暴風龍クエスト⑥
「はぁ……。」
「久しぶりに一緒に戦えるわね!」
「ルナ、良いか?くれぐれも離れるなよ?突っ走るなよ!?」
「ええ、分かっているわ。ふふ、楽しみ……。」
開け放たれた鋼鉄の門を潜り抜けながら、再三言い続けてきた忠告をまたするも、ルナに聞いてる様子はない。
ただただ気持ちが昂っているのが、俺から見ても分かる。
多分注意しても無駄なんだろうな。ま、女性に合わせるのも紳士の嗜みだ。……そう思っておこう。
茶色い岩肌の戦場にはトロルの死体があちらこちらに倒れていて、ラダン軍の奮闘により、砦から数十m先までトロルの群れが押し返されていた。
そしてその少し左奥から、断続的な雷電の爆音、走る稲妻が見える。
あそこか……。
「あそこね……え!?」
早速駆け出そうとしたルナの手を掴んで引き止め、ゆっくりと俺のペースで歩かせながら聞く。
誰が俺を紳士と言った。
「ルナ、お前はそもそも何のために俺に付いてくるんだ?」
俺が独断専行をフェリルによって諦めさせられ、ユイは忙しそうだったので、正直にルナにその事を話すと、ルナは同行すると言って聞かなくなってしまったのである。
「え、えっと、ご主人様が心配だから……ひゃん!」
手を握られたからなのか、顔を赤らめ、口を滑らせたルナにお仕置き。
「コテツだ。はぁ、今は俺の方がお前を心配してるぞ?」
「……あぅ、ごめんなさい。本当は……コテツと一緒に、いたかっただけ……最近は、ずっと忙しかったから、ちょっと寂し……くて?」
俺の手を両手で持ち、しかし俺の視線からは逃げるようにあちこちに視線を移しながらも、ルナはチラチラこっちを伺ってくる。
「そうだな、今度尻尾「わー!」うん、その手入れを久しぶりにやろうか。」
相変わらず獣人にとっての尻尾の意味が分からない。
「なぁ、そろそろその意味を「約束よ!ね!?」……はいはい、約束な。」
俺の頭からその事を吹き飛ばそうとしているのか、俺の手を両手を大きく振り回すルナにはまだ尻尾の事を教えてくれる気は無いらしい。
と、すぐ目の前に光の矢が刺さった。……フェリルからの矢文だ。
「よいしょ……えー、なになに?」
屈み、開いた方の手で矢に巻き付けてある紙を取り外す。
「なんて?」
「……イチャイチャしてないでさっさと行け、だとさ。」
苦笑いしながら短い一文を読み上げ、ついつい砦の上にフェリルの姿を探してしまう。
「ふふ、それなら早く行きましょ?」
そう言って、ルナが俺の腕を抱き締めるようにして身を寄せてくる。
「イチャイチャするな、って言われたんだけどな?」
「これくらい、何でも無いわ。リヴァイアサン様もご主人様にこうしていたもの。まさかご主人様、リヴァイアサン様とイチャついてたなんて事……「よし行こうか!」うふふ。」
なかなか迫力のある笑顔を浮かべるルナを遮り、ご主人様と言った事を訂正する余裕もなく、俺はさっさと歩き出した。……結構色々気にしてたんだな、ルナは。
全く同じ文面の矢文が背中に突き刺さりそうだ。
「ふんふふーんふんふんふーん……」
「それ、何の曲なんだ?」
右手を完全に塞がれているため、左手に作り上げたクロスボウでこちらに殺意を向けたトロルを仕留めつつ、俺は鼻唄を歌うルナに聞いてみた。
「これは……えっと、自然と浮かんできただけ、よ。」
少し恥ずかしかったようで、ルナがはにかむ。
「もっと聞かせてくれ。」
ルナの向こうから走ってくるトロルの膝を射抜き、ルナの頭に手を置いて撫で、笑い掛ける。
ちなみに転けたトロルは通り掛かったドワーフに頭を潰された。
ここはトロルとラダン軍の衝突し、交戦している地帯。いわゆる前線って奴だ。一撃で止めを刺さずとも、姿勢を崩させるなりして隙を作らせれば味方が後は上手くやってくれる、非常に楽な戦場、というのが今の所の俺の認識である。
「えっと、わ、笑わないでよ?」
「躊躇してるとやる方がドンドン恥ずかしくなっていくぞ?」
「……うっ、うぅ……」
言われてさらに恥ずかしくなったのか、真っ赤になったルナは俺の腕に全身で抱きついたまま、プルプルと震えるに留まっている。
