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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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暴風龍クエスト⑤

 「多いな。」

 「多いね。」

 「もう8日間ぐらい戦ってきたと思うんだけどな、まだあんなにいるのか。」

 「2週間だよ、リーダー。」

 「もうそんなに経つか……。はぁ、それなら尚更だな。」

 「種族まるごと追い出されたんだから、少ない訳が無いさ。」

 「経験者は語るってか?」

 「あのねリーダー、200年前だよ?経験者と言っても僕はまだ子供だったに決まってるじゃないか。」

 「……よし、何はともあれ頑張ろう。」

 人間とエルフの寿命の違いに少しクラリとしたが、パンと手を叩いて集中を呼び戻す。

 俺とフェリルが立っているのは、何日か前(具体的には覚えていない。昨日のような感覚もする。)にワイバーンの襲撃で壊され、2日ほど掛けて再建された後、戦況の変化で槍の射出機へと改造がなされた装置の並ぶ砦の上。

 何故改造されたのか、それは両脇を渓谷に挟まれた一本道が、波入るトロルの群により、深い緑一色になったからである。

 その壮観たるや、彼らがティタ樹海、通称エルフの森の中で非常に大きな勢力を誇っていた事を、戦い続けている今もなお思い知らされ続けている。

 2週間以上継続して攻め続ける体力は言わずもがな、こっちはトロルを毎日百体は殺しているはずなのに、今まで一度たりとも侵攻に空白せず、継続して攻めてこれるだけの莫大な個体数が恐ろしい。

 「こいつらにこの砦が突破されたら被害は人魚の比じゃないかもしれんな。」

 人魚は一々陸を割っていたが、トロルにその必要は無いしな。

 ……やっぱり人魚の方が深刻かね?奪われた土地は取り返せなくなるし。

 「このままじゃそれも時間の問題だろうけどね。」

 フェリルの言う事は的を射ており(射手だけに)、事実として、魔物の大群に対しファランクスのような戦法を取ってその進行を押し留めてたドワーフ達はトロルの群れとぶつかって壊滅、現在砦の中に避難している。

 敗因は簡単、あまりにもあんまりな体格差だ。

 盾を構えた平均身長120cmぐらいのドワーフは、3〜5m程のトロルに盾ごとヒョイと両手で持ち上げられては後ろの群れの中に放り投げられ、ドワーフ達のファランクスそのものが成立しなくなったのである。

 そこで今行われている作戦はというと、砦の門を固く閉ざし、遠くの敵は槍投げ機で、壁際の敵は岩や煮え湯で攻撃し、何としても砦の突破を阻止すること。

 ちなみに俺とフェリルの役割は、仲間の支援や、少し離れた位置からでも砦に直接攻撃できるトロルの魔法使い――ネルによるとトロルメイジと呼ばれる奴等――を発見し次第、弓で正確に射殺す事である。

  正確な射撃は連弩では難しいのだと知って、おそらく無意識にだろうが、少し得意気になっていたフェリルにはやはり、射手としてのプライドのような物があるらしい。……俺もいつか剣に誇りを、とか言い始めるんだろうか?

 トロルメイジの中には前にヴリトラ教徒がして見せたように、風を操って矢を避けようとする奴らもいたが、俺の魔力であり得ない軌道を描く矢に仕留められた。……こんな事やってたら武芸への誇りは当分生まれないだろうなぁ。

 閑話休題、まずは目の前の問題からだ。

 「ネル、本当に何か良い作戦は無いのか?」

 耳に手を当て、本日何度目かに聞き直す。

 [一つだけ。]

 「逃げるのは無しだ。」

 [うっ……コボルトとかゴブリンとかならまだしも、トロルの大規模な群れなんて前例が無いよ。]

 「塩を振りかけたら溶けるとか、そういう弱点は?」

 [アハハ、スライムじゃないんだから。]

