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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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暴風龍クエスト③

 「グゥッ!?」

 鎧の首元部分と兜の顎が血で真っ赤に染まっているドワーフを、労うフリをして人気の無い、砦の片隅へ誘導。そしてそこの小部屋に入ろうとしたところでようやく何か変だと思ったようだったが、既に手遅れ。俺の黒い拳が鎧を無残に割っていた。

 「な、にを……?ぐわぁっ!?」

 ドワーフの頭を蹴って小部屋に入れさせれば、ついでに兜が取れてカラカラと転がっていく。

 顎髭を引っ張ると、ドワーフが急に暴れ出したので、顎を強打して脳を揺らす事で失神させた。小部屋にあるただ一つの窓から見える夕焼けを光源として使い、邪魔な髭は切ってしまってドワーフの顔に魔法陣が無い事を確認。

 グッタリとした体を地に転がす。その鎧を脱がせ、下の服をめくって見れば、やはりというか何というか、ヴリトラ教徒のシンボル、感覚共有の魔法陣が背中に見つかった。

 さて、この円の一部切り取れば、魔法陣は破綻、発動しなくなる。ラヴァルの言葉を借りるなら、この魔法陣はただの模様に成り下がる。

 『うむ。とは言うても目的ははっきりしていると思うんじゃがの。』

 まぁ十中八九、ミョルニルを盗み出す事だろうな。はぁ、まさかこんな侵入方法を取るとは思わなかったな。

 『テイマーというのは珍しいからの。』

 テイマー?

 『調教師と言えば分かりやすいかの?』

 あーなるほど、つまりあのワイバーン全部を指揮下に置いて……

 『もしくはワイバーンの長ただ一匹を従えておるかじゃの。何にせよ、そこにはおらん。早くせんか、起きるぞ?』

 丁寧に薄く剥がした皮膚を脇に捨てる。これで魔法陣は無効、これが精密機械みたいな物でよかった。

 「……うっ、ぐ……。」

 起きたか。

 捲っていたシャツを下ろし、ドワーフのを首で持ち上げる。

 「よう。」

 「が、あ?何、じゃ貴様、は?」

 俺の手首を両手で持ち、短い足をバタバタさせながら、絞りだすように言葉が吐き出される。

 「お前等の目的はミョルニルで間違いないな?」

 まずは確認。前提から間違ってちゃあ意味がない。

 ドワーフは一瞬固まる、が、それを取り繕うようにすぐに抵抗を再開した。

 まぁバレた訳だが。

 「何のことじゃ!人間がこんな事をしてただで済むと思わ、がっ!?」

 隠し事が下手だなぁ。

 壁にドワーフの後頭部を叩き付け、黙らせる。

 「お前を含めて、何人潜入した?」

 「何の、こ、ぐっ!?」

 「背中の印はお前達、ヴリトラ教徒共の証だろう?見てないとでも思ったか?」

 未だに知らん振りしようとするドワーフの首をさらに絞めながらそう言うと、ドワーフは再び固まった。

 「……知った、ことか、ネクロマンサー!」

 「俺の顔はもう有名なのか?」

 「わしら全員がお前の所業を見た!今更わしらが侵入した事に気付いたとて、もう遅い!お前の命も、ミョルニルも、この髭にかけてヴリトラ様に献上する!」

 情報がもう下っ端まで伝わっているのか……。魔法陣を壊した意味があまり無かったな。

 まぁ伝わったものは仕方ない。せいぜい夜襲は爺さんに警戒しておいて貰おう。

 『はぁ、神使いの荒い。』

 今に始まった事じゃないだろ?

 『開き直るでないわ!』

 まぁまずはその前に、

 「髭ってのはこの事か?」

 先程、魔法陣探しで切り取った髭を見せると、ドワーフは目を見開き、口をパクパクしだした。

 「ま、まさか、わし、の……ネクロマンサァ、ァァ……」

 「やかましい。」

 「ガッ……ハ。」

 どうやらヴリトラ教内で俺の呼称として定着しているらしい言葉を叫び始めたので、また有益な情報は吐きそうにないなと判断し、俺は右手を握り締め、ドワーフの喉笛をちぎり取った。

 ヴリトラ教徒に拷問は無駄だと分かってはいるのだが、効果があるかもしれないという小さな確率をどうしたって信じてしまう。人間の性なのかね?

