暴風龍クエスト⑧
「タイソン!戻ったぞ!」
「逃げてきたの間違いじゃろうが!」
伸びてくる手や足を切り付け、それらの指を切り落としつつ振られる武器はことごとくを流してかわし、かなりのハイペースで戻った事、そして軍隊がトロル達をさらに押し返してくれていた事もあり、そこまで時間をかけずに、相変わらず軍から少し突出しているタイソンと合流できた。
「体力は戻ったか?」
「おうもちろんじゃ!お前を真似て、後続のサポートに回って休憩させて貰ったわ。」
「サポート?お前が?」
それに後続のサポートってなんだ?
「簡単じゃ。トロルの足の小指を叩き付けていくだけじゃからな。トロル共、面白いように怯んで動きが鈍るわい。」
なんて残酷な事をしてやがったんだこいつは!
「……ま、体力が回復してるんなら、あれ、頼んだぞ。」
「任せておけい。…………鳴動せよォッ!」
半分笑いながら言うと、タイソンは得意顔で俺を追ってきているトロル達の前に立ち塞がり、ミョルニルを腰だめに構えて叫ぶ。
それだけでルナはビクつき、俺の体に力の限りでヒシと巻き付いてきた。
あとの展開は大体分かっているので、俺は伏せられたその両耳を片手で覆い隠してやる。
「ありがとうございま「ミョルニィルッ!」……きゅん。」
それから事は一気に進んだ。
戦線が広がり、こちらが相手にするトロルの数が増えた分、向こうにとっては味方が倒れていく勢いが早くなったと感じられたらしく、その上、上からの指示が――ルナが燃やし尽くしたため――降りてこないからか、まず何体かが纏まって逃げ出していくのがチラホラと見え始めた。
また、砦にいた弓(槍)隊達があの槍投げ機に車輪を取り付ける事で戦いに加わり、士気の下がったトロル達から逃亡者をさらに生じさせた。
トドメとばかりに、トロルキングの死亡が叫び合われるようになり、戦う理由すらも無くした緑の巨人達は戦意喪失、前線から我先にと脱出した。
そして今現在、統制もなく敗走している――しかしそれでも数える気の失せる程の個体数がいる――トロル達は、俺達が誘導するまでもなくこちらが用意した2つの逃げ道を見つけ、そこを走り抜けていっている。
つまりまぁまとめると、作戦成功、の四文字、いや、真ん中に大を入れて5文字にしても良い。
「ふぅ、今日はぐっすり寝よう。」
トロル達の逃げ道となっている砦の一つ。その開け放たれた鉄扉を次から次に走り抜けるトロルを眺め、達成感と共に呟く。
この砦を抜けた先にも兵はいるが、彼らの役目はトロル達が真っ直ぐ森へ向かうように調整する事、被害を最小限に押し留める事である。ただでさえいくつかの村を潰して行っている作戦なので、軍の信用のためにも、彼らの士気は十分に見えた。
「あの、ご主人様?」
そしてトロル達が砦を通ることはあっても、間違っても砦が壊される事のないよう、砦に直接攻撃して逃げ道を広くしようとする者の発見、始末を請け負った俺の背中から、ルナが声を掛けてくる。
「ん?」
「そろそろ下ろしてもらっても構いませんよ?」
「遠慮しなくて良いんだぞ?こっちも鍛錬になるし。」
「鍛錬?………っ!?」
不思議そうに考えた後、ルナが俺の肩に歯を立てた。しかもかなり強めに。
「ふん!?」
思わず手を放すと、ルナは即座に俺から飛び降り、距離を取る。
「ルナ……何、を。」
「私はそんなに重くありません!」
肩を抑え、呻きながらも聞くと、ルナはそう怒鳴ってさっさと階段で砦の中へと入っていってしまった。
えぇ……。
「皆良く戦ってくれた!ケツァルコアトル様を祀る東の神殿を代表して礼を言う!ありがとう、以上!さぁ飲め!騒げ!我らの勝利に!」
トロル移住作戦をやる前まで奮闘していた壁の上にて、ダンガが簡単な礼を含めて宴の音頭を取り、片手に持ったジョッキをグイッと傾けた。
「「「「「勝利にィッ!」」」」」
壁の下で燃え上がる大きな炎を囲み、叫び返したのは、スタンピードからラダンを守りきった戦士達。
ダンガの後に続いてジョッキを呷った彼らは、程なくして乱痴気騒ぎへと転じていった。
各言う俺もその真っ只中にいる。
理由は簡単、美味い酒を教えてやると言われ、巨大な酒樽の並んでいる場所までタイソンにノコノコ付いて来たからである。
「ふーむ、どれじゃったかのう……。」
そんなタイソンは今、無数にある酒樽からジョッキ一杯ずつ汲んでは飲み干しながら、目当ての物を探している。
