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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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寝技

 上下の逆転した世界で、俺は何故こんな事になってしまったのかを、記憶の割と浅い部分から思い起こしてみた。




 たぶん発端はあれだ。ルナを慰める際、相手が強かった、敵の技術が凄かった、などと彼女を敗北させた老人を褒めたのがいけなかった。

 そして、それを聞いたリヴァイアサンに詰め寄られ、リヴァイアサンがどこが強かったのかとか本当に嬉しそうに尋ねるものだから、調子に乗って口走ってしまったのだ。

 「あの体術がどんなものなのか、俺も体験してみたいな。」

 と。

 その後、俺があの老人ではなく、その老人の師であるリヴァイアサンと手合わせする事になるのは自明の理。

 ……迂闊だったなぁ。


 回想終了。文句あるか?事前に割と浅い記憶だと言ったはずだ。




 リヴァイアサンに足を刈り取られ、宙を舞っていた俺は、背中が地面を打ち付けると同時に受け身を取って脇に転がり、リヴァイアサンと対峙し直す。

 「んふ、体術の方はまだ私といい勝負というところかしら?それとも剣の方がお得意?」

 「あれはお前の槍術が俺の剣と相性最悪だったってだけだろ。」

 「庇ってくださいますの?あまりお優しいと私、勘違いしてしまいましてよ?」

 口元を手で隠し、少し体をくねらせて、リヴァイアサンは流し目を使いながら、そう言ってきた

 明らかにからかってきているのは理解はできているのだが、なまじっか美人だから始末が悪い。正直言って俺も、微かにだが動揺はした、しかし観戦しているルナの怒りの視線がヒシヒシ感じられるので必死にひた隠している。

 にしても全く、相性云々の事なんて向こうも十二分に分かってるだろうにな。あー白々しい。

 「はぁ……光栄だ、なっ!」

 ため息をつき、意識して素っ気無く返しながら距離を詰める。

 「あら嬉し。」

 顔面へ牽制の左ジャブ。

 それが頬を染めたリヴァイアサンに絡めとられる前に引き戻し、その勢いを利用して腰を捻り、左足を踏み出しながら放った右フックはしかし、一歩踏み込んできたリヴァイアサンの脇腹の上を滑っていき、結果、彼女を懐に入れさせてしまう。

 「ふふ、黒槍のお人の体術は、バハムートと似ているご様子……フッ!」

 胸に掌打。

 黒銀を使って強化したはずの体は衝撃にあっさり貫かれ、そのまま少し浮かせられる。

 すかさず顔面目掛けて飛んでくるリヴァイアサンの回し蹴りを避ける事などできず、俺はそれを右腕で受け止めた。

 「ぐゥッ。」

 掌打と言い、この蹴りと言い、リヴァイアサンの攻撃はまともに受けたとしても大して吹き飛ばされはしない。が、代わりと言ったらおかしいかもしれんが、毎度鈍い衝撃が体全体を伝わるのである。

