18 職業:冒険者⑫
定食を平らげたあともしばらく、俺は感動に打ち震え、呆けていた。
歴代勇者達よ、GJ。異世界で和食をここまで堪能できるとは思わなかった。
「コテツ、聞いてる?」
そんな俺にネルが話しかけてくる。
「さっきからずっと食べてばかりですよ?」
アリシアも聞いてきた。
「おう、大丈夫聞いてる聞いてる。」
我にかえった俺が座り直せば、疑わし気な目が二対。
「じゃあ、君はこのパーティーを続けるためにはどうすれば良いと思ってるのかな?」
ネルの質問。
話の内容は一応、頭の片隅で聞いはいたから分かっている。しかし正直、そんな心配の必要はないと思う。
「そんなの、二人がファーレンから戻ってきたらパーティーを組み直せばいい話だろ?」
「……自分だけズルい。ボクだってせっかく冒険者に戻ったんだから色々やりたいのに。」
言うと、ネルが不満気にブー垂れた。
「あ……そう、ですよね。……ネルさん、無理言ってしまってすみません。……私、やっぱり一人で……。」
するとアリシアがすっかり意気消沈した様子で謝り、俯く。
両手は膝の間に挟み、体を小さくして、しかしその潤んだ緑の瞳はチラチラとネルを見上げ、彼女が希望を捨てされずにいることを明確に表していた。
「え、あ、いや、謝ることなんてないよ。ファーレンだって楽しそうだしさ。うん、ボクもアリシアと一緒に行きたいよ。」
結果、ネルはあっさりと陥落。焦ってアリシアのご機嫌取りに走り出した。
傍から見ていて笑いそうになっているとキッと睨まれ、慌ててニヤニヤ笑いを隠す。
「……本当、ですか?」
「本当本当。」
「わぁ、嬉しいです。でも、コテツさんは……やっぱり、冒険者を続けますよね。」
と、アリシアの目が今度はこっちを向いた。
その言葉に強制力は一切ない。本人もそんなものは欠片も意識していないのだろう。
「お、俺は……ファーレンでなんか仕事につけるよ。職業なんて、選ばなければいくらでもあるしな。」
何とか頭を回転させ、俺はそんな案を捻り出した。
「「ああ、なるほど。」」
その答えに納得してくれ、二人は頷く。
ちなみにネルは俺の心理状況を察してか、達観した目を向けてきたので睨み返しておいた。
「ふぅ、でも、良かったです。やっぱりみんな一緒がいいですよね。」
そしてアリシアが眩しいくらいの笑顔を浮かべ、俺はネルと目を見合わせ、苦笑。
お互い、アリシアにはどうしても甘くなるようだ。
「はは、そうだな。ただまぁ俺は嬉しいぞ。まだ数日しか、ネルに関しては1度も活動してないのに二人ともこのパーティーを大切にしてくれるなんてな。」
「当たり前です。」
ふんすと鼻息荒くアリシアが断言する。
「まぁほら、アリシアとコテツはしっかりとした実力があるし、冒険者として色々……えっと、楽しくできるかなぁ……なんて。」
翻ってネルは俺から目を逸らしてしどろもどろにそう言った。
「そうかい、じゃあ俺は先に部屋に戻っておくから。「待って!君の秘密を当てるんでしょ?」……あー、そうだな。じゃあ食べたら上がってきてくれ。部屋はアリシアが分かってるから。」
そして俺はアルバートに旨かったと賛辞を送り、未だ天ぷらに手を付けていないアリシアをネルに任せて部屋の鍵を2つ貰って階段を上がった。
部屋に入るなり、俺は二人が来るまで師匠達に習った技の練習を開始した。
とは言っても中二装備を解除し、自身の体全体を対象に黒銀を発動。そのまま出来るだけ速く部屋の中をぐるぐる歩きまわるだけ。
しかしこれがなかなかに難しい。
前は微動だにできなかったところを、毎日の訓練の成果で、やっとこさ普通の速度で歩けるようになったくらい。
若干速歩きと言えなくもない速度が出せるようになったところでドアがノックされた。
即座に黒銀を解き、中二装備を展開。
中二装備って言うのは長いな。これからは魔装2と名付けよう。魔装1はもちろんあの鎧姿だ。
「入っていいぞ。」
「こそこそ何してたの?」
そう聞きながら、ネルが部屋に入り、後からアリシアが続く。
ネルの質問に、まぁまぁとあやふやに返しながら彼らをベッドに座らせ、俺は二人の前に椅子を引っ張って来て腰を落ち着ける。
「じゃあ、まずはネル、昼の質問の答えは?」
「あ、もう言っちゃう?くく、君の秘密はね……」
自信満々な様子だ。しかも何かを期待するような目をしている。一体何を要求するつもりなんだ。
「……君がどこかの貴族か王家の人だってことでしょ!」
強さじゃなくて出自とかそっち方面の秘密か!だが惜しい!