 脳内スライム辞書にまた一つ、変な項目が追加された。

 そういえばあの巨大スライム、もう分裂したのだろうか?一週間ぐらい見てないな。

 俺が明後日に思考を飛ばしてる間、ネルは続ける。

 [強いて言うなら、トロルの弱点はやっぱり一挙一動が少し遅い事かな。ボクでも、一対一でなら倒せるよ。]

 「はは、謙遜するな。お前“なら”だろ?」

 訂正すると、憮然とした声が返ってくる。

 [あのさ、コテツにそんな事言える訳がないからね?恥ずかしいし。]

 「おいおい、そんなんじゃ俺に追い付くなんて無理だぞ?」

 力が足りずとも、工夫で何とかなる事は多い。武術なんてその最たる物だろうな。

 [……そうだね。ありがと。]

 「まぁだからと言って追い付けるとは言わないがな。」

 前も言ったが、俺のスキルがスキルなので、正直難しいと思うし。

 [どうしていつもいつも一言多いかなぁ!?……嬉しかったのに。]

 よし、何はともあれ元気そうだ。

 「それで、トロルの群れには突撃を敢行しろって事でいいか?」

 「リーダー!?」

 [馬鹿!]

 言うと、ネルだけでなく、隣のフェリルまでが声を荒げた。

 「いやいや、冗談だって。」

 フェリルに対して片手でまあまあと制止させつつ、ネルに弁解する。

 [はぁ、そのトロル達は森を追い出されたんでしょ?ラダンの他の森に誘導できないの?]

 ああ!なるほど!

 俺はガッテン、と無意識にやっていた。

 「なるほどな、こっちは手を汚さず、その森にいる他の魔物達と殺し合わせる訳か。」

 元の世界であれば、外来種を大量に放つ行為として忌避されるかもしれないが、この世界ではまだ環境保全主義者には会っていない。

 この無茶はたぶん、自然淘汰という認識で終わる。

 [うん、えっとさ、もうちょっと言い方は他にないのかな?]

 「……ま、あとはこれだけの数を受け入れられるくらいに大きな森をルナ達に選んで貰うか。」

 良い加減ここの地理を把握したい。

 ラダン、スレイン、へカルト、あとはエルフの森や魔物の巣窟であるらしい山岳地帯の分布とかが全て載った地図が欲しい。精度なんてのはそこそこで十分。伊能忠敬みたいな変態的な根性と情熱を期待するのは馬鹿げてる。

 [ねぇ、聞いてた?ボクはコテツにだけはずる賢いなんて言われたくないんだけど。]

 細やかな願望に思いを馳せていると、ネルが何か言っていた。

 「どうした、他にも何か思い付いたのか?ん?なぁ、アリシアが最近直接的手立て以外のあの手この手を使えるようになったのはお前の影響じゃないのか?」

 [うん、両方違うからね?特に後の方は絶対にコテツの悪影響だから。知ってる?天真爛漫で純真無垢だったあのアリシアが、ボクに日頃の感謝を伝えたいって言って買いにいったお菓子、ボクまだ見てもいないんだよ……?]

 最後はネルの悲痛な思いがこれでもかと伝わってきた。アリシアにそんな事されたら俺でもそうなる。

 「……それは一体いつの話なんだ?」

 一昨日、いや一週間前とかであればまだアリシアが何か企画しているだけかもしれない。

 そう思い、恐る恐る聞くと、

 [3週間ぐらい前、かな……。]

 そう返ってきた。

 なんとまぁ……でも嘘は子供の成長の証とも言うし、うん、ポジティブに行こう。

 「きっとそれは建前で、俺のために買ったんだな。ネルはあんまり気にするな。」

 冗談を交え、場を濁す。

 [根拠が無いし、どっちにしろ酷い!]

