おつかい
「フェリル!俺の代わりにユイに付き合ってくれてもいいぞ?」
「了解!喜んぐぇっ!?「フェルは忙しいから無理よ。いってらっしゃーい。」そんなこ、がふっ!?」
階段の上の方で座っていたフェリルに救いを求めるも、古龍達にしごかれているはずのシーラがどこからともなく現れ、天辺へ引っ張っていった。
「バハムート!ユイの修行はしなくて良いのか!?」
「ハッハッハ!ルナベインのこの有様は放置しておけん!付きっ切りで鍛え上げないとな!」
バハムートはルナの鍛え直しに執心している。
「くっ、それなら……「いい加減にしなさい!どうしてそんなに嫌がるのよ!?」……俺は今日一日ゆっくりするつもりだったんだ……。」
どうにかして逃げようと、その方法を考えているとユイに怒鳴られた。言い訳するも、納得してくれた様子はない。
「ただ街を見て回るだけよ。」
「この街にそこまで詳しくもない俺を誘う理由は?」
「あなたがいれば帰り道は分かるでしょう?」
「えーと、俺は自動マッピング機能を頭に搭載してるとでも思われてるのか?」
「どういう理由やスキルかは知らないけれど、とにかくあなたは迷わないじゃない。」
「は?」
身に覚えのない評価に間抜けな声が出た。
「何驚いているのよ。Aランク昇格のとき、初めて入った森のはずなのに、あなたはベルフラワーの群生地、そしてその後は川までほぼ直線距離で立ち止まらずに向かったわ。特にヘール洞窟に行ったときなんて、あのいくつもの横穴を素通りして、正解のルートを悩みもせずに突き進んだじゃない。」
……爺さんに頼りすぎたか。
『そろそろありがたみが分かってきたかの?』
へいへい。
「はぁ……本当に街をぶらりと歩き回るだけなんだろうな?」
観念して聞くと、ユイはとても嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「で、まぁ結局お使いを頼まれた訳だが……。」
龍の塔の正面門をガシンと閉め、愚痴る。
ファフニールめ、これ幸いと買い付けを押し付けやがって。しかも買い物リストを見れば大半が酒類だ。
「良いじゃない、どうせ怪しまれたら奴隷として主人にお使いを頼まれたとでも通すつもりだったでしょう?」
「正解。ご褒美としてこの特大のかごを進呈しよう。」
人2人ぐらい入れてまだ余裕がありそうな籠を掲げるも、ユイは無視して話し続けた。
「でもこれだとあなたと戦う暇があるかしら……。」
馬脚を現しやがったな!やっぱりそれが目的だったのか!それならお使いの方が格段にマシだ。
「はぁ……それじゃあ道案内を頼む。」
籠を下げて言うと、ファフニールの書いた簡単な地図を手に持ったユイは、今度はさっきのように無視せず、こちらを振り向いて頷いた。
「ええ、任せてちょうだい。」
うーん、良い笑顔。
「まずはこっちね。」
そう言い、あの観光名所の大通りの方へ早足に歩いていくユイを追い掛けるも、彼女はすぐに立ち止まった。
「どうした?」
「今日はお祭りか何かなのかしら?」
「はは、人混みが怖いなんて言うなよ?」
俺じゃあるまいし。
「だって……モフモフが、いっぱい……ジュル。」
「おい馬鹿やめろ!」
俺は焦って恍惚とした表情で歩き始めたユイの襟を握り、引き止めた。
こいつはいつもはまともなように見える癖して変なところでアホだから困る。
「ほら、行き先は?……ったく、地図を貸せ。」
言いつつ、ユイの手元の地図を奪い取る。
「えーとなになに……こっちか。」
幸い地図は分かりやすくまとめてあり、俺はまるで迷子にならないよう子供を引き連れるようにして、ユイの手を引いてまずは八百屋へ向かった。
いやしかし、よもやユイの道案内が開始5分もせずに終了するとは思わなかったな。
「少しは手伝おうとは思わないのかお前は?」