『勇者は一応、貴族扱いじゃぞ。』
ま、まぁ元、だし。公式的には一般人だし。
『言い訳が苦しいぞ。』
だって何をさせられるか怖いんだもん。
「残念、不正解。」
「……そっかぁ、残念。」
外れて元々だと本人も思っていたのか、言うほど残念な様子はない。
「ちなみにその根拠はなんなんだ?」
俺から溢れ出る気品あるオーラとかか?
「君が普通の人にとっては当たり前のことを聞いてくるし、ものの食べ方が汚くなかったから。」
……なぁるほど。
「まあ、俺はただの旅人ってところだよ。さて、答え合わせといこう。アリシアはもう知っているよな?」
「はい!」
聞くと、アリシアは元気に頷いた。
「なになに?」
興味津々で少し前のめりになるネル。
俺はいつかと同じように魔装2を解き、一瞬で茶色のTシャツとゲイルのところで買ったズボン姿となってみせた。
「え?どうなってるの!?」
よーし、驚かせられた。
そしてそれからゆっくり時間をかけて、アリシアにフォローしてもらいながらネルにアリシアにしたのと同じ説明をした。
「……分かったか?つまり俺は魔法も使えるってことだ。武芸しかできない訳じゃないんだぞ?」
さぁここらでその認識を改めて貰おうか!
「あ……はは、あの事、根に持ってたんだ。ごめんね?」
呆れ半分で謝り、ネルは「それにしても、」と言葉を続ける。
「やっぱり信じられないね。黒魔法を使えるほど魔力が強い人なんて魔族にもいないのに、その上で服として着られる材質にできるほど魔法が器用だなんて。」
「そうか?はは、他に何か聞きたいことはあるなら答えるぞ?アリシアに聞いても良いし。」
改めて褒められると照れる。
「あ、じゃあ、さっきは問題を間違えたけど、お願いがあるんだ。良いかな?」
「簡単なものならな。」
「下でも言ったけど、今度ボクと剣で戦ってよ。あと……これは良かったらでいいんだけど……ボクにもアリシアと同じように手袋を作ってくれない?黒魔法製なんて、かなり便利だと思うし。」
「そのくらいなら良いぞ。左手を出してくれ。」
「ボクは右利きだよ?」
「アリシアと対になっていた方がなんか面白いだろ?」
「そ、そう?まぁ、作るのは君だから任せるけど。」
……価値観は共有されなかったようだ。
ネルが左手を俺の右手の上に差し出し、俺はそこに黒色魔素を纏わせ、アリシアの時と同じ要領で手袋を作り上げた。
「少し改良してみようか。アリシアも右手を出してくれ。」
「分かりました。どうぞ。」
俺は左手でアリシアの、右手でネルの手袋の甲をなで、そこに俺のオリジナル手袋のように指の動きに支障を与えないよう気をつけて固くする。
「よし、これで軽い武器は手の甲で防げるはずだ。でも基本は受け流しで頼む。」
「あ、やっぱりそんなこともできるんだ。」
「ありがとうございます!」
「流石にこれ以上すると俺の戦闘に支障が出るかもしれないから片手だけだけとな。」
実は今のところまだかなり余裕はある。でも後々どうなるか分からないから保険だ。
「いや、十分だよ。」
「大切にします。」
「喜んでくれるなら何よりだ。」
膝を叩き、腰を上げると、ネルも反動を付けて立ち上がった。
「じゃ、明日ちゃんと本気を出せるようにしっかり寝てね。おやすみ。」
「はい、おやすみなさいネルさん。」
そんなネルにアリシアがのほほんとした表情で手を振る。
「アリシア、これからはボクと一緒の部屋だよ?」
「あ!」
そしてネルに言われて目を見開いた彼女は、すぐに立ち上がってスススと早足で部屋のドアに歩いていった。
「おやすみ、また明日な。」
「……はい。」
小さく囁いてアリシアが出ていき、その跡を笑いを堪えながらネルが追っていく。
……さて、さっきの続きをしますか。
黒銀!
