天龍クエスト③
足場が金という金属である事を考慮して、ミョルニルの代わりに無骨な戦槌を振り回すタイソンや、逆にそんな配慮を一切せず雷の拳で暴れるソニア、そして基本的に素手でありながら、一瞬だけその手を鋭利な氷のナイフで覆い、二人のサポートに周りつつも、確実に竜へトドメを刺すヴァラン。
と、視線を巡らせば生きている味方が増えていた。
……つまり俺が気にしなければならない目がその2倍増えたって事だ。
「はぁ……。」
「うっ……ごめんなさい。」
ため息を吐くと、何を勘違いしたのか、倒れた竜から魔槍ルーンを引き抜いていたユイがそう言って謝ってきた。おそらく俺を置いて逃げていった事についてだろう。
「いや、別に怒ってないから良いさ。存外何とかなってたしな。」
むしろそのまま、事か終わるまで帰ってこないで外で待っていて欲しかったまである。
「そう……。」
「あ、あまりユイを怒らないでやってください。あれだけの数の竜を目にして逃げ出したくなるのは仕方のない事ですから。ええ。」
自分自身を棚に上げて言うルナが浮かべる訳知り顔。俺はただジッ、とそんなルナを見つめる。
「…………うぅ、申し訳ありませんでした。」
それに少し耐えたものの、ルナは結局項垂れた。
「よろしい。」
素直な彼女の頭を撫でながら、しかし俺の頭の中はこれからの動きを考えるのに必死だ。
一斉に自害させるのが最も手っ取り早いが、それだと確実に指輪の行使がバレてしまう。加えて、せっかく竜を手に入れたのに、と勿体無く思う気持ちがかなり強い。
ラダンの東の砦で襲ってきたワイバーンのように、魔物を手懐けるような輩もいるみたいだし、俺もそれができたという風の演技をしてみるか?
いや、流石に死体だって事は一目でバレるか。屍竜は全部体の何処かから血が、酷い奴は内臓まで溢れ出ているし、それを隠し通せる自信は無い。
「わぁぁぁぁ!?」
と、また一匹の竜が片翼を氷に覆われ、空から墜落した。
原因はフェリルの青魔法を込められたらしい矢、ただ今回は敵のようなので安心だ。ただ、フェリルがたったの一矢で竜を墜落させる事ができる証明でもある。急がないと竜を一匹も手に入れられずに終わりそうだ。
まさか味方の優秀さに焦らされるとはな……こいつら、そもそもどうして初めは逃げたんだ。
……まぁ何はともあれ、うん、こうしよう。
「それじゃあフェリルのサポートを頼む。この金貨の山の下にも竜が潜んでいたりするから気をつけろよ。」
「「え?……あ!」」
ルナを軽くポンポンと叩き、一方的に指示を出して駆け出した。
まずはフェリルが最初に撃ち落としたあいつを回収だ。
黒い足場を随時生み出しながら走りつつ、指輪を口元に近付ける。
「サイ、そっちに竜を何体か送る。受け入れられるか?」
[……竜?]
