえをも大人しくさせるビームに怯み、冷汗をかいた俺は、促され、乾いた咳を一つ挟む。

 「コホン、あ、ああ、それで、大掃除の日には古龍をこの塔に集めて掃除の手伝いをさせたらどうだ?」

 「それができればどんなに良いか……前にも申し上げましたが、彼らに掃除なんてできないのです……。」

 悲痛な声。まぁ相当痛い目にあったらしいからな、仕方ないっちゃあ仕方がないか。

 「なに、今回みたいに神官を連れて来させれば良い。確か神官の前じゃあ古龍達も見栄を張るんだろ?その日を何なら特別な休日にしてしまえ。ここにいる神官はお前が古龍だって事を知っているんだ。お前がそう言えばそれぞれの地区でも新たな休日を広めてくれるさ。……お前達もファフニールの助けになりたいよな?」

 後ろを振り向き、そう聞けば、

 「「「もちろん!」」」

 ルナを除いた神官達は異口同音で同意した。

 ……ルナ、そう睨まないでくれ。

 「ありがとうございます。……と、言う事で協力してくださいますね?年に一度……そうですね、それならば今月の初め、3月1日にしましょう。その日付の日の出までには必ずここに集まること。貴方達もそれで良いですね?」

 敬虔な信徒達の返事に顔を輝かせ、ファフニールは未だ正座を崩さない古龍達へと振り向き、にこやかに聞く……というよりかは確認しているだけだなこりゃ。

 「ハッハッハ!良いぞ!どうせ暇だ!」

 「ふむ、定期的にこうして会うのも良いかもしれませんな。」

 男二人は適当に同意してさっさと立ち上がる。

 「あら、毎年一度は少し多くなくて?……んふ、でも楽しそうではあってよ?だからファフニール、その物騒な光を纏った手を下ろしなさいな。」

 「あ?何を勝手に言ってんだ!?オレは嫌だ、ぞ……ったく、ぁったよ、やるよ、やれば良いんだろ?どーせ一年に一回コッキリだしな!」

 続く女性二人は軽く脅され、賛同。

 他の古龍が何と言おうと、前評判通り最も力のある古龍である事を証明したファフニールはそれを見て、うんうん、と幾度か頷きながら神官達へと向き直り、トン、と杖で地を突いて咳払いを一つ。

 「コホン、ではこれより、3月1日、この記念すべき日を、ラダンの新たな休日、“大五龍会議の日”といたします!各々自身の神殿にしっかりと伝えるように!」

 誇らしげに胸を張り、ファフニールは龍の塔の掃除なんていう世俗な内容を一切表に見せない、新たな休日を発表した。

 「「「「はい!」」」」

 キラキラとした目で元気よく返事をする、ラダンを4分割して統治する貴族達。

 俺とファフニールの会話を聞いていたのならこの休日が完全に私情に起因したものだって事は明らかだってのに……宗教って怖い。

 ……しかもなんだよ“会議”って。

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