俺が寝たのはそれから約二時間後のことだった。
ネルは今、俺の顔を膨れっ面で睨みつけている。
朝からギルドに向かって、ネルがランクCの証、ミスリルのプレートを受け取り、その後で俺とアリシアのランクを知った結果だ。
「そう睨むなよ……。」
「君に少しくらいの間は先輩面して楽しめると思ったのに!なんで1日で3つもランクが上がってるの!?」
そんなこと考えていたのかよ、油断も隙もありゃしない。ランクを上げといて本当に良かった。
「だから睨むなって。ランクが上がったのはアリシアもだぞ、な?」
「え、は、はい。」
「君がその原因に決まってるでしょ!」
原因て……。
「まあまあ、お前より上のランクに行かなかったことに安心しろよ。そしたら俺達がお前に先輩面していたぞ。」
「い、いえ、私は。」
「うぐっ。セシルゥ、あいつが苛めるよぉ。」
いきなりネルが受付の机越しにセシルに抱きつくと、突然、セシルが雷を放ってきた。
慌てて手でそれらをはたき、打ち消す。
爺さんから聞いた話だと、どうやら魔法が打ち消されるかどうかは込められた魔素の密度に依存するとのこと。
どんな魔法でも手元を離れれば魔素を失いはじめ、最後には魔素に分解されてしまう。この性質から、魔法は込める魔力を調節して距離と威力を操れるそうだ。
そしてだからこそ、俺のこの黒手袋は大抵の魔法を打ち消せるらしい。
「おま、何しやがる!?」
「ネルを泣かせたら殺すと言った。」
焦って言うも、セシルは当然のことと言わんばかりの表情でそう断言しやがった。
「ふざけるな!見ろよ、明らかに笑ってるだろうが!」
本当、見惚れそうなぐらい、実に綺麗な笑顔だ。
「私のおかげ。」
言って、さらに雷が発射され、俺は慌ててそれをはたき落とす。
「おいネル!お前、後で俺と組み手をするんだよな?無事でいられるかはお前次第だぞ?分かってるのか!?」
目一杯の眼力で、ネルを睨み付ける。
「ひっ!セ、セシル、ありがとう、もういいよ。」
「そう?」
するとピタッとセシルの猛攻が止まり、ほっと息をついた俺はネルに低い声で話しかけた。
「……ネル。」
「な、なにかな?」
「依頼を受けてさっさと行こうか。」
「そ、そうだね。」
努めて朗らかな笑みを浮かべてみせると、ネルも俺につられてからか、引き攣った笑みを浮かべた。
「じゃあ頼んだアリシア。」
「は、はい!」
どう手を出して良いかわからずに、始終おどおどしていたアリシアの肩を叩き、バトンタッチ。
一度頷いた彼女はセシルの前へと進み出、俺はその背中をネルと共に温かい気持ちで眺める。
「……あ、あの、ですね。」
アリシアはやはりまだすんなりとは話せないようだ。
「うん。」
「い、い、いらいを、ううう、受けたいのですが。」
「知ってる。また昇格依頼?」
もう少しアリシアに優しくしろセシル。ネルのときとの落差が酷すぎるだろ!
と、アリシアがこっちを見た。しっかりと頷いておく。
「ひゃい!」
おっと、見事に噛んだな。アリシアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
……今日はここまでかね。なんだかアリシアを虐めたただけのような気がしないでもない。
「えっと……昇格するには何をすれば良い?」
「この三つ。」
話す相手が変わったことになんの表情の変かも見せず、セシルは三枚の依頼書を机の上に並べてみせた。
こいつ、ネル以外の人間を心の底からどうでもいいと思っているのか?それとも俺が憎いだけなのかね?
「えっと、なになに、ワイバーン5体とレッドホーンラビット10羽にギガトレント5匹か。コイツらの生息場所は教えてくれないか?」
「ワイバーンとレッドホーンラビットはダイナソー山。トレントは森ならどこにでもいる。でもギガトレントはヘーデルの南のトレントの森にたくさんいる事で有名。そこら辺の森を探すのも良いけど、きっと長丁場になる。」
文脈からするとヘーデルはスレインの都市の1つなんだろう。
「そうか。まあ、一応全部受けておくよ。ヘーデルにもギルドはあるのか?」
「ある。」
「じゃあ先にダイナソー山に向かうか。」
俺が振り向いてネルとアリシアに聞くと、
「ちょっと待って。」
ネルがそう言って間に入った。
「セシル、イベラムからヘーデル近辺までの護衛依頼はある?」
「あるよ。はい、ネル。」ニコッ
にこやかに笑ってネルに依頼書を手渡した。
「えっと、出発日は三日後、だね。」
「うん!そうだよ。」ニコニコッ
やっぱりキャラが変わりすぎだろセシル!