 これがなかなかキツイ。

 そんな痺れるような感覚を耐え、左足一本で着地したものの、思ったように力が入らず、たたらを踏んで構え直す。

 その少しの合間にリヴァイアサンは距離を詰めていた。

 下手に手を出さず、攻撃を真正面から防ぐ。

 「ッ!」

 響く衝撃に体が止まり、遅れて俺が次の動作に入れる前に、リヴァイアサンは2発目をの予備動作を終えていた。

 「ハッ!」

 気合いと共に放たれる掌打。

 俺はワイヤーの補助で素早く後ろに倒れ込み、手を地に付けて、リヴァイアサンの俺へ踏み出した方の足、体重の大半を乗せているはずのそれを思い切り蹴り飛ばす。

 「っ!?……まだそれほどまで動けて?てっきりもう終わりかと……んふ、もっと楽しませてくださいな。」

 一瞬体勢を崩しつつも、刈られた足を再び踏み直し、すぐに後退したリヴァイアサンが妖艶な笑みを浮かべる。

 ったく、化物みたいなバランス感覚だ。

 「はぁ……一度くらい本当の真っ向勝負で勝ちたかったんだけどな……。」

 何とか立ち上がる時間を稼げた事への安堵と、ワイヤーを使ってしまった事への罪悪感にため息。

 カンナカムイと戦った時は結局剣を使い、バハムートにはそもそも負けている。バハムートは互角だなんだと言っているが、負けは負けだ。

 『ハッ、何を驕っておる。相手は古龍じゃぞ?カンナカムイに一勝しただけでも奇跡に等しいわい。』

 ……そうか。

 「ふぅぅ。」

 ゆっくり長く息を吐き出し、原点回帰。

 そもそもカード一枚の力ではなく、その枚数で戦ってきたのだ。使わないカードなんぞあってはいけない。ていうか使わないカードなんて無いだろうが。

 「よし……やるか。」

 罪悪感なんて必要ない。勝てば官軍、敗者の小言は醜いだけだ。

 『そもそも体の補助に黒魔法を散々使っておるじゃろうて。』

 返す言葉もない。ただまぁ、剣は流石に封印かね?死闘でもないんだし、カンナカムイのときのような後味の悪さは感じたくない。

 『勝手にせい、死にはせん。』

 「んふ、そうそう。お互い存分に楽しみましょうな。」

 俺を中心に、柔らかな歩みで円を描くリヴァイアサンが微かに笑みを深める。

 俺は無意識の内に笑顔を浮かべていたらしい。

 「そう簡単に気を許されて良くて?」

 自分の頬に手が行きかけた瞬間、縮地法もかくやという速度でリヴァイアサンが目の前に現れた。

 「っ!」

 咄嗟に魔力で上半身を背後へ引く。

 リヴァイアサンの繰り出した右の貫手は肩をかすり、軽く削る。

 「速いわぁ……カンナカムイのよう。」

 カンナカムイに匹敵するのは初速の一瞬だけだけどな。

 と、軽口を返す力を肩口の痛みの我慢に使い、上半身を上げつつ右腕の下を掻い潜る。そしてそのまま右のボディブローを入れた。

 「ッ!?」

 俺はその右拳を左手で掴み、掴んだそこを支点に、リヴァイアサンの顎へと右肘を振り上げる。

 しかしリヴァイアサンはくの字に折った姿勢から一気に伸び上がる事で上向きの強打をいなし、さらに追撃を浴びせようとする俺は、床に手を付いて行われた半月蹴りに敢え無く距離を取らされれた。

 一瞬逆立ちして、長い脚を惜しげもなく顕にし、ゆっくりと足を床に降ろすリヴァイアサン。

 彼女が上半身を上げるのも待たず、加速。

 「カンナカムイとは、私も昔戦った事がありましてよ?」

 しかし、顔を上げたリヴァイアサンは体重を乗せた俺の右拳を左肩で滑らせ、懐に入り込んで掌打を俺の腹に入れた。

 「ぐっ!?」

 響く攻撃で浮く体。

 背後に障壁を作成。そこへそれが一撃でひび割れる程強く左拳を思いっきり叩き付け、前への推進力を無理矢理得た俺は、リヴァイアサンの顔へと足を振り抜く。

 しかしリヴァイアサンは背後に飛び、紙一重で蹴りをかわした。

 そのまま二人して同じ方向に宙を飛び、同時に片足が着地する。

 そして俺は前へを踏み出そうと、リヴァイアサンは背後に足を降ろそうとした。

 2歩目を踏み出した途端、ガンッと破壊音が鳴る。

 俺の足ではない。リヴァイアサンが背後の地面を砕くほどの勢いでもう片足を地に打ち付けたのだ。

 しまったと思うがもう遅い。

 龍人がそもそも持つ力と、床を強く踏んだ事によって床から受ける反作用の力。それらを2つに加え、俺が前に進んでいたばっかりに、凄まじい威力となった掌打が体を撃ち抜いた。

 「ハァッ!」

 「ガァァッ!?」

 俺の体を震わし切ってもまだまだあまりあった力により、そのまま床の上を三歩の距離、両足が滑る。

 涙まで体から押し出されたのか、霞がかる視界を上げ、歯を食いしばって距離を詰めてくるリヴァイアサンへ踏み出す。

 「あら、大雑把な動き。お疲れになりまして?」

 スルリと脇に腕を入れられ、そのまま腕を極められる。そしてリヴァイアサンが素早く身を屈め、前に踏み出した事で体重が思っていたよりもかなり前に寄っていた俺はあっさり持ち上げられた。

 「ならばこれでお終いかしら?んふ、楽しめましたわ。」

 確かに、上手く受け身を取ったところで立ち上がる力はもうありそうにない。リヴァイアサンの打撃は思った以上に疲労を蓄積させられた。無傷の筈の足腰も、今は悲鳴を上げている。

 さぁどうする………………………こんなので行けるか?