見たことのあったりなかったりする野菜類に、食欲の失せるような色をした物も見られる肉類、でいっぱいになった籠に黒魔法で蓋をし、肩に担いだまま、背後にいるユイに愚痴る。
「あら、私もちゃんと手伝っているでしょう?」
そういうユイは、巨大な酒樽を20ほど乗せた黒魔法製の特大台車を後ろから押している。……フリをしている。
実際は台車に掛けられている力のうち、前に付いている取っ手を俺が引っ張っている力十割で、ユイは片手を添えるだけで、昼ご飯にと買ったパンをもう片方に持っている。
もちろん魔力で無理矢理動かしている部分は否めない。
「あのな、俺が前を向いているとき、お前が台車を押すどころか台車に乗ってる事に気付いてないとでも思ってるのか?」
「台車を押すのに少し疲れただけよ。」
「そうだな、俺が後ろを振り返っている間“は”ちゃんと押してるもんな。」
「余計なこと言ってないでさっさと前を向いて引っ張りなさい。私が疲れるでしょう?」
私が疲れるでしょう、て……。
「はぁ……。」
ため息を吐き、諦めた俺は前を向いて龍の塔を目指して歩く。すぐさま人一人分の重みが台車に加えられたのを感じ、またため息を吐きそうになる。
まぁ筋力鍛錬にはなるか……。
人の往来の激しいドラン自慢の大通りのほぼ半分を台車のせいで塞いでしまっているのを申し訳なく思い、少し速度を上げる。
「きゃっ!ちょっと、スピードを上げるならそう言いなさいよ。落ちるところだったじゃない。」
……この野郎、サボりを隠す気すら無くなったか!?
「はぁぁ………。」
休みを取るには部屋に引き篭もるしか俺には選択肢がないのかもしれんなぁ。
「ねぇ、後ろから偉い人が来るわ。台車を脇に寄せて。」
「偉い人?」
なんだそのあやふやにも程がある表現は。
取り敢えず言う通りにして後ろを見れば、着飾った御者の操る、装飾が端々に施された大きめの馬車。なるほど、偉い人のお通りだった。
「……誰だろうな。」
「例え名前を教えられても分からないでしょう?」
「まぁ確かに。」
ガラガラと、2匹の馬に少し駆け足をさせて通り過ぎていくのを見ながら他愛も無い話を一言二言。
「あの様子だと、向かう先は同じかしら?」
「あー、そうかもな。はぁ、お貴族様なら、誰かが部屋を追い出されて二人一部屋になるかもしれんな。」
そしてその場合、十中八九追い出されるのは俺だろうなぁ……はは、引き篭もりすら許してくれないとは涙がでる。
「あら、あなたは元々二人部屋のような物じゃない。おかげで私が寂しい思いをしているのよ?」
「そういえばルナはお前と同室だったな……お前がルナにモフモフし過ぎたから逃げて来たんじゃないか?」
「う……。」
身に覚えがあるのかよ……。
「どこかでぬいぐるみを売ってたりしないかね?」
ルナの身代わりとして。
「い、要らないわよ!大きくてふわふわしたぬいぐるみなんて!」
要らないって言いながらサラッと具体的な要求をしやがったぞ、こいつ。
「大きくてふわふわ、ね。……よし、今度作ってや「ふざけるのも大概にしなさい。ぬいぐるみってそんなに簡単にできるものじゃないのよ?」りたかったなぁ……。」
冗談半分で言うと、底冷えするような声で断じられた。
「……ルナに作ってやったら喜ぶかね?」
「そうね!きっと喜ぶわ!やりなさい、すぐやりなさい、今やりなさい!」
自分にぼそりといったつもりが、聞こえたらしく、さっきとは打って変わってかなり興奮した様子となったユイが台車の上を俺の背後まで移動してきて捲し立てる。
「あ、ああ、分かった、分かったから。」
「ほら、ならさっさと作ってみなさい。私が出来を判定してあげるわ。」
ぬいぐるみの出来を判定するなんて事ができるのかこいつは……。
ま、ともあれやるだけやってみるか。暇だし。
「えーとじゃあ……よし、これ「まさかそんな物で良いだなんて思ってないわよね?」……は、うん、失敗だな。」
