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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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天龍クエスト①

 聖都市ドランの中心にそびえる龍の塔、その白く、真っさらな外面とは裏腹に、内側の壁面には結構多くの扉が設けられている。そしてそれらの扉を開けた先には当然、様々な用途のための部屋がそれぞれにある。

 例えば……

 一つは酒の貯蔵庫。

 暗く、ひんやりとしていて、中にある酒樽が巨大なせいで尚且つ狭い。湿ってはいるが、涼しい分快適で、箒ではきながら何だか落ち着くと言ったらエルフ二人に変な目で見られた。

 一つはファフニールの書斎。

 怪我人のいない平和な日やファフニールがダラけたくなって龍の塔を“特殊な儀式”だとか何とかいう理由――今もそういう理由で教会の役割は中止して貰っている――で閉めた日に、ファフニールが好きなところで寝転がりながら読むための本で詰まった、巨大で年季を感じさせる本棚がその部屋の中にあった。その種類は童話から哲学書と幅広く、かなり貴重な魔道書を見つけたとき、シーラが少し興奮していた。

 一つは食糧庫。

 フレメアでバハムートに出す料理を保存していた冷蔵小屋を大きくしたような部屋で、入ると中はひんやりどころかむしろ寒く、俺を含め、皆が布巾で棚やら何やらを拭いている間中ユイとソニアはずっとルナに抱き着いて暖を取っていた。

 一つは調理場。

 滅多に使われる事はないが、ファフニールの気が向けば使う事もあるらしい。その料理の腕前に関しては、バハムートが別に不味くもないが美味くもない、とファフニールにモップの柄でぶん殴られる前に言っていた。

 他にも色々な部屋があり、ちなみに言うと、俺達がホテル代わりに利用している小部屋の元々の用途はファフニールに白魔法を掛けて貰うためにやって来た怪我人の待機室や、治療を受けた後体力の回復を待つ必要がある人達の仮眠室として使っていたものらしい。あと、ファフニールに医学の実験台とされた哀れな軽傷者も使うのだとか。

 今は酒による消毒や色んな薬草の効能を人体実験しているとのこと。

 一応ファフニールの強力な回復魔法のおかげで、死んだり後遺症の残ったりした者は今の所いないそうだが、その内、趣味の延長で手術の実験なんかし始めたらと考えると末恐ろしくなってくる。

 大怪我したのか、ファフニールに変な実験をされたのか、のたうち回ったような赤い生々しい痕跡を綺麗に消し、吐瀉物の残りカスやその他諸々を拭き取って、ようやく掃除が終わったのは掃除に取り掛かった5日後、空がすっかり暗くなった頃だった。

 「ああ、たったの5日で……私、こんなに幸せを感じるのは久し振りです。」

 バハムートの批評を覆そうと意気込んで作られ、結果的にそれを証明する事となったファフニールの大量の料理を、長机を3つ合わせた上に乗せ、古龍とその神官を含めた12人で取り囲んで食べていると、料理の後片付けを終わらせたファフニールがそう言いながら輪に加わった。

 まぁつまり、ファフニールの依頼というのは龍の塔の大掃除に協力して欲しいというものだったのだ。

 ここ龍の塔は古龍達の集会場でないときはファフニールの神殿という立ち位置にあるのだが、ファフニール自身がここの神官めいた事をやっているため、掃除をするのにも人手がいつも圧倒的に足りず、終わりの見えない掃除量に加え、そんな事なんざ露も知らずにやってくる怪我人の治療で、毎度毎度やろうと試みては道半ばで挫折していたらしい。