「はは、頑張れ頑張れ。」
鼓舞しながらも、左腕のクロスボウでしっかりと近くのトロルを照準し、仕留めていく。
このクロスボウ、ヴリトラ教徒達の使っていた物に感銘を受け、今回初めて作ってみた作品である。
普段使っている弓と違い、クロスボウの精度やら何やらはほぼ全てこのクロスボウという装置一つで完結しており、俺の成長率50倍の恩恵はあまり発揮されない。
弦の張りや矢の細さ逐一調節しながら、実際に放たれた矢は魔力で無理矢理操作しているというのが現状だ。これならまだナイフ投げの方が幾分かマシなのだが、何事も練習、今もなお試行錯誤を繰り返している。
「ご、ご主人様は!?何か、好きな曲は?」
「俺か?」
聞き返すと、コクコクコクコクと何度もルナが頷いた。
「残酷な天使の……ゴホン!えーあー、いや、“運命”とかかな。あとは“エナジーフロウ”か?って分からんわな。」
ちょいと格好つけて言ってみたが、この世界にはそのどちらも存在しない事を思い出し、照れ臭くて頬を掻く。
「そう……。」
ルナも聞いたところで分かりはしない事に気付いたのか、それだけ呟いて黙ってしまった。
何か話題を探そうとするまでもなく、ポツリと抱えていた疑問が零れた。
「なぁルナ、ドラゴンロアを打つとき、やっぱり激痛がするんだよな?」
「え?しないわよ?」
「そうなのか?」
左腕を、胸を開くように一振りする間に矢の装填と発射を三度行い、トロル三体のそれぞれ眉間、喉、側頭部に矢を深々と突き立てる事で始末しながら、俺はかなり変な声で聞き返した。
「だってお前、ユイみたいに古龍の魂の一部を取り込んでいるんだろ?激痛が走る筈じゃないのか?」
「ご主人様!?ど、どこの誰からそれを!?」
「へ!?」
急に取り乱したルナに面食らう。
『ほぉ、どうやら極秘の事柄じゃったようじゃな。そこまでは知らなかったわい。』
なるほど、詳しい知識を知ってはいても、それが秘密にされていたとは知らなかったと?
『うむ。』
そういや生殖能力が無い事も古龍の間だけの秘密だったな。
「ご主人様?聞いてる?ステラ?ステラだと言って!それならまだ叱るだけで済むわ!」
俺の右腕をガッチリ捉えたまま体を揺らし、ルナがご主人様ぁー、と催促してくる。
ったく、どうしてくれるんだ爺さん。
『わしじゃと言うて構わんぞ?』
信じる訳が……そうか、そうだな。
「世界を支える髭もじゃクソジジイに教えられたんだ。バハムートにそう説明すると良い。分かってくれる筈だ。」
『誰が髭もじゃじゃ!ドワーフと一緒にするでないぞ!?わしの髭はふわふわゆったりストレートじゃ!』
知るかボケ!
頭の中でで怒鳴りながらにナイフを投擲、味方の獣人へ向けて棍棒を振りかぶっていたトロルの首から血が勢い良く吹き出る。うーむ、やっぱり慣れ親しんだナイフが楽だな。
「そんな、変な説明に納得する筈が「するさ。」……本当?」
「ああ、保証する。心配するな、な?」
銀髪に指を走らせ、まだ少し怖がっている様子のルナの頭を抱きすくめた。
ルナの背の上下動を左手の平で感じながら、飛んでくる炎やら雷やらを無色魔法で消し飛ばす。
「落ち着いたか?」
言うと、胸元でルナが小さく頷くのを感じた。
「ほ、そりゃ良かった……それで、さっきの質問の続きだ。」
安堵の息を漏らし、左手をルナから離して先程魔法を放ってきたトロルの胸元を、立て続けに3本の矢を命中させて穿つ。
「質問?」
ルナが不思議そうにこちらを見上げ、聞き返してくる。
「ドラゴンロアを打っても本当に激痛はしないんだよな?」
「ええ。」
「どうしてなんだ?」
「それはもちろん、私が巫女としてバハムート様を信仰してきたから……。」
そんな馬鹿な事ある訳がないだろうに。
「どういう原理なのかを聞いてるんだ。もしかしたらヴリトラの魂片を激痛を伴わずに扱えるようになれるかもしれない。」
そうすれば、派手な魔法をバンバン打てるようになるかもしれん。
『ハッ、それがお主の望みか?』
馬鹿にするんじゃない。魔法があるなら使いたい、それもなるだけ派手なのを。至って普通の願望だろ?