 取り敢えず、後で騒ぎにならないよう、ドワーフの死体やら髭やら鎧やらを黒魔法で作った袋に詰めて、俺はそれを魔力で窓から外の魔物の大群の中へと送り届けた。

 飛び散っている血は流石に今ここでは洗い流せないが、死体がそのままあるよりはマシだろう。案外、誰かが怪我をしてここで療養していたなんて勘違いをしてくれるかもしれん。

 そういや随分取り乱してたよな、ドワーフって髭に何か思い入れでもあるのか?

 『何にも勝る尊厳、かの。例え敵であろうと、ドワーフは相手の髭だけは決して傷付けぬ。』

 ほー、不思議な文化もあるもんだ。

 血だらけになった手袋を霧散させ、新たに綺麗なものを作り直しながら、小部屋を出る。

 にしても一睡もせず戦い漬けだったからな、結構眠い。ただ、ヴリトラ教徒のこともあるし、しばらくは睡眠はお預けだか。

 いや、緊急で済ませておかないと困るような仕事がないかをルナに聞いて、あればそれをさっさと済ませれば、昼寝ぐらいはさせて貰う時間はできるかね?

 あ、それにやっぱりドワーフを殺した部屋の血を洗い流して置くべきか。気掛かりな事はなるべく無くしておきたい。……はぁ、どうして俺に青の魔色適正が無いんだチクショウ……。

 「ふぁぁ……あ?」

 「何をしていたのかしら?」

 両手を上に伸ばし、大きく口を開けた状態で角を曲がったところで、ユイと鉢合わせた。いや、どうやら待ち伏せされていたらしい。

 「……欠伸。」

 「秘密はもう止めて!あなたが私の事を考えてそうしているのは分かっているつもりよ、でももう蚊帳の外にして欲しくないわ!」

 煙に巻き、そのまま足早に去ろうとするも、ユイはそう言って俺の目の前に立ちはだかった。

 「なに、蚊帳の外にしてるのはお前だけじゃない。俺が独断でやってるだけだ。フレメアでフェリルが俺に協力したのはあくまで仕方なくだしな。」

 あのときは驚いたなぁ……。

 「それなら仕方なく私に正直に話してはくれないかしら?できる限り、協力するわ。」

 「…………「お願いよ、教えて。」……だぁーもう、分かった、それならユイ、ルナとシーラとフェリルに、今夜はお前も含めた4人で見張りをしながら夜を越すように伝えてくれ。」

 ヴリトラ教徒達がミョルニルと――さっきのドワーフの言葉が総意の物ならば――俺の命だけを奪おうとしているとは限らない。俺の仲間ってだけで標的になっている可能性は大いにある。

 頼んだ、と最後に告げて歩き出そうとするも、ユイはまだ退いてくれない。

 「どうしてそうすべきなのか聞きたいのだけれど?」

 少し歪な笑みを浮かべて、ユイがそう聞いてきた。正直、言うまでもないと思う。

 「敵が襲ってくるかもしれないからに決まってるだろ?」

 ギリッとユイが歯を噛みしめる音が聞こえた。かと思うと一瞬で俺の胸ぐらを掴み、自らへ引き寄せ、見たこともないような剣幕で怒鳴ってきた。

 「誰が襲ってくるか!何人が襲ってきそうなのか!どうして今夜襲われる可能性があるのか!あなたが単独で何をしようと思っているのか!何も……全く何も教えてくれてないじゃない!」

 「じゃあ少し整理したいから、明日で良いか?ちゃんと、包み隠さず話すから。」

 全部終わってからなら、俺が叱られるだけで済む。

 「……今夜、あなたから離れないから。良いわね?」

 !?

