天龍クエスト④
財宝の丘を一つ、その中ほどまで吹き飛ばしつつ着地。
同時に目の前から頭突きしてきた地竜の頭を拳で殴ってヘール洞窟へと送り、数秒後、俺の10m程先の地点に落ちていた黄金のシャンデリアの上に、首を半ばまで開かれた竜が覆いかぶさるように墜落。
「ふぅ……ぶっ!?」
竜を切り裂いた勢いのまま落ちたというのに、足をひねる事すら無く、無事に着地を成功して安堵の息を吐くと、背中をド突かれ、俺は顔から財宝の山に突っ込んだ。
「何て事をされるのですか!?もし何かが壊れてしまったらどうするつもりか聞いても!?」
すぐ隣に抜き身の剣が刺さっていた事に気付いて冷汗をかきつつ、顔を上げて後ろを見れば、大杖を片手に仁王立ちするファフニールの姿があった。
こんな状況で一体何の冗談を言ってるんだと、笑い飛ばしてやろうと思いきや、そのつり上がった眼は沸々とした怒りを仄めかしており、俺はすんでのところでそれを思い直す。
「ま、まぁまぁ、この程度の衝撃で壊れる物はきっと安物だし……」
作戦変更、まずは宥めにかかる。
「硝子細工があるとは思われませんでしたか?」
「そんな物あったら、ここに棲み着いた竜がとっくの昔に壊してるだろ!」
「……ああ、そうですね……全く、どうしてこんな……竜なんていつの間に。」
言い返すと、ファフニールは今度はぶつぶつと恨み節を垂れ流し始める。
背筋が凍るような怒りの矛先が俺から外れただけ良しとするかね?にしてもいつの間にって言ったって……
「……長年放置してたせい、だろうなぁ。」
記憶は定かではないが、無断で他人の空き家に住み着いて、退去勧告もされずにそのまま数十年経てば、その家が自分の物になるって法律があったような気がする。
と、そこまで考えたところで慌てて自分の口を塞ぐが、時すでに遅し。
ギロリとファフニールがこちらを睨む。
何をされるのか分からず、取り敢えず力んで身構えると、ファフニールはブワッと目元に涙を浮かべて、そのままその場に膝から崩れ落ちた。
「だって仕方がありませんでしょう?……忙しくて忙しくて、地上でさえも手を完全に回せていないというのに……。」
そのままヨヨヨと泣き出した。
「え?あ、えーと、本を読む暇があったんじゃ?」
想定していた行動との落差に、少々戸惑うどころか大いに焦り、頭に浮かんだ事をそのまま口にする。
実際、そのために勝手に休業してたらしいし、あの書斎の本の量はかなりの物だったと思う。
「月に1〜2回しか設けていない休みを……貴方はそれすら削って仕事しろとおっしゃるのですか!?」
顔を上げ、悲痛な顔であんまりです、とファフニールが呟き、大杖を取り落として両手に顔を埋めた。
って、月1〜2回だと!?古龍が!?自分の楽しみのためならどんなに情熱を捧げる事を惜しまないあの古龍がか!?いや、でも確かに数百年生きてる割にはあの本の数は少ない……のか?
「龍の塔の管理を――私が弱い事を知った上で――じゃんけんで押し付けて……うっ、私だって色々手伝ってくださる神官が欲しいのに!」
「普通に神官を雇えば……」
魂の欠片を誰かに渡せばそいつを簡単に神官の位に仕立て上げられるんじゃないだろうか。
「龍の塔はそういうしがらみなしに、私達古龍が寛げる場所とするのが目的の建物です。ひく、そこに神官がいられるとはっきり言って窮屈でしょう?」
顔を覆ったまま、返答がなされる。
そんな事を古龍が気にするのか……。古龍が他人に遠慮してる様子なんぞ思いも寄らない。リヴァイアサンなんて自分の所の神官がいる前で俺を誘惑してきたが、普段はもっと激しいのだろうか?……非常に気になる。
「……あまりに大変で、仕事の量も膨大なので、私も初めの頃は他の方々に協力を仰いでいました。」
少しスッキリしたのか、ファフニールは顔を上げ、そのままポツポツと話す。
