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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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暴風龍クエスト➃

 『集団が動き出したぞ。おそらくお主が待っておった奴らじゃ。』

 爺さんの声に、不服ながらも覚醒。

 『何じゃとっ!?』

 本音を言えば、ユイに起こして欲しかった。女の子の声は元気が出る。

 『……【敵が来ました。】』

 そ、その声は!?職業が変わったときとかに親切に教えてくれる……あのアナウンスの!?

 『フォッフォッフォ!なんじゃ?あのアナウンスは誰のものじゃと思っておったんじゃ!?ん?』

 ……爺さんって婆さんなのか?……少し寒気がするぞ?

 『爺さんじゃ!いや違う、神に年など……ええい!さっさと起きんか!敵じゃ!』

 はいはい。

 衝撃の事実は置いておき、目を開ければ、司令室の扉の前でユイが激闘を繰り広げている光景があった。……相手は睡魔だが。

 半目で、ガクン、ガクンと船を勢い良く漕ぎつつ、その度に頭を強く振っているのが月明かりの下でよく分かり、笑いを誘う。

 静かに立ち上がり、交代時間の目安になっている、まだ半分も砂を落とせていない砂時計を取り、軽く揺すってやる。ハッとした様子でこちらを見たユイの第一声は……

 「寝てないわ。」

 だった。もう反論するのも馬鹿馬鹿しい。

 「はいはい、交代だ。安らかに眠れ。」

 「……ええ。」

 眠いのだろう、せっかくの俺のボケにツッコミ一つ入れず、部屋の隅へずりずりと移動していくユイはすぐに静かな寝息を立て始めた。

 まだ時間はあるか?

 『数分程度で着くじゃろうがな。』

 十分だ。ルナ達は?

 『安心せい、まずはミョルニルの奪取から取り掛かろうとしておる。二組には分かれてはおらん。』

 よし、なら後は待つだけか。

 夢の国に旅立ったユイの体を、黒魔法の板をその少し上からユイに触れないように被せる事で隠してしまう。部屋の隅はただでさえ暗いので、作った俺でさえ、そこにいると分かっているのに黒魔法の板を一瞬見失う程だ。

 隠密スキルを意識して行使して、俺は部屋のたった一つの出入り口、外の喧騒が少し聞こえてくる砦の窓(というよりは穴)の反対側にあるそれの脇に身を寄せ、屈む。

 人の顔は光をよく反射するらしいので、黒魔法で作ったマスクを顔に、ギリギリ視界を妨げないように作り、ついでにフードも作って被っておく。

 窓から聞こえる喧騒は、今尚休む事なく、数に任せて襲ってきている魔物たちを食い止めるドワーフ達の奮戦の音だ。

 背後に感じるのは壁を構成するゴツゴツした石と、その石と石の間にある溝の感触。少し風化しているのか、ザラザラとした砂のような物も感じられる。

 ……一体この砦は築何年なのだろうか。

 数分といったわりにはなかなか来ないな……。

 と、頭上からガゴンッと大きな音が聞こえてきた。

 「な、何!?」

 まずい、ユイが跳ね起きた。

 慌てて石床を蹴り、実は自信作内心格付けしていた黒魔法の隠蔽を消して、訳が分からずにいるユイの口を抑えながら、立ち上がろうとする彼女を無理矢理屈ませる。

 おそらく顔をほぼ完全に隠したからだろう、かなり激しく抵抗されたものの、

 「ユイ!落ち着け!」

 耳元に囁き声で一喝すると頷いてくれた。

 そっと手を離す。

 ガコンッ!ガガンッ!と轟音が響き、パラパラと砂が降ってくる。

 「釘?」

 ポツリとユイが呟く。

 見れば、なるほど確かに、釘の先端の形をした物が天井の数ヶ所から突き出、月光を反射している。

 ガンッ!

