天龍クエスト②
ファフニールの宝物庫。
何百年、下手したら何千年もの間放置されてきたそこの金属製の大扉はしかし、少なくとも俺には全くもって年季を感じさせなかった。
真っ白な表面の光沢にはこの先にも漂白された洞窟がまだ続いてるんじゃないかと認識を狂わされ、目の前に立つ俺の像がそうではないと教えてくれなければ正面から激突していたかもしれない。
扉全体にかけて左右対称に飾られている金の波線模様、初めは適当に豪華な感じを演出するための物だと思っていたそれは、数歩後ろに下がり、改めて目を向ければ力強く荘厳な、龍の顔を象っているのが分かる。
「ふぅぅ、よし。」
見事な建造物を見て心を少し昂ぶらせつつ、手を擦り合わせて気合を入れる。
さぁ外面は確かに綺麗だ。中の惨状はどんな物かね?
右足を強く踏み出し、バン、と両手を扉にぶつける。
「あ、引いてください。」
「……」
俺はさりげなく金の装飾の一部を掴み、最後の掃除場所への門を開く。
「「「キュィィッ?」」」
そこで巨大な爬虫類の目、三対ほどと目が合って、
「お邪魔しましたー。」
一先ず挨拶を入れ、開けた門を素早く閉じた。
……ちょっとどころではなく、想像の遥か上だった。
「ふぅぅ、よし!行くぞ!」
頭を整理し、もう一度。
今度は覚悟を決めて扉を目一杯引き、大きく開け放つ。
部屋の中は一言で言えば、黄金だった。ヘール洞窟を思い出させる、広大な円筒状の一室の床は金銀財宝で埋め尽くされ、壁の支柱もそこに施された絢爛豪華な装飾も、天井に吊るされた特大のシャンデリアまで、何もかもが眩しい程に煌めいていた。
「何?」
「なんか開いたよ?」
「あそこ開くんだ……。」
こちらに向けられるいくつかの目と、その目の主の体を覆う鱗は青赤緑と様々で、何匹かいる土気色の地味な鱗も金色背景のキャンパスによく映える。
ていうか爺さん、そろそろ飽きないのか?
『いや全く。』
そうかい……。
「人かな?」
「うん、人だ。」
「「人!?」」
大きいトカゲ達の話し声に反応し、こちらを向いていなかった者も次々と鎌首をもたげて俺達に眼を向けてくる。
「「「……餌?」」」
「「「「餌だ!」」」」
と、さらに財宝の下に潜っていて今まで見えなかった奴らが続々と顔を覗かせ、この宝物庫の真の惨状が次第に顕になってきた。
“竜……”ごほん、“巨大トカゲの巣”という言葉が頭をよぎる。
「ね、ねぇ、あ、あれって……。」
「ああ、大きいトカゲだな。」
両手で数え切れないぐらい多くのトカゲ達にあちこちから視線を向けられて、震え声になってしまっているシーラに素っ気なく返す。
「翼があるのも「変なトカゲだな。」……。」
あれはトカゲだ。誰がなんと言おうとも。
『そろそろ現実を見たほうが良いぞ。』
俺達が呆然としている間もトカゲ達の会話は続く。
「「でも少ないよ。」」
「バラしたらもっと少なくなるよ。」
「「「早い者勝ち?」」」
一気に、黄金の山が噴火した。
トカゲ共が一斉に立ち上がり、加えて翼のある者がそれを大きく広げたのである。
キラキラ輝く財宝が降ってくるという夢のような光景だが、金色の雨の合間から覗く何対もの獰猛な光を宿した宝石は、それが悪夢の前兆だと伝えてくる。
「でも、強そうなのもいるよ。」
「お腹空いた。」
「「お腹空いた!」」
「「「「「早い者勝ちだッ!」」」」」
おい待て、こっちは5人は古龍だぞ?それでも生存本能が食欲に負けるのか!?野生のくせに!
『冬眠明けじゃからの、仕方あるまい。』
冬眠明け?そうか、もう3月の中旬だからな。そういえばもうそんな時期かぁ……。
しみじみと思いながらロングコートの下に黒銀を発動。スケルトンをその上に這わせ、愛用の中華刀二本を手に握り、万が一のための保険を準備。
さぁてと、おそうじ開……
「「「退避ィッ!」」」
え?
背後から聞こえた号令に驚き、振り返ると、龍人以外の皆が宝物庫の外へ駆け出していた。
「あ、おい!?ちょっ、まっ……「いっちばん乗りぃ!」」
数テンポ遅れて彼らを追おうとした所で、目の前で金貨の山が爆発、足も翼もない竜――地竜って分類だったか?――が飛び出、大口をして開けて襲ってきた。
『お、ついに竜だと認めたの。あと地竜とワイバーンなどの竜との分類は翼の有無のみじゃ。』
うっさい!