 「はは、まぁ冗談はさておき、ネルの案を早速ルナに伝えてみるよ。フェリル、ここは任せていいか?」

 笑いつつ、俺はフェリルにそう聞いた。

 「了解、リーダーが随分楽しそうに話すその子、今度僕に紹介してくれないかい?」

 「諸々が終わって、ファーレンに行けば会えるさ。そこまで付き合ってくれるなら、だけどな。」

 「そうかい、じゃあ楽しみにしておくよ。」

 フェリルが手を軽く振ってトロル達の方を再び睨み付けるのを尻目に、俺はネルの案を携え、司令室に向かった。


 

 「これより我々は命を賭し、トロル共からラダンの民を救う!なに、いつもの事だ、気負う事はない!」

 トロルが今もなお攻めている壁の反対側、固く閉ざされている門の目の前に並ぶ者達、ラダン軍と有志の冒険者へ向けて、壁の上から獣人の男、このラダン軍を率いる将軍が声を張り上げる。

 ちなみにウサ耳である。これで女性なら良かったのにな、現実は男だ。いや、ウサ耳の女性はいるのだろうが、現実問題として目の前にその分厚い――大きいとは言っていない――胸を張っているのはあくまでも……

 『何をそんなに絶望しておるんじゃお主は……。』

 ……くっ。

 「「「「「ウォォォォォ!」」」」」

 武器を鳴らし、雄々しい雄叫びを上げるのは、これからトロルの勢力を押し返す役割を持った戦士達。

 トロルを他の森に押し付けるという提案に対し、ルナ達司令塔は2つの森に分けて押し込むのなら可能だろうと、賛同してくれたのは一週間前。

 しかし一つ問題があり、その2つの森――ティテ森林とティトの森――への道のりは両方、この砦の方向からだと、幾つもの村やら街やらを突っ切りながら、この砦を漏斗の先たらしめている2つの山の外周をそれぞれグルリとほぼ一周回らなければならず、被害が甚大な物になるという事だった。

 それを回避するため、トロル達をエルフの森の方へ押し返し、漏斗状の囲いの左右2箇所を敢えて開放、移住予定先の2つの森へと最短距離で流し込む作戦になった。

 トロルを押し返すのは今いる手勢だけでは無理であるため、ダンガがラダン軍を要請し、昨日、遂に到着したのである。

 この作戦、村の1つ2つは犠牲になるかもしれないが、多数を救うためなのだから仕方がない。それにそれでも被害を抑える努力をした結果だしな。

 「よし……開門!……突撃だぁッ!」

 返ってきた返事に満足するように頷いて、ウサ耳将軍は叫び、砦の上からトロルの群れへと飛び降りた。

 開かれた鉄扉から、屈強な戦士達が緑に埋め尽くされた荒野へと次々に飛び出し、2倍以上の体長はある相手に向けて果敢に襲いかかる。

 「……本当に押し返してくれるのか?」

 さっきまでトロルの侵攻を食い止めていた槍投げ機のレバーを回し、射角を約45度に調節しつつ、ラダン軍の様子を見て思わず呟きが漏れた。

 獣人やドワーフの身体能力は知ってるが、ドワーフのファランクス隊のような末路が待っているようで不安でならない。

 「何にしても、僕達は僕達のやる事をやるだけさ。」

 「そうだな。」

 槍をセットするフェリルに頷き、親指で指輪を擦る。ラダン軍が失敗したって、次の手段はこの手にある。

 そのときはフェリル達も仕方ないと思ってくれるだろう。

 ドン、という太鼓に合わせ、弦を引っ張る器具を解除。周りからも一斉に槍が放たれた。

 その飛んでいく先を少しボーッと眺めていたところ、バリッと空気をつんざく音がして、ハッと目が覚める。

 「ウォォォォォ!ミョォルニィル!」

 ドガンと破砕音がして雷電が戦場で走り、トロルが何体か吹き飛んでいく。

 言わずもがな、ミョルニルをまたもや勝手に持ち出したらしいタイソンである。

 「タイソンめ、ケツァルコアトル様に褒められたからと調子に乗り過ぎじゃ、全く。これじゃから若い青二才じゃと言うんじゃよ、あの馬鹿タレめ。誤って敵の手に渡ったらどうするんじゃあのアホ。」