 また一つ、釘が覗く。砂が吹き降ろし、舞う。

 「ユイ、これを口元に巻き付けておけ。」

 「いいえ、大丈夫よこれぐらい。あなたの助けが無くても。」

 黒魔法で作ったスカーフを差し出すが、遠慮したユイは自身の服の襟を(なんととっくりだった。)口元に引き上げて見せたので、俺は肩をすくめてスカーフを塵に消した。

 「それより、あなたはそんな格好して何をしていたのかしら?」

 「そろそろ敵さんが来る予感がしてな。どうやら俺の勘も捨てたもんじゃないみたいだぞ?」

 おどけて言う。しかしユイの眼は厳しいまま。

 「それなら私を起こ、む!?」

 起こしなさいだか何だか言おうとしたようだが、言い切る前にその口を塞ぎ、人差し指を口元に立て、天井を指し示す。

 釘は円を描くように打ち込まれており、それが完成しようとしていた。

 「合図するまで動くな。」

 「んー!」

 「お前は隠密スキルを持ってないだろう?」

 「……。」

 言い聞かせ、俺は――この時間帯と場所ならば――隠蔽効果の立証された黒い盾を作り上げる。

 同時、凄まじい音が鳴り、一気に砂煙が巻き上がって吹き荒れた。円形にミシン目を入れられた天井が落ちたのである。

 辺りに飛び散る石の破片の雨あられが収まったのを機に盾を霧散し、視界がお世辞にも良好とは言えない中、これを為した犯人を見定めるため、上を向く。

 穴の縁に並ぶ、黒ずくめのドワーフ20人弱、俺と同じように、アメリカ西部映画の盗賊のようなマスクに、頑丈そうなゴーグルを付けた彼らが目に入ってきた。

 思っていたより侵入していたドワーフは少ない。いやはや良かった良かった。

 しっかしこの轟音や振動が伝わっているのは俺とユイのいるこの部屋と、今しがた繋がった上の階の部屋だけなんだろうな。何やら訳の分からん魔法陣で。

 『フレメアで同じような物に遭遇したじゃろ……。』

 そうだったか?

 「龍眼。」

 月光があるにはあるものの、夜闇と砂煙で最悪に近かった視界が一瞬でに鮮明な物に切り替わる。

 ……魔法陣の事はそれはさておき、さぁさぁ、あいつらの内何人を、気付かれる事なく、楽に仕留められるかね?

 「ッ!」

 ユイが息を呑む声。

 静かにしていろと睨めば、バッと口に手を当てて何度も頻りに首肯してみせてきた。

 ……頼むぞ。

 「今度こそあたりじゃろうな?」

 「当たり前よ、地図の左右に表裏、南北に東西はもう間違えた。他にどこをどう間違える。」

 「縦と横か?」

 「お、それは考えておらんかったわい。」

 そんな矢先に聞こえてきた、実に気の抜けるような会話。

 それだけ間違えたのに、こっちは全く気付かなかったって訳か。魔法陣、ね……どうやらそちらに天賦の才を持っているらしいアリシアに一から教えを乞うのもアリかもな。

 「お!あれは、神鎚ミョルニルじゃ!間違いない!」

 「「「「「おお、ヴリトラ様の御技じゃ。」」」」」

 一人が言うと他が同調し、いそいそとロープを階下へ垂らし始める。

 いやおい、今しがた自分達で何度も間違えたって言ってただろうが!と、いう突っ込みを入れたいのを我慢し、むしろ彼らに気味悪さを感じて眉をひそめつつ、身も潜め、手には漆黒のナイフを用意。