……初めの頃って何百年前だろう。
「でも結局のところ、私が一人で全てをやる方が早かったのです。」
「ん?ケツァルコアトルが手伝ってもか?」
俺の中では一番理知的なイメージがあったんだが。
「ケツァルコアトル?確かに害はありませんが……彼がいると返って私の仕事が捗らなくなってしまいます。こちらが懸命に働くのを尻目に勝手に軽い料理をこしらえて……それで美味しいから油断するといつの間にか私も一緒に座って……お代わりを何度か……とにかく、仕事が滞ってしまうのです!」
楽しそうだな、おい。
「バハムートはうっかり物を壊し過ぎ、カンナカムイは仕事は速くてもあまりにがさつなので結局は二度手間。リヴァイアサンに至っては私の指示に従わず、勝手に自身の美意識に従ったデザインへと部屋を変えてしまう……。」
あ、鼻がひくひくしだした。……また泣き出すぞ。
「後始末は私が当然のようにさせられて!……うぅ、何度、何度バルムンクで自殺しようとぉぉ……。」
「あーあー、はいはい、そうだよなぁ、古龍なんてただただ迷惑だもんなぁ。」
自殺なんて単語まで出してきたファフニールを遮り、俺はその側に屈んで背中を擦ってやる。どうしても他人とは思えなかった。
そうして延々とファフニールの溢す愚痴を聞きつつ、相槌を打つ内に、まるで俺自身の事のように思えて涙が出た。
ファフニールの背中を擦るのとは反対の手で目元を拭い、目頭を抑える。
すると、ピタリとファフニールの動きが止まった。
どうしたのかと見てみると、彼女はこちらを目を見開いて見ていた。
「分かってくださるのですか?」
呆然とした様子で聞いてくる。
「まぁ、俺も事ある毎に手合わせをさせられる被害者ですから。前に働いてた職場じゃあ雑用係にされてましたし。」
対してそう言い、俺が苦笑いを浮かべると、ファフニールは濡れた目を大きく見開き、
「初めてこの気持ちを分かってくださる人がぁ!」
そう言ってひしと抱きついてきた。
だが彼女の気持ちが分かると言っても、ファフニールは俺の何倍もの年月をあの古龍共に翻弄されてきたのだ……俺はこの掃除が終われば少なくとも古龍共からは解放されるが……こいつは……くっ……しかも寿命が無いのだ……ッ!
鼻の奥をツンと何かが刺した。
「辛かったよな……ああ、よく頑張ってきたよお前は。偉いよ、本当に、偉い!」
言い、抱き返す。
他人とは思えないどころの騒ぎじゃない。まるで俺と同じような苦労をしてきたかのよう……いや、俺以上の苦労を遥か昔から背負わされてきたに違いない。
「自分がやる事為す事、全部何らかの邪魔が入って台無しにされるもんな?」
「ええ、そもそもやろうとしていた事が想像以上に大変であった何てことなんて……」
「ああ、そんなの日常茶飯事だよな!?」
「ええ!ええ!」
お互い、初めて見つけた最大の理解者の肩で何度も、何度も力強く頷く。
「望まない面倒事を押し付けられて……「それも急に、了承もなく。」ああ、それで苦労しながら何とかこなしたらこなしたで……」
「また次の仕事を押し付けられますよね!?」
「その通り!」
「それに……」
「なのに……」
互いの感情を吐露し合い、それが共通して当てはまる事を確認して、このかけがえのない絆をさらに、いっそう深め合う。
ああ、まさかここまで心を通い合わせられる奴と出会う事ができるとは……。
「餌ぁぁっ!」
「「黙れッ!」」
空から急降下で襲ってきた緑色の地竜は一瞬で両翼を斬り飛ばされ、白い光線で体の芯を貫かれた。
着地し、俺は双龍を振って、それらに付着した血を払う。
ファフニールは掲げていた大杖の先を地に付ける。
「これだけやっても……」
「如何に奮闘しようと……」
ああ、やはり、間違いない、ファフニールと俺とは通い合う何かが確かにある!