……べらぼうに酒に強いなぁ。超人と言われた俺でもそんな暴挙に出ようとは思わんぞ?常識が違うんだろうなぁ。
「お!タイソンじゃねぇか!久しぶりだなぁ!?聞いたぜ!ファーレンであっさり負けたんだってな!?」
と、俺の背後から声がした。
「ぁあ!?何年前の話をしてるんじゃ!それにわしは負けておらんわい!相性が悪かっただけじゃ!ゴクッ」
ピンと立った犬耳の獣人、犬人族の男にからかわれ、タイソンが怒鳴るも、その試飲のスピードは滞らない。
実際言い訳っぽいが、考えてみれば案外事実だったりする。
「へへ!負けは負けだろ!?」
「グビッ、うるさいわい!……ん?これじゃ!ほれ、こいつを飲め!」
遂に目的の物を見つけたらしく、タイソンがそれをなみなみと注いだ自分のジョッキを差し出してくる。
「あ、お前!おいお前ら、知ってるか!?こいつ、人間のくせに人を背負ってあのトロル共の頭の上を飛び回ってたんだぜ!」
ジョッキを受け取ろうとすると、犬の獣人が俺を指差し、喧伝し、周りの視線がこちらに向けられる。
「はは、いや大した事じゃない、ルナが……巫女様がちょっと足を怪我してしまったからな。俺はその代わりになってやっただけだ。」
気恥ずかしくて、頭をポリポリ掻きつつ苦笑い。
今更ながら、ルナと呼ぶと不味い気がしたので言い直した。
「そもそもどうして人間がここにいるんだ?ヒック。」
そう言って、赤ら顔の男が腕を組んで睨み付けてくる。ちなみに猫耳である。……ああ、順調にイメージが壊されていく。
「雇われたんだよ。腕を買われてな。」
「ぁあ?そういう話じゃねぇよ。人間なんかに酒が飲める訳がねぇって言ってんだ。砦の中でジュースでも飲んでな。」
なんだと?
「ハッ!見てろ!」
笑い飛ばし、ジョッキを呷る。
「ぬぁっ!?おいコテツ!やめろ!」
「ハハ!止めるなよタイソン、そいつが飲めるって言ってんだ、やらせてやれ!」
「馬鹿野郎!あれは悪名高い“火吹き悪魔”じゃ!」
「なっ!?長い酒盛りを、参加者全員潰す事で終わらせるために造られたっていう、あの!?」
「なんて物を渡してんだお前ぇ!?」
「あいつがな、このわしに向かって“自分は酒に強い”なんて抜かしやがったんじゃ!えぇい!白魔法使いを呼べ!人間の優秀な奴がおったじゃろ!?」
へぇ、火吹き悪魔って名前なのか。他にもタイソン達何やら叫んでいるが、知ったこっちゃない。
久しく感じる事のなかった喉が焼ける感覚を楽しみ、思った以上にキツいので飲み下すペースを少し落としつつ、木製ジョッキの底を顕にした。
「ッ……ハァ!ふぅ……うん、これは美味いな、とても良い……。」
「お、お前、大丈夫なのか?」
いつの間に取ってきたのか、バケツを片手に持ち、タイソンが聞いてくる。
「ん?ああ、このぐらいの酔いなら平気だ。まさかたった一杯で気持ちよくなるとは思わなかったけどな。」
「ば、化け物じゃ。……化け物がおるわい。」
誰が化け物だ!
「何言ってるんだ、ドワーフって酒に強いんだろう?ほら、お前も飲めよ!」
目当ての酒樽についた栓を開き、表面張力を酷使させてジョッキに注ぎ込んだ。
「え、いや、わしは……。」
「人間の俺が飲めてお前が飲めない訳が無いだろ?ほら、飲め!」
タイソンの口に、酒が溢れるのも構わずジョッキを押し付ける。
「そう、か……そうじゃの、人間のお前に飲めたんじゃ。さっきは少ししか口にしなかったから、酒が薄くなっているのが分からなかっただけかもな。うむ、よし!」
覚悟を決めたかのようにしてジョッキを両手で支え、体ごと反らしてタイソンは火吹き悪魔をグビグビ飲み始めた。
「タイソン!白魔法使いを連れてき……何やってんだ!やめろバカヤローッ!」
見ると、さっきの犬耳の獣人が走っきていた。その後から追いかけてきているのはユイだ。
「大丈夫!?あなたが大変だと聞いて来たのだけれど。」
「俺か?はは、問題ない問題ない、そういやユイはもう成人だろ?飲むか?」
「お酒臭い……。」
ユイの肩に手を回して誘うも、心をえぐるような言葉が返された。
まぁ今さっきイッキ飲みしたから仕方ないか。
「プハァァァァっ!」
と、犬耳の制止を聞かず、タイソンは悪魔を飲み干し、ジョッキを片手で斜め上に掲げる。
「お、おいタイソン……大丈夫、なのか?」
「ヒクッ、この程度余裕じゃ。どうもこの、火吹き悪魔は……少し薄い、みたいじゃ、な………。」
パタリとタイソンはその場に倒れ込んだ。