「チィッ!」
逃亡は諦め、舌打ちする。
「いただきまぁす!」
俺の目の前まで竜の鋭い牙が迫り、そのまま止まった。
「あ、あがぁ……」
竜の下顎は俺の右足に、上顎は黒龍に内から外へ貫かれ、押し開かれたまま。ズザザと左足が地の削りながら滑るが、こっちも必死で耐え抜く。
「おいお前ら!退避してないで戻って来い!……頼むから!」
そうして何とか大質量の生き物を押し留めながら、後ろに向かって、半ば懇願するように叫ぶ。
ちょっと期待して龍人の方をチラリと見るも、彼らは彼らで竜を殴る蹴るして忙しそうだ。強大な魔法攻撃を使わないのはルールなのかはたまたただ楽しんでるだけなのか。案外――かつては燃え滾らせていたらしい――コレクター魂の残滓から、ここにある財宝を間違っても破壊してしまわないように手加減しているのかもしれん。
そしてガシャン、と背後の扉が閉まる。
泣き落とし作戦は失敗に終わったようだ。……あいつら、後で覚えとけよ。
「フンッ!」
怒り任せに右足で地を叩き、目の前の地竜の顎が文字通り外れた。しかし計算通りに頬は裂けず、グイッと皮膚が伸びたのに目を丸くする。地竜に痛がる様子はないし、元々蛇のような、顎の取外し可能な作りをしているのかもしれん。
大きくこじ開かれた口に踏み込み、陰龍を一閃、俺は地竜の脳を下から切り裂いた。
震え、力尽きた地竜を脇に転がすと、他の竜達の幾つもの首がこちらにぐるりと向けられる。
「「なんだ、食べてないじゃん!」」
新たな獲物、いや、仲間が取り逃がした獲物って所かね、俺は。
「でも強いよ!皆でやろう!」
「「強いのは美味しいからね!」」
「「「美味しいなら少なくても楽しめるね!」」」
「「「「「行っくぞぉぉぉ!」」」」」
巨大な翼の羽撃きで吹き荒れる強風、風の勢いが収まると、宝物庫は天も地も竜に埋め尽くされていた。
こうして見ると一概に竜と言っても色々いるのがよく分かる。そもそも鱗の色が様々である上に、翼のない地竜は四足歩行型と大蛇型に別れ、空飛ぶ竜は翼の形状や前足に親指のような形があるかないかでも区別できる。
そして真っ先に走り出したのは四本足の地竜二匹。
金貨の山に足を取られないよう足場を作り、俺はそいつらを迎撃するため真正面からぶつかりに行く。
並んで走るトカゲ達が十分近くにきた所で超加速、2匹の隙間に飛び込んだと同時にそれぞれの首筋に剣を突き立て、そのまま凄まじい速度を維持して通り過ぎる事で、竜2匹の脇腹を、深く長く切り裂いた。
鱗による抵抗は確かにあったが、同じ地竜であるボルカニカ程の物ではない。こうして両龍振り切れたのがその証明だ。
子供だからか?
『いや、ここにおるのは人で言う青年期の者じゃな。あと、ボルカニカは特別鱗の硬い種の竜じゃからな?じゃからこそのSランク。人間が卵を壊さず竜を成熟させるという、大きな危険を犯してまでその体を手に入れようとするのはそれ故じゃ。』
なぁんだ、てっきり俺の腕力がかなりの域に達したんじゃないかって期待したんだけどな。はぁ……、ただのぬか喜びか。
右から低空飛行で飛んでくる竜にワイヤーを飛ばし、巻き付け、凶悪なノコギリのような歯の並ぶ口を閉じさせた後、鼻先を片手で受け止め、掴む。
『ふぉふぉ、何を落ち込む。お主の腕力はスキルやら魔法やらの補助ありきの物じゃろうて。異世界人というのを鑑みて、実際の腕力は人間以上、獣人未満のそれに収まるはずじゃ。』
そんな設定もあったな、そういえば。
掴まれ、もがく竜の首に陰龍を根本まで刺し込んだ後、右腕を目一杯振り回す事で、ドスドス金山を揺らして迫る、甲羅を背負った地竜の側面に、竜の死体を叩き付けた。
「わぁッ!?」
バランスを崩した亀型地竜は大きくゴロンとひっくり返り、竜の死体と錐揉みしながら金貨の山を落ちていく。
亀か……本当、竜にも色々いるんだな。
『海にもおる事を忘れたか?』
実際初耳な気がするんだが、まぁそりゃいるか。古龍には鳥がいたんだし、多様性に一々驚いてはいられ『下!』ッ!