 「えぇい、鬱陶しい!」

 神器を前に興奮したのか、上階からそのまま飛び降りてきた一人に狙いを定め、狂信者仲間からは見えない位置、落ちた天井の影に入ったのを見極め、投擲。

 「ぐぅっ!?」

 ナイフは側頭部に深々と突き刺さった。

 それを確認し、二本目を用意。そして掌をユイに向ける事で静止させたまま、ネルに習った足音を立てない歩法で最適な位置に移動。

 「どうした?ファッファッ、躓いたか?」

 笑いながら、これまた遮蔽物の影に

 投擲。

 「ガッ!?」

 ナイフはドワーフの後頭部に、その刃の根本まで潜り込ませた

 「おいおい、二人とも仲良く馬鹿じゃな……おい返事せんか!」

 「なにかあったか?」

 「いや、ジークとバルドが急に無視しだしおった。……。」

 腰に吊った剣を抜き、三人目が前二人の死体の方へと歩いていく。

 チッ、もう警戒しだしたか、あと一人二人は殺させて欲しかったんだけどな。

 両手にナイフを軽く持ち、俺は死体の発見者となるドワーフ以外はまだ警戒しきっていないのを見て取り、その内二人に狙いを定め、暗器をそれぞれの急所へ飛ばした。

 「がぁ!?」

 「ぬん!ナイフじゃと!?誰か潜んでおるぞ!」

 一人は危機感地スキルでも持っていたのか、傍から見ても明らかに体に優しくない動きで身を捻り、ナイフを避けた。

 そしてそいつの大声での通達に、ドワーフ共はロープから手を離し、月光に照らされて何かの舞台のようにも見える元天井に着地。それぞれの獲物を取り出した。

 それを見てユイが動き出そうとしたが、その目の前に投げナイフを投げ、突き立たせる事でもう一度彼女を制し、両手に中華刀を作り上げる。

 このまま潜伏していると家探しが始まり、俺とユイのどちらが先に見つかるか分からない。

 だから俺は一番近くにいた二人を影の中から襲撃、心臓を貫き、銀に光る円形舞台の中心へ躍り出る。

 「「そこか!」」

 いち早く反応したのは俺を挟むような位置にいる二人。それぞれの右腕を俺に突き出された。

 咄嗟に無色の魔素を集め、中断、飛んできた二本の小さい矢の射線からで身を逸らす。

 矢をつがえた様子はない。ボウガンか?

 その2射を契機に、周りのドワーフ達もそれぞれのタイミングで腕をこちらに向け、そこに取り付けられた小型ボウガンから矢が放たれた。

 俺が躱せば対岸にいる味方に当たりかねないというのに躊躇は全く感じられない。いや、ヴリトラ教徒だったな、当然か。

 跳び上がり、足場を用いてさらに跳躍、空中で逆さになったところで得物を強弓に変化させ、出入り口側にいる三人へ矢を飛ばしつつ宙返り。

 落下しながら、弓から変形し直した二刀を窓の側に立つドワーフ目掛けて振り下ろす。

 金属音。

 ドワーフが抜き、横に構えた剣に双龍が叩き付けられた形となった。

 「ふんっ!」

 「おっとっ、と!」

 流石はドワーフ。スキルの発現もなく、大の大人の体重をそのまま片手で押し返された。

 弾かれ、後退するどさくさに紛れて、二本の指を引っ掛けるように挟み持ったナイフを下から投げる。

 振り抜いた剣を戻し切る前に、そのドワーフの喉仏辺りから血が吹き出した。

 「死ねい!二人の仇じゃあ!」

 「おいおい、奇襲で声を上げてどうする。」

 背後から俺を長剣で斬ろうと飛んできた黒ずくめの両手首を陰龍の一閃で切り飛ばし、無力化。

 「アァッ!?」

 「じゃあな。」

 そして、その顔を黒龍で縦に切り裂いた。

 ん?こいつは最初に殺った二人の様子を見に行った奴じゃないか。それに仇とか何とか言っていた……こいつには拷問で多少の情報を引き出せたかもしれん。あー勿体無い。

 ま、後の祭りか。

 どうでもいい事に頭を回しつつ、右から俺向けて飛んでくる金槌を、黒龍の切り返しで弾き、時間差で飛んできた二本目はしっかり見切り、その柄の部分で咥え、脇にペッと吐き出す。

 投げた奴を探そうとすると、背後に気配。チラリと見れば、黒ずくめのドワーフが片手剣を振りかぶっていた。

 そこへ黒龍をあてがいながら、左足で地を蹴り、右足軸に体を時計回りに回転。

 黒竜に力を流されて、見当違いの方向に片手剣を振り抜かせられたドワーフの脇腹に陰龍を根元まで刺し、そのまま左の腕力で金槌の飛んできていた方向に放る。

 すると飛んできていた金槌が宙を飛ぶドワーフの頭に当たり、トドメを刺した。

 「ぐぁっ!?」

 「邪魔じゃ!……がっ!?」

 飛んできた仲間の死体を両手で受け止めて横に投げ飛ばし、4投目を投げようとしたヴリトラ教徒の脳天に黒いナイフが突き刺さる。

 ……リヴァイアサンの神官を誘拐した奴らの中にも金槌を複数装備してた奴がいたが、案外一般的な兵装なのか?

 前方の左右から襲ってきた、それぞれ手斧とピッケルを持った二人を、その武器を振り下ろされる前に、接近して首をハネつつ、ふとそう思った。

 工具を武器に使うな、とお硬い職人さんには叱られそうだな。

 ガタン!

 と、ユイの隠れている方向から物音がした。

 どうして動いた馬鹿野郎!と少々怒り気味にそちらを見れば、今さっき切り飛ばした生首がユイすぐ目の前に転がっているのが見える。

 どうやら運の悪い事に、生首と頭付き合いっこしてしまったらしい。あれはしょうがないな。逆に良くもまぁ叫ばなかったものだ。

 「あそこにも敵がおるぞ!」

 「不意を打つつもりだったのか?危ない危ない。」

 まぁユイが敵に見つかってしまった事に変わりはない。

 5人程がユイへと標的を切り替えた。

 ……まだあまり使いこなせていないが、何とかなるかね?