 頭を回転させ、一番始めに思い付いた作戦に賭けた、いや縋りついた。

 作るのは障壁。リヴァイアサンのすぐ頭上。

 投げられながら、リヴァイアサンの肩を掴み、気力で左足を後ろに振り上げ、吊られて上がる右足かかとで障壁を叩く。

 後はほとんど賭けに近い。

 「え!?」

 自身の前に投げ倒されるはずの体が急に背後へ落ち始め、驚いたのか焦ったのか、俺の腕を掴む力が緩む。

 すかさずそれを一気に引き抜き、俺は希望を見出した。

 リヴァイアサンの想定とは逆方向に落ちながら、自由になった腕をリヴァイアサンの脇の下に回して衣服を握り、彼女の肩を掴んでいたもう片方も同様に腰辺りを素早く掴む。

 「何を!?」

 掴まれた事に気付いたリヴァイアサンが俺の両腕を引き剥がそうと引っ張る間に、俺は胸を彼女の顔に押し付けた。

 「ふむ!?」

 背中から地に倒れ込むのを耐えるリヴァイアサンの努力も虚しく、ついに地に爪先が付く。

 即座に俺はリヴァイアンをそのまま強く抱き締め、密着。股を軽く開いてバランスを取る。

 「!!」

 「大人しく、しろ!」

 掛けた技は上四方固め。掛けたというか、無理矢理その形に落とし込んだ。

 上半身を起こすのは無理だとすぐに理解したらしいリヴァイアサンが体を左右へ強くひねり、俺を下、自身を上へと、体勢を逆転させようとするのを耐える。

 ……さて、かなり強引だったが、なんとかここまで持っていけた。後は抜け出そうとするリヴァイアサンが諦めるまで胸で彼女を押さえ付けるだけだ。

 もし、このまま起き上がれるほどの筋力を発揮されたら潔く降参しよう……。



 「あの……リヴァイアサン様?」

 「あら、バハムートの巫女ね?何かしら?」

 おずおずと尋ねるルナに、楽しそうに返すリヴァイアサン。

 「ご……コテツをそろそろ返していただけませんか?」

 「勝者を敬うのは敗者の務め。それも二度も敗北させられれば、これくらいさせてくださいな。それに、んふ、本人は満更でも無さそうでしてよ?……どうぞ、私をお好きになさって。」

 俺の腕を引っ張り、リヴァイアサンが最後の部分を耳元に囁いてくる。

 あのあと、何とかリヴァイアサンから降参を勝ち取り、ユイによる治療を受けて復活を果たしたのだが、俺が立ち上がったと同時に、俺の左腕を抱いた形という謎の定位置に収まったリヴァイアサンは今、ルナと取り合いをしている。

 くはは、羨ましいか?いつでも変わってやるよ……。

 「私を満足させてくださったお礼は……」

 俺の腕をスゥ、撫で下ろし、手の甲から己の指を絡め、俺の手を完全に制したリヴァイアサンは、そのまま俺に自身の体の上をゆっくり這わせせつつ言葉を紡ぐ。

 「……そなたを満足させる事で、よろしくて?」

 直立不動に陥っている俺の腰辺り自らの足をあてがい、絡め、顕になったチャイナドレスのスリットから伸びるその滑らかな太腿を俺の手で撫でさせる。きめ細かで張りのある肌とその脚線美をこれ以上なく強調しながら、リヴァイアサンは右手で俺の顎にそっと触れ、色香を俺の耳朶に染み込ませてくる。

 ……いくら修行の成果があるとはいえ、多少気恥ずかしく思うのは許してほしい。あと、これだけされてもなけなしよ自制心で手袋を装着したままにしている俺を褒め称えてくれても罰は当たらないと思う。