「じゃあ、これを受けるついでにヘーデルまで送って貰おう。」
「そうだな。じゃあこの依頼書の写しとか、貰えるか?」
馴染みのない魔物の名前と個数を覚えていられそうにない。
「これをそのまま持っていって良い。昇格依頼の紙はたくさんある。」ムスッ
目を据わらせ、かつ腐らせて、セシルは俺をしっしっと片手で追い払う仕草をしやがった。
「はぁ……了解。」
ため息をつき、踵を返す。
「あはは、は……セシル、僕以外にも優しくしないとだよ?」
「うん!」
背後からネルの窘める声が聞こえたが、糠に釘だとはっきり言える。
イベラムの城壁が遠くに見える草原の上、俺はネルと対峙し、アリシアはその間で片手を上げている。
剣で戦うというネルとの約束を果たすためだ。
ネルはいつもの露出度高めな装備を身に付け、短剣を両手で持っている。本気モードで準備も万端といって差し支えないだろう。
一方の俺はというと、魔装2を纏い、右手には黒い中華刀。魔装1はまだ完璧に使いこなせないので使わない。剣はデフォで帯びないことにした。
「行きます!……はじめ!」
アリシアの開始の合図。
「行くよ!」
「ブラックミスト。」
まずは視界を塞ぐ。ネルは俺の手から黒い物が出た瞬間に飛び退いたから煙に包まれてはいない。
彼女が着地する前に走り出す。十二時方向にいるのは気配察知で分かっている。
そのまま自分の張った煙幕の中を抜ければ、ネルは既に攻撃態勢に入っていた。
「雷纏!」
煙を抜けたすぐ目の前で、左手に握られた雷を纏わせた短剣が襲ってくる。
これを普通の剣で受ければ感電するかもしれない。しかし俺のは魔法だ。
なんのためらいもなく刃をあてがい、上半身を素早く右に動かしながら刃を受け流す。
鋼のかち合う音どころか、擦れる音すら殆ど鳴らない。鳴らさせない。
さて、ここからだ。
培ってきた脚力を用い、体の動きを一気に速め、一瞬で右に一歩踏み出し、すぐに大きく後退。
直後、ネルは地を蹴って前へ、俺のいる方へと跳んできた。
慌てず騒がず彼女を受け止め、俺はそのうなじに剣の腹を添える。
「俺の勝ちだな?」
そして、そう耳元に囁いた。
「え、嘘!いつの間に!?」
バッと振り向き、目を白黒させるネル。
懐かしいなぁ。俺が先生に初めてこの技を掛けられたときもそうだった。
今のは剣術とは全く違う。これは剣士を倒すために先生が教えてくれた小手先の技だ。
やり方自体は至極簡単。
剣を突き出すと必ずと言っていいほどその突き出した腕が死角を作るのを利用し、相手の剣を、なるべく力を感じさせないように受け流しながら上半身を死角の方向に一瞬でも動かすことで一撃を「受け流した」のではなく、「かわして背後に回った」と勘違いさせたのだ。
これに引っ掛かると敵に無防備のまま突っ込んだり、背後の仮想敵に対して攻撃か回避をするために目線を後ろに回して本物に背後を晒したりすることになる。
ただ、相手の目の錯覚を利用するには目が追い付けなくなるぐらいの、アホみたいな加速力が必要になるため、この小技武芸の心得があればあっさり見破れる代物だ。
ぶっちゃけ今回成功したのは、煙幕の中でこっそり足に黒い魔素を纏わせておいたからに過ぎない。
「ねぇアリシア、コテツはどう動いたの?」
で、ネルはまだ混乱しているよう。
それがこの技を初めて掛けられたときの反応だ。俺は爺さんに教えてもらって平静を保ったけれども。
『そうじゃの、わしはあれを今でも後悔しておるわい。』
おい。
「いえ、コテツさんは物凄い速さで接近したのに、ネルさんの一撃を受け流しただけです。そのあとネルさんがいきなり頭からコテツさんに飛び込んだように見えました。なんだか間抜けでした!」
わお、ブーメラン。
まぁ、剣士でもないし、ましてや神様でもないアリシアには分からないか。
「受け流した!?かわしたんじゃなくて?」
どや。
見上げてくるネルに対し、ふんと鼻を鳴らして見せる。
「うーわ、ムカつく……でも分からない……うぅ、ねえ、教えてよ。」
「俺が幽歩って呼んでるちょっとした技だよ。」
「原理は?」
「秘密。」
「ケチ、意地悪。」
「あーあ、そんなこと言うなら本当に言わないでおこうかな。」
「教えて!お願い!ボクが悪かったから。ね?」
俺はその後も散々焦らし、最後に教えてあげた。
実際、この技は2度目はまず通じないしな。