 双龍を消して黒い大剣を両手で持ち、周囲の椅子やら何やらを巻き込んで振り抜き、黒ずくめ達から距離を取る。

 「ユイ、屈め!」

 即座に大剣を消し、ポケットからヤケに豪奢な赤い爪楊枝を取り出す。

 念の為、鎧の骨組みを体に纏って黒銀を発動しておく。

 「伸びろ!」

 爪楊枝は一瞬で長大な棒に早変わり。

 俺はそのまま腹の高さ(ドワーフ達にとっては顔面辺り)で、カンナカムイから貰った神器、如意棒を、体を一回転させる事で振り抜いた。

 まだ生きている黒ずくめのドワーフ達全員が、思い思いの声を上げて、ユイとは反対側の壁に叩き付けられる。

 「よし、縮め。」

 如意棒をさっさと爪楊枝大に戻し、しゃがんだまま抜刀の姿勢になっていたユイの前に行く。

 「すまんな、恐かっだろ?生首。」

 謝りつつ、その生首を黒ずくめ達に向かって蹴飛ばすと、ユイが唖然とした表情を浮かべた。

 「蹴るなんて……」

 どうかしたのかと思えば、俺の行動が倫理的に良くなかった事への文句だった。

 思っていたよりもまだ余裕はあるみたいだ。

 「あー、両手が塞がっててな。」

 適当に言い訳し、黒ずくめ達を見据える。

 狙い通り、2人、いや、3人の暗視ゴーグルは壊れ、ないしは頭から取れてどこかに転がっていたらしく、視界を失っていた。

 残りの運が良かった奴らはこっちの出方を伺っている。

 つまり先手は譲ってもらえた訳だ。俺は視界の無い黒ずくめ達を、ワイヤーで三人まとめて、右手のみで引き寄せ、陰龍のたった一振りで三人共死体に変えた。

 なおも向こうは動かず、睨み合いが続く。

 なかなか動き出さない敵に焦れったさを覚えていると、ふと相手方の目的を思い出した。

 一瞬だけ目線をずらし、ミョルニルがまだ所定の位置にある事を確認。安堵の息を吐く。

 だがしかし、どちらかと言えば、黒ずくめ達の方が距離的にそれに近い。

 「動くぞ、俺の後ろにいろよ?」

 「分かったわ。」

 小さく、しかしユイには聞こえるぐらい大きな囁き声で呟き、そろりそろりとミョルニルの方へ寄っていく。

 「ユイ。」

 「何?」

 「ミョルニルは見えるか?」

 「ええ、朧気に光っているから、何とか。」

 聞くと、ユイが俺の隣に出てきてそう言った。

 「俺が“今”って言ったらあれに向かって走れ。そしてできればミョルニルを持って俺の元へ戻ってこい。良いな?」

 俺の後ろに隠し直しながらそう伝える。

 「でも足元が見えないわ。」

 ……如意棒を雑に振り回し過ぎたな。

 「身体強化、オーバーパワーで突破できないか?」

 言うと、ユイができる、小さく頷いたのが尻目に見えた。

 ジワリジワリと近付いていき、ミョルニルまでの距離がやっとの事でヴリトラ教徒達と同じぐらいになる。

 ここで相手方はこちらの狙い気付いたらしく、ミョルニルへ走り出した。

 「今だ!」

 「オーバーパワーッ!」

 俺の背後から蒼白い光弾が、微かに金色のオーラを纏っている戦槌へまさに弾丸のように飛んでいった。

 俺もあんなスキル欲しかったなぁ……。

 っと、そんな事考えてる暇はない。ユイを囮に使ったんだ、最大限の成果をあげて見せないとな。

 とは言っても、派手なスキルを使ったユイと目的の神器ミョルニルの方に気を取られ、背後への警戒が薄れているドワーフ達の背中を刺していくだけの簡単なお仕事。

 敵の数も最初と比べればだいぶ減っている。楽なんて物じゃない。だがしかし、流石に鼻唄混じりに殺していったのは余裕の持ち過ぎだったらしい。

 「うっ、重い!?」

 先にミョルニルを手にしたユイは、その予想外の重さにふらつき、

 「ミョルニルはわしらが頂く!」

 そこへ最後のヴリトラ教徒がボウガンの照準をユイに合わせていた。

 「くっ、……切り払え……」

 ミョルニルをその場に落とし、草薙の剣にユイが手を掛ける。

 しかしその刀が鞘から抜かれる前に、俺は黒ずくめの動きを、背後から抱きつくようにして封じた。

 「なっ!?」

