休……憩
「長旅お疲れ様でした。」
龍の塔、その頂上につくと、先に連絡が行っていたのか、そこで待っていたファフニールがそう言ってにこやかに笑い掛けてきた。
「ありが……」
「キィィィィィィィン!」
俺が礼を言おうとしたところでケツァルコアトルは最後に金切り音を発し、体から光を放ったかと思うと、彼の龍人の姿、初老の紳士の姿をとった。
さてともう一度、改めて。
「えーと、ありがとうございます。」
「いえ、礼には及びませんよ。」
未だニコニコと笑うファフニール。
デジャヴな感じがする。
「そう、ですか?」
「ええ、もちろんです。むしろ4人の依頼をたったの一ヶ月強、とても速やかに完了してくださり、こちらからお礼を申し上げたいくらいです。じゃんけんで負けてしまった私の依頼は時間の都合で果たせなくなるという事態が避けられましたから。」
……やっぱりデジャヴだったか。
ケツァルコアトルと言い、ファフニールと言い、たまには下心無しで優しくしてくれないものだろうか?
「はぁ……。」
「ふふ、お疲れのようですね。どうぞお休みになってください。ええどうぞ、皆様が集まるまではごゆるりと。」
慈愛の籠もったやさしげな笑み。この塔に治療をしてもらうためにくる人々はこれにより、心までも癒やされる事だろう。
ん?皆様?
疑問に思うも、詳しく話を聞こうとする前にファフニールはケツァルコアトルの方を向いて一喝した。
「ケツァルコアトル!」
「ッ、な、何かね?」
古龍がビクつくのは初めて見た。
「貴方のところの方がいないようですが?」
「今の彼は多忙ですからな、こちらに来れるような状況ではないと。」
「少なくとも貴方から頼みはしましたか?」
「……流石に横暴ではないかね?」
「行きなさい!」
ファフニールの怒声に、ケツァルコアトルは仕方がない、と自分が着地した地点に戻り、足を揃えて屹立する。
眩い光。
そこに現れたのは、長い尾を持ち、その体全体が極彩色の羽根に彩られた五柱の亜神の一柱、鋭い目と鉤状の嘴を持つ巨大な鳥。これが古龍、いや、神鳥ケツァルコアトルの本来の姿である。
「キィィィィィィィィィン!」
空に向かって高らかに鳴き、バサリと翼を力強く大きく開いたその光り輝く姿は、何度見ても神々しさを感じさせる。
そして強風に乗せて自らの羽根を数本散らし、神鳥は龍の塔を飛び立った。
「最初は驚いたなぁ。」
ポツリと呟く。
何せ古龍は皆空飛ぶトカゲだとばかり思っていたのだから。だが鳥は恐竜の子孫らしいし、不思議なことではないのかもしれん。
「何か失礼な事でも考えましたか?」
背後から剣呑な声。
「い、いえ、何の話をされていたのか気になっただけです。」
「そうですか。ふふ、ごめんなさいね、しばらくは秘密にしましょう。」
「事前に準備できる事はやっておきたいんですが?」
「大丈夫です、準備なんてできま……必要ありませんから。ふふ、一緒に降りましょう、仲間の方々が待っていらっしゃいますよ。」
待てい、今準備できないって言い掛けなかったか?
追及しようとする俺の疑問を笑顔のみで封殺し、ファフニールは俺を階下へ引っ張っていった。
勢いの乗った飛び蹴りを両腕で防ぎ、反撃をしようと思う前に既に別方面から猛スピードで襲ってくる相手への対応に迫られる。
ならばと、自身の硬化した体表を滑らせるように攻撃を受け流し、拳を打ち込むも、すぐさま反応され、攻撃は虚しく空を切る。
地を、壁を、宙までもが甲高い破砕音を伴って蹴られ、放たれる攻撃に継ぐ攻撃、絶え間のないヒットアンドアウェイに俺は防戦一方……などと言うのもおこがましい、襲い来る連打を耐えに耐えてる、それだけだ。
だがこれでもマシな方なのだ。初めは龍眼を発動していても目が相手の急制動に追い付かず、亀のように体を固めるしかできなかった状態だったのに対し、今はある程度までなら動きを捉える事ができるようになってきた。カウンターを仕掛けるどころか、しようとまで思考が及ぶだけでも褒めてほしいぐらいだ。
右からのボディブローを二の腕で防ぎ、すぐさま左上から襲ってくるハイキックを屈んでかわし、今度こそ、と放った左の突き手は空振りに終わる。
「ハハッ!バハムートの言ってた通りだな。もうこの速さに慣れたのか!良いぜ、どこまで着いてこれる!?」
すぐさま背後から殴り掛かってくるのを目の端で捉え、先んじて裏拳を行うと、俺の頭上、逆さまで宙に飛んだ状態で、カンナカムイはこちらを見上げながら愉快そうに笑った。
そう、前回のリヴァイアサンに続き、俺は今カンナカムイと手合わせさせられているのである。