美麗な2色の鱗の塊が転がっていった先へと、亀にトドメを刺しに向かおうとした所で飛ばされた警告に従い、俺は前方、山の斜面へと跳び込んだ。
ズアッと爪先を何かが掠める。
背中を丸め、足の間より上下反転した世界へと視線を向ければ、金の雲から虚空に向ければ、そこには白銀の蛇が落ちていく姿。その顔辺りへ右手を伸ばし、足りない距離はワイヤーで稼ぎ、陰龍を逆さに握り直しながら、縮まるワイヤーを掴む右腕を一気にこちらへ引き寄せて、俺は吸い込まれるよう大蛇との距離を詰めた。
タイミング良くワイヤーを消し去って、俺はそのまま陰龍を不意打ち野郎の側頭部に突き刺す。
致命傷にはなってない。
刺した陰龍を手掛かりに、左腕だけで体を持ち上げ、宙に伸び上がった地竜のさらに上へと身を投げる。生じた体の右回転を、身を勢い良く開く事で助長つつ、陰龍を大剣へと変化させて、それが天頂に達した瞬間、柄に右手を軽く添える。
「ゥオラァァッ!」
そして、重力に引かれて落ちながら、眼下の地竜へ大剣を振り下ろす。
鱗を砕き皮膚を裂き、血飛沫を激しく舞い上がらせて、ズンと膝下を金貨の山に埋めた俺の目の前で、大蛇は左右にパカリと断たれ、倒れた。
さて、あの亀はどこまで転がって……あらら、しまったな……。
辺りを見回してみれば、件の亀さんは亀らしく手足と頭を隠していた。それならまだ良い、串刺しにすれば済む話だ。だがしかし、その甲羅を激しく機械的に、飽きもせず何度も何度も、そのノコギリのような歯が欠けるのも構わず、喉からドクドクと血が溢れ出ている事など思慮に入れもせず、無心についばみ続けている奴がいた。
「はぁ……まぁ、魔物にも効果があるって事が分かったんだ、うん、良かった良かっ……はぁ……。」
右中指の指輪を撫でつつ、重いため息をついて首を振り、意識をポジティブに切り替え、顔を上げる。そしてそんな事をしてる内に四方八方を竜共に囲まれていた事に気付いた。
『アホ。』
……おっしゃる通りで。
自分自身に呆れ果て、顔を片手で覆い隠す。もう片方の手を空へ上げれば、保険に準備しておいた黒い槍が雨あられと降り注いだ。
俺を囲む者だけでなく、さらに上空にいる竜達までをも巻き込み、彼らの頭を首を胴を翼を腕を足を尻尾までをも貫いて、ザクザクと財宝の山に、焼いてしまう前の竜の串焼きが深々と突き刺さっていく。
これで保険は無くなった。確かにもう一度槍を浮かべられはするが、流石にこの威力を見て、竜がそれをそのままにはしておいてはくれまい。いくら俺の魔力が強いとはいえ、離れた所に浮かべある槍はブレスどころか、至近距離からの手頃な魔法一発で消し飛ぶだろうし、消される都度作り直すのはただ単なる魔力の無駄遣いだ。
「にしても、何て数だこの野郎。」
周りの数十匹の竜を全滅させたため、戦況を見渡す時間ができ、しかしそれをやった瞬間、俺は激しく後悔した。
残数はまるで減っていない。いや、減ってはいるのだろうが、母数が大き過ぎて駆除の進捗が感じられないのだ。だと言うのに、今さら周りの騒ぎに気付いて、背中から煌めく貴金属を零しながら起き上がる個体もチラホラいたりする。
これで金貨の山の下には大蛇型地竜が潜伏していると言うのだから笑えない。
「やめて!僕は美味しくないよ!餌はあいつでしょ!?あの黒いのの方が美味しいよ!」
悲鳴の聞こえる方を見ると、声の主はあの亀だった。
塵も積もればって事なのか、屍竜の地道な噛みつきは遂に甲羅の真ん中に大きな割れ目を入れていた。屍竜の歯がぶつかるたびにパラパラと甲羅の破片が辺りに飛び散り、亀型地竜が悲鳴を上げる。
黒く煌めく指輪を擦る。
……本格的に使うか?