 「そうなると私も困りますな。何しろ彼らバハムートの神殿よりの助力への対価はあのミョルニルですからな。」

 壁の上で戦況を見守る東の神官ダンガは、そんな自らの息子に向けてブツクサと文句を、しかし懐かしそうな目で悪態をき、そんなダンガの背後から、ケツァルコアトルが声を掛けた。

 「ケ、ケツァルコアトル様!?も、申し訳ありません、愚息が勝手な真似、を……今なんと?」

 慌ててケツァルコアトルに頭を下げて謝罪をしかけ、途中でそう聞き返した。

 「バハムートの巫女の助力は、あれを貸し出す事を条件に取り付けた物でしてな。いやはや、しかし、このままでは君への対価を払う事ができるかどうか……。」

 ん?ダンガに話し掛けてると思ったが、俺に言ってるのか?

 「い、今すぐタイソンの馬鹿めを呼びに……「このトロルの数、伝令がタイソンに辿り着くのか、辿り着いたとして、果たして無事に戻って来られるかどうか……ふむ、私には判断しかねますな。しかしこのままでは君に何も支払えなくなります。うーむ困った困った……。」……と、とにかく、誰かに呼び戻しに行かせます!」

 ダンガが慌てているが、これはほぼ間違いなく俺に向けての言葉だ。

 「君ならば、彼を守る事ができますな?」

 ほら、ケツァルコアトルの奴、終には完全にこっちを振り返って言いやがった。

 ちなみにダンガは何が起こってるのか今いち把握できてない。

 「行けと?」

 成長率50倍のおかげか、早々に体が覚えたらしい槍投げ機の操作をパッパとこなしながら聞き返す。

 「ミョルニルを確実に手にしたいのならば、私はそうお勧めします。」

 「ハッハッハ!おいケツァルコアトル素直に頼め!タイソン、だったか?を守ってくれってよ!」

 余裕の笑みで俺を促すケツァルコアトルに、バハムートが大笑いしながらそう言った。

 「タ、タイソンの事をそこまで!?あ、ありがとうございます!」

 「ああ、彼は毎年毎年、ミョルニル片手に私に挑み掛かる面白い奴でしてな。私が軽く相手している内にメキメキと腕を上げており、私にとっても少々楽しみの一つに……ゴホン、とにかく、彼は惜しい存在。ミョルニルのために、守ってやってはくれませんか?」

 「ケツァルコアトル様ぁっ!」

 ダンガの涙腺が崩壊した。

 そんな事を歯牙にも掛けず、いつも通りの調子で言葉を発したのはバハムート。

 「お、そりゃ良いなァ!今度からステラに色々教え込んで、そうだな、まずはウォーガンを超えさせるか!そしてその後は俺の相手だ!ハーッハッハッハ!」

 ……ルナ、巫女を辞められて良かったな。お前の次の代からは大変そうだ。

 「はぁ……分かった。フェリル、後は頼んだ。」

 立ち上がり、戦場へと飛び降りようと、なるべく自然に歩いて行こうとしたが、しかしガッと手を掴まれた。

 「アハハ、面白い事を言うじゃないかリーダー。ユイちゃんに声を掛けてきたらどうだい?」

 口元だけ笑わせ、フェリルが言う。

 あの、ユイにヴリトラ教徒との戦闘を見せた日の次の日、ユイとルナは俺の独断専行を戒め、何かするときは必ず彼女達両方に、事情があるのなら少なくとも片方には声を掛けてから、というパーティーのルールを打ち立てた。

 もし俺が勝手に行った場合、その近くにいるパーティーメンバーにも責任がある事になるという監視制度付きだ。

 「知らん……なっ!?」

 力ずくで逃げようとするも、フェリルは俺の手を放さない。どこからこんな馬鹿力が!?

 「リーダー……ユイちゃんのあの目はとても、とても真剣だったんだ……。」

 思い出すだけで恐ろしいのか、いつも飄飄としているあのフェリルが冷汗までかいている。

 「……ぐっ…………分かったよ。」

 俺はその迫力に負けた。

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