 「あのな、人には花を摘むときとか、一人でいないといけない場合が……」

 「小便ならそこでできるでしょう?男なのだから。」

 この野郎、せっかく花を詰むって、オブラートに包んだのに。

 「大きい方は……?」

 「……斬るわよ?」

 「いやいや冗談だって、はは、は……。」

 引いてくれないかぁ。

 「はぁ……分かった、ただ見張りをするようにって連絡だけは伝えてきてくれ。俺はここら辺にいるから。」

 「何をするのか教えてくれるわよね?」

 「ん?ああ、ちょっと血を洗い流して、拷問の跡を無くす。」

 「拷問!?」

 「話はまた後でな。」

 言い、俺はさっさと歩き出す。

 部屋の掃除を手早く済ませて、ユイと合流したらルナにやるべき仕事を……いや、今日はもう休ませてくれと先に頼んでからフェリルに水を貰いに行くか。

 『そして事が上手く済めば、明日から再び魔物との戦いじゃの。』

 ……人は寝ずに何日過ごせるんだったっけなぁ……。


 体をユサユサと揺らされて目が冷めた。

 「んん?」

 「はぁ……、あなた、学校の掃除をサボっていたでしょう?」

 目を開けると、ユイが腕を組んでため息をついていた。

 椅子に座って寝ていた俺は、軽く肩を回す。俺のやった掃除の跡を見て見れば、ユイがそんなことを言った理由はすぐに分かる。

 なるほど、確かに血は消えている。だがしかし、そのために使った水は適当に、自然に任せたかのように広がっているだけだ。……まぁ血が消えた所で面倒になり、そうしたのは俺なのだが。

 「学校の掃除、ね。懐かしい。」

 あの汚い布で廊下やら教室やらを拭き、水で濡れてテカテカになったのを綺麗になったと勘違いし、満足していた思い出。そして少し年を経ると、愛校心を高めるためだとか言う訳の分からない理由でさせられるそれに、少し遅れた反抗期真っ只中だった俺は怒りすら覚えていた記憶もある。……うーん、懐かしい。

 「はぁ……、それで、どうするのか聞いてもいいかしら?」

 「拷問に付いては聞かないんだな?」

 「私に隠す程の事をやったのでしょう?それだけ分かれば、詳細なんて聞きたくもないわ。」

 「ま、好き好んで言い聞かせる趣味は俺にもない。……よし、付いて来い。」

 部屋の外から聞こえるラダン軍と魔物達との戦いの音を聞きながら、軽く戦況を眺める。

 そして空を見て、まだ夜になったばかりだと言う事を確認し、俺は立ち上がって司令室へと向かった。


 「ふぅ、良かった、まだ盗まれてないな。」

 無人の司令室に入り、ミョルニルが所定の位置に飾られたままなのを見て一息つく。

 「本当に今夜で確か?」

 来る途中、大体の事情を説明してやったユイが、聞いてきた。

 「さぁな、ただ、いつ来てもおかしくない。」

 「これから毎日ここで警戒をするつもりなのかしら?」

 「ああ、まぁ。」

 「睡眠は?」

 「日中、隙を見て昼寝させてもらうさ。」

 実際は爺さんに叩き起こされるまで熟睡する予定だ。

 頼りにしてるぞ。

 『はぁ。』

 「それなら私も交代で見張るわ。」

 「はいはい、じゃあまずはお前からで頼む。昨日は寝てないんだ。」

 ユイの申し出は無用なのだが、それを言ってもどうせ引きはしまい。

 鷹揚な返事をして、俺はミョルニルの脇に座り込み、目を閉じる。

 「寝てないなんて……どうしてそんな無理をするのよ……。」

 意識を手放す直前、とユイのそんな声が聞こえた。


 「起きて、交代よ。」

 囁き声が聞こえ、俺は目を薄く開ける。

 「くぅ……次も頼む。」

 寝惚けた頭で純粋な願いを口にすると、ぐわんぐわんと脳みそを揺らされた。

 「ちょっと!」

 「はは、すまんな、冗談冗談。」

 只でさえ寝不足なのに、これ以上脳に負荷をかけないでほしい。

 「よいしょ……フンッ!」

 俺は体を無理矢理覚醒させるため、立ち上がって腰に手を当て伸びをする。

 「ふふ、ここは寝心地が悪そうね。」

 ユイはそう言うが、そんなことを気に止めもしないぐらい、我ながら熟睡していたように思う。泥のように眠るってのは今さっきまでの俺のような事を言うんじゃないだろうか?