急な質問に面食らったらしく、聞き返してきたサイに――目の前に本人はいないが――頷く。
「ああ、そうだ。アンデッドにしてあるから、戦力の増強にでも回してくれ。」
[承知、元より我に拒否する意志はありませぬ。我が主よ、どうぞその思うがままに。]
「助かる!」
話しながら、撃ち落とされたアンデッドを探す。
……いた。
墜落地点から少しズレた場所で、片翼に穴を空けられた屍竜は、そのまま生きている竜のいる方へ向かって、ジャラジャラ崩れる金貨の山を苦労しながらズリズリ這い上がっていた。
指輪の魔法陣に魔素を通し、そいつの体に押し付ければ、ポッとそいつは消え去った。
「さて、と……。」
まずは一匹、と一息ついて、腰に手を当て、空、というより宝物庫の黄金色の天井を仰ぎ見る。
先程まで仲間だった奴に攻撃される事への混乱はもう跡形もなく、そのせいで味方が押され気味だ。急がないと本当に竜っていう貴重な駒を失ってしまう。
地竜の方も心配だが……
「地竜共、戦闘している奴はそこから離脱して、全員金貨の山に潜って隠れろ。そして俺が側に来たらどんな形でもいい、頭突きして来い。」
指輪を通して命令。
……たぶんこれで何とかなるはず。
空を飛ぶ竜達の援護と回収をするために足場を作って宙を駆け上がる。
「待って!」
「待ちなさい!」
何やら背後からルナとユイの声が聞こえるが、無視。いや、むしろ上昇速度を跳ね上げる。
あの二人が近くにいると竜を回収させてもらえないのだ。
「核を探すな!翼を壊せ!」
「あいつらはもう仲間じゃねぇぞ!」
「「「「分かった!」」」」
そのまま登っていくに連れ、上空の戦いの様子だけでなく、ここの支配構造も簡単にだが分かってきた。
地竜はともかく、空飛ぶ竜はその飛翔高度で上下関係を分かりやすく区切っているらしい。高い位にある者は宝物庫の壁に彫られた紋様の上、しかも一番上の奴は高い天井から吊るされたシャンデリアでわざわざ寝ているという徹底ぶり。
今も、上位身分の彼らはその高所にある住処から動こうともせず、じっと戦況を見守っている。ひょっとしたら自身の高度を侵犯されるまで動き出しすらしないんじゃないだろうか。
「「ギェェェェ!」」
耳障りな不協和音。
「この……弁えろォォォッ!」
それを発した赤と緑の鱗の竜へ、一回り大きな青い竜が氷のブレスを直撃させ、空から落とす。
その2匹にすれ違いざまに指輪で触れて転送し、2匹の翼を凍らせた張本……竜へと駆ける。
「人間?ここを俺の住処と知っての侵入かッ!?」
怒鳴り、翼を大きくはためかせ、氷竜がその凶悪な牙を剥き出しにする。
「いやいや、ここはファフニールの宝物庫だからな?」
ワイヤーを用い、竜の口をピシャリと閉じさせ、足場を思い切り下に蹴り飛ばして加速した俺は、そいつの鼻っ柱に黒龍を突き立て、懸垂の要領で体を持ち上げる事でその背中に足を付け、さらに上へと走る。
最後に尻尾の付け根へ力強く踏み込み、跳ぶ。
……ここまで来れば流石のフェリルの目でも事の詳細までは掴めまい。
弓矢を作成。自由落下しつつそれを引き絞り、
「相手を無理矢理引き剥がせ!集合ッ!」
口の前に来た指輪に向かって声を上げ、一番近くの、俺の屍竜に対して優勢に見える竜の生々しい傷目掛けて矢を射った。
体は宙に浮いていて、なんの踏ん張りも効かないが、遮る物のないクリーンショット。これが命中しなかったら恥を飲んでフェリルに弟子入りしても良いと思うくらいだ。
俺の強弓で放たれた矢は、その尻尾まで深々と竜に潜り込んだ。
「ぐぅっ!?」
「ギィィィッ!」
怯み、よろけた敵の隙を逃しはせず、一見ボロボロな動く死体は、ガチリと相手の喉を噛みちぎった。
そしてそいつも含め、代替魂入りの爬虫類型の器が続々と俺に集まってくる。
俺が危機に陥ったと見たか、巨大な火球に氷の礫、蒼白い矢が飛んでくる。それらに加え、よく見れば斬撃そのものも飛んできており、何体かのゾンビの竜が地に落とされた。
「さぁ、俺に向かって頭突きしろ!」
口元に近付けた、指輪に彫られた魔法陣を起動する。
次の瞬間、四方八方から硬い鱗に覆われた頭が殺到した。
親指で指輪に触れ、軽く回して位置調整。俺は迫る屍達の間を駆け抜ける。
右の拳で殴る度、危ないときは右手の甲で払うだけで、パッ消えていく空飛ぶトカゲ。
上に下に右に左に、足場を自由に作って緻密な急制動を実現させ、ものの数十秒で粗方のゾンビをヘール洞窟へ飛ばし終えた。
「サイ、間違って生きてる奴が混じってたりはしてないか?」
[……既に処理いたしました。ご安心を。]
……あちゃあ。
本当に大丈夫な事を確認し、もう一匹サイへとに送る。