「「どうせまた次が来る!」」
目の前から飛び出る、口の大きく開かれた大蛇。軽く上に飛び、その口のさらに上から黒龍を刺して、右腕だけで体を持ち上げ、胸を上に向けるように、大蛇の頭の形に沿って体を開き、俺は逆手に持ち直した陰龍で大蛇の脳味噌を穿つ。
震え、その体躯を地に寝かせたそれから滑り降りれば、隣に首の取れた竜を転がしたファフニールがこちらに杖を構えてくれていた。
その背後から迫る、平べったい地竜の目に向かってナイフをファフニールの肩越しに投げる。
同時に白光が俺の背後へ伸びる。
呻き声は2つ聞こえ、俺は背後にいつの間にか近寄っていた、嘴のような口の顎を半分爛れさせた亀の顔を両手で掴み、出せる限りの力を出して、それを180度、グルリと捻った。
ゴキリと気持ちの良い音が鳴り、亀は金貨へと頭を突っ込む。
振り返れば、平べったい地竜の頭がファフニールの大杖でかち割られる所だった。
「ふんッ!……無事にこれが終わっても、またいつもの日常が戻ってくるだけ……。」
「いや、今度からはここの掃除を古龍共に任せたらどうだ?地上の掃除は確かに大変だが、それを任せられないのなら、せめてこの宝物庫の掃除だけでもやらせれば……。」
「ふふ、油断してはいけませんよ。きっと地上との間に大きな穴を開けられます。」
提案すると、ファフニールは菩薩のような、達観した笑みを浮かべてそう言った。
…………否定できん。
「「はぁ……。」」
「ここで多少の鬱憤を晴らすか?」
「ええ、それが妥当でしょう。」
諦めて言うと、ファフニールは深く、深く頷いた。
「そういえば、この宝って何に使うんだ?武器防具なんて古龍には必要ないだろ?」
地中から頭を覗かせたゾンビ竜を転送し、その体積分だけ空いた空洞へ、ジャラジャラと宝が流れ落ちるのを見ながら、ふと気になって聞いてみる。
いくらそれが流行ったからって程度って物があると思うしな。
「ああ、えーと、昔、誰が一番財宝を集められるか、暇を持て余し、龍の塔で机の老朽化を眺められるだけだった皆に、私が提案申し上げたのがきっかけでしょうね。」
触れた端から対象を腐らせるという恐ろしい過剰回復魔法の白いビームで竜を薙ぎ払い、ファフニールはそう答えた。
……相当暇だったんだな。
「ああ、バハムートの所にも貴金属の山があったし、そういうのが流行ったのは知ってるんだ。まぁあそこの財宝の量はここ程じゃないけどな。どうしてこんなに集めたんだ?」
「提案させていただいた私が頑張らねば、皆、それに精を出そうとは思われないでしょう?……ちょっと集め過ぎてしまいましたが。」
「ちょっと、ね。」
半ば笑いながら言うと、彼女は目の前の竜の頭部をビームで貫いた後、慌てたようにこちらを見て手の平を振り、
「で、でも、そのおかげで彼らは人の社会に興味を持たれ、引き籠もり生活から人の社会へと進出なされました。」
と、とてつもなく気になる言葉と共にそう弁解した。
「人の社会に進出?昔は龍人としてそんな事をしてたらしい事は聞いたが、今もやってるのか?」
てっきり自由気ままなワイルドライフなんて物を送っているのかと思っていた。
「ええ、確かに彼らも一度は借金やら何やらから逃げるために本性を見せられた事もありましたが、今は平穏に紛れているとお聞きしていますよ。……私も一度はやらせていただきたいものです。」
借金を踏み倒したのか……。
「十分紛れてると思うけどな。たぶんドランの誰もお前がファフニール本人だって事は知らないんじゃないか?他の巫女や神官たちも驚いてたし。」
言いながら、その時の情景を頭に思い浮かべる。
ソニアはルナと全く同じように口をパクパクさせて狼狽え、ヴァランは直立不動のまま目だけ大きく見開き、タイソンは完全に腰を抜かして、尻もちついたまましばらくは起き上がれなくなっていた。
「私は普通の人として、古龍とは縁遠い生活をしてみたいのです。」
「ああ、俺もこんな戦いから離れた暮らしをしたいよ。」
両龍の刃を揃え、鋭い牙の生えた下顎をすくい上げるように、大袈裟なドジョウ掬いのように刺し、襲ってきた竜に上を向かせ、一歩踏み込みながら竜の首に深く長い致命傷を刻む。
「それは意外ですね。てっきり楽しんでなされている物と思っていました。」
「そうなのか?」
「ええ、戦い始めてからずっと笑みを絶やされていませんから。」
言われ、ふと手首で頬を擦ってみる。
俺の口角は少しだが、確かに上がっていた。
「気付かなかった……。」
考えてみれば、まぁ、確かにこの状況を楽しんでいる自分がいる事は否めない。おそらくだが、自分の成長をこれ程はっきり、分かりやすく体感できる事など殆ど無いからだろう、たぶん。
決してルナの戦闘狂に感化されているわけではない。……筈だ。
「はぁ……別に楽しんでるつもりは無いんだけどなぁ。」
「人の性格というのは状況次第ですぐに変わられますから、不思議な事ではありませんよ。むしろ他の古龍の性格もそれくらい簡単に、もっと真面目な方へと変化して欲しいものです……。」
「あいつらが真面目に、ね。性格が変わったら変わったで、真面目どころか、むしろもっと厄介な物に変わるなるんじゃないか?」
しみじみとしたファフニールの言葉に、どうしてもそんな古龍を思い浮かべられず、そう返すと、彼女はそうですね、と表情を暗くした。
「……頑張ろうな。」
ポン、とファフニールの方に手を乗せる。
「ええ。」
彼女はその手に手を重ね、軽く、しかし確かな力を込めて握り、頷いた。