 たかが掃除だと侮るなかれ、5日連続のぶっ続けというのは少々どころではなく、キツイ。

 「ふう、つまりここはかなり不衛生だったって事だよな?」

 怪我人のいた跡を掃除してないぐらいだし。

 「ええ……今までゲロの上で寝ていたなんて知りたくなかった……。」

 右隣に座るシーラがしみじみと言い、フェリルがそれを聞いて軽く笑う。

 「あはは、僕もあれには参ったよ。ユイちゃんはどう……ユイちゃん?」

 どうやら両者して自身のベッドの下から汚物を発見したらしいエルフ二人は苦笑し合い、そしてユイの様子を見て固まった。

 「……手。」

 食べ始めたのは随分前からなのに、最初に取り分けた食べ物をただただつついていたユイがポツリと呟く。

 「「手?」」

 顔面蒼白となり、小刻みに震え出したユイをいっそう心配げに見る二人が繰り返すと、彼女は今にも泣き出しそうな目をフェリル達に向け、言った。

 「誰かの、血塗れの両手がぁ……」

 そのまま泣き崩れたユイを、フェリルは胸で受け止めても変に喜んだりはせず、シーラも拳を握らない。むしろ二人してユイの背中を擦り、優しく宥めてあげている。

 それだけの悲壮感をユイは漂わせていたのだ。

 「まぁほらあれだ、俺達みたいに真っ赤な血溜まりの真ん中に内臓がポン、て置い……むぐぅ!?」

 「もうやめてください!ユイが可愛そうです!」

 俺達の部屋のとんでもない惨状みたいにならなくて良かったなと言おうとすると、左のルナに口を素早く塞がれた。

 力のこもったルナの手を軽く叩く事で解放してもらい、こちらをこれでもかと睨んでくる、ユイ以外のパーティーメンバーにすまんすまんと謝罪する。

 「えーと、うん、とにかくこれで依頼達成だよな。あー、ファフニールの持ってる神器って何なんだろうなぁー。」

 「え?まだお掃除は終わっていませんよ?」

 ファフニールの言葉に固まる。

 「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 聞き返したのは古龍以外の全員。

 「まぁまぁ、今は気にせずゆっくり休みなさい。ファフニール、明日の朝からという事で良いですな?」

 「はい、構いません。今日までで終わった分は元々一週間かけて終わらせる予定でしたから。」

 「そういえば、最後にあそこに入ってからどれだけの時間が経っていまして?」

 古龍が覚えてない程の時間放置されたきた、だと?

 「さぁ?でも一体どんな事になってるのか、想像するだけで楽しみだぜ。」

 そして古龍が楽しみにする事が碌なことであるはずが無い。俺達は一体何を掃除させられるんだ?

 「皆さん、いっぱい食べて、明日のために英気を養ってくださいね。」

 神官たちを含め、俺達人が一様に諦念に支配された目

をしていることに気付いていないのか無視しているのか、ファフニールはにっこり笑顔でそう言った。

 「ハッハッハ!外で美味い店に食いに行った方が良かったと思うがな!」

 その笑顔が引きつる。

 風切り音をさせつつ飛んでくる食器の全てを割らずに手に取り、そっと机に置いていくという華麗な妙技をバハムートが披露し始めたが、それに感嘆できる程心の余裕があるものは誰一人としてこの場にはいなかった。



 龍の塔の外壁をバンジージャンプの要領で雑巾がけさせられそうになる悪夢から――どうしても飛び降りられず身が竦んでいた俺をバハムートが蹴り飛ばした事で――起きた次の朝、ファフニールによって最後の掃除場所への入り口が開けられた。

 それは、俺が何度も手合わせという名目で古龍のストレス発散に付き合わされた場所、ルナやユイがバハムートにしごかれていた位置、昨日ファフニールが激昂して自身の料理を落とし、改めて掃除し直さなければならなかった白い床にあった。というよりはその入り口自体を床だと思わされていた。

 「よいしょ。」

 ぱっと見ただけでは見つける事のできないほど小さな取っ掛かりを両手の指先でつまみ、ファフニールは厚さ20cmは下らないだろう石のタイルを持ち上げると、ポイとそばに放る。そしてガァンッ!とタイルが重低音を響かせ、見るからに重そうなそれが決してハリボテなどではないという事が分かった。

 古龍以外の皆が遠い目をしている間、古龍達はさっさと目の前に現れた地下への大穴に飛び込んで行き、俺達人は慌てて後を追おうとするも、穴からのぞく暗闇に目を見合わせる。