 ユイに向けられているボウガンの矢の先に手の平を押し当て、ドワーフが俺を振り解こうと動き出す前に、尖らせた右中指でその喉を外気に晒す。

 「ガ、ヒュゥ……」

 「ユイ!大丈夫だ、抜かないで良い!て言うか抜くな、はは、俺が斬られちまう。」

 ドクドクと血を垂れ流すドワーフの体を投げ捨て、龍眼やら黒銀やらの諸々の強化を解除し、俺は冗談めかしてユイに笑いかけた。

 「……切り払え!」

 「のわっ!?」

 ユイはそのまま草薙の剣を素振り。

 俺は飛んでくる見えない斬撃を空気の震えで識別、慌てて黒龍で弾く。

 ……我ながら化け物じみてるな、空気の震えってなんだ?しかしそうとしか説明のしようがない。

 「殺す気か!」

 「……信じていたわ。」

 「信じてれば良いって訳じゃないだろうが!」

 「そう、ね。ごめんなさい。」

 珍しく素直に謝るユイ。それはそれで逆にこっちが戸惑ってしまう。

 「また目眩か?」

 「……私が素直だとそんなにおかしいかしら?」

 「おう。」

 頷くとユイがまた草薙の剣に手を掛けたので慌てて謝り、両手でドウドウ、と落ち着くように懇願する。

 そこでユイが気付いた。

 「ちょっと!左手に矢が刺さってるじゃない!」

 見てみればなるほど、確かに、矢が完全に手の平を貫通している。たぶんユイに放たれようとしたボウガンの矢だ。

 手袋の強度任せに防いだのがいけなかったかな。

 「ん?ああ、急に味方に殺されそうになってそれどころじゃなくてな。」

 これは事実だ。そんなことになると誰が予想できよう。

 『わしはできたぞ。』

 ややこしくなるから黙ってろ!

 「変な事を言ってないで手を出して。まずは矢を抜かないと……ふん!」

 「んんッ!?おいユイ、もう少し優しく「あ、半ばで折れば簡単よね。」ああ、たぶんそうだ……アアッ!?この……馬鹿野郎!俺の手の平を支点にするな!」

 てっきり刃物で矢を半分に切るのかと思いきや、まさか手の平を貫通した矢の両端に同じ方向に体重をかけるとは……恐ろしい。

 俺はナイフで矢を両断、鋭い痛みと共に矢が手の平から抜ける。

 「じゃあユイ、今度こそ、頼む。」

 「……もう、いつものあなたなのね。」

 差し出した手の平を無視し、ユイがそんな事を話し出した。

 「何がだ?」

 「さっきまでの、ドワーフ達を殺していたあなたと今のあなた、全然違うわ。」

 龍眼でそんなに人相が変わるかね?

 いや、案外そうなのかもしれん。

 「怖かったか?」

 「少し、だけれど。」

 ユイが怖がるとは相当だな。今度鏡か何かの前で見てみるか。

 「ま、俺は毎夜こんな事を繰り返してたって事だ。嫌なら見て見ぬふりをしていてくれ。お前には絶対に危害は及ばないようにするから。」

 「……嫌、嫌よ、そんな事は許さないわ。」

 俺の手の平を握り、ユイが自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 「ルナさんとシーラさんにも伝えるわ。フェリルさんは……もう知っているのよね?」

 ん?なんか変な方向に話が進んでないか?

 「おい、ユイ?」

 「なに?私達もあなたに協力すると言っているのよ?……少なくとも私は、絶対に。」

 「……はぁ。」

 協力すると言っても、俺が単独行動する羽目になるのは、毎度毎度、状況が変な方向へと急に動くからだ。

 今回なんてその最たる例だろう。ヴリトラ教徒が侵入したのは今日の昼少し過ぎ、襲撃はその夜だ。他の奴らに伝えて準備する暇なんてなかった。

 「イテッ!?」

 手の平に激痛、ユイに左手を握りしめられた。

 「あなたはまだ何か言いたい事があるようだけれど、お願い、協力させて。」

 「はいよ。なるべ、イタタタ……はぁ、必ず、一言言ってから行動するようにするから。」

 観念してそう言うと、ユイはやっと手の平を治してくれた。

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