 「(ギリッ)」

 が、しかし、ルナはそうは思ってくれていそうにない。相手が尊敬すべき古龍だという事で何とか自制を保ってはいるものの、それがいつ決壊してもおかしくないのがさっきから見るからに伝わってきている。

 「ちょっと今日はもう疲れたから……」

 ルナがキレたらどうなるか、少し興味はあったものの、やはり恐怖が勝って断ろうとするが、リヴァイアサンが言葉を遮る。

 「あら、それならば全て私にお任せなさいな。情熱的でなお静謐な逢瀬はもちろん、一方的な献身も、殿方を甘くとろかすのも、私の得意とするところでしてよ?んふ、私は狂騒的な求め合いを最も好ましく思っていてよ?」

 「え?あ、いや……」

 目線を上げ、リヴァイアサンを見ないように努力するが、掴まれた手は否応なく彼女の為すがまま。

 俺の手はリヴァイアサンの太腿からその臀部に沿うようにして腰までゆっくひと撫で上げ、細い腰回りをじっくりと感じ、へそのすぐ下まで誘導され、静止した。そしてそこからはそれまでよりも更に緩慢な動きで、俺の手の位置はジリジリと下へ、促されていく。

 そうしながら、リヴァイアサンは俺の片頬を手で包み、彼女へ向けて押す事で目と目を合わさせ、彼女自身も少し屈んだ体勢になった俺に顔を近付けてくる。

 「私も一人の女……」

 リヴァイアサンの上げた脚から滑り落ちた、チャイナドレスの前のひだ。その端に指先が軽く掛かる。

 「……どうか鎮めてくださいな、黒槍のお人。」

 耳に触れるか触れないか、リヴァイアサンの吐息どころか、その艶めかしい唇の微かな動きまで感じ取れる程の距離で、色気以外の何物も含まれていない声が囁かれる。

 あのとき(海龍クエスト①)プラトニックな愛が好きなのかもしれないとか、俺の勘違いも甚だしかったなぁ……。

 そこまでが限界だった、

 「リヴァイアサン様!いい加減コテツから離れてください!」

 ルナの。

 彼女は俺に飛び掛り、リヴァイアサンから俺の手を奪い取ると、そのまま俺をリヴァイアサンから引き剥がすように引っ張る。

 するとリヴァイアサンはあっさり俺から手を放し、

 「もう少しでしたのに……」

 泣き出しそうな、しかしそれでも色っぽい笑顔を浮かべ、残念そうに呟いた。

 「そんな事ありません!そうですよね!?」

 「ん?……え、ああ……」

 ルナに目を合わせられん。むしろルナに助けられたという思いの方が大きい。

 ちょっと色気が許容限界を超えていた。

 「そうですよね!?」

 「ああ、そうだ!もちろんさ!……うん。」

 軽く涙まで浮かべた必死な顔で念を押され、俺は小刻みに何度も首肯した。

 「んふ、私の部屋にはいつでも好きなときにいらしてくださいな。甘く濃密な一夜を持って、精一杯歓迎いたしますわ。」

 「ルナ、痛い、大丈夫だから。行かないから。」

 リヴァイアサンが言葉を紡ぐ度に強くなっていくルナの握力で俺の手の骨が1つの束にまとめられそうだ。

 「残念、今晩はお預けのよう……」

 俺がさっき触れさせられた、自身の太腿から腰までがチャイナドレスの上からなぞられ、最後にその股間を隠すひだが少しはためかせられ、目が一瞬そちらに向く。

 「……んふ、あんまり焦らすと寂しくてよ?」

 リヴァイアサンは最後の最後まで俺に思わせぶりな視線を向けて、クスリと笑うと、自身の魅力を大いに理解した、どうしても目の惹かれてしまう、色っぽい歩き方で去っていった。

 「コテツ、あなたは誰の恋人ですか?」

 「え?」

 すぐ脇を見れば、なんだかドス黒い雰囲気を発するルナが紅い瞳をギラつかせている。

 ……あれ?手の感覚が無くなったぞ?オカシイナー……。

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