依頼を完遂したんだからやめて欲しいと切に願っているのだが、リヴァイアサンの相手をした時から頭の片隅でいずれこうなる事は分かっていたさ、と半ば諦めている自分がいるのが悔しい。
「行くぜ!」
そして宣言通り、カンナカムイの只でさえ厄介な速さが一段階上がる。
真上からの蹴りを防いだのとほぼ同時に襲ってくる真下からのアッパーは後ろに一歩引いて避ける。ショットガンをぶっ放したのようなジャブを交差した両腕で受け切った瞬間、俺は真横に飛んで背面頭上より降る踵落としから逃れた。
……確かに速い。が、その上昇幅はやはり最初の加速程大きくはない。これならまだ見失ってしまう事への心配は無さそうだ。
地を転がりながらも目は決してカンナカムイから外さない。
起き上がったと同時に目の前まで迫った追撃の腕を掴み取り、間髪入れず、腹に膝を蹴り入れた。
「ぐぅ、ハハッまだ行けるのか!」
そのまま腕を掴んで動きを封じたいのは山々だが、腕から強いスパークを起こされ、逃げられる。
「ったく、毎度毎度厄介だなチクショウ。」
カンナカムイには拘束しないと攻撃が入れられない。しかし掴まれるとさっきのようにして即座に逃げられるため、拘束した瞬間に一発入れる事がせいぜい……
正面からの踵落としを右腕で防ぎ、左からの回し蹴りを左手で掴もうとするも逃げられ、右脇腹に膝が突き刺さった。
「ガッ!?」
「まだまだ行くぜ!」
目で追えはしても、肝心の体が追い付けていない。これ以上のスピードには流石に対応しきれない、か……。
しばし考え、鎧の骨格――スケルトンと名付けよう――を身に纏う。
体を無理矢理動かすこれならどうだ?何とかなるか?
「お?奥の手か!?」
俺が何かしようとした事に気付いて攻勢を中止し、少し離れた所でこっちを楽しそうに眺めていたカンナカムイが言う。しかし、そうというよりは実験といった方が正確だ。
元々パワーを補うための物なんだがスピードには対応できるかね?取り敢えず動きの認識はできているから何とかなるとは思うのだが。
「奥の手みたいなもの、かもな。」
これ以上何か思いつきそうにないし。
「よし、ならこっちも全力で行くぜ!」
バン!と一際大きく空気を鳴らし、カンナカムイの姿が消える。あの加速はやっぱりおかしいと思う。
しかしそれは大して珍しい事でもないので、落ち着いて気配察知に従って、右からの拳を仰け反るようにして避け、左手を地に付け、そのまま片手倒立する要領でカンナカムイの頭を狙って蹴る。
掠った。
「ッ、これに追い付くのか。」
蹴った勢いを利用して立ち上がり、俺は高速移動するカンナカムイを睨む。
そして、四方八方から飛んでくる打撃の一つ一つに対応しつつ、体の動きにスケルトンの動作を一致させ、その体の動きもなるべく小さく、必要最低限のものに修正していく。
「フッ!」
「っと、危ない。」
フックを躱し、放った拳がカンナカムイの髪を散らす。
やっとこさの進展だ。
それから数合のうちに、カウンターを――当たりはしなかったものの――2、3回。
体が追い付いてきた事を確信し、俺はカンナカムイの飛び膝蹴りを両手で受け止めた後、下がる彼女を追った。
「おいおいもう追い付いてくるのかよ!?」
「ゥラァッ!」
この手合わせが始まって以来の俺からの攻撃。なおも逃げようとするカンナカムイの胸部を殴り飛ばす。
「グゥッ!?……ハハ。」
掃除の行き届いた石製の床をザザと滑り、カンナカムイは同じく動きの止まった俺を睨み付け、ニヤリと笑うと、真正面から突進してきた。
正直言うとこれ以上の長期戦は避けたい。たった今分かったのだが、今さっきの急加速は一瞬のもので、続けて行う事ができないようだ。カンナカムイと同じスピードで移動しながらの戦闘はやはり無理な話だったらしい。だからこそ、そんな致命的な弱点をカンナカムイに気付かれる前に終わらせたい。
首への突きを左腕で弾き、背後に回ったカンナカムイの方を向いてその肘を右手で掴む。
スパーク。
弾かれた右手に拳を握り、真後ろへ下がるカンナカムイに接近、さっきの要領で、しかし力を込められるだけ込めて殴り付ける。
「くぅ……あー畜生、読まれたか。」
それでもカンナカムイに応えた様子はあまりない。やはり後ろに下がる最中に打っても打撃の威力が受け流されるか。
「そりゃ掴まれる度に全く同じ動きをしてるからな。」
カンナカムイの隙の一つだったんだが、ここを突いてもあまり効果はない、か。
「助言か?……舐めるな。」
あ、そう取ります?