「タイソォォォンッ!」
「ハッハッハ!ドワーフも大したことないな!」
タイソンは酒にかなり強く見えたのだが、どうやらそうでも無かったらしい。他の樽の中身は弱い酒ばっかりだったのだろう。
「何笑っているのよ!治してあげないと!」
「おう、頑張れ頑張れ!」
ユイの背中を叩いて激励し、タイソンの手からジョッキを拾う。
「お、お前、大丈夫なのか?」
「ん?」
見ると、ユイによって脇に退けられた犬耳が俺を震える指で指差していた。
「なんだ、お前も俺を化け物ってか?んぐ。」
お気に入りとなった悪魔を注ぎ、飲む。感覚的にもう一度イッキ飲みしたら危なそうなので、一口ずつだ。
「え、あ、いや……。」
「お前も飲んでみろよ。あれはタイソンが弱かっただけだろ?人間の俺ができたんだ、獣人のお前なら行けるんじゃないか?」
再びジョッキを満杯に満たし、獣人に差し出す。
「いや、俺は……。」
「まさか怖い訳は無いよな?ラダンを守りきった戦士がなぁ?」
「……ッ!貸せ!なぁにが火吹き悪魔だ。火を吹く魔物なんてどこにでもいる!」
ジョッキを俺から奪い取り、自らを鼓舞する犬耳。しかしなかなか口を付けない。
「どうした?怖いのか?」
「ッ!ふぅぅぅ……行くぜぇ!」
犬耳の喉仏が幾度か上下し、ジョッキを持っていた手は何かを堪えるように固く拳を握っている。
「よし、これで死ぬ事はないわ。」
と、タイソンの治療が終わったらしい。タイソン本人は倒れたままだが。
「倒れたままで良いのか?」
「ええ、完全に治したらまた飲むでしょう?だから私は毒の量を体が処理しきれる範囲内まで減らしただけよ。」
毒?
「アルコールの事だよな?」
「毒よ。」
ユイの気持ちのいいぐらいの即断には苦笑するしかない。
「ユイ、何事も試すのが肝心だぞ?ほら、ちょっとだけ飲んでみろって。美味いから。」
流石に自身の飲める量を分かっていない奴にイッキ飲みは進められない。
「嫌よ。あなたを見て決めたもの、私はお酒は飲まないわ。」
俺のせいなのか?
「人生損するぞ?」
「目の前で損している人に言われたくないわ。」
「美味いんだけどなぁ……。」
しみじみと言いつつ、もう一杯注ごうとしたところでジョッキを奪われたままだということを思い出した。
早く返せ、と文句を言ってやろうと犬耳の方を振り返れば、タイソンと全く同じようなポーズで倒れた犬人族が一人。
「あ。」
「え?何かあった……もう!どうして皆お酒なんか飲むのよ!」
「ぐぅ、うげぇぇ。」
喉の奥に指を突っ込み、取り過ぎたアルコールが体に吸収される前に吐き出す。そしてその吐瀉物を見つめる事で、貰いゲロの要領でさらに――ユイ曰く“毒”を――吐き、さらなる飲酒に備える。
「さて、スッキリしたところでもう一杯。どーこに置いたっけなー。」
夜が明け、朝日の差す青空の下の宴会場。
所構わず、そして男女問わず、皆が倒れ付している中、そんな彼らを避けながら、唯一立っている俺は自分の使っていた木製ジョッキの所在を探す。
「ま、これでいいか。「そこまでです。」なっ!?」
見つからなかったため妥協し、何人もの男達が突っ伏している簡易な木製テーブルに置いておいたジョッキを取ろうとするも、直前にサッと奪い取られた。
見れば愛しの狐っ娘、ルナがいた。
「ルナ?そうだ、一緒に飲むか?」
ジョッキに手を伸ばすも、遠ざけられる。
「駄目です。ユイがもう限界ですから。」
「ユイが?」
「ええ、ご主人様が何人も何人も言葉巧みに挑発しては無理矢理飲ませるせいで、この砦にいる白魔法使いはユイも含めて皆、魔力酔いを起こしてしまいました。」
「俺が悪いのか?」
自分の飲める量を把握していない方が悪い気がする……。飲めないなら飲めないって言えば良いのに。
『挑発してその気にさせたのがお主じゃろうが。』
断る力も必要って事だな。
「ご主人様が悪いです。」
しかしルナに険しい顔のままきっぱりと言い切られる。
「いや、俺はただ「ご主人様が悪いです!」……はぁ、もしかして昨日の昼の事を怒ってるのか?」
「もう今日はお酒を飲むのをやめたら許してあげます。」
「はは、分かった、ルナには怒られたくない。」
せっかく気持ちいいのに怒られるのは勘弁だ。
「ふふ、ありがとうございます。もう朝ですけれど、もう寝ましょうね?私も、一緒に寝……「じゃあ、締めの一杯!」ご主人様!?」
ジョッキに飛びかかるも、流石は素面、ルナはあっさりかわしてしまった。