最後の一匹は地上の方から上昇して来ていた。土気色の地味な鱗だが、パッと見、頑丈である事に違いあるまい。
その頭に足の裏を乗せ、膝で衝撃をいなしてしまって、俺は最後の屍竜の助けで、黄金のシャンデリアへ向かって、自身の高度をさらに引き上げた。
シャンデリアの上にいるのはおそらくこの宝物庫で最も力のある竜だ。そいつを殺せばもしかすると敵が戦意喪失してくれるかもしれないし、ルナ達への負担も減る。
……強い竜をアンデッドにして使役したいという欲求も無い訳ではない。
想定よりもシャンデリアがかなり大きかったために距離感を狂わされていたらしく、案外遠いなと思った刹那、壁面に帯状の光が現れた。すぐにそれが壁の凹凸にいる竜共のブレスだと気付き、俺は慌てて足元の竜を強く蹴って高く跳ぶ。
「ギィ…………。」
集中砲火を浴びた竜は焼かれ切られ凍らされ、爆発と共に塵と消えた。
危なかった、と冷汗をかきつつ、ワイヤーを飛ばして引っ張って、俺は自身の光で自身の黄金の体をギラギラ輝かせる、巨大なシャンデリアの端を掴む。
反応はほぼ反射的だった。
「誰だ!」
言葉と共に飛んでくる赤色。
シャンデリアの上に両足で立ち上がりかけた俺は、すぐさま横に跳ぶ。
すると俺の元いた場所で爆発が起こり、天井から一条の鎖で繋がれた金色の足場が大きく揺れる。
……まさか質問ながら攻撃してくるとは。質問した意味があったのか?もしかして新手の挨拶か?
宝物庫唯一の照明器具の外縁から鎖に繋がれた中心に伸びている、これまた金色の骨組みを握り、そのまま滑り落ちて魔術式の照明のさらに外側に突き出した、大きな円の円周に立つ。
「人?それも人間風情かッ!」
ボルカニカと同じ、赤い鱗。しかしゴツゴツとした感じはなく、滑らかで靭やかさを感じさせる。翼は邪魔だからか背中に折り畳まれ、その竜の4本の足がシャンデリアをしっかり掴む。怒鳴る口内からは緋色の光が漏れていて、すぐにでも2発目を撃ち込んでこれそうだ。
人間で悪かったな……。
いざとなればワイヤーやら黒い足場やらで何とかなるので、未だ揺れる足元に臆さず、ここに住み着いた竜の方へと円に沿って走る。
この広大な宝物庫をたった一つで十分に照らしきるだけはあって、シャンデリアの発する光量は言うまでもなく、またその外周も恐ろしく長い。まぁ竜が寝床として活用している時点でそう予想すべきだったのかもしれない。
「ここは貴様が来て良い場所ではない!」
中心の鎖へ向かういくつもの黄金の線が並ぶ円周の上を、ハードル走のように駆け抜ける俺に向け、シャンデリアにへばり付いている竜から爆炎の球が勢い良く吐き出される。
少し先の支柱に向けてワイヤーを飛ばし、俺は円周の外へ思いっきり飛び、宙に体を踊らせる。
「ハハハハハ!ここは私の巣!私がここの支配者であり、最強の竜だ!」
折を見てワイヤーを引っ張れば、俺の体は大きな円弧を描いて、井の中の蛙ならぬ竜に肉薄した。
「ったく、ファフニールの宝物庫に住み着いただけだろうに。」
「こ、言葉をぶっ!?」
遠心力を乗せた蹴りが竜の側頭部に刺さる。
長い首を仰け反らせる竜。そしてシャンデリアがグルン、と回り出した。
ワイヤーを用い、巨大シャンデリアの天辺、鎖に繋がれた部分に移動、そのままその太い鎖を左手で掴む。
「貴様ぁッ!」
激昂した竜は、長い首を捻り、俺に噛み付こうと大口開けて迫るが、俺は鎖を左手で下に引きながら軽く飛び上がる事であっさりそれを回避。
鎖をガリッ噛んだ竜の鼻っ柱に踵落としをしながら着地して、脳天に黒龍を振り下ろすも、素早く引かれた顔の側面に浅い切り傷を残すに留まった。
さぁ、どうくる。
シャンデリアに足を付け、そう思って身構えた俺に、竜は再び顔で突進してきた。
片足を鎖に絡め、陰龍を左手に作成、俺はスキルの助力で竜の上下の鋭い牙を双龍で弾き飛ばした。
しかし竜は長い首を捻り回し、別方向から三度、俺に文字通り牙を剥く。
今度は顎を蹴り上げて、十文字を顎の下に刻み付けたが、それでも竜は尚も俺を噛みちぎろうと顔の突撃を敢行する。
4度、5度、6度、7度に8度、毎回顔のどこかを鮮やかな赤で染められて、しかし意固地になって攻撃を続ける竜山の大将。
宝物庫の壁に映し出される影は、その度に回る速度を上げていき、シャンデリア自体の揺れも大きくなる。
「ったく、馬鹿の一つ覚えが!」
最初と全く同じように回避し、今度こそトドメを刺してやろうと黒龍を振りかざす。しかしそこで足元にあるはずの顔は無い事に気付いた。
「こちらの台詞だ!愚か者は愚か者らしく死ぬが良い!」
迫る竜の面。
宙に浮いていれば自由に身動きできないとでも思ったか?