一瞬で距離を詰められ、俺は繰り出された掌底を、その手首を横に押し、ずらす。
するとその手の平から雷撃が飛び出し、耳元で聞こえた爆音に心臓が跳ねた。
「こ、殺す気か!?」
「ハハッ、この程度で死ぬタマかよ!それにどっちにせよ死なないだろ?」
そういえば魔法陣があるんだったな……。でも怖いものは怖い。
雷を帯びだしたカンナカムイの打撃を必死になって逸し、ずらして直撃を避け続け、隙を見てワイヤーを用い、雷撃ラッシュから無理矢理脱出した。
転がり、片膝付いた状態でカンナカムイを視界に入れる。
既に目の前でバチバチ言ってる右手を振りかぶっていた。
思わず体が動き出し、悔しさに叫ぶ。
「ハァッ!」
「チクショォッ!」
振り下ろされる右手を、俺は立ち上がり様に手首ごと陰龍で斬り飛ばし、黒龍でカンナカムイの腹を貫いた。
黒銀を解除、心の底からすまないと思いながら、カンナカムイに突き刺さった剣から手を離す。
「…………おい、ここに来て武器を使うか?フツー。」
俺だって使いたくなかった、しかし命の危険を感じて体が反射的に動いてしまったのだ。
「ふぅ……スパークはともかく、雷をモロに飛ばしてきた辺りでもう使ってもいいんじゃないかなぁってな。まぁ後悔は多少はしてるから。」
「だぁーっ、くそ。」
納得がいかないという顔のカンナカムイに、言い訳気味にそう返すと、彼女は悪態をついて黒龍を腹から抜き、脇に捨てた。
スッと塞がる致命傷。
……やっぱり古龍って恐ろしい。
「ま、オレは元々武器なんて使わねぇからな。お互い全力を出してオレが負けたって事か……うん、そうさ。縛りなんか面白くねぇしよ。」
なんだか無理矢理自身を納得させようとしているカンナカムイ(龍人状態の本人が一番自分に制限を掛けてるだろうと思う。)を尻目に、俺は今の手合わせのために脇に退けられている長机の一つに座って、ほぅ、と息をつく。
「疲れているみたいね。怪我は?」
「大した物は……「隠しているのなら分かっているでしょうね?」……言っても打撲ぐらいだと思うぞ?」
自分で言いながらカンナカムイの攻撃を捌き続けた両腕を眺めれば、ところどころが火照ったり青痣になったりしていた。
「この程度なら自然回復で大丈夫だろ?」
「知ってる?この世界では何かあったら白魔法を掛けるのが当たり前らしいわよ?」
「十中八九女性の話だろ、それ。俺は大丈夫だから。」
怪我をむしろ男の勲章として残している奴がイベラムでは数え切れない程いたぞ。
「そう、なら良いのだけれど。」
「そういえばお前の方は大丈夫なのか?龍の塔に来る度に頭痛を起こして寝込んでたろ?」
まだ疑るような目を向けてくるユイに、ふと気が付いて聞いてみる。
「頭痛じゃなくて目眩よ。そして、ええ、この通り私は問題ないわ。それに目眩の原因も分かったわよ。」
「へぇ、何だったんだ?」
「そうね……明日、私とも手合わせしましょう。」
よし待て、話が読めん。
「なぁ、俺に休日はないのか?」
「この頃忙しかっただけで、あなたは本来日雇い労働者でしょう?休日ならこれから先たっぷりとあるじゃない。」
日雇い……チクショウ、否定できない。
「それに、あなたの庇護対象から早く脱したいもの。バハムートにこの世界の刀術を習っているのはそのためでもあるのだけれど?」
「あのな、俺は別にお前を弱いと……「それはもう聞き飽きたわ。」……えぇ。」
「あなたが片手だけで私の刀を捌けると思っている事、まさか今更否定するつもりなのかしら?」
フレメア最終日の事か……蒸し返すなぁ。
「あのときは疲れていただけで……。」
「ならそう言えば良かったじゃない。」
「……そういえばバハムートに習う暇なんてあったのか?今まで。」
かなり連続して遠征していた気がする上、その内容もかなり濃い。できるとすれば最初のリヴァイアサンの依頼を俺が一人でこなした時ぐらいじゃないだろうか。
「ええ、あなたが見ていない所で、十分と言って良い程にはあったわ。おかげで休む暇も無かったけれど。」
「そうか、まぁファフニールの依頼まで時間はあるみたいだしな、じゃあ一週間後、もし覚えてたら……「明日!」……あさっ「明日!」……。」
一週間後というのはちょっとした冗談だったが、明後日と言うのは心からの願いだ。
せめて一日、ぐうたらしたい。
「明日よ!?良いわね?」
……今日こそはぐっすり、規則正しい生活ってのに倣って寝よう。