 「ルナベイン、先に行っていいヨ。」

 早速ソニアがルナの背中を軽く小突いた。

 「もう、変な事を言わないでください。お姉ちゃんなら私の前を歩いてくれるんじゃないのですか?」

 「妹の成長を促すのは良いお姉ちゃんの仕事だからナ。たまには譲ってあげるのサ。」

 「……成長してないのはソニアの方では?」

 「言ってはならないことを言ったナ!」

 着物を押し上げる自身の胸部に手を置いて、ルナが気の毒そうな目をソニアのさらしに巻かれたそれに向けると、ソニアがルナに飛びかかり、姉妹喧嘩が勃発した。

 「そうやっていつもすぐに怒って!短気なところがとても子供っぽいと思います!」

 「人の体を馬鹿にする子供が言うナ!」

 「心配してあげただけですよ!」

 床の上をゴロゴロ転がり、二人は激しく言い争う。

 「その余裕は何ダ!これがあるからカ!この脂肪の塊があればそんなに偉いのカァ!」

 「偉いです。」

 「ナァァァッ!?」

 ルナの奴、即答しやがった……ネルに殺されるぞ。

 「ちょっと、ほっこりしてないでさっさと行きなさいよ。」

 苦笑いしつつお子様二人の戯れ合いを眺めていると、ユイに背中を軽く押された。

 「俺が?」

 聞くと、ユイは大きく頷く。

 「あなたならエレベーターのように降りられるでしょう?」

 なるほど、ただの無茶振りではなく、一応考えてはいたらしい。

 「あの喧嘩を見終わったらな。」

 わーきゃー言ってる二人を指差して言うと、

 「……そうね。」

 優しい眼差しを浮かべ、微笑んだ。


 「ふぅ、これで最後だな。」

 タイソンと共にエレベーターのようにして穴の底へ到着し、足場を消す。

 「うーむ、便利じゃな。」

 「便利言うな。はぁ……にしても深いな。」

 ほぼ反射的に言い返しながら俺は上を向き、もう遥か遠くに、小さな白い点にしか見えなくなっている地上の光を目にして嘆息した。

 どっかの愉快な龍人達に倣って穴にそのまま飛び込むなんてアホな真似をせず、本当に良かったと心から思う。

 「うむ、流石は古龍じゃな。」

 別にそういう意味で言ったんじゃない。

 「さっさと行こう、皆待ってるだろうし。」

 天井にぶら下がるカンテラの、十分とは程遠い淡い光を頼りに恐る恐る踏み出そうとすると、タイソンが前に進み出た。

 「どうやら一本道じゃ。迷う事は無いが、お前は人間じゃし、足元が不安じゃろ?わしに付いてこい。」

 「ドワーフって夜目が効くのか?」

 「明かりの乏しい暗闇に入る度に一々目を慣らす人間の方が驚きじゃわい。そういえば、明るい所へ出るときもそうする必要があるというのは流石に嘘じゃよな?」

 どうもドワーフの目は明暗への順応がかなり速いらしい。

 「嘘じゃない、本当の事だな。」

 「ほあー、人間ってのは随分不便じゃの。鉱山に出入りするときに困らんか?」

 「少なくとも俺は、そんな心配した事なんて生まれてこの方一度も無いぞ。」

 言うと、あまりのカルチャーショックにか、タイソンは面食らったような表情で目をぱちぱちさせつつ、髭を片手で撫でたまま少しの間静止した。

 「…………ま、ええわい。ほれ行くぞ。……人間って変じゃな。」

 デコピンでもして正気に戻してやろうかと思ったところで、タイソンはとても不本意な結論を呟くなり、テクテク洞窟を歩いて行った。

 慌ててその後を追う。

 どこかで水の滴る音が反響する洞窟を、思わぬ段差に突っこけたり、苔に少し滑って冷汗かいたりしながらタイソンに続いて進む内、俺の目も段々暗闇に慣れてくる。

 頭上に並ぶ乏しい光である程度の視界を確保できるようになってしばらく歩き、三段ほどの石階段を登りきった所で、危険な足場のある時以外は押し黙っていたタイソンが声を発した。

 「何じゃ、しっかり見えるようになったのか?」

 「ん?ああ、何とかな。」

 「ふーん、思っていたよりは順応が早いの。」

 「……どうして慣れた事が分かったんだ?」

 聞くとタイソンはフッと笑い、

 「今さっきの段差を忠告しわすれたのに、盛大に転ばなかったからじゃよ。……少しは期待しておったのにのう、ままならん。」

 心から残念そうにそう言った。

 「殴り飛ばすぞこの野郎。俺に酒で呑み負けた癖に。」

 「言うな!思い出したくないッ!」

 「ケツァルコアトルの神官がそんなていたらくでどうするんだかな?」

 「ギャァァァッ!」

 耳を両手で抑えたまま、タイソンは悲鳴を上げて地に突っ伏す。

 まさかここまで過剰に反応するとは思わなかった。トラウマに近い物になってしまっているのかもしれん。……今後もこのネタを上手く使っていこう。

 「おい遅いぞコテツ!」

 「テメェあんまり待たせるなよな。ほら行こうぜ。」

 バハムートの怒声が前方から聞こえたかと思うと、いつの間にか接近してきて俺の肩に腕を引っ掛けたカンナカムイがシシシと笑いかけてきた。

 はいはい、と生返事を返して前を見れば、思い思いの体勢でくつろぐ古龍共や、ぬいぐるみを抱えた俺の同郷の士を口説くたらしエルフとそいつをまさに鉄拳制裁しようとする魔法使い、老神官の前で正座する若い巫女達の姿があった。

 どうやらちゃんと古龍を含む全員の待つ場所に辿りつく事ができたようだった。

 彼らの背後にある、巨大な門こそが最後の掃除場、古龍ですら最後の来訪を忘れるぐらい昔から放置された部屋への入り口だろう。

 「……あの扉の向こうか。」

 「おう、あれがファフニールの宝物庫だ。ハハッ、楽しみだよな!こんなにワクワクするのはいつ以来……いや、お前と戦ったときぐらいだな!」

 それはつまり俺にとってこれから起こる事に良い事は全く、何一つとしてないだろうって事だよな……。

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