まぁ確かにワイヤーを飛ばしてたら間に合わないが、俺の左手はしっかりと鎖を掴んでいるのだ。
「ふんッ!」
左手一本で落ちていた体が跳ね上がる。
背中のすぐ下の鎖と竜の牙がぶつかり、たわむ鎖。それを今度は上に引っ張り、俺はその牙を力一杯踏み付ける。
バキッ、と小気味の良い音をさせ、俺の足はそのまま踏み抜く。
「ギァァァッ!?」
叫び、竜は口を開いて、素早く俺から離れていく。
どうも牙が根本から折れたらしく、残された俺の足は真っ赤な血で濡れていた。
左手の中で鎖を滑らせ、遊園地の絶叫系アトラクションのような動きをしているシャンデリアの上に着地する。
……こんなアトラクションが安全面がしっかりした上で存在すれば、何度か周回するかもしれん。
下手に動くと宙に吹き飛ばされそうだからと何もしないでいたために、そんなどうでも良い事が頭に浮かんだ瞬間、さっきまで痛みに呻いていた竜が翼を大きく広げた。
「貴様は私が何としてでも殺してやる!」
突風が吹き、大質量の搭乗者に降りられて、黄金の遊具が一際大きく揺れ動く。
思わず両手で鎖を掴んだ俺は、目の前で滞空する竜がブレスを放とうとしているのを目で捉えた。力のため方からして、相当な火力を放つつもりなのが見て取れる。
意を決し、跳ぶ。
直後、巨大なシャンデリアはさらに大きな炎が包まれ、それを繋ぐ鎖が――竜に何度か噛みつかれたせいで弱っていたのか――千切れた。
「ハハハ!やったか!」
しかしそのまま落ちさせはせず、近くに作った足場へ逃れきった俺は、ワイヤーでその黄金の塊の天辺を捕まえ、全身を使って引き上げる。
燃える黄金が反動で少し浮き、再び落ち始めるまでの短い合間、俺は竜の長い尾にワイヤーを引っ付けて、煌めく重しと繋げてやった。
「ハハハ……ハ!?」
急に襲い掛かった重力に咄嗟に抗う事ができず、遥か遠くの金貨の山へ竜は引きずられるように落下し始めた。
「地竜共、シャンデリアを受け止めろ。」
それを尻目に、俺は指輪に向かって指示を出した後、頭から落ちていく竜を追い掛ける。
「ぐぅぅっ、これ、は?」
竜が落ち着きいた頃には既にその体は凄まじい速度を出していた。そいつは自分の状態を確認し、尻尾からピンと張る黒いワイヤーを発見。
「こんなもの!」
それを爆炎を吐いて消し飛ばし、自身の翼で空を強く何度も叩く事で間抜けな落下を何とか回避。
「まさか……まだ生きて!?」
そしてやっと俺の生存に思い至ったのか、上を見、すぐそこにいた俺と目と目があった。
「まさかのまさかだ、良かったな。」
落下していく竜を追いかける間、加速に加速を重ねて加え、距離をほとんど縮めていた俺は、こちらを仰ぐ2つの目玉の間に斬り入り、そのまま竜の首の付け根まで、一息で切り裂きいて、黒龍を振り抜いた。
「ふぅ、シャンデリアの下敷きになった奴がいませんように。」