 「布団を作ってやろうか?保温効果は保証しないが、柔らかい感触なら再現できなくも無いぞ。」

 「……便利ね。でも大丈夫よ、これぐらい。」

 「便利言うな。ほら、さっさと寝ろ。襲ったりしないから。」

 冗談めかして言うと、ユイは小さく笑って、目を閉じた。

 「元々心配してないわ。」

 信用してくれてるのだろうか、ヘタレだと思われてる、いや、知ってるからこそ安心できているのだろうか……前者だと信じよう。どちらにせよ、安眠できるのならそれに越した事はない。

 そのままユイの寝息が聞こえるようになるまで待ち、俺は日課の報告に移った。

 イヤリングに手を当て、魔素を流す。

 「ネル?」

 [遅い!]

 「悪い、色々立て込んでてな。」

 [うん、まぁ、連絡を忘れなかっただけマシ、かな?でも、せめて戦い終わったらさ、ありがとうとまては言わないけど、無事に終わった事を教えてよ。ボクがちょっと心配性なのは分かってるでしょ?]

 「ちょっと?」

 [ちょっとなの!コテツが危険な事をしすぎるだけなんだよ!もう!]

 場を和ますようにからかうと、ネルもそれを分かっていて、少し笑いを含んだ調子で叱ってくる。

 「はは、すまんな。」

 [あとさ……]

 「ん?」

 [今日みたいに、何か分からない事があったら、これからも遠慮せずに聞いて良いからね?]

 魔物の情報を教えてくれた事か。この世界の常識が全く無い俺にとって、あれは本当に助かった。

 「ありがとな、いつもいつも助かるよ。」

 実際、ネルを旅に連れ回せば良かったと何度後悔した事か。

 そうすれば、彼女のコミュニケーション力もあって、この旅もかなりスムーズに行ったかもしれない。

 [ふふん、ボクを旅に同行させれば良かったって思ってる?]

 相変わらずの読心術は少々怖いが。

 「そんな事は常々思ってるさ。」

 [え!?あ、そ、そう……なんだ。……えっと、その、じゃあちょっぴり寂しかったりは、する、かな?]

 俺が答えると、ネルが急に萎らしくなってそう聞いてきた。

 「まぁ声が聞きたくなればイヤリングを通して話せるからな。」

 [ふ、ふーん、そうなんだ。声が聞きたくなるんだぁ……へへ。]

 一転、ネルは今度は嬉しそうにそう言った。からかってる、のか?

 「まぁお前ほど面白い反応する奴はいないからな。」

 [む、アリシアの方が面白い反応するでしょ?]

 少しむくれた様子で、ネルが最もなことを言う。

 「なるほど、一本取られた。」

 [全然取れてません!わたひは、ふわぁ……ネルさんの方が変だと思いますぅ……。]

 聞き耳を立てていたらしいアリシアが割り込み、しかし時間が遅いからか、眠気を隠せていない。……うん、早寝早起きの弊害だな。アリシアはやっぱりとても良い子だ。

 「何か反論はあるか、ネル?」

 [アハハ、必要ないでしょ。]

 [えへへ、ネルさんより私の方が変じゃないって、事、です……ね……くぅ。]

 アリシアは話の流れを勘違いしたままそう言って、力尽きた。……本当に、良い子だ。

 「なぁネル。」

 [ククク……うん?なに?]

 「やっぱりお前はアリシアに敵わないよ。……色々。」

 体の特定部位とか。

 [ボクもそう思う。あと一言余計!]

 「しぃっ!アリシアが起きるだろ?」

 [あ、そうだったね。]

 [スピー……。]

 笑いをなんとか抑えていたネルは、ついに堪え切れず、大笑いした。

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