「原理……そこはバハムート様に聞かないと、私もあまり知らないわ。何をされてドラゴンロアが使えるようになったのかも分からないもの。」
「そうか、分かった。あとで聞いてみる。」
「……ごめんなさい。」
「どうしてルナが謝るんだ、悪いのは何も説明してないバハムートだろ?」
まぁ敢えて秘密にしているって線が濃厚だろう。
爺さん、何か思い付かないか?一応、俺はお前にミスリードされたって事になってるんだが?
『わしのせいにするでない、言うたじゃろ?取り込んだ魂の量が少ないかもしれぬと。そこを上手く調整したと考えるのが妥当ではないかの?』
分ける魂の量を細かく調節できる古龍って奴は本当に謎だ。訳が分からん。
どうにもならない事だと、軽く頭を振って変な思考に迷い込まないようにしつつ、俺は目の前のトロルに照準を合わせる。
「ミョォルニィル!」
しかし放たれた矢が届く前に、ズガンッと横から飛んできた雷がそいつを貫いた。
どうやらタイソンの側まで辿り着いたらしい。
「ひぅッ!?」
俺の腕を体で完全に固めたまま、その体をビクッと縮こまらせるルナ。それだけならば予想できていたのだが、そのせいで俺の腕が反対に曲げられそうになるとは思わなかった。
「ぬぉぉっ!?ルナ、おいやめろ、折れる!?」
右肩から先に黒銀を発動させて骨折を防いだ後、安全のため、ルナのホールドから力ずくで右腕を解放させてもらった。
「ほぉら、怖くない怖くない。」
その右腕を今はルナの腰に回して、再び俺の胸に埋めさせたルナの頭をよしよしと左手で撫でている。
「……ひく、ありがとうございます。」
少し落ち着いたのか、涙目で俺を見上げ、いつも通りの口調に戻ったルナが言う。
「ウォォォッ!」
隣で戦闘しているタイソンの咆哮、ズガァンッと雷撃。
「きゅぅん!?」
ルナは俺の胸に思いっきり頭突きした。
「ぐっ!?……はぁ、なぁルナ、お前は本当になんで着いてきたんだ?」
耳をぺたりと伏せ、俺のロングコートの脇の下の部分を拳が白くなるほど力強く掴むルナに聞く。
まさかこうなる事が予想できなかった訳はあるまい。
俺はてっきり雷をもう克服したのだと早合点していたのだが、この様子を見ればそうではない事は一目瞭然だ。
「グスッ、ご主人様となら、大丈夫かもってぇ……ひぐ。」
半べそ掻いているルナのくぐもった声が聞こえてくた。
ったく、誰かと一緒に行けは良くなる類の物でもなかろうに。
「はは、頼りなくてすまんな。」
雷に打たれ、しかし即死は免れたトロルが、地面に倒れたままタイソンを掴もうとするのを見逃さず、その頭頂にクロスボウの矢を放ちつつ取り敢えずルナに謝ると、ルナがそのまま首を横に振ったようで、滑らかな銀髪がフルフルと震えて俺の顎から首の付け根にかけてをくすぐる。
「そんなこと、ありまぜん………ズズ……えっと、ご主人様、このまま、もう少しギュっと、してくれれば、もしかしたら平気になるか……も?」
少し元気になったようで、ルナが上気した顔で甘えてきた。恥ずかしくて最後の方が疑問形になってしまっているが、この要望を叶えてやらない理由は、少なくとも俺にはない。
「よぉし、分かった。くはは、お任せあれ。」
ルナの頭に頬を押し付け、両腕でルナとの間に無かった距離をさらに詰めさせる。
ルナの銀色の髪の匂い、胸元に掛かる少し湿った吐息、柔らかくも弾力のある2つの幸せな感触に、ロングコートの肩部分を掴んでいるルナの拳の感覚。
それら全てにちょっとした征服感を覚えながら、俺は少しずつルナの体に込める力を強くしていく。
「ん……くぅ……。」
ルナが少し身動ぎし、温い息が首に掛かる。息ができなくなりそうだったようだ。
「もう苦しいか?」
「……。」
返答の代わりに、ルナは俺を抱き締める力をさらに強くした。
ならばと俺もそれに応える。
「お前らは一体ここに何しに来たんじゃ!」
タイソンがこちらに気付いて叫び、ミョルニルの一振りでドデカイ雷撃を目の前にいた3体のトロルを薙ぎ払い、吹き飛ばした。
至近距離で轟いた爆音に対し、腕の中のルナはそのまま。まぁ、微小な動きすらできない程俺が抱きしめているだけなのだが。
「……ご主人、様……ほ、ら……大丈夫、でした……よ。」
絞り出したような掠れた声でそう言うルナ。
冗談でそう言ったのか、それとも本気でそう思っているのかは分からなかったが、どちらにせよ、ルナが真紅の眼を細め、素晴らしい笑顔を浮かべているので良しとしよう。