肩越しに一瞥するなり“論外”という判定を与えられた手元の試作品一号を霧散させ、二号に取り掛かる。
背後からのプレッシャーが怖い。
「そもそもあなたは何を作りたいのかしら?わんちゃん?猫ちゃん?熊さん?さっきのはどれにも見えなかったわよ。」
厳しい……。
「一応……「一応?」ゴホン、あーいや、オーソドックスに熊、かな。」
ぬいぐるみ=テディベアみたいな図式が俺の頭の中で成立してる。そんなこと声に出して言ったらユイのお叱りを受けそうだが。
「そう、なら熊さんをちゃんと思い描いてから作りなさい。なんとなくじゃ駄目よ。」
「はは、はぁ……了解。」
茜色の空を見、熊を脳裏にしっかりと思い浮かべて、軽く目を閉じ黒色魔素でそれを形作る。
「ふぅ……よし。」
目を開け、試作品二号に目を落とす。
なかなかリアルだ。熊といえば思い浮かぶ、両手を上げて威嚇するポーズ。その両手の先には鋭い爪、開けた口には凶悪な牙、ミニチュアサイズながら今にも吠え声が聞こえてきそうな臨場感がある。
『相も変わらず無駄に器用じゃのう。』
ああ、どこからどう見たって熊だもんな。
最後に動物園に行ったのは遥か昔――エルフに取っては最近かもしれない――なんだが、俺の記憶力もなかなか捨てた物じゃない。
「あら、もうできたのかしら?……、上手だふぇれど、ん、それはぬいぐるみというよりはむしろ彫刻ね。」
パンを食べながら、あっさり下されたユイの批評に反論できない。
「……そう、だな。なぁユイ、それ一口くれ。」
そろそろ本格的に腹が減ってきた。
「いや……ううん、ふふ、良いわよ。はい。」
微かに笑って、ユイがパンを千切って寄越す。
それを口で咥え、我ながら器用に頬張り、咀嚼。
「ふふ、餌はおいしいかしら?」
餌、ね……あのとき餌付けとか言った事への意趣返しか。
「……んぐ、大阪の仇を長崎で討つんじゃない。」
「あなたにされたのも私がこうしているのも同じドランよ?」
うーむ、時間がかなり経ってるって言いたかったんだけどなぁ。
「はぁ……もう一口。」
何にせよ、パンは美味かった。
「お早いお帰りですね?ふふ、意地悪してごめんなさい、分かっていますとも。酒樽を運ぶ台車がお入り用で……あれ?」
両手が塞がっているため――ドランの住人やその他のラダン国民に襲われるんじゃないかと少しビクつきながら――龍の塔の扉を足で蹴り開くと、ファフニールが腕を組んでスタンバイしていた。
その背後には俺の作ったのと同じくらいの大きさの特大台車。どうやら酒樽を運ぶ手段が無くて帰ってきたと思われたらしい。
「ああ、そうでした……黒魔法、便利ですね……。」
残念そうに言って、ファフニールが台車をカラカラ引いて去っていく。
「あ、買ってきた物はどこに!?」
「ああ……はい……適当に……そこら辺に置いておいてください……。」
聞くも、返ってきたのは投げやりな応答。ファフニールはそのまま台車と共に、壁に埋め込まれたように存在する部屋に消えていった。
いや、落ち込み過ぎにもほどがあるだろ。
「アハハ、仕方ないさリーダー、彼女はあーして数時間ずっと待ってたんだから。」
近くの長椅子で寛いでいるフェリルが笑って言う。
「そうか……じゃあフェリル、これを頼んだ。」
俺は、俺と違って急速を満喫してやがるそいつに向けて食材入りでパンパンになった、かなり重めの籠を落とした。
「え!?ちょっ……」
「フェリルさん、このお酒も頼んでも良いかしら?……お願い。」
フェリルが何か反論を続ける前にその手を取り、ユイがしれっと黒魔法製台車の取っ手を握らせる。
「へ?あ、ああ、ユイちゃんの頼みなら仕方ないなぁ!」
結果、買ってきた荷物の番を全部押し付けられたフェリルはご満悦といった様子で椅子に座り直した。
……これでシーラがいたら大惨事になってただろうなぁ。
「……ォォオオオ!セイッ!」
「ッ!?」
真ん中の広場ではルナとどこかで見覚えのある老人が戦っていた。