周りを見れば、反対派は一人もいない。代わりに串刺しにされた竜の死体が甘い死臭を漂わせ、これでもかと誘惑してくる。
…………。
俺は右手を伸ばした。
「どうしたの!?レベッカ!?スタン!?」
「「ギェェェェッ!」」
「イヤァァッ!」
そんな感じの悲鳴があちこちで響き渡っている。
指輪を使い初めてからたったの数分でこれだ。今では俺の仕事はといえば、力尽きて倒れた死体を復活させるだけ。それすらも右手の指輪で触れるだけで済む事だ。
ああ、いかんな、ついつい笑ってしまう。
上がる口角を左手で抑え、空から落ちてきた、翼をズタズタにされた竜を右手で触れる。
「グゥ……」
「行け、狙いは心臓の動いている竜だ。」
ゆっくり起き上がったそいつに司令を出すと、ゾンビの竜は頷き、ボロ布のような翼をはためかせ、飛ぼうとする。
自然、その体は地から離れない。
「あー忘れてた……」
黒魔法の薄い布で、翼の穴を塞いでやる。
「……よし、行け!」
「ギィィッ!」
今度こそ、竜の死体は飛び上がった。
両腕を縦に広げ、直後に目の前の地面から飛び出してきた地竜の口を上から両手で挟み、俺はその口を無理矢理閉じさせる。上空から槍を落として脳天を穿てば、俺の味方に早変わり。
こうして気配察知に気を配る余裕があるという点も実に素晴らしい。復活の指輪様々である。
「お前を殺せば!」
と、ゾンビ竜達の網から竜が一匹逃げ延びてきて、俺を見つけるなり突進してきた。
放たれる複数の雷の弾を無色の魔法で打ち消しながら、俺はナイフを投げ、黒い足場の上を駆け出す。
それを避けるため、竜が身をよじるだろう方向は分かっている。予測しやすくなるように、竜の右目目掛けて投げたのだから。
ナイフを避けるため、竜が左に身を傾ける。
そうして俺の方へ向けられた、鱗の無い白い腹に黒龍を両手で深く突き立て、俺はそのまま通り過ぎるだけ。そうすればそこから尻尾の先までがバッサリ二つに切り裂かれる。
いやぁ、味方が多いとこうして、かなり落ち着いた対処もできるようになるな。
「というよりも味方が敵を抑えてくれている分、こっちは増援にそこまで警戒しなくて良いからな。それがこんな余裕を作ってくれてるのかもなぁ。」
……フラグだったのだろうか。
気楽に言い、にへらと笑って感慨に耽っていたら、両脇の金貨の丘が爆発した。
出てきたのは毎度お馴染みの蛇野郎、かと思いきやどちらの竜にも四本の足がくっついていた。
なるほど、これが蛇足……違うか。
「囮になったケビンの命!」
「無駄にするもんか!」
罠に嵌められたか……まさか3匹もゾンビ竜から逃れていたとは。
「チックショウ!」
舌打ちしながら悪態をつき、後退しようと、背後にワイヤーを飛ばして即座に引っ張る。
そして、金貨が複数枚、物凄い速度で前方に吹っ飛んで行った。
……そういえばここの足場……しまったな。
左右から迫る竜はもう避けられない。
ポケットから赤い爪楊枝を取り出す。
「伸びろ!」
手元に現れた長さ2mの如意棒を、右の竜の口のつっかえ棒とし、素早く反対側から来る竜の上下の顎を手で掴み押し返す。
そして宙に剣を二本浮かべ、現在進行形で俺の頭を噛み砕こうとしている竜の両目を貫こうとしたところで、その竜の首が一気に脱力し、ズレる。
俺の視界が真っ赤な口腔から金色の宝物庫へと切り替わり、まず炎を纏った刀が目に入った。
「まずは一匹!」
それを振り抜いた姿勢でそう言ったのは、俺を置いて逃げたはずの薄情者の一人。
「ルナ!?」
「現界、魔槍ルーン!」
驚いた顔のまま声の聞こえた方を振り向くと、穂先から火を吹く毒槍が、如意棒のせいで口を閉じる事ができなくなっていた竜に突き刺さっていた。
その竜の体が震え、苦しそうにしながらも尚如意棒を最後まで離さず、そのままだんだん弱っていって力尽きた。
竜の死体から如意棒を取る。
「ありがとうは?」
「……俺を置いて逃げたくせによく言えるなおい。あと、必要もないのにそんな物騒な物を投げるな、ヒヤッとするだろうが。」
「それが目的だもの、仕方ないわ。」
背後からの理不尽な要求を突っぱねると、要求したユイはそう言ってふてぶてしく笑いやがった。
と、上宮を飛ぶ竜の一匹に蒼白い光弾が飛んでいき、その片翼に大穴を開ける。
……あれはもしかしなくても味方の屍竜じゃないかね?
「取り敢えず飛んでるのの翼を射抜けば良いかい?」
隣から聞き慣れたたらしエルフの声。
「あ、ああ、頼む。ユイを追ってきただけだろうけどな、ま、一応感謝はしておくぞ。」
内心の焦りを押し殺し、軽く笑って冗談を一つ。
「アハハ、良いよそんなの、その通りだから。ユイちゃん見てたか……ぶぇぃっ!?」
シーラも側にいるようだ。
……さてと、こいつらにバレないよう、何とかして復活の指輪を使った証拠を隠蔽しないとな。はぁ……来るなら来る、来ないなら来ないで徹底して欲しかった。