それを――とてつもなく珍しい事に――真剣な眼差しで眺めているのはリヴァイアサンとバハムート。
ルナの獲物は刀であるに対して老人は素手なのだが、明らかにルナの方が押されているようだ。
「あれは誰?」
「いや分からん。」
隣を歩いているユイの問いに肩を竦める。
おそらく釣り糸程の太さもないであろう俺の記憶の糸を辿るより、事情を知ってそうな奴に聞いた方が早そうだ。
「で、誰なんだ?」
戦う両者をぐるりと回り、バハムートに質問する。
「ん?ああ、戻っていたのか、あれはリヴァイアサンの所の神官だ。リヴァイアサンの弟子でもある。」
バハムートは俺を一瞥したかと思うとすぐに視線を前に直し、いつもの大笑いもなく、低い声で淡々と教えてくれた。
「だってよ。」
ユイに言う。
「つまりお互いの弟子同士で戦っているのね。」
「ええ、その通りでしてよ。んふ、見てみなさいな、バハムートのなかなか見せない不機嫌な顔。うふふふふ、あれを見られるのもあなたのおかげでしてよ、黒槍の人。どうぞ存分に楽しんでくださいな。」
気配もなく俺の背後に回ったリヴァイアサンはバハムートと対象的にとてもご機嫌なご様子。
久し振りのこの無駄な色気には面食らう。
って、俺のおかげ?
「えっと……つまりあれは俺が助けた?」
ヴリトラ教徒に囚われていた神官なのか、と聞くと、リヴァイアサンは少し驚いたような顔をした。
「あらお忘れ?……いえ、仕方のないことかしら?あのときは衰弱していましたもの。復調まで一ヶ月掛かって、先程、やっとこちらに着きましてよ。」
思わずユイと目を合わせる。
道中脇を通り過ぎていったあれか?
「あの偉い人の馬車、外に停めてあったか?」
「私は見ていないわ。……これの判定に悩んでいたもの。」
そう言うユイの手元には真っ黒なぬいぐるみ――姿形を可愛く直し、その上で触った感覚を、最初は毛の一本一本が針のようだった物からゴムに近い感覚にまで直し、試行錯誤の末に作った――試作品626号である。
スティッチ?知らん。
「俺も見てないな、それを作るのに集中してた。ちなみに判定は?」
「及第点、かしら?」
「あーそうかい。じゃあ次を……「これは預かっておくわ!」……なぜか聞いても?」
相変わらずの辛口に、早速試作品626号を分解しようとすると、ユイが焦ってそう言った。理由を尋ねれば、
「ルナさんの代わりに決まってるでしょう?取り敢えず今日はこれで補充するわ。」
即答された。
ていうか補充?何を?モフモフパワーみたいな物か?……案外本当にそうかもしれん。
「ああ、まぁ、楽しんでくれ。」
俺の理解の及ばない、しかし無害なので問題はないだろう趣向に対し、俺はただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ハァッ!」
「遅いわッ。」
視線を戻せば、老人がルナの切り上げを掻い潜り、
「ゼァッ!」
彼女の胸に掌底を食らわせていた。
「かっ!?……!」
後ろに2歩程よろめき刀を取り落としたルナは、自身の胸を抑え、声も出せず喘ぐ。
……勝負あったか。
「終いよ!」
「いや、もう終わってる。」
とどめにルナの顎目掛けて放たれたハイキックの間に入り、俺はそれを途中で押し留めた。
「む……ふむ、確かに。」
中華系を思わせる服装の老人は未だに苦しそうにしているルナを見るとそう言い、足を下げて一礼。リヴァイアサンの元へ歩いていった。
「ふぅ……おいルナ、焦るな、深呼吸だ。ゆっくりと、落ち着いてな?」
引き下がってくれた事に安堵の息を漏らし、ルナに向き直って声を掛けつつその背を撫でる。
「……ご、ごめんな、さい。」
「謝らないでいいぞ。負けたら負けたで、次は勝つぐらいの意気込みは持たないとな。まぁでも今は呼吸に専念しろ。急がなくても良いから、な?」
掠れ声のルナに言うと、彼女は小さく頷いた。